Human Sciences
Online ISSN : 2434-4753
Original Article
Physical activity environment in classes for zero to two-year-old children in daycare centers: With the intention of creating a childcare environment for physical activity
Saori Tanaka
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2023 Volume 5 Pages 1-13

Details
抄録

近年,乳児保育の重要性が叫ばれているが,賃金体系や労働条件などの課題からくる保育者不足は深刻な問題であり,乳児保育の量的拡大の裏で乳児ならではの発達理解ができる保育者の専門性の向上が喫緊の課題である。本研究では歩行が確立し身体活動による神経系の爆発的な発達や自我の芽生えが著しい0~2歳児クラスを対象に,乳児の身体活動を促すためのルーブリック型保育環境評価ツールを開発し,評価ツールと乳児の身体活動量の関連について検討を行なった。

その結果,保育所内で取り組める乳児に必要な身体活動環境として抽出された26のラベルを中目標とし,そこから7つの大目標が生成された。さらに大目標の行為の主体ごとに【子ども主体】と【保育者主体】の2つに編成した。これらと乳児の身体活動量との相関を検討した結果,8項目との相関が確認された。

Abstract

In recent years, the importance of toddler care has been recognized, but the shortage of childcare teachers due to issues such as wage systems and working conditions is a serious problem. The pressing issue behind the quantitative expansion of toddler care is to improve the expertise of childcare teachers who have an understanding of the unique development of toddlers and expertise in this area. In this study, a rubric-type childcare environment evaluation tool to encourage physical activity was developed for 0 to 2-year-old children, whose walking was established, nervous systems were explosively developed through physical activity, and personality was developing rapidly, in order to examine the relationship between the evaluation tool and the amount of physical activity of the toddlers.

As a result, 26 labels that were extracted as physical activity environments necessary for toddlers to engage in a daycare center were identified as medium goals, from which seven big goals were generated. The seven big goals were further divided into two categories, “child-centered” and “childcare-teacher-centered,” according to the subject of the actions in the big goals. The correlation between these goals and the amount of toddlers’ physical activity was examined, and a correlation was confirmed with eight items.

1. 緒言

(1) 乳児期の身体発達の重要性と研究動向

近年,人間の発達における乳児期注1) の生物学的基盤の重要性が声高に主張され,研究成果も蓄積されつつある。2017年告示の保育所保育指針1) でも乳児保育に関わる記述は大幅に増え,特に養護と教育を一体として保育を行うことや乳児に応答的に関わる重要性を示している。また,海外では日本に先んじて乳児期の教育の重要性が示唆され,OECD(経済開発協力機構)は,「スターティング・ストロング」注2) において,早期の良質な子育てが,その後の人生を豊かなものにすると述べている。このように乳児保育には,幼児期の保育をそのまま当てはめることができない乳児ならではの発達理解や専門性を有する保育者が必要といえる。

ところが,乳児期の育ちの重要性が明らかになる一方で,現在乳児保育が行われる場所は多様化し,量も拡大傾向にある2) 。さらに,待機児童対策は施設基準の緩和・保育職員の非正規化を引き起こしている3) 。乳児保育において量的拡大を優先するあまり乳児期の総合的・複層的な発育理解を軽視し保育者の主観的評価が主となる場合,個人の保育経験や保育観によって子どもとの関わりに思い込みや偏りが生ずる可能性が常に起こりうる。

OECDでは,保育の質を「子どもたちが心身ともに満たされより豊かに生きていくことを支えるために,保育の場が準備する環境や経験」4) と定義づけている。これを踏まえて,安静時以外の生活に介在するすべての動き(以下,身体活動)に引き寄せて考えれば,保育の質を向上させるためには,子どもの個性や興味・関心を踏まえて子どもの自発的な動きを引き出すための環境を用意することとなるだろう。

