2020 Volume 69 Issue 3 Pages 360-365
【目的】リパーゼは急性膵炎診断における感度,特異度が非常に高く,臓器特異性に優れており,急性膵炎診断ガイドライン2015にて測定が推奨されている。近年,膵リパーゼに対して特異的に反応する合成基質1,2-o-dilauryl-rac-glycero-3-glutaric acid-(6-methyl-resorufin)-ester(DGGMR)を用いたリパーゼ測定試薬が開発された。「シグナスオートLIP」は,試薬ロット間差が少なく,分析装置内での試薬安定性が優れ,日常検査の省力化に有用だが,トリグリセライド(TG)の影響を受け負誤差になると報告された。我々は,TGがリパーゼ測定値に与える影響の程度及びその要因を明らかにすることを目的とし検討を行った。【方法】TGの影響を受けないリキテックリパーゼカラーIIと本法及びTG値の関係を検討した。次に脱脂処理前後のリパーゼ活性を測定し,その変化量とTG及び各脂質分画の関係を検討した。【結果】本法による脱脂処理前後のリパーゼ活性変化率とTG値は有意な負の相関を認め(r = −0.867, p ≤ 0.001),TG 400 mg/dL未満では負誤差15%以内であったが,TG 400 mg/dL以上では平均19%であった。VLDL-TG値と最も強い相関(r = −0.892, p ≤ 0.001)があり,カイロミクロン値も有意な相関を認めた。また,ルーチン検査においてリパーゼ測定依頼検体に高TG血症は少なかった。【考察】リポ蛋白の粒子径に起因した競争阻害が負誤差の要因として考えられた。また,臨床に影響を及ぼす検体は少ないと示唆されるが高TG血症,特に高VLDL,高カイロミクロン血症では,リパーゼ活性値に負誤差を与える影響が大きく,結果報告には注意が必要である。
[Introduction] A reagent for measuring lipase using the synthetic substrate 1,2-o-dilauryl-rac-glycero-3-glutaric acid-(6-methyl-resorufin)-ester (DGGMR), which reacts specifically with lipase, has been developed. However, a high triglyceride (TG) concentration in serum was reported to cause a false negative error for lipase measured by “Cygnus Auto LIP.” Therefore, the purpose of this study was to clarify the effect of serum TG concentration on lipase concentration. [Method] We investigated the correlation between lipase concentration measured by Cygnus Auto LIP or Liquitech Lipase Color II and serum TG concentration. We studied the effect of each lipoprotein fraction on the change rate of lipase concentration. [Results] A high serum TG concentration caused a false negative error for lipase, and there was a significant negative correlation between them (r = −0.867, p ≤ 0.001). When serum TG concentrations exceeded 400 mg/dL, the false negative error for lipase reached 19%. A lipoprotein fraction analysis showed that VLDL had the strongest effect on the false negative error for lipase. [Discussion] Competition inhibition caused by lipoprotein particle size was considered to be a factor for the false negative error for lipase. Although it may have little impact on daily clinical practice, we need to pay attention to this error in serum samples with high TG concentrations, especially high VLDL or high chylomicron concentration.
膵リパーゼは膵臓の腺房細胞で合成される糖タンパクであり,長鎖脂肪酸のグリセロールエステルα位(1,3位)のエステル結合を水解して,脂肪酸とβ-モノグリセライドを生成する消化酵素である1)。腺房細胞の障害により血中に逸脱して高値を示すため,膵臓障害マーカーとなる。急性膵炎の診断にはアミラーゼ,P-アミラーゼ,リパーゼが用いられるが,特にリパーゼは臓器特異性に優れており,急性膵炎診断における感度,特異度が非常に高いという点から,急性膵炎診断ガイドライン2015にて測定が推奨されている2)。
