2020 Volume 69 Issue 2 Pages 224-228
採血に関連して様々な意見が検査部に寄せられる。このうち患者接遇に対する意見について,採血時の患者とのやりとりの客観的な記録がなく,スタッフの対応や採血手順などの検証が曖昧になることが多い。そのため,患者接遇や採血手技に関する採血者への適切なフィードバックが困難になる現状があった。そこで採血の手技や患者とのやりとりを記録することを目的に,中央採血室の採血台にネットワークカメラを設置し,採血時の映像および音声の記録を開始した。記録システムの構成ならびにその採血業務における活用について紹介する。我々は,採血台にネットワークカメラを設置し,デスクトップPCにて常時採血状況をモニタできるようにした。録音・録画データは約120日間保存可能とした。記録システムの導入により,患者と採血者のやりとり,スタッフの対応,また採血時の使用器具や穿刺箇所,採血手順などを客観的な記録をもとに確認することが可能となった。本システムにより採血時の状況が明確となり,患者接遇や採血手技に関する採血者への適切なフィードバックができるようになった。録音・録画データの活用は,患者接遇や採血手技の改善につながることが期待できる。
Our laboratory sometimes receives various complaints from outpatients regarding blood collection in the blood sampling room. However, there was no way of verifying such complaints without relying on memory. Therefore, it was difficult to provide feedback to our staff members. We set up network cameras in each booth allotted for blood sampling and began recording the venipuncture techniques and the approaches used in communicating between patients and staff members. In this report, we introduce the system and describe its configuration and practical uses. We monitored blood sampling on a desktop computer. The video data were stored on a network-attached storage for about 120 days. We developed the system to check the communications between patients and staff members, staff member’s manners, the instruments used, the site punctured, and the procedures followed in blood collection. This system helped us provide feedback to the staff members and improve their manners and techniques followed in blood sampling procedures.
近年,医療機関に対する患者ニーズは多様であり,医師による診察や治療だけでなく,医師以外の病院スタッフの対応も評価される1)。当院においても,採血に関連して様々な意見が検査部に寄せられる。このうち患者接遇に対する意見について,スタッフの対応が妥当であったのか,また採血が正しい手順で行われていたのかといったことを検証する必要がある場合,採血時の患者とのやりとりの客観的な記録がなく,患者や採血者の記憶に頼らざるを得ない。そのため,事態の詳細が曖昧になるケースがあり,採血者への適切なフィードバックが困難になる現状があった。そこで採血の手技や患者とのやりとりを記録することを目的に,中央採血室の採血台にネットワークカメラ(以下カメラ)を設置し,採血時の映像および音声の記録を開始した。今回,記録システムの構成ならびにその採血業務における活用について紹介する。
記録システムの構成図をFigure 1に示した。中央採血室にある全11台の採血台に,Power over Ethernet対応ネットワークカメラSNC-CX600(SONY社)を設置した(Figure 2)。カメラは患者の顔が映らないように設置して,患者のプライバシーを保護した。画質のビットレート1,000 kbps,記録フレームレート5 fps,音声コーデックG.711 64 kbpsの条件で記録した。録音・録画データは120日分のデータ量を保存可能なNetwork Attached Storage(2TBのディスク4枚分をRAID5で構成)に連続記録した。保存可能なデータ量を超えた場合,古いデータを自動で削除し,新しいデータを上書き保存した。採血台のリアルタイムな映像や記録した映像は情報管理室に設置した閲覧用デスクトップPCでNetwork VMS Smart Client(SONY社)を使って参照した(Figure 3)。データはNetwork VMS Smart Clientを用いて,採血台,日付,時間を選択して,音声付き動画データとしてエクスポートした。
