JACET関東支部紀要
Online ISSN : 2436-1993
論文
英語学習に対する自己効力感尺度と“英語力”の関連:
日本の英語教育研究で使用される尺度の傾向と社会的比較の影響
藤田 恵里子
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2026 年 13 巻 p. 21-40

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Abstract

Self-efficacy, known to influence academic achievement, has been widely studied in English education in Japan, often to assess instructional effectiveness. This paper first reviews 81 articles to analyze the use of self-efficacy scales in this field, revealing three issues: 1) participants, 2) social comparison, and 3) the indicators for English ability. Incorporating these three points, the second half of the paper examines the correlations between three self-efficacy scales and four indicators of English ability. The scales are: A) Matsunuma (2006), the most frequently used scale; B) Matsunuma with social comparison; and C) Pintrich et al. (1991), originally developed for college students. The results suggest that A) is broadly applicable for measuring self-efficacy related to various aspects of English ability among students with a wide range of proficiency levels, B) is effective in capturing self-efficacy in English proficiency among CEFR A1 learners, and C) is more suited to measure self-efficacy for academic achievement among CEFR A2 learners. Given that most Japanese university students are at CEFR A2 or higher, C) may be the most appropriate for use in college settings. These findings highlight the importance of carefully selecting self-efficacy scales based on learner characteristics when evaluating the effectiveness of English education methods.

1. はじめに

自己効力感は学習に関わる多くの側面と関連があり,学業成績にも影響することが知られている (松沼, 2004他)。日本の英語教育の分野においても,指導の効果を検証する際に自己効力感に焦点を当てたものが多く見られる (合田・奥田, 2009他)。効果を適切に検証するためには,使用する尺度が意図した側面を測定している必要がある。本稿前半では,日本の英語教育分野において用いられている自己効力感尺度を概観する。後半では,前半における気づきを元に用意した3つの自己効力感尺度がそれぞれ英語力のどの側面と関連するのか,さらに英語習熟度によってどのような違いがあるのかを検証する。

2. 先行研究

2.1 自己効力感

自己効力感とは,心理療法の効果を予測する目的でBandura (1977他) が提唱した概念で,自身が特定の成果を得るための一連の行動を成功裏に遂行することに対する自信を意味する。高い自己効力感があれば,行動を開始,継続し,困難に直面しても粘り強く努力することができ,さらに難易度の高いタスクを選択するため,より良い成果につながる。その成功体験がさらに自己効力感を高めるという好循環を生む。そのため,学業成績とも強い相関があることが知られている (松沼, 2004; Caprara et al., 2011; Multon et al., 1991; Pajares & Miller, 1994; Pintrich & De Groot, 1990; Siegel et al., 1985)。特に,Multon et al. (1991) は複数の研究のメタ分析を行い,学業成績の低い学習者の方が高い学習者よりも自己効力感と学業成績の間に強い相関を示すことを明らかにした。さらに,自己効力感は人生を決定づける,職業選択や進路決定 (Betz & Hackett, 1983; Hackett, 1985; Lent & Hackett, 1987) にも影響することが示されている。また,自己調整学習,動機づけも自己効力感と関連することが知られている (Pintrich & De Groot, 1990; Zimmerman, 2002; Zimmerman & Martinez-Pons, 1990)。このように,自己効力感は学習の根底にあり,成果を左右すると言っても過言ではないだろう。

英語教育の分野でも,各技能に対する自己効力感が当該技能と関連することが示されている (リスニング:渡・中島, 2020; Mills et al., 2006; Rahimi & Abedini, 2009,リーディング:Fitri et al., 2019; Mills et al., 2006,スピーキング:Zhang & Ardasheva, 2019; Zhang et al., 2020,ライティング:Erkan & Saban, 2011; Öztürk & Saydam, 2014; Woodrow, 2011)。

さらに,日本国内の英語教育分野では,指導を通して自己効力感を高める試みが行われ,それぞれ意図した効果が得られている (合田・奥田, 2009; 中山・松沼, 2013; 新本, 2020; 濱田, 2011; 牧野, 2013, 2016, 2021; Fukihara, 2019他)。その効果を正しく検証するためには,使用尺度が意図した側面を適切に測定していることが不可欠である。

英語学習に関する自己効力感の尺度に焦点を当てた研究は海外において複数見られるが (Gan et al., 2022; Kutuk et al., 2022; Mendoza-Torres et al., 2023; Ocak & Olur, 2018; Sağlam & Arslan, 2018; Wang et al., 2014; Wang & Sun, 2024; Zhang et al., 2023),日本国内の英語教育分野において学習者を対象とした自己効力感尺度の作成,妥当性・信頼性の検証を目的とした研究は松沼 (2006)藤田 (2024)中垣他 (2024) に限られる。しかし,藤田 (2024) は英語学習者の辞書検索行為という限定的な行為に対する自己効力感を測定することを目的としており,中垣他 (2024)松沼 (2006) を小学生に使用するために文言を調整したのみであった。このように日本の英語教育分野においては,自己効力感に対する関心は高いが,その尺度に対する関心はあまり高くないというのが現状である。

