2022 年 1 巻 p. 10-16
本検討では,地理情報を活用して河川流可視化計測を手軽に実施する方法を例示する.すでに整備されているWEBで利用可能な地理情報について,可視化計測に利用しやすいものに絞り,整備状況や規格などを概説していく.続いて,既存の地理情報では使いやすい形に整理されていない河道内の標高分布データについて,本検討での整理例を示す.次にその地理情報,具体的には航空写真と標高分布をどう河川可視化計測に利用して,効率的な計測につなげるかを例示する. 最後に,本検討の内容を取りまとめるとともに,地理情報,特に河道内の標高分布データ整備の重要性や留意点などを論述する.
This study proposes a user-friendly method to implement river flow visualization measurement utilizing web-based geographic information. Existing geographic data products useful for field sur-vey are summarized. Since river bathymetry data is not covered in the existing geographic data products, a prototype of the digital elevation model covering a river bathymetry is proposed. Next, an example of how geographic information, specifically aerial photographs and digital elevation models, can be used for efficient river visualization measurement is presented. Finally, a summary of this study is presented, then key points when preparing new geographic information products, es-pecially the digital elevation model covering bathymetry of rivers are discussed.
河川の流量観測において,洪水流の可視化計測法は電波流速計とともに浮子観測を代替し,水流と非接触で実施可能な高度化手法として位置づけられて,普及が進みつつある [1, 2].
洪水の流量観測は,降雨で増水した河川を対象とすることもあり,河岸に設置した監視カメラ等の固定設備を用いて洪水流の画像を取得して可視化計測を行なうことが多い例えば [3].このように計測地点を固定して,取り逃がしなく河川流量観測を確実に実施し,より確からしい流速データを取得することを目指して,様々な取り組みが行なわれてきた.Space-Time Image Velocimetryの系統の取り組みとして,例えばFujita et al. [4], Tsubaki [5], Watanabe et al. [6], 大森ら [7]が,また,Large-Scale Particle Image Veloci-metryの系統の取り組みとしてJohnson and Cowen [8], Tsubaki [9], Tsubaki and Zhu [10], Schweitzer and Cowen [11] などが応用や高度化の取り組みとしてあげられる.近年では人工衛星により取得された動画を利用した流れの可視化計測の実施されている [12].
河川流可視化計測のさらなる普及に向けた方策人工衛星の利用は,どこでも流量観測を実施する方策として重要であるが,手軽に利用できるものではなく,また気象や日射の影響もある.河川の流れ(表面流速分布)を手軽に計測できれば,洪水流量観測の他に,生物の生息場の物理条件評価や,遊泳の危険場所の把握など,多様な潜在的な需要があるものと考えられる.
手軽な河川流の計測方法の一手法として,スマートフォンを利用して河川流の計測ができれば,中小河川も含めた流況や流量を把握が進み,治水・利水・環境の管理などを効率化できる [13,14,15,16].スマートフォンは,画像や動画の撮影機能だけでなく,データ演算やインターネットアクセス機能も備えている.さらに,機材の位置や角度を取得する機能も備えている.これらの複数の機能を活用すると,どこでも手軽に流量観測を実施することも非現実的とは言えず,Tsubaki et al.[14]や椿[15]などで,そのための技術開発が進められた.
河川流可視化計測の準備の簡易化スマートフォンを用いた河川可視化計測アプリはいくつか公開されているが,標定点を利用した幾何補正を前提としているものがほとんどである.標定点の設置は両岸へのアクセスと,標定点の位置を高精度に把握する必要があるため,必ずしも手軽にどこでも河川流観測ができるとはいえない.水面に長さスケールを置く簡易的な方法もあるが,この場合,流量換算などのための河床形状(断面形状)との対応付けは別途行なう必要がある.
本検討では,だれでもどこでも手軽に河川可視化計測を実施するために,従来の標定点を用いた幾何補正を行なわずに,河川可視化計測を実現することを目指す.この最終目標達成には道半ばであるが,現時点での進捗や展望をここに述べ,河川可視化計測やその他河川観測の高度化にも寄与することを狙う.
本検討の考え方として,河底を含む標高分布データと地理座標と対応づけられた航空写真をインターネットから取得し,現地では水面の画像をスマートフォンで撮影するだけの作業を行なうことを狙う.標高分布や航空写真を,スマートフォンの撮影画像やこれを幾何補正した画像と合成表示し,スマートフォンで取得された画像の空間的な対応付け,すなわちカメラパラメーターが適切に設定できているかを視覚的に確認し,また,ずれが有る場合に,視覚的に調整することができる.
