Journal of Japan Academy of Nursing Science
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Process Used by Community-dwelling Individuals with Mental Disabilities to Achive Favorable Living Conditions
Yoshiko FujimoriHiroko KunikataTomomi Fujishiro
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2016 Volume 36 Pages 114-120

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Abstract

目的:地域で生活する精神障がい者が自分にとって調子のいい状態を獲得するプロセスを明らかにする.

方法:地域活動支援センターに通所する精神障がい者12名に半構成的インタビューを行った.分析は修正版グラウンデッドセオリーアプローチを用いた.

結果:地域で生活する精神障がい者は,「喪失と辛苦」から出発し,『試行錯誤』と『取捨選択』を繰り返す経験を自らの糧として『自分のよりどころ』とし,『自分での手当て』を行い『平坦な暮らし』をすることで自分にとって調子のいい状態を維持していた.このプロセスは,病気をコントロールし生活を主体的に送る力を取り戻す【主導権の再獲得】であった.

結論:本プロセスを促進するために精神疾患に伴う認知機能障害を考慮した支援の必要性が示唆された.また,支援者によるつなぐという支援技術の詳細を明らかにする必要がある.

Ⅰ. 緒言

現在,精神障がい者の支援の場の中心は確実に地域へとシフトしつつある.しかしながら,ACT(Assertive Community Treatment:包括的地域生活支援プログラム)のような包括的なケアへの取り組みがみられる一方で,精神科看護に携わる看護職の9割が病院勤務であり地域を活動基盤とする者はごく少数(日本精神科看科看護協会,2014)であるというのが我が国の現状である.精神障がい者の地域生活の実態を熟知した上での支援技術を有する看護職は多くはないと考えられ,それゆえに,地域における精神障がい者への支援は未だ発展途上にあると言ってもよいだろう.したがって,実際に地域で生活している精神障がい者自身やその生活から学ぶべきことは多く,学んだことを看護に活かしていくことは地域ケア中心のこれからの時代において必要かつ重要な課題の一つである.

地域で生活する精神障がい者の生活について国内での研究を概観した結果,以下に集約できた.第一に,生活において無理をせずマイペースであることを重視し,かつ病気と上手くつき合うコツを身につけていること(川口ら,2001三木・川口,2003田井,2008),第二に,食生活,活動と休息のバランス,排泄習慣,人付き合い,体調を整えるといった生活全般にわたるセルフケア能力を有し自分なりに工夫しながら日常生活を管理していること(宇佐美ら,2001石川ら,2002),第三に,このような生活を維持できる要因として,居場所が確保されていること,病状が良くコントロールされていること,家族を含む人間関係が良好であること,生活の楽しみや就労といった人生の目標.社会復帰への強い思いがあること(曽谷ら,2013宮武ら,2013)であった.つまり,地域で生活する精神障がい者は,自らの経験から生み出した知恵や工夫を活かし,生活全般を調整し,病気と上手くつき合い,安定した生活を構築していることが明らかにされていた.精神障がい者にとって上記のような生活は,病状のコントロールを含めて心理的・身体的・社会的に生活しやすいと思える状態と推測されるが,彼らがそのような状態を獲得する過程に焦点をあてた報告は見当たらなかった.そこで本研究では,精神障がい者が病状を含めて心理的・身体的・社会的に生活しやすいと認識する状態を「調子のいい状態」とし,それを獲得するプロセスを明らかにすることにより,必要な支援内容への示唆を得ることを目的とする.

Ⅱ. 研究方法

1. 研究デザイン

本研究では,地域で生活する精神障がい者が認識する調子のいい状態を獲得するプロセスという主観的で過程的な現象を明らかにするために,質的記述的研究デザインとした.

2. 研究参加者

中規模の地方都市であるA市に所在する3か所の地域活動支援センターの通所者で,安全に地域での経験について語ることが可能な目安として地域生活を6か月以上継続できている者とし,地域活動支援センターの管理者が研究参加に支障のない状態であると確認した者とした.

3. データ収集方法

インタビューガイドを用いた半構成的インタビューを行った.インタビューに先立ち,筆者が各地域活動支援センターに1回/週のペースで4週間通所し,通所者と共に作業を行い,通所者との関係づくりを行った.参加者の考える「調子のいい状態について」,「調子のいい状態を保つための方法とその経緯について」,「調子のいい状態を保つために助けになったことについて」の3点をインタビューガイドとした.インタビューでは,具体的かつ自由に語ってもらえるよう心がけた.インタビューは筆者の研究室または参加者の希望する場所の個室で行い,参加者の許可を得てICレコーダーに録音またはメモを取った.データ収集期間は平成26年9月から平成26年12月であった.

