2025 Volume 41 Issue 1 Pages 61-73
Abstract: Based on a philosophical discussion of the citizen/consumer model, this study aims to reveal the determinants of citizen attitudes, specifically how individuals engage with environmental issues as citizens. Key requirements for citizen attitudes include the ability to provide reasons—including emotions such as anxieties about environmental problems—when making assertions or decisions. We conducted a web survey targeting both Japanese and Korean respondents and analyzed the determinants using logistic regression. The dependent variables were "reasons for engaging in pro-environmental behavior" and "emotions about the environment." Our analytical model posited that these "reasons" and "emotions" are influenced by factors such as the "Korean dummy," the "student dummy," perceptions of worsening environmental conditions, and the pro-environmental behavior of those around the respondents. The results supported this model. While Korean respondents were more likely to choose "social justice" as a reason for engaging in pro-environmental behavior, Japanese respondents often reported "no specific reason." Additionally, Japanese respondents frequently indicated "no strong emotions" regarding either local or global environmental issues. These findings suggest weaker citizen attitudes towards environmental concerns among the Japanese population.
1.はじめに
人には「市民」としての側面と,「消費者」としての側面がある.消費者としては自身の選好の充足を求めるが,市民としては公共の利益の実現を求める.このような二面性を持つ人間像に基づいて,環境問題解決において人々を消費者としてしかとらえない経済学的アプローチに対して過去にセイゴフやセンが哲学の立場から批判を行った1), 2).
この批判は経済学の側でも検討され,市民としての選好と消費者としての選好の違いを実証する研究が現れた.フィンランドの自然保護地域を対象とした基金への支払意思額を問う調査では,回答者に自分だけでなく社会全体の厚生水準への影響も考慮するよう指示したところ,自分の厚生水準への影響だけ考えるように指示した場合よりも支払意思額の平均値・中央値が高くなった3).環境の経済評価に市民としての熟議プロセスを取り入れた熟議型貨幣評価と呼ばれる手法も提案されている4).スペインの河川の環境改善プロジェクトを対象に,従来型の評価方法と,他者と議論する機会を取り入れた評価方法とを比較した研究では,評価方法によってプロジェクトに対する評価値が異なることが明らかになった5).ただし,どちらの方法がより良い回答をもたらすかについては経済学者だけでは解決できない問題であるとされている.
市民と消費者の二面性を考慮したこれらの研究では,市民とは社会にとっての利害を反映した選好を表明する主体として位置づけられている.しかし市民はただ選好を表明するだけの存在ではない.とくに環境問題のように不確実性が高く,多様なステークホルダーを含む問題の場合,一般市民と協働で社会としての決定を探索していくことが必要になる.熟議的貨幣評価ではそうした側面も評価プロセスに含まれているが,他者と議論することの意味については踏み込んだ考察はなされていないように思われる.
次節で述べるように,センは人々が議論の場において自らの主張や判断の理由を明示できることを重視している.小山田・木村(2022)ではこのことを踏まえ,理由の役割に着目した討議実験を行っている6).これは,参加者らが不用な衣服の扱いを議論を通して決定するゲーム形式の討議実験であり,衣服に関する価値の多様性に配慮した市民としての議論を促進することに重点が置かれている.前後の質問紙調査の結果から,プレイ後の参加者の衣服に関する見方が多様化していることが明らかになった.しかし討議実験の終了後,参加者らに衣服に関わるより抽象的な価値の観点から社会全体としての衣服の扱い方をテーマとした議論を行わせると,抽象化がうまく行われず,互いに主張の理由を精査し合う振る舞いは観察されなかった.これは参加者らが市民として討議を進めるための要件を満たしていない可能性を示唆している.この討議実験の参加者は日本人の大学生である.大学生であるため議論に慣れていないことなどが要因として考えられるが,日本人は議論が不得意であるとよく言われることからも示唆されるように,文化的要因も影響している可能性が考えられる.たとえば大学生を対象とした調査によると,環境問題について話す友人の数は,中国やドイツ,アメリカ等に比べて日本は非常に少なかった7).また,世界価値観調査8)では,環境保護と経済成長のどちらを優先するべきかという質問(Q111)に対して日本人は「わからない」という回答割合が調査対象国中もっとも多かった(66ヶ国平均の3.7%に対し日本は32.0%).
そこで本稿では,環境問題における人々の市民としての振る舞いを「市民的態度」と呼び,この市民的態度の要件のひとつである環境問題に関して理由を表明する傾向にどのような要因が影響しているのかを明らかにすることを目的とする.とくに文化的要因に焦点を当てるため,日本との比較対象として韓国を設定する.韓国は日本と同じ東アジアの国であり,経済水準や政治体制などに大きな違いがなく,環境教育が導入された時期も近いため,それぞれの国の文化的差異による影響を判別しやすいと考えられるからである.
2.市民的態度の要件としての「理由」
2-1 公共的討議における理由の役割
環境問題における人々の市民的態度の要件のひとつとして本稿が判断や主張の理由に着目する根拠を説明するため,センの構想する公共的討議の概要を述べる.これは,センが想定する市民が,公共的討議を行う主体として性格づけられていると思われるためである.
公共的討議とは,社会における不正義を発見し,是正するためのコミュニケーションのことである9).センは,正義は先験的に定式化できず,公共的討議を通して漸進的に改善していくものであるとしている.公共的討議で重要なのは,判断や主張の「理由」を明示できることと,その場にいない他者への「想像力」を持つことである.理由を明示することが必要なのは,できるだけ討議を客観的なものとするためである.社会における不正義は偏見や無知によってもたらされる.したがって,そうしたバイアスを減らすためには,お互いに理由を明示し,互いの主張の適切さを精査しなくてはならない.また,偏りのない判断をするためには,現在議論している相手だけではなく,その場にいない他者への想像力を働かせる必要がある.たとえば環境問題であれば,まだ生まれてきていない将来世代のような,討議に参加できない人々の利害にも配慮することが求められる.
本稿では前述の不用な衣服に関する討議実験で十分に検討されていない「理由」に焦点を合わせる.「想像力」は実際に討議を行うプロセスの中で発揮されるものであるため,後述するように質問紙調査を用いた本稿の研究デザインでは,想像力については実証が困難であると考えられる.
