2024 Volume 6 Pages 38-47
本論文では,九州産業大学学生相談室における34年間の学生相談活動を整理し,学生相談機能が構築されてきたプロセスを検討する。学生相談室の支援効果を高める要因の一端を明らかにすることを目的とする。学生相談室の構築プロセスを,人的配置と支援体制の変遷の観点から3期に分けた。第1期は「保健室と非常勤カウンセラーを中心とした相談体制」,第2期は「常勤カウンセラーの配置と,学生支援体制の整備」,第3期は「障がい学生支援の展開と,基礎教育センターにおける相談活動の拡充」として示し,また,別に「コロナ禍の学生支援」について示した。学生相談室の来談件数は,コロナ禍を境にさらに増加している。支援システムの整備を推進する上で欠かせない要因は,支援の実践を積み重ねながら不足事項を浮き上がらせ,繰り返し整備しながら段階を追って拡充していくことである。そして適切な人的配置,カウンセラーと教職員との連携・協働は,支援効果を保つ上で基本的かつ重要な要因である。
This study organizes 34 years of student counseling activities at the student counseling room of Kyushu Sangyo University and examines the process by which the student counseling function was established. This study aims to identify some of the factors that increase the effectiveness of the support provided by the student counseling room. The development of the student counseling room system is presented in three phases, considering the counselor’s personnel allocation and the transition of support systems. The first period was “the counseling system centered on the nursing room and part-time counselors”. The second period was “the assignment of full-time counselors and development of the student support system”. Finally, the third period was “the expansion of counseling activities at the Center for Fundamental Education and the development of support for students with disabilities”. Additionally, “student support for the COVID-19 pandemic” was also presented. The number of students using the student counseling room has further increased post-COVID-19 pandemic. Identifying support deficiencies through practice and gradually expanding and improving the system are indispensable factors necessary to promote the development of the support system. Furthermore, to maintain the effectiveness of support, appropriate staffing and cooperation between counselors and faculty members are essential.
近年,大学を取り巻く環境は複雑化し,多くの社会問題が学生相談の現場に入り込んでおり,学生支援に携わる教職員にはますます最新かつ高度な専門的知識と技能が求められるようになっている1)。齋藤2)は,学生相談を「大学・短大・高等専門学校等を舞台として,個別相談を中核に据えて学生たちの適応と成長を支援するために展開される総合的な活動」と定義し,「学生相談担当者は,大学等の置かれている状況や直面する諸課題を常に前提条件として視野に入れておかなくてはならない」と述べている。大学等が設置しているメンタルヘルスの支援に関する組織は,全国の大学全体で93%に設置されており3),その支援のあり方は社会的必要性に合わせ,日々変化の様相を見せる。