神経系の発達が著しく,人生の基盤を築く時期である乳児期において,身体を動かすことの重要性は周知の事実である。乳児期の運動動作についてGalahue5) は,3歳に達するまでにみられる「這う,歩く,走る」などの初歩的な動作や指先の機能の発達について「初歩的運動の段階」と定義づけている。この初歩的運動の段階は3歳以降の基本的な運動の段階と比べると,観察される動作も極端に少なく,熟練した運動パターンの主要な部分が欠けている状態であるとGalahueが指摘するように,3歳未満児では身体的・社会的・心理的な発達特性から,身体活動の評価自体が容易ではない。そのため,我が国の3歳未満児においては,幼児期運動指針6) の中でもほとんど触れられておらず,3歳未満児の身体活動に関する研究も十分になされていない。加えて3歳未満児に関しては未だ身体活動の考え方やガイドラインを持ち合わせていない。

とはいえ,この時期は探索活動が盛んになる時期であり,這う,歩く,走ることに伴う行動範囲の拡大により,身体活動も質・量ともに拡大する1) 。田中7) によれば,すでに1・2歳児において身体活動に対する愛好的・非愛好的態度が形成されており,身体活動を好まない子どもは座位で過ごしがちな子ども(Sedentary Child)であることが確認されているように,3歳未満児の身体活動は,その後の身体活動の基礎となり,発達における重要な役割を担っている。実際に,世界の乳幼児の身体活動研究に目を向ければ,イギリス8)9) やカナダ10) においては,すでに3歳未満児の身体活動についての指針が示され乳児においても身体活動が発達に重要な役割を担っていることを明らかにしている。近年では,2019年にWHO11) が0・1・2歳についても,望ましい身体活動や座位行動,睡眠について示している。またDowda et al.12) は,Preschoolの方針や実践内容と,幼児の日常の身体活動との関係を調査し,身体活動プログラムへの理論的な蓄積を持った園の子どもたちの身体活動量が高いことを明らかにしている。

このように,3歳未満児の発達における身体活動が果たす役割を考えると,乳児の身体活動を主観に頼らず把握する手立てが求められる。

(2) 初歩的運動の段階における保育の実態

身体活動を行うことは,体力・運動能力の向上のみを目的として取り組まれるわけではない。複数のシステマティックレビューにおいて,乳児を含む子どもの安静時以外の身体活動量は,身体的,心理的,社会的,および認知機能の健康指標との良好な関係が報告されている13) 。つまり,保育所保育指針1) に示されるように,子どもは特定の大人との愛着形成を基盤とした安心できる環境の中で探求心が生まれ,子どもとモノ,保育者や友達とのかかわりが,さらなる身体活動を誘発すると考えられる。そのような中,保育環境の評価に関して世界に目を向けると,評価スケールには例えばECERS14) ,SSTEW15) ,CLASS16) ,MOVERS17) などがある。これらの評価スケールは,自己研鑽のためだけでなく,行政による評価指標として使用されているものもあり,評価するためには評価者がトレーニングを受ける必要がある。そのため,保育者が日常的に活用できる評価指標とは言いにくい。また,身体活動量の実測値の測定に関しては,加速度計を内蔵した高価な活動量計を子どもの人数分用意する必要があり,その分析においても専用ソフトによる解析等,専門的知識を必要とする。通常業務において既に多忙であることが知られている保育現場において,専門的な機器等による数量的把握は,実情にそぐわない。

以上から,環境とのかかわりの中で子どもに身体活動を促すためには,実際に保育現場で活用可能な,乳児にふさわしい保育環境評価を考えていく必要がある。日常の保育の振り返りの中で,保育者自らが子ども自身や子どもとの関係性(環境)について振り返ることができる評価指標であり,またそれは身体活動量の実測値との関連が確認されていることが望ましいであろう。このような環境評価を活用するメリットとして,保育者の負担を増大することなく,乳児の身体的発達に寄与することが可能となり,さらに保育者は,評価を行うことで次の目標が明確になったり,評価を他の保育者と共有することで自身と他者の保育観の差異や保育の視点が拡がるきっかけとなったりすることが想定される。

