2017 Volume 37 Pages 10-17
目的:急性冠症候群(以下ACS)を発症した糖尿病患者は受診までに多くの時間を費やす.そのため,発症からFirst Medical Contact(FMC)に至るまでのプロセスを明らかにする.
方法:ACSを発症した糖尿病患者6名に半構造化面接を行い,質的統合法(KJ法)を用いて分析を行った.本研究は著者の所属施設と対象施設の倫理委員会の承諾を得て実施した.
結果:【糖尿病との向き合い方:どうにもならない状況があっても自分なりに努力】【心筋梗塞への関心:糖尿病の教育を受けても,心筋梗塞の距離感がわからず他人事】【前駆症状の解釈:前駆症状を糖尿病や過労など他の原因と結びつける】【受診の決断:心筋梗塞と推察しているかどうかにかかわらずなんとなく「やばい」と察知】など8つのシンボルマークが明らかになった.
結論:【糖尿病との向き合い方】や【心筋梗塞への関心】がFMCに至るまでの基盤となっていることより,FMCまでのプロセスを含めた個別的な患者教育の必要性が示唆された.
急性冠症候群(以下ACS)は,発症してから迅速に医療機関を受診し,医療機関到着後から再灌流療法をできるだけ短時間で成功させることが予後を大きく左右することが知られている(Shiomi et al., 2012;Rollando et al., 2012).それゆえ,症状の発症からできるだけ早期に,救急医療サービスを提供する最初の医療従事者と接触することを意味するFirst Medical Contact(以下FMC)に至ることは極めて重要である.しかし,医療機関の受診から再還流療法までの時間が短縮されている一方で,ACS発症からFMCまでに多くの時間が費やされており,さらに,FMCまでの時間は短縮されていないことが報告されている(McLean et al., 2011;Nguyen et al., 2010).そのため,ACSを発症した患者が医療機関を受診するまでにかかった時間は,患者の転帰に強く影響を及ぼしており,発症からできるだけ早期にFMCに至ることは非常に重要であると言える.
ACSの発症から医療機関受診までの時間に影響を及ぼす要因として,糖尿病を持っていることが受診までの時間の遅延と関係があることが報告されている(Saczynski et al., 2008).糖尿病はACSのハイリスク因子であり,発症すると予後に影響を及ぼすため,ACS発症から早期に医療機関を受診し適切な治療を受けることは,糖尿病患者にとって非常に重要な課題であるといえる.糖尿病患者がACSを発症した時に受診が遅れる要因として,ACSのハイリスク因子の一つである糖尿病は,罹病期間が長くなると,胸痛などの典型的な症状を欠く傾向があり,それらは発症時の受診遅延の要因になる可能性として指摘されている(DeVon et al., 2008).一方で,心筋梗塞(以下MI)の患者を対象に糖尿病の有無による症状の違いを調査した研究では,症状に違いはないことが報告されている(Thuresson et al., 2005).つまり,糖尿病患者は,罹病期間が長くなれば典型的な症状を欠く傾向があり,それが受診遅延の要因になる可能性が指摘されているが,ACSを発症した糖尿病患者の症状や受診までの時間に関して一定の結果は得られておらず,糖尿病を持っているACS患者における受診までの時間に影響を及ぼす要因は明らかにされてはいない.
以上より,ACSのハイリスク因子である糖尿病は,受診までが遅延する要因として報告されているが,糖尿病の有無とACSの症状との関係には一定の結果は得られていない.さらにACSを発症した糖尿病患者が,発症からFMCに至るまでのプロセスに注目した研究は行われていないため,受診までの時間を短縮するための介入の糸口は不明瞭なままである.そこで本研究では,ACSを発症した糖尿病患者のFMCに至る時間を短縮するために,そのプロセスを明らかにすることを目的とする.これにより介入の糸口を見つけることができれば,ACSを発症した糖尿病患者の予後の改善につながると考える.
本研究は,ACSを発症した糖尿病患者が,発症からFirst Medical Contactに至るまでのプロセスを明らかにすることを目的とした.
First Medical Contact(FMC)の定義
FMCは本研究において「医療が必要であると判断した本人及び周囲の人による,救急医療サービスを提供する最初の医療従事者との接触」と定義した.
