2025 年 41 巻 2 号 p. 128-139
Abstract: The World Health Organization (WHO) defined health in conjunction with well-being in its constitution immediately after World War II. Initially, well-being was not discussed independently, but it later came to be discussed alongside health, and now the WHO has published a charter for well-being. On the other hand, the concept of planetary health is by no means new, but it has only been the subject of global debate since 2014. There has been much discussion about how human health is closely linked to the health of the planet as a whole and how the sustainability of humanity depends on a rich natural environment and wise resource management. However, the COVID-19 pandemic has exposed the limitations of strategies that have prioritized human health. It has become widely recognized that the current natural environment is deteriorating at an unprecedented rate and that both the health of the planet and that of humans are in a critical state. Amidst this major upheaval, we have become aware of the significant impact of climate change, environmental pollution, the biodiversity crisis, food issues, water shortages, soil degradation, and natural disasters on human health and well-being. The COVID-19 has reaffirmed the fact that infectious diseases know no national borders and the need for international cooperation in the field of health and medical care. Considering the possibility that unknown emerging infectious diseases may spread globally in the future, there are limits to a perspective that focuses solely on providing healthcare services to approximately 8 billion people. It is essential to adopt a perspective that considers human health and well-being while addressing the health of the planet itself, such as climate change and biodiversity, with consideration for all life on Earth, including livestock, wild animals, bacteria, viruses, and plants. This perspective, known as planetary health, is indispensable.
1.はじめに
人類の営みと環境との調和・共生を対象とする固有の学問体系の確立に寄与することを目的とする日本環境共生学会の学会誌に,招待論文の機会をいただいたことは光栄の至りである.ただ,私自身はウェルビーイングの研究者でもなく,環境共生の専門家でもない.インドネシアの電気も水道もない村で子どもの健康を守る活動に従事したことを契機に,ウェルビーイングの重要性に気づき,狭い医療だけでなく,環境や社会を視野に入れた取り組みを行ってきた.
本稿では,とくに世界保健機関(World Health Organization:WHO)の言説を紹介し,第二次世界大戦以降の健康とウェルビーイングと環境をめぐる動向を振り返り,未来志向で議論をすすめる.
なお,著者は現在公益社団法人日本WHO協会に属しているが,この協会はWHOの日本支部ではなく,WHOの理念に賛同し,国内外で健康増進活動を行っている民間の法人である.本稿の内容は,WHOという組織を代表しているものではないことを,お断りしておきたい.
2.インドネシアの村で学んだプライマリヘルスケア
2-1 北スマトラ州農村の母子保健医療
(1)インドネシアのプライマリヘルスケア
著者がはじめて,プライマリヘルスケア(Primary Health Care:PHC)の真髄に触れたのは,1980年代後半のインドネシア共和国北スマトラ州であった.国際協力事業団(現在は国際協力機構JICA)「北スマトラ州地域保健向上プロジェクト」の母子保健専門家として,2年3か月の任期を北スマトラ州で過ごした.
インドネシアは赤道周辺に1万7千以上の島が散在する世界最大の島嶼国家である.当時の人口は2億人を越し,家族計画の普及などにより出生数や合計特殊出生率の上昇に歯止めはかかっていたが,乳幼児死亡率や妊産婦死亡率は依然高い状態にあった.
インドネシアでは,ポスヤンドゥ (POSYANDU:母子健診) が1985年に設立され,住民参加のもとで乳幼児死亡率の減少をめざしたPHC活動を展開していた.全国の村ごとにポスヤンドゥ 組織を作り,毎月1回,5歳未満児の体重測定を住民の手で行ない,母子保健,家族計画,予防接種,栄養改善,下痢症対策の5項目の保健サービスを実施していた.
(2)モデル村の乳幼児健診
北スマトラ州アサハン県のティンギ・ラジャ村は,人口 5,779人,面積21.4km2の水田とゴムのプランテーションに囲まれた典型的な農村であった.13の集落に分かれており,そのうち10ヵ所の集落ごとに毎月1回乳幼児と妊産婦のためのポスヤンドゥ 健診が開かれていた1).
