2015 Volume 35 Pages 63-71
目的:北米で作成された職業コミットメント尺度(OCS)を日本語に翻訳し,日本語版OCSの信頼性と妥当性を検証した.
対象と方法:看護師を対象とした予備調査において尺度の信頼性と因子構造を確認後,看護師4046名を対象に本調査を実施し,1331名(有効回答率32.9%)を分析対象とした.
結果:探索的因子分析により,情緒的職業コミットメント,功利的職業コミットメント,規範的職業コミットメントの3因子が抽出され,確証的因子分析で良好な適合度が得られた.信頼性係数は尺度全体が0.817,下位尺度が0.756~0.837であり,I–T相関はおおむね良好な値が得られた.併存妥当性の基準とした職務満足感とは有意な正の相関が,離職意向とは有意な負の相関が認められた.
結論:1項目のみ日本語訳の信頼性,妥当性が十分に得られず,結果の解釈に留意が必要であるものの,日本語版OCSについて,一定の信頼性,構成概念妥当性および併存妥当性が確認された.
コミットメントとは働く個人の帰属意識を表す概念であり,特定のものに対する個人の同一化や関与とされている(Porter et al., 1974).コミットメントの対象は多様であり,専門性の高い職業においては自らの職業にコミットする傾向が強く(高木,2003),看護職においてもコミットする対象として職業が重視されている(酒井ら,2004).
1971年にHall(1971)により,職業へのコミットメント概念としてキャリアコミットメントが提示されて以降,多くの類似概念が示されている(Morrow, 1983).初期の職業へのコミットメント概念は職業に対する情緒的なコミットメントがほとんどであった.しかしながらMeyerら(1993)は,労働者の職業との関係維持の理由が単一とは限らず多面的であるとの見地から,多次元概念としての職業コミットメントを提唱した.彼らは職業への情緒的な愛着を表す情緒的職業コミットメントのほかに,職業を辞めたり,他の職業に変わることに伴い生じる損失を恐れ,そうしたことを回避する意識に基づく功利的職業コミットメント,職業に対する責任や義務感,忠誠心を表す規範的職業コミットメントの3次元から捉えるべきと主張した.
看護師を対象とした職業コミットメントに関する研究は蓄積されつつある.日本の研究では職業コミットメントは,バーンアウトや専門職者行動(澤田,2009),新卒看護師の職業継続意欲(竹内ら,2012),心理的ウェルビーイング(酒井ら,2004)に影響すること,仕事上の相談相手の有無や仕事の達成感,給与への不満と関連すること(吾妻ら,2007)が報告されている.イスラエルやカナダで行われた研究では,職業コミットメントによる離職意向および離職行動への影響が明らかにされた(Cohen, 1998, 1999, 2000).北米での研究では,バーンアウトが大きいほど職業コミットメントは低下し離職につながること(Jourdain & Chenevert, 2010),職業コミットメントは年齢や教育に影響を受け離職意向に影響すること(Nogueras, 2006),離退職行動や専門職者行動に影響すること(Meyer et al., 1993),働く意欲に影響すること(Gambino, 2010),専門職への挑戦や成長,仕事の面白さ,専門に対する自己有効性と関連すること(Cherniss, 1991)が示されている.Leeら(2000)はメタ分析により,職業コミットメントが高いほど職務関与や職務満足度が高く,バーンアウトや離職意向は低くなることを報告している.
このように職業コミットメントは,職業継続や離職に関わる極めて重要な因子といえよう.昨今わが国では看護師の離職が深刻視されており,組織からだけでなく,看護職からの離職も見受けられ,貴重な人的資源の損失が懸念されている(韓,2012).したがって,看護師の職業コミットメントを高めることで,看護職からの人材流出という問題の緩和が期待できると考えられる.
本邦での職業コミットメントの測定には,欧米の尺度を用いながらも,逆翻訳を行っていない,原版との概念同一性の検討が行われていないなど,尺度の翻訳版作成に必要な手続きを踏んでいないものや,論拠の提示なく欧米の尺度から項目を抜粋し翻訳しているものがあり,測定された概念の再現性の確認や信頼性・妥当性が十分に検証されていないという現状がある(石田ら,1999;矢野ら,2006;澤田,2009).また,職業コミットメントの指標が一貫していないため,研究結果の比較が難しいことから,信頼性と妥当性が検証された有用性の高い尺度が必要である.さらに,欧米で得られた知見を活用できるという利点や国際研究比較が可能という観点から,欧米で多く用いられている尺度の日本語版の作成が有効と考えられる.