4. 分析方法

本研究は,地域で生活する精神障がい者が自分にとっての調子のいい状態を獲得していくプロセスに着目していることから,対象とする現象が対人相互作用に基づいておりプロセス的性格を持つ場合に適する修正版グラウンデッドセオリーアプローチ(Modified Grounded Theory Approach:以下,M-GTAとする)(木下,2003)を分析に用いた.M-GTAでは,データ分析の視点である分析焦点者とデータの切り口である分析テーマを設定し,データに取り組む.本研究では,分析焦点者を「6か月以上地域で生活している精神障がい者」とし,分析テーマを「自分にとって調子のいい状態を獲得していくプロセス」とした.次に,逐語録化したインタビューデータを読み込み,分析テーマに関連がありそうな箇所を具体例として分析ワークシートに記入する作業を繰り返しながら,一定程度の多様性を説明できる概念を生成していった.概念を生成する際は,対極例や他の概念との関係性についても検討しつつ行った.続いて概念同士の関係性や意味内容の検討を行いカテゴリーを生成した.最後に,カテゴリー同士の関係性を検討して図式化し,それを文章化したストーリーラインを作成した.分析は,著者が分析を行った結果について精神看護を専門とし質的研究の経験豊富な研究者2名と納得のいくまで協議した後,研究参加者によるメンバーチェッキングを受け,結果の厳密性と真実性を確保するように努めた.

5. 倫理的配慮

研究参加者に対して,研究の主旨,研究参加と取りやめについて自由意思の確保,不参加による不利益の排除,匿名性の確保,研究結果の公表について文書と口頭で説明し同意書への署名を得た.本研究は,徳島文理大学倫理審査委員会の承認を得た(承認番号H26-8).

Ⅲ. 結果

1. 研究参加者の概要(表1

インタビュー参加者は,30代から70代の12名(男性9名,女性3名)であった.診断名は統合失調症が10名,双極性障害が2名で,回答がなかった1名を除く全員に入院経験があった.また,回答がなかった2名を除く地域生活継続の平均期間は10.0年(範囲0.5年から26年)であった.インタビューは一人一回行い,平均時間は46.3分(範囲30分から80分)であった.

表1 参加者の概要
性別 年齢 診断名 病歴 入院歴 地域生活継続期間
A氏 男性 40代 統合失調症 23年 有り 4年
B氏 男性 30代 躁うつ病 18年 有り 3年
C氏 男性 40代 躁うつ病 7年 回答なし 回答なし
D氏 男性 30代 統合失調症 12年 有り 12年
E氏 女性 70代 統合失調症 不明 有り 26年
F氏 男性 30代 統合失調症 回答なし 有り 回答なし
G氏 男性 60代 統合失調症 40年 有り 10年
H氏 男性 40代 統合失調症 24年 有り 14年
I氏 男性 40代 統合失調症 17年 有り 17年
J氏 女性 40代 統合失調症 19歳の頃 有り 10年
K氏 男性 40代 統合失調症 30年 有り 3年
L氏 女性 40代 統合失調症 20年 有り 0.5年

2. ストーリーラインと結果図

分析の結果,1つの【コアカテゴリー】,6つの『カテゴリー』,20の「概念」が生成された.以下,それぞれを用いてストーリーラインを説明し,結果図を示す(図1).

図1

精神障がい者が自分にとって調子のいい状態を獲得するプロセス

病気により「喪失と辛苦」を経験した精神障がい者は,自分にとって調子のいい状態を求めて『試行錯誤』する中で,しっくりくるものがなく「コントロール不能」な状態や,時には「喪失と辛苦」に逆戻りする経験もしながら自分に合うと思えるものを『取捨選択』していく.この経験は,確実な内服を前提とした自分なりの体調判断の基準を持つ『自分のよりどころ』を形成する.この存在を前提としながら精神障がい者は,多少の体調の波なら『自分自身での手当』で乗り切り,生活をある程度パターン化し無理しないことを重視した『平坦な暮らし』をしていくことによって,自分にとって調子のいい状態を維持していた.また,『平坦な暮らし』は『豊かな暮らし』を創造するが,ここでは「自然な対人交流」があることが「取り残された孤独」に陥らないポイントであった.また,このプロセス全体における精神障がい者と支援者の相互作用の中には,精神障がい者のニーズに沿う形で次に進むことを促す「つなげる支援」が要所で存在していた. 以上のプロセスは,精神障がい者が病気に翻弄される生活の中で何とかしようともがきながらも,何とか病気と付き合い調子を維持し,自分が主体となる生活を再び営んでいくようになるという,【主導権の再獲得】のプロセスであった.

