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Reports
Empathy and Role Lettering Education among Nursing Students: Differences Related to the Imagination Activities and Variety of Descriptions
Shuhei Kaneko Keiko SekidoAkiko Shimomura
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2014 Volume 34 Issue 1 Pages 180-188

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Abstract

目的:ロールレタリングと呼ばれる筆記課題を実施し,看護学生の想像活動に関する特性や記述の多様性による共感性の変容の違いを検討することが本研究の目的である.

方法:看護学生118名(第一研究)と75名(第二研究)を対象に,架空の患者と看護師との対話を記述する課題を行い,前後に多次元共感性尺度を測定した.想像活動への親和性の高低でH, L群,記述の多様さを基準に多,少群を設けた.

結果:共感性の合計点や「影響性」因子の低下(H群),他者指向的な情動面の上昇(L群)がみられた.記述が多様であるほど,他者指向的側面が高かった.また記述の少群で「影響性」が低下した.自己指向的な情動面の減少は,記述の幅に関わらずみられた.共感性の認知的側面は変容しなかった.

考察:共感性の低下は,記述の幅が少ない群の自信喪失やストレス対処の表れ,もしくは現実的な落ち着きとして理解された.ロールレタリングの技法の枠組みは,想像が不得手と思われるL群が,他者の情動を感じやすいように補助的に働く可能性が示唆された.豊かな記述ができなくとも,自他の区別を表す結果はみられることも確認された.

Ⅰ.はじめに

看護師が患者に共感的に関わることは,患者が人生の意味を見出すこと,希望をもつこと,苦しみへの対処,痛みや苦しみの表現と関係する(Myhrvold, 2003)と言われている.また看護師は「患者自身の報告に大きく頼ってケアをしなければならない」ため,「共感性や深い理解(intimacy)を通して患者の体験を推測すること」(Kirk, 2007)が必要になる.看護師が患者の個人的な体験を共感的に理解することが,ケアの重要な一要素であると言えよう.

看護を学ぶ1年生も共感することの必要性を自覚している(e.g., 辻野ら,2005)が,かねてから看護学生に共感性をしっかりと教える難しさが指摘されている.Price & Archbold(1997)は「共感性とは成熟するにつれて育つ天性の(natural)能力やあり方」であり「スキルを教えられても,それをいかに援助のプロセスにあわせていくかに気づかなければならない」と問題提起をしている.つまり真の共感性の教育のためには,天性の能力と言われる個人特性やスキルを援助プロセスの対話の中で表現していく努力を考慮する必要があると言えよう.

共感性をどの程度身につけたかの評価は,一次元的に行えるものではない.Rogers(1957)が治療的な人格変容のための必要十分条件として挙げた共感的理解は,現在では「認知的,感情的,身体的な要素などが全て絡みあった多次元的な構成概念」(Cooper, 2001)として理解されている.また共感的理解は,それが最低限相手に伝わること(Rogers, 1957)が必要であり,関係性も重要な要素である.共感性とは,このような共感的理解を支える個人内の諸要素であると考えられる.共感性も共感的理解と同様に,認知的側面,情動的側面などの多次元で捉えられることが確認されている(Davis, 1994).

Goldie(1999)は,共感性について「相手の立場に立った“自分の”気持ちを感じることとは決定的に違い,相手の物語を想像の上で再現する語り部(narrator)になること」と指摘している.このような自他の区別を,共感性の諸要素と結びつけて理解することが重要である.共感性の認知的側面には,他者の立場に立とうとする「視点取得」が含まれると言われる(e.g., Morse et al., 1992)が,その他の要因は研究によってやや異なっている.本研究で重要なのは,Goldie(1999)の自他の区別を反映する,共感性の自己/他者指向的反応(情動的側面)の区別である.日本では鈴木ら(2008)が両者を区別した尺度作成に成功している.本研究では,共感性の認知的側面と情動的側面の区別,また看護師と患者との関係において異なる意味を持つ自己/他者指向的反応の区別に注目し,共感性の変容を理解していく.