Meyerら(1993)は,看護学生および看護師を対象とした研究で3下位尺度18項目から構成されるOccupational Commitment Scale(OCS)を開発,信頼性と妥当性を検証した.OCSは労働者の職業コミットメントに関する研究で広く用いられている.近年,個々人にとって職業の位置づけは異なるため職業との結びつきは多側面から捉える必要があり,職業コミットメントは多次元的に測定するのが望ましいとされていることから,OCSの日本語版を作成することは意義が高い.
以上より本研究では,Meyerら(1993)によるOCSを翻訳した,日本語版職業コミットメント尺度(日本語版OCS)の信頼性と妥当性の検証を行う.予備調査で翻訳した尺度の信頼性と因子構造を確認後,本調査において尺度の信頼性,構成概念妥当性を検証し,職務満足感,離職意向との関連から併存妥当性を検討する.
OCSの日本語への翻訳にあたり,OCS原著者のMeyer, J. P.氏およびその共同研究者である高橋弘司氏の計2名から使用許諾,翻訳許諾を得た.筆者を含む,日本人研究者4名,医学系論文翻訳業者1名,米国在住の日本人通訳者1名により尺度の順翻訳を行い,日本語版の仮尺度とした.順翻訳に関わっておらず英語の原版を見ていない医学系論文翻訳業者1名に日本語版仮尺度の英語への逆翻訳を依頼した.逆翻訳の内容について,著者ら2名が確認することで,尺度原版との概念同一性を確保した.日本語版OCSは,「情緒的職業コミットメント」,「功利的職業コミットメント」,「規範的職業コミットメント」の3つの下位尺度計18項目から構成され,各下位尺度には6項目ずつ含まれる.測定方法は「1.全くその通りではない」~「5.全くその通りだ」の5件法を用い,各選択肢に対して1点~5点の得点を付与し,単純加算した.得点が高いほど,職業コミットメントが高いことを示す.
2012年7月に東北地方に位置する800床以上の1病院に勤務する看護師1000名を対象に無記名自記式質問紙調査を実施した.調査内容は,日本語版OCS,性,年齢,婚姻状況,専門学歴,雇用形態,職位,看護師経験年数とした.調査票は看護部を経由して病棟に配布され,逆のルートで回収された.回収された調査票は802票(回収率80.2%),日本語版OCSへの回答に欠損のない者769名を分析対象とした(有効回答率76.9%).
なお本研究は東北大学大学院医学系研究科倫理委員会(承認番号2011-396)の承認を得て行った.看護部管理者,対象者には文書にて研究目的,方法,データの匿名性,プライバシー保護について説明した.
2.結果と考察対象者は女性93.4%,男性6.1%,年齢は20~29歳が最も多く50.5%であった.看護師経験年数は8年以上が48.4%と最も多く,次いで5~8年未満(15.6%)であった.専門学歴は看護師学校養成所3年課程が42.9%と最も多かった.また,常勤が91.5%,非管理職が96.6%を占めていた.
日本語版OCSの項目で天井効果や床効果を示すものが認められなかったため,構成概念妥当性検証のために探索的因子分析(主因子法,プロマックス回転)を繰り返した結果,固有値1以上,因子負荷量0.3以上の基準で17項目3因子を成すことが確認された.原版と比較すると,第1因子では情緒的職業コミットメントが,第2因子では規範的職業コミットメントが,第3因子では功利的職業コミットメントが再現されていた.3因子2次因子モデルについて共分散構造分析により確証的因子分析を行った結果,GFI=0.936, AGFI=0.910, CFI=0.928, RMSEA=0.062の値が示され(GFI, AGFI, CFI≧0.90, RMSEA<0.08(Arbuckle, 2010)),良好な適合度が得られたと判断した.
内的整合性については,尺度全体のCronbach’s α係数(以下αと表記)は0.821だった.下位尺度別では,情緒的職業コミットメントのαは0.832,各項目を削除した場合のα係数(以下項目削除時αと表記)は,項目(1)を削除した際に全体のαをわずかに上回ったが,その他の項目は0.778~0.816だった.Item–Total(以下I–Tと表記)相関は0.412~0.726を示した.功利的職業コミットメントのαは0.724,項目削除時αは項目(11)を削除した際に全体のαを大きく上回ったが,その他の項目は0.636~0.705だった.I–T相関は,項目(11)が0.174と極めて低い値を示したものの,その他の項目は0.393~0.622だった.規範的職業コミットメントのαは0.734,項目削除時αは項目(13)を削除した際にわずかに全体のαを上回ったが,その他の項目は0.673~0.734だった.I–T相関は0.336~0.553を示した.
