Journal of Human and Environmental Symbiosis
Online ISSN : 2434-902X
Print ISSN : 1346-3489
Prospects for Co-Creating Regional Futures towards a Decarbonized Society
Shozo KAZAMI
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2024 Volume 40 Issue 2 Pages 152-161

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Abstract: In recent years, as international interest in realizing a sustainable society has increased, concrete approaches to a “Decarbonized Society” have become urgently needed. This article discusses the possibility of “Co-Creation of Regional Futures,” which is the basis of a “Decarbonized Society,'” which is an important approach to realizing a “Sustainable Society”.

1.はじめに

 近年,持続可能な社会の実現に向けた国際的な関心が高まる中,脱炭素社会の具体的なアプローチが急務となっている.1992年,リオデジャネイロにおいて,環境サミットが開催され,「Sustainable Development」の概念が世界に発信されたが,その本質的な理解と行動は未だ十分とは言えない.1997年,「環境と開発に関する世界委員会」(WCED=World Commission on Environment and Development)(以下,WCEDと称する)」は「持続可能性」の定義を,「将来の世代のニーズを満たす能力を損なうことなく,現在の世代のニーズを満たすような発展」と定義したが,その実現には,地域主体による様々な共創が必要不可欠となっている.

本稿は,以上のような背景を踏まえて,持続可能な社会を実現する基盤ともなる「脱炭素社会」の実現方策と「地域未来共創」の可能性について論じていく.

1992年の地球サミットでは,国連は,「ローカルアジェンダ」を提示し,地域主体の持続可能な社会の構築への重要性を提言している.2015年,国連総会にて, 持続可能な開発のための2030 アジェンダが提言され,「SDGs」の概念が世界に発信されると共に,2050年におけるカーボンニュートラルの実現が世界的な目標として共有されるようになった.現在,我々の社会は,地球規模の気候変動やそれに伴う自然災害の発生等,世界的な環境危機に直面しており,その解決には,地球的な視座と地域的な行動が急務となっている.

2.震災復興における地域資源活用の重要性

東日本大震災は,2011年3月11日に発生し,東北地方や関東地方において,数多くの貴重な命が失われ,沿岸部を中心とした市町村は,大津波によって大打撃を受けることになった.また,追い打ちをかけるように,大震災によって生じた原発事故によって,東北地方のみならず,日本の社会経済的な基盤を根底から揺るがすような重大な危機に直面することになった.

東松島市は,東日本大震災によって,野蒜地区をはじめとする沿岸部を中心に大きな打撃を受けた.「東松島市・森の学校プロジェクト」は,こうした津波被害を受けた公立小学校の高台移転に伴う再建計画であり,東松島市が産官学民の多様な支援や連携によって進めてきた震災復興事業である.

本プロジェクトにおいて,宮城大学風見正三研究室は,震災直後から,C.W.ニコル・アファンの森財団と共に被災地に入り,2011年12月に設置された東松島市教育復興計画検討委員会にて,「森の学校」の基本コンセプトを提案し,2012年4月から,東松島市教育委員会の業務委託を受けて,「森の学校」の基本構想,基本計画を策定し,「森の学校」の基本理念,機能配置,基本デザイン,教育プログラム等をとりまとめた.本構想は,この基本計画に基づき,基本設計,実施設計が行われ,2017年1月,「東松島市立宮野森小学校(森の学校)」として開校の日を迎えた.

本プロジェクトの特徴は,行政を中心に計画策定されることが多い公立学校を地域の様々な人々の参加による「地域主体の計画プロセス」によって進めてきている点にある.本プロジェクトは,高台移転する小学校を地域の自然環境を最大限に活かした「森や地域と融合する学校」として再建したものであり,地域の未来を地域の様々なステークホルダー(生徒,教員,行政,地元企業,大企業,大学等)の多様な参加によって,計画策定された先駆的な事業となっている.

