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Support of Nurse Managers for Nurses Involved in Adverse Patient Events: Working on Patient Safety Tasks as a Team
Noriko Fukuda
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2017 Volume 37 Pages 263-271

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Abstract

目的:看護師長による医療事故当事者,看護チームへの支援の構造とプロセスを明らかにする.

方法:医療事故当事者,看護チームの支援に関わった経験のある看護師長26名が研究参加者となった.Grounded theory approachに基づくデータ収集とデータ分析を行った.

結果:【チームで取り組む再発防止】をコアカテゴリーとし,《事故に関する情報の伝達》,《チーム内に生じる反応の把握》,《チーム全体の安心感の保証》《チームで乗り越えるための方向づけ》,《事故の乗り越えの後押し》,《患者の安全の脅かし》という7つのカテゴリーから構成される支援プロセスが明らかになった.

考察:医療事故は看護チーム全体に心理的影響を与え得るものであり,再発防止の取り組みだけでなく,チーム内に生じる反応を把握しながら,スタッフの心理的な安心感を保証し,チームで困難を乗り越えるための支援の重要性が示唆された.

Ⅰ. 緒言

我が国の医療安全体制は,1995年に発生した重大医療事故を契機に急速に整備されてきたといわれる.そして事故当事者となった医療者への支援の必要性,重要性が認識されるようになり,近年,事故当事者となった看護師のメンタルヘルスに関連した研究が積み重ねられてきた.医療事故は心的外傷性反応(トラウマ反応)を引き起こすほどの精神的打撃を看護師に与え,自己評価の低下や専門職としての自信の揺らぎから退職や離職につながるといったように多大な影響を与えることが報告されている(林ら,2010奥田,2006Rassin et al., 2005Scott et al., 2009Ullstrom et al., 2014).

そして医療事故に直接関与していない人たちにも目を配り,落ち着いて業務を遂行できるような支援が必要であると指摘されるものの(鮎澤,2007石川,2013日本看護協会,2002),医療事故が看護チーム全体に与える心理的影響や,支援者に焦点をあてた研究は散見するのみである(福田,2009a).

事故当事者の心の回復や業務継続のために,看護管理者,組織による支援の重要性が指摘されている(上脇・丹波,2011小林ら,2013).しかし医療事故後の対応のなかで,事故当事者や周囲のスタッフの支援に困難感を抱いている現状も示されている(福田,2009b).看護師長による事故当事者支援,そして看護チームへの支援の内容やプロセス,支援の困難さがどのような状況で生じてくるかを明らかにすることは,具体的な支援を構築していく一助となると考えた.

Ⅱ. 研究目的

本研究の目的は,看護師長による医療事故当事者となった看護師,そして看護チームへの支援の構造とプロセスを明らかにすることである.

Ⅲ. 研究方法

1. 研究デザイン

Grounded Theory Approach(以下,GTAとする)を基盤とした質的帰納的研究.

2. 研究参加者

過去に発生した医療事故において,直属の上司として支援を行った経験のある看護師長を研究参加者とした.事故対応が終結し,自らの経験を語れる時期を考慮して事故発生から6ヶ月以上が経過していることを要件とした.

3. データ収集方法

半構成的インタビューによるデータ収集を行った.便宜的に抽出した研究協力施設において,看護師長会での説明,パンフレットの配布により看護師長に研究参加協力を依頼した.協力意思がある場合には,研究者の電子メール,もしくは電話で直接,意思を伝えてもらう方法で研究参加者を抽出した.このように研究参加者は便宜的に抽出したが,理論的サンプリングの考えに基づき(Corbin & Strauss, 2008/2012),抽出されてきた概念に基づいてインタビューガイドを修正する努力を行った.インタビュー時間は約1時間で,研究参加者の所属病院内で行った.面接は1回で,業務により面接が中断した2名の看護師長のみ2回の面接を行った.スタッフが関与した医療事故のうち印象深い1事例を想起してもらい,医療事故の概要,医療事故発生直後から時間経過にそった事故当事者への具体的な支援内容と方法,支援において困難に感じたこと等について語ってもらった.1つの事故に複数の看護師が関与している場合,研究参加者が事故当事者と認識し,支援を行った看護師への関わりを話してもらった.インタビューは許可を得てICレコーダーに録音し,逐語に記述した.その他,研究参加者の看護師長経験や所属部署の特性,所属施設の特性に関する基礎情報を収集した.