半構造化面接法による質的帰納的研究
2. 研究参加者の選択本研究は,ACSと診断され,緊急で経皮的冠動脈インターベンション(以下PCI)が行なわれた患者で,既往歴に糖尿病があり,入院3日目以降で医師により状態が安定していると判断され,書面による研究参加への同意が得られた入院中の患者を研究参加者とした.経皮的心肺補助装置,大動脈内バルーンパンピング使用中の患者,研究参加の同意が得られない患者は研究対象から除外した.
3. データ収集方法半構造化面接法によるインタビューを,大阪府下の救急部門を設置しており,ACSが疑われる患者に対して緊急PCIを実施できる2施設において,平成26年11月~平成27年12月に実施した.インタビューはインタビューガイドを用い,「糖尿病のコントロール状況」,「発作が起きるまでの経過」,「発作が起きたときの状況」,「最終的に医療を求めようと思ったきっかけ」などについて聞くことで,ACSを発症した糖尿病患者の発症から医療を求めるまでの行動にまつわる体験に関してデータ収集を行った.インタビューは,思い出しバイアスを最小限にするため,入院3日目以降でできる限り入院日に近い日時を参加者と決定した.
4. データ分析方法本研究は,半構造化面接法によって得られた逐語録をデータとし,データ分析には質的統合法(KJ法)を用いた(山浦,2012).ACSを発症した糖尿病患者は,発症から受診までの時間が遅延することが指摘されており,なおかつ,先行研究では,遅延の要因となる普遍性や法則性は明らかにされていない.そのため,ACSを発症した糖尿病患者がFMCに至るまでのプロセスに関する面接調査により得られたインタビューデータは,混沌とした状況にあると考えられた.以上より,ACSを発症した糖尿病患者がFMCに至るまでのプロセスを明らかにするためには,質的統合法(KJ法)が適切であると考えた.分析は以下の手順で行った.
1) 個別分析 (1) ラベル作成逐語録として得られたデータを3~4回読み返し,研究目的であるFMCに至るまでのプロセスに関連していると思われる部分を,文脈にも着目しながら取り出し,訴える内容が1つになるように意味ごとに区切り,ラベル(元ラベル)とした.
(2) グループ編成作成したラベルを並べ,類似するものを集めグループ化し,グループ毎に一文で表現した表札を作り新しいラベルとした.以上の作業を最終的にラベル数が5~7個のグループになるまで繰り返し行い,それらを最終ラベルとした.
(3) 空間配置図の作成最終ラベルどうしの相互関係に注目しながら,視覚的に構造化し,関係記号と添え言葉を記入し,最後に最終ラベルの内容を端的に示す「シンボルマーク」を付け加えて空間配置図を完成させた.
2) 総合分析研究対象者の個別分析を行った後,全参加者の個別分析の最終ラベルを2段階低次元にしたものを,総合分析の元ラベルとして用い,個別分析と同様の手順で分析を行った.
3) 信用性と確実性の確保分析の信用性と確実性を確保するために,研究者自身が質的統合法の基礎研修を受講した後に分析を行った.また,本研究は,全過程において,慢性疾患看護及び,質的研究に熟知した指導者によるスーパーバイズを受けながら分析を行った.
5. 倫理的配慮本研究における面接調査は,著者の所属施設の倫理委員会の承認を得た後,研究対象となる2施設の院内における倫理審査委員会に準ずる組織の承認を得たうえで実施した.研究参加者に,研究の参加は自由意志であること,結果に関わらず治療やケアにおける不利益は無いこと,得られた情報に対するプライバシーの保護を遵守することを説明した.説明は,書面を用いて口頭で行い,参加者の署名をもって研究協力の同意を得た.参加者は入院中であり,安全性を保障するためにインタビューは入院3日目以降とし,インタビュー中に体調不良があれば,速やかに中断し施設スタッフに報告することを説明した.
データ収集期間内において,ACSを発症し糖尿病をもっている患者6人(男性5名,女性1名,年齢40~70歳代)に対してインタビューを実施し,質的帰納的に分析を行うこととした.各研究参加者の概要は表1の通りであった.
