2025 年 41 巻 2 号 p. 178-181
〔地域シンポジウム特集〕
1.はじめに
日本環境共生学会第28回(2025年度)地域シンポジウムは「地域における衛星データ利用とビジネスの創出」をテーマに,2025年6月14日(土)山口県宇部市の山口大学工学部で開催した.
宇宙ビジネスは,ロケットや人工衛星開発,アンテナなどの地上設備,衛星データの活用など,多岐にわたる事業が含まれるが,近年は民間企業の参入が増加し,市場規模も拡大傾向にある.特に,打上げコスト低下や小型衛星コンステレーションの普及,AI解析やクラウド処理技術の進展により,従来の巨大国家プロジェクト依存型から民間主導・サービス指向型の市場へ急速にシフトしている.今後,宇宙市場は2030年に約1兆ドル規模に達すると見込まれており,衛星データ利用を含む衛星サービスは宇宙市場全体の35%程度になると見込まれている.
衛星データ利用とは,リモートセンシング技術により地球観測衛星に搭載されたセンサで地球を観測し,得られたデータを解析して,様々な分野に活用することで,近年,宇宙から地上を観測する頻度や分解能が飛躍的に向上しつつあり,今までにはない新たなサービスが期待されている.衛星データは,農業,防災,環境モニタリングやインフラ監視,物流,都市計画,資源探査など,様々な分野で利用されている.例えば,農作物の生育状況の把握や収量予測,災害発生時の被害状況の確認,二酸化炭素の吸収量と森林の変化の監視など,様々な社会課題の解決に活用されている.
地域シンポジウムが開催された山口県宇部市は,衛星データを活用した宇宙ビジネスを積極的に推進しており,地域経済の活性化を目指している.宇部市は,衛星データビジネスを成長産業分野と位置づけ,企業や大学,金融機関と連携してスタートアップ支援や実証事業を積極的に展開している.
地域シンポジウムでは,山口大学や宇部市が取り組んでいる宇宙ビジネス創出に焦点をあて,「地域における衛星データ利用とビジネス創出」というテーマで,4件の講演が行われた.名古屋大学の林希一郎教授の講演では,空間情報の活用と環境評価について,衛星データやGI(地理情報システム)による空間分析やAI(人工知能)の活用したエネルギーや環境の影響評価についての発表があった.山口大学の江口毅助教の講演では,秋吉台で実施している環境モニタリングについての発表があった.株式会社New Space Intelligenceの長井裕美子社長は,山口大学発のスタートアップである同社の紹介と,衛星データによるサービスについての発表があった.宇部市産業経済部成長産業創出課の川本満隆副課長は,宇部市における成長産業施策についての発表があった.宇部市では魅力ある仕事を求めて若者が流出し,少子高齢化が進み地域経済の縮小に繋がっているという課題がある.魅力ある仕事を創出するために成長産業を支援する宇部市の様々な取り組みを紹介した.講演の後には,パネルディスカッションが行われ,会場から講演者に対する質問など活発な議論が行われた.
さらにシンポジウム終了後に山口大学工学部生協で交流会が行われ,情報交換・交流を深めた.
当日のプログラムは以下の通りである.
開会挨拶:
山口大学応用衛星リモートセンシング研究センター・センター長/教授 長井正彦
講演1:
名古屋大学未来材料・システム研究所・教授 林希一郎「空間情報の活用と環境評価」
講演2:
山口大学応用衛星リモートセンシング研究センター・助教 江口毅「植生モニタリングのためのマルチセンシングデータ統合技術の開発」
講演3:
株式会社 New Space Intelligence・代表取締役社長 長井裕美子「株式会社 New Space Intelligenceについて」
講演4:
宇部市産業経済部成長産業創出課・副課長 川本満隆「宇部市の成長産業施策」
パネルディスカッション:
登壇者による討議 進行:山口大学 長井正彦
閉会挨拶:
日本大学・特任教授 福田敦
2.講演
2-1 空間情報の活用と環境評価
衛星データ,航空写真,航空機レーザ測量,ドローン,GISデータを統合的に活用し,環境を評価する研究が進められている.様々な情報を様々な空間的スケールで把握し,情報を組み合わせることで,環境問題の現状把握や対策を効果的に行うことができる.また,日本国内でローカルモデルを開発し,グローバルな広域評価へ拡張していくことができる.
講演では,生態系調査として,炭素ストック量推計手法が紹介された.ドローン撮影やカメラをポール先端に設置した装置により,樹冠や葉からのローカルな樹種判定手法と,GISデータと衛星データを活用した広域評価について説明された.ドローンと現地調査を組み合わせた樹種分類手法や電力施設の設置評価などの具体的な事例を示し,地域スケールから世界を対象としたグローバルなスケールでの研究成果を紹介した.