2.2 日本国内の英語教育分野において使用されている自己効力感尺度

2.2.1 使用されている自己効力感尺度及び件数

日本の英語教育分野において使用されている自己効力感尺度の傾向を明らかにすべく,以下の検証を実施した。使用言語の影響を回避するため,日本語で実施されたことが想定される,日本国内で実施,発表された研究に限定した。まず,CiNii Research1 に「英語,自己効力感」の2語を入力して検索を行った。内容の確認ができるように「本文あり」の条件を選んだところ,2025年8月24日時点で,107件が該当した。その中から,発表要旨 (12件),英語教育分野以外の論文 (3件),重複 (1件),自己効力感に言及しているものの検証は行っていないもの (9件),大学紀要の異なる論文内に英語と自己効力感がそれぞれ含まれているもの (1件) の合計26件を除外し,81件を検証の対象とした。これらの論文において,参考にした,あるいは使用したとして言及があった尺度をまとめたところ,表1の結果が得られた。その際,一つの論文内でしか言及されていない尺度及び尺度が明記されていない場合は,「その他」としてまとめ,引用元や参考文献が示されておらず,筆者が一から作成したと思われる尺度については「自作」とした。また,Pintrich and De Groot (1990) を引用したとし,松沼 (2006) への言及はないが,松沼 (2006) と質問項目が完全に合致した1本については,松沼 (2006) として積算した。さらに,森 (2004) を参照したと書かれてるものの,質問項目がほとんど合致しない自作の質問項目になっている論文も1本あったが,言及があることから森 (2004) として数えた。なお,一つの論文内で複数の尺度に言及していた場合もあったため,総数は合致しない。

表1の結果から,日本の英語教育分野で使用されている尺度としては,圧倒的に松沼 (2006) が多く (18件),Pintrich and De Groot (1990) 及び森 (2004) 各6件が続く。詳細は2.3において後述するが,松沼 (2006) 及び森 (2004) はいずれもPintrich and De Groot (1990) を日本語訳して作成されている。本分析は対象者を日本人とした英語教育分野の研究に限定していることから,Pintrich and De Groot (1990) よりも日本語に訳され,英語学習に対して使用する目的で妥当性・信頼性の検証が行われている松沼 (2006) の方が引用件数が多いというのは首肯できる結果であろう。

表1 日本の英語教育分野の論文で使用されている自己効力感尺度

自己効力感尺度 本数 自己効力感尺度 本数
松沼 (2006) 18 伊藤 (2009) 2
自由記述 15 水本 (2011) 2
自作 14 面接 2
Pintrich and De Groot (1990) 6 その他 22
森 (2004) 6 合計 87

2.2.2 上位3尺度を用いた研究の調査対象者の比較

次に特に引用頻度が高かった3つの尺度,松沼 (2006)Pintrich and De Groot (1990)森 (2004)を用いた研究の調査対象者を表2に示した。表2に明らかなように,その多くは大学生を対象としていることがわかる。多くの研究者が大学に属していることから,自身の指導対象である大学生を調査対象とする傾向があると推察される。

表2 松沼 (2006)Pintrich and De Groot (1990)森 (2004) を使用した研究の調査対象

大学生 高校生 中学生 小学生 合計
松沼 (2006) 15 2 0 1 18
Pintrich and De Groot (1990) 3 2 1 0 6
森 (2004) 4 0 2 0 6
合計 22 4 3 1 30

2.2.3 上位3尺度を用いた研究で使用されている英語力の指標

これら3つの尺度を用いた研究の中で英語力と自己効力感の関連に言及しているものは10件あった。英語力の指標には,学業成績 (1件),学期末テストのような到達度テスト (1件),TOEICのような英語習熟度テスト (8件) を用いた検証が混在していた。習熟度テストは,出題範囲が決まっておらず,一般的な英語運用能力を反映しているのに対し,到達度テストは出題範囲が限定されているため高得点であっても必ずしも英語運用能力が高いことを意味しない可能性がある。また,学業成績には課題や授業参加度といった英語力以外の要素も含まれている。このように,先行研究で使用されている英語力の指標が反映している側面にはばらつきが見られた。

2.3 松沼 (2006)Pintrich and De Groot (1990)森 (2004) の尺度の比較

2.3.1 各尺度の作成背景

次に日本の英語教育分野において引用頻度が高い3種類の尺度の作成背景を明らかにしたい。両日本語尺度の元となった Pintrich and De Groot (1990) は,英語教育に特化したものではなく,動機づけの方向性,自己調整学習,学業成績の関連を検証する目的で,動機づけ,認知方略使用,メタ認知に関する複数の尺度を元に作成され,56項目で構成されていた。中学生を対象に7件法で回答させ,因子分析を行った結果,9項目が自己効力感を測る質問項目として抽出された。

森 (2004) は,大学生を対象に,現在の自己効力感,中学時代及び現在の英語学習方略の関係を明らかにすることを目的としていた。この際,自己効力感を測定するために,Pintrich and De Groot (1990) で自己効力感として分類された9項目を筆者自身が日本語訳し,6件法で実施した。日本語訳に際して,「被験者が理解するには難しい,あるいは誤解を招きやすい項目には言葉を追加するなどした」(p. 46) との記載がある。このことから,本尺度は調査対象者である大学生を念頭に調整されたと考えられる。

松沼 (2006) は3つの尺度の中で唯一尺度作成を目的とし,妥当性・信頼性の検証を行っている。この尺度は先述の Pintrich and De Groot (1990) の9項目を筆者,中学校,高等学校の英語教員の3名で日本語訳し,現職の英語教諭の助言を得て作成された。さらに,「あくまで,個人が,ある事態に対処する時,それをどの程度効果的に処理できると考えているかという認知を問題としているのであって,他者との比較に関する認知を問題としているのではない」(p. 91) ことから,他者との比較の文言Compared to other students in this classは削除した旨が記載されている。高校1年生を対象に検証が行われ,英語の学期末試験 (学業成績),英語の学習時間 (努力の持続性),英語の課題提出数 (内発的動機づけ) を外部基準として用いて,妥当性が認められている。

2.3.2 質問項目の比較

表3に,松沼 (2006)Pintrich and De Groot (1990)森 (2004) の質問項目を同一の質問と思われるものを並べて提示する。日本語の2つの尺度は Pintrich and De Groot (1990) を元に作成されているため共通点も多いが,次のような違いが見られた。森 (2004) においては,Pintrich and De Groot (1990) では全項目に見られるthis class / the subjectのような当該科目に限定する文言が削除されている。一方,松沼 (2006) では,他者との比較を促すCompared with other students in this classに相当する文言が削除され,項目5と項目9が同義になったことで1項目少ない8項目になっている。