4. データ分析方法

データ収集とデータ分析を並行して行った.逐語に記述したデータをテクストとし,GTAの手法(Corbin & Strauss, 2008/2012戈木,2014)にそって分析を行った.(1)テクストを繰り返し読み,意味のまとまりによって行,文章,段落ごとに切片化する.(2)切片化したデータから「とても〜」「あまり〜でなかった」といった表現をもとに,研究参加者が出来事や状況をどのように意味づけているかを解釈し,プロパティ(視点や切り口)からみたときに,どのような次元をとっているかを判断して「高い」「低い」「大」「小」といったディメンションをつける.プロパティとディメンションを手掛かりにしてラベル名をつける.類似したラベルをひとまとまりにし,抽象度をあげたカテゴリー名をつける.(3)状況,行為/相互行為,帰結のパラダイムの枠組み(戈木,2014)を用いて,いつ,どこで,なぜ,何を,どうやって,その結果どうなったかという視点から研究参加者毎にカテゴリー関連図を作成し,さらに研究参加者全体を統合したカテゴリー統合関連図を作成する.(4)現象の中心となるコアカテゴリーを検討し,現象を形作るカテゴリーとその関連づけから構造とプロセスを捉え,ストーリーラインを検討する,という手順で行った.データ分析のプロセスで,事故当事者支援の経験がある看護学研究者,GTAの研究手法に精通した看護学研究者のスーパーバイズを受けた.

5. 調査期間

2008年7月~2011年8月

6. 倫理的配慮

研究参加者に,研究目的と方法,研究協力の自由意思の尊重と拒否しても不利益を被ることはないこと,研究参加の中途辞退,研究協力の利益と予測されるリスク,そして公表に際しての匿名性と個人情報の保護について文書を用いて説明し,同意書に署名を得た.特に本研究では,個人および個人が所属する組織にとって繊細なテーマとなる医療事故を扱うことから,医療事故の内容や研究参加者の個別の背景,所属する組織の特性については,最小限の記述にとどめた.調査に先立ち慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科研究倫理審査委員会の承認を得た(20-40(2)).

7. 用語の定義

本研究における医療事故とは,看護行為のプロセスで,患者に予期せぬ有害事象が生じた出来事を指す.看護師の過失の有無は問わず,(1)医療事故により予定外の検査や新たな治療が必要になった,(2)患者に生じた障害が後遺症として持続,(3)患者が死亡,のいずれかの患者影響レベルのものとした.

Ⅳ. 結果

1. 研究参加者と語られた医療事故の概要

研究参加者は,15病院に所属する26名の看護師長で,すべて女性であった.7名は,看護師長に昇任して1年目,つまり新任の看護師長として対応した事故であった.その他の背景ならびに語られた医療事故の概要を表1に示す.

表1 研究参加者の背景と語られた事故の概要(n = 26)
項目 内容
性別 女性26名(100%)
事故当時の看護師経験年数 1~22年 平均6.0年
事故当時の部署担当年数 1~4年 平均2.2年
事故発生時の担当部署 手術室5名 入院病棟21名
事故から面接までの期間 6ヶ月~6年
語られた医療事故の種類(n = 28)*
薬剤4件
治療・処置12件
療養上の世話7件
患者の自殺2件
その他3件
語られた事故の当事者
看護師単独9件
複数の看護師10件
他職種を含む複数9件
事故後の患者の転帰
死亡9件**
後遺障害による治療継続1件
回復・治癒18件

* 同一患者に別の事故,事故当事者が別の事故に関与したものを含め28事例の事故が語られた.

