2024 Volume 73 Issue 3 Pages 555-559
子宮体癌の中で漿液性癌は,悪性度が高く,予後不良な組織型である。今回,子宮体部由来の漿液性癌が,術後4年で左大腿部後面に多房性の嚢胞を形成した転移巣を示した症例を経験したので報告する。症例は80歳代女性でMRIにて,左大腿部後面に多房性で嚢胞性の腫瘤を形成し,一部に充実性の部位を認めた。PET-CTでは,充実部位にFDG集積を認め,穿刺吸引細胞診が施行された。細胞診では,異型細胞の出現を認めたが,細胞由来の特定は困難であり,セルブロックによる免疫組織学的染色を実施した結果,上皮由来の悪性腫瘍が疑われた。その後,左大腿部の開放生検を施行し,臨床経過で子宮体癌による子宮全摘出術の既往があったことから,最終組織診断は子宮体部由来の漿液性癌の左大腿部転移と診断された。今回の症例は,婦人科領域における悪性腫瘍の遠隔転移で,大腿部軟部組織への転移は報告が少なく,まれな症例を経験したので報告する。
Serous carcinoma is a highly malignant histological type of uterine cancer with a poor prognosis. We reported a case of a serous carcinoma of uterine origin in which a metastatic focus formed a multilocular cyst on the posterior aspect of the left thigh 4 years after surgery. This case involved a woman in her 80s. MRI revealed that a multilocular cystic mass had formed on the posterior aspect of the left thigh, and part of the mass was solid. PET-CT revealed FDG uptake in the solid portion, and needle aspiration cytology was performed. Cytology revealed the appearance of atypical cells, but determining the cell origin was difficult. Immunohistological staining of cell blocks was performed, and results indicated malignant cells originating from epithelial cells. An open biopsy of the left thigh was subsequently performed. The patient had previously undergone a hysterectomy due to uterine cancer, so the final histological diagnosis was serous carcinoma of uterine origin that had metastasized to the left thigh. The current case involved distant metastasis of a malignant tumor in the field of gynecology. This was a rare case, since metastasis to the soft tissue of the thigh has seldom been reported, so it has been reported here.
子宮体癌はエストロゲン依存性のI型と非依存性のII型に分けられる。漿液性癌はエストロゲン非依存性のII型に分類され,全組織型の5~10%を占め,閉経後の60歳代以降に多いとされている1)。また,類内膜癌と比較すると悪性度が高く,予後は不良とされている。
今回,子宮体部漿液性癌の術後4年で,左大腿部痛を主訴に来院し,精査により,左大腿部軟部組織への転移を認めた症例を経験したので考察を加え報告する。
