Journal of Japan Academy of Nursing Science
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Action Research Using the “Nursing Practice Model for Patient Education”
Megumi Higashi Fusae KondoEtsuko YokoyamaMomoe KonagayaKyoko KodairaMichiyo OkaMiho OhtaTeruko KawaguchiHiroko ShimomuraEmi OhsawaTomoe InoueMiyako OikeTakako KobayashiYuko HayashiFumiko YasukataSanae IhaNaoto HasegawaNarumi TakiguchiHiromi ItohKazumi OdaHiromi OnbeChieko DomenYukari Shimoda
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2016 Volume 35 Pages 235-246

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Abstract

患者教育にかかわる看護師が「看護の教育的関わりモデル(TKモデル)」を学習し,TKモデルを分析の視点として事例検討を行うことによって,研究者と参加看護師の相互関係と参加看護師の変化,それに伴う周囲に及ぼす影響を明らかにすることを目的とする.

方法は,アクションリサーチを用い,2008年2月~2010年4月に実施した.研究参加者は4名であり,学習会を14回行い,1回の参加者は7名から15名であった.

参加看護師が学習会による実践的な知識を自己の中に取り込み,参加看護師自身の患者教育に関する願いをかなえる過程には,〈出会い〉〈芽生え〉〈停滞〉〈躍進〉〈定着〉〈波及〉のフェーズがあった.TKモデルを学習する過程で,参加看護師と病棟看護師との対立の時期があり,また,参加看護師はTKモデルが実践で役に立つのか半信半疑の時期を経て,看護実践とモデルとの結びつきを理解し患者との関わりに変化が生まれた.さらに,他病棟の看護師にも波及する変化が生まれた.

TKモデルを活用した学習会は看護実践を変える可能性があることが示唆された.

Ⅰ.緒言

近年,看護師の教育的役割は拡大しつつあり,急性期医療を担う病棟においても慢性病患者に対する退院後の生活を視野に入れた自己管理への支援が求められている.しかし,従来の患者教育において,看護師は医療者の視点で患者に行動変容を求めてきた.

このような患者教育は,医療者側が一方的に,自己管理ができない患者と決めつけたり,自分のことなのになぜ自己管理をしないのかと,患者を責める図式を成立させてきた.そして,そのような教育を受けた患者は,自己嫌悪と無力感に苛まれることになった.このような従来の患者教育には,看護師の対応にも多くの課題があり,患者教育の本質やその方法を見直していく必要があった(河口ら,2003河口,2006).

また,患者教育を振り返る手がかりや,拠り所となる患者教育を包括的に捉えたモデルや理論が見当たらないなか(大澤ら,2011),看護師は,糖尿病教室などの教育内容を計画した講義型の形式だけではなく,血糖測定やインスリン注射などの日々の看護実践において,患者の生活や価値観に沿った患者教育を行っている(森山ら,2008).しかし,看護師は,後者の関わりを患者教育と認識していないことが多く,患者教育を行っているという自信や,その結果に対する満足感を得られていないのではないかと考える.

筆者が所属する患者教育研究会が開発した「看護の教育的関わりモデル(以下,TKモデル)」(河口ら,2011)は,看護師の教育実践力を高めることを目的に,熟練看護師の高度な教育実践を記述,分析し,可視化を試みたモデルであり,「とっかかり/手がかり言動とその直感的解釈」「生活者としての事実とその意味のわかち合い」「疾患/治療に関する知識・技術の看護仕立て」「協同探索型関わり技法」「患者教育専門家として醸し出す雰囲気(PLC; Professional learning climate)」の5つの概念から構成(1)されている.TKモデルが示す実践は,看護師が実践経験を振り返り,事例を用いて検討を積み重ねることによって,自己を知るとともに認識や行為の変化が起こると考えられている(小林ら,2003岡ら,2003下村ら,2003安酸ら,2003).

このように,帰納的に開発されたTKモデルを活用することで,看護師は血糖測定などの関わりにおいても,患者教育を実践する看護師の拠り所となり,患者教育を行っていることを認識し,その結果に満足を得ることができるのではないかと考えた.また,TKモデルは患者教育を実践する看護師の拠り所となるのではないかと考えた.

そこで,筆者らはTKモデルを活用した学習会を開催し,参加看護師が患者教育を実践するうえでの願いを明確にし,その願いがかなう過程を観察した.