** 死亡のうち,事故との因果関係が明確なものは1件

以下,コアカテゴリー【 】,カテゴリー《 》,ラベル〈 〉,対象者の語りを「 」内に,( )内は補足説明を示す.またストーリーラインとしての文章の読みやすさを考慮し,本稿では研究参加者を『看護師長』と表記する.

2. 【チームで取り組む再発防止】という現象について

看護師長による事故当事者,看護チームへの支援に関わる現象は,【チームで取り組む再発防止】をコアカテゴリーとする7つのカテゴリーから形作られた(表2).カテゴリー統合関連図に示すように(図1),看護師長は《事故に関する情報の伝達》という状況から,《チーム内に生じる反応の把握》《チーム全体の安心感の保証》《チームで乗り越えるための方向づけ》【チームで取り組む再発防止】という相互作用を展開していたが,事故当事者の《事故の乗り越えの後押し》,もしくは《患者の安全の脅かし》という帰結に至るまでのプロセスは一様ではなかった.

表2 【チームで取り組む再発防止】という現象を構成するカテゴリー一覧
カテゴリー名 カテゴリーの説明
事故に関する情報の伝達 事故発生の事実とその経緯,患者の状態,現在の対応と今後の見通しなどに関する情報を,スタッフに伝える働きかけである.看護師長は,スタッフ全体に事故の情報が伝わるようカンファレンスや病棟会,勤務の引き継ぎ時間を活用して何度も話し合いの時間をつくり,さらに話し合いの記録やインシデントレポートを閲覧できるようにしていた.
チーム内に生じる反応の把握 看護師長が,スタッフそれぞれの事故の捉え方や感情反応,事故が起きたことによってスタッフ間に生じている反応を把握する関わりである.事故に関連したスタッフの訴えを聴くことや,スタッフの事故当事者への接し方,病院内の他部門や他職種から向けられた言動や態度を観察し,チーム内に生じる反応を把握していた.
チーム全体の安心感の保証 事故に伴ってスタッフに生じる心理的な影響を最小限にとどめるように,スタッフの不安や動揺をやわらげるための働きかけである.(1)オープンに話し合える場づくり,(2)個人が責められないことの保証,(3)組織の支援の調整という3つの働きかけからなる.
チームで取り組む再発防止 チームが一丸となって事故の再発防止に取り組むための働きかけである.(1)チームの課題の共有,(2)チーム全体の看護実践力の向上,(3)事故の教訓を活かした安全な環境づくり,の3つの働きかけからなる.
チームで乗り越えるための 方向づけ スタッフ一人ひとりが事故当事者の立場に立ち,事故から学び,患者の安全を守ることができるよう意図した働きかけである.(1)事故を他人事にさせない,(2)患者の安全を守る方向性の確認,の2つの働きかけからなる.
事故の乗り越えの後押し 事故当事者の頑張りを促し,気持ちが安定してくれば普段通りの対応を行うことや,事故を繰り返さないための教育的支援,安全に仕事を継続できる環境調整を行うこと,辞めたい気持ちを思いとどまれるようにして,事故の体験を活かしながら仕事を継続できるよう手助けし,支えていく働きかけである.
患者の安全の脅かし ルール違反の黙認,部署で発生するインシデントや事故の多さ,同一患者に同様事故の再発など,患者の安全が危険に曝されている状態をさす.
図1

【チームで取り組む再発防止】という現象のカテゴリー統合関連図

本稿では,帰結へと至るプロセスの違いを生じさせる看護師長の働きかけが明確になるように,以下の3つに分けてストーリーラインを描き,研究参加者の語りを引用しながらカテゴリーとその関連を説明する.

1) 《事故に関する情報の伝達》から《チーム全体の安心感の保証》へ

看護師長は,事故発生を把握すると,事故当事者を含め部署のスタッフたちに事故発生の事実とその経緯,患者の状態,現在の対応と今後の見通しなど《事故に関する情報の伝達》を行った.