また,本プロジェクトにおいて,宮城大学風見正三研究室はC.W.ニコル・アファンの森財団と協力しながら,自主的な簡易アセスメント(環境調査と地域環境分析)を実施し,貴重な絶滅危惧種の現状把握やそれらに基づく自然環境への配慮計画を検討し,移転地周辺の自然を最大限に保全する「エコロジカルプランニング(自然配慮型の計画手法)」を進めてきた(図1).

これらの検討を重ねてきた結果,東松島市や都市再生機構の理解と協力により,既存の谷戸を最大限に保全した配置計画が採択され,「森の学校」の重要な基本理念である,「既存林との融合」,「木造校舎の実現」,「先進的な環境情報インフラの導入」等を盛り込んだ新たな学校の計画が実現することになった(図1).

「森の学校」は,森の生命力や多様性を学ぶ「自然と共に生きる学校」,地域の人々との協働によって子どもたちを「共に育てる」ことのできる「地域と共に生きる学校」を目指しており,今後,学校を核としながら,森に関わる持続可能な地域産業を育む拠点としても位置付けられていくことが期待されているとともに,東松島市の重要な地域資源である,森,里,海を連携する重要な拠点として計画されている.

このように,「森の学校」は,地域の多様なステークホルダーとの協働による震災復興事業であり,地域の「共有財産(Commons)」としての「学校」を民主的かつ科学的に計画(Design)していく「コモンズデザイン(Commons Design)」の先駆的な事例である.また,森の学校における木造建築という選択は,地域資源である木材の有効活用を促進させ,脱炭素社会への実現に向けた重要なアプローチを示すこととなった.

3.コモンズデザインの視座と可能性

 21世紀は,持続可能な社会を構築していくための重要な世紀となる.そして,そのためには,地域の様々な資源を活用しながら,地域主体による戦略的な地域経営を実現していく必要がある.大震災によって,三陸沿岸では,村落自体が失われた地域も多くあったが,このような状況下においても,住民の人々を支える原動力となったのは,「コミュニティ」の存在であった.

 東北は,「縁」や「結」といった古くからの村落共同体を基盤にした地域の「支え合いの仕組み」や「生活文化の継承の仕組み」が存続している.東北の持続可能な未来を展望する際,こうした豊かな自然環境と生活文化に根付いたコミュニティを再構築していくための「コモンズデザイン(Commons Design)」を進めていくことが重要となる.

 日本においては,地域経済の衰退や少子高齢化の進展によって,地域の共同意識は希薄化してきており,長年,地域が育んできた,文化的,経済的,社会的,環境的なストックの継承は困難な状況になってきている.今後は,こうした地域のストックを主体的に経営していくために,コミュニティが地域の運営組織となり,様々な地域資源を戦略的に維持管理しながら,「地域未来共創」の基盤となっていくことが求められる.

 東日本大震災では,沿岸部の諸都市において,都市の歴史や記憶が一瞬で喪失するような壊滅的な打撃を受けた.これらの都市は,海を基盤にした漁業,大地を基盤にした農業,森を基盤にした林業等,様々な地域産業を育んできたが,震災後の再興は,未だに困難な道程を辿っている.今後,こうした地域の真の復興を実現していくためには,地域の歴史や生活文化を未来に継承する「コミュニティ」の存在が極めて重要であり,この存在こそが,地域を守り育て,地域の未来を創造する基盤となっていくものである.

 我々は,東日本大震災の経験を通じて,こうした「コミュニティ」の重要性を再認識する必要があり,これこそが,持続可能な地域を創造するための原動力であり,地域の歴史や文化,産業等を継承し,地域の真の豊かさを創造する基本フレームともなる.「コモンズデザイン(Commons Design)」という視座は,こうした地域のポテンシャルを最大限に引き出しながら,地域の豊かさを達成していく「地域未来共創」の実践的なアプローチであり,日本を持続可能な社会へと導く重要な鍵となっていく.

