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The Changes in Self-Concept in People with Mental Disorders Living in the Community: Interviews with Participants in a Nurse-Led Group Cognitive-Behavioral Group Therapy Program for the Recovery of Self-Esteem
Kumi Watanabe Hiroko Kunikata
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2014 Volume 34 Issue 1 Pages 263-271

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Abstract

本研究は,自尊心回復グループ認知行動看護療法プログラムに参加した地域で生活する精神障害者の自己概念の変容過程を明らかにした.対象はプログラム参加者10名であり,半構造面接により過去,現在,未来の流れで自己概念を尋ね,逐語録をM-GTAにより質的帰納的に分析した.その結果,《自己の殻からの心の孵化》をコアカテゴリーとする8カテゴリーが抽出された.発症後に知覚されていた【渦の中での停まり】【価値のない自分】は,【理解者による緊張緩和】を経て,【生活習慣への自負】【人に煩わされない感覚】へと変化していた.そして【新生した自分】の実感が,現在の【充実した生の体感】を導き,未来の自己に向かい【理想像の描写】を見出していた.発症後の否定的な自己概念は,理解者との出会いを契機に肯定的に変容していたことから,同じ体験を有する当事者や疾患を解する人々による安心できる雰囲気のなかで,ありのままの自己を語り,受け入れられる場の必要性が示された.

Ⅰ.緒言

人は,その生涯を通して,今とは違う「自分」を作り上げようと試みている存在である(森田,1996).自分という存在は決して単独では存在せず,多かれ少なかれ,人をはじめとする周囲の環境のなかで形成されていく.ところが,心を病む体験は周囲の人々に理解されにくく,精神障害者は人間関係のなかで孤立しがちであり,他者との交わりの中での自己形成が不十分な場合が多い.薄井(1987)は「精神を病む人というのは,人との関わりの中で正常な脳の働きの幅を逸脱した人という捉え方ができる」とした上で,精神障害者の看護において,周囲との相互作用を踏まえた視点をもつことの重要さを強調した.

看護者が,このような視点をもって精神障害者を理解しようとする時,その人の形成してきた自己概念を知ることは極めて重要である.精神障害者の回復を妨げる要因としてセルフスティグマの存在や,これによる自尊感情などの低下(下津ら,2005)が指摘されており,否定的な自己概念は,その人のありたい方向へ進むことを阻害しかねない.近年,精神障害者のリカバリー概念が広がりをみせているものの,日本では政治的レベルにまで波及しておらず(田中,2009),専門職間での一致した対応に至っていない.人が外部環境に適応していく自己システムの基となる自己概念(Harter, 1983)が肯定的であれば,ひいてはリカバリーに資するため,対象の自己概念への支援は看護の上位目標に位置づけられると言える.

わが国における精神障害者の自己概念に着目した研究は,近接概念である自我の強化や自我発達の観点からの報告が散見されるが(八木ら,2008遠藤,2003),精神障害者の援助方法の確立に向けた「自我」と「自己」の概念検討(森野ら,2011)では,「自我」は多くがフロイトの精神力働的な考えを採用しながら,様々な用いられ方がなされていることも指摘されている.精神障害者にとって,自他を分ける自我機能の強化は重要であるが,実存的な人間存在としての自己概念が,何を契機にどのように変化していくのかといった体験が十分に明らかにされているとは言い難い.看護の視点で,回復過程にある精神障害者の自己概念を規定したモデルは少なく,精神障害者の成長モデルの確立に向けて,質的研究の蓄積が必要であると考える.

自己概念は,ロイによれば,「内的知覚と他者の反応の知覚によって形成される,ある時点での自分に対して抱く信念と感情の合成体」と定義づけられるが(ロイ,2010),Simonsら(2012)が,各人の自己に対する全体的な知覚(the totality of perceptions)と述べるように,つまりは,その人が自分自身をどう感じているかという主観的なものと言える.また,Shavelsonら(1976)により多面的かつ階層的な自己概念モデルの構造が示されて以降,多次元なものと見なされている.本研究では,人間が,過去から未来へ向かう時間軸を生きる中で自らのあり方を志向する存在であり,また精神障害者は,周囲との関係性の中で正常な脳の働きの幅を逸脱した人であるとの前提に立ち,自己概念の定義を「過去,現在,未来の時間軸および,周囲との関係性の中での現在の自分に抱くイメージ,感情,考えなどで合成される全体的な知覚」とした.