ポスヤンドゥ の健診の会場は,青空の下.赤ちゃんたちの泣き声に,保健ボランティアの村人たちの声が交じる.いつもは市場で野菜を売っているおばさんが,ボランティアとして一所懸命赤ちゃんをあやしながら体重を計っていた.体重の減っている赤ちゃんに対しては,お母さんへの栄養指導が行なわれていた.ちょっと見学しただけでは,だれが保健所の人で,だれがボランティアの村人で,だれがお母さんなのか,まったく見当がつかない.でも,お母さんと赤ちゃんは,大騒ぎのなかで,みんなきちんと健診を済ませ,相談したいことを話して帰っていく.混沌さと,いい加減さと,たくましさがミックスされて,楽しくにぎやかな健診ができあがっていた.
2-2 住民参加を支える仕組み
(1)保健ボランティアの心意気
インドネシアのポスヤンドゥ と日本の乳幼児健診の最大の相違点は,村の人々が保健ボランティアとして自主的に健診に参加していることにあった.保健所や市町村などの職員だけが働いている日本の健診と違って,ポスヤンドゥ は自分たちのものだという住民参加の意識がポスヤンドゥ の随所に作用していた.
保健ボランティアは読み書きさえできれば誰でも希望することができる.保健所で基本的な研修を受けた後,ポスヤンドゥ に参画することになる.
ティンギ・ラジャ村の報告では,76人の保健ボランティアのうち,71%が女性であり,67%が独身者であった.中学校以上を卒業したものが59%を占めており,当時の一般住民と比較してかなりの高学歴であった.ボランティアの主たる生計手段は農業であり,農作業の合間にポスヤンドゥ 活動に参加しているものが多かった1).
自発的に保健ボランティアを希望した動機に関しては,個人的な要素が大きい.ただ,次のようなボランティア・リーダーの言葉が村人の共通の心情を物語っていた.
「子どもたちが健康で,コミュニティの人が安心して暮らせるようにするためには,行政が何かしてくれるのを待つのではなく,コミュニティの人間ががんばらなきゃいけないんじゃないか.」
ここで彼がいうコミュニティとは,国,州,県,村と連なる行政組織としての村ではなく,あくまでも地縁集団としてのコミュニティである.その基本にあるのは,自分たちもけっして経済的には豊かだとはいえないけれど,コミュニティのために自分たちにできることから始めていこうというコミュニティの自助自立の精神であった.
(2)コミュニティ・ベースの全戸健康調査
村での活動を続けているなかで,保健ボランティアのほうから,ポスヤンドゥ が本当に健康につながっているのかを知りたいという要望が出された.住民のニーズを把握し,住民全体の健康状態や問題点を明らかにするために健康調査を実施することになった.読み書きのできない住民が多いので,ボランティアが一軒ずつ訪問して直接質問するという形の聞取り法による全戸調査,すなわち手作りセンサスが実施された.
2か月にわたる調査の後,世帯数 1,039,人口 5,779人の全データが集計された.出産の時に清潔なハサミを使うのではなく,竹を削った竹刃でへその緒を切断していた事例が全体の8.4%を占めていた.不潔な処置になり,最悪の場合には新生児破傷風に罹患し,新生児が死亡することもある.この事実に衝撃を受けた保健ボランティアたちが,口コミで妊婦に竹刃を使用しないように呼掛けを行なった.その結果,世帯調査の6か月後には,ティンギ・ラジャ村で竹刃を使用した出産は皆無となった1).
自分たちの足で村中を歩いた調査の結果であったからこそ,結果を身に沁みて理解し,行動に移すことができたのであろう.もし,村の外の者から竹刃による臍帯切断の危険性を指摘されたのであれば,村人はこのように迅速に従来の習慣を変えることはできなかったであろう.自分で行動することが最もよい健康教育になるという事例であった.