Ⅱ.研究目的

患者教育に関わる看護師が「看護の教育的関わりモデル(TKモデル)」を学習し,TKモデルを分析の視点として事例検討を行うことによって,研究者と参加看護師の相互関係と参加看護師の変化,それに伴う周囲に及ぼす影響を明らかにすることを目的とする.

参加看護師の変化とは,学習会による実践的な知識を自己の中に取り込むことで,参加看護師自身の患者教育に対する願いをかなえることである.また,学習会を行うことで,参加看護師以外の病院内の看護師にどのような影響が表れるかということである.

Ⅲ.研究方法

1.研究デザイン

アクションリサーチを用いた.アクションリサーチとは,現場の改善を目的とした変化介入過程を描写し,解釈,説明するものである.それは未来志向を持ち,問題に焦点を当て内容を特定化し,アクションリサーチャーと参加者とのパートナーシップを基本とした明確な臨床的価値をもつグループ活動である.また,変化の過程において参加者とアクションリサーチャーとの関係は相互に教育的であり,ダイナミックなアプローチによりエンパワーされながら,計画・実行・評価が円環的に結びついていく(Waterman, et al., 2001).このように,アクションリサーチは参加看護師に対し何らかの変化を生むことが可能である.

そこで,参加看護師らが患者教育に関する自らの実践を振り返りながら,その問題点を見出し,患者教育に対する自らの願いを達成するため,筆者らはTKモデルを活用したアクションリサーチを選択した.

2.研究期間

2008年2月から2010年4月までの2年2か月間であった.

3.方法

1)データ収集施設

対象施設は,都内にある急性期の医療を担う中規模病院で,9病棟を有し平均在院日数は約11日である.

2)アクションリサーチグループの結成

(1)患者教育研究会メンバー(以後,研究会メンバーと略す)

TKモデルを開発している看護系大学教員20名,臨床看護師4名である.学習会においてTKモデルの紹介と支援を行った.

(2)アクションリサーチャー(Action researcher,以後,ARと略す)

ARは患者教育研究会のメンバーである.対象病院の看護師のキャリア開発支援を担う責任者かつ慢性疾患看護専門看護師であり,看護部長直属のスタッフ機能を持っている.

(3)参加看護師(以後,参加Nsと略す)

参加Nsは,研究に参加する意思を示したA~Dの4名である(表1).対象になった病棟では点眼や内服に関する患者指導が行われている.

表1 研究参加看護師

(4)病棟看護師

参加Ns以外の看護師である.研究対象病棟から延べ30名,対象外病棟から延べ30名が自発的に学習会へ参加した.

3)アクションリサーチの具体的な手順とデータ収集

ARは看護部長に研究依頼を行い,承諾を得,師長会を通して研究の概要を説明し参加部署を募った.その際,慢性疾患患者へのケアを行っていることを条件とし,当該部署の師長が参加意思を表明した.次に,参加部署から患者教育に興味がある看護師を募ったところ,4名の看護師が参加を希望した.

学習会に先立ち,ARは患者教育に関する現状を知るため,4名の看護師への参加観察を行うとともに,参加Nsの患者教育への願いや学習会へ参加する思いを聞いた.

学習会の内容の決定は,参加Nsの意見を取り入れることを基本とし,患者教育研究会での検討を経て行った.患者教育研究会では,学習会で起こったことや参加Nsの変化など,途中で派生した出来事に対応できるように,次の学習会の内容を決定した.

毎回の学習会では参加Ns,研究会メンバーの自己紹介や参加目的を述べることから始まり,終了前には参加して学んだこと,気が付いたことを語った.各学習会の終了後に参加NsとARが,その学習会の振り返りを行った.

学習会では,参加Nsの患者教育への願いが達成され,TKモデルが実践で活用できるように,研究会メンバーは参加Nsの発言に耳を傾け支持的な姿勢をとった.学習会は開かれた学習会として,各病棟に学習会ごとに内容等を記載した開催案内を配布した.その際,研究としての取り組みであることを明記した.

これらの手順を踏み,調査開始前と終了時のインタビュー逐語録,学習会の逐語録(全14回),学習会の参加観察記録(全14回),打ち合わせの参加観察記録(全23回),参加Nsの個人ノート(A5判4冊)からデータを収集した.