対象 | A氏 | B氏 | C氏 | D氏 | E氏 | F氏 |
性別 | 女性 | 男性 | 男性 | 男性 | 男性 | 男性 |
年齢 | 50歳代 | 70歳代 | 50歳代 | 70歳代 | 70歳代 | 40歳代 |
基礎疾患 | 高血圧症 | 高血圧症 脂質異常症 狭心症 |
心筋梗塞 | 高血圧症 狭心症 |
高血圧症 脂質異常症 |
高血圧症 狭心症 パニック障害 後縦靱帯骨化症 |
糖尿病歴 | 4~5年 | 15~16年 | 19年 | 10年 | 6~7年 | 5年 |
HbA1c | 7.0% | 6.8% | 12.8% | 6.8% | 8% | 8.9% |
同居者 | 祖母,夫兄弟 | 妻 | 祖父,子供 | 妻,子供 | 妻 | 妻,子供 |
発症からFMCまでの時間 | 3時間16分 | 6時間 | 1時間55分 | 5時間24分 | 39分 | 20時間10分 |
面接時期 | 入院後 7日目 |
入院後 3日目 |
入院後 9日目 |
入院後 8日目 |
入院後 19日目 |
入院後 7日目 |
面接時間 | 35分 | 1時間10分 | 58分 | 30分 | 1時間4分 | 1時間27分 |
元ラベル | 190枚 | 130枚 | 185枚 | 114枚 | 192枚 | 190枚 |
分析の結果,8つのシンボルマークが導き出された.ACSを発症した糖尿病患者がFMCに至るまでのプロセスは,図1のように示された.以下,最終ラベルに関しては,総合分析に用いた元ラベルを使用して説明する.また,シンボルマークは【 】で,最終段階の表札は《 》で,元ラベルからの引用は「点線下線」で示すこととする.
総合分析の空間配置図:ACSを発症した糖尿病患者がFMCに至るまでのプロセス
(1)【糖尿病との向き合い方:どうにもならない状況があっても自分なりに努力】
この最終ラベルには,《糖尿病はよくしたいと思っていても,介護や経済的事情でままならなかったり,自分はそれほど悪くないと思ったりしていて,それでも糖尿病については,心臓との関係性がわかりにくいこともあるが,これまでに知識を得る機会があり,自分なりの努力はしてきた》という語りが含まれていた.
参加者の中には,「体重とコレステロールが高く脂肪肝もあるので注意していて,先生から言われて油や卵は何年も前から食べなくなって,甘いものと辛い物もほとんど食べず,薬と嫁さんの作るご飯で食事制限していて,運動は,こういう体で動けないので出ていくところがなく,おなかが痩せるベルトを買ってなんとかカロリーが減らないかと努力したけど効果は無かった(F氏)」と,糖尿病をよくしたいため,自分のできる範囲でできることを実行していた事が語られていた.
(2)【心筋梗塞への関心:糖尿病の教育を受けても,心筋梗塞の距離感がわからず他人事】
この最終ラベルには,《糖尿病について教育を受けた経験や心筋梗塞に関する様々な情報を聞いたことがあっても,心筋梗塞を自分のことと感じてなかったり,糖尿病がそれほど悪いとは思っていなかったりで,心筋梗塞について気にしていなかった》という語りが含まれていた.
参加者からは,「運動しないといけないとか,血管や血液がどうとか,ステント入っている人も近所にいるので,色々な情報は耳に入ってきて,弊害があるという認識はあるが,深く意識しておらず,他人事のように聞いていたので頭の中に残っていない(E氏)」というように,様々な情報源から糖尿病や合併症に関する情報を得ていたが,合併症に対する意識が低く,他人事のように認識していたということが語られていた.
(3)【前駆症状の解釈:前駆症状を糖尿病や過労など他の原因と結びつける】
この最終ラベルには,《症状の原因は心臓と関係あるだろうとは思うが,一方で,背中のチクチクする痛みは糖尿病で末梢神経がやられている痛みと思ったり,喉の渇きや体重の増加は血糖値が悪いと思ったりし,ハードスケジュールである時は,過労が原因だと思っていた》という語りが含まれていた.
参加者の中には,前駆症状の経験として,「1か月は重いものを持った時に背中の変な痛みだけが出ていて,その背中がチクチクする痛みと,末梢神経がやられているので,歩くと足がしびれてチクチクする痛みが似ている感じがしたので,糖尿病か運動不足かと勘違いしていて気にしていなかった(C氏)」というように,症状の原因と糖尿病を結びつけて解釈していることが語られていた.