また,自己概念は,Harter(1983)による指摘を待つまでもなく,自尊感情と密接な関係があり,Taylorら(1997)は,自尊感情を「人がもっている自尊感情,自己受容などを含め,自己概念と結びついている自己の価値と能力の感覚–感情」と定義づけた.自尊感情が低い者は,高い者と比べて自己概念の明確性や時間的安定性が低く,自尊感情が低い者は,自分は誰なのか,何であるのかについてはっきりしない(井上,2008)ことが明らかにされており,適度な自尊感情を持つことは重要である.特に精神障害者は,入院体験でのトラウマ,他者からの偏見と偏見の内在化,活動の場の喪失などの経験から自尊感情が低い傾向にあり(國方ら,2009),肯定的な自己概念を形成していくために,自尊感情への働きかけが必要であると言える.

これまで,精神障害者の自尊感情を扱った研究としては,様々な関連要因の分析がなされてきたが,近年では,その回復を目的とした看護介入方法として,「自尊心回復グループ認知行動看護療法プログラム(以下,自尊心プログラムとする)」(國方,2013)が開発されている.この自尊心プログラムに参加している精神障害者を対象として,自己概念の変容過程と,その影響要因を明らかにすることができれば,より多くの精神障害者への肯定的な自己概念の形成に向けた看護援助の検討ができると考えた.自尊心プログラムでは,自分の生活上の出来事やそれに関連した感情などをグループ内で語る作業を行っているため,参加者は,発症からの自己を振り返り,経時的に自己概念について言語化することが可能である.

そこで,本研究では,地域で生活している精神障害者で,自尊心プログラムに参加する当事者を対象に,過去,現在,未来の時間軸の中での自己概念の変容プロセスについて明らかにすることを目的とした.

Ⅱ.研究方法

1.データ収集期間

2012年8~12月

2.対象者

地域で生活する精神障害者で,自尊心プログラムに参加する当事者(以下,メンバーとする)10名を対象とした.対象者は全員,A県のB当事者会に所属しており,地域で生活している精神科ユーザーの当事者として,自分達の疾病に関する体験を言語化して市民に伝える活動を行っている.本研究では,生活モデルの立場から,その人に焦点を当て,対象者の疾患名は統一しなかった.

また,本研究における「発症から現在に至るまでの自己概念の変容過程を明らかにする」という目的に照らすと,メンバーは,いずれも自己の感情を見つめ,自尊感情について考え,自己の未来に向けて思考してきた経緯があるため,参加経験の長短にかかわらず選定した.選定にあたっては,対象者の状況を把握しているB当事者会の責任者および自尊心プログラム主催者の協働により,症状の安定性とそれによる研究参加への問題の有無などの評価・判断を行った.

3.自尊心プログラムの実施方法

自尊心プログラムは看護職(大学看護教員と元保健師)が主催し,認知行動療法を土台とした12回の構造のなかで実践した.心理教育,認知再構成,否定的な自己像の再構成,行動療法の4つの系列から構成され,全体を通して「自尊心の重要性の理解」から「否定的な自己像が活性化した時の対処方法」までを習得できるよう構成されている.隔週1回2時間のペースで,グループで実施し,毎回,呼吸法などの行動療法から始まり,ホームワークの確認,今日のテーマ,要約とホームワークの提示,行動療法と進める.今日のテーマを話し合う際は,メンバー相互が承認し合うことと,メンバーがもつ可能性の発揮を促すことを基本原則とした(國方,2013).また,修了者は希望によりピア・サポーターとして参加する場合があり,先に学んだ経験や当事者の立場を活かして助言を行うので,参加者は初回メンバーからピア・サポーターとして参加する当事者までを含めている.

調査時の自尊心プログラムは,2012年5月から11月に実施され,その際の参加者の募集は,B当事者会の事務局を担当している職員とチラシを作成し,作業所などに配布して募った.その際,現在または過去に認知行動療法のプログラムを受講していないことを選択基準とした.