蛇足になるが,当時のインドネシアには母子健康手帳はなかった.村の健康は自分たちで守るというコミュニティと個人のセルフケアが,その後のインドネシア版母子健康手帳の開発と普及につながった.いまや,母子健康手帳は日本発のセルフケアのツールとして世界50以上の国や地域で開発され,母子の健康とウェルビーイングの向上に寄与している2).
2-3 予防接種のジレンマ
(1)インドネシアの予防接種
1980年代のインドネシアでは,WHOとユニセフ(UNICEF)の指導のもと,予防接種拡大計画(Expanded Programme on Immunization: EPI)を忠実に実施していた.BCG,三種混合(DPT),ポリオ,麻疹のワクチン接種を1歳までに終了し,新生児破傷風の予防を目的として妊婦には妊娠中に二種混合(DT)を2回接種していた.
北スマトラ州では,保健所とポスヤンドゥを主たる会場として集団接種が行われていた.プラスチック製の使い捨て(ディスポーサブル)注射器は一般的に普及していなかったため,注射針を交換しないで多数の乳幼児に一度に接種する方式だった.インドネシアのB型肝炎の抗原保有率は数%と言われていたために,注射器の再利用によって医原性のB型肝炎を引き起こす可能性は少なくなかった.
プロジェクト終了時の供与機材として,予防注射筒と注射針に特化した煮沸消毒器を州内の北スマトラ州の全保健所に無償提供した.その後,予防接種による感染の危険性が国際的にも大きな課題となり,インドネシアにおいてもディスポーザブル注射器が使われるようになった.確かにディスポーザブル注射器の世界的な普及により,予防接種による感染のリスクは激減し,安全性が高まった.
(2)予防接種で生じる医療廃棄物という課題
WHO(2013)は,2013年に世界で初めての包括的なガイダンス文書『医療活動から生じる廃棄物の 安全な管理』を発行した3).理念と戦略はできたが,残念ながら多くの低中所得国では,適切な規制がないか,規制があってもその監視や施行が行われていないのが現状であった.だからといって,電気も水道もない低中所得国の農山漁村での予防接種を止めるという選択肢はない.一方,へき地や離島の医療機関から排出される医療廃棄物を継続的に安全に処理できるだけの経済的人的投入の実現には気が遠くなるほどの時間とコストがかかる.
WHO/ユニセフ(2021)によると,基本的なヘルスケア廃棄物処理サービスを提供している病院は,世界全体の61%にとどまっていた.医療施設から出た有害廃棄物の廃棄場での回収や,その処理や手作業による選別作業中に,さらなる危険が生じていた4).
著者自身がグローバルヘルスの実践の現場を体験した30余年の間に,予防接種の注射器と注射針をめぐる物語は大きく変化した.いまでは低中所得国のへき地の保健センターを訪問して予防接種の見学をすると,使い捨ての注射器や注射針の使用により,確かに医療現場での安全性は高まっている.ただ,残念ながら,医療廃棄物を適正に処理できていない施設がほとんどで,プラスチック医療廃棄物による環境負荷に関して解決には至っていない.低中所得国の現場を歩いていると,外部からの介入により一つの課題が解決したように見えるが,同時に新しい問題が生じてしまうという「いたちごっこ」のような現実に出会うことは珍しくない.今後は,科学技術のイノベーションにより,安全性と廃棄を両立できる環境にもやさしい注射器や注射針の開発が望まれている.
3.WHO憲章の健康の定義が果たした役割
3-1世界保健機関(WHO)の設立
WHOは1948年4月7日に,すべての人々の健康を増進し保護するため互いに他の国々と協力する目的で設立された.WHOは,戦前と戦時中の保健医療協力が結実する形で主に英米の主導のもとで生まれた組織である.第二次世界大戦においては,熱帯地域が主要な戦場となったこともあり感染症対策が戦略上の重要課題であることの認識が高まった.一方,加盟国により医師や看護師のライセンスなど医療制度は大きく異なり,支払いなどの医療保険や社会保障制度も異なる.医学は世界共通であるが,医療は文化である.元来,保健医療制度は国や地域の社会経済状況を色濃く反映し,きわめてドメスティックな特徴を有している5).
