2019 Volume 68 Issue 4 Pages 794-799
症例は,82歳女性。2015年4月に前医にてIgG-κ型多発性骨髄腫と診断された。2017年10月,胃痛により前医受診したところ膵管内乳頭粘液腫瘍が疑われ当院紹介となった。患者血清は低温(4℃)のみならず,室温(22℃)でもクリオグロブリンを形成し,低温静置検体は顕微鏡下で,室温静置検体は顕微鏡下および目視で針状の結晶を認めた。クリオグロブリンは37℃で再溶解したが,結晶は42℃で再溶解した。種々の検討により,クリオグロブリンおよび結晶は,モノクローナルIgG-κ型で構成されていることがわかり,結晶はクリスタルクリオグロブリンと同定された。本症例では,現時点で明らかな症状は見られないが,今後寒冷暴露により呈する様々な症状に注意が必要と思われた。
The patient was an 82-year-old woman who had been diagnosed as having IgG-κ multiple myeloma by her previous doctor in April 2015. She was referred to our hospital because she was suspected of having intraductal papillary mucinous neoplasm when she visited her previous doctor owing to stomachache in October 2017. The patient’s serum formed cryoglobulins at room temperature (22℃) as well as at 4℃. Needlelike crystals were also observed under a light microscope for serum samples stored at 4℃, and they were observable with the naked eye for samples stored at room-temperature. Cryoglobulins were resolved at 37℃, and the crystals were resolved at 42℃. The crystals were of the monoclonal IgG-κ type, as determined by various examinations. The patient does not have apparent symptoms at present; however, it is suggested that we need to pay attention to various symptoms triggered by future cold exposure.
今回われわれは,多発性骨髄腫患者から通常と異なる特徴を持つ結晶性(クリスタル)クリオグロブリンを検出した。一般に,クリオグロブリンとは低温(4℃)で白色沈澱あるいはゲル化し,加温(37℃)で再び溶解する温度依存性蛋白である1)。クリオグロブリン血症は,腎障害や関節痛,紫斑といった種々の臨床症状を呈する疾患で,免疫グロブリンの組成から3つの型に分類される2)。われわれは,モノクローナルIgG-κ型で構成されたI型で,37℃でも再溶解しないクリスタルクリオグロブリンの症例を経験したので報告する。
患者:82歳,女性
主訴:貧血
現病歴:2015年4月に前医にてIgG-κ型多発性骨髄腫と診断され,前医通院中であった。2017年10月に胃痛により前医受診したところ膵管内乳頭粘液腫瘍が疑われ当院紹介となった。
生化学検査 | 血液一般検査 | ||
TP | 9.3 g/dL | WBC | 5.1 × 103/μL |
Alb | 3.9 g/dL | Stab | 1.0% |
A/G | 0.72 | Seg | 50.0% |
T-Bil | 0.3 mg/dL | Lymp | 37.0% |
AST | 27 U/L | Mono | 9.0% |
ALT | 9 U/L | Eos | 2.0% |
LD | 238 U/L | Baso | 1.0% |
ALP | 176 U/L | RBC | 3.14 × 106/μL |
γ-GT | 12 U/L | Hb | 8.0 g/dL |
AMY | 63 U/L | Hct | 25.3% |
β2-m | 4.2 mg/dL | MCV | 80.6 fL |
BUN | 16 mg/dL | MCH | 25.5 pg |
CRE | 1.2 mg/dL | MCHC | 31.6 g/dL |
eGFR | 33 mL/min/1.73 m2 | Plt | 27.5 × 104/μL |
UA | 4.2 mg/dL | Ret% | 12.0% |
Na | 134 mmol/L | ||
K | 3.1 mmol/L | 尿検査 | |
Cl | 101 mmol/L | pH | 5.5 |
Ca | 9.4 mg/dL | Protein | 1+ |
IP | 3.1 mg/dL | Glucose | − |
IgG | 3,700 mg/dL | Occ. Blood | ± |
IgA | 88 mg/dL | 尿沈渣 | |
IgM | 42 mg/dL | RBC | 1–4/HP |
C3 | 127 mg/dL | WBC | 1–4/HP |
C4 | 6 mg/dL | 扁平上皮 | 5–9/HP |
