Japanese Journal of Medical Technology
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Case Reports
A case of adenocarcinoma 53 years after bladder augmentation using the ileum
Hiroki UCHIDAYuko AKIYAMASaho SAKAKIBARAAkiko KUMAGAIMichihiro KAWAMURAJunko NISHIKIKyotaro YOSHIDASigeki SHIMIZU
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2022 Volume 71 Issue 3 Pages 581-586

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Abstract

背景:尿沈渣において検出する腺癌は原発性,転移性,コンタミネーションによるものなどが挙げられるが,今回我々は53年前に回腸利用膀胱拡大術を行った患者において稀な腺癌を検出した症例を経験したので報告する。症例:70歳代,男性。53年前に腎結核,膀胱結核にて左腎臓摘出術および回腸利用膀胱拡大術を実施。3年前から肉眼的血尿を自覚し近医にて経過観察。膀胱内凝血塊,右水腎症を認め当院紹介受診。尿検査所見より異型細胞を認め,その後に行われた膀胱鏡による生検の組織診断にて回腸由来の腺癌が考えられ確定診断が得られた。 結語:尿沈渣検査にて稀な腺癌症例を経験した。現在,回腸利用 膀胱拡大術はほとんど行われなくなっている。しかし本症例のように長期間の経過を経て発症する症例が多いため,今日の検査においても遭遇する機会はあると考えられる。遭遇しうることを念頭に置き,臨床情報,形態学的特徴を捉え鏡検を行うことが重要である。

Translated Abstract

Background: Urinary sediment analysis may reveal adenocarcinomas including primary tumor and metastatic tumor, as well as contaminations. Herein, we report a case in which a rare adenocarcinoma was detected in a patient who underwent bladder augmentation using the ileum 53 years ago. Case: The patient was a man in his 70s. Fifty-three years ago, he underwent left nephrectomy and bladder augmentation using the ileum for renal tuberculosis and bladder tuberculosis. Urinalysis revealed atypical cells, and histopathological analysis of a cystoscopic biopsy specimen performed afterwards confirmed adenocarcinoma derived from the ileum. Conclusion: We encountered a rare case of adenocarcinoma detected by urinary sediment examination. Currently, bladder augmentation using the ileum is rarely performed. However, as in this case, many patients develop adenocarcinoma after a long period of time, so we believe that we may still encounter such cases in today examinations. Therefore, after it is important to understand its clinical background and morphological features, performing microscopic examination.

I  はじめに

昨今において,代表的な尿路変向術の術式の1つに回腸導管造設術が挙げられる。この術式は膀胱を摘出し,回腸を代用膀胱として用いる術式で,一般的に膀胱がんにおける標準治療の一つとして実施される。

対して本症例の回腸利用膀胱拡大術は膀胱の一部分を切除し,切除部位に回腸を吻合することで膀胱の容量を広げる術式である。手術適応の疾患として膀胱結核,間質性膀胱炎,放射線性膀胱炎,神経因性膀胱などが挙げられ,膀胱萎縮を呈する低コンプライアンス膀胱の状態が継続する患者が適応となる。

本症例の患者は膀胱結核の既往があり,この場合,膀胱内に結核性の潰瘍や肉芽が形成されるため,膀胱壁が肥厚し萎縮状態に至る。そのため手術適応となり,回腸利用膀胱拡大術を行ったと考えられる。

現在において,回腸利用膀胱拡大術は手術後の経過や膀胱機能および腎機能保持の観点から頻回には実施されなくなっている稀な術式である。

今回我々は回腸利用膀胱拡大術を53年前に行った患者において,尿沈渣で回腸由来の腺癌を検出した1例を経験したので報告する。

II  症例

70歳代,男性。肺血栓症,甲状腺機能低下症の既往歴がありフォロー中。

53年前に腎結核,膀胱結核にて左腎臓摘出術および回腸利用膀胱拡大術を他院にて実施。その後,近年になって肉眼的血尿,残尿感を自覚し近医受診。膀胱内凝血塊,右水腎症を指摘され当院紹介となった。