託摩佳代(2020)は,「保健協力を統括する国際組織は必要だが,主権国家としての裁量は狭められたくない」という思いから生み出されたのがWHOであるという6).すなわち,WHOは,各国独自の保健医療制度を最大限に尊重したうえで,国を跨いだ調整や連携を行うことのできる国際機関である.
WHO本部はスイスのジュネーブにあり,最高意思決定機関は,194の全加盟国・地域の代表で構成される世界保健総会(World Health Assembly:WHA)である.総会の下部機関として,34か国の執行理事から構成されるWHO執行理事会は,WHO総会での決議や政策を有効に促進し,WHO総会へ助言や提案を行う役割を担っている.事務局長は,2017年からはエチオピア出身のテドロス・アダノム氏である5).
WHOは6つの地域事務局(米州,アフリカ,南東アジア,欧州,東地中海,西太平洋)に分かれているが,地域事務局長はそれぞれの地域に加盟している国や地域により選任される.本部の事務局長が,地域のトップを指名できる制度設計ではない.いい意味での地域の自立と自決に委ねられた組織であるということができる.
3-2 WHO憲章の意義
世界保健機関(WHO)憲章は,1946年6月19日から7月22日までニューヨークで開催された国際保健会議において採択され,1946年7月22日に61カ国の代表によって署名され,1948年4月7日より効力が発生した.
前文のなかで,健康は次のように定義された.
「Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.」
表1 WHO憲章・前文

日本で1951年6月26日に公布された条約第1号では,「健康とは,完全な肉体的,精神的及び社会的福祉の状態であり,単に疾病又は病弱の存在しないことではない.」 と訳した7)
日本WHO協会では,「健康とは,病気ではないとか,弱っていないということではなく,肉体的にも,精神的にも,そして社会的にも,すべてが満たされた状態にあることをいいます.」と翻訳した8).
厚生労働省は平成26年版厚生労働白書において,「健康とは,肉体的,精神的及び社会的に完全に良好な状態であり,単に疾病又は病弱の存在しないことではない.」と訳している9).
いずれにしろ,WHO憲章における健康の定義とは,「健康(ヘルス)が,身体的,精神的,社会的にウェルビーイングであること」という一文に尽きている.
WHO憲章の前文では,「人種,宗教,政治信条や経済的・社会的条件によって差別されることなく,最高水準の健康に恵まれることは,あらゆる人々にとっての基本的人権のひとつ」であると,健康が基本的人権であることを明記した点でも画期的であった.また,健康は平和の礎であると謳いあげ,「その成否は,個人と国家の全面的な協力が得られるかどうかにかかっています」と言明した.
第二次世界大戦により世界中が疲弊した中での復興を願うなかで,基本的人権である健康を達成するためには,個人と国の協力が必要であるということを強調した.分断と自国第一主義とは真逆の,国際協調の中でひとりひとりの個人の自覚と行動を促したのがWHO憲章であった.
3-3 プライマリヘルスケアの学際アプローチ
(1)プライマリヘルスケア国際会議
WHO憲章の精神は,1978年のアルマアタ宣言に引き継がれていた.
1978年9月に世界143か国の政府代表とユニセフやWHOなどの国際機関代表が旧ソビエト連邦のアルマ
表2 アルマアタ宣言・第7章

アタ(現在のカザフスタン共和国アルマトイ)に集結し,アルマアタ宣言に署名した.1975年は,10年以上続いたベトナム戦争が終結し,アメリカ合衆国とソビエト連邦による東西冷戦の緊張が緩和したデタントの時期であった.ちなみに,アルマアタ会議の翌年には,ソビエト連邦がアフガニスタンに侵攻し,世界的な保健医療政策を議論する余裕がなくなったことを想えば,1978年にアルマアタ宣言が出されたことは,まさに僥倖であった.