(4)【様子観察:できる対処をしつつ大丈夫だと判断したり,受診を躊躇して我慢】
この最終ラベルには,《ニトロを使うことで症状が治まると大丈夫だと思い,一方で,受診の予約をしていたり,病院で異常はないと帰された経験があると,ニトロで症状の改善が見られなくても我慢していた》という語りが含まれていた.
参加者の中には,「3,4か月くらい前から,背中や胸がチクチクと辛抱できる痛みがあり,背中は首があるのでそれだと思っていて,きつくない日や3日4日ない日もあり,1か月くらいは寝る前に喉が痛くなるが静かにしていたら止まっていて,安定剤や眠剤を飲んでいるので寝ているというパターンで,お酒を飲んで胸が痛くなっても気にしていなかったが,タバコは吸ったら喉が痛くなるので気にするようになっていたけど我慢できず,しばらく辛抱していたら治まるので,関係ないと思い,それから問題はないので忘れている(F氏)」という語りがあった.
(5)【受診の決断:心筋梗塞と推察しているかどうかにかかわらずなんとなく「やばい」と察知】
この最終ラベルには,《狭心症から心筋梗塞になるとは知らない人もいるが,症状の原因を心臓や心筋梗塞かもと推測していたり,心筋梗塞と結びついていないがなんだかやばいと思ったりしていて,症状がどうにもならないようになることで,受診しないといけないと思うようになった》という語りが含まれていた.
受診を決断する時には,「8時10分くらいに,いつもならテレビを見るけど全然どうでもよくて,昼から症状がつづいているので調べに行かないと,という程度には思っていて,始めは早いけど寝ようと思っていたが,胸が締め付けられて,だんだんおかしい,やばいと震え上がり,心筋梗塞という意識はないが,初めて病院に行かないといけないと自覚したので病院に連絡した(E氏)」という語りがあった.
(6)【受診手段の選択:躊躇しがちな救急車や病院に早く行きたいがための自分の運転による受診】
この最終ラベルには,《以前に救急車を呼んだ経験があると,救急車を躊躇なく呼べるが,一方で,早く病院に行きたいと思っていると,胸部症状があり,おかしいと思っても,自分で車で行った方が早いと判断する》という語りが含まれていた.
参加者の中には,「旦那さんが今まで行ったことのない病院に行ったときは,点滴を受けるまでに2時間もかかっていて,救急車で行く方が楽だと思っていて,救急車呼ぶのも父や母の時に呼んで慣れているので大きめのカバンに荷物を入れて待っていて,救急車に乗っても以前の情報があるのを言ってくれたので安心だと思って病院に連れて行ってもらった(A氏)」というように,救急車を利用した経験があると,移動手段として救急車を利用したという語りがあった.
(7)【家族の存在:本人の判断とは別に,家族による受診の判断や後押し】
この最終ラベルには,《病院に行く必要があると自分では思っていても,家族に連絡して許可を得たり,家族に頼み込んでようやく救急車を呼んでもらったりで,逆に家族が状況を見て心配になり救急車を呼ぶこともあった》という語りが含まれていた.
参加者が病院に行く必要があると判断した時には,「苦しいから病院に行かなあかんわって自分で決めたけど,母を家で預かっているからどうしようかって思っていて,(病院に)連れて行ってもらえるわけはないと思うけど主人に電話したら,救急車で行きなさいって言われたから救急車で行った(A氏)」というように,家族による受診の後押しが語られていた.
(8)【偶然の受診:大丈夫だと思ってはいたが,偶然行ったクリニックの医師が救急車を要請】
この最終ラベルには,《痛みはあるがひどくなく,意識はしっかりしているので1日くらい様子を見ても大丈夫と思っていて,たまたまニトロをもらいにクリニックに行ったら,おかしいと言われ救急車を呼んでくれた》という語りが含まれていた.
参加者からは,「9時半ころに病院について,診察は10時頃,心電図でおかしいって言われて救急車を呼んでもらい,ぐーっと抑えられるような鈍痛はちょっと残っていたけど意識はしっかしていて(症状は)そんなにひどくなかったので,1日くらい置いておいても大丈夫と思っていた(D氏)」と,偶然クリニックを受診し,診察した医師がACSを疑い病院へ搬送したという体験が語られていた.