まず,2章にて,すでに整備されている地理情報について,可視化計測に利用しやすいものに絞り概説していく. 続いて,3章で,は既存の地理情報では使いやすい形に整理されていない,河道内の標高分布データについて,本検討での整理例を示す.4章では,2~3章で概説された地理情報,具体的には航空写真と標高分布をどう河川可視化計測に利用して,効率的な計測につなげるかを例示する.5章では本検討のまとめと課題を述べる.
河底を含む地形起伏を,だれでも手軽に,かつ「どこでも」利用できるためには,広い範囲にわたり扱いやすい規格で整備されたものを利用することが好ましい.河川可視化計測に利用しやすい,既存の地理情報の整備状況と規格について概説する.
地理情報の整備と利用の普及1990年初等の英国と米国を中心としたGISの普及と質的な変革・GIS革命を経て,主に先進国で,地理情報の整理と公開が国家的な事業となり,地理情報の整備が進んできた [17].
地理情報の整備が進むだけでは,利用が普及する事につながらない.利用するための工夫や使いやすさ,使う場面の創出といったことが利用の普及につながる.複雑な地理情報を手軽に利用するという観点で,Google mapの普及は大きな転機といえるだろう.Google mapでは,投影した地理情報を,マップタイルという細切れのラスター画像に格納し,このマップタイルで切れ目なく地域(地球)を覆うことで,どこでも地理情報を連続的に表示することができる.また事前にさまざまな縮尺のマップタイルを用意することで,拡大・縮小することを可能としている [18].
マップタイルはインターネット上のアドレス(URL)と対応づけられることで,さまざまなユーザーがそれぞれの目的に応じて投影された地理情報を引用できる.つまり,ユーザーが自分で地理情報の加工と整備を行わず,既存のマップタイルを利用することができる.そのため,地理情報の利用が容易になっている.本検討でもこのマップタイルを利用して標高分布と航空写真のデータを取り扱う.
マップタイルの規格OpenStreetMap財団(OSMF)が提供するOpenStreetMap (R) を例に示すと,一番広い範囲のズームレベル0のラスターは全世界を256×256ピクセルの画像として表現する.その画像は例えば下記のURLにてアクセスすることができる.
https://a.tile.openstreetmap.org/0/0/0.png
ここで,三つの数字の0は,左から順にズームレベル
地理座標(緯度経度)とタイルとの対応付けは,緯度経路をズームレベルに応じたピクセル座標に変換する作業となる [19].
特定の場所・ズームレベルが,どのようなタイル番号(座標)と対応づけられるかは,地理院地図のサイトなどで確認できる [20].(ただし,こちらのサイトでは東西にスクロールするとタイルの
ズームレベル0のマップタイルの例(0.2exC Open-StreetMap contributors, https://a.tile.openstreetmap.org/0/0/0.png)
日本を広くカバーしている標高分布のマップタイルに,地理院地図で提供されているDEM5Aがある.これは基盤地図情報数値標高モデルの5 m DEMにもとづき作成されたもので,ズームレベルは最大15(赤道で5 mの分解能に相当)となっており,空間解像度,標高の分解能と精度がそれぞれ比較的高い.
PNG形式のラスターにアクセスするためのURLの形式は下記の通りである.
https://cyberjapandata.gsi.go.jp/xyz/dem5a_png/{z}/{x}/{y}.png
ここに{z}はズームレベル,{x}と{y}はタイルの
ダウンロードできるPNGラスターは8 bitの赤・青・緑のカラー情報を持っており,カラー情報の演算によりcm単位の標高に換算する.換算に際しては,負の標高やno-data値も取り扱えるような様式となっている.図-2にズームレベル0の国土地理院DEM5Aのラスターを例示する.図の右側に小さな水色が見えるのが日本であり,それ以外の濃い赤色はno-data値を示す.DEM5Aも含め,国土地理院ではいろいろなマップタイルの情報をサイトで公開している [21].
地形起伏のマップタイル(国土地理院DEM5A).ズームレベル0の例を示しており,ブランク領域は濃い赤で,また右側の水色部分が標高データのある日本付近を示している(出展:地理院地図, https://cyberjapandata.gsi.go.jp/xyz/dem5a_png/0/0/0.png.拡大図は著者による加工である)
全球をカバーする地形起伏として,産業技術総合研究所により,ASTER全球3次元地形データのバージョン3を用いた標高タイルが整備されている(図-3).ズームレベルは最大12(赤道で39 mの分解能に相当)である [22].