このアルマアタ宣言の「2000年までにすべての人々に健康を!」という世界共通のゴールを目指すための戦略として取り上げられたのが,プライマリヘルスケア(PHC:Primary Health Care)の理念であった10).
(2)プライマリヘルスケアの意義
PHCはあくまでも抽象的な理念であり,WHO憲章の健康の定義をそのまま継承し,その実践面における国や地域による相違を前提としたうえで,世界共通の目標と原則を設定した.PHCでは,基本的保健サ-ビスとして健康教育,母子保健,安全な水供給,食料供給と栄養,予防接種,感染諸対策,基本医薬品など8項目を具体的に列挙した.しかし,このような保健サ-ビス活動は,PHC以前の保健医療の枠の中においても取り組まれてきたものであり,決して斬新なものではない.PHCのより優れた点は,これらの保健サ-ビス項目を地域の中で実践していく際の理念と原則を明確に打ち出したことにある(表2).
「保健領域だけでなく,関連するすべての分野が協働し,国と地域社会を発展させる」という学際協力の視点を導入した.「地域社会や国などあらゆる利用できる資源を最大限に活用」することを謳い,「コミュニティワーカー,必要に応じて伝統医療者」が保健医療チームの一員として,地域社会の健康課題に対応できる研修の必要性を訴えた10).
保健医療サービスは,医師や看護師という専門職から与えられる一方通行の恩恵的サービスではなく,サービスを受ける側が主体的に参画すべきものだと捉えていた.また,貧富の格差や地域格差を乗り越えて,PHCサービスは,それを必要とするすべての人びとに届けられるべきであるという理念を強調した.自立と自決とは,患者や住民が必要とするサービスを自分たちで決定することができるという理念を謳ったものである.医療機関との連携において「最もケアを必要とする人々を優先的に対応」するというのは,持続可能な開発目標(SDGs)の「だれひとり取り残さない」理念に通じるものがあった.
4.狭義の医療だけでは,健康は守れない
(1)ミレニアム開発目標の成果
1990年代になって,旧ソビエト連邦の崩壊とそれに伴う東西対立の構図がくずれ,保健医療問題は人口問題や環境問題と直結した地球規模のグローバルな課題と考えられるようになった.国連は,90年の「子どものための世界サミット」(ニューヨーク),92年の「地球サミット(環境開発国連会議)」(リオデジャネイロ),94年の「国際人口開発会議」(カイロ),95年の「世界女性会議」(ペキン)と立て続けに大規模な国際会議を開催した.90年代に開催された国際会議での重要な争点,すなわち,環境,人権,リプロダクティブ・ヘルス・ライツ,エイズ,開発と貧困,ジェンダーなどは,いずれも地球規模での健康問題と深く関連していた.いいかえれば,人びとの健康を守るためには,狭義の保健医療分野の専門家だけでは対処できない現実に直面していたといえる.
2000年の国連総会において提唱されたミレニアム開発目標(Millennium Development Goals: MDGs)は,これらの主要な国際会議やサミットで採択された国際開発目標を統合し,一つの共通の枠組みとしてまとめたものと位置づけられる.
このミレニアム開発目標においては,貧困と飢餓の撲滅,初等教育の完全普及,ジェンダー平等と女性のエンパワメント,環境の持続可能性の確保,開発のためのグローバル・パートナーシップの推進などの課題とともに,健康問題も大きな課題として取り上げられている.保健医療分野は8項目のうち3項目を占め,乳幼児死亡率の削減,妊産婦の健康の改善,感染症の蔓延防止が掲げられている.具体的に,5歳未満児死亡率を3分の1に減少する,妊産婦死亡率を4分の1に減少する,エイズやマラリアなどの感染症の蔓延を阻止し罹患を減少させる,といった目標が掲げられ,2015年までに達成するという各国の責務が明確に示された.
MDGsの個々の目標が達成に至らなかった点もみられたが,保健医療分野における国際協調の成果という面では大きな足跡を残した.一方,富める国と貧しい国の経済格差は広がり,国内における健康格差も多くの国で広がっていた.また,気候変動や生物多様性の喪失などの環境問題の重要性が一層高まっていた.