2-2 理由の一種としての感情
「理由」は,一般に「理性(reason)」の範疇と考えられているものよりも広く,「感情」も理由の一種と見なすことができる.センは,不正義に対する「怒り」のような感情は,公共的討議を始めるための出発点であるとしている.それは,感情に盲目的に従うということではない.感情の適切さを理性により精査することは必要であるが,感情があるからこそ社会のどこに問題があるかに気づくことができるのである.感情はいわば,不正義を発見するためのセンサーとしての位置づけが与えられているといえる.
近年,心理学や脳科学の知見をもとに,感情は理性的判断を阻害するという議論が散見されるが10),11),感情は必ずしも理性と対立するものではない.それは,感情の適切さは他者とのコミュニケーションを通して理性的に検討することができるからである.哲学者のTappoletは,感情を知覚(perception)と類比的に捉える12)(補1).たとえば猫を知覚する場合,その前提として「猫」という志向対象(意識の向けられる対象)が存在する.同じように,クモに対して恐怖という感情を抱く場合,「恐ろしさ」という志向対象が存在する.感情は,「恐ろしさ」の様な価値的性質(evaluative property)の知覚経験であるといえる.感情は常に適切であるとは限らない.ぬいぐるみを生きた猫と見間違えることがあるのと同じように,小さくて毒の無いクモを「恐ろしさ」を持つものと勘違いすることもある.そこで,他者とのコミュニケーションにより他者の視点を取り入れることで,自身の感情の適切さを検討することが必要になる.それは,他者の視点を取り入れることで,自身の知覚の適切さを検討することと類比的である.そのように検討してもその感情が不適切であると阻却できないのであれば,感情はその人が判断したり行為したりする際のさしあたりの(prima facie)理由となりうるのである.
2-3 環境問題における感情の役割
「理由」に感情まで含めることは,環境問題のように不確実性が高く,多様なステークホルダーを伴う問題においては特に重要であると考えられる.なぜなら,この種の問題に対して,研究者集団だけで承認された科学的知見をそのまま適用することは困難だからである.このような従来の科学の問題点を乗り越える科学のあり方として提唱されているポストノーマルサイエンスでは,問題解決には研究者集団だけでなく多様なステークホルダーが参与することが必要となるとされている13).つまり,科学的知見の評価を研究者だけで行うのではなく,多様な人々と協働で行うということである.その際,人々の価値観への配慮は必須となる.これを本稿の議論に関連づけるなら,人々の感情への配慮も重視されるべきだと考えられる.なぜなら,先に述べたように感情は価値的性質の知覚経験であり,人々の価値観は感情を通して明示される面が大きいと考えられるためである.類似した議論として,木下はリスク・コミュニケーションを,関係者の信頼をもとに行うリスク問題解決に向けての「共考」の技術と定義づけ,科学的に安全であるとされている事柄であっても,それを不安と思う人がいる限り,リスク・コミュニケーションは必要だと述べている14).また,文学と環境問題の関係を論じるエコクリティシズムという研究分野に取り組む結城は,環境問題は自然への「共感的想像力」の欠如が生んだものであり,環境問題への一般の関心の高まりにはレイチェル・カーソンの『沈黙の春』のような文学作品が大きな役割を持っていたことを指摘している15).これもまた,環境問題において感情を重視することの必要性を示しているといえる.
なお,感情は常に理由としての役割を持つとは限らない.なぜなら感情はあくまで価値的性質の知覚経験であり,それを理由として取り上げるかどうかは状況によるからである.たとえば地球環境に対する「不安」という感情は,「不安だから対策を進めるべきだ」,「不安だから私は環境配慮行動をする」等のように,何らかの言明の中で理由として取り上げられることで,初めて理由としての役割を果たす.したがって,正確には感情は「潜在的な」理由であるといえる.
3.理由の規定要因に関する分析モデル
本節では環境問題に関わる理由の規定要因に関する分析モデルを示す.表1と表2は分析モデルに用いる説明変数と目的変数である.実際の調査票で用いた日本語と韓国語の文言は付録の表A-1に掲載した.
今回は日韓比較調査を行うため,説明変数に「韓国ダミー」を設定している.また,大学生とその親世代を比較するため,「大学生ダミー」を設定している.本研究は不用な衣服に関する討議実験で大学生らが互いの理由を精査し合う様子が観察されなかったことを研究の動機としているため,大学生を対象に含めた.大学生以外のサンプルは予算上の制約のため,大学生の子どもを持つ親世代に限定した.これは,韓国の場合,環境に関わる子どもの行動や意識に対する親の影響が強い可能性が考えられるためである(補2).そこで,理由に関わる回答に対する世代による影響から国籍による影響を切り分けるために,サンプルに大学生の親世代を含めた.なお,大学生ダミーと年齢の相関は必然的に高くなるため,多重共線性を避けるため年齢は説明変数に含めなかった.
「ゴミ問題(気候変動)悪化認知」「ゴミ問題(気
表1 分析モデルに用いる説明変数
変数名 | 変数の意味 | 変数の種類 |
---|---|---|
韓国ダミー | 韓国人か日本人か | ダミー変数 |
大学生ダミー | 大学生か親世代か | ダミー変数 |
女性ダミー | 女性か男性か | ダミー変数 |
ゴミ問題悪化 認知 | ゴミ問題による環境 悪化を認知しているか | 順序変数 (4段階) |
ゴミ問題・ 地域取組積極性 | 地域の自治体・NPOはゴミ問題対策に積極的か | 順序変数 (4段階) |
ゴミ問題・ 家族取組積極性 | 同居家族はゴミ問題 対策に積極的か | 順序変数 (4段階) |
気候変動悪化 認知 | 気候変動による環境 悪化を認知しているか | 順序変数 (4段階) |
気候変動・ 地域取組積極性 | 地域の自治体・NPOは気候変動対策に積極的か | 順序変数 (4段階) |
気候変動・ 家族取組積極性 | 同居家族は気候変動 対策に積極的か | 順序変数 (4段階) |
表2 分析モデルに用いる目的変数
変数名 | 変数の意味 | 変数の種類 |
---|---|---|
家族が理由 | その環境配慮行動を実践する理由は家族が行っているから | ダミー変数 |
地域が理由 | (同上)地域の人々が行っているから | ダミー変数 |
メリットが理由 | (同上)自分にとって メリットがあるから | ダミー変数 |
学校が理由 | (同上)学校で習ったから | ダミー変数 |
正義が理由 | (同上)社会正義や道徳の観点から正しいことだと思うから | ダミー変数 |
理由は なんとなく | (同上)なんとなく | ダミー変数 |
地域環境に対する感情 | 「地域環境」という意味の自然に対して感じる感情 | 名義変数 (4水準) |
地球環境に対する感情 | 「地球環境」という意味の自然に対して感じる感情 | 名義変数 (3水準) |
候変動)・地域取組積極性」「ゴミ問題(気候変動)・家族取組積極性」は環境問題に対する態度を示す変数である.後述するように,環境問題に対する認知や周囲の取り組み状況が規範意識に影響する可能性があるため説明変数に含めた.また,環境問題としてゴミ問題と気候変動を設定しているのは,これらが社会的不正義に関連する問題であると考えられるからである.これらの問題の解決には人々の協力が欠かせないが,個々の主体にとってはただ乗りすることも可能であり,その場合,全員が共有すべき負担を一部の人に負わせるという点で,分配的正義の問題が発生する.そのため市民としての立場から考える問題として適切であると考えられる.なお,ゴミ問題はローカルな環境問題,気候変動はグローバルな環境問題として位置づけている.