4.公立大学における地域未来共創の実践

 現在,日本には,約800校の大学が設置されている.その中で,地方自治体等によって創設された公立大学は100校(2023年時点)となり,地方創生に置ける公立大学への期待は大きなものになっている.

宮城大学は,1997年に宮城県によって,県立大学として創設され,2009年に公立大学法人として改組され,現在,看護学群,事業構想学群,食産業学群,看護学研究科,事業構想学研究科,食産業学研究科の3学群3研究科,約2000名が学ぶ東北の中核的な大学に発展を遂げている.このような中,東日本大震災から10年が経過した2021年に,大学の研究推進機能と地域貢献機能を融合し,東北の新たな未来を共創するための組織として,「研究推進・地域未来共創センター」が創設された.この組織の大きな使命は,地域における大学の役割を明確化し,大学の知的財産(シーズ)と地域の課題(ニーズ)をマッチングさせ,地域社会のソリューションを提示していくことにある.

「地域未来共創」というアプローチは,大学の基幹的な機能である,教育,研究,地域貢献を結びつけ,地域の多様なステークホルダーとの連携によって,新たな研究開発や地域未来共創プロジェクトの推進し,真に豊かで持続可能な地域社会の実現を目指すものである(図2).

宮城大学における地域貢献の分野は多岐に渡るが,その中でも,本センターが全学の研究シーズを融合し,地域の様々なステークホルダーの連携による地域未来共創プロジェクトとして取り組んだ事業が「海山里のつながりが育む自然資源で作るカーボン・サーキュラー・エコノミー拠点」である.本事業は,令和4年度の JST「共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)」の地域共創分野(育成型)に採択された,地域の経済活動と環境保全を両立するカーボン・サーキュラー・エコノミー社会の実現を目指したプロジェクトである.

本事業の目指すべきビジョンは,東日本大震災で甚大なる被害を受けた三陸沿岸の再生を目指し,地域の農林水産物を資源として,サステナブルでレジリエンスのある社会を構築していくものである.本事業のターゲットは,国際的な緊急課題であるカーボンニュートラルの実現に向けて,その数値的な目標の達成だけでなく,真の地域の活性化につながる地域経済循環システムを構築することにある(図3).

本事業では,これからの脱炭素社会の実現に向けて,地域の持続可能性を担保するとともに,地域の産業の再構築を進めていくことが,真の地域の豊かさを確保するための重要なアプローチになると考えている.

5.脱炭素社会の政策展開と地域創生の視座

「持続可能な発展(Sustainable Development)」という概念が世界的な潮流になったのは,1992年の地球環境サミットが大きな契機となっているが,日本においても,こうした潮流を踏まえて,1994年には,環境基本法が制定され,様々な自治体で環境基本計画が策定されるとともに,地球温暖化防止対策実行計画の立案も進められることになった.このような潮流の中,「持続可能な発展(Sustainable Development)」をさらに進め,「SDGs(Sustainable Development Goals)」という概念が提示され,国際的な政策目標となるとともに,カーボンニュートラルが世界の産業を変えていく大きな国家戦略となってきている(図4).

日本政府においても,2050年までにカーボンニュートラルを実現することを目標として,様々な政策を推進している.2021年10月に閣議決定された「2050年カーボンニュートラル宣言」では,2030年までに温室効果ガスを2013年比で46%削減することを国連に提出しており,これは2016年にパリ協定の採択に合わせて制定された目標よりも厳しい削減基準となっている.

環境省では,「国と地方の協働・共創」を掲げ,地域における2050年の「脱炭素社会の実現」を目指し,「暮らし」と「社会」の分野を中心とした脱炭素社会ロードマップを作成し,その実現に向けた「国・地方脱炭素実現会議」を開催し,「新たな地域の創造」を目指している.また,経産省では,関係省庁と連携し,「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」を策定し,エネルギー・産業部門の構造転換,戦略的な投資によるイノベーションの創出を推進している.