看護学生の共感性を育むために,体験的な教育方法(Reynolds, 1987)や非構成的な構造の小グループで,看護師と患者の相互交渉に焦点を当てて話すこと(Franks et al., 1994)が提案されている.このような対話を含む教育は,患者の病についての想像を促すと考えられる.日本では看護学生の共感性を促進する方法として,視点取得や想像を技法上の特徴とするロールレタリング(以下RLとする)が用いられている(下村,2001關戸,2003).RLは複数の立場(例えば患者と看護師)に立ち,その間で交わされるメッセージを想像し,書記的に表現する技法である.いずれの先行研究でも,共感性に関する効果検証はなされていない.RLは催眠療法やイメージ療法と同様に,場面や登場人物をどれほど生き生きと想像できるか,つまり個人の「想像活動への親和性」がその効果を予測する可能性のある技法である.このような特性は,Price & Archbold(1997)が「天性の能力」と呼び,Reynolds & Presly(1988)が特性としての共感性と呼んだものと関係する可能性があるだろう.またRLの記述自体は,書きながら想像の世界に入っていく自己教示的な役割を果たしつつ,援助プロセスの中で共感性を表現する努力の跡を示すことが予想される.ただし春口(1995)が指摘したように,記述には表れないものも多い.記述量は心的作業の質をそのまま反映しないことを考慮する必要がある.RLの記述に関しては,記述の多様さ(金子,2009)に注目する有用性が指摘されている.記述の幅への注目は,書き手が共感的に相手の気持ちに沿おうとする試みを捉える一つの方法だと言えよう.このような個人の特性や努力による共感性の変容を検討することによって,特徴に応じた教育方法の選択についての議論ができ,また対象者に関わらず得られる効果の確認も可能になることが本研究の意義である.

本研究では,RLを用いた体験学習によって看護学生の共感性が変容する際に,個人特性としての「想像活動への親和性」がどのように影響するかを検討することを目的とする(第一研究).またRLの質的な側面に注目し,コード化された記述の幅(種類の多さ)が共感性の変容にどのように関わっているかを明らかにすることを目的とする(第二研究).

Ⅱ.第一研究

1.方法

1) 対象

A, B看護系大学1年生149名のうち,研究への同意の意思が不明であった4名と,データに欠損があった27名を除いた118名(男性16名,女性102名,平均年齢18.84±1.57歳)を対象とした.

2) データ収集期間

A看護系大学は2010年6月,B看護系大学は2010年10月に調査を実施した.

3) 手続き

大学の授業3回(A大学のコミュニケーションに関する15回の授業のうちの8〜10回,B大学のコミュニケーションに関する8回の授業のうちの3〜5回)のうちの180分で,RLを用いた体験学習を実施した.対象者に集団でRLの説明を行った.RLの基本的な流れは,架空事例の患者の基本情報と看護師との対話を読み,その対話の続きを想像して以下の4つの記述をすることである.この基本情報と冒頭部分の一部を図1に示す.各記述はa)看護師から患者への声かけ,b)患者の応答,看護師への助言,c)看護師から患者への声かけ,d)患者の応答の4つである.各記述は5分であるため,1事例につき記述の合計時間は20分である.通常の講義を行う広い教室において集団実施で行った.また1事例についての記述を終えるごとに感想や気づいたことに関する3〜4名の小グループでのシェアリングも行った(10分).この流れを3事例(採血に抵抗する70代女性,食事制限を守らない2型糖尿病50代男性,左足切断以来看護に不満を抱きやすい20代女性)について実施し,この体験学習の前後に質問紙調査を実施した.架空事例は患者の性別や年齢,疾患と外傷の点で偏らないように留意して筆者らの経験をもとに作成した.

図1 基本情報と看護師と患者の対話の冒頭部分

RLはロールプレイングと異なり,記述の間は一人の作業になる特徴がある.そのため書いたものを秘密にできる守秘機能と他者を気にせずに表現ができる告白機能をもった技法である(原野,2001).しかしRLは技法単独で用いるより,個人面接やグループでの共有や振り返り,自由に思いを表現するノートなどと併用されることが多い(金子ら,2012).RLを書いて終わりにせず,その後の気持ちの表現が重要である(髙木,2004)と指摘されているためである.本研究では「書いた内容を話し合う必要はなく,感想や気づきを共有する」という教示のもとで,グループでのシェアリングを実施した.

本研究で実施したRLの課題と架空事例は,先行研究においてRLを用いた看護教育を行っていた研究者2名の助言をうけて作成し,患者の状態や場面に偏りが少ないように修正したものである.

4) 測定尺度

「想像活動への関与」を測定する笠井ら(1993)の日本版Imaginative Involvements Inventory(以下III尺度,14項目7件法)を,RLを用いた体験学習の1回目の授業開始直後に測定した.その項目は「空想にふけっていると,それを本当に体験しているように思えます」などである.

