Japanese Journal of Medical Technology
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Technical Articles
A basic study on cellularity of rapid intraoperative cytodiagnosis based on BD CytoRichTM Red Preservative
Naoki HYODONorifumi HINOHaruka SHINOZAKINaoyuki SHINOHARATadashi FUJIWARAChie TAKAHASHINaruki KANKenji NOBUHARA
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2017 Volume 66 Issue 6 Pages 636-641

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Abstract

術中迅速細胞診において,BDサイトリッチTMレッド保存液を用いる方法(サイトリッチ・レッド法)は,細胞変性や細胞剥離の予防に有効であるが,従来法と比較して標本作製に時間が必要である。そこで標本作製時間の短縮を目的に,重力沈降時間と細胞塗沫量の関連性を比較検討した。その結果,採取細胞量の多寡にかかわらず対照の10分に対して細胞塗沫量に有意差の見られない最短の重力沈降時間は 3分で,相対値は70%以上になることが明らかとなった。標本作製時間を短縮するためには,重力沈降時間に対する細胞塗沫量の経時変化を理解することが重要である。

I  はじめに

病変の性質決定や転移および残存の有無を調べる目的で実施される術中迅速診断は,その結果が切除範囲や術式の変更に寄与する重要な医療行為であり,凍結組織薄切標本を用いて組織診断を行う術中迅速病理診断は,予てよりその有用性が確立されている。また細胞診においても,2010年4月の診療報酬改定により手術中の体腔液を検体とする術中迅速細胞診が新規収載され1),その有用性が認識されるとともに,術中迅速病理診断の補助的または相補的診断方法としての利用も増加している2),3)。しかしながら,体腔洗浄液などの粘調性に乏しい検体では,細胞塗沫時に細胞変性が起こりやすく,固定や染色時には細胞剥離が起こりやすいため,剥離防止コートスライドガラスおよびスプレー式固定剤の使用や,細胞沈渣への蛋白成分(試薬用アルブミンなど)の添加,並びに自動遠心塗沫法(オートスメア法,サイトスピン法)の利用など,様々な予防策が講じられている4)。また,溶血能力と蛋白凝集抑制作用を有し,体腔液検体にも利用が推奨されている非婦人科検体用の細胞保存液であるBDサイトリッチTMレッド保存液5),6)(日本ベクトン・ディッキンソン株式会社;BD社)を用いる方法(以下サイトリッチ・レッド法)は,液状化検体細胞診(liquid-based cytology; LBC)法の一つであり,その細胞塗沫機序は婦人科検体用のシュアパス法7),8)(BD社)と同様で,標本作製に時間が必要であるものの,採取検体をスライドガラスに直接塗抹する標本作製方法(従来法)と比較して,収集した細胞(陰性に荷電)を重力沈降させ,専用スライドガラス(陽性に荷電)と電気的に吸着させることで,細胞の剥離や重畳の少ない塗沫標本を作製できるため,術中迅速細胞診での利用が期待される。

そこで今回我々は,サイトリッチ・レッド法による術中迅速細胞診において,標本作製時間の短縮を目的に,重力沈降時間と細胞塗沫量の関連性を検証したので報告する。

II  対象と方法

1. 対象

2016年11月から2017年1月末までに,術中迅速細胞診の検査依頼があった体腔液検体28症例を対象とした。その内訳は,胸腔洗浄液8例,腹腔洗浄液20例であった。

2. 細胞診標本作製方法

1) 迅速標本作製

(1)体腔液検体を,1,000 Gで3分間遠心沈殿後,上清を除去し細胞沈渣を収集する。

(2)得られた細胞沈渣全量(上限500 μL)にBDサイトリッチTMレッド保存液5 mLを加え,よく混和する。

(3)1,000 Gで3分間遠心沈殿後,上清を除去する。

(4)得られた細胞沈渣全量に精製水1.5 mLを混和し,細胞浮遊液を作製する。

(5)セットリングチャンバーを装着した4枚のプレコートスライドを用意し,それぞれに細胞浮遊液300 μLを分注する。

(6)一定時間(1分,3分,5分,および対照としてBD社推奨時間の10分)静置(重力沈降)後,上清を除去し95~100%エタノールで洗浄する。

(7)プレコートスライドからセットリングチャンバーを取り外す。

(8)プレコートスライドを95%エタノールに入れ,直ちに迅速パパニコロウ染色を行う。

2) 迅速パパニコロウ染色

(1)95%アルコール(数秒)[固定]