3. プロセスを構成するカテゴリーと概念(表2

以下,プロセスを構成するカテゴリーと概念について,プロセスに沿ってカテゴリー中心に説明する.各概念の定義と具体例は,表2に示す.

表2 プロセスを構成するカテゴリーと概念の関係,概念の具体例
コアカテゴリー カテゴリー 概念 定義と具体例
主導権の再獲得 喪失と辛苦 病気になったことで,時間や人間関係,仕事,自信,自尊感情など自分にとって大切なものを失い,それに伴って言葉では表せないような怒り,恐怖,悲しみ,辛さを経験をすること.
20代や言うたら,ホンマやったら家におったらどこぞ行たりな,街.ほんなんする時代で,20代て.若い.ほの時代にやな(略)なーんもあれへん.ただもう,昼がきたらこない(発作の様子のジェスチャー)なっとるだけの,ほんなんだけの毎日やった(I氏)
試行錯誤 自分の空間を探す 心理的にも物理的にもしっくりくる居場所がないと感じており,そのような場所を探し求めたり探したいと思っていること.
(今の地域活動センターに来るまでに)けっこう調べて回って,A市の○○とか,××とか,△△とか,そのうちの○○に行って話を聞いたり.最初はいろいろ行きました(C氏),(通所している地域活動支援センターが前に居たところと比較して)ちょっと暗いかなと思ったり.みんながちょっと沈んどるっていうか,暗いんかなって.(自分が)居てええんかな?って思ったり(L氏)
薬の見極め 薬について効果が感じられなかったり,適正量ではないと感じたり,身体的に合わないと感じたことを主治医に訴え,変更すること.
今までもなんかこう,(薬を)いろいろ変えてきて…こう,興奮を抑える薬とか,イライラを押さえる薬とか,いろいろ試してみたんですけど(B氏),(以前に服用していた薬は)何年もなるのにな,5年も10年もなるのにな,治らんわ,一緒じゃわだ,聞こえてくるんは,どないぞしてくれへんでって(医師に)言うた(E氏)
主治医の吟味 不可抗力もあるが,自分自身が納得できる治療が受けられるかどうかを考えた結果,主治医を変えること.
(今の医師にかかったのは今年の)10月か,9月か10月くらいからです(略)それ(その前の医師)も,1年もかかってなかったと思うし…(略)薬の出し方がちょっと…この先生は僕の言うた通り,この先生も出してくれんなぁって言うて,言うた通りしてくれんなっちゅうてね.今の先生もそういうとこあるんじゃけんど,ちょっと,この先生では無理じゃなって言うんで,変わったんです(K氏)
コントロール不能 経験や他者の意見などを参考にしてもなぜそれが生じるのか明確な理由がわからず,自分でも対処しようもない症状やそれに起因した困難があること.
もうとにかくどないなるんかいなっていうくらい顔が強うに見えてきてもう,ほんでしかも幻聴までも聞こえるみたいな,時もあるんよ.ブレーキがかからんというか(略)先生にも,ほれ(幻視)はあんまり解明されてないって.わからんって.言うてくれんのよ.ほなけん,わからん.自分にもわからん.ほの(見える時と見えない時の)違いっていうんは.(J氏)
取捨選択 自分の空間の確保 心理的にも物理的にも自分が居てもよいと思える場所を確保すること.
(通所する地域活動支援センターについて)別に,休んでもあんまり言われんし,居づらくされることもないし,作業もまぁ何とか,曲がりなりにもこなしていけるし,ほんでまぁ気安いんもあるし,家からここへ来るんに便利なんもあるしね(G氏)
しっくりくる薬 効果を実感できる,または実感できないまでも悪くはないと思える薬がみつかり,服用をつづけることで調子がよいこと.
前は…睡眠薬飲まなんだら寝れなんだけど,今は何かちょっと,薬が調子ええんかしらん,よう寝れます(F氏),今の薬は…本当に合っているかどうかはよくわからないんですけど,多分,大丈夫だと思う(C氏)
かみ合う主治医 自分を尊重してくれていることが実感できる医師がみつかり,納得してその医師から治療を受けていること.