また鈴木ら(2008)の多次元共感性尺度(Multidimensional Empathy Scale;以下MES)を1回目の授業開始直後(以下preと表す)と3回目の授業終了直前(以下postと表す)に測定した.MESは被影響性(F1),他者指向的反応(F2),想像性(F3),視点取得(F4),自己指向的反応(F5)の5因子(各5項目5件法)で構成される.各因子の負荷量が最も高い項目は,「まわりの人がそうだといえば,自分もそうだと思えてくる(F1)」,「悲しんでいる人を見ると,なぐさめてあげたくなる(F2)」,「面白い物語や小説を読んだ際には,話の中の出来事がもしも自分に起きたらと想像する(F3)」,「自分と違う考え方の人と話しているとき,その人がどうしてそのように考えているのかをわかろうとする(F4)」,「他人の失敗する姿をみると,自分はそうなりたくないと思う(F5)」である.いずれも妥当性と信頼性を確認されており,得点が高いほど想像活動への関与の程度,共感性の諸側面が強いことを示す.

5) 分析方法

III尺度はcut-off値の設定されていない尺度であったため,平均値+1SD以上を「想像活動への関与」の上位(H)群,平均値−1SD以下を下位(L)群とする.このような連続性をもつ尺度において上位群と下位群を設定する場合,誤差を反映させないために両端(例えば上位と下位の10%)を扱うこと(Nunnally & Bernstein 1994)が考えられる.また上位群と下位群が高い確実性をもって区別されるためには,両群の標準偏差を基準にして上位と下位の27%を選択する方法も考案されている(Kelley, 1939).本研究では理論的には15.9%が入る平均値±1SDを基準として採用した.パーセンテージで群を選択するよりも,母集団推定値として基準となる値を今後の研究のために残すことを目的としている.III尺度得点はKolmogorov–Smirnovの検定より,正規性の確認を行う.その後,MES得点と5因子得点について2(H, L)×2(pre, post)の分散分析を行う.本研究では,MES得点についてpre–post間の差を変数としなかった.pre–post間の差を算出することで扱われる変化量は,相対的な値となり,得点の絶対的な意味が失われるためである.

6) 倫理的配慮

鳥取大学の倫理審査委員会に本研究の計画書を申請し承認された(承認番号1510).またその研究計画に基づき,A大学の所属長の承認を得た.A, B大学の学生を対象とし,RLを用いた体験学習を授業かつ研究の一部にもなるものとして行うことの説明を行った.RLを用いた体験学習は,本研究の実施以前から授業として計画されており,特に本研究だけの手続きではなかった.その前後の質問紙記入は任意参加であることを対象者に伝えた.対象者には協力者番号を割り当て,その後の質問紙記入でもその番号を記入させてデータを一致させた.研究への同意や協力した内容と成績評価は一切関係しないこと,同意しないことで不利益を被らないことも説明した.成績評価の方法も別に示した.また研究への同意はいつでも撤回できることも伝えた.データは協力者番号で管理するため,研究者たちは質問紙の未提出者を特定できないこと,協力者番号を用いて同意撤回を行う場合も,データの削除はできるが個人を特定できないことを説明した.対象者には学会発表や論文として公表することの同意を得た.RLの架空事例も,倫理的な配慮から実際の事例ではなく筆者らが創作したものを用いた.

2.結果

上述の方法に従い,III尺度の平均値(49.58)とSD(12.55)を用いて群分けを行った.MES得点と5因子得点について2(H, L)×2(pre, post)の分散分析を行った(表1).H群は17名,L群は21名となった.またIII尺度得点はKolmogorov–Smirnovの検定より,正規性を確認した(p=.20).

表1 III尺度H, L群と測定時期によるMES得点とその分散分析結果

MES合計点では交互作用の傾向がみられ(F(1, 36)=3.12, p<.10, MSe(誤差の平均平方)=16.63),preでもpostでもH群の得点が高かった(F(1, 36)=12.10, p<.01, F(1, 36)=5.56, p<.05).またH群ではpre–post間で得点が低下した(F(1, 36)=4.88, p<.05),「他者指向的反応」因子では有意な交互作用がみられた(F(1, 36)=8.65, p<.01, MSe=1.09),L群のpre–post間で得点が上昇した(F(1, 36)=8.65, p<.01),他に「想像性」因子で群の主効果がみられ(F(1, 36)=44.87, p<.01, MSe=3.87),H群の得点が高かった.「被影響性」,「視点取得」,「自己指向的反応」の3因子の得点に有意な差はみられなかった.

