2015 Volume 34 Issue 1 Pages 340-352
目的:ソーシャル・サポートの質や量の少なさから怒りを喚起し攻撃行動に至る心理過程とその関連要因のモデルを仮定し,検証することを目的に,精神科看護師に対して質問紙調査を行った.
方法:怒りの表出過程とその関連要因との関連について因果モデルを作成し,構造方程式(パス図)を描き,共分散構造分析を実施した.因果モデルの検証には,モデル適合度指標を使用した.なお,質問紙は,ソーシャル・サポートやストレス,共感性など9種類の質問紙を使用した.
結果と結論:分析対象1,001名(最終有効回答率=70.0%)の回答を分析した結果,最も「あてはまりの良いモデル」は,GFI=0.94, AGFI=0.91, CFI=0.92, RMSEA=0.063であった.さらに,【ソーシャル・サポートが(少)ない→ストレス(人間関係および職場環境のストレス,仕事内容のストレス)が増加→怒り心理反応を喚起→攻撃行動】という過程が明らかになると同時に,その過程に影響を与える要因が示された.また,対象の看護師の男女比は1 : 3であり,男女間における多母集団同時分析によって性差についての検討も行った.その結果,一部の相関関係(共感性⇔仕事のストレス間,など)で性差がみられることが明らかになった.
怒りは「自己/社会への,不当な,物理的・心理的侵害に対する自己防衛/社会維持のために喚起された準備状態」(湯川,2005),攻撃性は「人に対し(身体的・心理的)危害を加えようと意図して行う行動」(海保ら,2006)と定義するが,怒りは攻撃的な反応と結びつけて考えられ,「怒り=攻撃性」と混同されることが多い.Averill(1982)の研究以降多くの論文で,人は怒りを経験した時に攻撃的な反応を望む一方で,実際に行うことは少ないという結果が示されている(大渕ら,1984; Lively & Powell, 2006;吉田ら,2008).怒りの経験後の反応が常に攻撃的とは限らず,非攻撃的な反応や怒り感情を喚起させる要因は数多くあり,それゆえ怒り感情の喚起や表出に与える影響は複雑に絡み合っていることが推測される.
武井(2006)が,看護師は被看護者と気持ちが通じ合わない時に「破壊的な感情に襲われ,懸命にやるほど『報われない』気持ちが増し,報われない虚しさは『怒り』や『憎しみ』に変わる.しかも孤立無援と感じる場合には予想もつかない破壊的な行動へ結びつく」と述べるように,感情管理を強いられる看護師の職業は「感情労働」と呼ばれる(Hochschild, 1983/2000;武井,2001).片山ら(2001)は,「看護師と患者が互いの感情規則の理解を深め,特に患者が医療・看護の感情規則を習得することで相互行為は安定する」としているが,精神疾患患者は発病によって余裕がなくなり精神の柔軟さが失われていく(春日,2001)ことで,患者は感情規則を理解する余裕がなくなり,一方,看護師は感情操作や“患者を変える”のが容易でないために,共感性が乏しいと患者理解が進まなくなるといわれる.また,精神科では,看護師の対応が患者にとって攻撃・威嚇といった雰囲気を帯びた振る舞いと映るために患者は怯え苦し紛れに暴力で対抗しようとする(春日,2001)が,看護師の患者に向けた具体的な対応(暴力など)や,患者からの身体的暴力以外の攻撃に関する研究結果は報告されていない.また,人間の攻撃性の性差について,Anderson & Bushman(2002)や湯川(2005)は,身体的攻撃性に関しては性差があまりみられないこと,女性が間接的攻撃(告げ口等)を好むのに対し男性は直接的攻撃(殴る等)を好むと述べ,女性の攻撃性を否定していない.
