2024 Volume 73 Issue 3 Pages 524-529
国内では衛生環境の改善や徹底した自治体のマススクリーニング検査により寄生虫感染症が減少し,これに伴い臨床や教育の現場においては,寄生虫に遭遇する機会が減少している。しかし,寄生虫感染症が国内から消失する可能性は考えられず,寄生虫検査の知識と技術の維持は重要である。本研究では,卒前・卒後教育に向けに「寄生虫かるた」という教材を作成し,アンケート形式により社会人の臨床検査技師および学生に対してニーズ調査を実施し,評価した。対象は社会人29名と学生137名で,そこから得られた回答を用いた。社会人の65.5%が内部精度管理のフォトサーベイ向けに有用と評価し,55.2%が特定の臨床検査技師向けにニーズがあると回答した。一方,学生の多くは「寄生虫かるた」を医動物学の試験対策に有用であると評価した。本研究から,社会人においては内部精度管理の向上に寄与し,学生においては医動物学の知識の補完と苦手意識の軽減に貢献する教育ツールであることが示唆された。また,今後も教育ニーズの変化に対応するために,寄生虫教育ツールの開発と改善に取り組むことが不可欠と考える。
The prevalence of parasitic infections in Japan has decreased due to improvements in sanitation and the rigorous implementation of fecal examinations. Consequently, opportunities for learning about parasites in clinical and educational settings have diminished. However, the likelihood of completely eradicating parasitic infections within the country remains low, making it essential to sustain knowledge and skills related to parasitic testing. In this study, we developed a ‘Parasite Cards’ for use pre- and post-graduation from education and assessed its practicality. We gathered responses from 29 professionals and 137 students. Among professionals, 65.5% found it valuable for improving internal quality control in photomicrography, and 55.2% recognized the need for specialized technician training. Many students considered ‘Parasite Cards’ to be useful for exam preparation. This study suggests that, in the case of clinical laboratory professionals, this tool has the potential to enhance internal precision control. For students, it functions as an educational tool that supplements their understanding of medical parasitology and alleviates difficulties they may encounter. However, to adapt to changing educational needs, we must continue to develop and improve parasite education tools in the future.
現在の日本では,戦後と比較して,寄生虫感染率は国内の衛生環境の改善や徹底した自治体のマススクリーニング検査により大幅に減少した1)。その結果,寄生虫検査も急激に減少し,医療施設での寄生虫検査に関する不安が臨床検査技師から聞かれるようになった。東京都衛生検査所精度管理事業報告書によれば,医療施設での寄生虫検査依頼が減少し,知識や技術の低下に不安を抱えている臨床検査技師が増加している現状が明らかとなっている2)。さらに,寄生虫検査の現状を知るために日本臨床衛生検査技師会中部圏支部が実施したアンケートでは,「検査依頼がほとんどない」,「検査試薬がない」,「内部精度管理ができない」といった理由で検査センターに委託している施設が37%であることが示された3)。また,2022年度から臨床検査技師学校養成所カリキュラムが見直され,医動物学が尿・糞便等一般検査学に組み込まれ,単位数が2単位から1単位以下へと減少し4),寄生虫検査への関心の低下が深刻化する可能性がある。しかし,日本の食文化である生食や,外国人労働者の増加,寄生虫類の生態から寄生虫感染症が国内で消失する可能性は考えられず,寄生虫検査の知識や技術の維持は依然として重要である。一方で,検査室では寄生虫試料の入手が困難であり,内部精度管理を実施している施設が少なく,また日常業務で寄生虫に遭遇することが少ないため,勉強する機会が減少している。そこで卒前・卒後に気軽に利用可能な寄生虫教育ツールを開発し,臨床検査技師の知識の維持が必要であると考えられた。本研究では,「寄生虫かるた」という新たな教育ツールを作成し,それが社会人の臨床検査技師や学生の教育ツールとしてニーズがあるかについてアンケート調査し,評価した。