4.分析方法

1)学習会の逐語録と参加観察記録を精読し,学習会の前後の変化や相互作用を明らかにする視点で経時的に並べた.

2)1)について,生じていることがらの関係性や変化についての意味を熟考し,検討を繰り返した.その際,学習会の前後に行われた打ち合わせや振り返りの参加観察記録を参考にし,文脈の中で意味を捉えるように努めた.

3)逐語録を用いて,参加Nsとの相互関係を表すと考えられる部分を研究会メンバーで検討しながら分析した.

4)学習会が終わるごとに,研究会メンバーで会の振り返りを行い,何が起こっていたのかを検討した.

5.信用性の確保

本研究では信用性の確証を得るためにまず,研究フィールドの文化に身をおき看護師として洗練した技術を有しそのうえで教育,管理を担っている者をARとした.

また1年6か月,全14回の学習会の事実の再現性のために,ICレコーダーと参加観察記録を併用し,また打ち合わせの参加観察記録,参加Nsの個人ノートなども即時の書きおこしを行い情報の歪みの因子を減らした.

データを対照,対比し研究会メンバー内での同意を得るまでの分析は,学習会に参加していない研究会メンバーもその分析に関わり,分析における主観性や先入観の是正を行った.

さらに,参加Nsには参加して学んだこと,気が付いたことを学習会終了前に毎回語ってもらい,その言葉を記録していた.そのため,どこで学びや気づきが得られたかという変化のプロセスを参加者の言葉から確認することができた.分析結果は参加Nsも閲覧可能とし,解釈に誤りがないか確認作業を行った.

6.倫理的配慮

日本赤十字看護大学研究倫理審査委員会(研倫審委第2007-51),対象病院内倫理委員会の承認を得た後,研究参加者に文書を用いて研究の目的,方法,任意参加であること,個人情報の保護,公表に関する説明を行い,同意を得た.また,学習会および半構成的面接調査の際は,研究参加者の許可を得て会話をICレコーダーに録音した.

当該病棟に入院している患者および家族への周知は,「看護研究のご案内」という掲示物を作成し,研究協力の拒否が可能であることを明示して,病院の決まりに従って目に付きやすい場所に掲示した.患者に関連するデータは事例検討の内容および参加観察であり,病院のプライバシーポリシーを遵守した.

Ⅳ.結果

学習会は月1回,計14回行った.学習会14回のうち,2回はTKモデルの学習,その他はTKモデルを分析の視点として事例検討を行った(表2).学習会の日程は参加Nsが出席できる日をARとともに調整した.研究会メンバーも毎回参加し,TKモデルの説明3回および参加Nsによる6事例の検討を行った.各学習会の前には,準備のための打ち合わせ会が,参加Nsの自発的な提案でARと行われた.

表2 学習会および打ち合わせ会などの概要

データを分析した結果,参加Nsの患者教育に関する願いをかなえる過程をフェーズとして,〈出会い〉〈芽生え〉〈停滞〉〈躍進〉〈定着〉〈波及〉と命名した(図1).

図1 参加看護師の患者教育に関する願いをかなえる過程

以下,「 」内は参加Ns,「 」はARおよび研究会メンバーの発言を示し,事例は仮名を使用する.

1.出会い

学習会第1回(以下回数のみ記載)は,参加Nsと研究会メンバーが自己紹介を行った.また,研究会メンバーがTKモデルの概要の説明を行った.参加Nsは学習会への願いを,「ARや研究会メンバーと一緒に学びたい(B)」「TKモデルを学び実践での引き出しが少ないから増やしたい(C)」と語った.参加NsはTKモデルの説明を聞き「考えたことのない看護のアウトカムを考える新鮮さを感じた(C)」「いつも行っている挨拶が技法だと知った(D)」と語った.さらに,参加Nsは緊張した様子ながら「TKモデルの説明の中に実践していることがあり安心した(A)」と語り,自己の実践例を紹介する場面もあった.参加Nsは自発的に第2回までにTKモデルを意識した実践を行い,個人ノートに記載することとなった.

第2回は研究会メンバーが,TKモデルにおける対象者の生活習慣やこだわりに耳を傾け,生活者としての価値観を尊重する支援の説明を行った.