特に,3歳未満児において,保育者との関係性を基盤に子どもは他者との関係性を築いていくため,保育者は一人ひとりとの関係性を考慮しながら保育実践を行う必要がある。実際に,保育所保育指針1) においても一人ひとりの成育歴,心身の発達,活動の実態などに即して個別的な計画を作成することが定められている。保育者の負担を増やすことなく,これらを高い質で実施するために本研究では,乳児の身体活動を促すための環境評価を行いつつ,その結果に基づく保育計画の立案,次の保育実践に寄与するルーブリック型保育環境評価ツールの開発を試みる。

(3) 研究課題と目的

乳児の身体活動を評価する場合,身体活動を多面的に,個別的に,詳細に評価することが望ましい。さらに,評価に際し,保育者相互に評価を共有することによって,視点の拡がりや保育観の差異に気づき,保育者集団としての資質向上にも寄与することが期待できる。そのため,発展的な視点で連続性を意識できるルーブリック評価が参考になる。ルーブリック評価では,観点別に段階的評価をすることが可能であり,一人の子どもの学びの軌跡や次の課題が明確となり,その評価に基づく個別の支援方法も得ることができる18)。乳児期の初歩的運動の段階における個々の発達差や目に見えにくい身体的発達,動きの把握の難しさ,保育現場の実情を踏まえると,保育者が日常的に利用可能な指標とすることができると考える。また,身体活動の実測値とルーブリック評価票の各項目の関連について実証することで,乳児の身体活動環境評価ツールとしても使用可能となると考える。

そこで本研究では,日常の保育の振り返りの中で,子どもとの関わりや環境構成について振り返ることができる指標と身体活動量の実測値との関連について明らかにし,保育者自身が日常的に使用可能な乳児の身体活動環境評価ツールを開発することを目的とする。

2. 方法

(1) 研究デザイン

本研究では,初歩的運動の段階における乳児の身体活動を促すためのルーブリック型保育環境評価ツールの開発を目的とするため,

研究1:保育環境評価指標の素案作成

研究2:保育環境評価指標素案の検証

研究3:改訂版保育環境評価指標の作成

研究4:改訂版保育環境評価指標の検証

研究5:身体活動環境評価ツール

の開発を行った。なお,研究1,研究2については,日本保育学会第74回大会(於:富山大学)において「保育所における1,2歳児の身体活動評価に関する研究−乳児の身体活動を促すためのルーブリック型保育環境評価ツール開発の試み−」として報告済みであるため,本稿では概要のみ紹介し,結果の報告については研究3,研究4,研究5を中心に記述することとする。各研究の詳細は以下の通りである。

研究1:保育環境評価指標の素案作成

F県A保育所の保育者32名を対象として,「子どもが心地よく元気に身体を動かすために必要な保育環境」に必要と考える項目について,KJ法の手順に従ってラベルの抽出を行った。その後,乳児クラス担当の保育者8名でラベルのカテゴリー化を行い,保育環境評価指標の素案の作成を行なった。結果として,6の大目標28の中目標が抽出された。その後,28の中目標に沿った「目指すべき姿」を設定し,5つの段階別ルーブリック型評価基準を保育環境評価指標の素案として作成した。

調査時期:ラベル抽出

    2020年3月に計5時間

    カテゴライズ

    2020年3月に5日間計25時間

    段階別評価項目の作成

    2020年4月~7月に各自での項目の検討・10回の全体検討会

    総計60時間

研究2:保育環境評価指標素案の検証(身体活動実測の第1期)

研究1で作成した保育環境評価指標の素案を用いて,F県A保育所の0・1・2歳児クラスに在籍する乳児58名に対して保育環境評価指標素案を用いて評価を行った(図1参照)。加えて,評価結果と実際の乳児の身体活動量の関係を明らかにするために,対象児58名に多軸加速度計を装着し1ヵ月間の身体活動量の測定を行い,関連について検討した。ルーブリック評価票の評価得点については,各カテゴリーとも5段階評価とし,5ポイントを上限として評価した(資料:ルーブリック型保育環境評価指標参照)。結果を表1に示す。また,多軸加速度計は,乳児への負担が小さく,乳児の身体活動量計測の妥当性が確認されているGOLETAネットワークス社製のものを使用した(図2参照)。保育環境評価指標の素案を用いた評価については,同保育所の乳児クラス担当の保育者8名で評定を行い,8割以上の一致率のものを結果として採用した。