「寄生虫かるた」の取り札の枚数は全68枚で構成されており,線虫類16枚,条虫類11枚,吸虫類14枚,原虫類27枚のカテゴリーに分かれている。それぞれの取り札の大きさは8.6 × 8.6 mmで,表面には写真,染色方法,寄生虫の大きさが表示されており,裏面には各寄生虫の和名,学名,発育ステージ,分類,感染経路,寄生部位,中間宿主,病害,診断などの情報が記述されている。これらの取り札は株式会社栄光プリントに印刷を依頼した(Figure 1)。
表面(左)には寄生虫の写真を大きく表示し,下記に染色方法と寄生虫の大きさが表示されている。裏面(右)には和名,学名,発育ステージ,分類,感染経路,寄生部位,中間宿主,病害,診断などの情報が記載されている。
「寄生虫かるた」に関するアンケートは社会人の臨床検査技師および学生を対象として,匿名にてGoogleフォームで回答を収集した。社会人および学生へのアンケートは,それぞれ8項目とした(Table 1, 2)。ニーズの検討には回答が得られた社会人29名,及び学生137名(1,2年生51名,3,4年生86名)の回答データを使用した。また,アンケート解析にはInternational Business Machines Corporation(IBM)が提供する統計解析ソフトウェアStatistical Package for Social Science(SPSS)を使用し,クロス集計を実施した。
項目 | |
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Q1 | 寄生虫学が好きかどうか。 |
Q2 | 「寄生虫かるた」を気軽に勉強に使用できそうか。 |
Q3 | 「寄生虫かるた」を内部精度管理のフォトサーベイに使用できそうか。 |
Q4 | 「寄生虫かるた」の表面(写真)について |
Q5 | 「寄生虫かるた」の裏面(記述内容)について |
Q6 | 「寄生虫かるた」を検査室に1セット欲しいかどうか。 |
Q7 | 「寄生虫かるた」は臨床検査技師にニーズがあると思うか。 |
Q8 | 「寄生虫かるた」の感想(複数回答) |
項目 | |
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Q1 | 所属学年 |
Q2 | 【3,4年生対象】医動物学は好きかどうか。 |
Q3 | 【1,2年生対象】「寄生虫かるた」を何に利用できると思うか。(複数回答) |
Q4 | 【3,4年生対象】「寄生虫かるた」を何に利用したか。(複数回答) |
Q5 | 「寄生虫かるた」の表面(写真)について |
Q6 | 「寄生虫かるた」の裏面(記述内容)について |
Q7 | 「寄生虫かるた」とアプリならどちらが良いか。 |
Q8 | 【3,4年生対象】「寄生虫かるた」の利用後の感想(複数回答) |
社会人29名に対するアンケートの結果では「Q1寄生虫学が好きか」という質問に対し,好きが7名(24.1%),嫌いが8名(27.6%),どちらでもないが12名(41.4%),その他が2名(6.9%)であった。
「Q2気軽に勉強に使用できそうか」では「はい」が25名(86.2%),「どちらでもない」が4名(13.8%)であった。
「Q3寄生虫かるたを内部精度管理のフォトサーベイに使用できそうか」という質問に対し,「使用できそう」が19名(65.5%),「どちらでもない」が7名(24.1%),「使用できない」が1名(3.4%),その他が2名(6.9%)であった。
「Q4写真について」では「綺麗」が24名(82.8%),「分かりにくいものもある」が5名(17.2%)であった。
「Q5記述内容について」は「適当」が27名(93.1%),「物足りない」が1名(3.4%),「その他」が1名(3.4%)であった。
「Q6検査室に1セット欲しいかどうか」では「欲しい」が18名(62.1%),「どちらでもない」が10名(34.5%),「いらない」が1名(3.4%)であった。
「Q7臨床検査技師にニーズがあると思うか」という質問に対し,「ニーズがある」が10名(34.5%),「特定の分野の技師にある」は16名(55.2%),「ほとんどない」が1名(3.4%),「分からない」が2名(6.9%)となった。
「Q8寄生虫かるたの感想」では,Q1で回答された好き,嫌い,どちらでもない毎に感想を分けたところ,「嫌い・どちらでもない」と答えた20名の技師から,面白そう(10/20名),気軽に取り組めそう(12/20名),分かりやすい(10/20名)と回答を得ることができた(Figure 2)。
社会人アンケート項目Q1で質問した寄生虫学に対する意識の回答を好き(黒),嫌い(白),どちらでもない(薄灰),その他(濃灰)で表示している。
学生に対するアンケートの結果において,医動物学の履修を終えた3,4年生86名を対象に「Q2医動物学が好きか」という質問では,好きが21名(24.4%)で,嫌いが18名(20.9%),どちらでもないが47名(54.7%)であった。
「Q3,4寄生虫かるたの利用方法について」の質問では1,2年生,3,4年生共に,定期試験対策(44/51名,63/86名)が最も多く,次いで国家試験対策(41/51名,48/86名),授業の予習・復習(28/51名,36/86名)の順で回答が得られた(Figure 3)。
「Q5写真について」では「見やすい」が129名(94.2%),「分かりにくいものもある」が6名(4.4%),「その他」が2名(1.5%)であった。
「Q6記述内容について」では「分かりやすい」が128名(93.4%),「分かりにくいものもある」が3名(2.2%),「もう少し説明文が欲しい」が4名(2.9%),「その他」が2名(1.5%)であった。