3.考察

1) 想像活動への親和性の高さと共感性の低下

RLを用いた体験学習の前後で,MES合計点は,想像活動への親和性が高い群(H群)で低下した.一般的に,何らかの介入の前後でなくとも,看護学生などの医療系の学生の共感性の低下は複数の研究で確認されている.Hojat et al.(2004, 2009)は,特に医療系の学校の3年生における共感性の低下,Nunes et al.(2011)は1年生の共感性の低下を確認している.これらの変化は,ジェファーソン医療共感性尺度という20項目1因子構造を想定された尺度においてみられたことから,本研究の結果と単純に比較することは難しい.しかしそこでみられた結果や考察は,本研究の結果の一部は説明しうるものと思われる.

Michalec(2010)は,こうした一般的に起こる共感性の低下について,医学系の学校における各種のストレッサーが直接的には関係していないことを示し,特に共感性の高い人たちがストレッサーに対する脆弱性を少なくするために共感性を切り離した結果として理解している.つまり高い共感性は,ストレス脆弱でありうるという理解である.本研究にみられた共感性の低下も,特にイメージに深く没入しやすいH群で,共感性の高い人たちにみられた結果であったことから,Michalec(2010)の研究に近い結果が得られたと言えよう.

共感性の下位因子については,H群で有意に低下した結果はみられなかったものの,変化の幅が大きい順に「視点取得(−1.41)」,「他者指向的反応(−0.53)」,「自己指向的反応(−0.41)」,「想像性(−0.35)」,「被影響性(−0.24)」とすべて低下した.他者の視点に立とうとする心理的な努力(視点取得)を中心に,共感的理解を支える諸側面が概してわずかずつ低下している.共感性の低下は,職業的に求められる感情労働や,外傷を受けた患者に熱心に関わることから起こる共感疲労とは区別することが一般的である(e.g., Larson & Yao, 2005; Huynh et al., 2008).しかし諸側面にわたる低下の傾向は,RLを用いた体験学習の負担や疲労からくる精神的エネルギーの低下として捉えると理解しやすい.

別の理解の可能性は,Nunes et al.(2011)が「入学時の学生たちは共感的なケアができる資質を前面に出したがるが,年々そうした理想主義が少なくなる」と示唆した落ち着き(settling in)効果である.H群の高い共感性の低下が,理想主義の落ち着きだとすると,生涯発達的な視点では重要な変化でありうる.現実的な共感性の萌芽として,この結果を捉える可能性もあるだろう.

2) 想像活動への親和性の低さと他者指向的反応の増加

H群の共感性の全体的な低下の一方で,イメージの世界に没入しにくいL群の「他者指向的反応」の上昇が明らかになった.L群はRLのようなイメージを用いる技法が奏功しにくいと予測された群である.得点の上昇がみられた「他者指向的反応」は,肯定的社会志向性や円滑な社会的相互作用に求められる社会的スキルと正の相関を示す(鈴木ら,2008).対人援助において特に重要な側面の上昇であり,RLを用いた体験学習の大きな利点として捉えられよう.

L群は,H群のように普段から人の立場に立って生き生きと想像することが難しいことが想定される群である.逆にH群は他者の立場に立つ機会が与えられなくとも,そのような心的活動を自然に行う可能性が高い.RLは相手の立場に立って想像することを形式とする技法であるため,他者の視点で気持ちを想像する機会と枠組みをL群の人たちに提供した可能性がある.これが「他者指向的反応」の得点上昇とつながったと考えることができよう.ただしL群の「視点取得」因子は変化していない.このRLの枠組みが,L群の認知的な機能まで促進したとはいえず,あくまでも一時な認知面の補助的役割を担ったと考えるべきである.このようなRLの機能に関する考察は,対象者や状況の限られた本研究からのみではなく,さらなる研究による検証が必要だと考えられる.

3) その他の特徴について

共感性の「想像性」因子は,III尺度のH群とL群で大きな差がみられている.想像活動への親和性は,共感性の想像性の側面と近い概念であるため,当然の結果である.しかし「想像性」の得点の変化がいずれにもみられなかったことから,RLを用いた体験学習によって,想像性の低い群の成長を促す効果は確認できなかった.「視点取得」に関する考察と同様,RLは対象者が患者について想像しやすくなる枠組みを一時的に提供した可能性があるのみである.

