2025 Volume 74 Issue 2 Pages 340-346
肺サーファクタントタンパク質D(surfactant protein D; SP-D)は免疫学的測定法である酵素免疫測定法や化学発光酵素免疫測定法を用い測定されていたが,測定装置や測定試薬が限られていた。今回汎用自動分析装置にて測定可能となった試薬「ナノピアSP-D」について基礎的性能評価を行った。評価内容として,正確性,分析範囲,特異性,検体の保存安定性,対照法との比較を行い,いずれの項目においても良好な結果を得ることができた。検体の保存安定性は室温保存検体において1日目から10日目にかけて測定値の上昇を認めたがその詳細な原因は不明であったため,院内導入の際には採血してから迅速に測定を行うことが重要と考えられた。対照法との比較では高値検体における測定値の偏りと,一部検体における対照法と測定値の乖離を認めたが,その原因として検体の保存状態の影響や偶発誤差などの可能性が考えられた。被検試薬の高感度な特性は肺胞蛋白症,間質性肺炎などの肺障害を早期発見することによる迅速な治療介入への貢献が期待される。
Latex agglutination immunoturbidimetry is an immunological assay for pulmonary surfactant protein D (SP-D), but assay devices and reagents are limited. In this study, we conducted a basic performance evaluation of the reagent “Nanopia SP-D”, which can now be measured by a general-purpose automated analyzer. We evaluated the accuracy, analytical range, specificity, sample storage stability, and comparison with a control method, and obtained good results for all items. In terms of specimen storage stability, an increase in measured values was observed in specimens stored at room temperature from the 1st day to the 10th day, but the detailed cause of this increase was not clear. In comparison with the control method, some high value samples showed a bias in measured values, and some samples showed deviations in measured values from the control method, suggesting the possibility of storage conditions of samples or accidental errors. The high sensitivity of the test reagent is expected to contribute to early detection and prompt therapeutic intervention in lung-related disorders such as alveolar proteinosis and interstitial pneumonia.
サーファクタントタンパク質である肺サーファクタントタンパク質D(surfactant protein D; SP-D)は,コレクチンファミリーに属する肺サーファクタントタンパク質の一種である。主に肺胞II型細胞およびクララ細胞で産生され,肺胞表面を覆っている肺胞上皮被覆液の表面張力を抑えて肺胞の虚脱を防止することによって安定した呼吸を維持するほか,気道-肺胞系の生体防御機構を担っている。SP-Dの分子量は約43 kDaで,N末端側にコラーゲン様ドメイン,アミノ酸からなるネック領域をはさみ,C末端側にはC型レクチンドメインから構成され,トリプルヘリックスを形成した三量体からなるサブユニットが4個集合した十二量体の十字形構造を形成している1)。SP-Dは肺に障害が起こると肺組織から循環血液中に漏出するため,血中濃度は肺組織の障害の程度を反映すると考えられ,肺胞蛋白症,間質性肺炎などの補助診断に有用な肺特異的診断マーカーとして血中濃度の測定が行われている2)。
SP-Dの測定には,これまで免疫学的測定法のうち主に酵素免疫測定法や化学発光酵素免疫測定法が用いられていたが,測定可能な装置が限られているため,外注検査で運用している施設も多い。
今回,積水メディカル株式会社よりラテックス凝集免疫比濁法を用い,汎用装置で測定可能な測定試薬「ナノピアSP-D」が発売されたため,同試薬について,現在外注測定依頼している試薬との比較を含めて,基本性能を評価することを目的として本研究を行った。
2023年5月30日から2023年6月19日まで当検査部に提出されたSP-Dの検査依頼があった患者検体248件を対象とした。外注測定後の検体を回収し,測定まで −80℃凍結にて保存した。
なお本研究は岐阜大学大学院医学系研究科医学研究等倫理審査委員会の承認を得て行った(承認番号:2022-086)。
2. 方法 1) 試薬・装置被験試薬として「ナノピアSP-D」(積水メディカル株式会社)を用いて,メーカー指定の標準パラメータを使用して検討を行い,比較対照試薬としてCLEIA法を測定原理とした「CL SP-DヤマサNX」(ミナリスメディカル株式会社)を用いた。正確性,併行精度,室内再現精度の評価においては「SP-D/KL-6用共通キャリブレーター」および「SP-D/KL-6用共通コントロール」(積水メディカル株式会社)を,希釈直線性,プロゾーン性能においてはヒトベース血清にSP-D抗原を混合したものを使用した。また,共存物質の影響を検討するため「干渉チェック・Aプラス」および「干渉チェック・RFプラス」(シスメックス株式会社)を使用した。被験試薬の測定装置として自動分析装置 JCA-BM8040(日本電子株式会社)を使用した。
2) 検討内容被検試薬を用いた基本性能として正確性,併行精度,室内再現精度,希釈直線性,プロゾーン性能,測定感度,共存物質の影響および検体安定性を確認した。また,臨床性能評価として被検試薬および比較対照試薬との相関性をSP-D測定依頼のあった検体で確認した。
なお本研究の検討内容は日本臨床化学会の「定量測定法に関するバリデーション指針」に則って実施した3)。