このように,カーボンニュートラルは,国家的な政策を大幅に転換させる原動力となるとともに,地域の未来創造にも大きな転換点をもたらすこととなった.そのキーワードが「GX(Green Transformation)」「DX(Digital Transformation)」である.GX(グリーントランスフォーメーション)とは,化石燃料の使用を抑制し,再生可能なクリーンエネルギーに転換していく取り組みであり,経済活動と環境保護を両立させることで,社会の持続的発展を目指すアプローチである.

政府は,これらの政策目標を達成させるため,2023年に,GX推進法とGX脱炭素電源法を制定し,規制・支援一体型投資促進と成長志向型カーボンプライシングの戦略を立案し,2050年のカーボンニュートラル実現と産業競争力の強化,経済成長の実現に向けてGX投資を推進している.環境省では,地域脱炭素の意義を「脱炭素を通じて,地域課題を解決し,地域の魅力と質を向上させる地方創生に貢献する」としており,そのためには,地域主体,地域資源,地域課題を重視した施策が重要であることを示している.

以上のように,カーボンニュートラルの目指すべき目標は,エネルギー政策の革新に留まらず,真の地域創生につながる地域循環経済の構築であり,安全・安心で,持続可能な地域社会を創造することにある.そして,その実現のためには,国家的な政策目標の達成とともに,「地域未来共創」の視点によるローカルSDGsの実現が必要不可欠となる.

6.産官学民の連携によるカーボンニュートラル

 

カーボンニュートラルの潮流は,政府や自治体,企業のみならず,大学や研究機関にとっても,重要な挑戦的課題となっている.カーボンニュートラルの実現に向けては,あらゆる主体が,一丸となって取り組んでいくことが必要であり,政策立案や技術革新の基盤となる科学的知見を創出し,その知を普及する使命を持つ大学が果たす役割は極めて大きい.

「カーボンニュートラル達成に貢献する大学等コアリッション(以下,コアリッションと称する)」は,こうした社会的背景から,文部科学省,経済産業省,環境省,および,カーボンニュートラルに向けた積極的な取組を行っている大学等による情報共有や発信等の場として,2021年7月29日に設立された学際的な組織である.コアリッションのミッションは,カーボンニュートラルの達成に向けた方策を検討し,脱炭素社会を実現していくためのパイロットモデルを構築し,その成果を国や世界に展開していくことにあり,2050年のカーボンニュートラルを実現するための政策的な基盤を構築するとともに,地域への実装を進めることが大きな使命となる.

コアリションは,そのために,大学等の取組に係る知見の横展開,自治体や企業等との連携強化による研究成果の社会実装やニーズに応じた研究開発の推進,国内外への発信力の強化等を目標に掲げ,大学代表者が集まる総会と,研究者や職員等が参加する5つのワーキンググループを構成し,参加大学等が主体となって,コアリションの在り方や方針を決定し,活動を進めてきている.(図5)

この中で,「地域ゼロカーボンワーキンググループ(以下,地域ゼロカーボンWGと称する)」においては,大学の先端知,実践知,経験知,総合知を融合した「知としてメタプラットフォーム」の創造に向けて,大学を核とした地域連携のアプローチについて検討を行っている.地域ゼロカーボンWGでは,カーボンニュートラルの目標像を,「真の地域再生」と捉えており,そのためには,大学と核とした多様なステークホルダーが主体的に地域の計画策定に関与していくことが重要と考えている.(図6)

現在,様々な地方自治体で「地域ゼロカーボン戦略」の策定が進められているが,その実現に向けては,地域の生活や産業,エネルギー等を含めた地域未来共創モデルの構築が必要不可欠である.

地域ゼロカーボンWGの使命は,地域の歴史や文化,生態系や風景等,地域の特性を活かした地域ゼロカーボンの実現とそれらの相乗効果による真の地域再生である.そのためには,地域とのコミュニケーションを重視した社会的な合意形成プロセスが基本となり,そのことから,地域の脱炭素のみならず,豊かさや安全・安心等を重視したロードマップが完成することになる.

