2018 Volume 67 Issue 4 Pages 519-523
LBC法の一つであるBDシュアパス(シュアパス-LBC)法は3種類(婦人科用;Gyne,非婦人科用;Red,Blue)の保存液があり,成分がそれぞれ異なっているため,免疫細胞化学染色(免疫染色)において,抗原保持能力の差異が予測される。シュアパス-LBC標本を用いた免疫染色の適正な運用のためにも,各保存液での経時的な抗原保持能力を明らかにすることとした。方法は肺腺癌での胸水4症例の細胞沈渣を用い,それぞれの固定保存期間(1時間,1週間,1ヶ月,3ヶ月)終了後,核内発現する4種類の抗体(Ki67, p53, Cyclin A, MCM7)での免疫染色を実施し,陽性率および1時間を基準とした相対比率を算出した。その結果,次のことが明らかになった。①各保存液での各抗体において,経時に従い陽性率の減少を認めるものの,一定の相関や傾向を認めなかった。②各保存液は成分が異なるにもかかわらず,経時による抗原保持能力に明らかな差異を認めなかった。③抗体の種類によっては保存期間1週間ですでに3割もの陽性率の低下をみとめ,陽性率の判定結果が正確でなくなる可能性が示唆された。④今後,使用するマーカーの種類や細胞保存方法・期間等,さらなる諸条件の追加検討が必要である。
液状化検体細胞診(liquid-based cytology; LBC)法は複数枚の標本が作製可能なため,免疫細胞化学染色(免疫染色)の利用が多くの施設でなされている。われわれも子宮内膜細胞診判定において,LBC法の一つであるBDシュアパスTM(シュアパス-LBC)法(日本ベクトン・ディッキンソン社)を使用し,細胞形態に免疫染色を加味した判定を行っている1),2)。
しかしながら,シュアパス-LBC法で用いられる細胞固定保存液(保存液)には,婦人科用のBDシュアパスTMバイアル(Gyne)と非婦人科用のBDサイトリッチTM Red(Red)およびBDサイトリッチTM Blue(Blue)の3種類が存在し,その成分は各々で異なっている3)ため,免疫染色において,使用する保存液の種類に応じて抗原保持能力に差異を認める可能性が予測される。
そこでわれわれは,日常業務でのシュアパス-LBC法における免疫染色の適正な運用のためにも,各保存液の経時的な抗原保持能力を明らかにすることが重要と考え,検討を行い若干の知見を得たので報告する。
2015年1月から2015年4月の間に,三原市医師会病院にて検査依頼のあった体腔液症例のうち,細胞沈渣量が500 μL以上確保できた肺腺癌での胸水4症例である。
2. 標本作製方法1)3種類の保存液(Gyne, Red, Blue)について,それぞれの細胞保存期間毎に10 mL用意し,各症例での細胞沈渣100 μLを加え,数回転倒混和した後に室温にて固定保存した。保存期間は1時間(1H),1週間(1W),1ヶ月(1M),3ヶ月(3M)とし,それぞれの時間経過後,800 gで10分間遠心沈殿後に上清を除去して細胞沈渣を得た。
2)得られた細胞沈渣をシュアパス-LBC法にて標本作製した。標本作製手順は,細胞沈渣に精製水3 mLを混和して作製した細胞浮遊液500 μLをスライドガラス上の専用チャンバー内に分注し,標本を5枚作製した。塗抹標本は95%エタノールで直ちに固定を10分間行った。
3. 免疫細胞化学染色抗体はKi67(clone:MIB-1 FLEX RTU希釈済み抗体,Dako社),Cyclin A(clone:6E6,希釈倍率:100倍,Leica Biosystems社),MCM7(Minichromosome maintenance protein7,clone:DCS-141.1,希釈倍率:200倍,Leica Biosystems社),p53(clone:DO-7,FLEX RTU希釈済み抗体,Dako社)を用いた。染色手順であるが,内因性ペルオキシダーゼ活性を阻止後,Cyclin Aはクエン酸緩衝液(PH6.0)を,Ki67,MCM7,p53はEDTA緩衝液(PH9.0)を使用し,抗原賦活(95℃,30分)を実施した。次に1次抗体を反応後(1時間,室温),ヒストファイン検出キット(ヒストファイン シンプルステインMAX-PO:ニチレイ社)によるポリマー法にて,インキュベート(室温,30分)した。その後,DABにて発色(ペルオキシダーゼ反応)し,標本はヘマトキシリンで対比染色し,脱水,透徹,封入した。