高等教育機関で,学生支援が重視されるようになった背景には,1991年の大学設置基準の大綱化4)がまず挙げられる。この大学設置基準の大綱化以降の規制緩和の流れは,私立大学の多様化に大きく道を開いた5)。そして,2000年に「大学における学生生活の充実方策について(報告)―学生の立場に立った大学づくりを目指して―」と題した文部省高等教育局の報告書(通称,廣中レポート)6)が提示され,全国の学生相談・学生支援が充足に向かう大きなきっかけとなる。廣中レポートでは,「教員中心の大学」から「学生中心の大学」への視点の転換を示し,学生相談を含んだ学生に対する指導体制の充実と施設整備を提言した。その後,2004年に国立大学の法人化が起こり,さらなる大学のユニバーサル化・グローバル化が進む。そして,2007年には,独立行政法人日本学生支援機構より「大学における学生相談体制の充実方策について―『総合的な学生支援』と『専門的な学生相談』の『連携・協働』―」(通称,苫米地レポート)7)が公表され,「教育の一環としての学生支援・学生相談」を再確認し,すべての教職員がかかわる「総合的な学生支援」とカウンセラーによる「専門的な学生相談」との円滑な連携・協働を行う重要性を示した。2013年に障害者差別解消法が成立し2016年に施行され,国公立高等教育機関では障がい学生への合理的配慮が義務化となり,私立大学等では努力義務となった。そしてこの度,2021年に改正障害者差別解消法が成立され,2024年4月から私立大学を含む全ての事業者による合理的配慮の提供が義務となる。
これらの学生支援の発展の中で,各大学の学生相談機関は様々な変遷を見せている。荒木8),鈴木9),金井ら10)によると,国公立私立に関わらず,各大学は必要に応じて学生相談組織の充実を行い,組織改革とシステム構築がなされてきたことがわかる。また,池田11)は,障がい学生支援の体制整備・実践の充実化を分析する中で「大学における障害学生支援を充実させるためには,『どのようにして組織・体制を作っていくか(体制整備)』と『どのような支援や活動が効果的か(支援・活動の充実)』についての検討が必要である」と述べている。
九州産業大学は1960年に創設され,10学部22学科,大学院5研究科からなり1万人を超える学生が学ぶ総合大学である。その中で学生相談室は1989年に開室し,34年が経過した。開室当初から支援を受ける学生数は増え続け,必要に応じて支援体制の拡充を行ってきた。学生相談は日々変化していく社会情勢や学生像の変化に柔軟に対応する必要があり,そのためには心理専門職である学生相談カウンセラーは自らの臨床活動を顧みながら,さらに支援体制を整え,適切な相談活動の提供を継続して行う必要がある。そこで,本論文では,九州産業大学学生相談室における34年間の学生相談活動を整理し,学生相談機能が構築されてきたプロセスを検討する。そして,学生相談室における支援効果を高める要因とは何か,その一端を明らかにすることを目的とする。
本論文の執筆および発表については,九州産業大学学生相談室及び所属部署である学生部厚生課より許可を得て行われた。
九州産業大学で学生相談室が開室された1989年度から2022年度までの34年間を対象期間とした。調査にあたっては,九州産業大学学生相談室報(2014~2022)12)~16)で学生相談室延べ来談件数,延べ来談者数内訳,相談内容の内訳,学生相談室沿革等を,九州産業大学・九州産業大学造形短期大学部DATA集(2013~2021)17)で全学生数を,九州産業大学60年誌18)で大学沿革を,大学ホームページで障がいのある学生への支援に関する公開情報を,その他会議資料で障がい学生への支援内容等を参照し,学生支援の変遷に着目して整理を行った。本論文で扱う学生数には,学部生と大学院生を含んでいる。
なお,九州産業大学造形短期大学部は,2017年に九州造形短期大学から名称変更を行い九州産業大学10学部に含まれているが,短期大学時より独立したカウンセリングルーム(学生相談室)を運営しており,この度の調査対象からは除外した。
学生相談室の来談状況を以下に示す。提示する数値は,正確な記録が残っている年度からの報告となる。
学生相談室の延べ来談件数は,2011年には1,904件であったが2022年には5,633件となり,2.96倍の増加となった(図1)。2022年の来談者実人数は419名であり,学生来談率(「来談学生実数÷機関の対象在籍学生数×100」で求めた割合)は4.07%となる注1)。コロナ禍において,2020年のコロナ発生時期は講義等がオンライン化したことにより,来談者数の減少が起こった。しかし,対面での活動が戻りつつある2021年になると,来談者実人数と延べ来談件数ともに増加し,その後,大半の対面講義が再開された2022年になると,来談者実人数と延べ来談件数は過去最高の件数となった。