今後,コアリションとしては,2050年のカーボンニュートラルの達成に向けて,5WGの連携による超学際的な連携を進めていくことになるが,そのゴールは,大学を核とした産官学民の多様な連携によるグローカルアクションによって,脱炭素社会の可視化を図り,地域へのアウトリーチを進めていくことにある.

 現在,カーボンニュートラルの実現に向けて,ローカルエネルギー,ブルー&グリーンカーボン,カーボンオフセット等の多元的な施策が進められているが,その実現には,様々な研究領域や産業区分を超えた連携による地域経済循環の構築とそれを支えるサステナブルコミュニティの創造が重要となる.カーボンニュートラルが真の地域再生につながるためには,こうした,産官学民連携,地域経済循環の視点に基づく,ローカルSDGsの構築が重要なターゲットとなる.

7.デジタル時代における田園都市の可能性

 

持続可能な社会を構築していく際に,大きな課題となるのが,都市システムの変革によるサステナブルシティの創造である.20世紀は,世界各国で急激な都市成長が進み,東京,ロンドン,ニューヨーク等の世界的な大都市が誕生していった.

都市というシステムは,政治経済等の中枢機能を集積し,強大な経済装置を生み出す一方で,交通問題や環境汚染等,都市化による弊害も顕著となってきた.こうした背景から,都市における持続可能性の追求は世界的な潮流となり,サステナブルシティの創造は,21世紀の重要な政策目標となっている.

このような都市の発展を振り返る時,20世紀初頭に,持続可能な都市モデルを提言した,「エベネーザー・ハワード(Ebenezer Howard)(以下,E.ハワードと称する)」の存在は重要な意味を持っている.E.ハワードは,社会改良家,近代都市計画の祖と言われているが,都市の環境問題が深刻化していた20世紀初頭,都市と自然の融合,都市の自立性を主張し,近代都市計画に多くの影響を与えた.E.ハワードは,1898年に「明日〜真の改革への平和的道」を発表し,その影響は思わしくなかったが,1902年に,その思想を発展させ,「明日の田園都市」として発表を行った(図7).

この提言は,工芸家のウイリアムモリス等の賛同を得て,社会的に啓蒙され,「田園都市(Garden City)」は実際に建設されることになった.

「田園都市」の理念は,「都市の魅力(娯楽,社交,雇用機会,高賃金等)」と「農村の魅力(自然美,新鮮な空気,低家賃等)の両者の利点を兼ね備えた第3の選択としての「田園都市」という都市モデルを構築することにあった.「田園都市」のシステムには,都市の成長管理に向けた都市規模や都市構造が設定されており,無秩序な都市の膨張を抑制するグリーンベルトの思想やそれらを維持していく開発利益の還元を行う都市経営手法が包含されており,「都市と農村の結婚」による持続可能な都市モデルの原型が示されている.

E.ハワードは,こうした大都市の時代の幕開けに,都市の未来を展望し,持続可能な都市のモデルを提唱したが,20世紀初頭においては,郊外における産業創造は進まず,「田園都市」の根幹である「自立都市」の理想像を完成させるまでには至らなかった.しかし,その先進的な理念は,高度情報社会が進展した現代にこそ,実現可能な都市モデルとなってきている.現在,日本政府は,これからの地方創生に向けた重要施策として,「デジタル田園都市国家構想」を提起し,E.ハワードの「田園都市」の理念を実現していく機会が訪れている.デジタル時代においては,都市に居住する必然性は低下し,豊かな自然環境の中でのリゾートオフィスの創出や地方都市におけるデジタル環境を活用した新たな産業創生が推進されている(図8).

 これらは,まさに,E.ハワードが目指した理想都市の実現に近づく方策であり,地球時代の都市未来創造の方向性を示唆している.都市計画の領域においても,現在,世界的な潮流となってきている,DXとGXの融合による自立都市の完成が視野に入ってきている. 