ナノピア用SP-D/KL-6共通キャリブレーター(積水メディカル株式会社)4濃度を5回連続測定して得られた平均値を表示値と比較した結果,表示値との差の割合は −1.26%から1.01%であった(Table 1)。
Calibrator I | Calibrator II | Calibrator III | Calibrator IV | |
---|---|---|---|---|
Target value (ng/mL) | 79.4 | 205.3 | 520.9 | 1,046.9 |
Mean (ng/mL) | 79.66 | 208.34 | 520.36 | 1,044.18 |
SD | 1.38 | 1.33 | 6.66 | 18.42 |
CV (%) | 1.73 | 0.64 | 1.28 | 1.76 |
Percentage difference from the target value (%) | 1.00 | 1.01 | −1.11 | −1.26 |
SD, standard deviation; CV, coefficient of variation
併行精度として,ナノピア用SP-D/KL-6共通コントロール(積水メディカル株式会社)を20回連続測定した。得られた平均値(Mean),標準偏差(SD)から変動係数(CV%)を算出した結果,いずれの試料においてもCV%は1.1%から1.6%であった(Table 2)。
Repeatability | Intermediate Precision | |||
---|---|---|---|---|
QC1 | QC2 | QC1 | QC2 | |
Mean (ng/mL) | 75.6 | 300.0 | 76.6 | 301.2 |
SD | 1.24 | 3.43 | 1.72 | 5.62 |
CV (%) | 1.6 | 1.1 | 2.2 | 1.9 |
SD, standard deviation; CV, coefficient of variation
試薬ボトル開封後,装置架設時のみにキャリブレーションを実施し,以降開封・架設状態を維持したままキャリブレーションならびに試薬交換は行わない条件下で最大48日目まで室内再現精度の確認を行った。その結果,ナノピア用SP-D/KL-6共通コントロールのCV%は1.9%から2.2%であった(Figure 1)。
a) QC1: Nanopia Level 1
b) QC2: Nanopia Level 2
室内再現精度と同一条件下にて,48日間同様の測定を続けた結果,測定値は漸増しベースラインからの変化率はLevel 1で最大3.72%,Level 2で最大3.57%であった(Figure 1)。
2. 分析範囲 1) 希釈直線性直線性専用希釈液にて10段階に希釈し各希釈試料を2回連続測定した。その結果,1,098.6 ng/mLまで良好な直線性が得られた(Figure 2a)。
a) High SP-D level sample
b) Prozone sample
プロゾーン確認用試料(9,551.0 ng/mL)を用いて,専用希釈液にて9段階に希釈し各希釈試料を2回連続測定した。その結果,測定値1,152.0 ng/mL(理論値:1,193.9 ng/mL)以降でプロゾーン現象が確認され,メーカー設定の測定上限(1,000.0 ng/mL)を下回ることはなかった(Figure 2b)。
3) 測定感度ブランク上限(limit of blank; LoB)は10種のプール血清を計8日間,総計80回の測定を行った。総平均値+1.645 × 合成標準偏差から求めたLoBは0.925 ng/mLであった。また,SP-D検討試料の検出限界試料を用いて8段階希釈し各希釈試料を8回連続測定し,検出限界(limit of detection; LoD)を求めた。その結果,LoB + 1.645 × 当該試料の標準偏差の平均から求めたLoDは3.060 ng/mLであった(Figure 3a)。
a) Limit of blank (LoB) and limit of detection (LoD)
b) Limit of quantitation (LoQ)
また,測定下限である15.0 ng/mL付近の検体10種のプール血清を計5日間,各2回連続測定し,精度プロファイル図から許容誤差限界CVの点から定量限界(limit of quantitation; LoQ)を推定した。CV 10%点におけるLoQは17.837 ng/mL,CV 20%点におけるLoQは9.479 ng/mLとなった(Figure 3b)。
3. 特異性 共存物質の影響プール血清,干渉物質試料を用いて溶血ヘモグロビン,抱合型ビリルビン,遊離ビリルビン,乳び,リウマトイド因子の影響を観察した。プール血清に干渉物質試料およびブランク液を添加後,5段階希釈し各希釈試料を3回連続測定した。ブランク検体に対する変化率はいずれも±5%以内であった(Figure 4)。
a) Hemoglobin
b) Conjugated bilirubin
c) Free bilirubin
d) Chyle
e) Rheumatoid factor
検体の保存安定性を確認するために室温(25℃),冷蔵(4℃)および凍結(−30℃)保存した検体を10日間測定した結果,冷蔵および凍結保存検体においては安定性を認めたが,室温保存検体において1日目から10日目にかけて測定値の上昇を認めた(Figure 5)。
患者検体248件およびその内の200 ng/mL未満の検体220件を対象に被検試薬と比較対照試薬の同時測定を行い,相関性を検討した。また,Bland-Altman分析により比較対照試薬濃度を基準に差のプロットを確認した。検体は測定まで凍結保存し,当日に融解して測定を行った。その結果,相関性において測定可能範囲全体で相関係数r = 0.990,回帰式y = 1.08x + 3.43,200 ng/mL未満の検体で相関係数r = 0.981,回帰式y = 1.09x + 1.83であった(Figure 6a, c)。Bland-Altman分析はいずれも高値領域においてバイアスが大きいことが確認された(Figure 6b, d)。
a) Bland-Altman Scatter plots
b) Bland-Altman
c) Bland-Altman Scatter plots (Data below cutoff value)
d) Bland-Altman (Data below cutoff value)
Bias between CL SP-D NX-L and Nanopia SP-D; Regression equation calculated by Passing-Bablok regression.