この文言の違いを原因として,Pintrich and De Groot (1990) は全項目が当該科目に限定した質問群,森 (2004) は全項目が一般的な英語力や学習能力に関する質問群,松沼 (2006) は当該科目に限定した問 (項目2, 3, 4, 7) と一般的な英語力や学習能力に関する問 (項目1, 5, 6, 8) で構成された質問群というように違いが生じている。それぞれ一般的な英語力や学習能力に関する問は英語習熟度と,当該科目に限定した問は学業成績と関連が高いことが予測される。

表3 松沼 (2006)Pintrich and De Groot (1990)森 (2004) の質問項目の比較

松沼 (2006) Pintrich and De Groot (1990) 森 (2004)
1 私は英語が得意だと思う。

Compared with others in this class, I think I'm a good student. 他の人と比べると,自分はよい学習者であると思う。
2 私は英語の授業で教えられたことを理解することができると思う。
I'm certain I can understand the ideas taught in this course. 教えられる内容を,自分は理解できる方だと思う。
3 私は英語で良い成績をとることができると思う。
I think I will receive a good grade in this class. 自分はよい成績をとれると思う。
4 私は英語の授業で与えられた課題に適切に答えることができると思う。
I am sure I can do an excellent job on the problems and tasks assigned for this class. 授業で出された問題や課題を,自分はうまくこなせると思う。
5 私の英語の学力はすぐれていると思う。
Compared with other students in this class I expect to do well. 他の人と比べると,自分はよくやれると思う。
6 私は英語の学習内容についてたくさんのことを知っていると思う。
Compared with other students in this class I think I know a great deal about the subject. 他の人と比べると,自分は授業で学習する内容についてよく知っていると思う。
7 私は英語の学習内容を習得できると思う。
I know that I will be able to learn the material for this class. 授業のレベルについていけると思う。
8 私は英語の勉強方法を知っていると思う。

My study skills are excellent compared with others in this class. 自分の英語学習能力は,他の人に比べてすぐれていると思う。
9 I expect to do very well in this class. 自分は,授業でうまくやれると思う。

注.下線は他者との比較に関する文言。番号は便宜的に付与した。

ここまでに,現状日本の英語教育分野において使用頻度が高い3つの自己効力感尺度の使用状況と各尺度の作成背景を概観し,以下3つの気づきを認めた。まず,尺度を構成する質問項目には,一般的な学習能力や英語力に関する項目と当該科目に限定した項目があり,それぞれ関連がある英語力の側面に違いがあることが予測されるが,これらの尺度を用いた研究において使用されている英語力の指標も習熟度テスト,学業成績,到達度テストとばらつきが見られた。次に,日本語版の元となった Pintrich and De Groot (1990) は中学生,松沼 (2006) は高校生,森 (2004) は大学生を対象とすることを念頭に作成されていたが,必ずしも作成時想定の対象者に対して使われているとは限らなかった。最後に,松沼 (2006) では,他者との比較を促す文言が削除されていた。以降では,特に対象者,他者との比較の2観点についてさらに深く考察する。

2.4 Pintrich の大学生向けMSLQ (Motivated Strategies for Learning Questionnaire)

調査対象者に関して,上述のPintrich and De Groot (1990) の著者の一人である,Paul Pintrichが同僚と共に大学生を対象として作成した尺度 Motivated Strategies for Learning Questionnaire (MSLQ) が存在する。その作成経緯についてはDuncan and McKeachie (2005) に詳しい。Pintrich は1986年から5年間ミシガン大学において,大学生の学習全般に関して研究を行い,MSLQ を作成した。MSLQ は動機づけ尺度 (31項目) と学習方略尺度 (50項目) の2要因合計81項目で構成されている。動機づけ尺度は因子分析の結果,9つの下位尺度に分類され,そのうち自己効力感に関する質問項目とされたのが8項目であった。その後,3度の検証を経て,最終版がMSLQ manual (Pintrich et al., 1991) としてまとめられている。表4に,中学生を対象として作成されたPintrich and De Groot (1990) と大学生を対象に作成されたPintrich et al. (1991) を,含まれるキーワードが似通っているもの同士を並べて記載する。両質問群は,全項目に this class / this course / the subject のような文言を含み,当該科目に限定した質問のみで構成されているという点で一致している。

表4 Pintrich et al. (1991)Pintrich and De Groot (1990) の質問項目の比較

Pintrich et al. (1991) Pintrich and De Groot (1990)
1 I believe I will receive an excellent grade in this class.
I think I will receive a good grade in this class.
2 I’m certain I can understand the most difficult material presented in the readings for this course.
3 I’m confident I can learn the basic concepts taught in this class.
I'm certain I can understand the ideas taught in this course.
4 I’m confident I can understand the most complex material presented by the instructor in this course.
I know that I will be able to learn the material for this class.
5 I’m confident I can do an excellent job on the assignments and tests in this course.
I am sure I can do an excellent job on the problems and tasks assigned for this class.
6 I expect to do well in this class.
I expect to do very well in this class.
7 I’m certain I can master the skills being taught in this class.
My study skills are excellent compared with others in this class.
8 Considering the difficulty of this course, the teacher, and my skills, I think I will do well in this class.
Compared with other students in this class I expect to do well.
9 Compared with others in this class, I think I'm a good student.
10 Compared with other students in this class I think I know a great deal about the subject.

