2023 Volume 72 Issue 3 Pages 465-470
Haemophilus influenzae血清型e(Hie)による侵襲性インフルエンザ菌感染症の1症例を経験した。患者は80歳代女性。末期腎不全による血液透析のため,当院腎臓内科に外来通院中であった。当院にて血液透析中に発熱し,細菌感染が疑われた。当日採取した血液培養2セット(3本)および喀痰培養よりH. influenzaeが分離され,細菌性肺炎に起因した侵襲性インフルエンザ菌感染症と診断された。検出菌の莢膜型検査を行ったところ,血液培養由来株及び喀痰培養由来株いずれも血清型eと判定された。H. influenzae b型ワクチン(Hibワクチン)の定期接種開始以降,H. influenzae血清型b(Hib)による侵襲性インフルエンザ菌感染症の報告は減少し,元来中耳炎や気管支炎などの局所感染が多いとされていた無莢膜型H. influenzae(non-typeable Haemophilus influenzae; NTHi)による侵襲性インフルエンザ菌感染症の報告が増加している。一方で,その他の莢膜型については報告数が少なく,今後の動向が重要視されている。
We experienced treating a case of invasive Haemophilus influenzae infection with H. influenzae serotype e (Hie). The patient was a woman in her 80s. Owing to hemodialysis due to end-stage renal disease, she was an outpatient at the nephrology department of our hospital. She was admitted to our hospital with a fever during hemodialysis, and a bacterial infection was suspected. H. influenzae was isolated from two sets of blood cultures (three cultures each) and sputum culture collected the same day, and invasive H. influenzae infection caused by bacterial pneumonia was diagnosed. A capsular type test of the detected bacterium was performed, and both strains derived from blood cultures and the strain derived from sputum culture were determined to be serotype e. Reports of invasive H. influenzae infection with H. influenzae serotype b (Hib) have declined since the introduction of routine H. influenzae type b (Hib) vaccine. Conversely, reports of invasive Haemophilus influenzae infections due to nontypeable Haemophilus influenzae (NTHi), which were originally thought to be frequent local infections such as otitis media and bronchitis, have increased. On the other hand, there are few reports on other capsular types, and future trends are important.
Haemophilus influenzaeはヒトの上気道に保菌されるグラム陰性小短桿菌で,市中呼吸器感染症に加え,急性中耳炎や副鼻腔炎などの原因菌となる。また,菌体を覆っている莢膜多糖体の違いにより,a~fの血清型と,莢膜を持たない無莢膜型(non typeable)に分けられる。中でもH. influenzae血清型b(Hib)は,特に小児において髄膜炎など侵襲性感染症の原因菌として重要視されている。侵襲性インフルエンザ菌感染症は,感染症法において髄液又は血液などの無菌部位からH. influenzaeが検出された感染症と定義されており,5類感染症全数把握届出疾患の対象となっている。そのため,髄液や血液,その他の無菌部位からH. influenzaeを検出またはPCR法によってH. influenzae遺伝子を検出した場合は,7日以内に最寄りの保健所へ届け出が必要となる。今回,H. influenzae血清型eによる侵襲性インフルエンザ菌感染症の1症例を経験したので報告する。
80歳代,女性。
主訴:血圧低下,悪寒。
既往歴:末期腎不全,慢性心不全,間質性肺炎。
現病歴:ANCA関連血管炎による末期腎不全のため当院腎臓内科外来へ週3回透析通院中。透析終了間際に血圧低下とシバリングが出現した。返血後に血圧は上昇したもののシバリングは持続していた。