これからは,高度情報社会における都市の存立意義とシステムの改編 (DX)が進むとともに,経済,社会,環境のバランスのとれた持続可能な都市の実現(GX)が実現される時代が到来する.E.ハワードの「田園都市」は,SDGsやカーボンニュートラルが世界的な政策目標となった現在こそ,持続可能な都市を創造する実践的なモデルとなるであろう.

8.PPPの理念と脱炭素社会へのアプローチ

 近年,持続可能な社会を構築していくためのスキームとして,「PPP(Public Private Partnership)(以下,PPP

と称する)」という概念が注目されている.PPPが世界的な潮流となった発端は,1999年11月,英国のメイジャー政権が,「PFI(Private Financial Initiative)(以下,PFIと称する)」の導入を決定し,公共事業における事前の分析・評価としての「VFM(Value for Money)」の視点を導入したことによる.英国では,その後,ブレア政権においても,PFIは発展を続け,英国財務省による地方政府を含む全てのPFI事業の一元的コントロールや標準化契約によるPFIの普及が進められた.

そして,2008年のリーマンショックによって,欧州における公的債務が危機に直面し,PFIへの長期的事業に対する資金供給を行う金融機関の萎縮の影響等により,新規PFI事業数は減少するに至ったが,その後もPPP,PFIの潮流は世界に拡散し,世界各国の大規模プロジェクトにおける重要な事業手法として認識されるようになった.

 日本においても,1999年9月に,PFI法が施行され,PFI法に基づく,PFI推進委員会が設置され,中央省庁再編によりPFI推進室が内閣府に移行し,PFI事業実施に関する各種ガイドラインの公表(事業実施プロセス,リスク分担,VFM)が行われた.2012年には,PFI法に基づく事業のみならず,公有不動産による官民連携等を含む幅広い事業を対象とすることを明示するため,「PPP/PFI」と呼称することとなり,併せて,政策当局の名称も「PPP/PFI推進室」に変更された.

 このように,PPPという概念は,事業手法としてのPFIを包含する産官学民の連携を意味するものであり,これまで,公共セクターが主体的に計画・建設・管理をしてきた公共的な施設を,民間の知恵や資金を積極的に活用し,財政資金の効率的運用や行政の効率化を求める新たなスキームとして認識されるようになった.

まさに,PPPの最も重要な視点は,「参画と協働」であり,「地域住民の視点と公益性の原則」に基づいた市民活力・民間活力を活かした公共サービスの実現であり,これからの時代に向けた,住民・NPO・企業・行政の新たなネットワークづくりにあると言える.

日本におけるPP/PFIの代表的な事例としては,「岩手県紫波町オガールプロジェクト(以下,オガールプロジェクトと称する)」がある.岩手県紫波町は,人口3万3000人の自然豊かな町であり,古くから物流拠点として発展してきた歴史を持っている.

オガールプロジェクトとは,頓挫していた駅前開発事業用地に,2009年に策定された「紫波町公民連携基本計画」を契機として,2012年6月,官民複合施設「オガールプラザ」がオープンしたものである.オガールプロジェクトの事業手法としては,PPP/PFI方式が採用され,官民連携の好事例とされた.「オガール」とは,フランス語で「駅」を意味する「Gare(ガール)」から命名されており,紫波町の方言で「成長」を意味する「おがる」を掛け合わせた造語とされている.

本事業のエリア内には,公共施設としての図書館,地域交流センター,子育て応援センター,民間施設としての産直マルシェ,クリニック,飲食店等からなる官民複合施設「オガールプラザ」が建設される他,紫波町役場,民間複合施設,フットボールセンター,バレーボール専用施設,分譲住宅地等が隣接し,年間80万人(2021年)の来街者を記録している.

