抄録
グローバル社会における S N S などのデジタルなメディアは、情動を引き起こし、我々の生きる場を大きく変容させている。情報は我々を触発し、様々な境界を超越しながら我々に行動を起こすよう導いていく。新型コロナウイルス感染症の拡大にも見てとれるように、とりわけ恐怖は状況を一変させる力がある。恐怖という感情は今やアフェクト、情動として我々の身体に影響を与えているのである。情動は人々を特定の政治的、経済的、文化的実践へと駆り立てる。問題なのは、その情動こそが無意識な場で作用し、既に構築された権力基盤をさらに強化してしまうことである。本論では、デジタルな時代において情動、特に恐怖というものがいかに我々の文化を構築しているのかを理論的に明らかにするため、情動のメカニズムを文化やアイデンティティとの関連において検討する。情動理論は、現在問い直しが図られているアイデンティティの政治に新たな視点を与えるだろう。そこで、媒介作用によって生産されるアイデンティティではなく、情動に触発し、触発される身体がいかに政治的な役割を果たせるのか、その身体運動の破片からいかにアイデンティティの可能性が導けるのかにも言及する。