図1 第1期の身体活動評価の結果
表1  保育環境評価指標素案の各項目と身体活動量の相関
要素 大目標 中目標
子ども主体 生活習慣 A 食事習慣
B 睡眠習慣
C 排便習慣
子どもの特性(社会性も含む) D 自発性・興味関心 **
E 運動量 **
F 発達特性 *
G 身体特性① 肥満度
H 身体特性② 心の安定・満足感 **
I 身体特性③ 体のコントロール
J 身体特性④ 模倣
K 身体特性⑤ 集中力
L 異年齢児とのかかわり
保育者主体 保育環境(人的) M 意欲が持てる言葉かけ
N 安心できる雰囲気
O 一緒に遊びを楽しむ
P 子どもの思いを尊重する
保育環境(物的) Q 野外・室内の環境(遊びの空間) **
R 安全の配慮
S 保育室の環境整備(気温・明るさ) *
T 遊具(固定遊具・玩具的な物) *
保護者に対する働きかけ U 衣服・靴
V 抱っこ・歩行
保育計画・評価 W 音楽
X 発達に応じた環境づくり *
Y 運動を取りいれた保育計画
Z 個別カリキュラム
a 他の保育者との情報共有
b PDCA
図2 GOLETAネットワークス社製身体活動量計

表1の結果から,【子ども主体】の内,大目標[子どもの特性(社会性も含む)]の,中目標〈発達特性〉との間に負の相関,〈自発性・興味関心〉〈運動量〉〈身体特性②〉との間に正の相関が確認された。また,【保育者主体】の内,大目標[保育環境(物的)]の,中目標〈野外・室内の環境(遊びの空間)〉〈保育室の環境整備(気温・明るさ)〉〈遊具(固定遊具・玩具的な物)〉,大目標[保育計画・評価]の,中目標〈発達に応じた環境づくり〉との間に正の相関が確認された。このことから,乳児の身体活動量を高めるためには,単に身体活動を含む保育内容を多く行うことのみに注力するのではなく,様々な活動や経験ができ,快適に過ごせ,多くの種類の形や色・素材といった遊具や玩具が整えられた環境で主体的に関わることが有効であるという可能性が示唆された。

調査時期:保育環境評価指標の素案を用いた評価

    2020年7月

    身体活動量の計測

    2020年7月1日から31日の登園時から降園時まで

研究3:改訂版保育環境評価指標の作成

乳児の身体活動と評価項目の関連について相関分析を行った上で,研究2で得られた結果をA保育所の乳児クラス担当の保育者8名にフィードバックした。加えて保育環境評価指標素案の評価項目について,定性評価を集約するのに適しているフォーカスグループインタビュー(以下,FGI)を基に評価項目の課題や改善案について意見集約し,評価項目の再カテゴリー化,項目の再検討を行った。

調査時期:評価項目の改善

    2020年8月~9月に各自での項目の検討・全体検討会

    総計15時間

研究4:改訂版保育環境評価指標の検証(身体活動実測の第2期)

研究3で作成した改訂版保育環境評価指標を用いて,F県A保育所の0・1・2歳児クラスに在籍する乳児56名(研究2から2名減少のため,研究4以降,分析対象は56名としている)に対して「乳児の身体活動を促す保育環境」の評価を行った。研究2と同様に,評価結果と実際の乳児の身体活動量の関係を明らかにするために,対象児56名に多軸加速度計を装着し1ヵ月間の身体活動量の測定を行い,関連について検討した。多軸加速度計は,研究2同様GOLETAネットワークス社製のものを使用した。改訂版保育環境評価指標を用いた評価については,同保育所の乳児クラス担当の保育者8名で評定を行い,8割以上の一致率のものを結果として採用した。

