2016 Volume 36 Pages 213-219
目的:近年増加する就労妊婦に特化した支援を実現するには,就労妊婦としての特徴や就労妊婦ならではの心情に着目した知見が必要である.本概念分析の目的は「就労妊婦の罪悪感」の概念を明らかにし,今後の研究や就労妊婦に対する看護支援への示唆を得ることである.
方法:分析は,Walkerらによる概念分析の手順に沿って行った.罪悪感の一般的な捉え方,心理学,精神医学・精神分析学,看護学における用法の分析の結果,9つの罪悪感の定義属性を抽出した.分析結果を就労妊婦の経験・実態・否定的感情,働く母親の罪悪感という観点から文献検討した内容と統合した.
結果:就労妊婦の罪悪感は,[自己規範に違反した際の否定的感情],[行為の自制をする感情],[利益過剰状態に対する感情]の3概念で構成されていた.
結論:就労妊婦の罪悪感は,就労妊婦に対する理解を深める上で重要な概念であり,妊娠期の心理的健康に影響を及ぼす可能性も考えられる.今後の更なる研究の蓄積,測定用具の開発が求められる.
日本では,有配偶女性の就労割合が増加し(厚生労働省,2014),就労妊婦となる女性は増加しており,医療者も就労妊婦が心身共に健康に出産を迎えるための支援をしていかなければならない.
就労妊婦の心理的側面を調査した先行研究では,不安(Matsuzaki et al., 2011),抑うつ(Fall et al., 2013),ワーク・ファミリー・コンフリクト(三好ら,2012)などがアウトカムとされ,妊婦や就労者全体に適応される指標が用いられてきた.増加する就労妊婦に特化した支援を見出すためには,就労妊婦ならではの心情に着目する必要がある.
就労女性には,就労に結婚出産が加わることで役割多重性が生じるとされ(岡本,2010),働く母親は多重役割によって本来自分が果たすべきそれぞれの役割を遂行できないことで罪悪感をもつと報告されている(濱田,2005).更に母親罪悪感が高いほど育児否定感が強く,生活満足度が低いという罪悪感の否定的影響が報告されている(高橋,2011).就労女性は妊娠し,新たな役割が加わることにより,働く母親同様に多重役割による罪悪感をもつ可能性がある.
近年では,マタニティハラスメントという言葉が浸透し,妊娠を理由に不当な扱いを受ける妊婦の存在が明らかとなっている.このような状況を避けるために職場では妊娠を隠すこともある(Little et al., 2015; Gatrell, 2011).職場で妊娠を否定することは,家族や児に対する後ろめたさや罪悪感を生じることや妊娠の受容への影響も懸念される.
しかし前述した通り,就労妊婦の心身に影響を及ぼし得る就労妊婦ならではの心情である罪悪感に関する知見はなく,増加する就労妊婦への理解を深め,効果的支援を見出すために研究の蓄積が求められる.従って本稿では,看護実践や研究における「就労妊婦の罪悪感」の概念の応用性を高めることを目的とし,「就労妊婦の罪悪感」の概念分析を行った.
概念分析に用いるデータの収集には,関連書籍に加え学術情報データベースCiNii(Citation Information by National Institute of Informatics),医学中央雑誌Web版,Scopusを用い,検索キーワードは「罪悪感」「Guilt feeling」「Guilty」「Feeling of guilt」とした.検索結果から抄録を読み,罪悪感を定義づけている文献,罪悪感に言及している文献を選び分析対象とした.罪悪感自体の概念を幅広くとらえるため,年代は特定しなかった.
分析は,Walkerら(2005; 2008)による概念分析の手順に沿って行った.第1に対象文献から罪悪感に言及する部分を抽出し,罪悪感の定義属性,先行要件・結果を分類整理した.更に罪悪感と,関連概念の「恥」「後ろめたさ」「負い目」「心苦しさ」との相違を検討した.第2に就労妊婦の経験・実態・否定的感情,働く母親の罪悪感に関する文献を検討し,就労妊婦の罪悪感の要素を明らかにした.女性の就労環境の変化を考慮し,2000年以降の文献のみ対象とした.この検討では,就労妊婦の年齢,ネット社会という現代の背景を鑑み,就労妊婦の罪悪感がよりリアルな概念になることを意図し,インターネット上での就労妊婦の罪悪感も分析対象に加えた.第3に就労妊婦の罪悪感の要素を含む罪悪感の定義属性を選択し,その定義属性を就労妊婦の罪悪感の要素と統合して説明することで「就労妊婦の罪悪感」の概念を明らかにした.
罪悪感の定義属性,先行要件,結果の検討を行った.それぞれ最終的に抽出する概念を二重鉤括弧(『』)で示す.
