アンデス・アマゾン研究
Online ISSN : 2434-0634
ペルー・「ワロチリ文書」にみられる山の神々
色彩と明暗をめぐる感性・イメージ
大平 秀一
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2019 年 3 巻 p. 1-56

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抄録

 一定の景観を織り成し続ける自然・大地に根ざし、それと共に存続してきた社会・文化の理解を進めようとするとき、その中で蓄積・共有されてきた感性・感覚に着目することは、極めて大きな意味をもつはずである。しかし、不可視かつ輪郭のあいまいな感性・感覚の歴史性を捉えようとすると、それらの社会・文化の大半が歴史的に文字をもたなかったが故に、文字資料の欠如という障壁に直面する。アンデス地域では、強制的キリスト教化の過程で、土着の宗教・儀礼的世界をめぐる先住民の語りが、ケチュア語のまま書き残されている。それは「ワロチリ文書」(c.1608)として知られ、リマ東方のアンデス西斜面領域が語りの舞台となっている。
 本論では、この語りを分析対象とし、色彩・明暗の観念に焦点を当てて、山の神々をめぐる先住民の感性・感覚への接近を試みた。その結果、1)地下性を帯びた山の神々の世界は、闇・黒色に包まれていると同時に、羽毛や花で象徴されるような光り輝く多彩性をも帯びていること、2)虹や雷はその多彩性・強い輝き・山の神々のカマック(活力・エネルギー)が地上に吹き出したり放たれたりする現象であること、3)山の神々のカマックが口から溢れ出る様態が、青色・緑青色の息・煙として捉えられていること、4)山の神々は雨や雹そのものと化し、感情が高ぶってカマックが増大している場合には、その雨や雹が赤色や黄色を呈すること、5)ワロチリ地域の主神「パリアカカ(山)」という名称に、山の神々およびその世界の光り輝く多彩性そのものが含蓄されていること、が明らかとなった。
 本論で提示した山の神々の世界と色彩・明暗をめぐる感性・感覚・イメージは、物質文化・考古資料・民族誌等を通して、さらに詳細に検討される必要がある。それにより、アンデス先住民の歴史・文化の一層生き生きとした理解が可能になると同時に、先住民の柔らかな精神世界を理解し得ない他者が残した歴史文書の記述を基に、延々と再生産され続けてきた先住民の歴史像・文化像に再考を迫ることにもなるであろう。

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© 2019 アンデス・アマゾン学会, 大平秀一

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