(2)流水水洗(数秒)

(3)ヘマトキシリン(1分)[核染色]

(4)流水水洗(数秒)

(5)1%塩酸70%アルコール(数秒)[分別]

(6)流水水洗(数秒)

(7)60℃のお湯で20~30秒 [色だし]

(8)95%アルコール(数秒・2槽)

(9)OG-6(1分)[細胞質染色]

(10)95%アルコール(数秒・2槽)

(11)EA-50(1分)[細胞質染色]

(12)100%アルコール(数秒・8槽)[脱水]

(13)代替キシレン(数秒・4槽)[透徹]

(14)封入(非水溶性封入剤)

3. 検討方法

1)作製した迅速パパニコロウ染色標本の上下左右4視野を無作為に選び,対物4倍で画像撮影した。

2)得られた4視野の画像から各視野の細胞塗沫量を求め,1視野あたりの平均細胞塗沫量(以下細胞量)を算出した。

3)細胞塗沫量は,画像編集ソフトウェアAdobe Photoshop® 7.0日本語版(アドビシステムズ株式会社)を用いて撮影画像(1,280 × 1,024 px)を二諧調化し,輝度(濃度)ヒストグラムよりレベル0(黒色)のピクセル数(px)として求めた9)Figure 1)。

Figure 1 

画像編集ソフトウェアを用いた細胞塗沫量の算出と輝度(濃度)ヒストグラム

撮影画像を二諧調化し,輝度(濃度)ヒストグラムよりレベル0(黒色)のピクセル数(px)として求めた。(上側:元画像とヒストグラム,下側:解析画像とヒストグラム,細胞多量群No. 14–10 min)

4)3)で求めた全対象(n = 28)の重力沈降時間1分における細胞量から四分位数を求め,以下(1)~(3)の3群に分けた(Figure 2)。

Figure 2 

各群の重力沈降時間と標本画像

全対象(n = 28)の重力沈降時間1分における細胞量をもとに,細胞少量群,細胞中間群,細胞多量群の3群に分けた。

(1)第1四分位数未満:細胞少量群(n = 7)

(2)第1四分位数以上,第3四分位数未満:細胞中間群(n = 14)

(3)第3四分位数以上:細胞多量群(n = 7)

5)各群の細胞量の変化を,統計解析により比較した。

6)統計処理には,SPSS Statistics 23(日本アイ・ビー・エム株式会社)を用い,「フリードマンの検定と多重比較」を行った10),11)p値が0.05未満を統計的に有意とみなした。

7)さらに,各群の10分における細胞量を100%とし,各時間(1分,3分,5分)の細胞量ごとに相対値を算出した。

4. 倫理的配慮

本研究は愛媛県立新居浜病院倫理委員会の承認を得ている(No. NH-20161020-004,2016年10月27日)。

III  結果

1. 細胞少量群の重力沈降時間と細胞量の比較(Figure 3, 4
Figure 3 

各群の重力沈降時間と細胞量の比較

細胞少量群,細胞多量群では,1分は10分と比較して有意に細胞量が低値を示した(*p < 0.05)。

細胞中間群では,1分は3分,5分および10分と比較して有意に細胞量が低値を示した(*p < 0.05)。

Figure 4 

各群の重力沈降時間と相対値の比較

細胞少量群,細胞多量群では,3分以降に相対値の漸減を認めた。

細胞中間群では,5分以降に相対値の漸減を認めた。

細胞量は,1分では5,035 ± 1,669 px,3分では10,210 ± 4,623 px,5分では10,637 ± 4,367 px,10分では13,359 ± 4,131 pxであり,経時的に細胞量の増加を認め,1分は10分と比較して,有意に細胞量が低値を示した。また,10分との相対値は,1分では38%,3分では76%,5分では80%であった。

2. 細胞中間群の重力沈降時間と細胞量の比較(Figure 3, 4

細胞量は,1分では33,169 ± 19,363 px,3分では57,973 ± 24,894 px,5分では67,651 ± 32,052 px,10分では73,754 ± 37,097 pxであり,経時的に細胞量の増加を認め,1分は3分,5分,10分と比較して,有意に細胞量が低値を示した。また,10分との相対値は,1分では45%,3分では79%,5分では92%であった。