ところで,ストレスや情動は過程(プロセス)であり,そのストレスの測定は時間経過の中で多数の変数が吟味されることが必要(Lazarus, 1990)といわれる.ストレス緩和要因の1つにソーシャル・サポートがあり(海保ら,2006),ソーシャル・サポートとストレスとの関係について述べている研究は数多くみられる.例えば,ストレスを受けた時に家族や友人・知人からのサポートを期待したり,就業者が上司や同僚からサポートを期待することは必然であるし,兵藤ら(1998),久保ら(2007)は,他者からサポートを引き出せるか否かがストレス軽減に影響を与え,誰からどのようなサポートを得られるかがストレスへの対処要因や職務に対する満足度に比例すると述べている.しかし,精神科看護師のストレスや,ストレスそのものに影響を与える具体的な要因を調査した研究はほとんどない.それゆえ,看護師自身で対処が可能な怒りではなく,衝動行為(攻撃行動)に至るほどの,看護師個人では対処不能な怒りに至った心理過程を解明する必要があると感じた.そして,「ソーシャル・サポート→ストレス→怒り喚起→攻撃性」という一連のプロセスを軸に,看護師の性格特性,共感性,社会的スキル,行動規範と関連した心理的負債感(互恵[返報]性)(福田,2007),自意識(社会規範[責任性])等をプロセスの関連要因と考えた.
これまでに看護師の怒りや精神科看護師が患者から暴力を受けた際の感情に焦点を当てた研究は多くみられるものの(小宮ら,2005;安永,2006;冨川,2008など),攻撃行動に至る精神科看護師の怒りの感情に焦点を当て,ソーシャル・サポートとストレスとの関連や攻撃行動に向かう心理過程,怒りや攻撃性を表出する要因とその関連を客観的・実証的に探求した研究はない.そこで,精神科看護師を対象に,(1)精神科看護師が職場で最もストレスに感じることを確認すること,(2)精神科看護師の職場におけるストレスと,怒りを喚起し攻撃行動に至る心理過程とその要因について,因果モデルを作成して検証すること,(3)その心理過程の性差を検証することを目的に本研究を行った.
本研究の概念枠組みを図1に示す.図1はAnderson & Bushman (2002), Anderson & Anderson(2002),湯川(2005, 2008)の攻撃性の一般モデルを基本的な概念枠組みとし一部改変した.本研究では,社会的やりとり(ソーシャル・サポート),個人内要因,状況要因(ストレス),内的状態,行動選択(攻撃行動)に焦点を当てる.
(Anderson & Bushman, Anderson & Anderson(共に2002)に基づいて作成)
本研究は,「ソーシャル・サポートの質・量がストレスに影響する→ストレス増加が怒り心理反応を喚起→攻撃行動を表出する」というプロセスを想定した.
1.怒り特性が高いほど怒りを喚起しやすい(日比野ら,2006)ことから,他人が怒りを感じないような原因に対して怒りを生じやすければ,同様の出来事に対して他人より強くストレスを抱くと考えられる.また,精神科看護師が最もストレスを感じる要因をも確認する必要がある.本研究では個人特性と怒り表出の影響について検討する.その最も基礎となる部分に「ストレス」を位置づけた.
2.ストレス緩和要因の1つにソーシャル・サポートがある.その種類として,1)情緒的負荷軽減のための支援,2)仕事の分担,を考えた.そして,「誰がサポートするか」とともに,ソーシャル・サポートの質・量を判断する指標として「サポートの内容」を仮定した.
3.看護師がストレス状況下にある場合,ソーシャル・サポートが(少)ないことによって怒りの情動を喚起させ攻撃行動に移ると思われるその過程を検討するために,【ソーシャル・サポート→ストレス→怒り心理反応→攻撃行動】という流れの因果モデルを想定し,中核部分にこの過程を位置づけることを仮定した.