「理由」に関わる目的変数は,回答者が普段行っている環境配慮行動について訊ねた上で,なぜ行っているのかを訊ねた複数回答の質問の回答であり,「家族が行っているから」等の理由ごとに0, 1を割り当てたダミー変数とした.ここに挙げた理由は網羅的なものではないため,選択肢には「その他」も含めている(補3).環境配慮行動の具体的な内容としては,ゴミ問題,気候変動のそれぞれの問題に,ゴミを減らすなど個人として問題解決に取り組む行動,ゴミになる製品を購入しないなど消費を通して問題解決に取り組む行動,そして,目の届く範囲のゴミを片付けるなど環境問題による影響を軽減する行動の3パターンを設定した.
目的変数「地域環境(地球環境)に対する感情」は,次節で示すように地域環境または地球環境に対して「明るい」「暗い」などの感情を選択させる質問への回答傾向に対しクラスター分析を行い作成した.クラスター分析の結果の解釈は後述する.また,「特に感情を持っていない」と回答したサンプルはクラスター分析から除外し,0を割り当てた.
表3は環境配慮行動の理由に関する分析モデルと仮説である.環境配慮行動の理由が「なんとなく」であることに韓国ダミーが負の影響を与えるとしたのは,第1節でも述べたように,日本人は他国の人々に比べ市民としての振る舞う傾向が弱いと考えられるためである.また,大学生ダミーに関しては理由が「家族」「学校」「なんとなく」の場合に影響が正であり,「正義」の場合は負であるとした.これは,まだ若い大学生は道徳的に成熟しておらず,家族や学校からの影響が強い一方,環境配慮行動の理由を自覚していなかったり,社会正義のような社会全体を配慮する発想を持たなかったりする可能性が高いと考えられるためである.女性ダミーは統制変数であり仮説は立てていない.
表3 環境配慮行動の理由に関する分析モデルと仮説
家族が理由 | 地域が理由 | メリットが理由 | 学校が理由 | 正義が理由 | 理由はなんとなく | |
---|---|---|---|---|---|---|
韓国ダミー | - | |||||
大学生ダミー | + | + | - | + | ||
女性ダミー | ||||||
ゴミ問題(気候変動) 悪化認知 | - | |||||
ゴミ問題(気候変動)・ 地域取り組み積極性 | + | - | ||||
ゴミ問題(気候変動)・ 家族取り組み積極性 | + | - |
環境配慮行動の理由が「なんとなく」であることに「ゴミ問題(気候変動)悪化認知」が負の影響を与えるのは,環境悪化の認知が協力行動の上昇につながるという心理学実験の知見16)にもとづくものであり,環境悪化の認知が市民的態度の形成につながる可能性が考えられるためである.「ゴミ問題(気候変動)・地域取組積極性」,「ゴミ問題(気候変動)・家族取組積極性」のそれぞれが,環境配慮行動の理由の「家族」,「地域」に対して正の影響を持つとしているのは,記述的規範を考慮したものである.環境配慮行動に関する社会心理学分野の研究では,周囲の他者の行動を認知することで,それに同調する行動をとる現象を「記述的規範」という概念で説明しており,一種の社会規範に従う行動と捉えている17).したがって,家族(地域)が環境配慮行動に積極的である回答者は,家族(地域)が自身の環境配慮行動の理由であるとする傾向が高くなると考えられる.逆に,理由が「なんとなく」の場合,これらの変数による影響は負になるとした.
表4に示すように,環境に対する感情についても同様に分析モデルと仮説を設定した.「特に感情はない」であるときの各説明変数の影響の正負は,環境配慮行動の理由が「なんとなく」であるときと同様にした.ただし,具体的にどのような感情を持つのかは予想が難しいため,「特に感情は持っていない」以外の水準については仮説を立てなかった.
表4 地域環境・地球環境に対する感情に関する 分析モデルと仮説
特に感情は持っていない | |
---|---|
韓国ダミー | - |
大学生ダミー | + |
女性ダミー | |
ゴミ問題(気候変動)悪化認知 | - |
ゴミ問題(気候変動)・地域取り組み積極性 | - |
ゴミ問題(気候変動)・家族取り組み積極性 | - |
2024年2月下旬に,日本と韓国を対象にWebアンケート調査を実施した.調査実施にあたり大分大学教育学部研究倫理審査委員会に申請し承認を得た(承認日:2024年1月17日,承認番号:教研承R5-021).調査会社はマイボイスコムで,同社に登録しているモニターからスクリーニング調査で大学生および大学生の子どものいる親世代を抽出した.サンプル数は各国300ずつで,性別に関しては両国ともほぼ半数ずつである.年齢階層は両国とも大学生の10~20代とその親世代である40~60代でそれぞれ半数ずつとなる(親世代にはいずれも大学生の子どもがいる).