身体所見:(透析開始前)SpO2 88%(RA),体温36.7℃,血圧157/86 mmHg,(透析実施後)SpO2 94%(O2 3 L/min),体温39.4℃,血圧109/45 mmHg。発熱,血圧低下に加え,酸素化不良も認めた。
血液検査所見:透析開始前と透析実施後の血液検査の結果を示す(Table 1)。好中球優位の白血球増加を認め,CRPの上昇など細菌感染による炎症反応を示唆する所見であった。
Before dialysis | After dialysis | ||
---|---|---|---|
Peripheral blood | Peripheral blood | ||
WBC | 13,300/μL | WBC | 16,200/μL |
Neut. | 90.6% | Neut. | 94.2% |
Lymph. | 4.3% | Lymph. | 2.3% |
RBC | 355 × 104/μL | RBC | 389 × 104/μL |
Hb | 11.2 g/dL | Hb | 12.3 g/dL |
Hct | 36.9% | Hct | 39.7% |
Plt | 24.9 × 104/μL | Plt | 22.5 × 104/μL |
Biochemistry | Biochemistry | ||
BUN | 57 mg/dL | TB | 0.9 mg/dL |
CRE | 6.74 mg/dL | AMY | 66 U/L |
eGFR | 5.1 mL/min/1.73 m2 | AST | 16 U/L |
UA | 8.0 mg/dL | ALT | 9 U/L |
Na | 138 mmol/L | LDH | 220 U/L |
K | 4.7 mmol/L | ALP | 51 U/L |
Cl | 104 mmol/L | γ-GTP | 11 U/L |
Ca | 8.3 mg/dL | CRP | 7.06 mg/dL |
IP | 4.2 mg/dL | PCT | 0.24 ng/mL |
CRP | 4.01 mg/dL |
胸腹部単純CTでは左舌区及び下葉に新規浸潤影を認め,湿性咳嗽もあったことから肺炎の診断となり,各種培養提出後入院加療の方針となった。
BacT/ALERT SA(Aerobic),BacT/ALERT SN(Anaerobic)(BIOMERIEUX)のボトルを使用し,BacT/ALERT 3D(ビオメリュー・ジャパン)を用いて37℃環境下で培養した。2セット3本が20~22時間で陽転した。フェイバーG染色液(島津ダイアグノティクス)を用いてグラム(Gram)染色を行ったところ,一部多形性を有し,染色性が弱いグラム陰性小短桿菌を認めた(Figure 1)。血液寒天培地(Sheep Blood Agar(M):日本BD)及びチョコレート寒天培地(Chocolate II Agar:日本BD)に35℃-5% CO2環境下で培養し,チョコレート寒天培地のみクリーム状の灰色コロニーの発育を認めた(Figure 2)。
Gram-negative small and short bacilli were observed at the locations indicated by arrows.
Gram staining (100×)
Growth of gray colonies is observed on the chocolate agar medium.
直接塗抹標本のGram染色でグラム陰性小短桿菌を多数認めた(Figure 3)。チョコレート寒天培地には血液培養検体由来株と同様の灰色コロニーの発育を認めた。
Gram-negative small and short bacilli were observed at the locations indicated by arrows.
Gram staining (100×)
血液培養検体由来株及び喀痰培養検体由来株の各菌液をX・Vディスク用培地‘栄研’(栄研化学)に塗布し,培地表面にXVマルチディスク‘栄研’(栄研化学)を載せて35℃-5% CO2環境下で20時間培養した。両検体由来株においてXV因子ディスク周囲のみ菌の発育を認めた(Figure 4)。
Growth of Gram-negative bacilli is observed only around the XV factor.
VITK2 NH同定カード(ビオメリュー・ジャパン)を用いて同定を行い,両検体由来株でHaemophilus influenzae(99%)と同定された。
4. 薬剤感受性検査ドライプレート‘栄研’DP44(栄研化学)を用いて薬剤感受性検査を実施した結果を示す(Table 2)。セフィナーゼディスク(日本BD)を用いてβ-ラクタマーゼ試験を行い,陰性であった。ABPCが感受性であったことから,BLNAS(β-lactamase negative Ampicillin suscestible)Haemophilus influenzaeと判定された。
Blood culture | Sputum culture | |||
---|---|---|---|---|
MIC (μ/mL) | susceptibility | MIC (μ/mL) | susceptibility | |
Ampicillin (ABPC) | ≤ 0.12 | S | ≤ 0.12 | S |
Amoxicillin/Clavulanic acid (A/C) | ≤ 0.25/0.12 | S | ≤ 0.25/0.12 | S |
Ampicillin/Sulbactam (A/S) | ≤ 0.12/0.06 | S | ≤ 0.12/0.06 | S |
