2017 Volume 37 Pages 225-233
目的:知的障害者が医療機関の受診を困難と感じるプロセスを保護者の意見から明らかにする.
方法:知的障害者の保護者3グループの計14名にフォーカスグループインタビューを行い,M-GTAで分析を行った.
結果:保護者から明らかとなった知的障害者が医療機関の受診を困難と感じるプロセスは〔スムーズな受診への不安とその緩和に対する負担〕に加え〔医療機関での不快体験や失敗体験による受診負担の増加〕があり,〔受診負担解決への無力感〕〔受診への自信喪失〕が生じることで【医療機関を訪れることへの気後れ】となっていた.【保護者・医療機関・社会がそれぞれできる取り組み】は【医療機関を訪れることの気後れ】に影響すると保護者は考えていた.
結論:知的障害者が医療機関の受診を困難と感じるプロセスは【医療機関を訪れることへの気後れ】であり,保護者・医療機関・社会のそれぞれの努力により軽減できる可能性が示された.
平成25年4月1日施行の「障害者総合支援法」には検討規定に“障害者とその家族や関係者の意見を反映させる措置を講ずること”という一文が補足されている.これは今までの障害者対策が必ずしも本人や家族の意向に沿っていないという示唆と捉えることができ,注目すべき事項である.特に知的障害者については,本人が積極的にニーズ表明をすることが少なく(長崎・上田,1999),今まで知的障害者が持つ意見に対し関心が向けられてこなかった背景も否めない.2016年11月時点での医学中央雑誌による文献検討では,知的障害者のニーズに関する論文は68件が該当したが,うち当事者の医療や地域生活に関連した調査研究になると6件のみの該当であった.また,受診行動のニーズに焦点化した調査研究は見つけることができなかったため,知的障害者や保護者を対象とした受診に関するニーズ調査は非常に少ないと考えられる.
しかし本人や保護者のニーズが反映されることで,満足度が高く,質の高い看護ケアを提供できる(清水・松田,1997)ことから,ニーズに沿った支援を行うことは知的障害者の医療機関の受診においても重要である.
知的障害者の健康面に着目すると,突然死の割合が高く(浜口・有馬,2000),40歳前後頃から慢性疾患のリスクが増加する(植田,2010)こと,その中でも肥満や糖尿病,高血圧症,高脂血症,う歯といった生活習慣病に関連した疾患が多い(有馬,2002)ことが明らかになっている.生活習慣病では一次予防を重視する(一般社団法人日本生活習慣病予防協会,2015)が,自身の健康状態を自覚することが難しい場合が多い知的障害者(作田ら,2007)にとっては,自分の生活習慣を見直す一次予防よりも,疾病の早期発見・早期治療である二次予防が鍵となると考える.よって知的障害者の健康管理には,医療機関の受診が不可欠であるが,これらの現状から見ると,知的障害者が医療機関をスムーズに受診できておらず,困難を感じていると推察される.知的障害者を支援する施設職員の調査報告(小澤,2008)によると,グループホームで約7割,福祉作業所で約8割の職員が受診する際に大変だと思うことがあると回答している.また,佐久間(2007)は人間ドック受診を希望したが,実際に受診できている知的障害者はわずか4%程度にとどまったことを明らかにしており,健康診断や緊急的な受診など慣れていない場所や内容での受診が難しいことも考えられる.
小澤(2009)は知的障害者が受診困難な理由として,コミュニケーションがとれない,本人の理解の乏しさ,症状把握が困難,専門医の不在,処置・検査の協力困難などを挙げている.ただし医師への調査に基づく結果であり,当事者からの検討はなされていないことから,本研究の目的は知的障害者が医療機関の受診を困難と感じるプロセスを保護者の意見から明らかにすることとした.