当院受診時の尿検査所見をTable 1に示す。

Table 1  Urinalysis finding
Urinalysis
S.G 1.008
pH 6.5
Protein (2+)
Glucose (−)
Occult blood (3+)
Leucocyte esterase (3+)
Keton body (−)
Bilirubin (−)
Urobilinogen Normal
Nitrite (−)
Urinary sediment
RBC (Isomorphic) 50–99/HPF
WBC > 100/HPF
Urothelial cell 1–4/HPF
Bacteria 2+
Eosinophil +
Macrophage +
Seminal vesicle +
Atypical cell +

検体は自然尿として提出され,外観は赤色混濁で浮遊物を認め,尿定性検査の結果はpH 6.5,蛋白(2+),潜血(3+),白血球反応(3+)であった。尿沈渣検査の結果は赤血球(非糸球体型赤血球)50–99/HPF,白血球 > 100/HPF(好酸球含),尿路上皮細胞1–4/HPF,少数の大食細胞,性腺分泌物,異型細胞を認めた。異型細胞はややN/C比が増大し,細胞質には粘液を示唆する空胞様の構造(Figure 1B, E)が見られた。また強い重積性,極性の乱れ,腺腔形成(Figure 1D)が見られる大小の集塊を呈し,核は類円形で偏在,一部に明瞭な核小体を認めた。クロマチンは顆粒状を呈しいくつかの細胞に増量所見が見られたが,明らかなものではなくやや判定が困難であった。核形に大きな不整は認めなかった。少数の集塊に脂肪顆粒を認めた(Figure 1E)。腺癌を疑う異型細胞として推定し主治医に確認を取ったが,臨床的背景が検査時点で不明であったため,協議の結果『異型細胞』として報告を行った。

Figure 1 異型細胞

A:無染色(×400)細胞集塊像 核の突出像,核小体腫大を認める。

B:無染色(×400)細胞集塊像 粘液様空胞を認める。

C:Sternheimer染色(×400) 細胞集塊像 核の突出像 核は類円形で偏在 一部の細胞に顆粒状のクロマチン増量を認める。

D:Sternheimer染色(×400) 細胞集塊像 腺腔形成(矢印)を認める。

E:Sternheimer染色(×400) 細胞集塊像 N/C比増大 核小体腫大 粘液様空胞 細胞に脂肪顆粒を認める。

細胞診所見はPapanicolaou染色,May-Grünwald Giemsa染色にてN/C比増大した大小不同を呈す細胞集塊を認め,核偏在,核小体腫大,クロマチン増量が見られた。判定はClass V,urothelial carcinomaと推定した(Figure 2A–D)。その後,膀胱鏡にて吻合された回腸部分に乳頭状腫瘍を確認(Figure 3)し,組織生検が行われた。組織診断ではHematoxylin-Eosin染色にて管状に増殖する高度異型上皮細胞を認めた。癒合腺腔構造,腺腔内に粘液を認め高分化型腺癌が考えられた(Figure 4)。免疫染色ではcytokeratin(以下CK)20,β-catenin(細胞膜および核),p53に陽性,MIB-1 index 80%,CK7,CK5/6,GATA3に陰性を示し,回腸部分から発生した腺癌と考えて矛盾の無い所見が得られた(Table 2)。

Figure 2 異型細胞

A,B:Papanicolaou染色(×400)細胞集塊像 核の突出像 N/C比増大 核の偏在 核小体腫大 クロマチン増量を認める。

C,D:May-Grünwald Giemsa染色(×400) 細胞集塊像 核の突出像 N/C比増大 核の偏在を認める。

Figure 3 膀胱鏡で観察された回腸吻合部分

回腸部分に乳頭状腫瘍を認める。

Figure 4 膀胱生検にて採取された腫瘍病変のHematoxylin-Eosin染色像(×400)
Table 2  Results of immunocytochemical analysis
CK7 (−)
CK20 (+)
CK5/6 (−)
p53 (+)
Ki-67(MIB-1 index) (+)(80%)
GATA3 (−)
β-catenin(細胞膜と核) (+)