4. 検討方法免疫細胞化学染色の評価は,いずれの抗体も細胞核が茶色に染色された場合を陽性と判定し,かすかな染色や染色されない場合は陰性と判定した。標本毎に対物レンズ40倍視野で無作為に選択した10視野の細胞について,それぞれの陽性率を算出した。陽性率は陽性細胞核数/標本中の総核数とした。また,1Hの陽性率を1(基準)とし,1W,1M,3Mでの相対比率を算出した。
なお, 統計解析は「R」統計ソフトウェア(バージョン3.4.3,URL:http://www.r-project.org/index.html)を使用し,Steel-Dwass testにより分析した。p値が0.05未満を統計的に有意とみなした。
5. 倫理的配慮本研究は三原市医師会病院の臨床研究倫理審査委員会の審査・承認を得ている(平成26年6月5日,No. 260602)。
各保存液における各保存期間での陽性率と相対比率をTable 1に示す。
細胞固定保存液 | ||||||
---|---|---|---|---|---|---|
Gyne | Red | Blue | ||||
Ki67 | ||||||
1H | 70.8 ± 26.1 | a, b, c | 67.5 ± 24.1 | a, b, c | 69.1 ± 21.4 | c |
1W | 48.1 ± 21.7 | e | 46.1 ± 22.0e | e | 57.0 ± 21.9 | |
1M | 35.7 ± 21.7 | 38.8 ± 23.8 | 53.5 ± 21.7 | |||
3M | 20.8 ± 19.1 | 21.5 ± 21.7 | 46.1 ± 23.1 | |||
p53 | ||||||
1H | 80.5 ± 18.3 | b, c | 76.7 ± 22.4 | b, c | 67.8 ± 19.8 | c |
1W | 74.2 ± 22.4 | e | 63.5 ± 32.1 | e | 62.1 ± 22.2 | e |
1M | 60.5 ± 25.1 | f | 51.3 ± 29.9 | f | 57.1 ± 12.6 | f |
3M | 3.5 ± 6.6 | 25.1 ± 28.4 | 21.1 ± 22.5 | |||
Cyclin A | ||||||
1H | 36.1 ± 22.4 | b, c | 32.6 ± 18.0 | 26.7 ± 16.8 | ||
1W | 24.1 ± 14.4 | 23.4 ± 13.4 | 25.2 ± 11.6 | |||
1M | 21.2 ± 12.3 | 22.1 ± 14.1 | 22.9 ± 11.9 | |||
3M | 15.6 ± 11.9 | 19.1 ± 15.9 | 16.9 ± 12.7 | |||
MCM7 | ||||||
1H | 79.6 ± 21.8 | b, c | 78.8 ± 20.5 | a, b, c | 77.0 ± 25.7 | b, c |
1W | 62.0 ± 23.8 | e | 51.4 ± 27.1 | 59.6 ± 25.5 | e | |
1M | 43.9 ± 24.5 | 41.5 ± 27.3 | 48.5 ± 25.2 | |||
3M | 29.0 ± 23.6 | 31.2 ± 26.7 | 36.1 ± 30.7 |
Steel-Dwass test p < 0.05
a;1Hは1Wとの間において有意差あり
b;1Hは1Mとの間において有意差あり
c;1Hは3Mとの間において有意差あり
d;1Wは1Mとの間において有意差あり
e;1Wは3Mとの間において有意差あり
f;1Mは3Mとの間において有意差あり
(1H;1時間,1W;1週間,1M;1ヶ月,3M;3ヶ月)