本研究はフォーカスグループインタビュー(Focus Group Interview以下,FGI)で得られた意見を修正版グラウンデッドセオリーアプローチ(Modified Grounded Theory Approach以下,M-GTA)で分析した質的研究である.M-GTAはGlaserらが提唱したグラウンデッドセオリーアプローチ(GTA)を木下が改良した質的研究法であり,特に①生活問題を抱えた人々に援助を提供するヒューマンサービス領域,②研究結果が解決や改善に向けての実践的な活用が期待される場合,③研究対象とする現象がプロセス的性格を持っている場合に適する(木下,2003)とされる.知的障害者が医療機関の受診を困難と感じるプロセスを保護者の意見から明らかにするという本研究の目的に合致していることから,この手法を採択した.
2. 調査方法 1) 対象者と研究協力者対象は知的障害児・者を持つ主介護者かつ保護者とし,知的障害児・者の日常生活支援に負担を感じている方とした.年齢は特に制限を設けず,幅広い年代から選定することで,各世代から意見が出されることを期待した.選定はA市における知的障害者の保護者団体に依頼した.A市は人口約11万の地方都市であるが,高齢化に伴う人口減少が進んでおり,大学病院や障害者医療を専門とした医療機関はないという特徴をもっている.研究協力者は計14名で,1グループ4~6名で構成した3グループでFGIを実施した(表1).
n | ||
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年齢構成 | 40代 | 6 |
50代 | 4 | |
60代 | 2 | |
70代 | 1 | |
80代 | 1 | |
性別 | 女性 | 14 |
障害を持つ子供との関係 | 母親(主介護者) | 14 |
障害を持つ子供の年齢構成 | 16歳未満 | 2 |
16~20歳 | 3 | |
21~25歳 | 2 | |
26~30歳 | 2 | |
31~35歳 | 2 | |
36~40歳 | 1 | |
46~50歳 | 3 | |
56~60歳 | 1 | |
家族構成 | 2人 | 1 |
3~4人 | 10 | |
5~6人 | 5 | |
療育手帳種類 | A1 | 4 |
A2 | 8 | |
B1 | 3 | |
B2 | 1 | |
慢性疾患の有無 | ない | 10 |
ある(糖尿病・てんかん) | 6 | |
医療機関受診頻度 | 月に1回 | 5 |
月に2回 | 5 | |
3ケ月に1回 | 1 | |
半年に1回 | 1 | |
診療科毎に週1~年1回 | 1 | |
病気のときのみ | 2 | |
なし | 1 | |
普段の生活状況 | 学校+デイサービス | 2 |
特別支援高等部 | 2 | |
デイサービス | 1 | |
通所施設 | 1 | |
福祉施設 | 4 | |
作業所 | 2 | |
事業所 | 2 | |
事業所+デイサービス | 1 | |
自宅 | 1 |
*家族に2名の知的障害者がいる2ケースにより,インタビュー協力者計14名に対し,知的障害を持つ子供の数は計16名となっている.
平成27年8~12月にインタビューガイド(表2)に基づくFGIを実施した.ファシリテーター役は研究者1名が務めた.問いかけに対して自由に語ってもらい,発言が少ない方にはさりげなく質問を行うなど,参加者全員の発言を引き出せるよう配慮した.実施時間は前後の説明を含め1グループあたり約90分,実施場所は落ち着いて話ができる個室とした.
1. お子さんが病院を受診する際に困っていることは何ですか?またどのような支援があったらよいと思いますか? |
2.病院を受診する際に,保護者の皆様自身や,お子さんがどのようなことを身に着けておく必要があると思いますか? |
3.病院を受診する際に,病院や学校など他の機関に希望することは何か具体的に意見をお聞かせください. |
FGIは,“なまの声そのままの情報”を生かすことができ,単独インタビューでは得られない“積み上げられた情報”“幅広い情報”“ダイナミックな情報”の取得や新しいアイデアの“創出”と“蓄積”に威力を発揮するもの(安梅,2003)であり,本研究においても相互作用による意見が出されることを期待し,個別ではなく,グループインタビュー法を選択した.