3. 細胞多量群の重力沈降時間と細胞量の比較(Figure 3, 4

細胞量は,1分では184,851 ± 108,626 px,3分では248,170 ± 89,976 px,5分では260,312 ± 77,169 px,10分では292,345 ± 71,952 pxであり,経時的に細胞量の増加を認め,1分は10分と比較して,有意に細胞量が低値を示した。また,10分との相対値は,1分では63%,3分では85%,5分では89%であった。

IV  考察

サイトリッチ・レッド法による術中迅速細胞診では,重力沈降時間の経過とともに細胞塗沫量も変化するため,標本作製時間を短縮するためには,最適な重力沈降時間を明らかにすることが重要である。そこで各群の重力沈降時間と細胞量を比較した結果,すべての群で1分は10分と比較して有意に細胞量が低値を示し,細胞中間群では1分は3分および5分と比較しても有意に細胞量が低値を示した。また細胞少量群と細胞多量群の細胞塗沫過程では,3分以降に相対値の漸減を認めており,その理由として採取細胞量の絶対数が少ない細胞少量群では,3分までに多くの細胞がプレコートスライドに塗沫されるため,3分以降は細胞浮遊液中に残存する細胞が不足していたと考えられた。これに対して採取細胞量の絶対数が多い細胞多量群では,細胞浮遊液中に過剰に存在する細胞によって3分までにプレコートスライドの細胞塗沫面が飽和し,その後の洗浄過程で細胞浮遊液中に残存する多くの細胞は破棄されたと考えられた。しかしながら細胞中間群の細胞塗沫過程では,細胞少量群や細胞多量群と比較して残存細胞の不足や細胞塗沫面の飽和が顕著でなく,その結果相対値の漸減が5分以降になったと考えられた。自然重力を用いる重力沈降法では,溶液中を沈降する細胞には下向きの重力と上向きの抵抗力および浮力が作用し,その沈降速度は沈降開始直後に加速するが,しだいに下向きの力と上向きの力が釣り合うことで等速運動に移行することが知られている12)。このことは,細胞浮遊液を分注して3分後にすべての群の相対値が70%以上を示し,それ以降相対値の増加が緩やかになった今回の結果とも合致している。さらに細胞中間群と細胞多量群では,5分での相対値が90%前後を示していることから,3分から5分の間に細胞の塗沫がほぼ完了していると考えられた。また,LBC法ではこれまでにも検体中の血液や粘液,蛋白濃度が細胞塗沫量に影響を与えることが報告されており,川西ら13)は,培養細胞を用いて,BD社が製造販売する3種類の細胞保存液の溶血能力と蛋白凝集抑制作用の検討を行い,BDサイトリッチTMレッド保存液と比較して,BDサイトリッチTMブルー保存液とBDシュアパスTMバイアルは,目的とする細胞の塗沫量が十分でないと述べている。また,佐伯ら14)は,自然尿を用いて,サイトリッチ・レッド法とBDサイトリッチTMブルー保存液を使用した2回遠心法との比較において,尿蛋白陽性材料では陽性強度による上皮細胞数の影響は見られないが,肉眼的血尿を含む潜血陽性材料では2回遠心法はサイトリッチ・レッド法に対して有意に上皮細胞数が少なかったと述べている。これらのことからも,生理的食塩水が含まれる体腔洗浄液検体では,蛋白濃度は低いものの,血液の混入する可能性が十分に考えられるため,赤血球由来成分による細胞塗沫への影響が少ない細胞保存液を選択することが重要である。今回,体腔液検体の術中迅速細胞診を対象に,サイトリッチ・レッド法による重力沈降時間と細胞塗沫量の関連性を比較検討した結果,採取細胞量の多寡にかかわらず,対照の10分に対して細胞塗沫量に有意差の見られない最短の重力沈降時間は 3分で,相対値は70%以上になることが明らかとなった。

V  結語

サイトリッチ・レッド法を用いた術中迅速細胞診では,標本作製時間を短縮するために,重力沈降時間に対する細胞塗沫量の経時変化を理解することが重要であり,従来法と比較して採取細胞の回収率が高く,残余検体の活用もできるため,有用性が高いと考える。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

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