延べ来談者数の内訳は常に学生が一番多く,2011年度は1,486件であり,その後,2022年度には4,117件と2.77倍の増加となった(図2)。2011年度の二番目に多い来談件数は,父母等を含んだ家族からの相談の291件であり,三番目は学生支援にまつわる教職員の相談の111件であった。しかし,年度が進むにつれて変化し,2022年度の二番目に多い来談件数は,学生支援にまつわる教職員の相談の958件であり,次いで三番目は家族からの相談の446件と逆転した。2011年から2022年にかけて,家族の来談件数は1.53倍の増加に対して,教職員の来談件数は8.63倍の増加となっており,学内連携が浸透していることが表れている。
※相談方法には,対面面接・電話相談を含む。
相談内容の割合は,年度によりばらつきがあるものの,全体として心理的な疾病,または,修学上の相談の割合が高くなっている(図3)。次いで,対人関係の相談,進路・就職関係の相談との順になる。学生相談室への来室がきっかけとなり,修学上の相談等が進むにつれて自らが自覚していなかった心理的な不調に向き合うこととなる学生も,一定数存在する。
※相談方法には,対面面接・電話相談を含む。
「配慮等を要する学生」制度の申請を行い,障がいのある学生として合理的配慮の支援を受ける学生数は,全体として増加傾向にある(図4)。特にコロナ禍以降の2022年度は201人と最も多い数値となり,九州産業大学に在籍する全学生数の1.96%となる注2)。
①2011年に初めての常勤カウンセラーが入職,②2017年に基礎教育センター担当の常勤カウンセラーが入職した。また,障がいの種別には身体・視覚・聴覚・精神・発達障害等を含む。
九州産業大学学生相談室の1989年度から2022年度までの34年間を,カウンセラーの人的配置と支援体制の変遷の観点から3期に分けて示す。また,別にコロナ禍の学生支援についても述べる。学生相談室の沿革は表1に示す。
九州産業大学 学生相談室の沿革
期別 | 年 | 事項 |
---|---|---|
第1期 | 1989年 | 保健室に隣接し,学生相談室が開室。以後,非常勤カウンセラーが学内外から着任し,非常勤体制で運営される。 |
1990年 | 九州産業大学身体障害の学生に関する委員会規定が制定。 | |
2007年 | 学生・健康相談合同カンファレンスが開始。 | |
2010年 | 九州産業大学身体障害の学生に関する委員会規定が改正。九州産業大学障がいのある学生の支援に関する委員会規定が制定。 | |
第2期 | 2011年 | 初めての常勤カウンセラー1名が着任。非常勤カウンセラーは5名在籍(週1回勤務)。 |
2012年 | 常勤カウンセラーが1名追加され,2名の常勤体制となる。非常勤カウンセラーは5名在籍が継続(週1回勤務)。 | |
第3期 | 2017年 | 基礎教育センターに派遣し相談業務を行うための常勤カウンセラーが1名追加され,3名の常勤体制となる。 |
2018年 | 学生相談室が,中央会館2階から1号館3階に移転。 | |
2021年 | 「障害のある学生の支援」について大学ホームページにて情報公開を行う。※ | |
2022年 | リーフレット「障がいのある学生の支援体制について」を作成。全学への周知を行う。※ | |
2023年 | インテーカー1名が着任。(2023年1月着任) |
※学生部厚生課と協働
本学では学生相談室が立ち上がる以前は,心理的サポートを行う中心の場は保健室であった。保健室を訪れた学生が身体的相談の延長で語る様々な事柄に,学校医や看護師等の保健室スタッフが相談にのってきた。しかし,その相談内容は,学生生活上の相談から心理的な疾病等の相談に変化していき,それに伴い相談回数も増え,相談内容の質の変化と数の増加により専門的な心理支援を行うカウンセラーの配置が求められるようになった。
1989年に保健室に隣接する部屋を学生相談室とし,非常勤カウンセラーが週2日程度,配置されることとなった。学生相談室の新設であり組織体系としては学生部厚生課の下位部署となる。新設当初は,学内の臨床心理学系教員がカウンセラーを兼任することもあったが,教育と支援を分ける意味から,学外の非常勤カウンセラーを雇い入れるようになった。基本的に臨床心理士有資格者をカウンセラーとした。その後,週5日間10時から17時50分まで各曜日担当の非常勤カウンセラーが配置される。第1期の非常勤体制は22年間続いたが,隣接する保健室が相談の初回受付やおおよその相談内容の聞き取り,予約受付等の実務,非常勤カウンセラー不在時の学生対応等を担ってきた。非常勤カウンセラーらの面接の実施を基本としながらも,保健室スタッフらの熱意によって学生相談室は支えられてきたと言える。