3. 分析手順各グループのインタビュー内容は参加者の了解を得た上でICレコーダーに録音し逐語録とした後,その内容に繰り返し目を通し,M-GTA(木下,2003)による概念生成を行った.分析焦点者は「知的障害者の保護者」,分析テーマは「医療機関の受診を困難と感じるプロセス」とした.分析テーマと分析焦点者の観点から具体例を抽出し,類似例や対極例の検討を行った.1グループから得られた複数の概念を軸に,2グループ,3グループと分析を進め,新たな概念や既に生成した概念に具体例を追加後,比較検討し,解釈の偏りを防ぐとともに,質的研究の経験豊富なスーパーバイザーに指導を受け,精度を高めた.3グループの分析が終了した時点で新たな概念生成が生じなかったことから,理論的飽和化に達したとみなした.概念同士の関係性やカテゴリー間の関係を分析結果としてまとめ,結果図(図1)とストーリーラインを作成した.
知的障害者が医療機関の受診を困難と感じるプロセス
FGIの参加は自由であり,途中もしくは参加後の拒否が可能であることを文書と口頭で伝えた.インタビューデータはICレコーダーに録音し,研究のみに使用するが,分析の際に個人が特定されないことも説明した.なお本研究は倫理審査委員会で審査を受け,承認を得た後に実施した(帝京大学福岡医療技術学部倫理審査委員会(15-14),国際医療福祉大学倫理審査委員会(15-Ifh-19)).
FGIの協力者14名の属性は表1のとおりである.全員が知的障害児・者の母親であり,年齢は40代から80代であった.知的障害を持つ子供16名の年齢は10代前半から50代後半で,家族構成は3~4名,療育手帳はAの所持者が多かった.慢性疾患はない方が多く,持っている方はてんかんが主であった.受診頻度は月に1回の方が多いが,病気のときのみや行ったことがないという方もいた.普段の生活状況は,自宅の1名以外は何らかの施設を利用していた.
1. ストーリーラインと結果図(図1)M-GTAから23概念,7サブカテゴリー,2カテゴリーが生成された(表3).以下カテゴリーは【 】,サブカテゴリーは〔 〕,概念は〈 〉,インタビューデータは「 」で示し,ストーリーラインを説明する.結果図は図1に示す.
カテゴリー | サブカテゴリー | 概念 |
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医療機関を訪れることへの気後れ | スムーズな受診への不安とその緩和に対する負担 | ・受診に至るまでの保護者の身体的・精神的疲労 |
・受診への抵抗感を増す知的障害の特性 | ||
医療機関での不快体験や失敗体験による受診負担の増加 | ・未知の体験に伴う受診行動への影響 | |
・知的障害者や保護者の待ち時間の苦痛 | ||
・周囲に対する保護者の過緊張と理解されていないという思い | ||
・医療機関の対応による保護者の一喜一憂 | ||
受診負担解決への無力感 | ・適応できない受療支援システムへの不満 | |
・受診行動準備教育に対する学校の理解の低さ | ||
受診への自信喪失 | ・受診に対する保護者のマイナス感情 | |
・医療従事者からの非難や拒否的態度 | ||
保護者・医療機関・社会がそれぞれできる取り組み | 受診における成功体験への保護者の取り組み | ・スモールステップでの受診スキル練習 |
・個々人に合わせたツールの選択 | ||
・集団におけるスキル教育への参加 | ||
・家庭での練習による受診前準備 | ||
・待ち時間の苦痛対策 | ||
医療機関の理解と受け入れ体制の改善 | ・受診前後の保護者の負担に対する医療従事者の協力 | |
・医療従事者の積極的関わり | ||
・医療従事者の知的障害者への対応スキル向上 | ||
・知的障害者への柔軟な受診環境調整 | ||
受療支援システムの改善 | ・近医による知的障害者の受診受け入れ | |
・知的障害者保健福祉制度の周知 | ||
・知的障害者の医療費制度の充実 | ||
・ワンストップ医療サービスの提案 |
知的障害者に医療機関受診が必要になると〈受診への抵抗感を増す知的障害の特性〉や〈受診に至るまでの保護者の身体的・精神的疲労〉が生じ〔スムーズな受診への不安とその緩和に対する負担〕となっていた.その負担を乗り越え,何とか受診に到ったとしても,医療機関において〈未知の体験に伴う受診行動への影響〉や,〈知的障害者と保護者の待ち時間の苦痛〉があり,〈周囲への保護者の過緊張と理解されていないという思い〉や〈医療機関の対応による保護者の一喜一憂〉を感じることで,〔医療機関での不快体験や失敗体験による受診負担の増加〕となり,多くの障壁から受診は大変で苦痛という認識を強めていた.さらに〈適応できない受療支援システムへの不満〉や〈受診行動準備教育に対する学校の理解の低さ〉から受診を成功させる手立てを見いだせずに〔受診負担解決への無力感〕を生じていた.また〈病院受診に対する保護者のマイナス感情〉や〈医療従事者からの非難や拒否的態度〉を受けた経験から,努力してもスムーズな受診はできないという〔受診の自信喪失〕となっており,【医療機関を訪れることへの気後れ】のプロセスとなっていた.