(2)持続可能な開発目標(SDGs)で強調されたユニバーサル・ヘルス・カバレッジ
2015年は,国際協力にとっては重要な転回点となった年であった.2015年9月の第70回国連総会において,「わたしたちの世界を変革する持続可能な開発のための2030 アジェンダ」が採択された.このなかで,17の持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals: SDGs)があげられ,169の具体的なターゲットが設定された.MDGsのシンプルなメッセージと比較すると,貧困,食料,栄養,保健医療,教育,ジェンダー,水と衛生,雇用,産業,居住,消費,気候変動,海洋資源,森林,生物多様性,司法制度,グローバル・パートナーシップといったように,人と自然にかかわるすべての事項を網羅せざるを得なかったように見える11).
一方,どの国においても共通する課題として,「だれひとり取り残されない(no one will be left behind)ことを誓い,人々の尊厳は基本的なものであると認識し,最も遅れているところから最初に手を伸ばすべく努力する」ことが宣言された.先進国や途上国という区分を越えて,格差をなくす取り組みを同時代的に地球規模で行おうという画期的な発想である.
目標3では,「Ensure healthy lives and promote well-being for all at all ages」と,健康とウェルビーイングが並列されることとなった.外務省仮訳では,「あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し,福祉を促進する」となっているが,これでは,ウェルビーイングを促進することが保健医療分野の大目標に転換したというSDGsの意義を理解するのは難しいであろう.
一方,SDGsのなかでは,well-beingは5回しか使われていない.目標3に関連しない部分では,目標9に1度登場するに過ぎない.
「9‐1すべての人々に安価で公平なアクセスに重点を置いた経済発展と人間の福祉を支援 するために,地域・越境インフラを含む質の高い,信頼でき,持続可能かつ強靱(レ ジリエント)なインフラを開発する.」(外務省仮訳).ここでは,<to support economic development and human well-being>というように,インフラの開発という文脈の中でのみ,経済発展と人のウェルビーイングが見事に並列に対置されている.このようなウェルビーイングに対する扱い方を見る限り,SDGsにおいては,ウェルビーイングという概念を時代を切り拓くキーワードとしては認識していなかったのではないかと推察できる.
表3 持続可能な開発目標(SDGs)
目標3. あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し,福祉を促進する(外務省仮訳)
Goal 3. Ensure healthy lives and promote well-being for all at all ages

目標3において,ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(Universal Health Coverage:UHC)が新しい概念として登場した.UHCとは,すべての人々が,経済的な困難なしに,必要な時に,必要な場所で,ニーズに応じた質の高い保健医療サービスに十分にアクセスできることを指す.健康増進から予防,治療,リハビリテーション,緩和ケアに至るまで,ライフコースを通じた必要不可欠な保健医療サービスの全過程をカバーすることになる.また,世界全体では,10億人が家計破綻的な医療費の自己負担を経験し,3億人以上が医療費のために極度の貧困に陥っているといわれている12).
WHO(2025)は,UHC達成のために必要不可欠な介入のほとんど(90%)はPHCアプローチを通じて実施することができるという12).PHCは,人々の身体的,精神的,社会的な健康とウェルビーイングを増進するための,最も包括的で,公平で,費用対効果が高く,効率的なアプローチであり,人々の日常生活環境にできるだけ近いところで,保健医療サービスへの普遍的かつ統合的なアクセスを可能にする.また,人々が健康とウェルビーイングのために必要とする,質の高いサービスと製品を幅広く提供することを助け,保健医療サービス普及と財政的保護を改善することができる.
UHCという概念を導入することにより,アルマアタ宣言で提唱されたPHCと結びつき,健康とウェルビーイングを増進するための取り組みが実現可能となった.