オガールプロジェクトの成功要因として注目すべき点は,PPPの理念に基づく戦略的なプラットフォームにあり,その鍵は,「首長の強力なリーダーシップ」「民間PMと公共PM(公民連携室)の企画段階からの対等な連携」「徹底した市民参加(100回以上の市民との対話集会)」「地元企業の企画段階からの参画」にある.これまでの一般的な官民連携事業の体制は,公共側のプログラムマネジメントオフィスと民間側のプロジェクトマネージャーが上下関係に位置付けられ,フラットな議論が十分にできる体制となっていなかったが,オガールプロジェクトにおける官民連携事業体制においては,この官民の機能が対等なものとして位置付けられ,フラットな議論ができる体制が構築できている.

本事業では,こうしたPPPの理念の実践により,付加価値の創出を促進する官民連携事業の体制構築が可能となり,官民のシナジー効果を生み出す創発的なプラットフォームマネジメントが実現できたのである.

こうした潮流は,世界的に顕著であり,既存の官民連携の仕組みを超えて,新たな事業スキームの構築や戦略的なプラットフォームの模索が世界各国で行われている.この中でも,特に,注目すべき取り組みは,デンマークにおける「次世代型産官学連携(トリプルヘリックス)」であり,これにより,大学,民間企業,行政の3者間の強力な連携によるプロジェクトの戦略的なマネジメントスタイルが実現してきている.

また,近年では,こうした北欧思想・文化を踏まえた,新たな取り組みとして,「北欧型の産官学民連携(クワトロヘリックス)」が推進されてきている.この仕組みは,産官学連携を超えて,産官学民の「クワトロヘリックス(四重螺旋)」によるイノベーションを起こしていく戦略的なアプローチとして,注目を集めている.

北欧諸国では,長い歴史の中で,「民主主義思想」が社会に浸透しており,「人間中心主義」「統合的・包括的アプローチ」「フラット型社会システム」が醸成されており,市民参加型の4者間の強力な連携の推進が推進されてきている(図9).

デンマークにおいては,このような取り組みを踏まえて,様々な戦略的なプラットフォームの導入が進められており,企業が自社の枠を超えて,これまでとは異なる価値創造のために立ち上げる「ファブラボ」や市民が自由に参加できる実験工房のネットワークである「リビングラボ」等,重層的なコミュニティの構築やシステム間の境界を越えた関係性の創発を促す仕組みが実践されている.これらの取り組みは,デンマークにおける「スマートシティ」の共創に貢献しており,自治体の施設を活用したサステナブルなグリーン産業の育成や起業家に対する資金調達やメンタリング,スタートアップの支援等の役割を担ってきている.

カーボンニュートラルの達成に向けても,こうした新たな社会課題に挑戦する社会起業家の育成や支援は重要な課題であり,先進的な社会課題に立ち向かうための創発的な連携を醸成させていく必要がある.今後,日本においても,これまでの産官学民連携を超えた超学際的な取り組みが必要不可欠であり,こうした「クワトロヘリックス」のような戦略的なプラットフォームの構築がさらに重要となってくるであろう.

9.東北復興から発する地域未来共創の展望

 

東日本大震災は,東北や関東の各地域に甚大なる被害を及ぼし,日本の社会経済システムの根幹を揺るがす大惨事となったが,一方で,20世紀の文明社会の脆弱性や人間性の回復,地域の真の豊かさを再検討する貴重な機会を与えられた.

復興構想会議は,震災直後,「復興への提言-悲惨のなかの希望」と題した「東日本大震災復興構想会議提言」をまとめ,第1章の「新しい地域のかたち」の中で,地域づくりの考え方や土地利用の課題,復興事業の担い手や合意形成プロセス,復興支援の手法等について提言した.被災自治体では,震災復興計画を基に,復興期間10年間,集中復興期間5年間の期間を設定し,被災地域の復旧復興や関連地域等の復旧復興施策を進めてきたが,このような震災復興事業が,真の創造的復興につながるためには,地域の自然環境に立脚した民主的かつ科学的な計画策定プロセスの確立が必要不可欠である.そして,そのためには,持続可能な地域を支える地域人材の確保,地域の産官学民の連携を促進する柔軟な財源確保や市民や企業を含めた「地域未来共創」のスキームを構築し,全国の叡智や資金を結集していくことが必要となる.