【保護者・医療機関・社会がそれぞれできる取り組み】では,知的障害者本人や保護者が受診前後に行える〔受診における成功体験への保護者の取り組み〕,医療従事者に求められる〔医療機関の理解と受け入れ体制の改善〕,社会に求められる〔受療支援システムの改善〕が挙げられた.これらは【医療機関を訪れることの気後れ】を和らげ,受診困難感の改善に影響を与えるものと保護者は考えていた.
2. カテゴリー・サブカテゴリー・概念の説明 1) 【医療機関を訪れることへの気後れ】についてこのカテゴリーにおける4つのサブカテゴリーは知的障害者や保護者が医療機関の受診を負担に感じる理由を表すものである.これらの蓄積により医療機関に行くことが億劫となり,気が重くなっていることを示す.
〔スムーズな受診への不安とその緩和に対する負担〕
医療機関の受診時だけでなく「天候が悪いと連れて行くのにさらに大変」「大きくなるにつれ2人の介助が必要」「自分も疲れ果てる」のように準備段階から保護者には大きな負担となる〈受診に至るまでの介護者の身体的・精神的疲労〉や「じっとしておきなさいといっても無理」「1回嫌な思いをしたら絶対やらない」「緊急時の受診では行ったことのない医療機関の受診となるので難しい」といった〈受診への抵抗感を増す知的障害の特性〉から労力を要し,受診に対する不安と負担を生じていた.
〔医療機関での不快体験や失敗体験による受診負担の増加〕
「予約が予約になっていない」「待つことでいつもなら受けることが可能な診察も受けることが無理になる」といった〈知的障害者と保護者の待ち時間の苦痛〉や「今までやったことない検査をどのように受けさせたらよいのか」「1回経験するだけでも違う」という〈未知の体験に伴う受診行動への影響〉に基づく受診行動への躊躇や諦めがあり,さらに「周囲に迷惑をかけたくない」「周りからみたらどうなのかなと思う」という〈周囲への保護者の過緊張と理解されていないという思い〉や「しつけがなっていないと怒られた」「理解があると行きやすい」という〈医療機関の対応による一喜一憂〉から受診負担が増加していた.
〔受診負担解決への無力感〕
「他の障害者にはあるのに知的障害者にはボランティアがない」「サポートしてくれる人が1人でもほしい」「駆け込める病院がない」という〈適応できない受療支援システムへの不満〉や「学校では医療は個人のことという認識だが,親の努力でもできないことがある」「医療に関する教育は学校も考える必要がある」という〈受診行動準備教育に対する学校の理解の低さ〉から自分たちで解決できない場合はどうにもできないという無力感を感じていた.
〔受診への自信喪失〕
「(医師に)親のしつけがなっていないと言われ,耐えられません…」「知的障害があることを病院でもう言わないって思いました」という〈医療従事者からの非難や拒否的態度〉を受けることや「すごい気を張って病院に行く」「病院に行くのに構えてしまう」という〈受診に対する保護者のマイナス感情〉から〔受診への自信喪失〕につながっていた.