1. 罪悪感の定義属性罪悪感の一般的な捉え方に加え,心理学,精神医学・精神分析学,看護学における罪悪感の捉え方を検討した.
1) 罪悪感の一般的な捉え方広辞苑で罪悪感は,『自分が罪悪を犯したと思う気持』(新村,2008)と記されている.Oxford English Dictionary(Simpson & Weiner, 1989)では,「何か悪いことをしたと感じたことにより生じる悲しみの感情」と定義され,「悲しみの感情」と定義している点が日本と異なった特徴的な用法であった.
2) 心理学における罪悪感心理学において罪悪感は,「後悔」「自責の念」「否定的感情状態」(石川・内山,2002;海保・松原,2010;Jones & Kugler, 1993)と定義される.久崎(2002)はある事象に遭遇して自己について内省することに伴う『自己意識的情動』と定義した.その他の定義(Tangney et al., 1995;岡本ら,1995)においても,罪悪感は自らの行為や考えを内的・外的規範に照らし合わせ,それに違反したと判断することで生じるとされる.ここでの規範とは,個々人がもつ基準であるため,総合的に自己規範と捉えられる.心理学において罪悪感は『後悔や自責の念といった否定的感情』のような一般的な捉え方に加え,『自己意識的情動』『自己規範に違反した際の否定的感情』のように心理的側面への否定的感情である点が強調され,罪悪感の生起のプロセスに着眼し定義されていた.
3) 精神医学・精神分析学における罪悪感精神医学・精神分析学において罪悪感は,「価値失墜の感情」(小出・加藤,1995),「悪いことをしてしまったことへの失望」(Tangney et al., 1992)と定義され,否定的感情として用いられる.精神分析学者たちは,罪悪感の源はエディプス・コンプレックスだとしており,罪悪感を「内在化された処罰を恐れる恐怖感情」「自らの行為を自制する感情」と定義した(小此木,2005).Modell(1971)は,罪悪感を「自分が他人よりよいものを多くもっていること」と定義し,これを受けて大西(2008)は,自己と他者との間の不衡平の感覚に基づく罪悪感として「利得過剰の罪悪感」を特性罪悪感の1つとして設定した.つまり精神医学・精神分析学において罪悪感は,心理学と類似した『失望のような否定的感情』と捉えられている一方,その起源や対人関係の中で生じることに着眼され,『内在化した処罰への恐怖感情』『行為を自制する感情』,『利益過剰状態に対する感情』と捉えられている点が特徴的であった.
4) 看護学における罪悪感看護学において,文献検討や質的研究の結果として,罪悪感やそれと類似した感情を抽出していた文献が3件存在した(柳澤ら,2012;古谷・神郡,1999;田中ら,2014).それぞれ罪悪感を抱く者や対象は多岐にわたるが,看護学において罪悪感は,健康が損なわれている対象を目の当たりにしたためにその責任や原因が自分にあるのではないかと内省し生じる自責の念であった.そこで『苦境にある者を目の当たりにし生じる自責の念』を定義属性として抽出する.
以上の分析から,罪悪感の定義属性として,『自分が罪悪を犯したと思う気持』「何か悪いことをしたと感じたことにより生じる悲しみの感情」『後悔や自責の念といった否定的感情』『自己意識的情動』『自己規範に違反した際の否定的感情』『失望のような否定的感情』『内在化した処罰への恐怖感情』『行為を自制する感情』『利益過剰状態に対する感情』『苦境にある者を目の当たりにし生じる自責の念』の概念が抽出された.類似している「何か悪いことをしたと感じたことにより生じる悲しみの感情」と『自己規範に違反した際の否定的感情』は,後者のみ抽出することとし,最終的に9概念とした.
2. 罪悪感の先行要件久崎(2002)は,自分自身の行動や特性を客観的に見つめるという「認知行動」がなければ罪悪感は生起しないとした.Hoffman(1972)は,罪悪感が対人関係の中で生じ,罪悪感の喚起には「共感性」と「役割取得能力」が重要な役割を果たすと論じている.「共感性」とは,他者の感情反応に対する知覚者の代理的情動反応(Feshbach & Roe, 1968),「役割取得能力」とは他者の視点で感情を認識し,ひとの行動の社会的な意味をも判断する能力(Selman, 1976)と定義される.一方日本では対人関係レベルで罪悪感が存在しているとされ(岡本ら,1995),罪悪感の定義において,「現在の対人関係の中で生じるもの」(Hoffman, 1972),「自分が他者より多くの満足体験をもつ」(大西,2008)などの表現が多く存在する.前述した通り,精神医学・精神分析学における罪悪感は「処罰を恐れる恐怖感情」を内在化させたものが罪悪感であり,罪悪感には先立って『処罰』が存在している.以上の分析から,『自身の行動や特性への認知行動』『他者の感情に対する代理的情動反応』『行動や感情への他者視点・社会的視点での認識・判断能力』『対人関係』『処罰』の5つを罪悪感の先行要件として抽出する.