「そういう時に気をつけなくちゃいけないのは,当事者だけじゃなくて,オペ室自体もそんな事故はないことだったので,皆が動揺するっていうことがありますから,そうならないように事実をきちんと受け止めて,っていうようなことを月曜日の朝,皆で話をして」(Xさん/看護師長経験11年目)

看護師長は,何度も繰り返し,事故について話す場をつくるなどの工夫を行い,交代勤務のなかでも事故に関する情報を皆で共有できるようにしていた.タイミングを見計らい,正確な情報を伝える程度が高ければ,看護師長は《チーム内に生じる反応の把握》という次の相互作用を展開させていた(図1,矢印①).

「その当時の手術室は,何て言うんだろう,変な緊張感がありました.(略)でも少しずつ(緊張感が)下がっていかないと,また変な緊張で次のことが起こってしまうっていうことがあるので」(Xさん/看護師長経験11年目)

このように看護師長は,スタッフの不安,動揺,緊張,傷つき,士気低下,無力感といった反応や,事故当事者個人や教育担当者,看護師長に向かうスタッフの非難や攻撃といった反応を察知することもあった.

「私に言って埒があかなければ,とても責めるスタッフがいるんですけれど,それが看護師長代理であったり教育担当者に向けられるんですね.教育は一体何をやっているんだ,代理は何をやっているんだ,もっとちゃんと教育をしなければダメじゃないか,みたいな」(Yさん/看護師長経験7年目)

さて,発生した事故によっては何が起きたのかの詳細を把握するまでに時間がかかり,タイミングよく正確な情報をスタッフに伝えることができず,噂のような形で耳に入るといった状況もあった.

「やはり事実がわからないので,事実がきちんとしていれば,皆にも伝えることができるんですけれど,いい加減な情報は流せないので.そうするとすごくスタッフたちが疑心暗鬼っていうか,何かを隠しているのじゃないか,私に対しても何かを隠しているのではないかって」(Yさん/看護師長経験7年目)

こうした場合,看護師長は《チーム全体の安心感の保証》という相互作用を展開させていた(図1矢印②).さらに《チーム内に生じる反応の把握》に一旦はすすむのであるが,スタッフの不安,動揺,士気低下といった反応がチーム全体に拡がっていることを察知した場合にも,《チーム全体の安心感の保証》という相互作用を展開させていた(矢印③).《チーム全体の安心感の保証》をするために,看護師長はスタッフ一人一人が自分の気持ちや意見を表出できるよう〈オープンに話し合える場づくり〉をしていた.

「正直な気持ちを出して欲しいというのがあったので,(スタッフ間のコミュニケーションの問題について感じていることを)こちらから引き出す,引き出すっていうか言えるような形で最初はもっていったんですけれど」(Wさん/看護師長経験1年目)

また,事故当事者個人を前面に出すことなく淡々と事故の事実を共有することにより〈個人が責められないことの保証〉をしていた.

「誰がやったかを特定しないことは,皆やっぱり意識はしているんだとは思います.やはり自分が固有名詞で追及されると嫌だなっていう思いはあるんだと思うんですね」(Kさん/看護師長経験1年目)

しかし事故が起きた際に,個人を責める風潮があると事故以前から感じている場合,チームの話し合いの場が「懺悔のようになる」ことを予測して,〈個人が責められないことの保証〉のために事故当事者が勤務をしていない日を選んで,スタッフと話し合いの場をもつ看護師長もいた.

「他(の事故)で,主任が本人に(事故の状況を)言わせるっていうのがあったんですね.でも,懺悔のようになっちゃうとちょっと嫌だなっていう風に思ったので,本人がそこを受け入れられて,反省とかそうじゃなくて,皆も,こうだったから気をつけようねっていう風なスタンスでいれたらいいんだけど,やっぱりそうじゃなかったら,それも出来るだけ避けていて,う~ん,ほとんど(事故当事者本人が)いないところでやりましたね」(Oさん/看護師長経験12年目)

さらに看護部長や看護副部長に現場へ足を運び,スタッフの思いを聴いてもらおうと〈組織の支援の調整〉をするが,期待するほどの支援は得られず,看護部や医療安全部門による支援がスタッフにみえる形で伝わらないために,スタッフが不信感を募らせる状況も生じていた.