4.データ収集方法

B当事者会の責任者に依頼し,メンバーに呼びかけをしてもらい,研究の趣旨に賛同し,協力を申し出たメンバーに調査の依頼を研究者から行った.協力が得られた対象者に,研究の趣旨および倫理的配慮を説明し,書面による同意を得た上で,予め作成した項目に基づく半構造面接を個別に行った.面接は各プログラム終了後に,プライバシーの守られる個室にて行い,60分程度実施した.面接内容は対象の許可を得て録音し,逐語録を分析データとし,データ収集は,新たに抽出される概念が収束するまで行った.

面接内容は,自分におきた印象的な出来事を交えながら,①調子を崩した頃,②病気になってから現在,③現在の自分をどう思うかを尋ね,さらに,④今までを振り返り,自分の変化や成長の実感,⑤今後の自分の課題や目標,希望などとし,自由に語るように尋ねた.

5.データ分析

データ分析は修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(M-GTA)を用いた.GTAは社会的相互作用にかかわる人間行動の説明と予測を可能にする理論をデータに密着しながら帰納的に生成するアプローチである.本研究は,精神障害者の自己概念の変容プロセスのモデル化を目的として,当事者の体験の語りから,自己概念が発症後からどのように変容しているかのプロセスを明らかにするものである.人間の相互作用のなかで自己概念が変容していくという性質,すなわち人間の相互作用にプロセス性があることからも本研究手法がふさわしいと考え,領域密着理論を重視した質的帰納的分析法であるM-GTAを用いた.分析焦点者は「地域生活を送り,自尊心プログラムへの参加メンバーである精神障害当事者」とし,今ここでの自己概念は,過去から現在を経て未来につながる実存的存在の中で構成されていると捉え,『当事者が,発症から現在,未来に向けて,周囲との関係性の中で抱く自分への全体的な知覚を,経時的に明らかにする』とした.

分析は逐語録を熟読後,対象の過去,現在,未来を含めた自己概念に関連した箇所を,文章または段落ごとに抽出し,ワークシートを用いてデータを解釈し,事例の背景を詳細に検討しながら,分析の最小単位である概念を生成した.次に,概念の意味内容について継続的比較分析を行いながら,カテゴリーを生成した.さらに,カテゴリー間の比較分析を行いながら,ストーリーラインを検討し,自己概念の変容プロセスを図式化した.これらの全過程において,アイデアや疑問点などを理論的メモとして記述し,分析は共同研究者と合意が得られるまで検討し,整合性を深めた.

6.倫理的配慮

対象者に研究の趣旨を説明し,参加の任意性と撤回の自由,プライバシーの保護を保障し,書面による同意を得た.データは,分析や結果公表の際に個人が特定されないように処理し,研究者以外の閲覧や,目的以外の使用は行わないこととした.なお,本研究は香川県立保健医療大学倫理委員会の承認(承認番号なし)を得て実施した.

Ⅲ.結果

1.対象者の背景

平均年齢は45歳で男性が4名であった.平均の面接時間は約55分であった.利用サービスは,事業所の通所者が6名であり,就労(アルバイト)が3名であった.疾患名は,統合失調症が7名,3名はうつ病の既往を有した.

2.自尊心プログラムに参加した当事者の自己概念のカテゴリー

精神障害者の自己概念は【渦の中での停まり】【価値のない自分】【理解者による緊張緩和】【生活習慣への自負】【人に煩わされない感覚】【新生した自分】【充実した生の体感】【理想像の描写】の8カテゴリーと,コアカテゴリー《自己の殻からの心の孵化》が抽出された.以下,カテゴリーと構成概念および代表的データを述べる.

1)渦の中での停まり

どうすれば苦しい状態から抜けられるか解決できず悪循環状態が続き,自己統制が効かない中を踏みとどまりながら,何とか自己を保っている知覚である.〈負の思考連鎖〉,〈極限状態での生〉,〈頑なな頑張り〉,〈感情の不統制〉の4概念で構成された.構成概念より一部を抜粋し,データを提示する.