参加Nsは「その人のことを知りたいと思うことに意味があることが実感できた(A)」と語った.また,「学習会への参加が,少し気が重くなった(C)」と発言した参加Nsは「何気なくしていた挨拶が信頼へと続く教育技法だと分かった(C)」など,TKモデルへの興味や関心を語った.

TKモデルの説明は3回に分けて行い,ARと研究会メンバーは参加Nsが学習会に参加継続する基盤づくりと,TKモデル活用の意義を語った.参加Nsは「こんなこと話していいのか(B)」「研究会メンバーからどう見られるのか(C)」との緊張感があった.研究会メンバーは参加Nsが語った実践を否定せず聞く姿勢を示し,感じたことを言葉で返した.参加Nsは「自分たちのことを知ろうとしてくれる(B)」「実践を認めてもらえた(A)」と語った.第1回終了後,参加NsはTKモデルを意識して実践し,第2回では,「これは何の技法かと考えた(C)」と語った.この時期は,参加Nsの語りを通して参加Nsの看護を研究会メンバーが理解し,研究会メンバーの発言が参加Nsに敏感に感じ取られた.

第1回終了後に意識して行った実践を第2回に参加Nsが語り,第4回~5回B事例,第7回~9回C事例,第10回~11回A事例と後に発展した.

このフェーズでは,参加Nsと研究会メンバーとが学習会を通じて出会い,また,AやBのように参加NsはTKモデルと実践の照らし合わせを行っていた.そのため,本フェーズを〈出会い〉と名付けた.

2.芽生え

参加Nsは「こんなに良い学習会に参加して自分たちだけではもったいない(B)」と,患者との関わりを意識して実践し,所属部署の看護師を巻き込み始めた第4回,5回である.Bが「注意しても間食をやめない糖尿病患者ユウコさん(60代・女性)」事例を提示し検討した.

第2回にBが退院後の生活を心配する患者に対し,「社会保障を活用したらどうか」と話題を転換したことが語られた.研究会メンバーは患者の心配ごとに届いていなかったことに気が付き,「話題を変えないで患者さんの話したいことを傾聴すればよかったですね」と伝えるとBは一瞬,態度を膠着させた.しかし,Bはこの経験を踏まえ,第4回では「自分の関心に沿って患者の話を聞く(第2回)」から「ユウコさんが今話したいことを頑張って聞いた(B)」と語り,実践が変化していた.

事例検討では,ユウコさんに対して「治療だから間食はいけない(B)」と語られた.一方,研究会メンバーがTKモデルを活用し,生活者としてユウコさんを捉え,「なぜ間食をするのか」を検討し,退院後の生活を考慮してユウコさんの間食を認めていくとの方向を示した.参加Nsは「こういう風に当てはまっていくんだ.すごいな(B)」と,ユウコさんの生活に沿って間食を考えることは,良い状況をつくることだと気が付いた.「生活者としてその人を考えているが,どう関わればいいのかがなかった(C)」「間食するユウコさんが悪いと思っていたがそうではないと分かった(D)」と困っていたのは参加Nsであるとの気づきを得た.

一方,参加Nsの所属部署では,ユウコさんへの看護を巡って「間食はいけない」と考える病棟看護師と,「生活者としてその人を考える」参加Nsと意見が対立していた.Bから「病棟看護師との意見の食い違いが悩み」であるとARに相談があった.

第5回は,研究会メンバーがPLCの説明を行った.また,参加Nsと病棟看護師との対立が「悩み(B)」として検討された.研究会メンバーは「患者が行動変容しない事実を認めて自分が変わった」という自己の看護体験を語り,患者教育のあり方を,事例を通して伝え返した.

また,間食を認めない病棟看護師の一人は,ユウコさんの元プライマリナース(以下,プライマリ)であった.ユウコさんは救命救急センターで一命を取りとめ,長期の入院となっていた.プライマリは救命救急センターでの看護経験があり,熱心に患者と関わる看護師であることがARより紹介された.研究会メンバーが「生命危機を脱したユウコさんであり,プライマリは回復過程を守るために間食をしない方がいいと考えたのではないか」との見方を示した.参加Nsはプライマリの考えを理解でき「病棟で意見が分かれて辛かった.ほっとした(B)」と安堵の言葉が聞かれ,会場は一気に盛り上がった.

