2018 Volume 67 Issue 4 Pages 475-481
フィブリノゲンは主要な血漿蛋白であり,その減少はDICや血栓症などの危険因子となる。一方,炎症性疾患や悪性腫瘍などで増加するため,急性期反応物質としても測定されている。血液凝固検査では患者の血漿と試薬の混合で起こる凝固カスケード反応において,トロンビンにより切断されたフィブリノゲンが次々と重合しフィブリンポリマーの分子量が逐次増大する。光散乱は測定波長に対する粒子径や分子量の大きさにより散乱角度や強度が決まり,その増大は散乱光強度変化で計測できる。そのため,血液凝固反応過程を光散乱強度変化により計測することが可能となる.この反応過程の終末点の散乱光強度はフィブリノゲン濃度を表すので,この方法はPT-drived法としてのフィブリノゲン濃度の測定に使用されている。しかし,凝固の終わり付近の散乱光はゆっくりと増加し上下変化するので,凝固終了時の正確な散乱光強度を測定することは困難である。我々は血液凝固自動分析装置CP3000のS状のシグモイド曲線を示す凝固反応プロファイルをGompertz成長曲線で近似し,数理法によるフィブリノゲン濃度の推測を試みた。PT,APTTにおける本法とClauss法によるフィブリノゲン濃度を比較したところ,相関係数は0.962以上であった。よって我々は本法にてフィブリノゲン濃度が推定できると考えた。
フィブリノゲンは,約80%が血中に,約20%が組織液中に存在する血漿蛋白であり,DICおよび出血性疾患の危険因子である。その主な機能はフィブリン血栓を形成して出血部位を止血することであるが,血小板血栓の形成にも関与している。また,炎症性疾患や悪性腫瘍などで増加するため,急性期反応物質としても測定されている1),2)。
フィブリノゲンの測定にはトロンビン時間法(Clauss法),免疫比濁法,免疫拡散法,重量法などの様々な方法があり,現在,自動分析装置において適用性のあるClauss法が広く利用されている。プロトロンビン時間や活性化部分トロンボプラスチン時間などの凝固検査においても,患者血漿と試薬の反応によって生成されたトロンビンがフィブリノゲンをフィブリンに変化させる反応過程から凝固時間を求める凝固時間法が使用され,自動分析装置にて利用されている3),4)。プロトロンビン時間などの凝固検査はClauss法とは別の測定系であるが,凝固反応過程で得られるプロファイルの吸光度は検体のフィブリノゲン濃度を反映することから,そのプロファイルの解析からフィブリノゲン濃度を求めることもできる。この手法はPT-drive法(PT-d法)として,一部の自動分析装置において試みられている5)~8)。しかし,凝固終末付近の散乱光は緩やかに変動しながら増加するので終末点を特定することが困難であり,独自のアルゴリズムが必要となる。
我々はこれまでにコアグレックス800において,プロトロンビン時間の凝固プロファイルを数理法にて解析し,フィブリノゲン濃度を推定する試みを行ってきたが9),今回我々は,血液凝固自動分析装置CP3000(CP3000)を用いて,測定された凝固反応過程プロファイルを数理法にて解析し,プロトロンビン時間(PT)のみならず活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)においても,求めた最終凝固点の散乱光値からフィブリノゲン濃度の推定を試みたので報告する。
日本医科大学武蔵小杉病院にて血液凝固検査の依頼があった入院・外来患者の血液凝固反応過程プロファイルを解析に使用した。なお,本研究は本院倫理委員会の承認を得ている。
2. 測定機器および試薬測定機器は血液凝固自動分析装置CP3000(CP3000:積水メディカル)を使用し,測定試薬はコアグピアPT-N(積水メディカル),トロンボチェックAPTT-SLA(シスメックス),コアグピアFbg(積水メディカル)を使用した。
3. CP3000による凝固時間の測定方法光散乱は光の波長に対して粒子径が小さい場合はレイリー散乱が生じ,前方と後方の散乱強度はほぼ同程度の等方散乱になる。一方,粒子径が大きい場合はミー散乱が生じ,前方散乱が後方散乱より大きくなり,散乱光強度の角度分布は条件によって大きく異なる10)。血液凝固系は均一粒子系の光散乱とは異なり複雑系の光散乱である。凝固因子によって起こる凝固カスケード反応において(Figure 1),トロンビンによって切断されたフィブリノゲンが次々と重合し,逐次増大する分子量や粒径の光散乱強度変化を計測する11)。
Outline of the coagulation cascade reaction
Many blood coagulation tests determine the coagulation time from the analysis of the reaction process at the final stage of the coagulation cascade reaction.