主治医の先生が…話を聞いてくれて前向きに捉えてくれたことかな.例えば薬が1だった頃は,より半分にしましょう.また1/3にしましょうって(自分の希望が)聞き入れられたこと.(H氏)
自分のよりどころ 薬は命綱 過去の経験から体調悪化を避けるために自分には薬が必要であるという認識のもと,強い信念を持って「しっくりくる薬」を確実に服薬をすること.
ちゃんと,ホンマに気を付けて絶対飲むように,自分で.何が何でも,時間帯に(なったら飲む).体調悪くするのは,自分は絶対嫌なんで.入院っていうのは絶対嫌なんで,やっぱり(L氏)
自分なりの基準 自分の経験からの学びや他者からの助言,ツールなどを用いて,体調を判断する基準を自分なりに持つこと.
ここ数年きっちり(薬を)飲めてるので…その状態で夜寝れなくなったら,やっぱ,危機感を感じますね.(危機感を感じる目安は)3日くらいと思う(B氏)
自分自身での手当て 体調悪化の予測と回避 「自分なりの基準」を用いて,体調が悪化する要因や可能性を把握しそれらを回避する行動がとれること.
(元気な状態が)何日か続いたらそのうち調子が悪くなるのがわかっているので,自分で先に休んどくっていうのができるようになってきました(C氏)
体調の立て直しの工夫 「自分なりの基準」で体調が思わしくなかったり症状がある時でも,自分なりに症状を気にしなくて済むような対処ができること.
調子悪い時はマンガとか,テレビとか,ラジオの力を借りる.好きなモノ見てる.好きなモノ見てると調子戻る(A氏)
平坦な
暮らし
波のない日々 日常生活をある程度パターン化し,それに則って生活すること.
いや~,ずっと同じです.べつにこう,波がそんなにない(G氏),5時半に(夕食)食べて,お薬飲んで,そんで9時くらいに睡眠剤飲んで寝ます(J氏)
睡眠が一番 日々の睡眠が重要であることを認識し,意識して一定程度の睡眠時間を確保するよう努力や工夫をしていること.
(よく寝るための工夫は)薬をちゃんと,ちゃんと飲んで,ほんで落ち着いて寝る(F氏),どんどん(睡眠)薬が増えて,これはちょっとアカンなぁって.(略)寝れない時って,ついつい,こう,テレビ見てたんです.(略)まず,深夜放送を見るのをやめました(B氏)まぁ,やっぱりちゃんと寝ることですかね.(略)例えば,前の日寝る時間が短かったら次の日は早く寝るとか(C氏)
自分なりのアレンジ 既存のサービスを自分の使い勝手の良い形で生活に取り入れていること.
ご飯は(自分で)炊くけんどな,おかずはな,(ヘルパーさんが)4~5日分していってくれるんよ(E氏)
体の健康を守る 薬の副作用への対処を含む身体的健康管理の工夫を日々自分なりに行っていること.
(徒歩で地域活動支援センターに通所していることについて)太ってるから歩いてるんよ.1日1時間くらいやけどな(A氏)
豊かな
暮らし
積極的に楽しむ 気分転換や楽しむためのものを身近に見つけていること.
土曜日の晩は起きとんですよ,1時2時まで.FMのジャズを聞いて.ラジオ好きです.土曜日はもう,それ聞くことにしとんです(G氏)
感謝と祈り いろいろなもの(人,もの,神のような超越したもの)への感謝や,善行を行いつつ無事に生活できるよう祈りながら,そのことを心の拠り所にして生活を送ること.
晩寝る時に,今日もよかったなぁ,明日も無事に済む,起きれたらいいなと思って,そういうこと思って寝ます.朝出てくる時も,仏さんに無事行って帰ってこれますようにって,そういう気持ちでおるんやけど(G氏)
自然な対人交流 生活をしていく中で発生するごく自然な形で人付き合いを行い,それを楽しめていること.
10月,11月とな,敬老会呼んでくれてな.12月は宅配よ.ほれから来年の何月からあるんや忘れたけんど,まぁ,ちょっとあるんよ.(敬老会に行ったら)70人が後家さんでな,やもめが10人(笑い)(E氏)
取り残された孤独 社会的なつながりのなさや年齢相応の役割を果たせていないという思いからくる孤独感を感じていること.
だいたい自分の空間が家と作業所しかないんで.だから…そこでこう,一人取り残された感じがすごくして…それが,嫌で嫌で(B氏)