2) 第2期 常勤カウンセラーの配置と,学生支援体制の整備(2011年度~2016年度)2011年5月より,初めての常勤カウンセラー(筆頭著者)が1名配属された。日常的に支援が必要な精神障害や複雑な二次障害を抱えた発達障害を持つ学生の来談の増加を受け,非常勤カウンセラーのみの運営では対応困難な事例が増加し,また,それに伴い大学内の学生相談システムの整備が必要となり,5名の非常勤カウンセラーに追加し常勤カウンセラーが配置されることとなった。常勤カウンセラーの業務内容は,受理面接,個人カウンセリング,グループ活動,「配慮等を要する学生」登録制度の申請面談,非常勤カウンセラーの取りまとめ,予約・カルテ記録方法の整理,来談件数等の統計情報の管理,個人情報保護規定の整備,教職員・医療機関等との連携,教職員向け研修会の実施などであり,徐々に進められていった。2012年4月には常勤カウンセラーがさらに1名追加され(第2著者),常勤カウンセラーは常時2名体制となり,非常勤カウンセラーも週1回勤務5名体制が維持された。
学生相談室では,継続的な支援を念頭においた医療的支援を必要とする学生や精神障害等を抱えた学生の来室がある一方で,比較的健康度が高く短期間の個別カウンセリングが有効に働く学生など,様々な状態像の学生が混在して来室し,病理の判断とそれに合わせた枠の速やかな設定判断が常に必要となっていた。学生や教職員のニーズに応えながら,効果的に学生相談を行なうために,カウンセラーは来談学生との心理的距離感や,教職員との連携のあり方を柔軟に変化させ,支援を行なう必要があった。そこで,常勤カウンセラーは,個別の継続カウンセリングの比重を比較的減らし,学内外への各支援資源への繋ぎ役としての活動に軸足を置き,非常勤カウンセラーは継続的な個別面接を行う体制を整えた。常勤カウンセラーは,以下の方針を取った。①必要に応じて学内各部署,学外の支援機関と協議を行なう,②学校医・保健室と密に日常的な連携を行なうことで,心身どちらからの入り口であっても双方のケアができる体制を整える,③修学面の困難さを訴えて来室した学生への支援を行うため,基礎教育センターとの連携を行う。基礎教育センターとの重点的な連携を行うことによって,学生の特性に合わせた修学支援を受ける機会を提供する,④学部との密な連携を行い,担任や学部責任者との連携を行う,⑤危機対応への柔軟な支援を行い,学内外との連携を慎重にかつ早急に判断し動く19)。これらを元に,相談活動の質の維持を保つことを心掛けた。
3) 第3期 障がい学生支援の展開と,基礎教育センターにおける相談活動の拡充(2017年度~2022年度)九州産業大学では,1990年に「九州産業大学身体障害の学生に関する委員会規定」を制定し,2010年には同規定が改正され「九州産業大学障がいのある学生の支援に関する委員会規定」が制定された。この障がいのある学生の支援に関する委員会には常勤カウンセラーも陪席している。2021年には学生部厚生課と協働して,「障がいのある学生の支援」についての理念等を大学ホームページにて情報公開し,2022年にはリーフレット「障がいのある学生の支援体制について」を作成するなど,全学への周知とともに,障がいのある学生への支援体制の拡充に努めた。
本学では,身体障害や精神障害,発達障害を含めて,本人もしくは父母等の家族からの申し出があれば,入学決定後に,入学式以前から学校医やカウンセラーが面接を行い修学支援が開始される。入学前の面接内容は合否判定に決して影響しないことを,学生には十分理解していただくことが肝要となる。入学後,本人の希望に応じて「配慮等を要する学生」登録制度を利用し登録すると,各授業担当教員や学内各部署に,その学生にとって必要な合理的配慮の内容が文書で周知される。この制度では,本人と大学(主に学校医や常勤カウンセラー)が話し合い,本人の希望と大学として修学に必要な現実的可能性のある配慮内容をすり合わせ,合理的な配慮の方針を学生と共に決めていくことに特徴がある20)。学生相談室では,常勤カウンセラーが着任後より精神的な障がいに関する「配慮等を要する学生」の登録手続きの一部と,その後の個々の学生の心理的支援を担当し,コーディネーターの役割を果たそうと試みてきた。