写真1 講演の様子(林教授)
2-2 植生モニタリングのためのマルチセンシングデータ統合技術の開発
地域シンポジウムに先立って午前に開催されたエクスカーションでは,山口県美祢市の秋吉台国定公園を見学したが,山口大学で実施している秋吉台をフィールドにした研究について紹介された.
秋吉定公園は,山口県美祢市中西部に広がる総面積約13,000haの日本最大級のカルスト台地で,約1200種類の植物により豊かな自然を形成している.一方で,気候変動や増え続ける観光客の影響を受け,自然環境が変化してきているが,市職員や専門家による現地調査のみでは,定期的な広範囲の調査は困難である.人工衛星やドローンは広範囲を俯瞰的に観測できるという利点から,広域の環境モニタリングにおいて有効なツールの1つである.しかし,仕様の異なるセンサで観測した画像は,同じ日時であっても画像の見え方に違いが生じる.そこで,ドローンと衛星データを統合して利用するための校正手法の開発に着いて紹介された.校正とは,衛星に搭載されたセンサが観測する物理量を正確に測定するために,その性能を評価・調整する技術のことである.特に,地球観測衛星では,地表面や大気からの放射を観測し,気候変動の研究や資源探査などに活用するため,高精度な放射校正が求められる.
ドローン観測と衛星データ観測を行い,季節的に変化す地表面の変化パターンを合わせることで2種類のデータを統合する画像校正手法の開発について紹介された.ドローンデータの校正では,12色のカラーボードを用いた校正手法の可能性を示し,衛星データの校正では,植生の時系列変化から得られる回帰曲線を用いることで,植生域においてデータ校正の有効生を示した.
2-3 株式会社 New Space Intelligenceについて
株式会社 New Space Intelligenceは,衛星データの利活用事業を展開する山口大学発スタートアップである.多種多様な衛星データを統合的に利用し,鉄道や道路などのインフラ監視,ゴミの不法投棄モニタリング,島嶼監視や災害対応など,土地被覆のパターンの変化や異常検出サービスを提供している.また,SAR衛星データを用いた地盤変動のモニタリングや,能登半島Y地震における倒壊家屋推定,トンネル工事エリア・空港滑走路の地盤沈下監視などの実施し,無償衛星データと有償衛星データを組み合わせた課題解決サービスの提供し,「誰もが衛星データを活用できる未来を創る」をミッションに掲げる.
世界中には様々な衛星があり,必要な情報を得るためには,衛星データ毎に異なる解析作業が必要となる.これには幅広い専門知識と高度な専門技術が必要となり,複数の衛星データを重ね合わせて解析するには高度な校正技術が必要である.同社は,利用者の目的・予算・頻度に合わせて,多種多様な衛星データの中から適切な複数の衛星を「選択」し,それらを「統合」することにより低コスト化・高頻度化を実現し,最適な解析方法で「解析」を行い,お客様の使いやすい形で解析結果を「提供」している.この「選択」「統合」「解析」「提供」までの一連のプロセスをシステム化した「衛星データパイプライン®」と呼ぶ自動化プラットフォームを開発した.過去の衛星データを用いることで,長期間の時系列解析を実現し,AI技術により「異常」を検知することができる.この「異常点」や「変化点」を検出することにより,様々な課題を解決するサービスを提供している.

写真2 講演の様子(長井社長)
2-4 宇部市の成長産業施策
宇部市においては,少子高齢化や若者の県外流出,生産年齢人口の減少,事業所数の減少,従業者数の減少による地域経済の縮小が懸念されている.宇部市は,次世代のために「産・学・公・金」が連携し,医療・健康関連や,環境・エネルギー関連のほか,宇宙産業やDX,バイオなどの次世代技術関連の3つの成長産業の創出・育成と雇用の場の創出に取り組み,地域産業力の一層の強化を図ることを目的に宇部市成長産業推進協議会を設置している.
研究開発の加速化,シーズを活用した起業や事業化を目指し,実証段階においては,新たな製品・サービスの開発など,実証プロジェクトの支援,研究開発推進段階においては,大学や市内企業などが連携して事業化に取り組むプロジェクト支援,創業段階においては,大学発ベンチャーなどの設立に向けたプロジェクト支援をしている.
特に,山口大学医学部や工学部,宇部高専がある特色を活かし,有望な研究テーマ持つ研究者に対して,経営人材の探索やマッチングを支援している.成功事例などの誕生により,起業機運の醸成や,スタートアップ創出がさらに加速することが期待される.また,学生はインターンシップやビジネスプランコンテストなどを通じて起業ノウハウを習得する機会を提供している.また,大学発ベンチャーを手伝うなど,研究者のビジネスを支える人材として供給,経営を担う人材や起業する人材の育成,オープンイノベーションを推進し,地元企業の成長を支援している.これにより,地域全体の企業への波及効果につなげることを目指している.

写真3 講演の様子(川本副課長)
3.パネルディスカッション
パネルディスカッションは,参加者からの質問を受けて,登壇者が議論をする形で進められた.
衛星データ解析技術について,熱心な討論があった.特に,秋吉台で山口大学が実施している校正技術について時系列データの評価手法や,株式会社 New Space Intelligenceが,開発しているミラーターゲットを利用した校正手法の特徴について熱心な討論があった.15年前は,使える地球観測衛星の数は十数機だったが,2023年には1,000機を上回ると言われており,複数の衛星データを統合して利用する新たなニーズが生まれている.複数の衛星データを統合するには,校正は必要不可欠な技術ということが紹介された.
宇部市における宇宙ビジネス創出においても紹介があった.山口県は,2016年9月に,JAXA(宇宙航空研究開発機構),山口県,山口大学の間で,「衛星データ利用・研究の推進に係る連携協力に関する基本協定」を締結した.山口県内の防災対策の強化や宇宙産業振興を協働で進めている.これに伴い2017年2月には,JAXAの衛星データ利用・研究の推進に係る連携拠点として「西日本衛星防災利用研究センター」が山口県宇部市に設置された.山口大学においても,同年2月に「応用衛星リモートセンシング研究センター」を設置した.山口県は,全国的にも宇宙データ利用振興の最前線として注目を集めている.

写真4 パネルディスカッションの様子
著者連絡先
長井 正彦
〒755-8611 山口県宇部市常盤台2-16-1
山口大学応用衛星リモートセンシング研究センター
E-mail: nagaim@yamaguchi-u.ac.jp
2025年8月18日受付
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