「この事故に関して前面に出ていたのは副院長であったり,そういったところで看護部の姿勢は薄かったことがスタッフの不満でもあったんですね.いったい看護部は何をやっているんだ,何もしてくれないじゃないか,みたいな」(Yさん/看護師長経験7年目)

2) 《チーム全体の安心感の保証》から【チームで取り組む再発防止】へ

前述のように《チーム全体の安心感の保証》ができれば,矢印④が示す方向,つまり【チームで取り組む再発防止】という相互作用が展開していった.しかし,それが困難である場合,看護師長は《チームで乗り越えるための方向づけ》(矢印⑤)を行った.一方,《チーム内に生じる反応の把握》から,スタッフたちが「われ関せず」,「他人事」といった反応を示すことを察知した場合にも ,《チームで乗り越えるための方向づけ》(矢印⑥)を行った.

「何か割と無関心っていうか,何か私が見ているとそういう(病棟の)雰囲気が多少なりともあるような感じなので,その直後(事故直後)みたいなのは,大変だったね,みたいのは当事者たちはありましたけれども,(他のスタッフは)どこか他人事みたいな形なのは,何となく感じて」(Wさん/看護師長経験1年目)

《チームで乗り越えるための方向づけ》の一つは,誰もが事故を起こし得た状況を共有し,スタッフ一人ひとりが事故当事者の立場で考えられるよう促し,〈事故を他人事にさせない〉ようにすることであった.

「こういう時,例えば業務が途中で中断しちゃったりする時に,クスリの作成の途中で中断してしまったりする時は,誰でも起こすかも知れないよねっていうことを伝えたりすると,自分の身にだんだん置き換えて考えていく人もいるので」(Zさん/看護師長経験1年目)

また看護師長は叱責や,上から物を言う態度で恐怖心を煽るのではなく,「患者や家族の痛みを無駄にしない」,「事故から学び二度と事故を繰り返さない」という姿勢を一貫してスタッフに示し,〈患者の安全を守る方向性の確認〉をすることで,チームで事故を乗り越えるための方向づけを行っていた.

「私は事故がいつも起こった時に,患者さんが命をけずって痛い思いをして私たちに勉強をさせてくれているんだから,それを無にしちゃいけないって,私はずっとそういう風に後輩指導にあたってきた.今回,こういう事故が起こった時に,どういう風に皆で勉強をして認識をしようかなって(考えて)」(Eさん/看護師長経験1年目)

しかし,事故当事者の立場に身を置き,「自分も事故を起こし得た」と捉える結果,スタッフが強い不安や怖さを抱くことを看護師長は察知していた.

「やっぱりこういうケースをもとに,みんなでディスカッションして,みんなで考えようねってしたんですけども,怖さですね,自分がやっていることの怖さを認識して,怖いって言ってくることが少し増えたかなと」(Aさん/看護師長経験4年目)

さらに《チームで乗り越えるための方向づけ》が困難な場合もあった.例えばYさんは,看護師長や看護部の対応に不満をもつスタッフが看護師長と対立する状況を語った.

「(話し合いの場で事故当事者を追及するスタッフに対して)私,そういうことを止めるんですよ,今,それは関係ないんだよって言うと,いや,状況が分からなければ話し合いにはならないって言って.私に黙っていろ(強い口調で怒鳴る様子を真似る)ってくらいの勢いで言うんです」(Yさん/看護師長経験7年目)

3) 【チームで取り組む再発防止】から《事故の乗り越えの後押し》もしくは《患者の安全の脅かし》という帰結へ

看護師長は,矢印④,⑦(図1)から【チームで取り組む再発防止】へと働きかけを展開させていた.この働きかけの一つは,事故に至った経緯や状況をスタッフと振り返り,事故原因を個人のエラーに帰結させることなく〈チームの課題の共有〉をすることであった.