4.筆者の先行研究より怒りを促進もしくは抑制する要因を抽出し,それらがソーシャル・サポート,ストレス,怒り心理反応,攻撃行動に影響を及ぼすことを仮定した.抽出した要因を以下の①~⑨に置き換え,概念枠組みの一部(関連諸要因)としてとらえた:①属性(年齢,職務経験など),②性格特性(自意識,タイプA),③共感性,④社会的スキル,⑤互恵性(負債感)=以上,個人内要因,⑥ソーシャル・サポート=社会的やりとり,⑦ストレス=状況要因,⑧怒り=内的状態,⑨攻撃行動=行動選択.
A県下47精神科病院の中で,調査実施を受諾してくれた30病院に勤務する看護師.
2.研究期間平成20年11月~平成22年3月.
3.研究実施方法看護部長を通じて調査用紙と返信用封筒を配布し,無記名・厳封にて回答を依頼した.回収は2週間を目処に各自ポスト投函を原則とした.
4.質問紙の構成質問紙は既存の9尺度を使用した.各尺度の構成概念妥当性の確認は因子分析または主成分分析を行い,内的整合性の観点から信頼性係数(Cronbach’s α)を採用した.なお,全質問紙ともに,構成概念妥当性,および内的整合性は確認された.
1)デモグラフィックスの構成1)年齢,2)性別,3)看護師経験年数,4)精神科経験年数,5)病院設置形態,6)勤務病棟,7)閉鎖/開放病棟,8)職位,9)相談者の有無より成る.
2)尺度本研究において使用した尺度について,図1の概念枠組みに沿って説明する.
(1)社会的やりとり社会的やりとりを測定する尺度として,ソーシャル・サポートを表す,①「職業性ストレス簡易調査票(C)」(誰がサポートをするか?)(下光ら,2004)と②「サポートの内容」(廣井,1996)を使用した.①は上司・同僚からの支援および配偶者・家族・友人からの支援態勢を問う9項目(1因子性を示す)で構成され,各項目について4件法で回答を求めその平均得点を算出するものであり,得点が低いほどサポートの多さを示している.②は11項目(1因子性を示す)で構成され,各項目について5件法で回答を求め,得点が低いほどサポートの内容(相談相手,気分転換,精神的支えなど)が充実していることを示している.
(2)個人内要因個人内要因は周囲からのサポートを利用したストレス対処や怒りの喚起に関する要因である.属性(年齢,経験年数,性別など)のほか,特性,態度や価値観などが挙げられる.ここでは個人内要因を表すものとして,属性(性別など)や情動的共感性尺度,KiSS-18,心理的負債感尺度,自意識尺度,タイプAを使用した.
「情動的共感性尺度」はMehrabian et al.の原版に基づき加藤ら(1980)が作成した.本尺度は他者の情動や感情に対する共感性を測定する尺度であり,25項目(3因子)で構成され,各項目は5件法で回答を求めている.下位尺度は感情的冷淡さ,感情的温かさ,感情的被影響性の3つであり,後二者は得点が高いほど共感性が高いことを示している.
「KiSS-18」(Kikuchi’s Social Skill Scale 18項目版)はGoldstein et al.(1986)のリストを基に菊池(1988)が作成したもので,18項目(1因子性)で構成されている.5件法で回答を求め,得点が高いほど社会的スキルを身につけている程度が高いことを示している.社会的スキルとは「対人関係を円滑に運ぶために役立つスキル(技能)」と定義され,このスキルには感情処理のスキル,攻撃に代わるスキル,ストレスを処理するスキルなど6種類のスキルが含まれる(堀,2001).
「心理的負債感尺度」はGreenberg et al., Eisenberger et al.の尺度から相川ら(1995)が項目を選択し作成した,看護師が互恵性についてどう感じているかを知る指標である.18項目(1因子性)で構成され,6件法で回答を求め,得点が高いほど負債感は強い.
「自意識尺度」はFeningsteinの原版から菅原(1984)が日本語版を作成した.自分自身に注意を向けやすい程度を測定する.私的自意識と公的自意識があり,前者は外から見えない自己の側面(内面・気分)に注意を向けるもの,後者は外から見える自己の側面(外見や他者に対する行動)に注意を向けるものである.21項目で構成され,7件法で回答を求めている.得点が高いほど自意識が高い.