学習会ののち,参加Nsは夜勤等の時間を活用しプライマリにTKモデルや学習会の様子を伝えた.プライマリはTKモデルに興味を示し,第6回に参加しユウコさん事例を一緒に検討した.研究会メンバーは,PLCを用い「聴く姿勢がある」「ユウコさんの生活に合わせた生活援助を行っている」と実践とTKモデルを結びつけた.Bは「TKモデルを実践していた」と気づき,研究会メンバーは「この事例はTKモデルを活用した成功体験ですね」と伝えた.さらに,ユウコさんへの具体的な関わりの検討につながった.

このフェーズでは,参加NsにTKモデルの学習をもとにした実践の試みが自発的に始まった.それによって参加Nsと所属部署の病棟看護師との対立が起こり,学習会を通して参加Nsと病棟看護師が理解しあった.そのため,〈芽生え〉と命名した.

3.停滞

第6回を開催するにあたり,ARと参加NsのA・B・Cで打ち合わせが事前に行われた.第5回で第6回は事例検討を行うことが決まり,内容を検討する予定であったが,ARは「いつもと雰囲気が違い投げやり」であると感じ,第5回の盛り上がりとの違いに「学習会への参加が負担か」と戸惑った.参加Nsは「ふう~」というため息をつき,事例が決まらなかった.むしろ,参加Nsは,「研究会メンバーが私たちのことをどう思っているのか知りたい(B)」と評価を気にし,また,「研究会メンバーは,具体的な看護方法を指示しないので逆に自信が持てない.どのようにTKモデルを使えばいいのか教えてほしい(C)」と訴えてきた.そこで,研究会での学習会についての討議の議事録を第6回に開示し,研究会メンバーがTKモデルを活用し事例展開することとした.

第6回は,研究会メンバーがTKモデルを用いた事例を説明し患者のこだわっていることをどうキャッチし,それに対してどう関わっていくか,具体例を示した.参加Nsは「患者が病気について話してくれないのはなぜだろう,と疑問を持つ(C)」と立ち止まる変化が見られた.

そして,次回の内容を相談する時,それまで事例を書くことができないと言っていた,Cが「実は事例を書いてきた」とARを驚かせ,参加者から拍手が沸いた.

参加Nsは事例を展開する方法がわからないという心配と研究会メンバーからの評価が気になっていた時期であった.打ち合わせを通して,ARは参加者が抱いていた心配に気が付き,参加Nsと研究会メンバーをつなぐ対応策を提案したことで,参加Nsが事例提供に前向きになった.第6回では,TKモデルを実践でどう活用していくかに焦点が移り,研究会メンバーと参加Nsの目的とが一致する転換期であった.

このフェーズでは,参加Nsは事例を検討する方法がわからない心配と研究会メンバーにどう評価されているのか気になっており,学習会への参加に自信が持てないでいた.そのため,〈停滞〉と命名した.

4.躍進

第8回はCによる事例アキラさんを検討することとなった.Cは「アキラさんはがんによって痛いはずなのになぜ,痛み止めを使わないのかと思っていた」が,アキラさんに問いかけることができないでいた.しかし,TKモデルを学ぶことで,「痛いと思う時に痛み止めが使えていますか.私にはとても我慢しているように思える(C)」と聞くことができた.Cは「これまではそういう問いかけをしたことがなかった.TKモデルを学ぶことで患者に問いかけていいと思えることができた.思っていることを表現するには勇気がいった」と語った.それによって,Cは「アキラさんの信条,価値観が事例検討会で浮き彫りになった.ああ,こういうことなのだという納得感がある」「アキラさんは痛みをなんとかしたいと思っていないかもしれない.アキラさんの困難事ではなく私の困難事になっていた.アキラさんの困難事は,痛みによってやりたいことができないことだったかもしれない」と語った.さらに,参加Nsは「自分の見方がすべてではない.たとえば,糖尿病の患者さんに対し血糖値が悪いのは患者さんが悪いと決めつけていたが,そこには生活している人がいる(B)」,「自分が拘ったことしか見えていなかった.見方を変えると視野が広がり,同じ痛みでも見る角度で見方も違う(C)」と語り,学習会の成果が見られた.

このフェーズでは,参加NsはTKモデルの看護実践での適応に対する疑問の克服と自己のこだわりに気が付き,視野が広がったことを実感していた.そのため,〈躍進〉と命名した.