CP3000では各試薬と検体の混合で起こる凝固反応過程を散乱光で計測している(Table 1)。波長が660 nmの高輝度発光ダイオード(LED)を光源に用い,透過光の影響を避けるために入射光軸に対して90°の側方散乱光を計測し,ブラウン運動による揺らぎのある散乱光値からスムージング処理した復元凝固プロファイルを作成している11),12)。散乱光値は一定値に収束すること無く変化するため,CP3000では凝固時間の演算は復元凝固プロファイルを一定時間ごとに積算し,隣り合う積算値の割合が一定値となった時点を凝固終了点として求め,この終了点から所定比率の時間を凝固時間(Sec)として算出している(Figure 2)。日常で遭遇する凝固曲線の反応時間および散乱光の高さは様々な形態を示し,凝固プロファイル曲線の高さは検体中のフィブリノゲン濃度に関係する。凝固時間と散乱光値は直接関係しないため,散乱光の高さがほぼ同じでも凝固時間が異なる検体,逆に凝固時間が同じでも散乱光の高さが異なる検体が存在する(Figure 3)。
Sample (μL) |
R1 (μL) |
R2 (μL) |
Total (μL) |
Sample Ratio (%) |
|
---|---|---|---|---|---|
PT | 50 | 100 | — | 150 | 33.3 |
APTT | 50 | 50 | 50 | 150 | 33.3 |
Total (μ/L): Sample + Reagent 1 + Reagent 2
Sample ratio (%): Sample/Total
Characteristic of the coagulation reaction curve by CP3000
This figure shows how to calculate the coagulation time of PT by CP 3000. The coagulation time of APTT is also calculated in the same method as PT. CP3000 prepares a restoration coagulation profile by smoothing the measured scattered light data. This restoration coagulation profile is integrated at regular time intervals. The coagulation end point is the point where the ratio of the adjacent integrated value becomes a constant value.
Relations of coagulation time and the scattered light intensity in PT and APTT
(A); PT scattered light intensities expressing fibrinogen concentration are almost same, but coagulation times are different. (scattered light intensity; ◇ 4,213, ○ 4,243, △ 4,183, × 4,245 coagulation time (sec); ◇ 12.5, ○ 13.9, △ 15.6, × 17.3). (B); APTT scattered light intensities expressing fibrinogen concentration are almost same, but coagulation times are different. (scattered light intensity; ◇ 5,412, ○ 5,451, △ 5,602, × 5,554 coagulation time (sec); ◇ 18.1, ○ 24.1, △ 29.1, × 37.2). (C); PT coagulation times are same, but scattered light intensities expressing fibrinogen concentration are different. (scattered light intensity; ◇ 7,746, ○ 5,653, △ 5,157, × 2,815 coagulation time (sec); ◇ 13.0, ○ 13.0, △ 13.0, × 13.0). (D); APTT coagulation times are same, but scattered light intensities expressing fibrinogen concentration are different. (scattered light intensity; ◇ 13,412, ○ 9,974, △ 7,230, × 5,355 coagulation time (sec); ◇ 27.1, ○ 27.1, △ 27.1, × 27.1).
CP3000にて測定した様々な形態を示す血液凝固反応過程プロファイルをシグモイド曲線の一種であるゴンペルツ曲線にて近似し,数理法にてフィブリノゲン濃度を推定した。ゴンペルツ曲線はある都市の10年毎の死亡減少が等比級数的変化を示すことから1825年にGompertzによって理論化された曲線であるが13),生物学的成長モデルとして1926年に遺伝学者Wrightによって提案され14),ゴンペルツ成長曲線として現在利用されている。Gompertzの基本式は下式(1)にて一般的に知られている。
(1) |
定数a,bはそれぞれ曲線の位置,傾斜の大きさを表し,Kは最大値を表す15)。
(1)式の最大値はx = +∞のときに得られ,凝固プロファイルを(1)式にて近似したときの最大値(K値)が凝固最終点の散乱光値となりフィブリノゲン濃度を表す。
2. 数理法とClauss法による比較入院および外来患者の3.2%クエン酸加血漿を用い,(1)式より求めたK値とClauss法によるフィブリノゲン濃度とを比較した。
凝固反応過程プロファイルのゴンペルツ成長曲線での近似は全散乱光値よりも後半の散乱光値を用いて求める近似式がより最終凝固点の散乱光値を表すことが報告されている9)。今回の検討においても,凝固プロファイル後半の散乱光値を用いて近似式を求め,良好な結果が得られた(Figure 4)。
Approximation of the coagulation curve by Gompertz growth curve
This figure shows the Gompertz growth curve superimposed on the coagulation profile of PT and APTT. The Gompertz growth curve was calculated using the scattering light intensity in the latter half. The coagulation profile curve showing various forms could be approximated by Gompertz growth curve.
(1)式にて数理法で求めたK値とClauss法によるフィブリノゲン濃度の比較において,PTでは相関係数r = 0.962,回帰式y = 0.006x2 + 11.18x + 109.73,APTTでは相関係数r = 0.977,回帰式y = 24.15x + 79.72であった(Figure 5)。
Correlation of fibrinogen concentration by clauss method and the maximum of Gompertz growth curve
This figure show a comparison between fibrinogen and K value of each item. In PT, as the sample of low value diverged in the primary regression, it was indicated by the secondary regression.