(+): positive (−): negative

その後,高次医療機関にて外科的治療を希望され当院での診療は終診となった。

III  考察

尿沈渣像の背景には好酸球や粘液を認め,概ね回腸導管尿と共通した尿沈渣像が見られた。

消化管を利用した尿路変向術には回腸導管造設術,自然排尿型代用膀胱形成術など様々な術式が存在する。一般的にこれらの術式は膀胱がんの治療に際して行われる術式である。本件の患者において行われた回腸利用膀胱拡大術は膀胱結核や薬剤による保存的療法に抵抗性の神経因性膀胱などの低コンプライアンス膀胱の患者のQOLを上昇させることを主な目的とした術式である。そのため,手術適応となる患者がわずかであり術後患者の検査に関わることは少なく,文献的考察も多くは得られていない。

回腸利用膀胱拡大術患者の膀胱がん発生率は5.5%1)という報告があり,ある程度の発生頻度があることがわかる。しかしながら本症例の回腸由来の腺癌は「尿沈渣検査法2010」2)や細胞診関連の書籍にも記載がなく,筆者が調べ得た限りでは類似した症例で細胞像に言及する報告は国内では1例のみであった3)

尿のみにならず小腸原発の腫瘍に関する報告や文献自体も少ない。

原発性小腸癌の頻度は全消化管腫瘍の0.1~0.3%であり4),頻度の低い要因として小腸の内容物が流動性に富んでいて停滞時期が短いため発癌物質への曝露時間が少ないこと,発癌物質の分解酵素活性が大腸より高いこと,胆汁を発癌物質に変化させる嫌気性菌が少ないこと,液性および細胞性免疫が活発であることが挙げられている5)

以上の点から検査において指標とする細胞像の臨床的根拠が確立されておらず,鑑別を困難にしているものと考えられる。

木村ら6)や大岩ら7)の報告によると回腸膀胱拡大術後の悪性腫瘍は腺癌の頻度が高く,平均で術後24年での発症であった。回腸導管においても同様に腺癌の報告が挙がっている8)が,明らかに消化管利用膀胱拡大術の方が悪性腫瘍の発生に関する報告が多く見受けられる。

回腸利用膀胱拡大術の場合,膀胱と回腸の吻合部から腫瘍が発生したとの報告が多く3),6),7),9),尿路上皮細胞と腺上皮細胞の境界部において何らかの遺伝子異常が生じ異型腺上皮細胞が発生し発癌すると推測するが,尿路として利用された腸管の発癌機序に関する報告は諸説10)~18)あり一定の見解は得られていない。

術後から発症までの経過は長期となり臨床的背景を追うことが困難であるため,尿検査での異型細胞検出が早期発見のポイントとなると考える。

形態学的に本症例ではSternheimer染色にて腺腔形成,核の偏在,明瞭な核小体が特徴的な所見として挙げられ,腺上皮細胞に由来する異型細胞だということが推定できた。しかし細胞診では組織型を腺癌と推定するに至らなかった。診断確定後に本症例見直しを行ったところ,May-Grünwald Giemsa染色の細胞所見で細胞質の染色性に濃淡(グラデーション)(Figure 2C)が見られ粘液成分の存在が推定できる所見や腺腔形成を疑う所見(Figure 2D)を認めた。本症例は特殊な背景で腺癌が発生するリスクが高い患者であったにも関わらず,腺癌と鑑別することが困難であった。その一因として考えられたのが,出現していた腺癌細胞の変性が多かったこと,尿路上皮癌細胞に類似した所見が見られたこと,検体が自然尿として提出されたことや患者が初診であったため腺癌細胞を疑う臨床情報が不足していたこと,一般的に自然尿に出現する異型細胞のほとんどが尿路上皮癌細胞であるという先入観などが影響を及ぼしたと思われる。

尿沈渣検査と細胞診検査は連続性のある検査である。そのため各分野で完結せずディスカッションを行い,情報を共有し検査精度の向上に努めたい。

IV  結語

尿沈渣検査にて稀な腺癌症例を経験した。

現在は回腸利用膀胱拡大術はほとんど行われなくなっている。しかし本症例のように長期間の経過を経て発症する症例が多いため,今日の検査においても遭遇する機会はあると考えられる。遭遇しうることを念頭に置き,臨床情報,形態学的特徴を捉え鏡検を行うことが重要である。

COI開示

本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。

謝辞

本論文作成に際してご助言頂きました兵庫医科大学病院 病理診断科 廣田誠一教授,ならびに公立学校共済組合 近畿中央病院 臨床検査科 佐々木信治技師長に深謝いたします。

文献
 
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