2) 【保護者・医療機関・社会がそれぞれできる取り組み】このカテゴリーは自らあるいは周囲が取り組むことで,スムーズな受診につながる可能性のある内容を示す.それぞれの立場によって3サブカテゴリーに分類される.
〔受診における成功体験への保護者の取り組み〕
「小さい時から慣れていく」「段階を踏む」ことで経験を重ねる〈スモールステップでの受診スキル練習〉や「個人に合ったものが選択できるとよい」「それぞれで合う,合わないがあることも理解してほしい」という〈個々人に合わせたツールの選択〉,「学校や保健所等で開催してほしい」「どこかに練習セットがあるとよい」といった〈集団におけるスキル教育への参加〉,「パターン化できるものは事前練習ができると思う」「練習の積み重ねが大事」といった〈家庭での練習による受診前準備〉により受診の練習をすることや,「時間を過ごせるそれぞれのアイテムがあるとよい」「スマホを持っているとおとなしく待てる」のように〈待ち時間の苦痛対策〉として各個人が対処方法を持つことなど,いきなり受診に臨むのではなく,「前もって少しずつ慣れておくとよい」という成功体験は知的障害者のスムーズな受診につながるのではないかと保護者は捉えていた.ゆえに知的障害者本人や保護者らが取り組む必要があり,〔スムーズな受診への不安とその緩和に対する負担〕と〔医療機関での不快体験や失敗体験による受診負担の増加〕に影響を与えると保護者は考えていた.
〔医療機関の理解と受け入れ体制の改善〕
医療機関に声かけや対応時の態度などの〈医療従事者の積極的関わり〉を要望しており,話し方や提示方法の工夫などの〈医療従事者の知的障害者への対応スキル向上〉,場所や時間,スタッフなど受診環境への配慮である〈知的障害者への柔軟な受診環境調整〉,事前に本人の状況について伝えておくことや受診後に本人にごほうびを与えるなどの負担について医療機関においてもできる支援を必要とする〈受診前後の保護者の負担に対する医療従事者の協力〉などの〔医療機関の理解と受け入れ体制の改善〕により,「医師や看護師,受付の方の関わりで受診の印象が変わる」ことから知的障害者のスムーズな受診につながるのではないかと保護者は捉えていた.ゆえに各医療機関が取り組む必要があり,〔スムーズな受診への不安とその緩和に対する負担〕〔医療機関での不快体験や失敗体験による受診負担の増加〕〔受診への自信喪失〕に影響を与えると保護者は考えていた.
〔受療支援システムの改善〕
「知的障害者の受診に診療報酬加算をしてほしい」という〈知的障害者医療費制度の充実〉や「一度に多くの診療が済む医療体制にしてほしい」という〈ワンストップ医療サービスの提案〉,「全病院が知的障害者を受け入れる必要はなく,エリアごとに対応可能な病院があればよい」という〈近医による知的障害者受診の受け入れ〉,「受診サポート手帳を病院側が知らない」など知的障害者に関する保健福祉制度を医療従事者に理解してほしいという〈知的障害者保健福祉制度の周知〉を希望していた.知的障害者の受診には「幅広い支援が必要」「公的サポートが必要」といった社会の理解と支援が不可欠であり,〔受療支援システムの改善〕によりスムーズな受診につながるのではないかと保護者は捉えていた.ゆえにこれらは社会が取り組む必要があり,〔医療機関での不快体験や失敗体験による受診負担の増加〕〔受診負担解決への無力感〕に影響を与えると保護者は考えていた.
医療機関を受診した際に,十分な診療を受けられないことは知的障害者本人や家族にとって辛い経験となる(大屋ら,2008).本研究でも医療機関の受診に際し,多くの負担を感じていることがわかった.また,不快体験や失敗体験が医療機関受診への困難感を強めていることも明らかとなった.さらにそれらは受診に対する自信喪失や無力感につながっていたことから,知的障害者や保護者が受診の成功体験を積み重ねられるような支援が必要であると示唆された.竹林地(2004)は,知的障害のある児童生徒が“成功経験が少ない”のは,周囲の状況が整っていないことの裏返しであり,今の力で活動できるよう工夫されていない結果であると提言している.知的障害者の医療機関受診に関しても同様であり,知的障害者がスムーズに受診できていない状況は,医療従事者の支援が不十分であると自覚することが求められる.今回のインタビューからも,医療従事者の態度や言動は知的障害者や保護者の医療機関受診困難感に影響を与えていることが明らかとなった.よって,医療従事者は専門職として受診環境を含む改善の余地について検討し,支援の必要性を捉えられる視点が重要であり,そのことが〔受診における成功体験への保護者の取り組み〕の起点になるのではないかと考える.
