Journal of Human and Environmental Symbiosis
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2025 Volume 41 Issue 1 Pages 91-93

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1.趣旨説明

 2021年7月に「奄美大島,徳之島,沖縄島北部,西表島」が新たに世界自然遺産に登録され,世界的に貴重な生物多様性の価値が認められた.一方で,これらの地域では野生生物のロードキル(交通事故死)が多発しており,IUCNより絶滅危惧種のロードキルを減少させるための事故対策の有効性について見直しを行い,必要な場合は強化することが要請されている.

 そこで,日本環境共生学会と道路生態研究会の共催で,2023年1月に発刊された書籍『野生動物のロードキル』の著者を中心として,南西諸島におけるロードキルに関する公開ミニシンポジウム「世界自然遺産登録された南西諸島における野生動物のロードキルの現状と課題」を開催した.

 本シンポジウムは,道路生態研究会の亀山章会長および日本環境共生学会の福田敦会長の挨拶からはじまり,司会(筆者)による趣旨説明,6名の登壇者による南西諸島のロードキル問題の現状の課題や今後の対策に関する話題提供と質疑応答,最後に麻布大学の塚田英晴教授をコーディネーターにお招きして全体ディスカッションを行った.

 登壇者および発表題目は以下の通りである.それぞれの立場から話題を提供していただいた.

(1) 野生動物のロードキルはなぜ起こるのか? -ロードキル対策の視点- 園田陽一(群馬総合カレッジ国際産業技術専門学校)

(2) 奄美・沖縄世界自然遺産におけるロードキル対策 内野祐弥(環境省沖縄奄美自然環境事務所)

(3) やんばる地域におけるケナガネズミの長期のモニタリングとロードキル 玉那覇彰子(NPO法人 どうぶつたちの病院 沖縄) 亘 悠哉(森林総合研究所) 長嶺隆(NPO法人 どうぶつたちの病院 沖縄)

(4) ヤンバルクイナのロードキルの現状と対策 伊東英幸(日本大学)

(5) 奄美大島におけるアマミノクロウサギと両生類のロードキルの現状と対策 浅利裕伸(帯広畜産大学)

(6) 産官学連携で進めるカンムリワシのロードキル対策 山本以智人(環境省石垣自然保護官事務所)

2.野生動物のロードキルはなぜ起こるのか? -ロードキル対策の視点-

 園田は,俯瞰的な視点から,野生動物のロードキル研究の歴史や,諸外国および日本におけるロードキルの現状や対策,課題等について概説した.

 ロードキル研究は1920代の博物学的な記録から始まり,1970年代には特にシカ類と車両の事故が増加したことを受け実態把握や具体的対策が本格化し,1980年代から希少種の保全にも配慮した野生生物と人間の安全の両立を目指した道路デザインの議論が本格化した.現在は,ヨーロッパでは道路による生息地の分断化・孤立化に対して,Natura 2000に基づく生息地の連続性確保が行われるなど,諸外国では主に道路による生息地の分断化対策が行われているが,日本では環境影響評価法における代償措置としての側面が強い.

 しかし,絶滅危惧種を含め,現在でもロードキルは日本をはじめ世界各地で発生しており,今後も発生実態,発生要因の解明,具体的対策が求められると指摘した.

講演:群馬総合カレッジ国際産業技術専門学校・園田陽一

3.奄美・沖縄世界自然遺産におけるロードキル対策

 内野は,奄美大島,徳之島,沖縄島北部,西表島世界自然遺産地域の概要と課題,ロードキル発生状況,イリオモテヤマネコのロードキル対策について報告した.

 この地域は国際的な絶滅危惧種や地史を反映し独自に進化した多くの固有種の重要な生息・生育地であることから,生物多様性の保全上重要な地域として世界自然遺産に登録された.一方で,IUCNから4つの要請事項(観光管理,ロードキル,河川再生,森林管理)を受けており,管理機関が各要請に対応している.

 西表島に生息するイリオモテヤマネコは,環境省が目撃情報やロードキルデータを収集し発生地点に移動式看板を設置するなど,ハード・ソフト両面で様々な対策を行っている.シンポジウム当日まで無事故630日目を記録しており,今後も対策を継続し無事故を目指したいと説明した.

講演:環境省沖縄奄美自然環境事務所・内野祐弥

4.やんばる地域におけるケナガネズミの長期のモニタリングとロードキル

 玉那覇・亘の話題提供については,長嶺隆(NPO法人 どうぶつたちの病院 沖縄)が代理で報告した.

 沖縄本島,奄美大島,徳之島に生息するケナガネズミは警戒心が低く,交通事故も多く発生している.これを受け,玉那覇はNPO法人 どうぶつたちの病院 沖縄の職員らと2~5人/日で通勤時に目撃したケナガネズミを記録するルートセンサス調査を2011年5月から長期にわたり継続している.