注.下線は他者との比較に関する文言。番号は便宜的に付与した。

相違点としては,一方では learn となっていたものが understand になっていたり (項目3, 4),very などの強調が付与されていたり (項目6) といった些末な文言の違いや焦点が未来か現在かといった違い (項目7) が見られるが,特徴的な違いは2つにまとめることができる。まず,大学生用の Pintrich et al. (1991) では「最も難解な教材 (the most difficult / complex material)」を理解できる自信を問う項目が含まれていることである (項目2, 4)。特筆したい違いとしては,他者との比較を前提とする文言が大学生用に作成された Pintrich et al. (1991) には見られないことである (項目7, 8, 9, 10)。例えば,項目8については,大学生用では自身のスキルを含めた環境要因を判断の前提としているのに対し,中学生用では他者との比較を前提としている。この違いは松沼 (2006) があえて他者との比較に関する文言を削除したという点と合致するが,青年期以降は他者との比較の影響を受けないという傾向があるのだろうか。この点について,2.5においてさらに考察する。

2.5 社会的比較 (social comparison) と自己効力感

本節では,松沼 (2006) 及び Pintrich et al. (1991) から削除されていた他者との比較という観点について考察したい。他者との比較に関してFestinger (1954) が提唱した社会的比較 (social comparison) という理論がある。Festinger (1954) によれば,人は生来自身の能力や意見を評価したいという衝動を持っており,客観的かつ非社会的な方法がない場合,他者との比較に基づいてその評価を行う。そして,比較対象としては自身と類似性が高い他者を選ぶ傾向があるとしている。自己効力感は,自己評価に基づく自身の能力に対する認識であるため,一見他者とは無関係に自己完結しているもののように見える。しかしながら,社会的比較理論に基づけば,客観的かつ非社会的な方法がない場合,自己の能力に関する評価も他者との比較を参考に行われるはずである。すなわち,自己効力感を考える際に社会的比較は排除できない要素であることが予測される。

事実,自己効力感の提唱者であるバンデューラ自身も社会的比較も自己効力感に影響する重要な要素の一つとして認めおり (Bandura, 1993; Pajares, 1997),その影響が実証されている (Bandura & Jourden, 1991; Bouffard-Bouchard, 1990; Inagaki, 2022; Shunk, 1983;1985; Schunk & Hanson, 1985)。

Schunkは児童を対象とした一連の研究を通して,他者の成功を観察することが自己効力感につながるという vicarious experience2 の影響を検証している。Schunk (1983) は,小学生を対象に,算数の問題に取り組ませ,他者との比較に関する情報が自己効力感及び算数スキルの向上に寄与し,さらに目標設定を組み合わせることでその効果が増大することを明らかにした。また,vicarious experienceの一例であるモデリングも社会的比較の形態の一つであるとし,類似の他者の成功体験を観察することで自身の自己効力感も向上することが示されている (Schunk, 1985; Schunk & Hanson, 1985)。児童の発達段階による違いとして,7 ~ 8歳までは社会的比較の影響はないが,年齢が上がるにつれて社会的比較が自己評価に与える影響が大きくなることが明らかになっている (Ruble et al., 1980)。

次に,大学生以上を対象とした研究に目を向ける。Bandura and Jourden (1991) は大学院生 (21 ~ 49歳) を対象に,タスクが完了する度に自身と他者の成績を比較して示しつつ,架空の人材マネジメントタスクに全18回取り組ませた。その過程で,①自身と他者の成績が同等,②自身の方が優れている,③当初は自身の方が劣っているが次第に追いつく,④当初は他者と同等の成績だが次第に自身が劣っていく,という4種のパターンの成績を意図的に協力者に提示した。その結果,④の成績パターンを提示された協力者のみが著しく自己効力感の低下を示した。また,Bouffard-Bouchard (1990) は,大学生に認知タスクに取り組ませた後,教員は各学生に対して他学生と比較して成績が良い,あるいは悪いのいずれかのフィードバックを与えた。その結果,他学生よりも成績が良いというフィードバックを得た学生は自己効力感が向上し,その後のパフォーマンス,自身の解答の正否に関する判断,粘り強さに影響が見られた。実験研究だけでなく,調査研究によっても社会的比較と自己効力感の関係が示されている。Inagaki (2022) は,英語専攻の日本人女子大学生を対象に質問紙調査を行い,継時的比較 (temporal comparison: 過去の自己との比較, Albert, 1977) 及び社会的比較はいずれも自己効力感及び自信と関連があることを示した。また,徳岡・前田 (2011) は大学生を対象に質問紙調査を行い,自己効力感及び英語成績 (TOEICの点数) が高い学習者は社会的比較と継時的比較の両方を行う傾向を明らかにした。

以上のように,児童だけでなく,大学生であっても他者との比較が自己効力感,ひいては行動や成績にも影響することが明らかになった。特に,Festinger (1954) が指摘するように人間は生来他者との比較をするものであり,自身と類似性が高い他者を比較対象として選ぶ傾向があることから (Collins, 1996; Festinger, 1954),教室環境においては,クラスメイトとの比較による影響は排除できない要素であろう。大学の教室環境において,先行研究の実験環境のように他者との優劣が明示的に提示されることは想定しがたいが,学習者は協同学習や授業内の行動・発言を通して,無意識的に他者と比較していることが予測される。したがって,大学の教室環境においても,社会的比較が自己効力感に影響する可能性は十分にあるだろう。

3. 研究目的

以上を踏まえて,本稿は,英語教育分野における自己効力感尺度として,採用数最多で妥当性,信頼性の検証が行われている松沼 (2006) を質問紙A,松沼 (2006) に他者との比較を促す文言を付記したものを質問紙B,大学生を対象として作成されたPintrich et al. (1991) の日本語訳を質問紙Cとして3つの尺度を用意し,以下の検証を行うことを研究目的とする。