4.結果と考察
地域環境または地球環境に対する感情のそれぞれについて,ウォード法によるクラスター分析を行った.クラスター数は,クラスターごとに各感情の平均値を求め(各感情はダミー変数なので最小値は0,最大値は1),クラスターの特徴を解釈しやすい数に決定した.地域環境に対する感情については,表5のように3つのクラスターが得られた.クラスター1は「つまらない」「不安」「寂しい」などのネガティブな感情の平均値が大きいため「ネガティブ」クラスターとした.クラスター2と3はいずれも「明るい」「楽しい」などのポジティブな感情の平均値が大きいが,クラスター2は「安心」が大きいのに対し,クラスター3は「面白い」「賑やか」が大きいため,前者を「ポジティブⅠ」と名付け,後者を「ポジティブⅡ」と名付けた.地球環境に対する感情については,表6のように2つのクラスターが得られた.クラスター1は「暗い」「不安」などのネガティブな感情の平均値が大きいので「ネガティブ」と名付け,クラスター2は「明るい」「楽しい」などのポジティブな感情の平均値が大きいので「ポジティブ」と名付けた.これらのクラスターに,クラスター分析に用いなかった「特に感情は持っていない」という回答を名義変数の水準として加えた.したがって,地域環境に対する感情は4水準,地球環境に対する感情は3水準となる.
表7はゴミ問題対策に関わる環境配慮行動に取り組む理由を目的変数として二項ロジスティック回帰分析を行った結果である.表中の値はオッズ比を示しており,1を上回るとその選択肢を選ぶ傾向が高いことを意味する.HL検定は有意であるときモデルがデータに当てはまっていないことを意味する.尤度比検定は説明変数群が有意であるかどうかを検定するものであ
表5 地域環境に対する感情のクラスター分析(クラスターごとの平均値)
明るい | 面白い | 楽しい | 安心 | 賑やか | 暗い | つまらない | つらい | 不安 | 寂しい | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
ネガティブ | 0.06 | 0.00 | 0.02 | 0.08 | 0.01 | 0.10 | 0.26 | 0.03 | 0.26 | 0.20 |
ポジティブⅠ | 0.42 | 0.00 | 0.25 | 1.00 | 0.00 | 0.01 | 0.00 | 0.00 | 0.00 | 0.00 |
ポジティブⅡ | 0.50 | 0.31 | 0.35 | 0.16 | 0.31 | 0.00 | 0.02 | 0.00 | 0.09 | 0.02 |
表6 地球環境に対する感情のクラスター分析(クラスターごとの平均値)
明るい | 面白い | 楽しい | 安心 | 賑やか | 暗い | つまらない | つらい | 不安 | 寂しい | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
ネガティブ | 0.00 | 0.00 | 0.00 | 0.00 | 0.00 | 0.37 | 0.02 | 0.12 | 0.88 | 0.06 |
ポジティブ | 0.29 | 0.15 | 0.18 | 0.17 | 0.15 | 0.05 | 0.06 | 0.00 | 0.11 | 0.00 |
る.全体として,環境配慮行動の理由が「社会正義」のとき,韓国ダミーはオッズ比が1を上回り有意な結果となっており,韓国人は理由として「社会正義」を選択する傾向が強いといえる.また,理由が「なんとなく」のとき韓国ダミーのオッズ比が1未満で有意であることから,日本人は「なんとなく」を選択する傾向が強く,仮説通りの結果であるといえる.大学生は「家族」「学校」「なんとなく」を選択する傾向が強い一方,「社会正義」を選択する傾向が弱い.これも仮説通りである.また,ゴミ問題に関して家族が積極的に取り組んでいるなら「家族」を選択する傾向が強い傾向があり,地域が積極的に取り組んでいるなら「地域」を選択する傾向が強いのも仮説通りである.また,ゴミ問題の悪化を認知していたり,周囲がゴミ問題に積極的に取り組んでいたりすると「なんとなく」を選択する傾向が弱くなるのは仮説通りである.「メリットが理由」を目的変数とするモデルは,HL検定の結果が有意になる,尤度比検定の結果が有意にならないなどの問題がみられる.メリットは社会規範に関わる理由ではなく自身の利益に関わる利己的な理由であるため,今回設定した説明変数では十分に説明できなかった可能性がある.
気候変動に関わる環境配慮行動の理由についても分析を行った(表8).全体として韓国人は「社会正義」を選択する傾向が強いのはゴミ問題の場合と同様であるが,日本人が「なんとなく」を選択する傾向はゴミ問題の場合と比べてやや弱い.大学生が「家族」,「学校」を選択する傾向が強い一方,「社会正義」を選択する傾向が弱いのは仮説通りである.また,大学生ダミーは「地域が理由」に対していずれのモデルでも有意だが,オッズ比が1を上回る場合と1未満になる場合があり傾向が見えにくい.一方,大学生が「なんとなく」を選択する傾向は見られず,仮説に反している.気候変動に関して家族が積極的に取り組んでいるなら「家族」を選択する傾向が強く,地域が積極的に取り組んでいるなら「地域」を選択する傾向が強い傾向があるのは仮説通りである.また,気候変動に対して周囲が積極的に取り組んでいると,「なんとなく」を選択する傾向が弱くなるのは仮説通りである.気候変動悪化認知については「なんとなく」についてオッズ比が1未満であるものの有意になっていない.全体として,気候変動についてはHL検定や尤度比検定の結果に問題のあるモデルが多く,仮説に反する結果もみられる.気候変動とゴミ問題の違いとして,ゴミ問題が物理的に目に見えやすい問題であるのに対し,気候変動は何らかの解釈や推論を用いなければ認識できない問題であるという点が挙げられる.そうした解釈や推論の形成にはメディアの影響が大きいと考えられるため,環境問題に関する情報源に関する変数を含めれば,各説明変数の影響がより明瞭になる可能性がある.