今回,積水メディカル株式会社から販売された「ナノピアSP-D」の基本的性能に関する検討を行った。その結果,正確性・精密性,分析範囲,特異性,相関性において良好な成績を得た。検体の安定性では室温保存で濃度依存的な上昇を認めた。
肺に極めて特異的であるSP-Dは間質性肺炎などの肺疾患のバイオマーカーとして汎用されている。北米やヨーロッパで増加している特発性肺線維症(idiopathic pulmonary fibrosis; IPF)や2019年より世界で流行したCOVID-19は,SP-Dがその診断と予後予測に役立つことが報告されている4),5)。デンマークで行われた双生児による12年間の長期的健康追跡研究によると,追跡開始時に肺機能が正常であった喫煙者が調査中に肺機能の低下をきたした場合,追跡開始時よりもSP-Dの構成物質であるsSP-Dが増加することから,ハイリスク喫煙者の識別に有用であることが報告されている6)。また,様々な原因により肺胞腔内に滲出液が貯留して呼吸不全に至る急性呼吸窮迫症候群(acute respiratory distress syndrome; ARDS)のうち,SP-Dは肺以外を原因とする敗血症などの間接的な肺損傷よりも,肺炎などの直接的な肺胞内皮損傷と関連すると考えられている。また,典型的な細菌性よりもウイルスおよび非定形病原体による肺炎に起因したARDSにおいて有意に上昇していることから,SP-DがARDSの分類や原因疾患の推定に有用である可能性が示されている7)。これら様々な肺障害を評価するためには精密性および正確性が担保されている測定系が重要となる。
被検試薬であるナノピアSP-Dは併行精度,室内再現精度ともに良好な結果が得られた。メーカーが公表している測定レンジでは15.0~1,000.0 ng/mLとされているが,本検討においても測定上限まで良好な直線性とLoQ CV 20%において9.479 ng/mLと良好な結果を得ることができた。またプロゾーン性能においても,測定上限である1,000.0 ng/mL以上の理論検体値を測定しても落ち込むことはなく,測定上限以下では直線性が担保されていることを確認した。共存物質の影響に関しても±5%以内の変化で良好な結果を得たことから,本試薬は良好な基本性能を有していると考えられる。保存安定性においては,室温保存(25℃)の検体において経時的な上昇を認めた。添付文書には室温保存検体を長期間検証したデータはなくその詳細な原因は不明であるが,本データより保存条件には注意を要することが示唆された。比較対照試薬との相関性においては相関係数および回帰式はいずれも概ね良好な結果であったが,一部測定値の乖離する検体が散見された。単回測定のため偶発誤差の可能性もあるが,検体由来の反応性の相違も考えられる。しかしながら,診療録情報からは該当の症例については特徴的な所見は認めなかった。また,高値領域で偏りが大きいことが確認された。本測定は凍結保存した血清を測定時に融解し測定を行っているが,保存条件の影響も示唆され詳細な原因についてはさらなる検討が必要である。SP-Dは保存安定性の結果からも保存条件に注意を要し,安定した測定値を得るためには院内測定を考慮する必要があることが示唆された。
本邦におけるSP-D測定は,現在は主にCLEIA法による測定が用いられており,専用装置での測定のため外注依頼している施設が多くあるのが現状である。免疫学的測定法であるラテックス凝集免疫比濁法は汎用生化学自動分析装置による測定が可能であるが,専用装置を必要としない反面,BF分離による非特異反応の低減効果が期待できないため,SP-D以外の検体由来非特異反応の影響を受け易い問題もある8)。これまでSP-Dは専用装置が必要であったため外注している施設が多数を占めていた。今回,汎用自動分析装置での測定が可能となったが,非特異反応や検体の保存条件について十分考慮した上で測定する必要があると考えられる。
今回の検討により,「ナノピアSP-D」は,基本性能および臨床的有用性において高い水準で達成していることが確認できた。試薬調製を必要とせず各汎用自動分析装置で測定ができるため,臨床検査において大量検体の測定に有用であり,肺障害の早期発見が可能となることで,迅速な治療介入への貢献が期待される。
本論文に関連し,開示すべきCOI 状態にある企業等はありません。