  • 1) 各尺度は英語習熟度及び学業成績とそれぞれどのような関連があるのか。
  • 2) また,その関連は英語習熟度によってどのような違いが見られるのか。

4. 方法

4.1 参加者

本研究では,日本の関東圏にある私立大学において,筆者が担当する英語必修科目を受講している1,2年生 (各2クラス) を対象とした。両学年とも卒業に必要な必修科目として,リスニング・スピーキングを中心とするLS科目と,リーディング・ライティングを中心とするRW科目の2科目を各週1回受講しており,いずれもGTEC Academic (ベネッセ) の当該技能のスコアを元に3レベル (CEFR B1, A2, A1) にクラス分けしている。調査対象であった1年生2クラスはいずれもA1レベルで,日常会話を焦点としたLS科目であった (各29名)。2年生2クラスはともにA2レベルで,1パラグラフ程度のエッセイを焦点としたRW科目 (26名) とプレゼンテーションを焦点としたLS科目 (31名) であった。計115名が履修登録をしていたが,英語力の指標に関するデータが1つ以上欠損している学生を除外したところ,100名 (1年生49名,2年生51名) が分析対象となった。また,質問紙を3回の授業に分けて実施した結果,質問紙Aは92名,質問紙Bは86名,質問紙Cは88名から回答が得られた。なお,調査に先だって,調査協力は任意であり,途中で中止・中断できること,一旦同意した場合も取り消すことができること,入手した情報は個人を特定できない形で保存,使用する旨を説明し,同意を得た。

4.2 材料

4.2.1 質問紙

本調査を行うにあたって,質問紙A: 松沼 (2006),質問紙B: 松沼 (2006) に他者との比較の文言を付与したもの,質問紙C: Pintrich et al. (1991) の日本語訳の3種類の尺度 (各8項目) を用意した。全質問紙において,「1: まったく当てはまらない ~ 6: とても当てはまる」のリッカートスケール6件法で回答させた (資料)。基準となる質問紙Aとしては,信頼性,妥当性の検証が行われていること,採用件数最多であることから,松沼 (2006) を採用した。

質問紙Bを作成するにあたり,他者との比較を促す文言以外の要素はそろっていた方がより正確な比較結果が得られると考え,松沼 (2006) を土台とした。また,比較対象との類似性が高い方が強い影響を与えるため (Collins, 1996; Festinger, 1954),本稿で比較を促す対象も類似性が高い「クラスメイト」として,松沼 (2006) の全項目に「クラスメイトと比較して」を付与して作成した。

質問群Cに関しては,2.4で言及した,大学生対象に作成されたPintrich et al. (1991) において自己効力感尺度として分類された8項目を採用した。日本の英語教育分野の論文において日本語訳が公開されている例が見られなかったため3,筆者が以下の手順で作成した。まず,Pintrich et al. (1991) を筆者自身が日本語に訳し,次にChatGPTを用いてバックトランスレーションを行い,元の英文との間に齟齬がないことを確認した。次に日本語として不自然な点がないか確認するため,ChatGPTに「修正は必要最小限とし,日本語として不自然な表現があれば修正してください」というプロンプトを入力し,抽出された情報を参考に日本語訳に手を加えた。その後改めてChatGPTを用いてバックトランスレーションを行い,Pintrich et al. (1991) の英文と齟齬がない内容になっていることを確認した。最後に,Pintrich et al. (1991) においてthis class / this courseとなっていた文言を質問紙Aとそろえて,「英語」に修正した。

なお,各質問紙に関して主成分分析を用いて一次元性,クロンバックαを用いて内的整合性を検証したところ,質問紙Aは因子負荷量 .69 ~ .88,寄与率 .67,α = .93,質問紙Bは因子負荷量 .81 ~ .94,寄与率 .79,α = .96,質問紙Cは因子負荷量 .71 ~ .89,寄与率 .66,α = .93であり,いずれの質問紙も十分な一次元性及び内的整合性が認められた。特に質問紙Bは因子負荷量もクロンバックαも高かったのは,「クラスメイトと比較して」という同一の文言が全ての質問項目に含まれていたことが影響しているかもしれない。

4.2.2 英語力に関する指標

各自己効力感尺度が英語力に関するどの側面と関連するかを検証するために,英語習熟度及び学業成績の指標を用意した。具体的には,英語習熟度の指標として,調査対象校においてクラス分けのために使用している①GTEC Academic (4技能各250点,1000点満点) の4技能の合計点を採用した。学業成績の指標としては,筆者自身が担当する科目における,②素点 (課題,授業参加度,各種試験を含む複数の評価項目の合計100点満点),③焦点 (当該科目で焦点とした技能の定着度を測る学期末試験),④筆記 (当該科目内で学習した文法・語彙の知識の定着を測る学期末筆記試験) を用いた。③焦点に関しては,1年生LS科目 (焦点:日常会話) は,教員と1対1の会話試験,2年生RW科目 (焦点:エッセイ) は英文エッセイ,2年生LS科目 (焦点:プレゼンテーション) はグループプレゼンテーションの得点をそれぞれ用いた。③焦点及び④筆記は,②素点の一部であり,各100点満点に換算して分析に用いた。

4.3 手順

各調査対象者には,基本的に3種類の質問紙すべてに回答をさせた。その際,実施の順番が影響しないよう配慮し,先に実施した質問紙の影響を最小限にするために各質問紙間に1か月以上の期間を設け,第1回授業,第6回授業,第11回授業で実施した (表5)。特に,クラスメイトとの比較を促す質問紙Bについては,クラスメイトとの接触が十分ではないと考えられる第1回授業では実施せず,第6回と第11回において実施した。

表5 各質問紙実施時期

第1回授業 第6回授業 第11回授業
クラス1 (2年生LS) 質問紙A 質問紙C 質問紙B
クラス2 (2年生RW) 質問紙C 質問紙B 質問紙A
クラス3 (1年生LS) 質問紙A 質問紙B 質問紙C
クラス4 (1年生LS) 質問紙C 質問紙A 質問紙B

5. 結果と考察

5.1 各項目の平均値の比較

GTECの4技能の合計点 (各技能250点,合計1000点満点) 及び学業成績関連3項目 (各100点満点) の平均値を表6に,各質問紙の平均値を表7にそれぞれ示した。