血液凝固検査の検体と試薬の混合にて起こるフィブリン析出過程を血漿流動の力学的変化や白濁化過程の光学的変化にて解析して凝固時間を求めており,光学的変化では透過光強度変化と散乱光強度変化が用いられている12)。今回検討したCP3000はコアグレックス800同様に散乱光強度の変化にて測定し,その凝固反応プロファイル曲線はS状のシグモイド曲線を示すが,血液凝固検査では測定原理が同じでも測定機器や試薬が異なれば,凝固の捉え方や試薬組成による感度および特異性の違いから同じ結果が得られるとは限らない12)。そこで,異なる機器,試薬による凝固反応プロファイル曲線に対して数理法による解析の有効性を確認し,求めた最終凝固点の散乱光値よりフィブリノゲン濃度の推定を試みる検討を行った。
シグモイド曲線の解析にはロジスティック曲線,累積正規分布曲線,ゴンペルツ曲線などを用いるが,その利用には目的によって使い分ける必要がある。高橋ら16)はフィブリン析出シミュレーションにロジスティック曲線を用いているが,日常検査の凝固プロファイル曲線は様々な形状を示すことから,左右対称を必要とせずに比較的適用範囲が広いゴンペルツ成長曲線を今回の検討に使用した15)。ゴンペルツ成長曲線は人口減少変化のみならず生物の成長や経年変化,システムテストにおける開始・終了時期の解析にも利用されており,医学領域においても利用されている17)。
最終散乱光強度は検体中のフィブリノゲン量に依存するが,PTおよびAPTTの反応溶液総量に対するサンプル量比率は同じであるにもかかわらず最終散乱光強度は必ずしも一致していない。血液凝固過程は反応が進むと分子量が増大するので散乱光は変化する。その際,フィブリン量が多く,絡み合いが複雑であればその変化はさらに大きくなり,凝固検出がより正確になる。また,重合反応はpH・電気伝導度・浸透圧などの反応環境で変化する18)。そのため,デキストランなどの高分子物質と絡み合わせることで散乱光の変化量を増大させ,重合反応を促進させるように反応溶液の環境を適正にする物質が各試薬に含有されている18),19)。PTおよびAPTTにおける散乱光強度の差は各試薬組成による反応性の違いによると推察できる。
フィブリノゲンとK値の比較において,PTの一次回帰では低値において乖離する検体が見られたが,二次回帰では良好な結果が得られた。フィブリノゲン低値検体ではフィブリノゲン量が少ないため,重合反応の時間延長やフィブリン塊の形成不足により,検出感度が不十分となり誤差を招きやすいことが知られている20)。フィブリノゲン低値検体はフィブリン形成に伴う分子量の変化が小さく,散乱光値がフィブリノゲン量を正しく反映しないためと思われる。しかしながら,コアグレックス800を用いたトロンボチェックPTプラスによる検討では一次回帰は良好な結果であることから9),機器と試薬の組み合わせによる低域における感度の違いとも考えられる。
今回の検討において,乳び検体はClauss法と大きな乖離を示す検体は無かった。しかし,散乱光による測定ではその影響が指摘され,干渉チェックやイントラポリスなどの脂肪乳剤を用いた検討が行われている20),21)。光散乱測定では,測定精度や感度の向上のために,すべての散乱光から目的とする散乱光のみをできるだけ多く検出する必要があり,原点補正などで乳びやノイズなどによる影響を取り除いている22)。また,レーザーを光源とする散乱光の検討において高濁度の検体ほど後方の低角度域ヘピークがシフトする傾向があると指摘している22)。散乱光への影響を完全に取り除くことは困難であるため注意が必要であると思われた。乳びの原因となる主なリポ蛋白において最も大きいカイロミクロンの直径は80~500 nmであるが23),干渉チェックにおいては約2 μm,イントラポリスなどの脂肪乳剤では約10 μm以上の粒子も含まれる24)。光散乱は測定波長に対する粒子径の大きさにより散乱角度や強度が決まるため,干渉チェックやイントラポリスなどによる影響は実際の乳び検体とは異なる可能性がある。今後,粒子径を考慮した検討が必要であると思われる。
日常業務において,フィブリノゲン測定はClauss法が多くの施設にて行われており,PT-d法は一部の機器のみで使用されている5)。現状において,フィブリノゲン標準化の最大の問題点は標準物質の作製と国際的な認知と考えられている25),26)。今回検討した各試薬には専用キャリブレータが無いため,フィブリノゲン値を直接求めることは困難であるが,回帰式より求めた換算式からフィブリノゲン値を推定することは可能であると思われる27)。反応曲線解析は凝固分野ではDICなどに利用されることもあるが28),生化学検査分野においては異常データや異常反応などを検出する試みが検討されている29)。凝固プロファイル曲線の高さは血漿中のフィブリノゲン濃度を表し,直線性も良好である9)。また,項目間での凝固プロファイル曲線の高さは相関することが報告されている30)。K値とフィブリノゲン濃度や項目間におけるK値の比較から,適切なサンプリングの確認手段としての利用が期待できるが,その利用法については今後の課題であると思われる。
CP3000より求めた凝固プロファイル曲線はゴンペルツ成長曲線で表すことが可能である。また,求めた最終凝固散乱光値はClauss法にて測定したフィブリノゲン値と良好な相関関係が得られ,フィブリノゲン値を推定することは十分に可能であると思われた。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。