「タイプA」はFriedman & Rosenman(1974/1993)が攻撃的・挑戦的で競争心や責任感が強い人ほど心・血管疾患になりやすいと考え,そのような性格・行動パターンの人をタイプAと定義したことに始まる.前田(1991)が「A型傾向判別表」として質問表を作成し,12項目で構成され,各項目について3件法で回答を求め,得点が高いほどタイプA傾向が大きい.
(3)状況要因怒りの喚起に影響を与える誘因であり,具体的にはストレスに関する要因である.本研究においては,「働く女性の職場組織ストレッサー尺度」(18項目で構成.このうち,拘束的な職場風土,仕事による精神的報酬,職場内の人間関係トラブルの3下位尺度を使用する.3下位尺度は13項目からなる)(朝倉,2004)と,働く女性の疲労とストレスの関係をみるために作成された「労働・職場環境特性の調査項目」(36項目)(朝倉,1992, 1997)のうち,上記尺度と重複せず,かつ,看護師にもあてはまると思われる13項目を挙げ,計26項目を1つの質問紙として使用する.本質問紙は5件法で回答を求め,得点が高いほどストレスが高い.なお,本研究には対象者として男性看護師もいるが,質問内容としては特に性別に関係はないと考えられたこと,また,質問項目中に特に「女性」と明記されていた部分は「男性(女性)」と表記を変更することで男女どちらの対象者に対しても使用可能なように配慮した.
(4)内的状態怒りの喚起に関する要因であり,認知(思考やスクリプト=パターン化された行動反応),感情(怒り),覚醒の3要素からなり,それぞれ相互に作用しあっている(湯川,2005).Spielberger(1988)の「状態–特性怒り表出目録(STAXI)の日本語版」を使用した(堀,2001).STAXI日本語版の下位尺度である,「特性怒り尺度」(10項目で1因子性を示す)と「怒り表出尺度」(24項目)で構成され,各々4件法で回答を求めている.怒り表出尺度は,下位尺度として,①怒りの表出(Anger-Out. 怒りを外部=他者や物に向ける傾向),②怒りの抑制(Anger-In. 怒りを内にためる傾向),③怒りの制御(Anger-Control. 怒りが外に出ようとするのを抑えようとする傾向)の3つから構成されている.得点が高いほど,①怒りを表出しやすい,②怒りを内にためやすい,③怒りを制御しているといえる.
(5)行動選択怒りを感じた時に選択する行動表出のことである.本研究の行動選択を表すものとして「日本版Buss–Perry攻撃性質問紙」を使用する.これは攻撃性を多元的に測定する尺度であり,安藤ら(1999)が24項目で構成し5件法で回答を求めている.得点が高いほど自意識が高い.本尺度は情動的側面である「短気」,認知的側面である「敵意」,攻撃性の行動的側面である「身体的攻撃」および「言語的攻撃」の4つの特性を測定する下位尺度によって構成されている.
5.分析方法自由記述データの分類,共分散構造分析について以下に述べる.
1)自由記述データの分類精神科看護師が感じるストレス(自由記述)について,評価分析システム・テキストマイニングを使用して分類した.
2)共分散構造分析の実施まず攻撃行動に至る要因の因子構造を確認するため探索的因子分析を行い,次に初期モデル推定後に共分散構造分析を実施した.具体的には,パス図を描いた後,修正指数と適合度指標を参考にパスを削除・追加しながらモデルを改良し,最も適合度の良いモデルを採用した.モデルの適合度指標としてGFI, AGFI(修正済みGFI)およびCFI(比較適合度指標)とRMSEA(平均二乗誤差平方根)を採用した.採用基準は,GFI, AGFI, CFIはいずれも0.9以上,RMSEAは0.05以下とした.また,性差によるモデルを比較する際はパス解析の多母集団同時分析を実施した.具体的には,男女各々をグループ化変数とし,潜在変数の分散や各項目へのパス係数に等値制約を課さない「制約なし」モデルと等値制約を課す「制約あり」モデルにおいて多母集団同時分析を実施した.AIC(赤池情報量基準)を採用しAICが最も低いモデルを選択した(小塩,2005, 2008;豊田,2007;田部井,2001).