5.私たちの地球,私たちの健康とウェルビーイング
WHO (2021)は,「ウェルビーイングは,個人や社会が体験するポジティブな状態である.健康と同じように,日常生活のリソースであり,社会的,経済的,環境的な条件によって決定される.」と定義づけた13).ポジティブな状態については,具体的に,身体的,精神的,社会的にイキイキとした状態と説明される場合もある.また,西洋哲学においては主に個人のウェルビーイングに関する考察が行われてきたが,非西洋社会では社会的なウェルビーイングの概念が存在し,他者や自然との共生などがコミュニティ全体の共通の価値観として共有されてきた.
Calvo and Peters (2014)は,「コンピュータは初期段階では生産性と効率性を追求したが,いまではテクノロジーが社会全体の利益と同様に,個人のウェルビーイングにも貢献することが求められる」と看破した14).日本においても,日本女性ウェルビーイング学会が2017年に設立され15),ウェルビーイング学会が2021年に設立され16),多くの大学でウェルビーイングを標榜する教育研究機関が設置された.国や地方自治体,民間企業,NPOなどにおいても,ウェルビーイングはいまや大きな潮流となっている.個人的には,ウェルビーイングに相当する適切な日本語を創造することにより,この新しい概念の普及を図る必要があると考えている.
2021年12月にジュネーブで開催された第10回ヘルスプロモーション国際会議では,オタワ憲章などや過去のヘルスプロモーションに関する成果を引き継ぎ,『ウェルビーイングのためのジュネーブ憲章』を発表した.この憲章は,生態系の限界を超えることなく,将来の世代にも公正な健康を提供する持続可能なウェルビーイング社会の創造の緊急性を強調した17).
表4 ウェルビーイングのためのジュネーブ憲章
出典:文献18を改変

ウェルビーイング社会を創り出すためには,5つの領域での行動が必要であり,第一に「地球とその生態系の価値を尊重し,育み,保護する」ことを掲げた(表4).まさに,地球と社会とコミュニティと個人の健康とウェルビーイングを統合し,人々が自らの生活と健康をコントロールするための社会的構造の変革を提起している.
プラネタリーヘルスの動きが始まったのは,2014年であった.ロックフェラー財団とランセット誌の共同によりプラネタリーヘルス委員会が開催され,その議論が,ランセット誌の名編集長であるHorton (2015)により簡潔にまとめられた19).環境衛生,医学,生物多様性,生態学という多様な分野における国際的な専門家が集まり,危機に瀕した地球の健康に対して緊急に対処する必要があるという力強い合意を得ることができた.私たちが直面しているのは,疾病,気候変動,海洋酸性化,化学物質汚染といった直接的なリスクだけではなく,私たちが作りだした社会そのもののなかにリスクが存在していることを指摘し,科学者と健康に携わる実践者が創造的な想像力を働かせ,人類の進歩の意義を再定義し,人間同士の協力の可能性を再考し,人間の文明の健全さに将来展望が持てるように再び息吹をもたらす必要がある,というメッセージを発信した19).
2021年10月にプラネタリーヘルスに関するサンパウロ宣言が発出された.「気候変動,生物多様性の喪失,空気・水・土壌の質の低下は,私たちが依存している基本的な生命維持システムを蝕んでいる」とし,「特に最も貧しく,排斥されたコミュニティの人々の命と生活が失われている」と主張した20).
2022年の世界健康デーのテーマは「Our Planet, Our Health(私たちの地球,私たちの健康)」であった21).新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による世界的大流行(パンデミック)のなかで,人類と地球を健康に保つ行動に世界の関心を集め,ウェルビーイング社会に向けた動きを促進することをめざした. WHOは,毎年世界中で 1,300 万人以上が本来なら避けることのできたはずの環境要因で死亡していると推定した.気候変動の危機は,健康の危機でもある.地球の健康を守り,ウェルビーイング社会を優先させるように,社会に働きかけるキャンペーンでもあった.

図1 WHO世界健康デー2022のポスター21).