「ドクターの字が読めないとかっていうのが(何度もあったり),また口答指示も結構ありましたし,そうした意味では,医師教育っていうか,医師への要望として,ここで全部改善しなくちゃいけないという意気込みもありましたので,その辺がカンファレンスの中で様々出てきましたので,そこが整理できた大変良いきっかけになりました」(Gさん/看護師長経験3年目)

そして個人の努力ではなくチームとしてスタッフの看護実践力を高めるために,勉強会を開催するなどして〈チーム全体の看護実践力の向上〉を行うこと,そして病院としての再発防止の取り組みと連動させながら,看護スタッフ間や医師との協働体制の改善,人員配置や勤務体制の変更,薬剤の処方から与薬までのシステム変更,マニュアル改定,患者の自殺防止のための設備整備など〈事故の教訓を活かした安全な環境づくり〉を行っていた.

「通常はダブルチェックをするときには,必ずメモを,(薬液量の)計算をしなくてはいけない,当時は計算をしなくてはいけないというやり方だったんですが,この事故,アクシデントをきっかけに,計算をしなくても良いように,ドクターに必ず,薬液量プラス希釈量を必ず記入してもらうっていうのにしました」(Gさん/看護師長経験3年目)

以上のように,チームの課題を共有し,スタッフ皆で再発防止に取り組むことは,事故当事者が事故の体験を肯定的に意味づけることや,事故の教訓から学ぶこと,そして安心して仕事を継続できる環境を整えることを意味する《事故の乗り越えの後押し》という帰結につながった(矢印⑧).

「(事故が)機会になって,こういう話し合いももてることになったし,っていう形では結構(事故当事者が)言っていたので,自分が起こしたことで病院が良くなるんだったら,まぁ,(事故を)起こした甲斐があるじゃないですけれど,こういう事故が役に立つのであれば,っていうような感じのことも」(Wさん/看護師長経験1年目)

しかし,チームの課題ではなく事故は個人の能力の問題とされ,事故の教訓がスタッフの学びや再発防止に活かされない場合には,《患者の安全の脅かし》という帰結に至った(矢印⑨).加えて,先に述べたように《チームで乗り越えるための方向づけ》が困難な場合も,《患者の安全の脅かし》という帰結に至った(矢印⑩).そして再び事故が起きると《事故に関する情報の伝達》という状況が繰り返されることになった(矢印⑪).

Ⅴ. 考察

1. 事故がもたらすチーム全体への心理的影響と看護師長による支援

医療安全体制が整備されてきた現在,事故の根本原因を明らかにして再発防止に取り組むことは標準的な対応であり,本研究で明らかになった【チームで取り組む再発防止】は,そうした問題解決的取り組みを示す看護師長による働きかけといえる.さらに本結果から示された新たな点は,このような再発防止に取り組むプロセスの前提として,《チーム全体に生じている反応の把握》からスタッフの心理的安全感が脅かされていると察知した場合,《チーム全体の安心感の保証》,そして《チームで乗り越えるための方向づけ》という働きかけが,帰結へと至るプロセスを左右する重要な働きかけである点である.ここでは,チーム全体の心理的な影響という点から看護師長の支援を困難にする要因を考察し,看護チームおよび看護師長への支援について考察していく.

まず看護師長により語られた医療事故は,予期せぬ突然の出来事の発生に加え,患者の生死に関わる重大な事故が含まれていた.突然で破局的な出来事としての医療事故や,目撃された出来事として医療上の惨事は,心的外傷的出来事と位置づけられる(American Psychiatric Association, 2013/2014).心的外傷的出来事の影響は,それに直接的に関与した者にとどまらず,周囲の人々をも巻き込み,様々な影響を与え続けることが知られている(Figley, 1995/2003).つまり本研究で示されたチーム内に生じる不安や動揺といった反応は,事故という重大な出来事を共有することによるスタッフへの心理的影響の一つと考えることができる.