全ての保存液で経時に従い陽性率の減少を認めた。GyneおよびRedにおいて1Hは1W,1M,3Mよりも,また,1Wは3Mよりも有意に高値であった。Blueにおいて1Hは3Mよりも有意に高値であった。また,1Hの陽性率を基準として1とすると,Gyneの1Wの相対比率は0.68,1Mは0.50,3Mは0.29であった。同様にRedの1W は0.68,1Mは0.57,3Mは0.31,Blueの1Wは0.82,1Mは0.77,3Mは0.66であった。
2) p53全ての保存液で経時に従い陽性率の減少を認めた。GyneおよびRedにおいて1Hは1M,3Mよりも,また,1Wおよび1Mは3Mよりも有意に高値であった。Blueにおいて1H,1W,1Mは3Mよりも有意に高値であった。また,Gyneの1Wの相対比率は0.92,1Mは0.75,3Mは0.04であった。同様にRedの1Wは0.82,1Mは0.66,3Mは0.32,Blueの1Wは0.91,1Mは0.84,3Mは0.31であった。
3) Cyclin A全ての保存液で経時に従い陽性率の減少を認めた。Gyneにおいて 1Hは1M,3Mよりも有意に高値であった。RedおよびBlueにおいては各期間の間において,有意差を認めなかった。また,Gyneの1W相対比率は0.66,1Mは0.58,3Mは0.43であった。同様にRedの1Wは0.69,1Mは0.67,3Mは0.57,Blueの1Wは0.94,1Mは0.85,3Mは0.63であった。
4) MCM7全ての保存液で経時に従い陽性率の減少を認めた。GyneおよびBlueにおいて1Hは1M,3Mよりも,また1Wは3Mよりも有意に高値であった。Redにおいて 1Hは1W,1M,3Mよりも有意に高値であった。また,Gyneの1W相対比率は0.78,1Mは0.55,3Mは0.36であった。同様にRedの1Wは0.65,1Mは0.53,3Mは0.39,Blueの1Wは0.77,1Mは0.63,3Mは0.46であった。
最近,種々の病変での判定のため,シュアパス-LBC法標本を使用した免疫染色が多くの施設で利用されている。シュアパス-LBC法での各保存液の成分および作用として,Gyneはエタノール(21.7%)とメタノール(1.2%),イソプロパノール(1.1%),ホルムアルデヒド(約0.08%)等を含み,Redはイソプロパノール(23.3%)とメタノール(10.0%),ホルムアルデヒド(0.4%)等から成り,両者ともに溶血作用とタンパク凝集抑制作用を有する。一方,Blueはエタノール(44.0%)とメタノール(5.0%)等から成り,溶血作用とタンパク凝集抑制作用は有さない3)。
日常業務におけるLBC標本での免疫染色は細胞形態判定から通常,固定後1週間以内にはバイアルの残余検体から標本作製され,実施されるが,場合によっては固定保存後数週後,さらに数ヶ月経た残余検体を使用することもあると思われる。また,各保存液の製品安全性はGyneとRedが1ヶ月,Blueは2週間である。そのため,各保存液の成分の違いは,経時的な抗原保持能力に影響することが予測された。われわれは,日常業務でのシュアパス-LBC法における免疫染色の適正な運用のためにも,各保存液の経時的な抗原保持能力を明らかにすることは重要と考え,核内抗原である Ki67,p53,Cyclin AおよびMCM7を用い,検討を行った。上述の4種類の抗体はいずれも核内で発現するタンパク質であり,陽性部位の検出が容易であるとともに,陽性率等が計測し易い利点がある4)。
検討の結果,Ki67の陽性率(Table 1)において,GyneとRedでは1Mおよび3Mは1Wよりもそれぞれ有意に陽性率の減少を認めたが,Blueは1W,1Mおよび3Mの間でそれぞれ有意な減少は見られなかった。p53において,全保存液の3Mは1Wおよび1Mよりも有意に陽性率の減少を認めた。Cyclin Aにおいて,全保存液の1W,1Mおよび3Mの間において,有意差を認めなかった。MCM7において,GyneとBlueでの3Mは1Wよりも有意に陽性率の減少を認めたが,Redは1W,1Mおよび3Mの間において,有意差を認めなかった。以上のことより,各保存液での各抗体において,経時に従い陽性率の減少を認めたものの,一定の相関や傾向は認めなかった。しかしながら,今回検討した抗体は,日常業務で使用している抗体のごく一部であり,さらなる追加検討が必要である。