さらに本研究では【保護者・医療機関・社会がそれぞれできる取り組み】として〔受診における成功体験への保護者の取り組み〕以外に〔医療機関の理解と受け入れ体制の改善〕〔受療支援システムの改善〕が挙げられた.中でも,知的障害者や保護者は自分たちの努力だけではスムーズな受診への限界を感じており,学校や医療機関,ひいては制度やシステムなど周囲に支援を希望しつつも求めることができていない現状が明らかとなった.しかし,歯科の領域においては知的障害者が受診する際の個別的な支援についていくつかの実践が報告されている(佐藤,2006;岩崎ら,2010;溝口ら,2011).中でも佐藤は,恐怖や不快刺激を生じさせずリラックスできるように設定する刺激統制法や視覚的支援ツールを用いて情報を伝えることで,治療への適応行動を図っている.これらは他の診療科においても有用性が期待され,〔医療機関の理解と受け入れ体制の改善〕の一方策として医療機関が行える支援を拡大していくことが必要となる.ゆえに医療従事者は知的障害という特性から“できない”“無理だ”と判断するのではなく,選択肢として提示できる支援方法のバリエーションを習得していくことが重要である.加えて,それらのスキルを保護者に少しずつトレーニングしていくステップは[受診における成功体験への保護者の取り組み]にもなる.
またスウェーデンでは,高齢者ケア・障害者ケアで法律体系やサービス,利用手続きが分かれているわけではなく,社会サービス法に基づく普遍サービスとして原則一元化されている(奥村・伊澤,2006).そのため高齢者と障害者の政策に差異がなく,誰にとっても理解や利用が容易となる.加えて,障害者に対するいくつかの補完法も存在し(財団法人日本障害者リハビリテーション協会,2009),知的障害者の特性や個々人の障害の程度に合わせたきめ細やかな対応も行われている.アメリカにおけるDavidらの研究では,急性期のヘルスケアと療養支援を統合するケアシステムの構築が知的障害者の健康支援に効果があると報告している(David et al., 2014).しかし,本研究のインタビューで「駆け込める病院がない」「緊急時の受診では行ったことのない医療機関の受診となるので難しい」という意見が挙げられた.先行研究(小澤,2008)でも,知的障害者が緊急に受診する場合,生命の危機的状況であるにも関わらず“専門の医師がいない”という理由で,診療を拒否されることも多いと述べており,日本においては知的障害者の急性期医療自体が十分でない可能性が示唆できる.そこで,まずは知的障害者の一次医療の充実を図ることが急務である.次に,二次医療圏を中心とした受け入れ医療機関の整備や受診に対するサポート体制の強化が必要となる.我が国では診察や治療は医療機関においてなされるのが一般的であるが,慣れていない場所での受診が困難である知的障害者においては訪問診療を可能とする医療サービスの適応拡大も一案である.これらの知的障害者に対する法制度や社会資源の改善は〔受療支援システムの改善〕に重要な視点である.
一方,当事者側としては,スウェーデンやイギリス,アメリカなど多くの国で発展している知的障害者によるセルフアドボカシーグループにおいて受診環境改善の取り組みがなされている(Magnus & Ove, 2015)ことが挙げられる.セルフアドボカシー活動については日本でも1990年代より浸透し,展開されてきた(保積,2007)が,知的障害者の受診においては更なる役割が求められる.なぜなら,日本では知的障害者の余暇活動や仲間づくりを中心として進展・拡大してきた経緯があり,セルフアドボカシーを目的としての活動を行っているグループはまだ少ないと考えられる(古井,2012)からである.そこでセルフアドボカシーグループ活動を通じ,知的障害者の健康や医療に関する当事者の意見やニーズを多くの場で発信できれば,知的障害者の医療受診の現状を知ってもらう機会となり,〔医療機関での不快体験や失敗体験による受診負担の増加〕〔受診負担解決への無力感〕〔受診への自信喪失〕の改善につなげることができるのではないだろうか.