2017年に,基礎教育センターに常駐し相談業務を行うための常勤カウンセラーが1名追加され,常時3名の常勤体制となった。これにより,学生相談と基礎学習支援の連携がより緊密になり,修学支援を入口として要支援対象の学生への支援活動がより細やかに可能となった。元々,基礎教育センターには,相談員兼務教員が配属されていた経緯があり21),学生の心理的援助を行う土台があった。2018年には,学生相談室が中央会館2階から1号館3階に移転し面接室が増設され,学生懇話室に個人スペースが作られるなど施設面の補強がなされた。また来談者数の増加により,2023年1月にはインテーカー(受理面接・受付業務担当)1名が着任し,人的補強がなされた。また,学内の全教職員を対象とした全体研修会やFD研修会,新任教職員を対象とした研修の講師を行い,精神的な障がいを抱えた学生や配慮を要する学生への支援方法について啓蒙活動を行っている。講師を担当した学内研修会のテーマを表2に示す。
学生相談室カウンセラーが講師を担当した学内研修会のテーマ
開催年 | 研修会のテーマ | 研修会名 |
---|---|---|
2014年 | メンタルの不調を抱える学生への支援―本学の現状と課題― | FD研修会 |
2015年 | メンタルの不調を抱える学生への支援―本学の現状と今後の課題について― | 全体研修会 |
2016年 | メンタルの不調を抱える学生への支援―本学の現状と発達障がい学生への支援の方法― | 全体研修会 |
2017年 | 精神的な不調と配慮学生について | 全体研修会 |
学生相談室の役割と連携について | 新任教職員研修会 | |
2018年 | 2017年度学生相談室の利用状況について | FD研修会 |
学生相談室の役割と連携について | 新任教職員研修会 | |
2019年 | 学生相談室の役割と連携について | 新任教職員研修会 |
2020年 | 学生相談室の役割と連携について | 新任教職員研修会 |
2021年 | 多様性を尊重する大学の実現に向けて | 全体研修会 |
配慮を要する学生について | FD研修会 | |
面談スキル向上研修―話を聴くコツ― | FD研修会 |
本項では,第3期に含まれるコロナ禍の学生支援について述べる。2020年の年頭より,世界的に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が広まった。本学においても様々な感染症対策が取られ,講義等のオンライン化が進んだ。九州産業大学のCOVID-19予防策における分析は,江田ら22)23)の報告がある。学生相談室でも支援形態の変更を余儀なくされ,カウンセリングも電話での対応が主な支援方法となり,2019年度と比較すると2020年度は,電話相談が激増した。特に,大学に入学したばかりの1年生にとっては,大学進学という大きな環境の変化の中でコロナ禍という状況も加わり,「わからないことがわからない」といったこれまでとは異なった主訴が出現した。在学生にとっても,これまでの大学生活が激変したことによる戸惑いやどこにも向けることのできない怒りのような気持ちが出現していた。2021年度になると,コロナ禍は継続していたが一部の対面授業が再開された。学生からの電話相談は減少し,例年のような対面面接が増加した。電話による相談よりも対面での相談を希望する学生が多く,実際に顔を見ながらの相談が求められた。2022年度には新しい生活様式を継続しながらコロナ禍以前の大学が戻り,大部分の対面講義が再開された。その中で,対人不安様の学生も増え,コロナ禍という現実的な人との接触や繋がりが希薄になった状態から,いわゆる日常に戻るプロセスにおいて不適応感を感じる学生も存在し,2022年度に延べ来談件数と来談者実人数が伸びた一因でもあると考えられる。
以上,九州産業大学学生相談室の来談状況を整理し,学生相談室がどのように支援機関として整備されてきたかを述べた。それらを踏まえ,(1)学生相談機能の構築プロセス,(2)「配慮等を要する学生」への支援の展開,(3)コロナ禍における学生支援の変遷,の3つの視点から考察を行い,学生相談室における支援効果を高める要因について検討する。
(1) 学生相談機能の構築プロセス本学の学生相談室は,1989年度に開室し非常勤体制での22年間の運営後,2011年度に常勤カウンセラーが初めて配属され,来談者の増加と支援の多様化ともに,2022年度には公認心理師有資格者の常勤カウンセラー3名(内1名,基礎教育センター配置),インテーカー1名,非常勤カウンセラー5名(週1回勤務)が配属されている。
第1期では,非常勤体制ながら保健室が中心となり運営が行われ,第2期では常勤カウンセラーらによって基本的な学生相談運営に必要となる事柄を,日々の臨床を行いながら浮き上がらせ整備していくことを繰り返した。特に,学生相談活動に欠かせない学内連携については,必要な各部署やクラス担任,学部所属長らと一つずつの支援事例を協働しながら,ともに学生を支援することで関係性を築き,学内の連携ルートを開拓していった。