5.定着

TKモデルを基盤として事例検討を重ねた時期である.参加Nsだけでなく,病棟外看護師自らが事例提示の意思を示した.その事例の描写は,学習会への参加者がTKモデルを基盤にした看護実践を思い描けるほどにまとまっていた.研究会メンバーはTKモデルに引き付けて,さらに実践との結びつきを期待して問いかけを行った.

学習会を通して,参加Nsは患者との関わり方について「自分のテンポでなく患者の反応を待つ(B)」「患者理解の際,決めつけで入るのではなく,何でだろうと思うようになった(B)」「患者にちゃんと向き合う.それがなかなかできなかったけど,患者と話すことが好き,患者を知りたいと思った(C)」「沈黙を焦らなくなった(A)」「黙ってそばにいることも看護で,自信をもってできるようになった(D)」「意図的に看護していることが多くなった(C)」と語った.患者の状況に合わせた対応をする,待つ,見守る,意図的に行う,自分の考えを患者に伝えるなど患者との関わりに変化が見られた.

このフェーズでは,参加NsはTKモデルを基盤とした学習会での事例検討を重ねることにより,患者への関わりに自信が持てるようになっていた.そのため,〈定着〉と命名した.

6.波及

学習会を通して患者との関わりが深まり,実践から共に学びあう姿勢が生まれてきた「躍進」の時期には,参加Ns以外の病棟看護師が希望で参加し,自らの事例をTKモデルに従って分析した時期でもある.第14回で事例紹介した病棟看護師は,研究会メンバーによるTKモデルの講義に参加していない.資料を読み,参加Nsからの伝達伝授の方法でTKモデルを理解し,TKモデルの視点から看護実践を振り返り,分析をしていた.

このフェーズでは,参加Ns以外病棟看護師の学習会への自発的な参加によりTKモデルを活用した実践例が検討された.そのため,〈波及〉と命名した.

Ⅴ.考察

TKモデルは「看護師による患者教育が患者にとって実現可能で日常生活に寄り添った,患者に脅威でないより質が高いものにする(河口ら,2003)」ことを目的に開発したモデルである.ここでは,参加NsがTKモデルの要素である,患者の状況にあわせて待つ,見守る,意図的に行う,自分の考えを患者に伝えるなど態度が変化した要因とTKモデルの使用可能性について考察する.

1.相互関係の変化の軌跡

今回,TKモデルを学び,TKモデルを分析の視点とした事例検討会による学習会の過程には,〈出会い〉〈芽生え〉から,「参加Nsは「ふう~」というため息をついた」〈停滞〉の時期があった.

現場の改善や新たな看護ケアの導入は,混乱や困惑,脱落状態が存在する(Loth, et al., 2007)といわれている.特養でのより良い看取りを実施する実践者とのアクションリサーチ(小山,2011)や,リハビリテーション病院でのアクションリサーチ(Portillo, et al., 2009),健康増進における実践能力を向上させるための学習会(Casey, 2007)でも,新たなプログラムや看護実践の導入の当初,それらの導入に対して消極的な態度や責任を回避する停滞や混乱の時期が存在した.

本研究では研究会メンバーの行った,考え方の幅を広げるための質問型の発言が参加Nsにとっては実践の指摘として捉えられる場面があり,停滞のフェーズが生まれた.Casey(2007)は変化への障害の1つに新しい実践につぎ込む時間がないことやそれらの仕事量が多いことがあると述べているが,そのような状態であっても看護師の知識と経験の増加,患者との関係性の向上(Portillo, et al., 2009)などが実践の変化を促進すると述べている.

先にあげた小山(2011)も,困惑の時期には事前打ち合わせを繰り返し,相互関係である仲間作りを見直し,良い看取りが実現できたと述べている.本研究でもARは研究会メンバーと話し合い,研究会メンバーが参加Nsの実践を肯定的に捉えていることを意図的に参加Nsに伝えるなどARと参加Nsの相互の関係性を見直した.これらから「認められている」ことを参加Nsが実感し,次の局面への展開があった.