調査時期:改訂版保育環境評価指標を用いた評価

    2020年10月

    身体活動量の計測

    2020年9月18日から10月16日

研究5:身体活動環境評価ツールの開発

乳児の身体活動と評価項目の関連について相関分析を行った上で,研究4で得られた結果をA保育所の乳児クラス担当の保育者8名にフィードバックした。加えて評価項目について,FGIを基に改訂版保育環境評価指標の改善案について意見集約し,評価項目の最終決定を行った。さらに,ルーブリック型保育環境評価指標の使用に際して,保育者自身が日常的に使用可能なものとするため,保育者8名と共に解説書の作成を行い,乳児の身体活動環境評価ツールの開発を行った。

調査時期:評価項目の決定

    2021年1月~2月に各自での項目の検討・全体検討会

    総計10時間

    身体活動環境評価ツールの開発

    2021年3月計10時間

(2) 倫理的配慮

本研究は,九州産業大学倫理審査委員会による承認を得て実施した。研究の目的,期待される結果と共に,協力は自由意志によるもので,協力しない場合の不利益はないこと,知り得た情報は数量データ化し,統計的な分析にしか使用しないこと,データは厳密に管理すること,研究終了後も守秘義務については同様とすること,また,同意しても中断,辞退可能であること,結果は研究以外の用途には使用しないことを文書または口頭で説明して同意書への署名を得た。

3. 結果と考察

研究3:改訂版保育環境評価指標の作成

研究2において,表1に示すように,「発達特性」には負の相関(相関係数が1%水準で有意なものは**,5%水準で有意なものは*で示す),それ以外の7つの項目には身体活動量の間に正の相関が認められた(相関係数が1%水準で有意なものは**,5%水準で有意なものは*で示す)。研究3では,研究2の結果のフィードバックを行った後,保育環境評価指標素案を実際に使用した感想を踏まえ,8名の保育者にFGIを行った(身体活動評価の結果は図3参照。評価得点については,図1と同様。)。その結果,修正を重ねていく過程で保育者から出た意見を挙げると,素案では子ども主体の中目標「子どもの特性」という表現で精神的発達,社会的発達,身体的発達の出現順序が混在していたが,評価をする際に発達の種類ごとに順を追って評価を行いたいという要望が多く発言されたため,意見に基づき大目標としてカテゴリー名の変更を行った。また,中目標の「身体特性の①~⑤」という表記についても,保育者が評価するにあたり,番号で示すより具体的に項目を表記した方が評価しやすいという意見を受け,それぞれ具体的な表記へと変更した。これらのように,FGIの結果により保育者の同意が得られた点について修正を行い,保育環境評価指標素案の大目標を6項目から7項目に,中目標28項目を27項目に変更し,5つの段階別評価指標についても乳児の実態に即した記述に見直し,改訂版保育環境評価指標とした。

図3 第2期の身体活動評価の結果

研究4:改訂版保育環境評価指標の検証(身体活動実測の第2期)

改訂版保育環境評価指標と身体活動の関連について,結果を表2(正の相関について,相関係数が1%水準で有意なものは**,5%水準で有意なものは*,負の相関について,相関係数が1%水準で有意なものは**,5%水準で有意なものは*と表記した)に示す。結果から,【子ども主体】の内,大目標[精神・社会的特性]の中の中目標〈自発性・興味関心〉〈気持ちの安定(満足感)〉,大目標[身体的特性]の中の中目標〈活動量・運動(動き)・遊び〉〈肥満度(成長曲線に基づく)〉において正の相関が,大目標[精神・社会的特性]の中の中目標〈発達特性〉において負の相関が確認された。また,【保育者主体】の内,大目標[保育環境(人的)]の,中目標〈意欲が持てる言葉かけ〉,大目標[保育環境(物的)]の,中目標〈屋外・屋内の環境(遊びの空間)〉〈遊具(固定遊具・玩具的な物)〉との間に正の相関が確認された。