英語力に関して,調査対象者全体の①GTECの平均値336.11 (SD = 111.39) で高低群に分けたところ各群50名になった。各群の①GTECの平均値は,高群 (H群) は437.16 (SD = 38.87),低群 (L群) は235.06 (SD = 52.13) であり,対応なしのt検定を行ったところ両群間の英語力に有意な差が認められた (p < .001)。同様に,②素点 (H = 84.04, L = 78.12, p < .001),③焦点 (H = 77.53, L = 68.81, p = .03),④筆記 (H = 65.91, L = 58.25, p = .002) の全項目においてH群の方が統計的に有意に高いという結果になった。

表6 英語力4観点の平均値 (記述統計)

①GTEC ②素点 ③焦点 ④筆記
M SD M SD M SD M SD
H群 437.16 38.87 84.04 8.97 77.53 10.40 65.91 11.57
L群 235.06 52.13 78.12 8.34 68.81 25.26 58.25 12.40
全体 336.11 111.39 81.08 9.12 73.17 19.71 62.08 12.53

注. H群: n = 50, L群: n = 50

表7 各質問紙の平均値 (記述統計)

質問紙A 質問紙B 質問紙C
n M SD n M SD n M SD
H群 45 3.07 0.84 44 2.93 1.04 42 3.26 1.03
L群 47 2.52 1.00 42 2.82 1.08 46 2.75 1.03
全体 92 2.79 0.96 86 2.87 1.06 88 2.99 1.06
注. 質問紙A ~ Cは最大値6

表8 推定周辺平均 (線形混合モデル)

平均値 標準誤差 自由度 95% 信頼区間
下限 上限
質問紙A H 3.01 0.14 162.59 2.72 3.29
L 2.53 0.14 157.80 2.25 2.81
質問紙B H 3.04 0.15 167.76 2.75 3.33
L 2.83 0.15 170.45 2.54 3.12
質問紙C H 3.26 0.15 170.50 2.97 3.55
  L 2.73 0.14 160.13 2.44 3.01

質問紙に関しては,回答者にばらつきがあるため,回答の平均を従属変数,群 (H / L) 及び質問紙 (A ~ C) を固定効果,学生IDをランダム効果に指定し,線形混合モデルを用いて分析した。その結果,群間 (p = .02),質問紙間 (p = .04) には有意差が見られたが,交互作用 (p = .18) は見られなかった。ボンフェローニの補正を用いて多重比較を行った結果,質問紙Cは質問紙Aよりも有意に高い (p = .03) ことがわかった。各質問紙の推定周辺平均を群ごとに表8に示す。

線形混合モデルにおいて交互作用は非有意であったが,補足的に,記述統計の平均値を用いて,各質問紙においてH / L群間に有意差がないか対応なしのt検定で検証した。その結果,質問紙A (H = 3.07, L = 2.52, p = .005) 及び 質問紙C (H = 3.26, L = 2.75, p = .002) に関しては,H群の方が統計的に有意に高かったが,質問紙B (H = 2.93, L = 2.82) については有意差が認められなかった。この違いは,質問紙Bでは習熟度が同等であることが想定されるクラスメイトと横の比較をしているのに対し,比較対象の指定がない質問紙A及びCでは配置されたクラスの優劣,つまり同学年の全学生と縦の比較をしていることに起因する可能性が考えられる。

また,H / L群内において質問紙A ~ C間に有意差が見られるペアがないか線形混合モデルを用いて分析した結果,両群ともに有意差が見られる組み合わせはなかった。同様に,各質問紙に関して回答順による有意差も認められなかった。しかし,他者との比較の有無で対応がある質問紙Aと質問紙Bに焦点を当てると,記述統計上はH群は他者比較なしの方が高いのに対して,L群は他者比較ありの方が高かった (表7)。同一クラスの学生と比べた場合,H群は自身がそれほど優れているわけではないと認識するのに対し,L群は自身の方が優れていると認識する傾向があると言えるだろう。

5.2 質問紙A ~ Cと英語力の4観点の相関

次に,調査対象者全体及び英語習熟度別 H / L各群に関して,英語力に関する4観点①GTEC,②素点,③焦点,④筆記と質問紙A ~ Cの間の相関関係を明らかにするために,スピアマンの相関係数を求めた (表9)4

特徴的な点は,③焦点は,調査対象者全体において質問紙Bと弱い相関 (r = .21, p < .05) があるのみで他の組み合わせでの相関は見られないのに対し,④筆記は,L群において質問紙B及びCと相関が見られないが,他の組み合わせでは比較的高い相関を示していることである。このことは,調査対象とした全科目の焦点となる技能がアウトプットであるのに対して,④筆記は文法や語彙の知識の定着を測るインプットであったことと関連があるかもしれない。すなわち,調査対象者はこれまでインプット中心の英語学習をしてきたために,自己効力感もインプットの能力を根拠としている可能性がある。そのため,アウトプットの能力と自己効力感尺度の間に相関が見られなかったと考えられる。以降,質問紙別に傾向を検証する。

質問紙Aは,対象者全体において,①GTEC (r = .31, p < .01),②素点 (r = .32, p < .01),④筆記 (r = .33, p < .01) とそれぞれ相関が見られた。H群に関しては,②素点 (r = .39, p < .01)と④筆記 (r = .30, p < .05) は相関するが①GTECとは相関が見られなかった。一方,L群は①GTEC (r = .36, p < .05) 及び④筆記 (r = .32, p < .05) と相関が見られるが,②素点とは相関が見られなかった。

質問紙Bは,対象者全体では②素点 (r = .26, p < .05),③焦点 (r = .21, p < .05),④筆記 (r = .35, p < .001) と相関が見られた。L群では①GTEC (r = .46, p < .01) のみではあるが,他と比べて高めの相関が見られた。H群は④筆記 (r = .48, p < .01) とは比較的高めの相関が見られたものの,①GTECも②素点も相関が見られなかった。