血清リパーゼの測定は,基質が水に不溶性であり反応系が不均一で,膵リパーゼに特異的な活性測定ができないことなどが標準化の妨げになっており,日本臨床化学会で2012年に常用基準法候補法が提示されたが未だ検討段階である3)。近年,膵リパーゼに対して特異的に反応する合成基質1,2-o-dilauryl-rac-glycero-3-glutaric acid-(6-methyl-resorufin)-ester(DGGMR)を用いたリパーゼ測定試薬が各試薬メーカーより開発された。株式会社シノテストの「シグナスオートLIP」は,他メーカーの測定試薬と比較して試薬ロット間差が少なく,分析装置内での試薬安定性に優れ,日常検査法として有用である4)。しかし近年,本法はトリグリセライド(TG)の影響を受けて負誤差をきたすことが報告5)された。したがって私たちは,TGがリパーゼ測定値に与える影響の程度及びその要因を明らかにすることを目的として検討を行った。
神戸大学医学部附属病院にて2018年12月11日から2019年1月11日までリパーゼ測定依頼のあった患者検体のうち,リパーゼ80 IU/L以上または,TG 150 mg/dL以上の61例,および2019年11月25日から11月29日の1週間におけるリパーゼ測定依頼全検体(223例)を用いた。使用した検体すべてに匿名化を行い,個人の特定ができないよう配慮した。
2. 測定試薬と機器BM8040G(日本電子株式会社)を測定機器として,本法をシグナスオートLIP(株式会社シノテスト),DGGMR法を原理としTGの影響を受けないリキテックリパーゼカラーII(ロシュ・ダイアグノスティクス株式会社)を対象法(Table 1)とした。また,TGの測定にデタミナーL TG(協和メディックス株式会社),TCの測定にデタミナーL TC(協和メディックス株式会社),脱脂処理時の検体の濃縮の有無を確認するためにクイックオートネオGLU-HK(株式会社シノテスト)を用いて測定した。TG分画の測定にエパライザー2(ヘレナ研究所株式会社)を用いTG染色を行った。
Manufacturer | Shino test | Roche | |
---|---|---|---|
Reagent composition | First | Buffer solution & Bile acid | Buffer solution |
Second | DGGMR | DGGMR & Bile acid | |
Inspection usage amount (μL) | First | 70 | 70 |
Second | 35 | 42 | |
Sample volume | 5.7 | 5.6 | |
Assay type | RRP | RRP | |
Measurement wavelength (nm) | Main | 571 | 571 |
Substitute | 694 | 694 |
合成基質(DGGMR)を用いたレゾルフィン比色法の測定原理をFigure 1に示す6)。DGGMRは血清中のリパーゼによって1,2-o-dilauryl-rac-glycerolと不安定な中間物質であるglutaric acid-(6 methyl-resorufin)-esterに加水分解される。後者はアルカリ性下で自然にmethyl-resorufinとglutaric acidに分解される。このmethyl-resorufinの増加を主波長580 nm,副波長690 nm付近の吸光度変化量を測定し血清リパーゼ活性を求める。
DGGMR is degraded by lipase, and the formed intermediate is spontaneously degraded under alkaline conditions to form methyl-resorufin. Detecting this increase absorbance, lipase activity is measured.
61例について,血清中の脂質成分を除去するため血漿蛋白検査及び生化学検査の測定値に影響を与えないフリーゲン処理液(シーメンスヘルスケア・ダイアグノスティクス株式会社)を用いて脱脂処理を行った。処理手順は検体(700 μL)とフリーゲン処理液(500 μL)をボルテックスミキサーで5分間攪拌後,遠心(1,710 g 10分間)する。得られた上清をさらに検体として同じ処理手順を繰り返し,合計3回脱脂処理を実施した。また,検体濃縮の有無を確認するため脱脂処理前後のグルコースを測定した。
5. 脱脂処理前後のリパーゼ測定値脱脂処理によってリパーゼ測定値に与える影響を確認するため,脱脂処理前後の変化率で評価した。リパーゼ変化率は[(処理前リパーゼ値)-(処理後リパーゼ値)]/(処理後リパーゼ値)×100とした。
6. 各リポ蛋白のTG濃度脱脂処理前検体を用いてTG分画を実施し,得られたHDL分画,LDL分画,VLDL分画,カイロミクロン分画にTG値を乗じて求めた。
7. リパーゼ測定依頼検体のTG値1週間のルーチン検査においてリパーゼ測定依頼検体のTGを測定し,TG高値検体のリパーゼ値および高リパーゼ値のTG値を確認した。
8. 統計統計ソフトEZR (Easy R) version 1.40を用い,パラメトリック法で解析を行った。各リポ蛋白とリパーゼ活性値との比較は重回帰分析を行い,有意水準は< 0.05とした。
グルコース値は脱脂処理前(平均119.2 ± 36.3 mg/dL)と処理後(平均117.5 ± 35.4 mg/dL)に有意差はなかった(p = 0.808)。
脱脂処理によりTGは平均304.8 ± 243.5(47.3~1,400)mg/dLから18.3 ± 21.6(2.0~100.2)mg/dLまで低下し,TCも同様に平均202.5 ± 45.7(104.7~320.8)mg/dLから32.2 ± 22.0(10.0~95.5)mg/dLまでに低下した。減少率はそれぞれ平均92.2%と83.9%であり,フリーゲン処理による脱脂は適切であった。
2. TG値とリパーゼ変化率TG値とリパーゼ変化率の関係をFigure 2に示す。
●: Sino-test LIP ■: Roche LIP
The correlation between TG values and change rates of lipase was examined. High levels of TG had a stronger impact on values of lipase in “Shino-test” than those in “Roche”.