患者:80歳代の女性で,4経妊3経産。主訴:左大腿部の体動時痛。既往歴:正球性貧血,子宮体癌で他院にて子宮全摘出。現病歴:左大腿部の腫脹,発赤,熱感,疼痛を自覚し,当院整形外科を受診。MRIにて,左大腿部後面に約26 × 7.5 cmの多房性で,嚢胞性の腫瘤を形成し,一部に充実性の部位を認めた(Figure 1a–c)。PET-CTでは,充実部位にSUVmax 7.6のFDG集積があり(Figure 1d),悪性腫瘍の可能性が示唆された。画像診断で他に悪性を疑う所見は認めなかったが症状緩和および良悪の判定目的で入院。嚢胞性病変より穿刺吸引細胞診が施行され,検体は83 mL排液された。さらに,後日入院となり,左大腿部の腫瘤に対して開放生検が行われた。
a:MRI T2強調像:病変部の最大径スライス,左中殿筋の背側に約26 × 7.5 cm大の病変と充実部位(赤丸部)
b:MRI T1強調像:造影剤脂肪抑制あり,嚢胞壁両側に充実性腫瘤(赤丸部)
c:MRI 拡散強調像:充実部位のDWI高信号(赤丸部)
d:PET-CT:SUVmax 7.6の悪性を疑うFDG集積(赤丸部)
身長150 cm,体重40 kg,血圧119/65 mmHg,体温36.6℃,左大腿部後面の局所的な腫脹,熱感,疼痛あり,四肢の皮疹および下腿浮腫は認めなかった。
2. 入院時検査所見血液学的検査はRBC 204 × 104/μL,Hb 6.2 g/dL,Ht 21.5%,MCV 105.4 fL,Fe 22 μg/dL,フェリチン779 ng/mLを示し,慢性疾患に伴う貧血が示唆された。また,凝固検査ではFib 464 mg/dL,FDP 21.6 μg/dL,D-D 17.9 μg/mLで線溶系に異常が認められ,CRPは19.90 mg/dLと高度に上昇していた。
3. 細胞診所見高度の血性および好中球主体の炎症性背景に,N/C比の高い異型細胞が孤立性に出現していた(Figure 2)。核は,類円形で強い核形不整と腫大した核小体を認め,PAS反応は陰性を示していた。また,明らかな上皮性結合は認めなかった。さらに,異型細胞の由来を特定するために,残検体においてセルブロックを作製し,免疫組織学的染色を施行した。核異型の強い細胞は,AE1/AE3,p53に陽性(Figure 3),CD68に陰性を示し,上皮細胞由来の悪性腫瘍が疑われた。異型細胞の出現は少数で,細胞の由来を特定するのは困難で,細胞診判定は疑陽性,出現形態から,鑑別に小円形細胞腫瘍を挙げ,報告した。
高度の血性および好中球主体の炎症性背景に,N/C比の高い異型細胞が孤立性に出現
a:セルブロックのHE染色(×400):散在する異型細胞
b,c:免疫組織学的染色(×400)陽性像:AE1/AE3(b)とp53(c)
開放生検が行われ,ヘマトキシリン・エオシン染色(Hematoxylin-Eosin; HE)標本で,筋組織や壊死組織と共に,大型核で核小体の目立つ異型細胞がびまん性に増殖し,核分裂像が散見された(Figure 4a)。免疫組織学的染色では,AE1/AE3,CK7,p53に陽性,SMA,Desmin,S-100,CD45(LCA),ER,PgR,p16に陰性を示したことから,上皮系の転移性悪性腫瘍が考えられた。その後,患者は4年前に他院で子宮体癌の手術既往があるとわかった。他院の手術標本を検討した結果,強い核異型を認めるN/C比の高い類円形の細胞が,乳頭状あるいは樹枝状構造を示していた(Figure 4b)。また,一部では,充実性の増殖を示しており(Figure 4c),左大腿部の生検組織像と細胞形態や充実性の増殖パターンが類似していた。さらに,4年前の手術材料と大腿部腫瘍の生検材料の免疫組織学的染色結果は,ほぼ一致しており(Table 1),左大腿部の腫瘍は,子宮体部由来の漿液性癌で,術後4年の経過で左大腿部へ転移したと考えられた。
a:生検組織のHE染色(×100):充実性の増殖像
b,c:子宮体癌(既往)のHE染色(×100):乳頭状増殖(b)と充実性増殖(c)
抗体名 | 子宮体癌 (原発巣:乳頭状および充実性増殖部位) |
大腿部腫瘍 (転移巣) |
---|---|---|
AE1/AE3 | + | + |
CK7 | + | + |
CK20 | − | − |
ER | − | − |
PgR | − | − |
WT-1 | − | − |
p16 | +(乳頭状部分) | − |
p53 | + | + |
EMA | + | + |
Vimentin | ± | + |