〈負の思考連鎖〉

症状が出ても,それがなんでそうなるのかわからないで余計イライラするっていうマイナスのスパイラルですね,そのグルグル思考っていうのに陥ったりして,何でかっていうのがよくわからなかったので,余計イライラするっていうことになってたんです”と,苦しい症状の原因がわからず,感情や考えの悪化を食い止められていない状態を知覚していた.

〈極限状態での生〉

まあ,よう生きとったなあという話が正確かもしれないですね,よう破綻せんかったなあというのが正直な感想ですね.おかしなことになってなかったいうのが僕としては不思議ですね.あの環境であるとか,まあ周りから見たら悪いとは見えないかもしれないけど,抱えたものを考えると,ほんと綱渡りをしてきたなと”と,最後の線で持ちこたえていたものの,一歩間違えば,生命の危機に曝されていた自己を知覚していた.

〈頑なな頑張り〉

理想高く生きてきたと思います.こうでなければならない,自分に厳しく他人にも厳しく…真面目な前にくそがつくくらいの,くそ真面目,融通が利かない自分だって,あと頑固で気持ちにゆとりがない,かたい感じの人でしたね”と,硬直して,柔軟な対応ができていなかった過去の自分を捉えていた.

2)価値のない自分

自己否定感が強く,自己存在の意味や価値を見出せない状態である.〈中身のない自分〉,〈自堕落な生活への自己蔑視〉の2概念で構成され,具体的な心理的葛藤というよりも,生の充実感が乏しいことが特徴であった.

〈中身のない自分〉

透明な存在,希薄っていう感じですね.あまり確固たるものを持てなかった.”と,自己を支えるものもなく,自己への空虚感を知覚していた.

〈自堕落な生活への自己蔑視〉

自分自身に対しては,昔は料理もつくれて神仏も祀ってという,まめな暮らしをしていたのに,今では全然そんなことはなくなって,料理もつくらないし,掃除も汚くなったらするという感じで,身の回りのことだけで手一杯というのが随分だらしがなくなったみたいな感じに思ってましたね.(中略)いい歳になって,こんなこともできなくなってしまったのかみたいな感じで,自分を責めるような感じですかね”と,以前できていた生活行動ができなくなった現実から,現在の自分を見下げ,自責的な否定感情に占有されていた.

3)理解者による緊張緩和

ありのままの自分をメンバーや周囲の人々に受け入れられることで,硬直していた心身の不安緊張状態が解れる感覚である.〈自己の弛み〉,〈仲間の存在による安定〉,〈障害特性の受容体験〉,〈認められた悦び〉の4概念で構成された.構成概念より一部抜粋して述べる.

〈自己の弛み〉

プログラムに出だして,自分自身に対しリラックスできるようになり,社会に出て行く不安が少しなくなってきたなあって”と,自尊心プログラムの参加体験を通して,不安緊張状態が軽減している自分を知覚していた.

〈仲間の存在による安定〉

成長したと思えることが一つだけあるとしたら,それはどんなことやろ…そうですね.仲間がいるから安心という感じですかね”と,自分の成長における最も印象的なこととして仲間による安心感を知覚していた.

〈障害特性の受容体験〉

自分が性的マイノリティいうことを言わなければ,自分の人生が何にもなしに終わってしまうと思ったんですよ.で,あの,みんなにカミングアウトしていって,僕のことを理解してくれる人が多いんだなと改めて驚いたんですよ.”と,これまで秘していた自己特性を思い切ってメンバーに打ちあけ,ありのままの自分を受け入れられる体験をしていた.

4)生活習慣への自負

日常生活上の問題を,よりよく整えることができている自己肯定感であり,〈仕切り直しできる力〉,〈自立した生活への誇り〉の2概念で構成された.

〈仕切り直しできる力〉

今は,いろいろな悩み事があったら引きずるんじゃなくて,一回立ち止まって今の自分の置かれている状況を,客観的にもう一度見つめ直して,その自分の思うとる「自動思考」いうんですかね,それがちょっと歪んどらんかって,これをもう一度見つめ直して(中略),次,行動を変えてみようとか”と,自尊心プログラムでの学びから,自己の思考パターンを客観視して,以前よりも具体的に問題解決をはかる努力ができている自己を認識していた.