なお,統計分析はSPSS16.0 for WindowsおよびAmos(Ver.5)を利用した.
6.倫理的配慮研究参加は任意で期間途中での参加中止が可能なこと,不利益を被らないこと,無記名性,得られたデータや結果は本研究以外に使用しないことを保障した.学術誌への投稿については調査用紙にその意義を記載し了解を得た.なお,本研究は名古屋市立大学大学院看護学研究科の倫理委員会において承認(ID番号:08030-2,個別の承認番号なし)を得て,倫理的な配慮を行った上で実施した.
1,430名に配布し1,035名から回答を得たが,未回答項目が属性(年齢,看護師経験年数,精神科経験年数)において2つ以上,尺度においては1つ以上ある調査用紙を除く1,001部を分析可能な有効回答とした(最終有効回答率=70.0%).
1.対象者の属性対象者の属性と,使用した9尺度それぞれの平均得点±SDを表1に示した.対象者全体の平均年齢は41.1±SD 11.9歳,看護師経験年数の平均は16.5±SD 10.6年,精神科経験年数の平均は11.4±SD 9.0年であった.
自由記述「何が一番ストレスに感じるか?」の回答(回答者693人中,「特になし」以外の回答をした651人の記述)を分類したところ,「人間関係・拘束的な職場環境のストレス」と「仕事内容のストレス」に大きく分類された.テキストマイニングにより得られた具体的なストレス内容について各年代別に分類し割合をグラフ化したものが図2である.各年代ともに『人間関係のストレス』が最も多く,次いで,「業務の煩雑さ」「患者の暴力」「疾患の理解」「看護の難しさ」の『仕事内容のストレス』が多いことが確認できた.
因子数と構成概念(潜在変数)確定のため,因子抽出打ち切り基準を固有値1として主因子法(プロマックス回転)による探索的因子分析を行った.具体的には,デモグラフィクス(3項目),共感性(3項目),心理的負債感,社会的スキル,ストレス(2項目),ソーシャル・サポート(2項目),攻撃性(4項目),特性怒り,怒り表出(2項目),自意識(2項目),タイプAの計22項目を投入して因子分析を実施した.その結果6因子が抽出され,各因子を構成する項目もおよそ妥当であると判断した.因子分析の最終結果を示し(表2),抽出した6因子を潜在変数とし各因子を命名した:第1因子「怒り心理反応・攻撃行動」,第2因子「職務経験」,第3因子「共感性」,第4因子「ソーシャル・サポート」,第5因子「情動表出」,第6因子:「自意識」である.