ゴミ問題と気候変動のいずれの場合も,韓国人は「社会正義」を選択する傾向が強い.この結果に関連して,会社組織における正義に対する意識についての国際比較調査研究では,韓国人・中国人の方が日本人・アメリカ人よりも分配的正義を重視する傾向がみられる18).これは韓国人・中国人の方が物質主義の傾向が強いためであるとされている.つまり物質主義の傾向が強いために,韓国人・中国人は日本人・アメリカ人よ
表7 二項ロジスティック回帰分析の結果(目的変数=ゴミ問題対策に取り組む理由)
結果(a) ゴミ問題対策の内容=ゴミを減らす生活習慣を実践する
家族が理由 | 地域が理由 | メリットが理由 | 学校が理由 | 社会正義が理由 | 理由はなんとなく | ||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
韓国ダミー | 0.74 (0.54) | * | 0.61 (0.36) | 0.44 (0.23) | *** | 1.44 (0.33) | 1.97 (0.19) | *** | 0.56 (0.23) | * | |||
大学生ダミー | 1.76 (0.23) | * | 1.56 (0.35) | 1.36 (0.22) | 7.08 (0.38) | *** | 0.40 (0.19) | *** | 1.60 (0.24) | * | |||
女性ダミー | 0.61 (0.22) | 0.51 (0.34) | 0.99 (0.21) | 0.66 (0.31) | 1.34 (0.19) | 0.88 (0.23) | |||||||
ゴミ問題悪化認知 | 1.01 (0.10) | 1.39 (0.15) | * | 1.22 (0.10) | 1.13 (0.15) | 0.94 (0.09) | 0.67 (0.13) | ** | |||||
ゴミ問題・地域取り組み積極性 | 1.00 (0.13) | 2.08 (0.20) | *** | 1.28 (0.13) | * | 0.93 (0.18) | 0.95 (0.11) | 0.68 (0.15) | ** | ||||
ゴミ問題・家族取り組み積極性 | 1.93 (0.14) | *** | 1.22 (0.18) | 0.89 (0.12) | 1.42 (0.17) | * | 1.18 (0.11) | 0.72 (0.13) | * | ||||
HL検定のp値 | 0.86 | 0.40 | 0.02 | 0.96 | 0.38 | 0.95 | |||||||
尤度比検定 | *** | *** | *** | *** | *** | *** |
結果(b) ゴミ問題対策の内容=ゴミにならないものを購入する
家族が理由 | 地域が理由 | メリットが理由 | 学校が理由 | 社会正義が理由 | 理由はなんとなく | |||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
韓国ダミー | 0.81 (0.24) | 0.70 (0.36) | 0.68 (0.23) | 2.56 (0.35) | ** | 2.69 (0.21) | *** | 0.43 (0.28) | ** | |||||
大学生ダミー | 2.61 (0.24) | *** | 1.36 (0.35) | 0.68 (0.23) | 5.21 (0.36) | *** | 0.53 (0.21) | ** | 1.75 (0.28) | * | ||||
女性ダミー | 0.71 (0.23) | 0.54 (0.34) | 1.06 (0.22) | 1.19 (0.32) | 1.01 (0.20) | 0.90 (0.27) | ||||||||
ゴミ問題悪化認知 | 1.08 (0.11) | 1.74 (0.15) | *** | 1.21 (0.10) | 0.97 (0.15) | 0.88 (0.10) | 0.74 (0.15) | * | ||||||
ゴミ問題・地域取り組み積極性 | 1.04 (0.13) | 1.71 (0.19) | ** | 1.10 (0.13) | 1.56 (0.17) | * | 0.98 (0.12) | 0.66 (0.17) | * | |||||
ゴミ問題・家族取り組み積極性 | 1.53 (0.13) | *** | 1.05 (0.17) | 0.95 (0.12) | 0.94 (0.15) | 1.00 (0.11) | 0.93 (0.15) | |||||||
HL検定のp値 | 0.43 | 0.90 | 0.31 | 0.25 | 0.37 | 0.28 | ||||||||
尤度比検定 | *** | *** | *** | *** | *** |
結果(c) ゴミ問題対策の内容=身の回りのゴミを片付ける
家族が理由 | 地域が理由 | メリットが理由 | 学校が理由 | 社会正義が理由 | 理由はなんとなく | |||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
韓国ダミー | 0.81 (0.23) | 1.14 (0.29) | 0.45 (0.20) | *** | 2.97 (0.38) | ** | 2.26 (0.20) | *** | 0.64 (0.24) | |||||
大学生ダミー | 3.00 (0.23) | *** | 1.66 (0.29) | 1.21 (0.20) | 3.54 (0.36) | *** | 0.32 (0.20) | *** | 1.11 (0.24) | |||||
女性ダミー | 0.68 (0.22) | 0.61 (0.28) | 0.79 (0.19) | 0.47 (0.33) | * | 0.98 (0.19) | 1.23 (0.24) | |||||||
ゴミ問題悪化認知 | 1.06 (0.10) | 1.18 (0.12) | 1.09 (0.09) | 1.16 (0.15) | 1.09 (0.09) | 0.65 (0.14) | ** | |||||||
ゴミ問題・地域取り組み積極性 | 1.11 (0.13) | 1.47 (0.16) | * | 0.97 (0.16) | 1.38 (0.18) | 1.05 (0.12) | 0.79 (0.15) | |||||||
ゴミ問題・家族取り組み積極性 | 1.51 (0.12) | *** | 1.31 (0.16) | 1.13 (0.11) | 0.92 (0.17) | 0.90 (0.11) | 0.79 (0.13) | |||||||
HL検定のp値 | 0.31 | 0.14 | 0.55 | 0.43 | 0.39 | 0.34 | ||||||||
尤度比検定 | *** | *** | ** | *** | *** | *** |
* p<0.05, ** p<0.01, *** p<0.001
値はオッズ比.括弧内は標準誤差.HL検定または尤度比検定の結果に問題があるモデルは文字と数字を太字斜体にしている.