太字は具体例,( )は著者による補足

1) 『試行錯誤』と『取捨選択』

この2つのカテゴリーは,精神障がい者が「喪失と辛苦」を経験した後に自分に合うものを探し求める過程である.『試行錯誤』は,精神障がい者が何とか体調を立て直していこうと,効果を実感できかつ自分に合うと思える居場所や薬,主治医を探し求めることを意味し,「自分の空間を探す」「薬の見極め」「主治医の吟味」の3概念から成っていた.一方,『取捨選択』は,『試行錯誤』の結果,効果的かつ自分に合うと実感できる居場所や薬,主治医に出会い選択することを意味し,「自分の空間の確保」「しっくりくる薬」「かみ合う主治医」の3概念から成っていた.

精神障がい者は,『試行錯誤』と『取捨選択』のカテゴリーを行き来することを繰り返した後,最終的に自分に合うものを『取捨選択』していた.

2) 『自分のよりどころ』

このカテゴリーは,『試行錯誤』と『取捨選択』を行き来することを通して経験を積んだことにより自分なりの行動や判断のよりどころを持つことを意味し.「薬は命綱」「自分なりの基準」の2概念から成っていた.

精神障がい者は,『試行錯誤』と『取捨選択』の経験を経ることで,調子のいい状態のためには服薬が必要であるという認識のもと信念を持って服薬するようになり,また自分なりの体調判断の基準を持つようになっていた.これは,精神障がい者の中で形成された自分の中の標準(あるべきかたち,判断の基準)であり,以後のプロセスは『自分のよりどころ』があることが前提となっていた.

3) 『自分自身での手当て』と『平坦な暮らし』

『自分自身での手当て』は,自分なりの基準によって体調判断を行った上で体調の悪化を回避し少々の体調の悪さなら自分で対処できることを意味し,「体調悪化の予測と回避」「体調の立て直しの工夫」の2概念から成っていた.一方,『平坦な暮らし』は,確実な服薬を前提にしながら自分のペースを大事にして無理をせず,ある程度パターン化した日常生活を送ることを意味し,「波のない日々」「睡眠が一番」「自分なりのアレンジ」「体の健康を守る」の4概念から成っていた.

精神障がい者は,『自分自身での手当て』を行うことにより体調の波をコントロールし,体調の波を起こさないよう『平坦な暮らし』をするという双方向の調整を行うことによって調子のいい状態を維持していた.

4) 『豊かな暮らし』

これは,楽しみ,感謝し,心豊かに過ごす日々を送ることを意味し,パターン化した日常生活である『平坦な生活』が発展した形であった.「積極的に楽しむ」「感謝と祈り」「自然な対人交流」の3概念から成っていた.

5) 【主導権の再獲得】

経験を通して病気や自分らしく生活するために必要なものへの理解を深め,自分なりの方法で病気や生活をコントロールすることが可能になり,再び自分らしい生活を送るようになることを意味する.これは,精神障がい者の主観的な回復体験であり,本プロセスそのものであった.

6) 「つなげる支援」

【主導権の再獲得】のプロセスを促進するものとして,精神障がい者のニーズを把握した上でそれに沿った支援につなげる存在があった.この概念は精神障がい者と支援者の相互作用の中にあり,別の支援に直接つなげるタイプと,情報提供をするタイプの2種類が存在していた.

Ⅳ. 考察

本研究結果において重要であると思われた,【主導権の再獲得】のプロセスについて,『試行錯誤』と『取捨選択』のプロセスについて,「つなげる支援」の3点について考察する.