ASTER GDEM 003のタイルのURLは,
https://tiles.gsj.jp/tiles/elev/astergdemv3/{z}/{y}/{x}.png
という形式となっている.DEM5Aとは
地形起伏のマップタイル(産業技術総合研究所ASTER GDEM 003).ズームレベル0の例を示しており,ブランク領域は白で,その他は地形起伏を示している(出展:産業技術総合研究所, https://tiles.gsj.jp/tiles/elev/astergdemv3/0/0/0.png)
Japan Aerospace Exploration Agency (JAXA) により提供されているALOS World 3Dでは30 m解像度のものが公開されている.これは人工衛星の画像から写真測量により作成した5 m解像度の標高データをもとに,作成された全球の標高データである.河床の地形については,まず「陸水マスク」として区分され,周囲の標高分布を用いた内挿や,別ソースデータによる補間が行われる.陸水部分で,どの情報が標高値に格納されているかは,MSK (マスク) データ (ピクセル毎のデータ属性区分情報 [23]) に記録されている.緯度・経度とも1度の範囲で3600×3600ピクセルの一つのマップタイルが作成され ,16 bit グレースケールのtiff形式画像として整備され,登録したユーザーがzip形式のファイルをダウンロードできる.上記のような,ラスター画像のダウンロードの他に,標高以外のデータも含めAPI形式でのデータ公開も行われている [24].
全球の陸域の航空写真流れの可視化計測を屋外で実施する際に,撮影した画像が適切に幾何補正できているかを確認する上で,すでに標高起伏などの補正がなされて,精度が確保された航空写真(ここでは衛星画像も含め,座標に対応づけられた写真を航空写真と総称することとする)と比較することが有効である.この「精度が確保された」という部分には手間と費用がかかり,生活などで利用する際にはあまり重要ではないこともあり,広域でどの程度の精度が確保されているかは,不明瞭な部分もあるが,全球をカバーする航空写真として, Google社によるものがあり,よく利用されている.しかし,URLをつかったマップタイルへの直接アクセスは禁止されているようである [25].
国土地理院が整備・提供している航空写真タイル
https://cyberjapandata.gsi.go.jp/xyz/seamlessphoto/{z}/{x}/{y}.jpg
およびUSGSがESRI AcrGISなどで利用するよう整備した航空写真タイル
https://basemap.nationalmap.gov/arcgis/rest/services/USGSImageryOnly/MapServer/tile/{z}/{y}/{x} などがある.zなどの定義はOpensSreetMap (R) などと共通である.国土地理院は,日本国内はズームレベル18(赤道で0.6 m程度)まで,全世界はズームレベル8までカバーし,USGSのタイルは,カバー範囲は不明であるが最大ズームレベルは24となっているが米国のニューヨークマンハッタンでもズームレベルは最大で16であり,全世界のカバーはズームレベル8までである.
局所的な標高マップタイルとは別の地理情報として,国内に限るが,緯度と経度を与えることで,その地点での標高を0.1 mの単位で応答するサービスが国土地理院より提供されている26.標高は,レーザー測量による5 m DEM,写真測量による5m DEM,既存地図から作成された10m DEMの三種のいずれかで精度の良い値が出力される.
前章では,本検討に関連する「だれでも手軽に」利用できる地理情報について解説したが,河道内の標高については,一部の浅い場所を除くと,欠測扱いとしているか,陸域から補間して正確な河床形状が収納されているものはなさそうである.
河底を含む地形起伏とスマートフォンの撮影画像の座標を適切に対応づけることができれば,別途,水位(より正確には水面形)が定まれば,撮影範囲の水深分布が把握でき,表面流速を用いて流量算定を行なう際に必要となる断面形状の把握ができるようになる.そこで,本検討では,だれでも手軽に河道内の標高分布にもアクセスできるように,航空レーザー測深(Airborne Laser Bathymetry: ALB)による面的な標高分布データにもとづくマップタイルを作成した.現時点ではカバー範囲は庄内川の庄内川緑地の近傍のみで,ズーム レベルは15と16のみである.図-4に作成したマップタイルの例を示す.永続的なURLは設定されておらず,アクセスの試行を希望されるかたは著者に連絡いただきたい.
本検討で整備したALBマップタイルの例(ズームレベル15)
2~3章では,河川可視化計測に利用する地理情報について概説したが,その情報を具体的にどのように河川可視化計測に利用し,効率的な計測につなげていくかを,iOSおよびAndroid用に公開されているLSPIV appを例に,本章で解説する.