表2  改訂版保育環境評価指標の各項目と身体活動量の相関
要素 大目標 中目標 相関
A 子ども主体 生活習慣 A-1 食事習慣
A-2 睡眠習慣
A-3 排便習慣
精神・社会的特性 A-4 自発性・興味関心 **
A-5 気持ちの安定(満足感) *
A-6 発達特性(過敏,多動,強いこだわり,つま先歩き,低身長など発達上の特性がある) *
A-7 集中力・持続力
A-8 クラスの友達や異年齢児とのかかわり
身体的特性 A-9 活動量・運動(動き)・遊び **
A-10 肥満度(成長曲線に基づく) **
A-11 姿勢変化
A-12 身体操作・巧緻性
A-13 模倣・ボディーイメージ
B 保育者主体 保育環境(人的) B-1 意欲が持てる言葉かけ *
B-2 安心できる雰囲気
B-3 一緒に遊びを楽しむ
B-4 子どもの思いを尊重する
保育環境(物的) B-5 屋外・屋内の環境(遊びの空間) **
B-6 安全の配慮
B-7 遊具(固定遊具・玩具的な物) *
保護者の意識に対する
保育者の働きかけ
B-8 衣服・靴
B-9 抱っこ・歩行
保育計画・評価 B-10 音楽
B-11 身体を動かす遊び
B-12 個別カリュキュラム
B-13 他の保育者との共有
B-14 PDCA

第1期と第2期で有意差が確認された項目の中で,〈自発性・興味関心〉〈気持ちの安定(満足感)〉〈発達特性〉〈活動量・運動(動き)・遊び〉〈屋外・屋内の環境(遊びの空間)〉〈遊具(固定遊具・玩具的な物)〉の6項目については,項目名こそ第1期と第2期で変更したが,内容的には同等のものを表しており,乳児の身体活動に関連がある保育環境であると考えられる。また,第2期で新たに〈肥満度(成長曲線に基づく)〉〈意欲が持てる言葉かけ〉の相関が確認された。

研究5:身体活動環境評価ツールの開発

研究5では,研究4の結果のフィードバックを行った後,改訂版保育環境評価指標を実際に使用した感想を踏まえ,8名の保育者にFGIを行った。その結果,例えば保育者からは,本評価票が保育所内で評価・活用していくものであるため排便習慣については保育者が判断しづらく,家庭からの情報が得られない場合も多いという意見が多く挙がった。それによって【子ども主体】の内,大目標[生活習慣]の中の中目標〈排便習慣〉について,保育所内で評価可能な項目にしていくという共通理解の下,排便習慣の評価項目を削除することとした。

続いて第1期と第2期の運動強度の比較結果について,0歳児クラスの結果を図4,1歳児クラスの結果を図5,2歳児クラスの結果を図6に示す。第2期の身体活動量計装着の時間が,登園後すぐではなく全員が揃ってから(おおよそ9時30分頃)へと変更したことによって,9時から9時30分頃までの身体活動量が減少しているように見えるが,9時30分以降の身体活動量を比較すると,第1期から第2期にかけていずれのクラスにおいても保育環境評価指標を活用・改訂することで,乳児の身体活動量が向上した傾向がうかがえる(図46参照)。研究3~5を通して,子どもの身体活動と保育環境について,保育者自身が暗黙知を認識知へと変換し,身体活動量の実測値との関連を踏まえて,ルーブリック型保育環境評価指標を開発・使用したことで,完成版を使用した後に保育者から「日常の保育の中で子ども一人ひとりに応じた環境を用意しようとした。」「把握していると思っていた子どもの姿が実際は見えていなかったり,クラスの先生方と評価が大きく異なったことから,一人ひとりを具体的に観察しようとした」という発言が得られたことに繋がったと考える。このことからも,より質の高い保育実践への転換が図られたことが伺え,ルーブリック型保育環境評価指標の有効性が示唆された。

