Japanese Journal of Medical Technology
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Case Reports
A case of liver echinococcosis
Sakae MORINatsumi GOTOKeigo KUWABARAYui HATANAKAMinako KOIKETaiju KOBAYASHITakefumi NAKAGAMI
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2022 Volume 71 Issue 3 Pages 567-573

Details
Abstract

症例は中部地区在住の20歳代女性,外国籍,発熱と倦怠感のために近医を受診。腹部単純CT検査で肝内に嚢胞性病変を認めたため,肝膿瘍の疑いにて精査加療目的で当院紹介となった。嚢胞はS4/S8境界部に厚い被膜形成を伴った45 mm大の単嚢胞性病変であった。嚢胞内容液を超音波ガイド下で穿刺吸引し一般検査,細胞診検査を行い,原頭節や鉤を認めた。本症例は中部地区在住であるが,2年前にボリビア多民族国より来日していた。ボリビア多民族国では猫や犬が住居周りに多く生息するとともにエキノコックス症の多発地帯である。ボリビア多民族国で感染したと考えられる肝エキノコックス症を経験したので報告する。

Translated Abstract

We encountered a rare case of liver echinococcosis in a Bolivian woman in her 20s living in the Chubu region of Japan. Because of fever and general fatigue, she visited a nearby hospital and was suspected of having a liver abscess following an abdominal CT scan. The patient was referred to our hospital for detailed examination and treatment. A 45-mm-size monocystic lesion with thick film formation was discovered at the S4/S8 boundary and was aspirated under ultrasonic guidance. Clinical microscopic and cytologic examinations were performed, and scolex and hooks were found. The patient was diagnosed as having liver echinococcosis. She came to Japan from Bolivia two years ago. In Bolivia, many wild cats and dogs live near residential areas, and it is a region where echinococcosis occurs frequently. The patient might be infected with liver echinococcosis while she was in Bolivia.

I  はじめに

肝エキノコックス症は肝に嚢胞性病変を形成するエキノコックス属条虫に起因する疾患であり,寄生虫種により単包性エキノコックス症と多包性エキノコックス症がある。国立感染症研究所 感染症発生動向調査週報(IDWR)によると2019年度,多包条虫27件(96%),単包条虫1件(4%)と報告されている。本邦におけるほとんどが多包性エキノコックス症であり,そのうち26件が北海道での発生であった1)

北半球で流行しているエキノコックス症を引き起こすエキノコックス条虫は,すべてイヌ科動物(主に,イヌ,キツネ)が終宿主であるが,中南米で流行しているエキノコックス条虫はイヌ科に加えネコ科が終宿主である2)

ヒトは中間宿主であり,ヒト-ヒト感染は起こらず,ヒトへの感染は終宿主であるイヌ科,ネコ科の糞便を介して経口的に虫卵が体内に入ることによって起きる。

今回,ボリビア多民族国で感染したと考えられる中部地区在住のボリビア人のエキノコックス症を経験したので報告する。

II  症例

20歳代,女性。ボリビア人。

主訴:発熱,倦怠感。

既往歴:特になし。

家族歴:特になし。

生活歴:2年前にボリビア多民族国より来日,中部地区在住。ボリビアでは猫や犬に接触歴あり。仕事(農業・畜産業従事ではない)のため1ヶ月前より当地域に在住。

現病歴:発熱と倦怠感を主訴に前医を受診。腹部単純CT検査で肝内に輪状高濃度被膜形成を伴う嚢胞性病変とCRP高値を認めたため肝膿瘍の診断となり,精査加療目的で紹介受診となった。

III  結果

1. 腹部単純CT検査

肝S4/S8境界部に輪状高濃度被膜形成を伴う単嚢胞性病変を認めた(Figure 1)。

Figure 1 単純CT

S4/S8境界部に高濃度被膜形成を伴う病変を認める。

2. 入院時血液検査

Table 1参照。肝胆道系酵素の上昇は認めなかったが,CRP高値と,好酸球の軽度増加を認めた。

Table 1  血液検査
生化学検査 血液検査
TP 6.5​ g/dL WBC 9.7​ × 103/μL
TB 0.3​ mg/dL  Neut 60.8​%
AST 10​ U/L  Lymph 24.6​%
ALT 6​ U/L  Mono 6.0​%
LD(IFCC) 145​ U/L  Eosino 8.2​%
ALP(IFCC) 88​ U/L  Baso 0.4​%
γGT 23​ U/L RBC 4.16​ × 105/μL
CK 35​ U/L Hb 11.6​ g/dL
AMY 53​ U/L Ht 35.2​%
Na 142​ mmol/L MCV 84.6​ fL
K 4.3​ mmol/L MCH 27.9​ pg
Cl 106​ mmol/L MCHC 33.0​%
UN 6.3​ mg/dL PLT 367​ × 103/μL
Cr 0.65​ mg/dL 凝固検査
Glu 80​ mg/dL PT% 64.0​%
CRP 14.51​ mg/dL APTT 31.6​ sec
免疫学的検査 Fib 698​ mg/dL
HBs抗原 (−) D-D 2.92​ μg/mL
HCV抗体 (−) FDP 4.7​ μg/mL
SARS-COV2抗原 (−) AT-III 103​%