〈自立した生活への誇り〉

ごはん作って,洗濯物片付けて,掃除して,買い物も…全部自分で買うて,全部自分でできてるからね,充実感はあります.今,忙しい中でもね.”と,日々の生活行動を人の手を借りず,丁寧に実践できていることに,自己信頼と生活の満足を感じていた.

5)人に煩わされない感覚

他者に振り回されていた自分から,悪い影響を受けることなく,自分と別の存在であることを認め,精神的に一回り成長した状態である.〈自己容認による他者受容〉,〈周りの出来事からの自己分離〉,〈重要他者への感謝の芽生え〉の3概念で構成された.

〈自己容認による他者受容〉

今の自分でいいよと自分を認めることができるようになったから,周りも認めることができるようになった”と,自己に対する自己肯定感を獲得し,その後,他者を受け入れられている自己を知覚していた.

〈周りの出来事からの自己分離〉

人の顔色を見てしまって,ちょっと不快そうだったら,ああ私のせいだとつい思ってしまう癖がやっぱりあったんですが,(中略)ああそうなんだよねという確認しつつあるというのは,すごく嬉しいですよ.”と,まだ,十分に体得できていないことを自覚しながら,他者の機嫌の悪さは自分に理由があると考えてしまう傾向に気づき,何でも自分の責任と感じないように意識できる自己に喜びを感じていた.

〈重要他者への感謝の芽生え〉

僕は,僕の頭の中にほんまに感謝するいう気持ちがなかった,今でも我が強いと思ってるんですけど,あの,親に感謝するいうかね,父親は怖い人だけど,父親に迷惑かけたなと”と,家族に苦労をかけてきたこれまでの自分を反省し,家族の自分への関わりをありがたく感じていた.

6)新生した自分

自分を出すことを躊躇していた自分は過去のものとなり,自分の目指す方向に,望むあり方で進むことができている知覚である.〈行動の活性化〉,〈自分の発露〉,〈病者役割の不選択〉の3概念で構成された.

〈行動の活性化〉

行動…トライすることが多くなりました.とりあえずやってみて,だめだったら次考えればいいやって”と,これまでなかなか考えを行動につなげられなかったが,まず,試しに行動してみるという自己の変化を評価していた.

〈自分の発露〉

自分を出してなかったですね.自分を出してなかったとか,殻を破れなかったというか,羽目を外せなかったです.今,それができますね.遊び心いうかね,人を受け入れる大きな心とかね,いろいろこう…無の境地というか,無償の愛とかね,そんな気持ちです”と,本来の自分らしさが封印されていたが,今は,ありのままで無理をしない自分が,人を受け入れ,自分を提供していると知覚していた.

〈病者役割の不選択〉

精神疾患の自分でありたいのか,その前に自分であって,たまたま病気になった自分であるのかというあたりでね,病者の中で生きていくことは私の好みではないですね”と,精神障害者であることの自分への意味を考えながら,自分自身の生き方を選択しようとする自己を認識していた.

7)充実した生の体感

発症からの長い苦しみから脱し,躍動しつつある自分を喜び,前向きに生きる意欲を感じている状態である.〈生への関心〉,〈楽しい生き方の志向〉,〈疾病体験を活かした有用感〉の3概念で構成された.

〈生への関心〉

生きてることが面白くなった.それでいいです.”と,これまでの症状に苦しめられるだけの時間の中から,生に肯定的な価値を見出すことのできている自己を知覚していた.

〈楽しい生き方の志向〉

人生は楽しんだ者勝ちだよと言いたいです.そのために自分はどうする?みたいな感じ”と,自分の人生を有意義にするための新たな価値基準をもち,創造的に思考する自己を感じていた.

〈疾病体験を活かした有用感〉

少しでも苦しまれている方の助けになればなあと思って,(闘病期間が)8年間いうのがキーワードになったようで,市の保健所でも発表したんです.その時にも自分なりにあがらずに発表できたので,少し自信がついたかな思うて.”と,同じ心の病を抱えている人々に自分の体験談を語ることで,自己の社会に対する有意味感を感じていた.

8)理想像の描写

これからの自分の人生における希望や願望であり,よりよい状況へ変化する成長願望を感じていた.〈家族を支える将来〉,〈仲間に役立てる自分〉,〈奥底にある自己欲求との出会い〉の3概念で構成された.