「Q7寄生虫かるたとアプリケーションのどちらが良いか」という質問に対して,「寄生虫かるた」が良いと答えた学生は29名(21.2%),アプリケーションの方が良いと答えた学生は51名(37.2%),どちらもと答えた学生が55名(40.1%)となった。
「Q8寄生虫かるた利用後の感想」について,Q2で「嫌い・どちらでもない」と回答した学生65名では,面白かった(25/65名),気軽に使えた(49/65名),分かりやすかった(39/65名)と回答を得ることができた(Figure 4)。
学生アンケート項目Q2で質問した寄生虫学に対する意識の回答を好き(黒),嫌い(白),どちらでもない(薄灰)で表示している。
社会人のアンケート結果より,「寄生虫かるた」が内部精度管理のフォトサーベイに使用できそうという意見が65.6%であり,検査室に1セット欲しいという回答が62.1%であった。寄生虫の実試料を保有している検査室は少なく,内部精度管理を行えない施設でフォトサーベイとして活用できると考えられた。このように写真を用いた内部精度管理は,生検体の保存が困難な髄液検査でも実施されており5),「寄生虫かるた」の内部精度管理ツールとしてのニーズも期待できる。
さらに,「寄生虫かるた」は臨床検査技師から「個人へのニーズがある・特定の分野の技師にある」という回答が合計で89.7%あり,個人や特定の分野での利用に価値を見出せた。同様に「気軽に勉強できる」と感じた臨床検査技師は86.2%であった。この教育ツールは内部精度管理に限らず,臨床検査技師の個人的な学習,教育,臨地実習の支援に役立つ可能性があると考えられた。
また,裏面の記述内容についても「適当」が93.1%と内容は充実していると考えられた。日本臨床検査同学院が実施されている二級臨床検査士資格認定試験や日本臨床検査技師会の認定臨床一般検査技師資格認定試験,日本臨床一般検査学会の認定寄生虫検査技師認定試験で寄生虫分野の資格を目指す技師にとっては一からの勉強が必要となるため,「寄生虫かるた」を用いることは有用と考えられる。
一方で寄生虫学が「嫌い・どちらでもない」という回答が20名であったが,感想では「分かりやすい」,「やる気が出る」,「気軽に取り組めそう」という好意的な感想が多くみられ,「寄生虫かるた」は寄生虫学の基礎学習を始めるきっかけ作りに有用であることが示唆された。
2. 学生におけるニーズ医動物学を履修済みの3・4年生で「嫌い・どちらでもない」という学生は合計65名であった。その中でも,「寄生虫かるた」を使用後の感想では「分かりやすかった・気軽に使えた」のどちらかまたは両方を選択した学生は59名であった。これは,「寄生虫かるた」が学生の中で苦手意識を緩和させる助けになった可能性が考えられた。
また,利用方法に関しては,医動物学未履修の1・2年生,履修済みの3・4年生共に定期試験対策が最も多かった。この結果から,医動物学の授業の減少を補完し,苦手意識を軽減させる教育ツールとして,「寄生虫かるた」が有用であると考えられた。さらに,「寄生虫かるた」は授業内で実施され,実習とは異なるアクティブラーニングの手段としても活用できた。
「寄生虫かるたとアプリならどっちが良いか」という質問に対して,アプリの方が良いと答えた学生が37.2%と,実物が良いと答えた学生21.2%より多く,アプリケーション化することで,学生にとってはさらに気軽に利用しやすくなるのではないかと考えられた。しかしながら,記憶の定着にはデジタル媒体より紙媒体の方が優位に高いことも示されているため6)~8),我々としては紙媒体による教育ツールを推奨したいと考えている。
本研究と同様に薬剤師養成校でも青江ら9)により化学構造式を使用した「かるた」をゲーミフィケーション(gamification)を用いた教育ツールとして開発されている。結果として学生の興味を高め,分野横断的な理解の促進に有益なツールであると示されている。「寄生虫かるた」においては分野横断的な教育ツールではなく,他分野への影響は少ないと考えられるが,同様に学生の興味を促進させるツールとして有効である。
一方で,臨床検査において形態や画像の理解の必要性は高く,一般検査や血液検査,病理検査,微生物検査,生理機能検査と幅広く,各分野でも「かるた」という教育ツールとして応用することは可能と考えられる。
3. 「寄生虫かるた」のデザイン評価「寄生虫かるた」の表面の写真に関しては82.9%の社会人と94.9%の学生が「綺麗」,「見やすい」と評価した。これは,教科書などの記載されている写真よりも視覚的に効果的であることを示している。また,裏面の記述内容に関しては89.7%の社会人と91.3%の学生が「適当」と「わかりやすい」と評価した。8.6 × 8.6 mmの大きさの中にコンパクトに重要な記述が入っていたことが,高評価を得られた要因であると推測された。
視覚的な要素は学習体験において重要であり,これらのデザイン要素が学習効果に寄与している可能性が考えられた。
本研究で作成した「寄生虫かるた」は,医療現場では内部精度管理ツールや臨床検査技師個人の学習に,教育現場においては医動物学への興味を刺激する卒前・卒後の教育ツールとして活用できることが示された。しかし,その具体的な利用方法は使用者によって異なるため,状況に応じた適切な使用方法を考える必要がある。また,今後も変化する教育ニーズに対応するために,さらなる寄生虫教育ツールの開発や「寄生虫かるた」を教育現場でどのように使用していくか検討することが不可欠と考える。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。
本論文を作成するにあたり,アンケートに回答して頂きました各医療施設,本学部生の皆様に深謝いたします。