質問紙CはL群においては,相関が見られる英語力の側面はなかったが,対象者全体では①GTEC (r = .27, p < .05),②素点 (r = .32, p < .01),④筆記 (r = .27, p < .05) と相関が見られた。H群では②素点 (r = .44, p < .01) と④筆記 (r = .51, p < .001) と相関が見られ,いずれも質問紙Aよりも相関係数が高かった。

表9 英語力関連4観点と各質問紙の相関係数 (群別)

①GTEC ②素点 ③焦点 ④筆記
H L H L H L H L
質問紙A .31** -.13 .36* .32** .39** .11 .20 .27 .02 .33** .30* .32*
質問紙B .18 .15 .46** .26* .28 .29 .21* .21 .16 .35*** .48** .25
質問紙C .27* .06 .16 .32** .44** .15 .19 .12 .17 .27* .51*** .04

p < .05, ** p < .01, *** p < .001

質問項目の内容から,質問紙A及びBは習熟度と学業成績の両方と,質問紙Cは学業成績と相関することが予測されたが,本稿の結果をまとめると,各質問紙が反映する側面は習熟度によって異なる可能性が示唆された。具体的には,学習者の英語習熟度に関わらず,最も多くの英語力の側面と関連する自己効力感を測定できるのは質問紙Aであった。そして,H群の成績と関連する自己効力感を測定するには大学生用に作成された質問紙Cが,L群の習熟度には他者との比較を促す質問紙Bがより適切である可能性が示唆された。逆に,H群の習熟度,L群の学業成績と関連する自己効力感の測定に有効な尺度は本稿で検証対象とした3つの中にはなかった。また,学生の多くは自身のインプット能力を根拠に自己効力感を構築している可能性があり,本稿の3つの尺度ではアウトプットの能力に対する自己効力感を測定することは難しいことが示唆された。

社会的比較の影響に関連して,H群において質問紙Aは②素点と関連するのに対して,質問紙Bは関連しないことから,H群に関しては他者との比較を促す文言がむしろ自己効力感の適切な判断の妨げになる恐れがある。逆に,L群に関しては,他者との比較を含む質問紙B (r = .46, p < .01) の方が比較を含まない質問紙A (r = .36, p < .05) よりも習熟度との相関が高いことから,他者との比較が自身の英語力を適切に認識する上で有効な手がかりとなっている可能性がある。あるいは,①GTECの結果が他者との比較に強く影響していると言えるかもしれない。

質問紙Cは,本稿におけるH群において質問紙Aよりも僅かながら②素点と高い相関が見られ,L群においてはどの英語力の側面とも相関が見られなかった。すなわち,習熟度の低い学習者の自己効力感を測定するには適さないが,習熟度の高い学習者の成績に関する自己効力感はより適確に測定する可能性が示唆された。仮に,一般的な大学生の英語力が本稿のH群と同等のCEFR A2以上である5とすれば,多くの先行研究で採用されている質問紙Aよりもむしろ質問紙Cの方が僅かながら高い精度で大学生の成績に対する自己効力感を測定する可能性があるだろう。

6. まとめ

本稿前半では,日本の英語教育分野において用いられている自己効力感尺度を概観し,松沼 (2006)Pintrich and De Groot (1990)森 (2004) が多く採用されているが,1) 英語力の指標,2) 対象者,3) 他者との比較の3観点において検討が必要であることが明らかになった。後半では,これらの要因を考慮し,質問紙A (松沼, 2006),質問紙B (他者比較),質問紙C (大学生対象) の3種類の自己効力感尺度と英語力に関する4観点 (習熟度,当該科目の素点,当該科目で焦点とした技能の学期末試験,文法・語彙の知識を中心とした学期末筆記試験) の相関を習熟度別に検証した。その結果,学生の多くは自身のインプットの能力を根拠として自己効力感を構築しており,本稿で採用した3つの尺度ではアウトプットに対する自己効力感は測れない可能性があることがわかった。さらに,測定したい英語力の側面や習熟度によって,使用が適した尺度が異なることも明らかになった。具体的には,質問紙Aは習熟度や英語力の側面にかかわらず,万遍なく自己効力感を測定でき,質問紙Bは習熟度の低い学習者の習熟度を,質問紙Cは習熟度の高い学習者の成績を反映する傾向が見られた。しかしながら,一般的な大学生の英語力が本稿のH群と同等のA2レベルであると仮定すれば,大学生の成績と関連する自己効力感尺度としては,そもそも大学生を対象に作成された,質問紙Cがより適している可能性が示唆された。社会的比較の影響に関しては,習熟度の低い学習者にとっては自己効力感の適切な測定及び向上の両面から有益である一方で,習熟度の高い学習者にとっては不要,場合によっては自己効力感の適切な測定の妨げになる恐れがあることがわかった。

教育的示唆としては,L群は他者との比較があった方が自己効力感を正確に把握できるだけでなく,自己効力感が高く示されることが明らかになった。Multon et al. (1991) が自己効力感と学業成績の相関は学力が高い学習者よりも低い学習者の方が強いことを示していたことから,習熟度の低い学習者ほど情意面の影響を受けやすい可能性がある。そのため,L群に関しては,社会的比較が自己効力感,ひいては英語力の向上に影響する可能性を考慮し,グループワークやペアワークの組み合わせに配慮する必要があるだろう。また,質問紙A ~ Cの回答の平均値を比較した結果から,クラスメイトとの比較を促されない限り,配置されたクラスのレベルに基づいて自身の英語力を判断する傾向が見られた。この点も鑑みると,自身が配置されたクラスの優劣を知ることは自己効力感,その後の英語学習に対する姿勢も左右しうるため,レベル開示には慎重になる必要があるかもしれない。