Ⅲ.第二研究

1.方法

1) 対象

B看護系大学1年生79名のうち,データに欠損のなかった75名(男性14名,女性61名,平均年齢19.07±1.95歳).研究に同意しなかった者はいなかった.

2) データ収集期間

2011年10月に調査を実施した.

3) RLの実施と測定尺度

第一研究と全く同じ手続きと尺度を用いた.

4) RL記述のコード化

RL記述コード表(金子,2013)(表2)を用いてコード化を行った.コード表はRLを掲載した先行研究の記述をカード化(447カード),KJ法によって構成されたものである.RLの提出は任意としたため,コード化の対象となったのは71名(男性13名,女性58名)である.また部分的な提出忘れを除くと65名(男性12名,女性53名)である.

表2 RL記述コード表の項目

5) 分析方法

架空の3事例についてのRLの記述をコード化し,コードの種類を計数する.その平均値±1SDを基準としてコードの種類の多群,少群を決定する.分析はMES合計得点と5因子得点について群(多,少)×時期(pre, post)の分散分析を行う.この群分けの方法と分析方法を選択した理由は第一研究で示した通りである.

6) 倫理的配慮

鳥取大学の倫理審査委員会に本研究の計画書を申請し承認され(承認番号1510),B大学の学生を対象として研究を実施した.配慮した点や対象者への説明は第一研究と同様である.加えてRLの提出は,授業の一環ではなく研究のために行うため,提出は任意であることを協力者に伝えた.

2.結果

上述の方法に従い,コードの種類の平均値(13.01)とSD(3.08)を用いて群分けを行った.MES得点と5因子得点について2(多,少)×2(pre, post)の分散分析を行った(表3).多群はコードの種類が17〜20種類で7名,少群は4〜9種類で6名となった.なお一度カウントしたコードが再度出てきた場合は重複してカウントしていない.

表3 記述の幅と測定時期によるMES 得点とその分散分析結果

MES合計点では交互作用がみられ(F(1, 11)=5.38, p<.05, MSe=13.44),少群のpre–post間で低下した(F(1, 11)=11.22, p<.01).この全体の傾向と同様の有意な交互作用が「被影響性」因子にみられ(F(1, 11)=8.17, p<.05, MSe=2.04),少群のpre–post間で低下した(F(1, 11)=9.89, p<.01),「他者指向的反応」因子では有意な群の主効果がみられ(F(1, 11)=11.54, p<.01, MSe=1.51),少群は高群よりも得点が低かった.「自己指向的反応」因子では時期の主効果がみられ(F(1, 11)=5.67, p<.05, MSe=1.64),得点は低下した.「想像性」,「視点取得」の2因子の得点に有意な差はみられなかった.

3.考察

1) RLの記述の幅の少なさと共感性の低下

MES合計得点と「被影響性」因子の得点に関しては,RLの記述の幅が少なかった群で得点が低下した.この群は,看護師と患者との対話をRLの中で書く際に,多様な視点の転換をすることが難しかった群,少なくともそうした努力が記述には表れなかった群である.この少群について理解を深めるために,全体的な得点を検討すると,元々の共感性も3つの因子得点において多群よりも低く,preとpostではすべての因子得点が低下している.中でも「他者指向的反応」は多群と比べて有意に低い(表3参照).このような全体的な得点の低さは,患者の援助プロセスの中で共感性を表現することの困難さを感じ,共感性についての自己評価が下がったことを意味していると思われる.

特に「被影響性」に有意な結果がみられたことから,少群はむしろ他者からの情緒的な影響をうけないようにし,外界と心理的な距離を取ろうとしてしまうものと理解できる.看護師と患者の対話の記述が乏しい群は,RLを用いた体験学習によって,かえって自信を喪失し,対人的な距離を取ろうとする可能性があると言えよう.

2) 自己指向的反応の全体的な低下

第一研究では確認できなかった「自己指向的反応」に変化が見られたことは,RLを用いた体験学習のポジティブな効果として考察できる.この指標は「他人の失敗する姿をみると,自分はそうなりたくないと思う」という項目からも理解しやすいように,他者の視点から感じ続けるより,すぐに自分の苦悩に目が向いてしまう自他の境界が薄い傾向を示している.また他者から見られる自己意識や自己没入,他者への攻撃性,短気などと正の相関関係があり,社会的な望ましさの低い側面である(鈴木ら,2008)ことも示されている.