3. 罪悪感の結果罪悪感の結果としては,不安,抑うつ,自己処罰行為などの『精神病理的症状』の存在が古くから示唆されている(田多ら,2004;山室,2010;有光,2001).近年は,罪悪感が社会への適応的側面をもつことが示され(有光,2001),罪悪感が適度に機能すると後悔や良心の呵責を生み出し,謝罪などの『修復行動』を促すとされている(Tangney et al., 1995).
4. 罪悪感の関連概念との相違罪悪感に類似すると考えられる4概念を選び,比較検討した.
1) 恥恥と罪悪感の類似点は,直接的観察が困難な内的現象(Tangney et al., 2002),社会的感情であること(細谷ら,1978)である.相違点は,罪が内なる良心に基づき自己をみるのに対し,恥は他人の注視のもとで経験される自己への意識であることである(細谷ら,1978).更に,恥を感じやすい人間ほど他者に責任をなすりつけ,攻撃的認知をしやすいという社会への不適応的側面が指摘されている(薊,2008).つまり恥は,より外面的基準との関連が強く社会への不適応的側面が大きいという点で罪悪感と相違がある.
2) 負い目看護学において負い目は,「自らの行動や状況などから生じる心理的反応」(古谷・神郡,1999)や「贖罪の思い」(田中ら,2014)と表現され,自らの行動や状況から抱く「否定的感情」という点で罪悪感と類似する.しかし一般的に負い目は,他者から与えられた物や行為などの借りに対して,何らかの形で返さなくてはならないという「負債の存在」(新村,2008)を表し,罪悪感にはこの負債の意味は含まれないと考えられる(大野・浜西,1985).
3) 後ろめたさ後ろめたさと罪悪感は,ややマイナスイメージの語(飛田・浅田,1991)という点で類似する.後ろめたさがもつ意味は「やましいところや悪い点があり気がとがめる」であり,この「やましいところ」は悪事とは限らない「隠し事」を示し,「気がとがめる」には「反省」の意味が含まれる(新村,2008).後ろめたさは,隠し事に対する感情という点で恥の要素を含む点や,「反省」という罪悪感より一歩進んだ意味をもつ点で,罪悪感とは相違している.
4) 心苦しさ心苦しさは「すまないような気がする」「気の毒」「心配」(新村,2008;小学館国語辞典編集部,2001)などの意味をもち,罪悪感よりも広範な状況に対する感情を示すが,「否定的感情」である点では罪悪感と類似している.
5. 就労妊婦の罪悪感 1) 就労妊婦の経験・実態・否定的感情杉浦(2002)は,職場における妊娠期という経験を明らかにするため女性11名に聞き取り調査を行った.対象者は,「職場に迷惑をかけたくない」という考えをもち,全員が妊婦にとって負担の大きい業務に従事していたが,職場に配慮を求めずに働いていた.しかし,対象者のうち約半数は切迫早産での入院など深刻な事態に結びついており,「病院のベッドでお腹の子どもに詫びた」と語った女性もいた.就労妊婦は,職場に迷惑をかける行為を自制しながら仕事に励み,時に胎児に対して申し訳なさを感じる経験をしていた.妊婦の行動が胎児の健康に直結する状態は,胎児と一心同体の状態にある妊婦ならではの経験と言える.財団法人女性労働協会によるアンケート調査(財団法人女性労働協会,2006)では,ストレスがあると回答した就労妊婦のうち68.3%が「産前・産後休業,育児休業中,同僚への負担増等の気遣い」をその理由とした.これは妊娠や出産に伴い職場で優遇や配慮をしてもらっている状況を振り返り,同僚に「共感」をすることで「否定的感情」が生じていることを示す.妊婦は働く母親と違い,子どもの養育行動という目に見える行動がないために,職場での配慮が結果として表れにくい.配慮をする側も受ける側も,その程度や内容に迷いが生じ,否定的感情につながる要因の一つとなると考えられる.
天野ら(2013)は,キャリア途上にある女性が予期せぬ妊娠に気づいてから出産にのぞむまでの体験を明らかにすることを目的に質的帰納的に分析を行い,「計画的でない妊娠により職場に迷惑を掛けることへの申し訳なさ」のサブカテゴリーを報告した.この結果は予期せぬ妊娠に伴って生じる体験であるが,予期した妊娠であっても妊娠の時期やその転機は不確実である.この不確実な妊娠により,就労妊婦は働く母親以上に職業生活への影響やそれに起因する「職場への申し訳なさ」をもつと考えられる.