「地域未来共創モデル」は,こうした東北復興から発する地域主体の未来創造を産官学民の多元的な共創によって実現していく戦略的なアプローチであり,その起点には,社会課題への多元的な把握に基づくバックキャスティングの視点がある.そして,その実践には,「地域規模の視座(Global Aspect)」と「地域的な行動(Local Action)」を統合した「グローカル(Glocal= Global+Local)」なアプローチが重要になる(図10).

 我々は,大量生産,大量消費,大量廃棄の20世紀を超えて,持続可能な社会を実現する21世紀型の社会経済システムを構築するべき時期にきている.そして,そのためには,地球規模での環境問題に取り組みながら,それぞれの地域の課題を解決に導いていく,統合的なアプローチが求められている.そのひとつが,地域主体による「コモンズデザイン(Commons Design)」の視点であり,地域の産業を永続的に発展させていくための多様なステークホルダーの連携による「地域未来共創モデル」の視座である.これから,我々が真の豊かさを獲得していくためには,環境・経済・社会の地球的な連続性を意識し,自らの地域の未来に主体的に参画していくことが重要であり,その根底には,「自然への畏敬の念」を持った世界観と「参加と協働の精神」による主体的な行動が基本となる.

10.おわりに

 〜地域未来共創ナビゲーターの時代〜

 日本は,縄文時代からの豊かな自然と融合した独自の文化を育んできており,東北には,その歴史的な蓄積が豊富に残されている.また,日本においては,豊かな風土に起因した自然信仰も根付いており,「環境共生」という思想は歴史的にも醸成されていると言える.国際社会においても,こうした東洋思想に対する関心は高く,「環境共生」は,これからの日本の国際貢献の分野としても極めて重要となるであろう.

 1992年の地球サミットから,約30年を経過した現在,持続可能な社会の実現に向けて,我々の世代が果たすべき使命は重大であり,生物多様性の実現やカーボンニュートラルの達成,地域循環経済の構築等,目指すべき目標像は既に共有されてきている.バックミンスターフラー(Buckminster Fuller)は,1963年,地球上の資源の有限性や適切な利用を目指し,地球をひとつの生態系として捉える「宇宙船地球号(Spaceship Earth)」という概念を提示した.また,1987年には,WCEDは,「Our Common Future」という概念を世界に提唱している.

こうした21世紀の世界的な目標の実現には,人間社会の理想と先端科学の融合が重要な鍵を握ることになる.我々一人一人が,地球の未来に対して,主体的な責任(Responsibility)と「愛着(Engagement)」を持ち,地域をより良い方向に導く「地域未来共創ナビゲーター」として行動していく時,地球の未来は,持続可能なビジョンを実現していくことになるであろう.

引用文献

著者連絡先

風見 正三

〒989-3298 宮城県大和町学苑1番

宮城大学

E-mail: kazami@jmyu.ac.jp

2024年8月25日受付

References
  • 1)  World Commission on Environment and Development (1987):“ Our Common Future”
  • 2)  風見正三(2020):「森の学校を創る - 震災復興から発する教育の未来」,山口北州印刷株式会社
  • 3)  東秀紀,風見正三,橘裕子,村上暁信(2001):「『明日の田園都市』への誘い - ハワ-ドの構想に発したその歴史と未来」,彰国社
  • 4)  風見正三(2011):「地域資源経営の視点による東北の再生に向けて―社会的共通資本としてのコミュニティの再興」,『東日本大震災 復興への提言 持続可能な経済社会の構築』,東大出版会
  • 5)  風見正三(2024):「地域未来共創の時代」,『地域活性化未来戦略』,ぎょうせい
  • 6)  Buckminster Fuller,芹沢高志訳(2000):「宇宙船地球号 操縦マニュアル 」,筑摩書房
 
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