航空写真と標高分布のマップタイルの読み込み図-5にLSPIV appで,航空写真(幾何補正画像, Orthophoto)および標高分布(DEM)をダウンロードするボタンを示す.それぞれのデータ(マップタイル)がインターネットからダウンロードされると,右下にプレビュー画像が表示される. 切れ目無く地理情報をとりこむため,計測点を含む2×2のマップタイルがダウンロードされる.
図-6には,ダウンロードされた航空写真と,カメラ画像の幾何補正を合成している様子を示す.航空写真と幾何補正画像の位置関係の対応,特に水際の位置の整合がとれているかどうかにより,カメラの位置を含む幾何補正,および設定した水位が適切に設定されているかどうかを視覚的に確認することができる.カメラの位置が移動し,ダウンロードした幾何補正画像の範囲外に近づくと自動的に再ダウンロードして,常に背景画像として表示されるようになっている.
航空写真(Orthophoto)および標高分布(DEM)のダウンロード開始ボタン)
カメラ画像の幾何補正とインターネットからダウンロードした幾何補正画像の合成
図-7と図-8に,アプリのGUIと,そのGUIと対応づけた水位およびカメラ標高の設定方法を示す.
水位設定方法(左:断面形の概要図,右:アプリのGUI)
カメラ標高設定方法(左:断面形の概要図,右:アプリのGUI)
水位の設定については,幾何補正を行なうだけであれば,カメラと水面の標高差だけ(図-7の
カメラ標高について議論するに際し,まずスマートフォンの三次元座標の計測方法を確認していく.そもそも,スマートフォンの三次元座標は,GPS,気圧計,無線LAN,インターネットを介して得る補正情報などを組み合わせ算定されている.現時点で標準的なスマートフォンの平面位置の精度は,Differential GPS相当で,数メートル程度,標高(図中の
カメラの標高
どこでも手軽に流量計測を行う方策として,計測場所の周辺の標高分布と航空写真のマップタイルをインターネットからとりこむことを提案し,LSPIV appによる実装例を示した.一般的に整備・公開されている標高分布は,水域は欠測扱いとなっているものや,水際部より河道中央の標高が高いなど,明らかに不正確なデータとなっている.そこで,近年計測が進むALBデータを試行的にマップタイル化した.
河道内の標高分布データ整備の重要性現段階では,本取り組みでの ALBマップタイルの整備範囲はごく限られているが,今後,河道の横断測量データなども含め [27]より体系的に河道内の標高を整理する仕組みなどを作り,国内や世界をカバーするデータが提供されることが待望される.このようなデータは,河川流可視化計測だけでなく浮子や電波流速計を用いた流量観測などにも役立ち,さらに河川流や河床変動の数値解析を行う上でも有用と考える.
河道内の標高分布データ整備の留意点河道内の水面下の情報を含む標高分布については事前に計測されたデータを整備する方法の他に,Johnson and Cowen [8] のように可視化計測により得られる流速分布の時空間変動から流れの乱流特性を把握して,局所的な水深や,鉛直流速分布などを算定することも試みられている.このような方法について,実河川での適用性検討もすすめられている(例えば [28]).特に途上国での適用などを想定した場合に,ALB計測データやマルチビーム測深器などの高精度・高解像度な河道内の標高分布データの整備を前提とはしにくい.また河床形状の変化が著しい網状河川や,洪水中に活発な河床変動が起きた後に埋め戻しが起きる様な河川を対象とする場合には,たとえ河床形状データが整備されていても,それだけでは精度の良い流量計測には不十分である.このような場合には,可視化計測により得られる流速分布データから水深分布を算定するという方法は,特に効果的かつ有用であろう.一方で,表面流からの河床形状の推定ができる条件や精度については限界もあるはずで,実測された標高分布データも重要であると考える.河道内の標高分布データの蓄積が進み,複数年でのデータを比較することで,地形変化の起きる場所とそうでない箇所の区分や,地形変化が起きている場所では変化の傾向などを知ることで,計測時の河床形状について不確実性も含めたデータを提供していくことも必要な技術開発と考える [29]. このような技術開発は,河川流の可視化計測だけでなく,河川の維持管理や河川流・河床変動の数値計算にも役立つものと思われる.
謝辞:本研究は,一般財団法人河川情報センターの研究助成のもとに実施されました.本検討で利用したALBデータは,国土交通省 中部地方整備局 庄内川河川事務所よりご提供いただきました(承認番号:令2部公第440号)
正会員 名古屋大学大学院 工学研究科(〒464-8603 名古屋市千種区不老町) E-mail: rtsubaki@civil.nagoya-u.ac.jp (Corresponding author)