総合分析から得られた8つのシンボルマークと空間配置図から,ACSを発症した糖尿病患者がFMCに至るまでのプロセスについて考察することで,臨床看護への示唆を得ていくこととした.
1. 糖尿病患者におけるACSの認識とFMCまでの時間に影響を及ぼす要因糖尿病患者にとって,良好な代謝コントロールを達成・維持し,合併症の発生を予防し,それらの伸展を抑制するために,糖尿病の自己管理の教育と療養指導は有用であるとされている(日本糖尿病学会,2013).そのために,患者に対しては食事療法,運動療法,薬物療法などが療養指導として行われており,患者が具体的な目標を持ち,日常生活で継続できるように支援していくことが医療者にとって重要である.しかしながら,糖尿病患者が治療や通院,食事療法や運動療法を継続して行っていくためには,仕事の忙しさであったり,通院するための時間が無かったりと,様々な困難がある(横田ら,2007;荒川ら,2015).本研究の参加者も,【糖尿病との向き合い方:どうにもならない状況があっても自分なりに努力】しており,糖尿病をコントロールするために様々な努力をする一方で,ACSは【心筋梗塞への関心:糖尿病の教育を受けても,心筋梗塞の距離感がわからず他人事】と認識していた.ACS発症のリスクを低いと感じていることは,発症から受診までの時間の遅れに影響を及ぼすため(Gallagher et al., 2009),糖尿病患者がACSを他人事として認識することは,FMCまでの時間に影響を及ぼす要因になると考えられる.さらに,糖尿病をコントロールするために努力しているということや,糖尿病のコントロールが悪い状況ではないという認識は,自分がACSのハイリスクであると考えることを妨げているのではないかと思われる.また,今回の研究でも,HbA1cが高値の患者であっても,心筋梗塞への関心が低かった参加者が存在した.これは,糖尿病の合併症と言えば,神経障害,腎障害,網膜症という三大合併症に着目しがちなこと,「コントロール不良が長期に続けば合併症を発症する」,または「HbA1cは悪いが症状は何も無いのでACSにはならない」などと認識をしていること,糖尿病とACSを重要視していないこと,などが糖尿病とACSとを結びつきにくくしているのではないかと考えられた.
先行研究では,ACSの対処方法に関する指導が不十分であり,発症から救急病院受診までの時間の遅れが改善されていないことが報告されている(Jankowski et al., 2011).そのため,基礎疾患として糖尿病や脂質異常症といったACSハイリスク因子を保有しているにもかかわらず,ACSの対処方法に関する患者教育が不十分であったことも,発症からFMCまでの時間遅延の要因の一つとして考えられた.また,患者教育として,ACSに関する啓発活動は,医療者やマスメディアを通じて様々な方法で行われており,本研究の参加者も様々な情報源から知識を得ていた.しかし,マスメディアからの情報は,役に立たない,不明瞭,医療者の情報提供より印象に残らない,と評価されているという報告があり(Meischke et al., 2002),糖尿病患者にとって,集団を対象にした情報提供は印象に残りにくく,啓発活動による教育の効果が不十分であることも,ACSの認識や発症時の行動に影響を及ぼしていることが考えられた.
医療を受けることが必要かどうかを最終的に判断するためには,【受診の決断:心筋梗塞と推察しているかどうかにかかわらずなんとなく「やばい」と察知】することが重要であった.症状の原因が心臓であると解釈するかどうかにかかわらず,症状に対して脅威を感じることは受診行動と関係がある(Vidotto et al., 2013).そのため,糖尿病患者が,症状の悪化を自覚し脅威を感じるまでにかかる時間は,受診が必要であると判断するまでの時間に影響を及ぼしていると考えられた.また,症状がACSによるものと正しく解釈できるかどうかは,早期受診と関係があることが報告されている(Hwang & Myung, 2012).そのため,糖尿病患者が経験する症状の性質や程度,心臓が原因であると解釈することは,FMCまでの時間に影響を及ぼす要因として考えられた.