表8 二項ロジスティック回帰分析の結果(目的変数=気候変動対策に取り組む理由)
結果(a) 気候変動対策の内容=石油などのエネルギー利用を控える
家族が理由 | 地域が理由 | メリットが理由 | 学校が理由 | 社会正義が理由 | 理由はなんとなく | |||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
韓国ダミー | 0.74 (0.21) | 0.29 (0.33) | 0.68 (0.19) | * | 1.26 (0.27) | 2.79 (0.20) | *** | 0.64 (0.24) | ||||||
大学生ダミー | 2.39 (0.22) | *** | 0.78 (0.34) | * | 0.81 (0.19) | 3.94 (0.30) | *** | 0.35 (0.20) | *** | 1.39 (0.26) | ||||
女性ダミー | 0.98 (0.21) | 0.55 (0.33) | 1.35 (0.19) | 0.78 (0.27) | 0.86 (0.20) | 0.79 (0.25) | ||||||||
気候変動悪化認知 | 1.10 (0.16) | 0.09 (0.22) | 1.35 (0.15) | * | 1.41 (0.19) | 0.96 (0.15) | 0.93 (0.21) | |||||||
気候変動・地域取り組み積極性 | 0.90 (0.14) | 0.49 (0.22) | * | 1.19 (0.13) | 1.02 (0.18) | 0.87 (0.14) | 0.67 (0.18) | * | ||||||
気候変動・家族取り組み積極性 | 1.54 (0.13) | ** | 0.34 (0.20) | 0.74 (0.12) | * | 1.06 (0.15) | 1.19 (0.13) | 0.73 (0.16) | * | |||||
HL検定のp値 | 0.66 | 0.20 | 0.06 | 0.82 | 0.30 | 0.01 | ||||||||
尤度比検定 | *** | *** | *** | *** | *** | *** |
結果(b) 気候変動対策の内容=気候変動対策に取り組む企業の商品を購入する
家族が理由 | 地域が理由 | メリットが理由 | 学校が理由 | 社会正義が理由 | 理由はなんとなく | ||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
韓国ダミー | 1.24 (0.32) | 1.46 (0.33) | 1.22 (0.26) | 1.09 (0.38) | 2.09 (0.23) | ** | 0.34(0.30) | *** | |||||
大学生ダミー | 1.94 (0.31) | * | 3.40 (0.33) | *** | 0.58 (0.26) | * | 3.69 (0.40) | *** | 0.39 (0.24) | *** | 0.95(0.32) | ||
女性ダミー | 0.53 (0.31) | * | 0.47 (0.31) | * | 0.96 (0.25) | 1.00 (0.37) | 1.20 (0.23) | 1.14(0.31) | |||||
気候変動悪化認知 | 0.91 (0.22) | 1.12 (0.22) | 1.36 (0.19) | 1.12 (0.26) | 0.74 (0.18) | 0.63(0.30) | |||||||
気候変動・地域取り組み積極性 | 1.39 (0.21) | 1.64 (0.21) | * | 1.34 (0.17) | 1.09 (0.25) | 0.92 (0.16) | 0.49(0.24) | ** | |||||
気候変動・家族取り組み積極性 | 1.59 (0.20) | * | 1.48 (0.18) | * | 0.75 (0.16) | 1.28 (0.21) | 1.08 (0.14 | 0.95(0.20) | |||||
HL検定のp値 | 0.20 | 0.72 | 0.68 | 0.10 | 0.13 | 0.03 | |||||||
尤度比検定 | *** | *** | * | * | *** | *** |
結果(c)気候変動対策の内容=ライフスタイルを工夫して影響を軽減する
家族が理由 | 地域が理由 | メリットが理由 | 学校が理由 | 社会正義が理由 | 理由はなんとなく | |||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
韓国ダミー | 0.88 (0.27) | 1.00 (0.33) | 0.50 (0.22) | ** | 1.52 (0.38) | 3.25(0.22) | *** | 0.59 (0.28) | ||||||
大学生ダミー | 1.75 (0.28) | * | 3.21 (0.34) | *** | 0.95 (0.22) | 3.70 (0.39) | *** | 0.50(0.23) | ** | 1.22 (0.30) | ||||
女性ダミー | 0.52 (0.28) | * | 0.67 (0.33) | 1.12 (0.22) | 0.95 (0.37) | 0.99(0.22) | 1.01 (0.29) | |||||||
気候変動悪化認知 | 0.94 (0.20) | 1.52 (0.21) | 1.22 (0.17) | 0.82 (0.26) | 0.94(0.17) | 0.66 (0.26) | ||||||||
気候変動・地域取り組み積極性 | 1.12 (0.19) | 1.47 (0.21) | 0.85 (0.15) | 1.58 (0.24) | 1.02(0.15) | 0.57 (0.21) | ** | |||||||
気候変動・家族取り組み積極性 | 1.93 (0.19) | *** | 1.31 (0.18) | 1.09 (0.14) | 1.38 (0.22) | 1.02(0.14) | 0.84 (0.18) | |||||||
HL検定のp値 | 0.51 | 0.49 | 0.51 | 0.10 | 0.04 | 0.81 | ||||||||
尤度比検定 | *** | *** | * | *** | *** | *** |
* p<0.05, ** p<0.01, *** p<0.001
値はオッズ比.括弧内は標準誤差.HL検定または尤度比検定の結果に問題があるモデルは文字と数字を太字斜体にしている.
りも分け前の分配にこだわり,分配的正義を重視する傾向が強くなるということである(補4).物質主義であることと環境保全とは矛盾することもありうるが,物質主義であるからこそ,自らの生存を脅かす環境問題に対して真剣に考え,環境問題により生じる利害に関する分配的正義に敏感になるという側面も考えられる(補5).
表9は,目的変数を地域環境または地球環境に対する感情とした多項ロジスティック回帰分析の結果であり,いずれの場合も目的変数のベースラインの水準は「特に感情は持っていない」としている.なお,多項ロジスティック回帰分析の場合はHL検定を実施できないため尤度比検定の結果のみを掲載している.
地域環境に対する感情については,韓国ダミーはどの水準でもオッズ比が1を上回り有意となっている.これは日本人の方が「特に感情は持っていない」を選択する傾向が強いということであり,仮説と整合的である.大学生ダミーについては「ネガティブ」,「ポジティブⅡ」についてオッズ比が1を上回り有意となっており仮説に反する.大学生は若く好奇心が旺盛であるために,地域環境の「面白い」「賑やか」といった側面に対しポジティブな感情を持つ可能性が考えられる.その一方で,ネガティブクラスターについてはその構成要素である「つまらない」の平均値が高いことから,魅力の乏しい地域に対しては大学生の好奇心が満たされず,ネガティブな感情が強く働いたという解釈ができる.「ゴミ問題悪化認知」については,ゴミ問題の悪化を認知していないほど,地域環境に対して「特に感情は持っていない」を選択する傾向が強いといえ,仮説に整合的である.その他,ゴミ問題・気候変動に関する家族や地域の取組について,有意でオッズ比1を上回る結果が複数見られ,仮説と整合的であるが,あまり明瞭な傾向ではない.「気候変動悪化認知」についても「ネガティブ」について有意で1を上回るオッズ比となっているが,「ゴミ問題悪化認知」の方が傾向は明瞭である.