さらに,〈停滞〉の時期には参加Nsから「TKモデルには患者の生活と治療,身体状況をアセスメントする具体的な方法の提示がされていないので“看護仕立て”は難しい」と,TKモデルによる患者教育の能力向上への困難感があった.この場面で研究者は基盤となる理論にたよって看護実践を分析することが多いが,実践者の参加Nsは具体的な方法から理論に近づくことに気付かされた.そこで研究会メンバーが,参加Nsの事例をTKモデルによって分析したプレゼンテーションを行うことによって,「ああ,こういうことなのだという納得感(C)」が生まれた.これは参加Nsの日頃の何気ない看護実践が,TKモデルで説明できることを研究会メンバーが示したことによって,看護実践が裏打ちされている安心につながり,実践に確証を得,〈躍進〉し〈定着〉して,周囲への〈波及〉を及ぼしていったと考える.

つまり,ARが参加Nsとの打ち合わせを行い,参加Nsの看護実践能力向上への願いをかなえることができるよう,根気よく学習会を実施したことによって研究会メンバーと参加Nsのより良い相互関係が築かれ,参加Nsが変化したのではないかと考える.

2.アクションリサーチの成果

アクションリサーチを概観したMuntenら(2010)Watermanら(2001)によると,アクションリサーチは肯定的な変化が示されているものが多い.個人の変化として気づきや自信が増し,自身の強みや弱みと限界を知り,ヘルスケア実践の熟練度が増す等の影響があると述べている.

本研究では「注意しても間食をやめない糖尿病患者ユウコさん」事例で,学習会の開始当初,参加Nsの発言は「治療だから間食はいけない(B)」と一義的な見方であった.研究会メンバーは参加Nsの一方向からの患者の見方に着目するのではなく,患者の気持ちをうまく聞き取ってくる参加Nsの力を尊重し,参加Nsが患者の言動を分析する力を促した.その結果,参加Nsは患者の「困難事ではなく私の困難事になっていた(C)」と,これまで気付かなかった視点で事例の状況を捉え直し,気づきの幅が広がったと言える.

この時期の研究会メンバーの関わりは,学習者は自己決定の主体であり,学習する能力を持つ(Knowles, 1980/2002)という成人学習理論を基盤としている.研究会メンバーはTKモデル開発の研究会を繰り返すうちに,学習理論やケアリングに基づく教育観が共有され,学習会での発言や参加Nsへの関わりに一貫性が生じたと言える.TKモデルを活用し看護実践に価値を見出し,TKモデルのフィロソフィーが研究会メンバーから参加Nsに伝達されていったと考える.

3.TKモデルが看護実践を変える可能性

参加Nsは,学習会の初回で「患者教育を行ううえで引き出しが少ない(C)」と述べた.しかし,事例検討を重ねることで,参加NsはTKモデルで使用している言葉を使って分析し表現できるようになり,TKモデルに基づき実践するようになった.学習会の終盤では,TKモデルに適合する看護場面を自らの言葉で表現し,患者の生活や信念などを尊重した実践に変化する成果が現れた.

アクションリサーチの妥当性は,実践上の問題を解決するかにかかっている(Greenwood & Levin, 1998; Dickens & Watkins, 1999; Bradbury & Reason, 2003)といわれている.参加NsがTKモデルを当初「活用は難しい(B)」と言いながらも自らの看護実践にTKモデルを活用することによって「当てはまっていくすごさ(B)」を実感し,「ああ,こういうことなのだという納得感(C)」に至ったと考える.これにより参加Nsに変化をもたらした本アクショリサーチは評価できると言える.

4.アクションリサーチの過程から生じた研究フィールドの負担と課題

本研究においては,参加Nsはもちろんのこと,途中から自由参加した病棟看護師や事例として取り上げた患者の個人情報の取り扱いに関しては仮名の使用による匿名性を保持した.

特に病棟看護師等の学習会への参加については,学習会を研究として開催する旨を開催案内や学習会の冒頭で伝えることで,研究への参加の承諾を得ることができたため,現場の生のデータの使用に関して使用するデータの吟味を行うとともに,その使用についても了解を得られたと考える.

また,研究期間が長期にわたることで生じると言われている,研究参加への辞退は,参加Nsにはなかった.しかし,〈停滞〉を迎えた時点で参加Nsには,学習会への参加に対する負担や,研究会メンバーから参加Nsがどのように捉えられているかなどの不安な思いが生じていた.これらに対し,個々の参加Nsの意思や思いをARが確認し,患者教育研究会で報告し対応を検討した.そして,次の学習会の内容を,参加Nsの負担や不安な思いに応えることができるように配慮し,参加Nsの反応を確認していった.参加Nsの状況に合わせながら,参加Nsの望む内容を取り入れることは,学習会の主体は参加Nsであり,自分たちの願いをかなえていくことができるという,安心感をもたらすことができ,研究参加の継続につながったのではないかと考える.