本研究の知的障害者が医療機関の受診を困難と感じるプロセスは保護者の意見から過去の体験も含めた様々な要因が影響し,【医療機関を訪れることへの気後れ】となっていることがわかった.一方【保護者・医療機関・社会がそれぞれできる取り組み】では有無や程度によって【医療機関を訪れることへの気後れ】に影響を与えると保護者が考えていることが明らかとなった.よって【保護者・医療機関・社会がそれぞれできる取り組み】の充実を図ることができれば受診困難感を軽減できる可能性があると示唆された.知的障害者本人や保護者だけではなく,各医療機関や社会が取り組むべき内容が明らかとなったことから,それぞれに対するアプローチを行っていくことこそが医療機関受診に対する知的障害者や保護者のニーズに沿った具体的な支援策となる.特に,本人や保護者が医療機関に自信を持って受診できるよう,看護者は事前練習できるための受診に関する詳細な情報提供やスキル獲得のための支援が必要である.待ち時間に対する配慮や受診環境の調整については,本人や家族の申し出で対応するのではなく,看護者から働きかけ思いに寄り添うことが大事である.そして,うまく受診できなかった場合には,医療機関に訪れることを躊躇する気持ちを支え,フォローすることで次回の受診へとつなげる役割が求められるのである.このようにして,知的障害者と保護者が少しずつ自信を持って医療機関の受診ができるようになれば,現在抱えている医療機関受診に対する困難さも徐々に軽減されていくであろう.
そしてこれらの受診支援に関する取り組みは,知的障害者の医療や健康の改善につながることに加え,知的障害者の保護者の大きな不安である“親なき後の生活”(傅,2008;滝本,2000;Bigby et al., 2011)についての支援にも少なからず寄与できると期待する.
本研究で行ったFGIの対象者は,ある地域の保護者会に属する知的障害児・者を持つ保護者であり,意識の高い集団からの意見となっている.また,知的障害者の対象年齢に制限を設けていないことや月1回以上の定期受診を行っている者が14名中10名であることから,今回得られた知見が医療環境の異なる他地域の知的障害者に一般化できると断定できない.定期的な受診の際のニーズとそれ以外の受診の際のニーズが異なることも予想されるため,今後は今回の結果をもとに全国での実態調査を実施し,今回の結果との比較分析を行うことが課題となる.加えて,保護者は【医療機関を訪れることへの気後れ】を軽減・緩和する可能性のある方法として【保護者・医療機関・社会がそれぞれできる取り組み】を挙げていたが,希望も含まれているため実施状況などについては今後の研究において検証することが必要である.
知的障害者を持つ保護者へのFGIからM-GTAによる分析を実施し,23概念,7サブカテゴリー,2カテゴリーを生成した.【医療機関を訪れることへの気後れ】では,〔スムーズな受診への不安とその緩和に対する負担〕から〔医療機関での不快体験や失敗体験による受診負担の増加〕,さらに〔受診負担解決への無力感〕〔受診への自信喪失〕へとつながっていくプロセスであった.【保護者・医療機関・社会がそれぞれできる取り組み】では〔受診における成功体験への保護者の取り組み〕〔医療機関の理解と対応の改善〕〔受診支援システムの改善〕が挙げられ,【医療機関を訪れることへの気後れ】のサブカテゴリーに影響を与えると保護者が考えていることが明らかとなった.
謝辞:本研究に参加いただきました皆様に心より感謝申し上げます.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:TNは研究の着想から原稿作成のプロセス全体に貢献;MAは原稿への示唆および研究プロセス全体への助言.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.