地球環境に対する感情についても,日本人の方が「特に感情は持っていない」を選択する傾向があるといえ,仮説と整合的である.大学生ダミーは「ネガティブ」について有意で1未満のオッズ比である.この結果は,親世代が地球環境に対して「ネガティブ」な感情を抱く傾向があると解釈した方が理解しやすい.子どもを持つ親世代の方が地球環境の将来を真剣に考えるため,問題の深刻さに対しネガティブな反応を示していると解釈できる.また,「ゴミ問題悪化認知」については,ゴミ問題の悪化を認知していないほど,地球環境に対
して「特に感情は持っていない」を選択する傾向が強
表9 多項ロジスティック回帰分析の結果(目的変数=地域環境または地球環境に対する感情)
目的変数=地域環境に対する感情 | 目的変数=地球環境に対する感情 | |||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
ネガティブ | ポジティブⅠ | ポジティブⅡ | ネガティブ | ポジティブ | ||||||
韓国ダミー | 1.59 (0.31) | *** | 2.11 (0.32) | *** | 3.39 (0.30) | *** | 2.12 (0.29) | ** | 2.17 (0.30) | ** |
大学生ダミー | 2.10 (0.29) | * | 1.13 (0.31) | 2.11 (0.30) | * | 0.41 (0.28) | ** | 0.99 (0.29) | ||
女性ダミー | 0.89 (0.28) | 0.99 (0.30) | 0.90 (0.28) | 1.71 (0.27) | * | 1.19 (0.28) | ||||
ゴミ問題悪化認知 | 2.11 (0.18) | *** | 1.23 (0.20) | *** | 1.78 (0.18) | *** | 2.21 (019) | *** | 1.69 (0.20) | ** |
ゴミ問題・地域取組積極性 | 1.08 (0.20) | 1.31 (0.21) | 1.66 (0.20) | * | 1.09 (0.19) | 1.32 (0.20) | ||||
ゴミ問題・家族取組積極性 | 0.88 (0.20) | 0.82 (0.21) | 0.77 (0.20) | 1.14 (0.20) | 1.17 (0.21) | |||||
気候変動悪化認知 | 1.94 (0.25) | ** | 1.54 (0.26) | 1.49 (0.25) | 1.38 (0.23) | 1.35 (0.24) | ||||
気候変動・地域取組積極性 | 1.39 (0.25) | 1.90 (0.25) | * | 1.37 (0.24) | 1.23 (0.24) | 1.84 (0.24) | ||||
気候変動・家族取組積極性 | 1.33 (0.25) | 1.54 (0.26) | 1.66 (0.25) | * | 1.14 (0.23) | 0.95 (0.24) | ||||
尤度比検定 | *** | *** |
* p<0.05, ** p<0.01, *** p<0.001
値はオッズ比.括弧内は標準誤差.目的変数のベースラインの水準は「特に感情は持っていない」.
い.ゴミ問題のような身近な環境問題に対して危機感を持つと,地域環境に対しても地球環境に対しても何らかの感情を持つようになる可能性がある.気候変動の場合,前述のように解釈や推論の問題が関わってくるため,問題悪化を認知することが直接的には感情につながらないのではないかと考えられる.
5.結論
本研究では,人々を市民と消費者の二つの側面を持つものと捉える議論に基づき,日本人が環境問題において市民として振る舞う態度(市民的態度)が弱い可能性があるという問題意識のもと,市民的態度の規定要因を明らかにすることを試みた.市民的態度の要件として,主張や判断において理由を明示できることに着目し,この「理由」には,環境問題に対する不安のような「感情」も含まれるとした.その上で,文化的要因に焦点を当てるため,日本と韓国を対象としたWeb調査を行い,具体的な環境問題としてゴミ問題と気候変動を設定し,「環境配慮行動を行う理由」と「環境に対する感情」を目的変数として,ロジスティック回帰分析により規定要因の分析を行った.その結果,「韓国ダミー(韓国人であるか,日本人であるか)」,「大学生ダミー(大学生であるか,親世代であるか)」,そして,環境問題に対する悪化の認知や周囲の取り組みの積極性が理由や感情の規定要因となるというモデルと概ね整合的な結果が得られた.特に「韓国ダミー」の影響には全体として一貫性が見られ,韓国人である方が環境配慮行動の理由として「社会正義」を選択する傾向が強い一方,日本人は「なんとなく」を選択する傾向が見られた.また,日本人は地域環境や地球環境に対する感情として「特に感情は持っていない」を選択する傾向が見られた.これらは環境問題における日本人の市民的態度が弱い可能性を示唆していると考えられる.
最後に今後の課題について述べる.まず「理由」と市民的態度の関係をより明確にする必要がある.今回は理由が明示できればそれがどのような理由であっても市民的態度であるとみなしたが,その想定が妥当であるかどうか,実際の公共的討議における振る舞いと関連づけて考察するべきである.また,分析モデルでは記述的規範などの社会心理学における既存概念を参照したが,より網羅的に既存概念を検討する必要がある.また,具体的な環境問題をゴミ問題とすると仮説と整合的な結果が見られた一方で,気候変動とすると仮説と整合的でない結果や当てはまりの悪いモデルが比較的多く見られたことから,環境問題の内容に対応させ説明変数を調整する必要がある.そして,サンプルの幅を広げ,韓国以外の国々との比較,より広い年齢間の比較や,職業間の比較も行うべきである.また,今回定義した市民的態度が公共的討議という概念に依拠していることを踏まえると,質問紙調査だけではなく討議実験を用いて,日本人の市民としての振る舞いを観察することも必要である.具体的には,小山田・木村(2022)をベースとして,日本人の大学生以外の参加者も含めた討議実験を行うべきである.