さらに,研究を進めることに伴う,参加Nsと途中から参加した病棟看護師や学習会に参加していない病棟看護師らとの間で生じる情報の共有不足と,それに伴う意見の食い違いや感情の齟齬も現れた.これらについては,ARが病棟看護師の背景を理解していたため,参加Nsに学習会に参加していない病棟看護師の紹介を行った.研究会メンバーが,学習会に参加していない看護師の考えを,肯定的に解釈し伝えることで,参加Nsが学習会に参加していない看護師を,新たな視点で理解することができた.

このことは,ARや研究会メンバーも,参加Nsの状況に沿って共に変化していることであり,学習会を推進する一体感へとつながったと考えられた.このような,対立の生まれた経過から,今後,アクションリサーチを推進するうえで「変えられないことを受け入れる平静な勇気(筒井ら,2014)」をもち,研究者と参加者とが一緒に変化していく姿勢が必要であると考える.

5.研究の限界

本研究の信用性として,1つの事実を多方面から記録し,複数の研究会メンバーで繰り返し分析を行ったが,ある特有の現場の課題や希望を取り扱うために再現ができないこと,看護師の変化の程度が評価できないこと,変化に与えた要因を厳密に特定できないことが限界である.

今後,TKモデルを使用した学習会を,異なるフィールドで繰り返し実行して,アクションプランを精選し,信用性をあげる必要がある.

6.結論

1)TKモデルを学び患者教育の実践力を高めていく過程には,〈出会い〉〈芽生え〉〈停滞〉〈躍進〉〈定着〉〈波及〉のフェーズがあった.

2)参加NsはTKモデルを基にした,実践の試みと病棟看護師との対立と相互理解の時期やTKモデルが実践で役に立つのか半信半疑の時期を経て,看護実践とTKモデルとの結びつきを理解し実践するようになった.

3)ARおよび研究会メンバーは,TKモデルの基本的なフィロソフィーを基盤に学習会に参加し,参加Nsの発言を傾聴し質問することで,参加Nsへの気づきの喚起と実践での適応の理解を促進した.

4)学習会の終盤では,TKモデルに適合する看護場面を参加Nsの言葉で表現し,患者の生活や信念などを尊重した実践に変化する成果が現れた.TKモデルを活用した学習会は,看護実践を変える可能性があることが示唆された.

(1)  TKモデルは患者教育研究会によって現在も開発が行われている.2003年の論文では5つの概念が抽出され,現在では「疾患/治療に関する知識・技術の看護仕立て」が「病状・病態の合点化」「治療の看護仕立て」に分岐した.このモデルは,対象者の生活習慣やこだわりに耳を傾け,生活者としての価値観を尊重し,病態・病状を納得できるように支援し,対象者と療養方法を見出し,治療をその人の生活習慣に引き寄せて調整するなどの看護実践を示すモデルとなっている.

Acknowledgment

本研究にあたり,繁忙な中,研究にご協力くださいました皆様に心より感謝いたします.

研究助成:本研究は,日本学術振興会科学研究費21249096(代表者・河口てる子)の助成を受けて実施した.また,第29回日本看護科学学会において一部を発表した.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:HM, KF, YE, KM, KK, Ok.M, Ot.Mは,研究の着想およびデザイン,データ収集,データ分析および解釈に,実質的に寄与し,論文を執筆した.さらに論文の作成または重要な知的内容に関わる批判的校閲に関与し,出版原稿の最終承認を行った.

KT, SH, OE, IT, Oi.M, KT, HY, YF, IS, HN, TN, IH, OK, OH, DCは,研究の着想およびデザイン,データ収集,データ分析および解釈に,実質的に寄与し,論文の作成または重要な知的内容に関わる批判的校閲に関与し,出版原稿の最終承認を行った.

SYは,研究の着想およびデザイン,データ収集,データ分析および解釈に,実質的に寄与し,出版原稿の最終承認を行った.

References
 
© 2015 Japan Academy of Nursing Science
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