CH50 | < 12/mL | 移行上皮 | < 1/HP |
RF | < 10 U/mL | 尿細管上皮 | 10–19/HP |
CRP | 0.06 mg/dL | 硝子円柱 | 30–49/HP |
Free κchain | 23.5 mg/L | Bence Jones Protein | − |
Free λchain | 15.7 mg/L | ||
κ/λ比 | 1.50 | ||
HBsAg | − | ||
HCVAb | − | ||
CEA | 4.9 ng/mL | ||
CA19-9 | 19 U/mL | ||
Cryoglobulin | + |
生化学検査では総蛋白9.3 g/dLと高値,アルブミン3.9 g/dL,A/G 0.72と低値であった。肝機能障害は認めなかったが,クレアチニン1.20 mg/dL,eGFR 33 mL/min/1.73 m2と腎機能障害を認めた。HBs抗原,HCV抗体ともに陰性であった。腫瘍マーカーも基準値内であった。血液一般検査では,白血球数に異常は認めなかったが,赤血球数3.14 × 106/μL,Hb 8.0 g/dLと軽度低下を認めた。血液像では,赤血球奇形と連銭形成が見られた。尿所見は,尿蛋白1+,潜血±を認めた。尿中ベンスジョーンズ蛋白(Bence Jones protein; BJP)は,検出されなかった。血清の免疫グロブリンはIgG 3,700 mg/dL,IgA 88 mg/dL,IgM 42 mg/dLでIgGが高値を示した。腎機能低下の精査目的でクリオグロブリン検査を実施したところ,低温(4℃)のみならず室温(22℃)でも白色沈殿物が析出し,低温(4℃)静置検体は顕微鏡下で,室温(22℃)静置検体は顕微鏡下および目視で,針状の結晶を認めた(Figure 1, 2)。白色沈殿物は37℃で再溶解したが,結晶は37℃で再溶解せず42℃で再溶解した。白色沈殿物はクリオグロブリンであると判明し,結晶はクリスタルクリオグロブリンが考えられ,分析を行った。
針状の結晶成分が多数認められた。
針状の結晶成分が多数認められた。
クリオグロブリンの分析は,寒冷沈澱法にて行った。クリオグロブリンの組成を調べるため,血清蛋白分画,IgG,A,Mの定量,免疫電気泳動法,免疫固定法を行った。血清蛋白分画では,患者血清を37℃に加温して測定した結果と,クリオグロブリン析出後に冷却遠心した上清での結果を比較したところ,後者でγ位のM蛋白が著明な低下を認めた。IgGの定量値は4,497 mg/dLから2,137 mg/dLと著明な低下を認めたが,IgA,IgMに変化は見られなかった(Figure 3, 4)。免疫電気泳動法ではM-bowを認め,免疫固定法ではIgG-κ型のM蛋白が検出された(Figure 5)。以上の結果から,クリオグロブリンはIgG-κ型で構成されていると考えられた。
クリスタルクリオグロブリンの組成を調べるためにクリスタルクリオグロブリンの粗精製を行った。方法はJAMT技術教本シリーズ臨床免疫検査技術教本3)を参考に行った。室温(22℃)静置検体で結晶析出後,37℃で加温し遠心分離にて結晶の沈渣成分を得た(Figure 6)。この沈渣成分を1回洗浄後,PBSで20倍希釈し,42℃に加温して血清蛋白分画,免疫電気泳動法,免疫固定法を行った。血清蛋白分画では,γ位にM蛋白を認め,IgGが高値であった(Figure 7)。免疫電気泳動法では,M-bowを認め,免疫固定法では,IgG-κ型のM蛋白が検出された(Figure 8)。以上の結果から,クリスタルクリオグロブリンもIgG-κ型で構成されていると考えられた。
γ位にM蛋白を認めた。
本症例で認められたクリスタルクリオグロブリンは,顕微鏡下および目視で針状の結晶構造を呈した。また,通常のクリオグロブリンは37℃で溶解するのに対し,本症例のクリスタルクリオグロブリンは42℃で溶解するという非典型的な性質であった。多発性骨髄腫は,M蛋白が血中に出現し,様々な症状を呈する疾患とされている4)。また,M蛋白は寒冷暴露により糖鎖修飾を受けてまれに結晶化すると考えられている5)。本症例のクリスタルクリオグロブリンもIgG-κ型のM蛋白で構成されているが,どのような機序で結晶化したかは不明であり,詳しい分析が必要である。クリスタルクリオグロブリンは,一度結晶化してしまうと,人の体温では溶解せず体内に蓄積し,関節痛や紫斑,腎機能低下,さらには血管の物理的閉塞による全身症状を引き起こすとされている6)。本症例では腎機能の低下を認めているが,腎生検は行えておらず,その原因がクリオグロブリンやクリスタルクリオグロブリンによるものかは明らかではない。現時点で,関節痛や紫斑といった症状は認めないが,クリスタルクリオグロブリンの影響で下肢を切断した症例も報告されており6),今後の寒冷暴露による様々な症状に注意が必要と思われた。
本症例のように低温静置検体よりも室温静置検体で結晶化しやすく,42℃で溶解するクリスタルクリオグロブリンは,われわれが調べた範囲では報告がなかった。本症例で低温よりも室温で結晶化しやすかった要因として,患者ごとに結晶化の適正温度があることが考えられたが,今後のさらに詳しい分析,検討が必要である。
今回われわれは,クリスタルクリオグロブリンの症例を経験した。本症例のクリスタルクリオグロブリンは,低温及び室温で針状の結晶構造を呈し,42℃で溶解するという非典型的な性質であった。現時点で明らかな症状は見られないが,今後の寒冷暴露に注意が必要と思われた。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。