苫米地レポート7)では,学生支援の3階層モデルを提示している。第1層は「日常的学生支援」(教職員が学習指導や研究室運営,窓口業務等を通して自然な形で行う成長支援),第2層は「制度化された学生支援」(クラス担任制度やオフィス・アワー,何でも相談窓口等の役割・機能を担った教職員による支援),第3層は「専門的学生支援」(より困難な課題が生じた際に,学生相談機関,キャリアセンター,学習(修)支援センター等学内の諸機関によって行われる専門的な支援)と,学生相談・学生支援体制の充実の方向性が明示されている24)。本学では,以前より教職員が日常的な教育の中で自然に行う「日常的学生支援」が行われていた。そして,クラス担任制が取られ担任という役割を担った教員らによる「制度化された学生支援」が展開し,その後,学生相談室やその他学内各種センターの拡充により本格的な「専門的学生支援」が展開したと考えられる。
学内の連携において,学生相談室に欠かせないことは学校医・保健室との連携である。心身の問題で保健室と学生相談室双方で支援を受けている学生について,必要に応じて情報を共有し,支援を分担しながら継続してきた。医療機関を紹介する際の紹介状は,学校医と常勤カウンセラーが連名で作成している。これは,学校医と常勤カウンセラーが連携して紹介することで,学校医が紹介内容を正確に把握しつつ,さらに紹介先からの返信率が上がり医療機関との連携が進みやすいという側面があり,この形式が取られてきた。学生の状態像が多様化するにつれ外部の医療機関等との連携も増え,これらは,手紙・電話・対面での協議等が中心となり,学生の心身の安全を守るために欠かせないものとなっている。
支援機関としてのシステム整備を推進する上で欠かせない要因は,支援の実践を積み重ねながら不足事項を浮き上がらせ,繰り返し整備しながら段階を追って拡充していくことである。そのためにも,学生相談室は,常に更新される学生支援の知見を踏まえ,大学全体の支援体制がどのような状態にあるのかアセスメントし,それを可能な範囲で教職員らと共有する必要がある。学生相談室内のみで支援を抱え込むことなく教職員らと連携・協働しながら支援を行い,大学組織への報告と提言に努めていくことが求められる。
(2) 「配慮等を要する学生」への支援の展開2024年4月1日より私立大学を含む全ての事業者による合理的配慮の提供は,「努力義務」から「義務」へと変更される。九州産業大学における「配慮等を要する学生」の申請登録は,主に身体面を学校医(保健室)が,精神面を学生相談室が担ってきた。本学の精神障害や発達障害等をもつ学生への支援は,法整備以前より支援の必要性に迫られて始まったものであり,現在も日々多くの教職員が試行錯誤しながら支援に携わっている。学生相談室カウンセラーのみが支援を行うのではなく,教職員がお互いの専門性や職務上の立場の違いを活かしながら学生に働きかけ,大学全体で多重的にサポートすることを目指している。「配慮等を要する学生」への申請制度を用いながらも,現実的に効果のある支援を行うためには,カウンセラーや教職員など支援者同士が顔を見ながら支援を行うことが不可欠となる。修学の継続の問題に関わる場合が多く,将来が見えないことからくる卒業後への強い不安や,就職問題が関係していることも多い。これらの問題は,心理的支援のみで解消できるものではなく,担任や教務部・キャリア支援センター等を含んだ教職員らが,現実的な問題への対処を支援していくことが学生を支える鍵となる。教職員らと情報を共有し,支援の方針について密に話し合うことが支援の基盤となると考えられる20)。
第3期の2017年,基礎教育センターに常駐し相談業務を行うための常勤カウンセラーが1名追加されたことで,3名の常勤体制となり来談件数が実人数と延べ人数ともに増加した。基礎教育センターへの常勤カウンセラーの配置は,学生相談室以外の入り口から支援介入が可能になり,特に,「配慮等を要する学生」への修学支援をよりきめ細やかに行うことが可能となった。修学面の困難さを相談の入口とした学生の支援の取りこぼしを防ぐ役割を担っていると考えられる。また,2021年の改正障害者差別解消法成立が後押しとなり,同年に本学の「障がいのある学生の支援」について大学ホームページにて情報公開が行われ,学内外へ大学としての障がい学生への支援に関する理念の公開が実現したことは,支援体制の整備プロセスとして重要な一歩であった。
障がい学生への支援は,常に社会情勢と法整備の動きと共にあり,その支援効果を高める要因を絞ることは困難である。しかし,「配慮等を要する学生」登録制度の支援の入り口である学校医やカウンセラーらが日々の実践の中で行ってきたことは,登録制度を利用する際の学生との丁寧な面接であり,公開する個人情報と公開しない個人情報の線引きや,学生の希望と大学として支援可能な範囲との詳細なすり合わせ,そして登録後の個別支援である。これは時間と労力を必要とする支援プロセスであり,これらの支援実績の積み重ねが,九州産業大学の障がい学生支援の発展を支えた要因の一つであると考える。