因果モデルの検討を行うために,因子分析の結果によりパス図を描き共分散構造分析を実施した.想定した因果モデルは,【ソーシャル・サポート(社会的やりとり)→ストレス(状況要因)→怒り心理反応(内的状態)→攻撃行動(行動選択)】という流れであるが,その際,前段階の変数が次の段階の変数に影響を与えたり,また,それらの変数に対して個人内要因が影響を与えるというパスを仮定した.修正指数と適合度指標を参考にモデル改良を重ね,最終的に最良のパス図(図3)を描くことができた.パス図のモデル適合度を検証した結果,GFI=0.94, AGFI=0.91, CFI=0.92となり,いずれも「当てはまりの良いモデル(適合度の良いモデル)」とされる0.90以上であった.RMSEAは0.063であったが,RMSEAは観測変数の数に影響されやすいことから,この結果は採用に耐えると判断した.検証にあたり各因子から項目(要因)へのパスの標準化推定値をみた結果,ソーシャル・サポートが2つの「ストレス」に与える影響力はほぼ同じであり,そのストレスが「怒り心理反応」に与える影響力もほぼ同じであることから,【ソーシャル・サポートが(少)なければ人間関係および仕事内容のストレスともに怒り心理反応を喚起し,怒り心理反応が喚起されると攻撃行動を表出しやすくなる】ことがわかった.特に,「怒り心理反応」は「攻撃行動」に対して最も強く影響(0.96)を与え,その強さは「怒り抑制・制御(Anger-In, Anger-Control)」の2倍であった.また,その他の要因(職務経験,共感性,社会的スキル,公的自意識,タイプA)が「ソーシャル・サポート」「ストレス」「怒り心理反応」と関連していることや,それらの要因が直接「攻撃行動(および言語的攻撃)」に結びつく直接効果の存在も確認された.
(○は構成概念を表す.誤差変数eの図示は省略した.)
複数の母集団(男・女)における観測データを扱い,同一の因子構造が想定できることを仮定し各母集団において分析を実施し適合度指標をみたところ,両母集団には同じモデルがあてはまることが確認できた.
2)多母集団同時分析パス解析の多母集団同時分析を実施した結果,「制約なし」モデルの適合度指標はGFI=0.92, AGFI=0.88, CFI=0.92, RMSEA=0.047となり,「制約あり」モデルとほぼ同じ適合度指標を示したものの,AIC値は,「制約なし」モデルが1154.72であるのに対し,「制約あり」モデルの中で最も良好な適合度指標を示したモデルのAICが1164.29であることから,「制約なし」モデルの方が相対的にモデルの適合度が良いことがわかった.
多母集団同時分析で一対のパラメータを比較しパス係数に有意差がみられた(性差がみられた)ものを図4に示した.
○は構成概念を表し,⇒は性差がみられたことを示す. 有意差は*p<0.05, **p<0.01, ***p<0.001を表す.また,誤差変数eの図示は省略した.
精神科領域は看護の本質を映し出し他領域全体にわたりベースとなる領域であると考えられるため,精神科に勤務する看護師を本研究の対象者とした.
本研究結果より,精神科看護師が最も感じるストレスが,複数の先行研究で抽出されている,「人間関係および拘束的な職場環境に関するストレス」と「仕事内容のストレス」の2つに集約されることを確認した(例えば,質問紙「働く女性のストレッサー尺度」の因子分析結果と全く同じであった).前者は対人関係職業全般において経験しうるストレスであり,後者は患者対応の困難さ(幻覚・妄想の対応の難しさ)や患者の暴言・暴力という,精神疾患特有の病態生理による患者理解の困難さであり,精神科ゆえに起こりうるストレスであった.
2.精神科看護師における怒りの表出過程—因果モデルの検証—2種類のストレスを基に因果モデルを作成しその適合度を検証した結果,ソーシャル・サポートが(少)ないことがストレス(人間関係,仕事内容ともに)を高め,高まったストレスが怒り心理反応を喚起し,その怒り感情が攻撃行動として表出されることが示された.すなわち,[ソーシャル・サポート→ストレス→怒り心理反応→攻撃行動]という因果モデルが確認された.因果モデルの前半部分は先行研究(小野ら,1996;廣井,1996)で述べている「ソーシャル・サポートを得た場合にストレスは軽減する」という結果と一致していた.また後半部分では,怒り心理反応が「攻撃行動」に向かう影響力は0.96で,他の攻撃性に向かう影響力も0.61または0.83と高い値であったのに対し,「怒り抑制/制御」(攻撃行動と対極的な行動)がその1/2~2/3の影響力(−0.48)であることから,このことは,いったん怒り心理反応が喚起されると,怒り抑制/制御のためにいかに意識・努力することが必要であるかを示していた.また,ソーシャル・サポートに関連する要因に「職務経験」「共感性」「社会的スキル」があるが,比較的高い数値である「共感性」が,性差こそみられなかったものの構成概念(潜在変数)を表す中心的な要因であるといえた.この3要因と関連する他の要因(心理的負債感,公的自意識,タイプA)の中では特に「公的自意識」が他の5要因と関連しており,ソーシャル・サポートを得るための中心的な役割を果たす要因であることが示唆されるなど,他者からソーシャル・サポートを引き出しやすくするためには共感性および社会的スキルを高めることが必要であるが,それらを高めるために特に公的自意識を高め,次いで心理的負債感を高めたりタイプA傾向を低減させることが必要であることが示唆された.