このような側面の低下がRLの記述の幅に関わらずみられたことから,看護師と患者の相互作用についてさまざまな記述をすること,そうした努力を言葉にすることとは直接関係していない効果であることが推察できる.言い換えると,豊かなRLの記述ができなくとも,対話を想像し,相手の立場に立とうとする取り組みによって,こうした効果が得られる可能性が高いと言えよう.

「自己指向的反応」の低下は,先に述べたように「自他の区別」が進むことの指標の一つである.Rogers(1957)も共感的理解について,自分があたかもその相手であるかのように正確に内的照合枠を捉えつつも,「あたかも…であるかのように」という性質(“as if” quality)を失わないことを強調している.RLを用いた体験学習によって,他者の視点と自己の苦悩の結びつきが低下しているとすれば,看護実践において重要な共感的理解のあり方を学べる可能性があると言えよう.

Ⅳ.総合考察

1.RLを用いた体験学習による共感性の変容とその影響要因

第一,第二研究の両方を通して,共感性の一側面もしくはMESの合計点が低下する結果がみられた.そのうち,RLを用いた体験学習によって,ネガティブな影響を及ぼした可能性が示唆される結果もみられた.記述内容の幅が小さく,RLの記述が乏しかった人たちが,自信を喪失し,他者との距離を取ろうとする可能性があることである(第二研究).看護師と患者の対話としてRLを書く際に,複数の視点から書くことが難しい人は,元々の共感性が低く,RL後にさらに低く自己評価する可能性があると理解しておく必要がある.

共感性の低下のうち,プラスにもマイナスにも捉えうる結果も得られた.想像活動に親和的で,共感性が元々高かった人たちの共感性得点の低下である(第一研究).先行研究を参照することで,ストレス脆弱性からの防衛として共感性を切り離すこと(Michalec, 2010)と理解することも,現実的な「落ち着き」(Nunes et al., 2011)と理解することも可能な点である.今後のさらなる検討が望まれる.

さらに,共感性の低下のうち,ポジティブな効果として考えられる点も確認できた.全体的な「自己指向的反応」の低下がそれにあたる(第二研究).RLに多様な記述を書くことができた群でも,少ない種類の記述しかできなかった群でも,他者の感情から自己の感情に没頭してしまう傾向の減少,言い換えれば「自他の区別」の促進がなされる可能性がある.ただし,同様の結果は第一研究で確認できなかったことから,決して強い効果とは言えないであろう.

本研究では,共感性の社会的に望ましい側面である「他者指向的反応」が増加した結果も確認できた(第一研究).それは想像活動に親和的でなく,おそらくRLでも看護師と患者の相互作用を生き生きとはイメージしにくかった群にみられた効果であった.RLは,その相手の立場に立ってイメージをするという技法の構造によって,それが想像することが苦手な特性を持つ人たちに対して補助的に機能し,他者の視点に立った情緒的経験を促すと考えられる.

2.本研究の限界と今後の展望

本研究の対象者は,RLを用いた体験学習を行っている時期に,他の看護学や周辺領域の学習や実習体験も行っている.ここで得られた結果が本研究の手続きによるものだけではなく,他の要因によるものであることも考えられる.あくまでも得られた知見は可能性として理解しておく必要があるだろう.それは本研究が大学の授業時間中に行われたものであり,同質の統制群を設けることができなかったことに起因している.

今後の課題は,いかに対象者に強い疲労や負担感,自信喪失をもたらさずに,共感性を育成していくプログラムを作成するかである.また,そのような要因による共感性の低下と,楽観的な見方の現実的な落ち着きとの厳密な区別を行うための測定方法の開発も必要であろう.本研究では共感性の認知的側面である「視点取得」や「想像性」の変容が確認できなかったことも課題である.これらの共感性の認知的側面を育成する方法の開発と効果検証が求められる.このような共感性の諸側面を区別しつつ,ジェファーソン医療共感性尺度(Hojat et al., 2001)得点のように,医療対人援助職としての共感性に特化した側面の検証も加えていく必要があるだろう.

Acknowledgment

本研究にご協力くださいました皆様に心より感謝申し上げます.本論文は,科学研究費(若手研究(B):23792540)の助成を受けた.本研究の一部は,第31回日本看護科学学会学術集会,日本ロールレタリング学会第13回大会において発表した.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:SKおよびKSは研究デザインの作成とデータの収集や分析に貢献;ASは研究手続きの中心的なアイデア,分析結果の解釈に貢献;すべての著者が原稿の作成に関与し,最終原稿を承認した.

References
 
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