研究参加者の中には,【家族の存在:本人の判断とは別に,家族による受診の判断や後押し】を受けることでFMCに至った人もいた.症状発生時に第三者が存在することは,病院受診までの時間に影響を及ぼすことが報告されており(DeVon et al., 2010),ACSを発症した患者が,第三者に症状を伝えることは,早期受診と関係がある(Lesneski, 2010).第三者が受診の後押しをすることにより,発症からFMCまでの時間が短縮されるため,糖尿病患者がACS発生時に周囲の人に症状を伝えることは,大変重要な要因であると考えられた.
2. 臨床看護への示唆糖尿病患者はACSに対して他人事として感じていることから,医療者やマスメディアなど,様々な情報源から糖尿病やACSに関する情報が入ってきても印象に残りにくいと思われる.ACSの症状や,発症時の対処方法など,具体的な指導を行う場合においても,ACSのハイリスクであると認識していることは,指導内容を受け入れるための重要な要素であるため,糖尿病患者は,糖尿病のコントロールに関わらず,ACSのハイリスク因子を保有していることを認識することが非常に重要であると考える.一方で,家族や隣人がACSを発症しているという経験は,ACSの知識を上昇させるという報告もあるため(Goff et al., 2004),身近な人の経験談も,糖尿病患者がACSを認識するうえでの重要な情報源になると考えられた.
患者教育の方法に関して,糖尿病患者にとって,統一されているパンフレットを用いた医療者による指導や,マスメディアなどによる集団を対象とする啓発活動は,ACS発症時の早期受診を促すためには,効果的ではないと思われる.それは,糖尿病患者にとってACSをどのように認識しているかは個別的であり,様々な要因がFMCに至るまでのプロセスに関与しているからである.それゆえ,受診までの時間に影響を及ぼす個別的な要因を踏まえた患者教育は,糖尿病患者がACSを身近なものとしてイメージすることができ,発症時の早期受診を促す非常に有効な方法であると思われる.
本研究では,ACSを発症した糖尿病患者を対象としているが,研究の安全性を考え,状態の安定している患者を研究対象としているため,緊急で冠動脈バイパス術を受けた患者,循環動態が不安定な患者,意識障害のある患者などは含まれておらず,多様性を網羅しているとは言えない.また,入院後の状態が安定している時期に面接を行っていることも語られる内容に影響を及ぼしていると考える.さらに,対象となる人数が限られており,患者の基礎疾患にも偏りがあることから,データが飽和状態であるとは言えないと考える.
2. 今後の課題糖尿病患者に限らず,ACSを発症した患者の発症から受診までの時間は,以前として改善されていない(Takii et al., 2010).また,ACS患者の発症から受診までの時間短縮を目的とする介入研究では十分な効果は得られず,受診時間を短縮するには至っていない(Dracup et al., 2009).そのため,本研究の結果は,先行研究で行われている介入研究の結果を補足する資料になると同時に,ACSのハイリスク因子を保有する患者において,ACS発症からFMCまでの時間短縮を目的とする患者教育プログラムを構築するための糸口になると考える.今後は,本研究の結果を含め,ACSを発症した患者の受診までの時間短縮を目的とした患者教育プログラムを構築することが必要であると考える.
本研究の結果,【糖尿病との向き合い方】や【心筋梗塞への関心】がACSを発症した糖尿病患者がFMCに至るまでのプロセスの基盤となっており,発症時に適切な行動をとることができないことが,FMCまでの時間に影響を及ぼしていると考えられた.糖尿病患者がACS発症時に,できるだけ早期にFMCに至るためには,患者の個別的な背景を考慮し,FMCまでのプロセスを含めた患者教育を行うことが重要であり,家族も含めて行われる必要があると考える.
謝辞:本研究は多くの方々にご支援をいただき行なうことができました.入院中でありながら本研究に協力していただいた研究対象者の皆様,研究対象施設のスタッフの皆様に,心より感謝申し上げます.また,本研究の全過程において多大なるご助言とご指導をいただきました先生方,研究室の皆様,厚く御礼申し上げます.
利益相反:日本看護科学学会の定める基準に基づく利益相反に関する開示事項はありません.
倫理委員会名称(承認番号):大阪大学医学部保健学倫理委員会(308)
著者資格:清水安子は,本研究の着想およびデザインに貢献し,原稿への示唆および研究プロセス全体への助言をおこなった.すべての著者は,最終原稿を読み,承認した.