ストレスに直接影響を与える要因についても同様に,ソーシャル・サポートが(少)ないことがストレスに悪影響を与えることは従来の知見(小野ら,1996;兵藤,2006)と一致し,「共感性」の低さや「公的自意識」との間に各々性差がみられたこと,「ソーシャル・サポート」に対して影響を与える要因に「共感性」の低さと「社会的スキル」があったことが特徴的で,先行研究(林,2002)と一致した.
以上より,ストレスの低減には,共感性や社会的スキルを高めることに加えて公的自意識を高める必要があることが示唆され,またそれはソーシャル・サポートを高める要因と類似していた.攻撃行動の表出については,ストレスが増加し怒り心理反応を喚起させるプロセスの存在が確認できたことで,ストレスが怒り心理反応喚起の最大の原因であり影響を及ぼしていることが示された.
職務経験,共感性,社会的スキル,公的自意識,タイプAが「ソーシャル・サポート」「ストレス」「怒り心理反応」と関連しているだけでなく,「攻撃行動(および言語的攻撃)」に結びつく直接効果の存在が確認されたことで,「怒り心理反応」を喚起させることなく十分な内的処理を行わないまま言語的攻撃性を示す可能性が十分に示唆された.
3.因果モデルにみる性差について本研究における特徴は,男性看護師の割合が一般科と比較して高いことであった(一般科における男性看護師の割合は6.2%である[厚生労働省大臣官房統計情報部,2013]が,本研究(精神科)のそれは25.0%であった).Anderson & Bushman(2002)と湯川(2005)が怒りの表出に関する性差について言及しているため,本研究においても性差による攻撃行動の生成過程の相違について分析対象とした.
得られた検定統計量の結果(図4)より,男性は女性に比べて,「共感性」の低さに影響され仕事のストレスを増加させやすい傾向があることがわかった.また,「公的自意識」が仕事のストレスに影響を与える程度にも性差がみられたことから,自意識が高い(他者の目を気にする)ほど女性は仕事のストレスを表現しない傾向があり,逆に男性は仕事のストレスを表現する傾向にあった.このほか,男性は女性に比べて精神科経験年数の影響を受けやすいことや,攻撃行動として身体的攻撃に向かいやすい傾向にあることがわかった.
「共感性(の低さ)⇒仕事内容のストレス」で性差がみられたことから,「共感性」がストレスに与える影響は男女間で異なることが示唆された.看護師の共感性における性差に関する先行研究は見当たらないものの,角田(1994)が共感経験尺度を使用して男女差について調査し,女性は共感性が高く,男性は共感性が低く容易に他者理解ができない者が多いとした.本研究では有意差はみられなかったが,女性の方が男性より「サポート⇔共感性の低さ」係数が約2倍大きいことから,女性はサポートが得られれば共感性の高さを発揮する,もしくは女性は柔軟性があり共感性の高い人が多いと考えられた.しかしMackay et al.(1990/1991)が,「援助関係における共感は,援助者の年齢,性別,人種,その他の生物学的属性によって変化し,これら変数の影響は研究結果が矛盾する」と述べるように性差に関する評価が一定していないという事実もあるため,ここでは男女で共感性の働き方が異なる,というにとどめておく.また,精神科経験年数に性差がみられたことから,男性は看護学校(大学)卒業以来ずっと精神科に勤務している可能性が高く,女性は一般科勤務を経て子育て後の再就職時に精神科に勤務し現在に至るという可能性が高い.男性は大黒柱として働かなければならないが,女性は子育てが一段落し周囲のサポート環境が整ったことで就業復帰した可能性を考えると,女性の方がサポートを受けやすいことも納得できた.