COVID-19は,感染症に国境はないこと,保健医療分野における国際協調の必要性を再認識させてくれた.今後も未知の新興感染症が地球規模で大流行する可能性を考えると,単に約80億人の人類を対象とした保健医療サービスに専心する視座には限界がある.家畜や野生動物,細菌やウイルス,植物といった地球上の生き物すべてのいのちに配慮したうえで,気候変動や生物多様性などの地球の健康そのものに対処する方策を講じながら,ヒトの健康とウェルビーイングを考える視点が必要不可欠である.五箇(2020)が指摘するように,地域の重要性を考慮したより持続可能な社会経済システムへの転換が必要である22).
2022年に,WHO,国連食糧農業機関(FAO),国際獣疫事務局(WOAH)で構成されていたワンヘルス共同活動計画に,国連環境計画(UNEP)が加わった.ワンヘルスのアプローチは決して新規のものではないが,従来から議論されていた人獣共通感染症や,抗菌剤の不適切な使用で助長される薬剤耐性(Antimicrobial Resistance:AMR)に気候変動,土地利用の変化,生物多様性の喪失などの環境要因が健康リスクの要因として加わった.
6.おわりに:森羅万象のいのちをはぐくむ
いま私たちは安全に利用できる境界線を越えて地球資源を利用し,またその公平な分配においても多くの側面でその境界線をすでに超えている.人間と地球との持続可能で調和のとれた社会をめざすためには,大転換が必要とされている.ランセット誌がプラネタリーヘルスを最初に提唱したときに引用された,ウェンデル・ベリー(Wendell Berry:1934年生)のことばが象徴的である.
「わたしたちは,自分にとって良いことが世界にとってもいいという前提で生きてきた.私たちはまちがっていた.生き方を変えなければならない.仮定を逆転させてみるのだ.世界にとって良いことは,私たちにとってもいいことなのだと.」23)
自然に対峙し,自然を克服することで社会を形作ってきた西洋文明が,プラネタリーヘルスの概念を取り込む際の決意表明と読み解くことができる.ランセット誌は,農業活動家でもある著名な詩人の言葉を援用する形で,西洋社会がこれまで発展してきた自然を克服してきた方向性を逆回転する必要性を訴えた.
一方,非西洋社会では,状況は大きく異なる.フィジーの漁村では「人間の暮らしは自然の恵みの上に成り立っている」という伝統的な価値観をもち,豊漁のときも,自分たちが消費できない魚は海に返すのだという.タイの少数民族が暮らす焼き畑農業の村では,火入れの祭りに参加した孫に対して,将来は伝統を引き継いでくれることを古老が期待していた.奈良県の三輪山は467メートルの小さな山であるが,山そのものが神聖であり,地元の住民は,山の樹木や動物だけでなく,岩や石といった自然物も大切に敬ってきたという.また,江戸時代から続く奥多摩檜原村の山林家は,代々伝わる英知をもとに,植林した木が育つことを考えると,100年先を見据え,孫に引き継ぐ持続可能な林業をめざしている.
世界の多くの農山漁村では,プラネタリーヘルスは決して新しい概念ではないのだろう.著者が歩いたアジアの多くの地域では,コミュニティの人々が大切な聖域の自然を守ってきた伝承の物語に出会うことは少なくなかった.日本にも古くから鎮守の森,入会地,里山などのかたちで,人びとが暮らしを守りつつ,自然の恵みを次世代に伝えてきた伝統がある.国や地域によって,植生や生物多様性は大きく異なる.また,地震や津波,台風や洪水といった災害に対する脆弱性や強靭性は地理的環境に大きく依存しているので,文化や歴史や伝承にも配慮する必要がある.
プラネタリーヘルスという新しい学問領域に関して,欧米の科学技術や理念を輸入するという発想だけではなく,非西洋社会である日本の地政学的な特徴を十分に検証したうえで,私たちが大切にしてきた生き方や文化や歴史を再評価し,地球とヒトと生きとし生けるものすべてを包摂した森羅万象のいのちとウェルビーイングの未来の姿を描いていく必要がある.
著者連絡先
中村安秀
〒540-0029 大阪府大阪市中央区本町橋2番8号
大阪商工会議所5F
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E-mail: president@japan-who.or.jp
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