「シグナスオートLIP」では脱脂処理後のリパーゼ値は61検体中57検体が上昇した。TG値とリパーゼ変化率(%)は有意な負の相関を認めた(y = −0.03x − 0.45, r = −0.867, p ≤ 0.001)。TG 400 mg/dL未満ではリパーゼ変化率は平均4.5%,最大15%以内であったのに対し,TG 400 mg/dL以上では平均19%,最大32%であり,有意差を認めた(p ≤ 0.001)。一方,「リキテックリパーゼカラーII」は脱脂処理後のリパーゼ測定値は上昇(23検体),低下(38検体),不変(1検体)と一律ではなかった(y = −0.00897x − 3.44, r = −0.421, p ≤ 0.001)。
3. 各リポ蛋白TG濃度とリパーゼ変化率HDL分画,LDL分画,VLDL分画,カイロミクロン分画それぞれのTG濃度とリパーゼ変化率との相関図をFigure 3に示す。リパーゼ変化率は,VLDL分画のTG濃度と最も強い相関(y = −0.0641x − 1.20, r = −0.892, p ≤ 0.001)があった。また,カイロミクロン分画のTG濃度とも有意な相関(r = −0.452, p ≤ 0.001)を認めた。また,カイロミクロン分画のTGが45 mg/dL以上ある検体でのリパーゼ変化率は平均21%と大きかった。HDL分画(y = −0.0845x − 0.874, r = −0.103, p ≤ 0.001)およびLDL分画(y = −0.0845x − 0.670, r = −0.445, p ≤ 0.001)においては,リパーゼ変化率に有意な相関は無かった。
The effect of each lipoprotein (HDL, LDL, VLDL, CM)-TG on lipase values were analyzed by lipid electrophoresis. The strongest correlation was observed in VLDL-TG, and significant correlation was observed in VLDL and CM-TG.
各検体のリパーゼ値とTG値をFigure 4に示す。
Effects of TG on lipase values on daily clinical practice were examined (N = 223). In this period, as there were few samples with high TG values, TG might have little impact on lipase values.
TG 400 mg/dL以上の検体(n = 1,401 mg/dL)のリパーゼは117 IU/L(基準範囲16~60 IU/L)であった。リパーゼが基準範囲内の検体では,TGが400 mg/dLを超える検体は無く,300 mg/dLを超える検体も5件と少なかった。
脂肪は胃内で粗い疎水性界面(エマルジョン)となるが,十二指腸で胆汁と混和されて完全なエマルジョンを形成する。膵リパーゼは,エマルジョン形成した状態の脂肪と胆汁の界面で触媒作用を発揮する性質を持つため,脂肪滴表面積の広さ,すなわちエマルジョン化の程度が加水分解速度を左右する7),8)。したがって,リパーゼ測定試薬は基質をエマルジョン形成にする必要があり,その表面積や粒径によって反応速度が左右されるため,これが異なると試薬ロット毎のリパーゼ活性値が変化する。株式会社シノテストの「シグナスオートLIP」は,合成基質エマルジョン形成の粒径を約100 nmに制御することを可能にし,試薬ロット間差を少なくしている。さらに,多くの体外診断薬に防腐剤として含まれているアジ化ナトリウムの影響を改善しており,自動分析装置内のプローブコンタミやアジ化水素ガスを発生させる試薬の影響が軽減し,分析装置内での試薬安定性に優れた試薬である4)。
今回の検討で,TGはリパーゼ値に負の影響を与えることを確認した。その程度は,TG 400 mg/dL未満では負誤差15%以下であったが,TG 400 mg/dL以上では平均19%であった。各リポタンパクの粒子径はそれぞれHDL:5~12 nm,LDL:18~25 nm,VLDL:30~80 nm,CM:80~1,200 nmである。それらのうち最も負の影響を認めたのは,合成基質の粒径(約100 nm)と大きさが近似しているVLDLであった。そのため,合成基質との競争阻害を起こした結果,リパーゼが負の影響を受けた可能性が考えられた。また,カイロミクロンの粒子径も80~1,200 nmであり,カイロミクロンが存在することでリパーゼが負誤差となったことも競争阻害が原因と考えられた。一方でHDLやLDLは関連性を認めず,粒子径から説明すると妥当な結果であると考えられた。また,「シグナスオートLIP」は液状試薬を長期的に安定化させるため,第一試薬に胆汁酸(デオキシコール酸)を添加し,第二試薬の合成基質と反応しないようにしている。そのため,第一反応で血清中のTGと胆汁酸が反応して,TGが乳化され,合成基質との競争阻害を起こしやすくなったことも考えられた。
TGが1,000 mg/dL以上の顕著な高脂血症では急性膵炎の発症率が増加し2),急性膵炎診療ガイドラインの診断基準では注記として膵特異性が高いリパーゼを測定することが望ましく,改訂アトランタ分類において正常上限の3倍以上というcut-off値が設定されている。今回の検討で用いたTG最大値1,400 mg/dLを示したリパーゼ値は59.3 IU/Lと基準範囲内であり,当院1週間のルーチン検査においても正常値上限の3倍であるリパーゼ180 IU/L以上の検体は全てTG 100 mg/dL以下であった。そのため,通常ルーチン検査への影響は少ないと思われるが,TG 400 mg/dL以上の検体では平均19%の負誤差が生じることを認識しておく必要がある。そして,リポ蛋白との競争阻害が軽減された試薬の開発が必要であると思われた。
「シグナスオートLIP」が高TGの影響を受け負誤差となる要因として,リポ蛋白の粒径に起因した競争阻害が働いた可能性が示唆された。
1週間のルーチン検査におけるリパーゼ測定依頼検体のTGから臨床に影響を及ぼす検体は少ないと示唆されるが,高TG血症,特に高VLDL,高カイロミクロン血症では,リパーゼ活性値に負誤差を与える影響が大きいため,結果報告時には注意を要する必要がある。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。