〈家族を支える将来〉

今までこう,くねくねして,あんまりどっちかっていうと低迷しとったんで,将来的にもし自分のような人間でもよかったらまあ,家族を支えられるようになって,家のローンを払ったりとか,できりゃいいですけど”と,等身大の自分で,家族を支えていける状態になることへの希望を持っていた.

〈仲間に役立てる自分〉

もっとみんなのチームワークにすごく役に立てる人間に成長できたとしたら,それものすごい成長”と,今よりも仲間に貢献できるように自分が変化していくことを望んでいた.

〈奥底にある自己欲求との出会い〉

自分はどうなのかとなった時に,没頭できるものであるとかそういうものを探していけたらいい.(中略)本来の自分は何がしたかったのかなとか,そういうあたりのことを探していきたいなと思うし,そうでなければ後悔が残る人生ではないかなと”と,今後の人生の延長上に,精神障害とは関係なく,自分自身が本当に打ち込みたいものを探索したいと感じていた.

3.自尊心プログラムに参加した当事者の自己概念の変容プロセス(図1

発症後の自己概念は,【渦の中での停まり】と【価値のない自分】とう否定的な自己概念が形成され,混沌から抜け出せない自己を知覚していた.しかし,その後【理解者による緊張緩和】の実感により過度の不安緊張が取り除かれ,【生活習慣への自負】【人に煩わされない感覚】という自分の土台となる自己概念が形成され,【新生した自分】の実感につながっていた.その結果,【充実した生の体感】へと発展し,帰結として,未来の【理想像の描写】に至っていた.負の感情に支配され,自己の枠の中で身動きがとれなかった状態を脱し,新たな自分として生きつつある過程は《自己の殻からの心の孵化》であった.

図1 自尊心プログラムに参加した地域生活をおくる精神障害者の自己概念《自己の殻からの心の孵化》の変容プロセス

Ⅳ.考察

1.発症後からの自己概念の特徴と自己を受け入れられる体験による影響

本研究において,自尊心プログラム参加者を対象として,発症後からの自己概念の変容プロセスを明らかにすることができた.対象者の振り返りにおいて,発症後は〈負の思考連鎖〉をはじめとする悪循環から脱することができない【渦の中での停まり】状態の自己が知覚され,【価値のない自分】を感じていた.自己概念が内的知覚と他者の反応の知覚によって形成される(ロイ,2010)とするならば,これらは他者との相互交流の反応の知覚により生じたものというより,自己に対する評価的態度による内的知覚と思われた.当事者は通常,発症時に他者と親密に交わることが乏しい状況に置かれ,本研究においても〈極限状態での生〉の中,周囲と適切な関係を保つ余裕もなく〈感情の不統制〉などで孤立し,周囲の中で疎外感に陥りやすい状態にあることが伺えた.

このような状況で形作られていた自己概念は,【理解者による緊張緩和】へと変化していた.人とのつながりのなかで孤立感や疎外感に苛まれてきた精神障害者にとって,他者との安定した交流において理解される体験は非常に貴重であり,ここでの基本的信頼感の獲得が,後の〈重要他者への感謝の芽生え〉などにも少なからず影響を及ぼした可能性もある.また,人が外界と相互作用をし,自らの維持・強化・発展をはかっていく過程に自己概念が組み込まれている(梶田,1980)ことから,他者との親密性を失い,外界からの圧力により不安緊張状態にある精神障害者の自己概念は,自らを抑圧,弱体化,衰退させかねないと言える.本研究の対象者が,自己に対する評価的態度により形成された否定的な自己概念から徐々に解放されていった背景には,特に【理解者による緊張緩和】において,家族などの重要他者にも理解されない疾病体験を,疾患や症状の観点ではなく,苦しんでいる一人の存在として自尊心プログラムのメンバーに受け入れられたことに負うところが大きいと推測された.