(3) コロナ禍における学生支援の変遷コロナ禍という出来事は,近代の大学教育において体験したことのない感染症における災害と言える。池田ら25)26)は,東日本大震災直後に学生相談所が大学コミュニティを対象に行った支援活動について,個別的・専門的支援の必要性という観点より第一次から第三次の支援に分類した。それらを改めて新型コロナウイルス感染拡大状況下における学生相談機関の活動に即して整理している。それによると,第一次支援の対象は,個別的・専門的支援を最も必要とする者であり,それまで来談していた学生や新たに来談した学生が該当する。個別相談による不安の軽減や,心理面の安定化が中心となる。第二次支援の対象は,新型コロナウイルス感染拡大の影響を強く受けた学生とそれらの学生と関わっている教職員である。個別に働き掛けての状況把握や助言,相談の勧奨・利用案内等である。第三次支援の対象は,全ての学生・教職員であり,不安への対処や心身の健康維持に関する学生への情報提供,学生との関わり方等に関する教職員への情報提供等が支援内容であるとしている。また,学生相談機関のスタッフ間相互支援の重要性も指摘している。
2020年の年度初め,本学でも学生の大学への入構が原則禁止となったことから,学生相談室では電話相談中心の支援が開始された。学生相談室は,まず第一次支援として,以前より継続して来談していた学生やコロナ禍に影響を受けて来談希望が生じた学生など,支援ニーズのある学生への個別支援を電話にて行った。次いで,第二次支援として,学生相談室から学生と教職員に対して,コロナ禍における不安時の心の反応に関する情報と学生相談の利用案内を行い,そこから繋がった学生や学生に携わる教職員に対して,個別に働き掛け状況の把握を行い助言を行った。2021年度になると,徐々に対面授業が再開され,教職員が対面で学生らと接する機会が増加した。そこで,学生相談室は第三次支援として,教職員に対してコロナ禍の学生への関わり方について情報提供を重点的に行った。以上の第一次から第三次までの支援を行いながら,感染状況を見極めつつ個別支援を電話相談から対面相談へと移行していった。
コロナ禍において,人と繋がる体験の希薄さ,孤独感などが増したと感じた学生がいる一方で,逆に,人や物との距離が取れ,無理をし過ぎないで過ごすことができるようになった学生もいる。それぞれのバランスが非常に難しく,繊細な青年期の学生にとって大きな影響を与えたと考えられる。このコロナ禍の数年の経験がどのように学生のメンタルヘルスに影響を与えていくのか,今後も注視していきたい。
このコロナ禍という事態には心身両面への対策が求められ,支援効果を保つためには学校医との連携が必須の要因であった。双方の適切な情報共有を行い,それらを元に大学への働きかけ方を検討し一つ一つの問題をクリアしていった。また,カウンセラースタッフ間は,コロナ禍以前より常勤・非常勤に関わらず日常的な相互サポートと連携が行われてきたが,このコロナ禍では,特に,カウンセラー同士で互いを労わりつつサポートし合いながら,日々の支援を途切れさせないよう状況に応じた支援方法を選択し継続していくことが必要であった。また,対面講義の再開と並行して来談件数が増加した2021年度と2022年度は,カウンセラーの人的配置がある程度進んでいたことも,支援の質を保つために欠かせない要因であったと考えられる。
本論文では,九州産業大学の学生支援の変遷に着目し,学生相談機能の構築プロセスを述べた。今後,より良い質の相談援助を提供し続けるためには,個別事例の検証を通して学生の変化を捉えることや,カウンセリングの効果測定等も必要となるであろう。
学生支援の中でも,特に,障がい学生への支援には一つの正解があるわけではない。本学の「配慮等を要する学生」への支援は,法整備と並走するように支援体制を変革している。一人一人の学生が修学を円滑に進めることができるよう,時代の流れに沿った支援体制を常に見直していくことが重要である。九州産業大学では,2024年4月に障がいのある学生の主担当窓口としてインクルージョン支援室が新設される。今まで学校医(保健室)と学生相談室が担ってきた障がいのある学生への支援を特化して行う部署となる。学生と教員とのパイプ役を担い,建設的対話によって配慮内容の調整を行う。また,LGBTQなどの性的マイノリティの学生の支援も行われる予定であり,合理的配慮学生への支援システムへの整備がより推進されると予想される。来談件数の増加をたどっている学生相談室と新設されるインクルージョン支援室との支援内容の整理を進めながら,今後,さらなる障がい学生支援の充実が望まれる。
本論文を作成するにあたり九州産業大学学校医,人間科学部スポーツ健康科学科,村谷博美教授に貴重なご助言を賜り,心から御礼申し上げます。