図4 0歳児クラスの第1期と第2期の運動強度の比較
図5 1歳児クラスの第1期と第2期の運動強度の比較
図6 2歳児クラスの第1期と第2期の運動強度の比較

加えて,全ての評価項目について評価時の言語理解の誤差を減らすために,評価時の留意点や言葉の意味を付した解説書を作成し,本研究に参加した8名の保育者以外の保育者においても日常的に活用が可能な身体活動環境評価ツールとしてまとめた。

4. 総合考察

鈴木19) は保育者の主観的「よく動く子」を構成している概念を具体化する調査を行っている。このような研究からは,保育者が日常の保育で乳幼児の運動を見るとき,体育の専門家とは異なる視点から,単にある運動種目の出来栄えや記録だけではなく,その子どもの努力や目の輝きなどの総合的な状態から達成感や満足感を評価していることを指摘している。幼児教育には領域別のねらいがあり,それを日々の保育で達成していこうとするならば,客観的な事実と主観的な評価を織り交ぜながら評価を見える形に変換して受け止めることで,これまで見えてこなかった子ども一人ひとりの育ちやふさわしい環境に気づいたり,クラス内の保育者が互いの考えを共有したりすることができる。3歳未満では1日180分以上の身体活動を行うことが世界的にも推奨されており,乳児期の身体活動は発達全体にとって重要であるが,その具体的環境については不透明であった。そのため,本研究で作成した身体活動の環境評価票については,乳幼児の発達を促し将来的に健康的な生活を送るための環境を再考するツールとなり得る。さらに,非認知的能力や対人関係の発達においても乳児期の保育の重要性が指摘される中で,乳児保育を担当する保育者の現状は,専門性向上に費やす時間の確保も難しく,離職の危機にも直面している。この点については,政策的な転換を待ちつつも,日常の保育の中で保育者の負担感を増大することなく保育の質を高められる方策を今後も模索していく必要がある。

今後の研究課題として,ルーブリック評価の項目のさらなる精査及び調査対象の拡大により,より客観性と有効性が担保された評価票について検討する必要がある。しかし本研究の結果は,運動発達の初期段階である乳児の身体活動の実態を,専門家の介入や専用の機器を使用することなく把握できるツールの有効性を示唆するものである。本ツールの作成及び評価を通して,保育者が自身の保育のあり方だけでなく,同僚の保育者の視点を目の当たりにすることで,違った観点から保育や子どもへ向ける眼差しを捉え直すきっかけとなったという声が最も多く聞かれた。このことは,個人の保育者だけでなく,保育者集団として,園全体の保育の質向上にも寄与することが考えられる。一方で,本研究に参加した保育者は,評価票の素案から改訂を経ることで,評価票の意味理解や評価の判断について自ずと理解も深まったことが考えられる。そのため今後は,初見の保育者や新任の保育者等でも理解し易く短時間で評価可能なツールとなることを目指し,調査対象を拡大し,評価票の信頼性・妥当性向上を図ると共に,評価票の項目の文言や子どもを捉える視点等,使用感に対する評価を得て解説書を改訂していくことが必要であると考える。さらに,今回身体活動量との相関に有意な差がみられた項目を中心に,日常的に保育者自身がルーブリック型保育環境評価指標を用いて環境評価を行うことで保育へいかに還元することができるのか研究を進めていきたい。

謝辞

本研究の調査にご協力いただいたA保育園及び園児の皆様に感謝申し上げます。

注1)  乳児の年齢区分については使用される場面や学問分野によって異なるが,本研究では3歳未満児クラスに在籍する子どもを対象としている。

注2)  政策的な課題の分析を行い,その結果を2001年から2017年までに『Starting Strong』と題した5つの報告書として出版している。

文献
資料

①ルーブリック型保育環境評価票(子ども主体)

②ルーブリック型保育環境評価票(保育者主体)
 
© 2023 Kyushu Sangyo University
feedback
Top