3. 腹部超音波検査

肝表面は平滑で,辺縁はやや鈍化であった。S4/S8境界部に石灰化を反映する高輝度エコーの厚い被膜に囲まれた45 mm大の単嚢胞性病変を認めた。嚢胞内部は無エコーで後方エコーの増強像を認めた(Figure 2)。

Figure 2 腹部超音波

高輝度エコーの被膜形成を伴う単嚢胞性病変を認める。

4. 嚢胞内容液外観

嚢胞内容液は白黄色で混濁し,1分程度の放置で沈殿物と上清に分かれ,上清は柔らかいゼリー様であった(Figure 3)。

Figure 3 肝嚢胞穿刺液外観

白黄色で混濁,右は1分静置後。上清と沈殿物に分離した。

5. 嚢胞内容液生化学的検査

Table 2参照。LDの高値を認めた。

Table 2  肝嚢胞液 生化学検査
嚢胞内容液
比重 1.015
蛋白 1.5 g/dL
6 mg/dL
AMY 11 U/L
LD 1,232 U/L
TB 0.2 mg/dL
DB 0.1 mg/dL

LDアイソザイムは,LD 1(1%),LD 2(8%),LD 3(16%),LD 4(25%),LD 5(50%)であった。肝嚢胞液中LDの殆どが肝細胞由来であったことに加え血清中LDが基準値内であったことより肝嚢胞被膜内に限局した肝細胞破壊を示唆した。

6. 嚢胞内容液鏡検

直接鏡検法を行い長径200~250 μm,短径150~250 μm程度の卵円形の構造や(Figure 4),2段構造(三角形部と楕円形部)で,全長径200~300 μm,短径100~200 μm程度の規則正しい構造物を認めた。内部は石灰小体を多数認めた。三角形部には50 μm程度の膨らみをもった吸盤と考える構造を4個認めた(Figure 5, 63)

Figure 4 無染色(×200)

多数の原頭節を認める。

Figure 5 無染色(×400)

頭部先端には鉤や円形の吸盤を認める。

Figure 6 無染色(×400)

円形の吸盤を4個認める。

三角形部端には円形に配列する,大きさ30 μm程度の半月型で,鉤の内曲側の中央近くに小鉤を認める鉤を30~40本認めた(Figure 7)。背景には石灰小体や,鉤が散在していた(Figure 8)。

Figure 7 無染色(×200)

鉤や石灰小体を認める。

Figure 8 無染色(×400)

背景に半月状の鉤を認め,鉤の内曲側中央部には小さな鉤を認める。

卵円形の構造のものは,内部に多数の石灰小体と扇状に配列する鉤を認めた。

また,鏡検中に鉤を動かす生体もみられ,エキノコックスの原頭節に合致する所見であった。

メイギムザ染色(MG染色)標本では塩基性に染まる原頭節を認め,内部の石灰小体は白く抜けた構造であった(Figure 9, 10)。鉤も同様な染色を示し背景には染色されない鉤も認めた。

Figure 9 メイギムザ染色(×400)

塩基性に染まり,鉤や石灰小体は染色されない。

Figure 10 メイギムザ染色(×400)

石灰小体が内部に充満している。

PAS染色標本では全体がピンク色に染まる原頭節を認めた(Figure 11, 12)。

Figure 11 PAS染色(×400)

全体がPAS陽性である。

Figure 12 PAS染色(×400)

PAS陽性の頭部が成長した原頭節。

Papanicolaou染色標本では,輝度の高い原頭節を認め,青色や橙色,黄色を示した(Figure 13, 14)。

Figure 13 Papanicolaou染色(×400)

輝度の高い赤・橙・紫色に染まった原頭節を認める。

Figure 14 Papanicolaou染色(×400)

頭部が成長した原頭節。背景には鉤や石灰小体を認める。

また,緑色の茎状構造物に結合した多数の原頭節を認め,繁殖胞と原頭節の結合像と考えられた(Figure 15)。

Figure 15 Papanicolaou染色(×200)

幼若な原頭節に緑色の茎様構造物が認められ,繁殖胞との接合部と考えられた。

7. 糞便検査

便虫卵検査:直接塗抹法4),ホルマリン・エーテル沈澱法(MGL法)4)で検査したが該当検査法で検出可能な寄生虫卵は認めなかった。

肝嚢胞穿刺液中からエキノコックスの原頭節を認め,全身CT検査,腹部超音波検査にて肝外浸潤や遠隔転移を認めなかったことより,臨床的に肝エキノコックス症PNM分類5) Stage Iの診断となった。