以上のような周囲との関係性をもとにした安全感の中で,【生活習慣への自負】が形成され,心の安定を保ちながら【人に煩わされない感覚】という内的変化が生じ,これらの肯定的な自己概念が,さらに〈行動の活性化〉〈自分の発露〉という【新生した自分】,【充実した生の体感】へ導いたと思われた.【新生した自分】,【充実した生の体感】といった自己概念は,まさにリカバリーへと向かうプロセスであり,これらの実感が自己肯定感をさらに強め,その積み重ねにより,【理想像の描写】を知覚するに至っていたと思われた.

2.精神障害者の自己概念に着目した看護への示唆

本研究において,自尊心プログラムに参加した精神障害者の自己概念の変容過程は,《自己の殻からの心の孵化》であり,自分なりの努力をしながらも閉塞状態にあった心が,自分という殻や膜を自ら破って成長していく心の変化として示された.また,自己概念は段階的に変容しながら,最終的に【理想像の描写】に向かっており,自分がどのようにありたいかという未来への希望を見出していた.看護者には,これらの変容過程を考慮し,対象が《自己の殻からの心の孵化》ができるように,環境を整えていくことが望まれると考える.

特に,【理解者による緊張緩和】から,その後の肯定的な自己概念の変容につながっていたが,自尊心プログラムにおいては,「自分のことを理解しようとしてくれている」メンバーの中で,自分の抱える問題を検討することから,自分自身の課題に向き合いやすいことが,その後の自己概念の変容に影響したかもしれない.一般に問題をその人から切り離して考える外在化の手法は,心理教育において用いられるが,看護者による受容,共感などの支持的関わりの併用により,自己開示がなされやすいことや,メンバーからの質問に答える機会を通して自己理解を深めることにつながるのではないかと思われた.看護者は,対象の表出する感情を受けとめ,わが国の文化が自己の感情や思いをあからさまにすることを恥とする概念をもつ(下舞,2009)ことに考慮しながら,当事者同士が安心して自己の感情を語れる環境づくりが求められる.

また,回復に向けた支援を考える際,対人関係障害を一つの特徴とする精神障害者にとって,【人に煩わされない感覚】という自己概念は,非常に大きな意味を持つと思われた.この自己概念を強化することは,自立に向けた軸となると考える.自尊心プログラムにおいて自分の自尊感情や否定的感情を取り上げ,ものの見方や考え方の幅を広げていく経験も,この【人に煩わされない感覚】に影響を与え,プログラムでの学びや仲間からの刺激,応援によって身の回りの出来事への対処や自己決定のあり方に良好な変化が認められた.メンバーによる複数の解決策を自分で選択することや,様々な角度で自己肯定される経験が,自分を大切にすることにつながっており,参加者の一人一人が継続的にこのような体験を重ねられるような場の設定が必要である.

Shavelsonら(1976)による自己概念モデルと対比してみると,学業的・身体的自己概念は抽出されなかったものの,発症以降の【渦の中での停まり】や【理解者による緊張緩和】は情動的自己概念として,【人に煩わされない感覚】や【新生した自分】は社会的自己概念として分類され,負の情動的自己概念から出発し,社会的自己概念を経ることにより,正の情動的自己概念に推移し,自己実現を志向していくと思われた.精神障害者が社会において徐々に行動の枠を広げていくための安全基地の一つとして,理解者の存在は重要であり,地域に自尊心プログラムを例とする資源づくりが期待される.

なお,本研究は,自尊心プログラムに参加した地域で生活する精神障害者を対象に自己概念の変容過程をモデル化したものであり,自尊心プログラムが自己概念の肯定的な変化をもたらしたとの因果関係を証明するものではない.また,一団体に所属し,自分の体験を語る集団から対象を募ったことから,地域の他の精神障害者は異なる傾向を示すかもしれない.今後,事例を増やし,精神障害者の自己概念への支援のあり方を,さらに探究していく必要がある.

Acknowledgment

本研究の実施にあたり,快くインタビューにご協力してくださった対象者の皆様と当事者会メンバーの皆様,また,支援をいただいたA県精神保健福祉センターの皆様に深謝いたします.

なお,本研究は,平成24年度岡山県立大学特別研究(独創的研究)の支援を受けて行った.また,平成24~26年度基盤研究(C)(一般)(課題番号24593515,研究代表者 國方弘子)の一部である.

利益相反:本論文において開示すべき利益相反はない.

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