 調査の結果,道路上での行動(車や人間に対する警戒心が低く逃避行動を示さない)やロードキル頻度の高い区間を明らかにした.さらに,目撃数とロードキル個体数からロードキル率を推計し,ロードキル対策の効果の指標となりうる可能性を指摘した.

 ロードキル対策には地元住民,行政機関,研究者,NGOなど多くの人の協力が重要であり,この結果を対策につなげていきたいと説明した.

講演:NPO法人 どうぶつたちの病院沖縄・玉那覇彰子,    森林総合研究所・亘悠哉,    NPO法人 どうぶつたちの病院沖縄・長嶺隆

5.ヤンバルクイナのロードキルの現状と対策

 伊東は,沖縄本島やんばる地域のみに生息するヤンバルクイナのロードキル発生状況と実施されている対策,発生要因の分析結果について報告した.

 クイナトンネル等のハード対策,警戒標識等のドライバー対策が実施されているが,ロードキルは現在も発生している.そのため,発生要因を解明した上で適切な対策を行うことや,新しい対策の重要性を指摘した.

 発生要因の分析では,上下線で条件が変わる項目(縦断勾配等)を考慮する重要性や,1つの要因ではなく様々な要因が複合的に影響している可能性を指摘した.

 新しい対策としては,沖縄県道2号線を対象として,NPO法人 どうぶつたちの病院 沖縄の協力のもと実施している実験結果を紹介し,早朝にハイビームを点灯して走行すると,ヤンバルクイナの道路への出現が抑制される可能性を示した.

講演:日本大学・伊東英幸

6.奄美大島におけるアマミノクロウサギと両生類のロードキルの現状と対策

 浅利は,奄美大島と徳之島に生息するアマミノクロウサギと,奄美大島の両生類について,ロードキル発生状況と対策について報告した.

 アマミノクロウサギのロードキル対策は,フェンス等のハード対策,警戒標識,路面標示等のドライバー対策等,様々な対策が実施されているが,ロードキル件数は年々増加しており,更なる対策が重要である.

 本報告では,浅利らが新しい対策として試行した,動物検知システム,パトランプ,看板を組み合わせたドライバー対策を紹介し,対策の効果としてパトランプ点灯時の走行速度低下とドライバーの注意行動が確認された旨が説明された.

 また,奄美大島の両生類は希少性が高い一方でロードキル発生実態はほとんど不明であり,2020~2021年にルートセンサスを実施し,ほぼすべての種でロードキルが発生していることを示した.

講演:帯広畜産大学・浅利裕伸

7.産官学連携で進めるカンムリワシのロードキル対策

 山本は,日本では八重山のみに生息するカンムリワシの生息状況,交通事故,救護・保全活動の現状を報告した.

 カンムリワシのルートセンサスによる目撃個体数(生息数の指標)は2012年からほぼ横ばいで推移しており,救護される個体数も増減を繰り返している.救護される原因の62.8%は交通事故であり,事故件数も増減を繰り返し推移している.カンムリワシの交通事故は生息環境である森林と水田の近くで多く発生しており,発生要因として,採餌のために道路へ飛来する行動や,道路により分断された森林間を飛翔する行動などが考えられる.

 地元住民や救護活動を行っている市民団体,産官学等の多様な主体の協力により,走行速度の低下や注意喚起など,更なる対策が重要であると指摘した.

講演:環境省石垣自然保護官事務所・山本以智人

8.全体ディスカッション

 最後に,全体ディスカッションにおいて,南西諸島のロードキルに関しては,地域や種ごとに共通する点もある一方,島嶼の特殊な条件下であるため,種ごとの生態,生息状況,社会的状況,交通事情等がかなり異なる点もあり,発生要因の特定や有効な対策の設計が難しい点が指摘された.そのため,玉那覇・亘のような長期モニタリングによる情報の蓄積や,本シンポジウムのような異なる地域や種間の意見交換,地元住民等の様々な主体との協力・連携が重要という意見があがった.

 以上の統括としてコーディネーターの塚田英晴教授(麻布大学)は,南西諸島で明らかにされつつあるロードキル発生要因や有効な対策等について,関係主体間や研究者間の情報共有を進め,その知見を様々な動物種に広げていくことが重要であると締め括った.

 本シンポジウムがロードキルをはじめとした野生生物と人間社会の環境共生のさらなる発展への一助となることを期待したい.

著者連絡先

末次 優花

〒274-8501 千葉県船橋市習志野台7-24-1

日本大学理工学部交通システム工学科

E-mail: suetsugu.yuka@nihon-u.ac.jp

 
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