尺度全体と各下位尺度のαは0.7以上と十分な値を示したことから,一定の信頼性が確認された.項目削除時αは,情緒的職業コミットメント,規範的職業コミットメントでは1項目ずつ削除した際にわずかに上昇し,功利的職業コミットメントでは項目(11)を削除した際に全体のαを大きく上回った.また項目(11)のI–T相関は極めて低い値を示した.以上より項目(11)を含め,尺度の内的整合性を低める可能性のある項目が存在したが,十分に検証した上で項目を取捨選択するのが妥当と判断し,本調査においても3下位尺度18項目を用いることとした.以上の経過で作成した尺度を「日本語版OCS」とした.
関東地方1都3県,東北地方3県に位置する一般病床300床以上を持つ病院のうち,特定機能病院,専門病院を除く109病院の看護部管理者に文書により調査趣旨を説明し,調査依頼した.本調査への協力同意が得られた12病院に勤務する看護職者4046名を対象に2013年9月から10月に自記式質問紙調査を配布した.回答を得た1529名(回収率37.8%)のうち,現在看護師免許で働いている者で日本語版OCS18項目への回答に欠損のない者1331名を分析対象とした(有効回答率32.9%).
2)調査の内容(1)職業コミットメント予備調査で作成した日本語版OCSを用いた.
(2)職務満足感田中により信頼性,妥当性が検証されている職務満足感尺度(田中,1998)のうち,仕事や職場全体に対する満足感を捉えている全体的職務満足感を用いた.「現在の仕事の内容に満足している」などの4項目に対し,「満足(5点)」~「不満足(1点)」の5件法で尋ねた.得点が高いほど職務満足感が高いことを示す.本研究におけるαは0.871だった.
(3)離職意向職業からの離職意向の指標として「看護職として働くことについてどのように考えていますか」と尋ね,「続けたい(1点)」~「辞めたい(4点)」の4件法で尋ねた.
(4)基本属性性,年齢,婚姻状況,専門学歴,雇用形態,職位,看護師経験年数を尋ねた.
3)分析方法日本語版OCSの各項目の得点分布を確認した上で,探索的因子分析(主因子法,プロマックス回転,因子負荷量0.3未満は削除)による因子の抽出後,共分散構造分析を用いた確証的因子分析(GFI, AGFI, CFI≧0.90, RMSEA<0.08(Arbuckle, 2010))にて構成概念妥当性を検証した.次いで,内的整合性検証のために尺度全体および下位尺度について,α,I–T相関,項目削除時αを算出した.さらに,併存妥当性の検証のために,日本語版OCSの下位尺度ごとの合計得点と,職業満足感,離職意向とのPearsonの相関係数を算出した.
単純集計,探索的因子分析,内的整合性の検討,および併存妥当性の検討にはIBM SPSS 22.0 for Macを用い(有意水準両側5%),確証的因子分析にはAmos 18を用いた.
4)倫理的配慮本研究は東北大学大学院医学系研究科倫理委員会の承認を得て行った(承認番号2011-396).看護部管理者,対象者には文書により,研究目的,方法,プライバシー保護,調査への参加は任意であり自由意志に基づくものであることを説明した.なお,本調査は縦断調査の初回調査でもあったため,研究により得られたデータは個人が同定されることのないよう,個人名ではなくID番号で管理することを説明し,縦断調査への参加に同意する場合は同意書への記入を求めた.回答の返送をもって調査への参加に同意されたものとみなした.
2.結果1)分析対象者の特徴(表1)対象者は女性95.5%,男性4.5%,年齢は30~39歳が31.8%と最も多く,次いで20~29歳が27.1%を占めていた.看護師経験平均年数は15.5±10.3年,雇用形態は正規職員が95.0%,職位は非管理職が88.4%であった.専門学歴では,看護師学校養成所3年課程が最も多く(59.9%),次いで看護師学校養成所2年課程(23.7%),看護系大学(12.4%)であった.
構成概念妥当性の検証に先立ち,各項目の得点分布を精査するために平均値と標準偏差を算出した結果,天井効果や床効果を示す項目は認められなかった.よって18項目による探索的因子分析を行った結果,固有値1以上因子負荷量0.3以上の基準で17項目3因子が抽出された.因子負荷量が0.3未満を示した項目(11)を除く17項目で再度探索的因子分析を行った結果,17項目3因子構造を成すことが確認された.原版と比較すると予備調査と同様に,情緒的職業コミットメント,功利的職業コミットメント,規範的職業コミットメントの3因子が再現された.情緒的職業コミットメント(6項目),功利的職業コミットメント(5項目),規範的職業コミットメント(6項目)を第1次因子,職業コミットメントを第2次因子に配した,3因子2次因子モデルについて確証的因子分析を行った結果,GFI=0.946, AGFI=0.925, CFI=0.929, RMSEA=0.060の値が示された.