IV  考察

エキノコックス症は1999年4月施行の感染症法に基づく全数把握の4類感染症であり,診断した医師は直ちに所管保健所へ届け出なければならないため新規発生患者の全数把握が可能である。

国立感染症研究所 感染症発生動向調査によると1999年4月~2018年末までに425例が報告され,届出票によれば400例(94%)が多包性エキノコックス症で,さらにその95%以上が国内流行地の北海道からの届出であった6)

国内では多包性エキノコックス症が多数を占めるが,単包性エキノコックス症として届け出られた25例中15例(60%)は在日外国人または日系人と推定され,推定感染地は,中国,ペルー各4例,アフガニスタン,ネパール,パキスタン各2例,イラン,ウズベキスタン,シリア各1例であった(重複あり)6)

直近の届け出では,2021年度感染症発生動向調査 第34週の累計が18例,内15例が北海道である7)

エキノコックス症は感染後,5~10年は,無症状で経過することが多く8),感染初期は単一嚢胞を形成するが症例の20~40%で複数の嚢胞を伴う。嚢胞形成は肝臓(65%),肺(25%)でそれ以外は体のどこでも起こりうる9)

診断契機については,2006年4月以降の届出の297例に限れば,「肝臓の画像異常所見」が最も多く208例(70%),次いで「その他(肝機能障害など)」56例(19%),「肝腫大」38例(13%),「腹痛」37例(12%)であった(重複あり)6)

エキノコックス症流行地での居住歴,終宿主との接触の有無は重要な参考となる。本症例は2年前にボリビア多民族国より来日しており,無症状期間を加味すれば国内で感染した可能性は低いと考えられる。

血液学的検査では,好酸球増多はWHO/OIE Manual on Echinococcosis in Humans and Animalsによると,嚢胞破裂の場合を除き中程度(500/μL–1,000/μL)と報告されているが3),本症例も好酸球数 約794/μLと著明な好酸球増多は示さなかった。

単球増多は,Refikら10)によると,エキノコックス症の96.4%の患者において単球比率の軽度増加(11.3–19.1%)を認めたと述べられているが本症例においては末梢血液中の単球比率は6.0%であった。また,エキノコックス症28例(32歳~54歳)のC反応性蛋白(CRP)は13.2 ± 6.1(mean ± SD)mg/Lであったと述べている10)。本症例もCRP 14.51 mg/dLと高値を示し,CRP上昇を来す他の原因疾患は認めていない。尚,単嚢胞と大きな多嚢胞の患者では後者の方がCRPも有意に高値を示すと述べている10)

画像診断では,腹部CTや超音波検査で約80%の症例で認める石灰化像が挙げられ11),本症例も輪状石灰化を伴う嚢胞壁であった。

診断は,上記画像所見が得られたとき,または上記画像所見の患者で免疫血清学的検査(ELISA法,Western Blot法等)で陽性となったときエキノコックス症と診断される12)が,確定的な診断は,手術材料や嚢胞内容液より包虫を検出することが必要である。

治療は多包虫症の場合,外科的切除のみが根治的治療法で,病巣が浸潤拡大する前の早期診断が重要視される。病巣遺残例や切除不能例に対してはアルベンダゾールを用いた薬物療法が行われる。一方,孤立性病巣が多い単包虫症では,通常は嚢胞の外科的切除やPAIR(Puncture, Aspiration, Injection, Re-aspiration:嚢胞への薬剤の注入と再吸引),あるいはアルベンダゾールの投与による治療が行われ,多包虫症と比べ良好な予後が期待できる6)

V  結語

今回,2年前に来日したボリビア人女性のエキノコックス症を経験した。

日本においてエキノコックス症は北海道以外では極めて希な疾患であり,遭遇する機会が少なく診断に苦慮することが多い。しかし,海外ではエキノコックス症が風土病である国が数多く存在し13),それらの国より人々が来日する機会が増えている。

肝嚢胞性疾患にはエキノコックス症が含まれることを再認識するとともに,エキノコックス症の嚢胞液中の原頭節の形態的特徴を捉えておくことは重要である。

症例報告に関し患者本人より承諾を得た。

郡上市民病院倫理委員会 承認番号21102901号

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

謝辞

今回,投稿するに当たりご協力くださいました郡上市民病院副院長兼産婦人科部長 丹羽 憲司先生,外科部長 二村 直樹先生,諏訪中央病院検査科 保科 ひづる先生,岐阜大学大学院医学研究科病態情報解析医学 稲垣 勇夫先生,藤田医科大学医療科学部臨床検査学科 細胞機能解析学臨床連携ユニット 仲本 賢太郎先生,(株)Sysmex日本・東アジア地域本部カスタマーサポート部学術サポートグループ 折田 茂先生に深謝いたします。

文献
 
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