付録
表A-1 調査票に用いた質問文と選択肢(環境問題対策に取り組む理由および環境に対する感情のみ抜粋)
質問文と選択肢(日本語) | 質問文と選択肢(韓国語) |
---|---|
Q. (環境配慮行動の実施状況について問う直前の質問に対して)「行っていない」以外を選択した方にお聞きします.その取り組みを行う理由について,あてはまるものすべてを選んでください. A1. 家族が行っているから [家族が理由] A2. 地域の人々が行っているから [地域が理由] A3. 自分にとってメリットがあるから [メリットが理由] A4. 学校で習ったから [学校が理由] A5. 社会正義や道徳の観点から正しいことだと思うから [社会正義が理由] A6. なんとなく [理由はなんとなく] A7. その他( ) |
Q. 한 페이지 앞 설문에서 '행동하지 않는다' 이외를 선택하신 분께 묻겠습니다. 그러한 행동을 하는 이유에 해당되는 것을 모두 선택해 주십시오. A1. 가족이 행동하니까 A2. 지역 사람들이 행동하니까 A3. 자신에게 이점이 있으니까 A4. 학교에서 배웠으니까 A5. 사회정의나 도덕적 관점에서 옳은 일이라고 생각하니까 A6. 특별한 이유 없이 A7. 기타( ) |
Q. 現在住んでいる地域の自然に対してどのような感情を持っていますか.近いイメージの言葉をすべて選んでください A1. 明るい A2. 暗い A3. 面白い A4. つまらない A5. 楽しい A6. つらい A7. 安心 A8. 不安 A9. 賑やか A10. 寂しい A11. その他( ) A12. 特に感情は持っていない |
Q. 현재 거주하시는 지역의 자연에 대해 어떤 감정을 갖고 계십니까? 가까운 이미지의 단어를 모두 선택해 주십시오. A1. 밝다 A2. 어둡다 A3. 재미있다 A4. 지루하다 A5. 즐겁다 A6. 괴롭다 A7. 안심된다 A8. 불안하다 A9. 북적인다 A10. 적적하다 A11. 기타( ) A12. 특별히 감정을 가지고 있지 않다 |
Q. 「地球環境」という意味での自然に対してどのような感情を持っていますか.近いイメージの言葉をすべて選んでください (選択肢は地域環境に対する感情と同様のため略) |
Q. '지구환경'이라는 의미의 자연에 대해 어떤 감정을 갖고 계십니까? 가까운 이미지의 단어를 모두 선택해 주십시오. |
理由に関する質問の選択肢に付した[ ]付きの文字列は対応する変数名を示す.
著者連絡先
小山田 晋
〒099-2493 北海道網走市八坂196
東京農業大学生物産業学部
E-mail: so208498@nodai.ac.jp
2024年10月24日受付 2025年3月18日受理
©日本環境共生学会(JAHES) 2025
本研究はJSPS科研費22K02175の助成を受けたものです.
(1)感情を知覚経験と類比的に捉えるべき根拠として,Tappoletは感情と感覚(feeling)および判断(judgement)との違いを考察している.まず,感情は世界の状態と比較してその適切さを問うことができるが,感覚はそうではない.たとえば恐怖という感情が適切かどうかは,その対象が本当に恐るべきものであるかどうか次第であるが,痒みや頭痛といった感覚は純粋に主観的なものであり,客観的に適切さを問う基準がない.また,感情は判断とも異なる.なぜなら,感情と判断は矛盾することがあるからである.小さなクモを怖がる必要はないと頭では判断していながら,クモに対する恐怖を打ち消すことができないということはありうる.一方,感情と知覚経験の間には,どちらも世界における事実や出来事によって自動的に引き起こされる,適切かどうかの条件がある,推論によって導き出すことができない,といったアナロジーが成り立つ.
(2)日本と韓国の大学生とその親を対象として環境配慮意識と行動について調査した木村(2013)によれば,韓国人の大学生の環境配慮行動には親の環境配慮行動が影響していたが,日本人の大学生ではそのような関係がみられなかった 19).
(3)理由に関わる選択肢について以下,補足をする.まず,社会心理学では環境配慮行動を規定する要因として便益費用評価(面倒でないかどうか)や実行可能性(実行できるかどうか)が挙げられているが 20),これらは理由に関わる選択肢に入れていない.なぜなら,その行動が面倒であるか,実行できるかといったことは行動の制約要因ではあっても,その行動を取ろうとする理由にはなりえないと考えられるためである.たとえばその行動が自身にも他者にも利益をもたらすものでなく,そうした行動を学校教育等でも奨励していない場合,その行動が面倒でなく,実行可能であったとしても,それが行動をする理由があるとは考えにくい.また,今回はすでに当該の環境配慮行動を実践している人に対してのみ理由を聞いているため,行動の制約条件という性質を持つこれらの要素を選択肢に含める必要性は低いと考えられる.逆に,当該の環境配慮行動を実践していない人であれば,実践しない理由として便益費用評価や実行可能性を挙げることは考えられるが,今回の質問は実践しない理由を聞くものではない.次に,「その他」への回答数は各質問2~7で,全回答数に占める割合は少ない.内容としては,節約のように既存の選択肢(「自分にとってメリットがあるから」)に含められるものもあったが,マスメディアの影響や,生活習慣のように,既存の選択肢に含めることのできないものもみられた.これらの回答は少数であるため分析上は問題無いと考えられるが,マスメディア,生活習慣等の選択肢は今後同様の調査を行う際は選択肢に含めることを検討する必要がある.最後に,こうした理由は公共的討議の場で形成され変化する可能性があるが,そもそも公共的討議を進めるために人々が持つべき要件が本稿の関心事項であるため,理由の形成・変化については考慮しなかった.
(4)ここでいう物質主義とは,世界価値観調査で各国の価値観の評価軸として提案されているものであり,経済と身体の安寧を最優先する価値観を意味する 21).逆に脱物質主義的な価値観は,自由選択と自己表現に重きを置くものとされる.
(5)質問の選択肢に含まれる「正義」と「道徳」の韓国語「도덕」「정의」という語の意味は以下の様に日本語とほぼ同じであり,訳語の影響は考えにくい.「정의 正義 :真理にかなった正しい道理.「도덕 道德:ある社会の人々の言葉や行動,信頼のよしあしを判断する精神的な基準や価値体系.(以上,国立国語院 韓国語-日本語学習辞典より)