1. 【主導権の再獲得】のプロセスとリカバリーとの関連について

精神疾患による壊滅的な影響をのり越えて人間として成長し人生に新しい意味と機会を見つけること(Anthony, 1993)とされるリカバリーは,近年の精神保健医療における基軸であり欠くことのできない重要な概念である.Jose et al.(2015)は,精神医療サービスユーザーが捉えたリカバリー概念のひとつとして病気という側面から捉えたリカバリーをあげ,症状から解放されるということだけでなく病気について知りその影響と共に生きて行くことを学ぶことであるとした.これは,精神障がい者が病気と共に生きる経験を通して自分なりの方法で病気や生活をコントロールすることが可能になり自分らしい生活を取り戻していくという本研究結果とよく一致するように思われる.つまり,【主導権の再獲得】のプロセスとは,精神障がい者が捉えたリカバリーの一側面ではないかと考えられた.本研究結果では,精神障がい者が調子のいい状態を維持するためには,『自分のよりどころ』というプロセスを踏んでいた.したがって,『自分のよりどころ』のプロセスを踏むことを促進する支援が精神障がい者のリカバリーを促進する上で重要であると考える.

2. 『試行錯誤』と『取捨選択』のプロセスについて

精神障がい者は,「喪失と辛苦」の後に『試行錯誤』と『取捨選択』を繰り返す経験をしていた.このプロセスは,精神障がい者が自分にとって効果的かつ自分に一番合うものを模索しながら,時には病気にふりまわされ「コントロール不能」になることも経験する苦しい時期であった.

一般に,統合失調症や双極性障害を持つ患者には,記憶や注意,遂行機能といった認知機能障害が広範に存在していることが知られている(Dickerson et al., 2004Green et al., 2000).実際にB氏から語られた,不眠を改善したいという目標がある一方でテレビの深夜番組を見る習慣に気づかずに睡眠薬の増量を主治医に依頼していたという経験からは,自己と状況の把握の困難さや,目標達成のための方法選択の不適切さといった認知機能障害の存在がうかがえる.これらから,精神障がい者が『試行錯誤』と『取捨選択』を繰り返すという背景には認知機能障害の存在があったと推測できた.つまり,精神障がい者がこの時期に訓練された専門職による継続的な認知機能リハビリテーション技法を取り入れた支援を受けることができれば,『試行錯誤』と『取捨選択』の時期をこれまでよりもスムーズに経過でき,結果的により早く調子のいい状態を獲得できる可能性がある.しかしながら,日本では認知機能リハビリテーションを実施するデイケア等は増加しつつあるものの,未だ限られているのが現状である.認知機能リハビリテーションは訓練と日常生活との橋渡しが重要(Medalia & Revheim, 2002)であり,看護が最も貢献できる部分であると考えられる.したがって,地域において継続的に受けることが可能な認知機能の適切なアセスメントを含む認知機能リハビリテーション技法を取り入れた支援方法の開発が必要である.これは『自分のよりどころ』のカテゴリーに進むことを促進する支援であり,前述したリカバリーを促進するための支援のひとつになりうると言えよう.

3. 「つなげる支援」の存在について

本プロセスでは,精神障がい者と支援者との相互作用の中に「つなげる支援」が存在しており,それには精神障がい者を別の支援の場につなげるタイプと,精神障がい者に情報提供をするタイプがあった.どちらのタイプの支援が有効であるのかは,その時の対象者の状態と状況を支援者が判断して提供していたと推測される.このような「つなげる支援」について今後,支援者が何を基準に判断しどのようなタイミングでどのような技法を用いて介入を行っているのか詳細を明らかにし,本研究結果と合わせてより実用的な支援方法の作成につなげる必要がある.

4. 本研究の限界

本研究結果は,限られた地域の3つの地域活動支援センターの通所者を協力者としており参加者の8割の診断名が統合失調症であったことから,対象を拡大して適用することに限界があるかもしれない.また,質的研究の方法論上,結果の解釈が研究者の能力に影響を受けるという限界により本プロセスの詳細については検討の余地が残されている可能性があり,より洗練させていく努力が必要である.

V. 結論

地域で生活する精神障がい者が自分にとっての調子のいい状態を獲得していくプロセスは,病気に振り回されるのではなく自分で病気をコントロールし生活を主体的に送る力を取り戻す過程,すなわち【主導権の再獲得】のプロセスであった.今後は,認知機能障害を考慮した支援方法の開発と支援者によるつなぐという機能を持った支援技術に関して詳細を明らかにすることが必要である.

謝辞:本研究に協力してくださった地域活動支援センターのスタッフと通所者のみな様に感謝いたします.本研究は,JPJS科研費(課題番号26861976)を受けて実施した研究の一部である.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:FYは研究の全ての過程に貢献した.KHは研究の全ての過程において助言し貢献し,FTはデータの分析過程に貢献した.全ての著者が最終原稿を読み,承認した.

文献
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