本症例は,子宮体癌の既往に関する臨床情報が不明確のまま,細胞診や開放生検が行われたが,当院受診の4年前,他院で子宮体癌に対して腹式単純子宮全摘術および両側卵巣切除術が行われていた。病理診断は漿液性癌で,筋層浸潤,脈管浸潤,リンパ管浸潤,右付属器への転移が認められていた。その後,放射線照射50 Gyが行われている。今回,左大腿部の体動時痛で当院に来院し病理診断結果が出るまで26日間を要したが,診断確定後,左大腿部腫瘍に対して,放射線照射54 Gyが約1ヵ月行われた。腫瘍マーカーのCA125は,81 U/mLから33 U/mLまで減少したが,腫瘤の大きさに著変は認めなかった。また,CT画像で左大腿部の他に転移を疑う所見は認めなかったが,当院来院時から2年5ヵ月で亡くなった。
子宮体部の漿液性癌は,浸潤や転移能が高く,筋層浸潤の有無に関わらず30%以上にリンパ節転移を伴い,全体の70%に子宮外病変を認めるとされている2)。さらに,リンパ節転移がなくても再発率が高いため,5年原病生存率は55%と低く,早期から転移を来し,治療抵抗性を示すため類内膜癌と比較しても悪性度が高く,予後不良とされている2)。
骨格筋は,体重のおよそ50%程度を占め,血流が豊富とされているが,悪性腫瘍の軟部転移の頻度は稀で3),その理由には,①骨格筋の産生する乳酸が悪性腫瘍の生着を阻害する4),②筋収縮に伴う機械的な刺激が腫瘍細胞の細胞死を引き起こす5),③骨格筋の血流は,交感神経および副交感神経の作用により変動しやすい6)ことなどが考えられているが,本症例は,漿液性癌術後4年の経過で,軟部組織への転移を認めた。
転移性軟部腫瘍に関する臨床病理学的所見7)では,患者年齢の平均は53.5~68歳,下肢や体幹部に発生することが多く,腫瘍径は,平均5.4 cm~8.3 cm,腫瘤の形成に加え,疼痛を伴うことが症状とされている。原発巣は,悪性リンパ腫,肺癌,皮膚癌,乳癌が大部分を占め,婦人科領域においては,子宮頸癌の前腕部や大腿部転移が各1例,子宮平滑筋肉腫の大腿部転移の1例が報告されている。生存期間中央値は,6~16ヵ月,1年生存率25~55%,2年生存率0~33%と短期であり,軟部組織への転移は,癌の末期状態を表している可能性が大きいことから,検査から診断および治療は,できる限り素早く行われる必要がある。多くの症例では,初診時から診断までに平均12日間を要すると言われているが,最長で38日間を要した症例報告もある。その要因は,悪性疾患の既往が不明で,初発症状が軟部腫瘍であったとされている。逆に,短期間で診断された症例は,悪性疾患の既往を早期に把握し,病理学的診断のための組織生検が行われた症例であった。
本症例を上記の臨床病理学的所見と比較した場合,ほぼ一致した所見が得られたが,軟部腫瘍の大きさは平均より大きく,大部分が嚢胞液で占められていた。しかし,充実性の部分にPETの集積が認められたことから悪性腫瘍の可能性が示唆された。嚢胞の穿刺吸引細胞診で,異型細胞の細胞形態やPAS反応所見などから,Ewing肉腫,胞巣型横紋筋肉腫,繊維形成性小円形細胞腫瘍,小細胞癌,悪性リンパ腫などの小円形細胞腫瘍が鑑別に挙げられた。一般的に,骨軟部腫瘍の鑑別においては,患者年齢や発生部位の確認も重要となる。また,液状検体であれば,セルブロックを作製し,免疫組織学的染色を実施することが可能で,補助診断として有用である。本症例は,異型細胞が孤立性に出現していたが,PAS反応は陰性で,特徴的な所見は認めず,小円形細胞腫瘍とはやや異なっていた。また,セルブロックの免疫組織学的染色の結果,AE1/AE3,p53に陽性を呈したことから,上皮由来の悪性腫瘍の転移を疑った。さらに,他院での子宮体癌の既往があり,その組織像が生検組織と類似していたことや,免疫組織学的染色の結果が一致したことから,子宮体部由来の漿液性癌の大腿部転移という診断に至った。
漿液性癌の臨床病理学的病態の重要性と一般に軟部腫瘍,特に転移性の腫瘍の診断には時間を要することが多く,早急な治療が求められる場合が多いため,診断する上で臨床医からの患者情報の提供は非常に重要であると考える。
一般的に,癌の軟部組織への転移の状態は末期状態の可能性を否定できず,診断を早急に行い,治療に繋げなければならないとされている。また,細胞像や生検組織像のみでの診断は困難であることが多く,患者情報の中でも特に既往に関するものは極めて重要で,病理診断までの日数を減らす有用な情報と考える。さらに,本症例の如く細胞診におけるセルブロック作製は,いかに検体量が少なくても免疫組織学的染色を行うことで,腫瘍細胞の由来を考えることができる有用な方法であると考えられた。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。