研究における今後の課題としては,本稿及び松沼 (2006) において検証した,質問紙Aと学期末筆記試験の相関に関して,本稿でも有意ではあったものの (r = .33, p < .01),松沼 (2006, r = .69, p < .01) ほど高くはなかった。この差が,大学生と高校生の違いに起因するものか,習熟度の違いに起因するのかはさらなる検証が必要である。同様に,大学生を対象とする尺度として質問紙Cが質問紙Aよりも適切かを判断するためには,協力者数を増やし,幅広い習熟度の学習者を対象とした検証を要する。

質問紙Bは社会的比較の影響を検証するために,全ての質問項目に「クラスメイトと比較して」という文言を付与した。しかしながら,Pintrich and De Groot (1990) においては,4つの質問項目にしか当該の文言は付与されていなかった。Pintrich and De Groot (1990) に忠実にこれら4つの質問項目のみに他者との比較を促す文言を付与した場合,異なる結果が得られたかもしれない。また,英語教育分野に限定しない社会的比較に関する先行研究においては,大学生においても社会的比較は自己効力感に影響するという結果を示していた。しかし,本稿のH群においては社会的比較の影響は見られず,仮に一般的な大学生が本稿のH群と同等のCEFR A2レベルであるとすれば,社会的比較と自己効力感の関連は日本人大学生の英語学習場面では当てはまらない可能性がある。徳岡・前田 (2011) の知見を勘案すると,英語力が高い学習者は社会的比較だけでなく継時的比較も行うために,社会的比較の影響が希薄化することを意味するのかもしれない。あるいは,先行研究では,授業内でタスクに従事させる過程で他者の到達具合を明示的に提示していたのに対し,本稿では他者との比較を促す指示を与えたのみであったことが影響した可能性もある。授業における観察を根拠とした主観的な印象に基づく情報のみでは,客観的な情報を与えられたときと同等の効果を得られないのかもしれない。さらに,本稿では英語習熟度に基づいて2群に分けて比較を行ったが,H群は全て2年生,L群は1人を除いて全て1年生であった。そのため,H / L群間の違いは学年による違いであった可能性もある。Ruble et al. (1980) は年齢と共に社会的比較の影響は強くなると報告していたが,一定の年齢を過ぎると影響を受けづらくなる傾向が生じる可能性も検討する必要があるだろう。本調査では,日本の大学生の英語教育分野における自己効力感尺度に対する他者比較の影響に関して,さらに検証を要する課題が複数残された。

本稿の結果だけでは断定的なことを述べるには十分とは言えないが,指導の自己効力感に対する効果を測定する際は,学習者の特性,検証したい英語力の側面によって尺度を使い分けるといった配慮が必要になるかもしれない。例えば,CEFR A2以上の学生を対象として,英語成績への効果を検証する際は,一般的に使用されてきた質問紙Aよりも本稿で作成した質問紙Cの方が高い精度の結果が得られる可能性も視野に置く必要があるだろう。今後は本稿において課題となった観点をさらに検証し,具体的な尺度選択の基準を提案したい。

1 J-Stageの収録記事約580万件 (2025年5月現在) に対して,CiNii Research は2023年4月時点で約1億件以上であり,その後も増加中である旨記載があるため (オープンアクセスリポジトリ推進協会, 2023),収録記事数が多い CiNii Research において検索を行った。

2 自己効力感の提唱者である Bandura (1995) は,自己効力感には,active mastery experience (自分自身の成功体験),vicarious experience (他者の成功の観察),verbal persuasion (周囲からの口頭の支援),physiological and affective states (身体的,感情的状態) の4つの源があるとしている。

3 Pintrich et al. (1991) のMSLQを日本語訳し,信頼性・妥当性の検証を行った研究に宮部他 (2016) 及び Nomura et al. (2023) があるが,いずれも英語以外を対象としていた。具体的には,前者は看護学生の学業成績,後者は,医学部生の Problem-Based Learning 授業をそれぞれ検証対象としていた。英語教育の分野では,Onoda (2017) において英文読解,自己調整方略,自己効力感の関連を検証するためにMSLQを用いたとの記載があるが,使用した訳は公開されていない。

4 本調査で示された,例えば r = .21, p < .05 は一般的な相関係数としてはそれほど高くはないかもしれない。しかし,心理尺度作成を目的とした太幡 (2020) において,外部基準との相関が r = -15 ~ -.52, p < .05 であったことで妥当性を確認できたと結論付けていることを勘案すれば,本稿で見られた相関係数は各尺度が各英語指標と関連すると判断する上で十分であると言えるだろう。

5 2023年時点で高校生の50.6%がCEFR A2レベル,19.8%がB1レベルに達していた (文部科学省, 2024) ことに鑑みると大学生の約7割はA2レベル以上の英語力を有していると考えられる。

引用文献
資料

質問紙A:松沼 (2006)

  • 1) 私は英語が得意だと思う。

    2) 私は英語の授業で教えられたことを理解することができると思う。

    3) 私は英語で良い成績をとることができると思う。

    4) 私は英語の授業で与えられた課題に適切に答えることができると思う。

    5) 私の英語の学力はすぐれていると思う。

    6) 私は英語の学習内容についてたくさんのことを知っていると思う。

    7) 私は英語の学習内容を習得できると思う。

    8) 私は英語の勉強方法を知っていると思う。

質問紙B:他者との比較

質問紙Aの各項目の冒頭に「クラスメイトと比較して,」を付記

質問紙C:Pintrich et al. (1991) の日本語訳

  • 1) 私は英語の課題及びテストをうまくこなすことができる自信がある。

    2) 私は英語においてすばらしい成績を収めることができると信じている。

    3) 私は英語のクラスでうまくやれると信じている。

    4) 私は英語の教員が提示する最も難解な教材も理解できる自信がある。

    5) 私は英語のクラスで習う基本的な概念を身につける自信がある。

    6) 私は英語のクラスで習うスキルを自分のものにすることができる自信がある。

    7) 英語の難易度,教員,自分のスキルを鑑みて,本科目でうまくやれると思う。

    8) 私は英語のクラスで提示される最も難解な読み物を理解できる自信がある。

 
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