2) 働く母親の罪悪感働く母親の罪悪感は,仕事と家庭の多重役割をもつことによって,本来自分が果たすべきそれぞれの役割を遂行できないこと(濱田,2005)と定義され,理想の母親像と現実の自分との不一致によって喚起されることが報告されている(Liss et al., 2013).就労妊婦の罪悪感も働く母親と同様に役割多重性から生じることが仮定され,就労者役割と妊婦(母親)役割のそれぞれの役割を遂行できないことにより生じると考えられる.
3) インターネット上に見受けられる就労妊婦の罪悪感近年はインターネットの普及により,就労妊婦が自身の思いや不安をネット上に表出させている状況がある.そこで,「就労妊婦」と「罪悪感」を検索ワードとし,検索エンジンGoogleを用いて検索し,就労妊婦の罪悪感と言える表現を抽出した.そこでは「仕事で無理をしすぎて赤ちゃんに申し訳ない」といった胎児への罪悪感や「産休中,社会の役に立っていないのではないか」「みんなこれくらいで休んでいるのか?」「働いている妊婦さんもいるのに,休んでばかりで根性無しだ.お客様にも迷惑がかかる」といった,妊娠により仕事を休むことによる社会や職場に対する罪悪感が存在していた.
就労妊婦の罪悪感の概念として第1に,[自己規範に違反した際の否定的感情]を抽出した.働く母親の罪悪感は役割多重性によることが示されており,これと同様に就労妊婦の罪悪感も実際に罪悪をおかしたというよりも,理想の役割像と現実の自分との不一致により生じていることが考えられる.以上の点を罪悪感の定義属性と統合し,就労妊婦の罪悪感は,これまで築いてきた就労者としての役割規範,妊婦(母親)としての役割規範を含む自己規範に違反することによって心苦しさや申し訳なさなどの否定的感情が生じることによる罪悪感であると説明できる.
第2に,就労妊婦の罪悪感の概念として[行為の自制をする感情]を定義する.胎児と一心同体にある就労妊婦は,職場に迷惑をかけたくないという思いで仕事に励みながらも,その中で胎児に危険が及ぶ状況になると胎児に対して申し訳なさを感じる経験をしていた.つまり就労妊婦は,妊娠によって職場に迷惑をかける行為や胎児を危険にさらすほど仕事をする行為を悪いこととであると捉え,自制する罪悪感をもっている.
第3に,就労妊婦の罪悪感の概念として[利益過剰状態に対する感情]を定義する.就労妊婦は,妊娠後職場の対人関係の中で受ける優遇や配慮に対し,申し訳ないという感情をもっていた.これは罪悪感定義属性の『利益過剰状態に対する感情』に属し,妊娠と就労を両立していることやそれによる周囲からの気遣いに対し,他者と比較して自分が特別扱いをされ悪いことをしているように思う感情である.妊婦への配慮の結果は働く母親以上に結果として表れにくく,妊婦は自分の受けている配慮が過剰だと感じやすいと考えられる.
2. 就労妊婦の罪悪感の有用性本研究では,就労妊婦の罪悪感という新たな概念を定義づけた.就労妊婦を対象とした先行研究においては,妊婦が妊娠を理由に職場で差別や偏見を受けていたこと,差別や偏見を受けないためにできるだけ妊娠を隠そうとしていたこと(Little et al., 2015; Gatrell, 2011)が明らかになっている.就労妊婦は,妊娠したことで生じる職場環境や自身の変化に適応し,妊娠前には経験しなかった環境下でより複雑な心情を抱きながら就労していると推測される.しかし,この就労妊婦ならではの複雑な心情を反映した研究や臨床現場への応用性の高い測定用具は存在しない.中でも罪悪感は,働く母親同様精神的健康に影響し得る感情であることに加え,妊婦においては妊娠の不確実性や胎児と一心同体である特性から,働く母親以上に母児双方への身体的健康への影響が懸念されるため,着目する意義がある.就労妊婦の罪悪感の概念を活用することは,就労妊婦の心理社会的側面への理解を深め,医療者として支援を実践する上で有用と考える.
3. 今後の課題今後は,就労妊婦の罪悪感の測定用具の開発をすること,就労妊婦の罪悪感が不安や抑うつといった心理的側面,仕事の退職のような社会的側面に与える影響を検討することが望まれる.
就労妊婦の罪悪感の概念分析の結果,就労妊婦の罪悪感は[自己規範に違反した際の否定的感情][行為の自制をする感情][利益過剰状態に対する感情]の3概念から構成された.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:YN,FA,MS,TYは,研究の着想・プロセスおよび原稿への示唆,倫理性・客観性確保に向けた助言等を行い貢献した.すべての著者は最終原稿を読み承認した.