録画・録音システム構成を図式化したもの
A:カメラの設置位置
B:カメラに映る映像
閲覧用デスクトップPCでリアルタイム表示した画面
採血時の映像および音声の記録を2018年4月から開始した。本システムの導入により,患者と採血者のやりとり,スタッフの対応,また採血時の使用器具や穿刺箇所,採血手順などを客観的な記録をもとに確認することが可能となった。
以前,採血者の言葉遣いが悪かった,対応が乱暴だったといった意見が寄せられた。これまでの運用方法では,その時の状況を採血者に確認するしかなく,言葉遣いや対応に気をつけるよう注意喚起するだけであった。システム導入の結果,採血時の状況を明確に把握することが可能となり,採血者の言葉遣いや対応はどうだったか,どういけなかったのか,どうすべきだったのかなど,より具体的にフィードバックできるようになった。
記録システムの導入により,採血の手技や患者とのやりとりの客観的な記録を残すことが可能となった。それにより採血時の状況が明確になり,より具体的に患者接遇や採血手技に関する採血者への適切なフィードバックができるようになった。例えば,スタッフの言葉遣いが悪いといった事例や,アルコールでかぶれる患者にアルコール消毒をしたといった不適切な対応に対して,記録をもとに採血時の状況を確認し,事例をスタッフで共有することで適切な患者対応に努めることが可能となった。また,採血手技では,記録をもとに個々の採血手順の見直しや注意喚起,リトレーニングを行うことで手技の改善といった効果が期待できる。
採血合併症発生時,特に末梢神経損傷を疑う事例が発生した場合には,採血時の状況を正確に把握することが重要である2)。穿刺部位はもちろんのこと,採血時に痛みや痺れの有無を確認したか,患者からその訴えがあった場合の採血者の対応はどうだったかなどの確認が必要となる。システム導入以前は,報告書にその時の状況を記録していたが,採血者の記憶に頼らざるを得ず,特に言った言ってないなどの患者との言葉のやりとりの詳細が曖昧になることがあった。このことから我々は,痛みや痺れなどの訴えがあった場合には記録データをDVDに保存し,客観的な記録を保持することにしている。これにより,後日訴えがあった場合でも採血時の状況を正確に把握することができるようになった。
また,本システムは,病院と検査部の信頼関係の構築にもつながると考える。採血に関連した意見は検査部だけでなく,病院の患者相談窓口に寄せられる場合もある。患者の訴えだけでは,病院側にとって検査部スタッフの業務態度が悪い方向に捉えられてしまうケースがある。しかし,記録があることで,正しい手順で採血が行われたのか,採血室での業務の様子を可視化することができるようになり,患者対応は妥当であったのかを立証することが可能となった。その記録を病院側に提示することで,検査部スタッフが適切な患者対応を行ったことを立証でき,病院との信頼関係が構築できると考える。
カメラによる録画・録音にあたり,個人情報を取得する場合は,個人情報保護法に基づく利用目的の通知・公表の対応を行う必要がある3)。採血室では,患者の安全確保と採血者の技術向上のため採血の様子を録画・録音している旨を掲示して,患者に周知することで対応している(Figure 4)。当院では患者が録画や録音を拒否した場合は,カメラを設置していないベッドにて採血することにしている。導入後17ヶ月が経過したが,拒否を申し出た事例はない。ベッドで採血した患者から意見があった場合やトラブルが起きた場合の対策としては,報告書に記録を残すことにしている。録画記録がないため,採血時の対応や患者との会話を詳細に記載し,後日訴えがあった場合でも対応できるようにする。
採血室に掲示し,採血時の様子を録画・録音している旨を患者に周知している。
また,患者だけでなく採血者が録画や録音を拒否する可能性も考えられる。その場合には,それが自身の手技の向上やトラブルの予防につながることを説明し,納得させることが重要だと考える。
本システムは患者接遇や採血手技の改善への活用が想定できるが,不適切事例発生時に録画記録を確認するのみで,患者からの意見の減少や,採血手技の改善につながったことが確認できていない。今後,録音・録画データから患者接遇や採血手技における不備を発見する方法を模索し,患者接遇の向上や採血手技の改善への応用に向けての検証を行う。
記録システムの導入により,採血の手技や患者とのやりとりの客観的な記録を残すことが可能となった。録音・録画データの活用は,採血者に対して採血業務に関するフィードバックを可能とし,患者接遇や採血手技の改善につながることが期待できる。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。