Cefotaxime (CTX) | ≤ 0.06 | S | ≤ 0.06 | S |
Ceftriaxone (CTRX) | ≤ 0.25 | S | ≤ 0.25 | S |
Cefepime (CFPM) | ≤ 0.25 | S | ≤ 0.25 | S |
Cefdinir (CFDN) | ≤ 0.25 | S | ≤ 0.25 | S |
Imipenem (IPM) | ≤ 0.12 | S | ≤ 0.12 | S |
Meropenem (MEPM) | ≤ 0.06 | S | ≤ 0.06 | S |
Clarithromycin (CAM) | 4 | S | 4 | S |
Azithromycin (AZM) | 0.5 | S | 0.5 | S |
Levofloxacin (LVFX) | ≤ 1 | S | ≤ 1 | S |
Moxifloxacin (MFLX) | ≤ 0.5 | S | ≤ 0.5 | S |
Trimethoprim-sulfamethoxazole (ST) | ≤ 9.5/0.5 | S | ≤ 9.5/0.5 | S |
免疫血清凝集反応法にて行い,陽性時にはa~fの6型に分類される。
外注検査で実施し,莢膜型eであった。
入院後の臨床経過を示す(Figure 5)。酸素化低下や呼吸器症状があったこと,血液検査の結果等から細菌感染による肺炎が疑われた。過去に複数回のMRSA(methicillin resistant Staphylococcus aureus)検出歴とVCM(Vancomycin)による肺炎治療歴があったことからCTRX(Ceftoriaxion)1 g/day静注とVCM 1 g/day静注でempiric therapy開始となった。第1病日に血液培養が陽転し,Haemophilus属菌が疑われたため,その旨を臨床へ報告した。H. influenzaeであればCTRXでカバーできていると判断され,最終的な同定結果と薬剤感受性結果が出るまでCTRXを継続とし,VCMは終了となった。第3病日には血液培養及び喀痰培養でH. influenzaeと同定され,薬剤感受性結果よりCTRXからABPC(Ampicillin)1 g/dayへde-escalationとなった。WBCとCRPの数値は第2病日がピークとなり,その後は減少した。炎症反応や呼吸器状態も改善し,第14病日にはAMPC(Amoxicillin)500 mg/day内服へ変更された。7日間で飲みきり終了とし,外来通院を継続することで退院となった。
元来,侵襲性インフルエンザ菌感染症の原因菌としてはHibが最も多く,侵襲性インフルエンザ菌感染症のうち約95%を占めるとされ1),2),小児侵襲性感染症の中でも特に重要視されてきた。2008年にHibワクチンの国内接種が可能となり,2013年には定期接種項目の1つとなった。ワクチン普及後はHibによる侵襲性インフルエンザ感染症の報告は減少し,ワクチン接種により82%減少したとの報告もある3)。それに代わり,これまで急性中耳炎や気管支炎など局所的な非侵襲性感染症が多いとされてきた無莢膜型H. influenzae(non-typeable Haemophilus influenzae; NTHi)による侵襲性インフルエンザ菌感染症の報告が大半をしめるようになった4)。本邦でも村上らの報告5)によると,2013年~2020年に収集した成人における侵襲性インフルエンザ菌感染症分離菌株の血清型を調査したところ,95%がNTHiであったとされている。
H. influenzae血清型e(Haemophilus influenzae serotype e; Hie)による侵襲性インフルエンザ菌感染症はHibワクチン接種前後で報告数に大きな増減はないが,侵襲性インフルエンザ菌感染症で莢膜型の検査ができたもののうち3%程度がHieであったとの報告がある6),7)。また,原疾患としては呼吸器感染症に起因したものが最も多く,約半数を占めるとされている6)。小児では0.5%程が保菌しているとの報告もあり8),NTHiと同様にHibワクチンによって減少したHibに台頭して今後増加する可能性も危惧される。Hieは臨床的特徴がHibと同様との報告もあり,報告数は少ないが重要な菌の1つであるといえる9)。
今回の症例では,湿性咳嗽があったことや胸部CTで浸潤影を認めたことなどから肺炎が疑われ,血液培養及び喀痰培養が提出された。培養検査の結果,血液培養と喀痰培養の両方からH. influenzaeが検出されたことで,H. influenzaeによる細菌性肺炎に起因した侵襲性インフルエンザ菌感染症であると診断された。患者が保菌者であった可能性が考えられたが,問診において「同居の孫が咳をしている」との発言があったため,小児の孫から感染した可能性も示唆されたが,今回は感染源の特定には至らなかった。また,当院での透析中に発熱等の症状が出たことから早期に治療を開始することができ,患者の軽快に繋がったと考えられた。
現状では侵襲性インフルエンザ菌感染症におけるHieの割合は比較的少ない。しかし,NTHiと同様にHibワクチンによって減少したHibに台頭する可能性も十分に考えられる。侵襲性インフルエンザ菌感染症として保健所へ届け出た場合,保健所によって莢膜型を含む菌株調査が行われる。依頼すればその結果を受け取ることができるため,今後の動向に注視すると同時に,検出菌の莢膜型を確認しておく必要があると思われた。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。