また,公的自意識が仕事のストレスに与える影響について,自意識が高い(他者の目を気にする)ほど女性は仕事のストレスを感じにくく,男性は仕事のストレスを感じやすいことを示していた.菅原(1986)や畑山ら(2005)は,公的自意識は女性の方が有意に高いことを見出し,公的自意識=「賞賛されたい/拒否されたくない」欲求であることから考え,女性は他者からの評価を気にし拒否されたくない気持ちが強いために仕事上のストレスを表現して自分への評価が下がることが気になるのではないか,一方,男性は他者からの評価に関心が(少)ないためにストレスも感じにくい(表現しない)傾向にあるのではないかと推察した.
以上より,仕事のストレスは,他者からのサポートだけでなく個人内要因(共感性,公的自意識,社会的スキルなど)にも影響され,特に前2者は性別にも影響されることが示された.また男性は身体的攻撃性に向かいやすいことが示されたが,これは人格特性である攻撃性について論ずる多くの知見(木野,2000; Anderson & Bushman, 2002;湯川ら,2003;湯川,2005;福田,2007)と一致していた.
4.今後の課題と展望—本研究の看護領域における有用性—共感性は精神科以外でも求められる能力であり(畑山ら,2005),共感性についてDozier(2002/2003)は「他者に対する寛容の心は教えて初めて身に付く」と述べ,人間として成長する過程での環境の重要性に触れている.本研究は共感性や社会的スキル育成のための看護師教育や環境調整の必要性を示す基礎的データを提供しているものの,ストレスを感じた後に喚起した感情を「怒り」に限局し,行動も攻撃行動のみを考えている.しかし,例えば共感性欠如は憎悪の顕著な特徴でありストレスに長期間さらされると無力感に陥り判断を狂わせる(Dozier, 2002/2003)など憎悪や無力感が喚起される可能性があり,怒り以外の感情や攻撃行動以外の反応行動の変化も把握し,それらの関連要因の調査も必要である.近年増加傾向にある破壊的攻撃行動に至る心理過程の解明と看護師のメンタルヘルス向上のために,今後は,他の心理状態に関するデータも得て,ソーシャル・サポートを含むストレス軽減につながる要因についても検討する必要がある.
1.精神科看護師が最もストレスに感じるのは,①人間関係および拘束的な職場環境に関するストレス,②仕事内容に関するストレスであることが確認された.
2.因果モデルを作成しその適合度を検証した結果,ソーシャル・サポートが(少)ないことがストレスを高め,高まったストレスが怒り心理反応を喚起し攻撃行動として表出されることや,その心理過程に影響を与える要因が示された.
3.「共感性–仕事内容のストレス」間などで性差がみられることが確認された.
本研究においてご指導・ご助言をいただきました名古屋大学大学院教育発達科学研究科・髙井次郎教授,統計解析手法についてご教示下さった前中部大学(現早稲田大学)・小塩真司教授に謹んで感謝の意を表します.また,本研究の調査実施に協力して下さったA県内の精神科病院に勤務する看護師の皆様に心から御礼申し上げます.
本研究は名古屋市立大学大学院看護学研究科に提出した博士論文の一部を加筆修正したものである.本研究は,Second International Conference on Violence in the Health Sector(2010, Amsterdam, Netherlands)において発表した.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:NS は研究の着想およびデザイン,データ収集,データ分析,原稿の作成までの研究プロセス全体に貢献;RT は原稿への示唆および研究プロセス全体への助言を行った.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.