尺度全体の内的整合性の検証結果を表3に示す.尺度全体のαは0.817だった.項目削除時αは0.795~0.835であり,項目(11)を除いた際に尺度全体のαが0.835に上昇した.I–T相関は項目(11)以外は,0.243~0.643の値を示し,項目(11)のI–T相関は,−0.039と負の値を示した.
次いで下位尺度別の内的整合性の検証結果を表2に示す.情緒的職業コミットメントのαは0.837,I–T相関は0.495~0.693,項目削除時αは0.794~0.832の値を示した.功利的職業コミットメントのαは0.690だった.I–T相関は,項目(11)が0.078と極めて低く,その他の項目は0.398~0.581の値を示した.また,項目削除時αは,0.607~0.756であり,項目(11)を除いた際に功利的職業コミットメントのαが0.756に上昇した.項目(11)を削除した功利的職業コミットメント5項目でα,I–T相関,項目削除時αを算出した結果,αは0.756,I–T相関は0.458~0.607,項目削除時αは0.681~0.734の値を示した.規範的職業コミットメントのαは0.762だった.I–T相関は0.356~0.590の値を示した.項目削除時αは0.704~0.765であり,項目(14)を除いた際に0.765と規範的職業コミットメントのαをやや上回る値が得られた.
4)併存妥当性の検証(表4)情緒的職業コミットメント(6項目),功利的職業コミットメント(5項目),規範的職業コミットメント(6項目)と職務満足感,離職意向とのPearsonの相関係数を算出した結果,職務満足感とは正の相関が(順にr=0.344, 0.172, 0.219: p<.001),離職意向とは負の相関が認められた(順にr=−0.607, −0.306, −0.408: p<.001).
日本看護協会調査(2014)によると,全国の看護師の性別構成比は女性94.9%,男性5.1%であり,年齢構成比は20~29歳は18.8%,30~39歳は27.7%,看護師経験平均年数は17.5年であった.また,全国の看護師の婚姻状況は59.2%が既婚であり,専門学歴は,看護師養成所3年課程が54.6%,看護師養成所2年課程19.1%,看護系大学は5.9%であった.以上より本研究対象者の性別構成比および婚姻状況は全国看護師とほぼ同等と判断できた.一方,本研究対象者は20~39歳を58.9%が占めており,看護師経験平均年数は15.53±10.28年であることから,対象者は全国看護師に比して若い集団と考えられる.また専門学歴構成についても,本研究対象者と全国の看護師との相違がうかがえた.
2)構成概念妥当性と内的整合性探索的因子分析の結果,原版と同様の3因子の再現性が確認され,予備調査の結果と同様に項目(11)を除き各因子に含まれる項目は原版と同一であった.
尺度全体および情緒的職業コミットメントと規範的職業コミットメントのαは0.7以上と十分な値を示したと考えられる.また,情緒的職業コミットメントにおいて,項目削除時α,I–T相関に異常値は認められず,一定の内的整合性が確認された.規範的職業コミットメントでは,項目(14)を削除した際,αがわずかに上昇した.また,項目(14)のI–T相関は0.356と他の項目に比べてやや低い値を示し,因子負荷量は原版では0.596と十分な値であったが(Meyer et al., 1993),本調査では0.318と低い値を示した.日本人労働者には,所属集団への忠誠心と仕事に対する義務感が強いという特徴があると指摘されている(松山,2013).よって,「私は看護という職業を続けることに何の義務感も感じない(I do not feel any obligation to remain in the nursing profession.)」ことは対象者には想定し難い内容であったと推察され,回答の解釈に留意が必要である.
一方,功利的職業コミットメントのαは0.690だった.項目(11)を削除するとαは0.756に上昇し,項目(11)のI–T相関は0.078と極端に低く,因子負荷量も0.152と極めて低かった.項目(11)の翻訳の際,「職業を変えることを妨げるようなプレッシャーはない(There are no pressures to keep me from changing professions.)」の原版で用いられている「pressures」に対して適切な邦訳語が見当たらず,「プレッシャー」とカタカナ表記とした.しかしながら,プレッシャーが心理的あるいは物理的のいずれを示すのかは明確にされていない.また他の項目に比べ,どのような概念を測定しようとしているのかが不明瞭である.さらに,「妨げるようなプレッシャーはない」という二重否定に類する表現が,回答者にとってやや難解であったものと推測される.加えて原版においても,項目(11)の因子負荷量は0.347と他の項目に比べて低い値を示していた(Meyer et al., 1993).以上のことが項目(11)の因子負荷量の低さに影響し,また項目(11)が功利的職業コミットメントの内的整合性を低める要因になったと推察される.確証的因子分析により,項目(11)を除く17項目3因子から構成される2次因子モデルの適合度が一定の基準を満たしており,本尺度において原版の因子構造はおおむね再現され,構成概念妥当性が確認できたと考える.しかし,項目(11)の日本語訳については未だ信頼性・妥当性が得られていないため,日本語版OCS使用の際,項目(11)への回答の解釈には注意が必要である.