各種LBC法の保存液を用いた免疫染色での経時的変化についての報告は少ない。石井ら5)は4種類のLBC保存液を用いた免疫染色において,15種類の抗体を使用し,最長保存期間8週間による染色性の経時的変化を検討した結果,安定した染色結果を得られた抗体もあったが,核内抗原であるERやTTF-1,Ki67では1週間目から明らかな染色性の減弱が見られたと報告している。一方,城戸ら6)はRed保存液で5℃にて最長6ヶ月間の保存における陽性率を検討した結果,6ヶ月保存ではp53は83%,TTF-1は75%と,核に局在する抗原は長期保存の場合でも比較的安定した結果が得られたと報告している。浅見ら7)はRed保存液で室温にて長期保存(3ヶ月,6ヶ月)した培養細胞での免疫染色の検討を行い,Ki67陽性率は3ヶ月で67.8%,6ヶ月で68.0%,また,p53は3ヶ月で69.8%,6ヶ月で70.8%と,良好であったと報告している。上述の報告からもわれわれの検討結果と同様,一定の傾向がみられず,保存液や抗体による差異を認めた。
本検討においてわれわれは当初,Blueではアルコール濃度が約50%と,GyneやRed(約25%~35%)に比べて高濃度のため,固定作用がGyneやRedよりも強く,長期間の抗原性の保持が可能であると予測した。しかし保存期間3Mにおいて,Ki67でのBlueがGyneやRedよりも約2倍の陽性率を示したのみで,他の抗体ではBlue はGyneやRedとほぼ同様の結果であった。その理由について,GyneやRedではホルムアルデヒド(Red 0.4%, Gyne 0.08%)を微量であるが含有していることが考えられた。エタノール等の有機溶剤系固定液は蛋白質に親和している水とアルコールが置換され,蛋白質の立体構造が変化し細胞が凝固・ゲル化する凝固型固定液である。また,ホルマリン等のアルデヒド系固定液はタンパク質分子内および分子間でメチレン架橋を形成しタンパク質を安定化させる変性型固定液である8)。一般的にエタノール固定は,細胞表面マーカーや細胞骨格蛋白といった不溶性抗原の保持に適している。一方,細胞質・核内の可溶性蛋白は,エタノールによる脱水・脱脂固定の過程で溶出するため,アルデヒド系固定液が優れているとされている8),9)。したがって,GyneやRedではアルコールとホルムアルデヒドの相乗効果により,抗原性の減弱が防止され,Blueとほぼ同様の固定作用を呈したものと推測した。以上のことより,シュアパス-LBC法における3種の保存液では成分が異なるにもかかわらず,経時による抗原保持能力に明らかな差異を認めないことが明らかになった。
われわれは1Hの陽性率を1(基準)とし,1W,1M,3Mでの相対比率を算出した。その結果,保存期間1Wにおいて,GyneでのKi67とCyclin Aでは陽性率が7割以下に減弱していた。同様に,RedではKi67,Cyclin AおよびMCM7において陽性率が7割以下に減弱していた。Blueでは全ての抗体で陽性率が7割以上であった。このことは抗体の種類によっては保存期間1Wですでに3割もの陽性率の低下をみとめ,陽性率の判定結果が変わってくる(正確でなくなる)可能性を示唆していると考えられた。上述の結果を受けて,抗原性の長期保持には固定液保存の際の温度も重要と思われた。城戸ら6)はRed保存液を5℃で保存し,6ヶ月保存でも核抗原は比較的安定した結果が得られたと報告している。Sauer10)らはThinPrep-LBC保存液で作製した標本を−20℃と−74℃で3ヶ月から6ヶ月保存し,ERおよびPgRの免疫活性は不変であったと述べている。したがって,今後ますますの利用が予測されるシュアパス-LBC法における免疫染色の日常業務における運用のために,さらなる諸条件の追加検討が必要であると考える。
現在,本邦では数社からのLBC法があり,保存液の成分はメーカーによって異なる。本検討はLBC法の一種であるシュアパス法での保存液を用いたが,その結果からも,免疫染色の運用に際しては,保存液の特性を十分理解した上で,使用するマーカーの種類や細胞保存方法・期間などの条件設定を行うことが望まれる。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。