3)日本語版OCSの下位尺度の併存妥当性日本語版OCSの3下位尺度は,職務満足感とは正の相関が,離職意向とは負の相関が認められ,日本語版OCSの一定の併存妥当性は確認された.情緒的職業コミットメントと規範的職業コミットメントは職務満足感と正の関連を,離職意向とは負の関連を示すとされており(Meyer et al., 1993; Lee et al., 2000),本研究でも先行研究の知見を支持する結果が得られた.功利的職業コミットメントについては離職意向と負の関連を持つとされており(Meyer et al., 1993; Lee et al., 2000),本研究でもその結果が再現された.一方で職務満足感とは,Meyerら(1993)の研究結果とは異なり,正の相関を示した.功利的職業コミットメントは職業を離れることに伴う損失を回避する意識に基づくため,消極的なコミットメントとも捉えられており(Meyer et al., 1993),職務満足感と負の関連を示すとされているが,一貫した知見が十分に得られていない.本研究で用いた職務満足感尺度は現在の仕事や職場に対する満足感を把握するものである.本結果は,職業というよりも仕事や職場の現状に満足しており,現在の場から離れることにより生じる損失の大きさを鑑みると離れない方が良いという意識が反映されたものと推察される.功利的職業コミットメントと職務満足感との関連については今後,他の地域や施設に勤務する看護師を対象とした検討が期待される.また,本研究では職業コミットメントとの類似が指摘されている専門職者行動や専門職性(Meyer et al., 1993)との併存妥当性については検証できていない.よって今後の検証が望まれる.
4)限界と課題日本語版OCSは一定の信頼性,妥当性が確認されたものの,I–T相関や因子負荷量が低い項目が認められたことから,日本語の表現に課題が残される.また英語原版の翻訳の際,適切な邦訳語が見つからなかったものはカタカナで表記した.本研究では,質問項目の内容妥当性の確認を目的としたcognitive interviewを行っておらず,カタカナ表記の妥当性を検証できていない.海外で開発された尺度をニュアンスまで含め完璧に翻訳することの難しさは指摘されており,カタカナの使用も避けるのが望ましいとされている(尾﨑ら,2011).尺度を翻訳する過程では,どのようなサンプルにおいても共通理解を得られるような表現の使用に努める必要があり,今後は他の地域や施設で勤務する看護師を対象に,本尺度の内的整合性や因子構造の再現性を検証する必要がある.
以上のような限界を残してはいるが,本研究において多次元性を有するOCSを日本語版尺度に翻訳し,一定の信頼性と妥当性を示すことができたことについては意義が高いと考えられる.職業コミットメントは離退職や働く意欲,職務満足への影響要因として,また職業に対する愛着や帰属意識を反映する指標として重要視されている.看護職として意欲的に働くことができる環境整備や,看護職からの人材流出を緩和するための対応策構築の示唆を得る上で,本尺度を用いた実証研究の蓄積が望まれる.
4.結論北米で開発されたOCSの日本語版を作成し,信頼性と妥当性の検証を行った結果,原版同様の3下位尺度が再現され,確証的因子分析により3因子2次因子モデルについて良好な適合度が得られ,尺度の構成概念妥当性が示された.尺度全体および3下位尺度それぞれについて,一定の内的整合性も示された.また外的基準との併存妥当性も認められた.以上より,日本語版OCSの信頼性と妥当性はおおむね確認されたものの,1項目のみ日本語訳の信頼性,妥当性が十分に得られていないため,使用時には結果の解釈に留意が必要である.
本研究はJSPS科学研究費基盤研究C(課題番号23593122)の一部として,また公益財団法人医療科学研究所の助成を受けて行われた.本論文の一部は第39回日本保健医療社会学会大会にて発表した.本研究実施にあたり調査協力をご快諾いただきました施設の皆様,対象者の皆様に厚く感謝申し上げます.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:MS, KA, IWは研究の着想およびデザイン,データ収集,データ分析,分析解釈,原稿の作成までの研究プロセス全体に貢献;YSはデータ収集,分析解釈への助言に貢献した.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.