Catherall(1995/2003)は,トラウマケアに関わるセラピストに生じる二次的トラウマ反応がグループダイナミクスに破壊的な影響を及ぼすことを指摘している.同僚が受けたトラウマにより,まわりのセラピスト全員が自分達の脆弱性を意識することになるという.トラウマという現実に関わることは,各自の基本的な前提や当然としてきた安定した世界観,安全感にとって脅威となるがゆえに,トラウマを負った者との共通関連性を認めないという見方をとり,自分自身の外傷性ストレスに対する脆弱性を他人事とすることによって,同僚が呈する困った影響を自分は起こさないと思っていられると述べている.本研究においても,看護師長は《チーム内に生じる反応の把握》から「他人事」というスタッフの反応を察知していたが,これはチーム内に生じた強い不安や脅威,その結果として生じる防衛反応や心理的距離の取り方の一つとして解釈できよう.医療事故を他人事にするほどに安全感が脅かされるのであれば,《チーム全体の安心感の保証》がされぬまま,〈事故を他人事にさせない〉ようにスタッフを巻き込んでいくことは,不安や脅威を更に煽ることになる.そうした状況が続けば,不安は怒りとして他者に向かうことも生じうる.つまり本結果において示された事故当事者のみならず看護師長や部署の教育担当者に向けられたスタッフの怒りや攻撃的反応は,心理的安全感が脅かされる中での防衛機制と考えられる.

集団内に認められるこうした反応は,精神力動的理論からも説明される.Bion(1961/1973)は,あらゆる集団のもつ2つの機能を説明しており,一つは,メンバーが協働し,合理的,科学的方法を用いて,時間や発達を意識しながら,欲求不満に耐え,その作業を遂行するためにメンバーが協働していく作業グループ(work group)としての機能である.【チームで取り組む再発防止】において,チームの課題を明確にし,事故の再発防止のために協働することは,こうした機能の表れといえる.一方,基底的想定グループ(basic assumption group)という側面があり,これは強烈な情緒によって形成され,経験から学ぶことが,努力,痛み,現実との接触を意味する時,そこにつきものの欲求不満を避けようと非合理的で,無意識な側面をもつものである(Gringberg et al.,1977/1982).〈組織の支援の調整〉が困難で,看護部の支援が見える形でスタッフに伝わらず,その結果,生じた看護部への不信感や怒りの反応は,組織という大きな存在に依存することで安心感を得たいと思う一方で,その欲求が満たされないなかで生じた怒りの反応であり,Bionのいう依存基底的想定の表れとして説明できよう.またスタッフを方向づけようとする看護師長に批判的,対立的な態度,事故当事者への攻撃や排除的態度など怒りや攻撃といった強い情緒的反応に彩られたチームの反応は,闘争-逃走基底的想定(Bion, 1961/1973)を彷彿させる.このように看護師長がチームのまとまりを維持しながら,課題解決に向けてスタッフと協働していくことを困難にさせる背景には,医療事故という重大な出来事に直面し,心理的安全感が脅かされる中で生じる集団としての看護チームに生じるダイナミクスから捉えることができると考える.

以上のことから,【チームで取り組む再発防止】が事故当事者の支援につながる形で相互作用が展開していくためには,医療事故がチーム全体に与える心理的影響に目を配り,《チーム内に生じる反応の把握》行い,《チーム全体の安心感の保証》のための支援と,看護師長の強いリーダーシップによる《チームで乗り越えるための方向づけ》が不可欠であるということだ.この点を無自覚なままスタッフを巻き込み,心理的安全感を脅かす事態となることは,チーム全体の混乱のみならず,その帰結として《患者の安全の脅かし》という事態になり得ることが示唆される.

2. 看護チームと看護師長への支援にむけた示唆

医療事故によってもたらされる看護チームへの影響は,事故そのものだけでなく,それ以前のチームとしての成熟度や機能レベル,困難に直面した際の不安や葛藤の生じ方とその乗り越え方によって様々であると考えられる.よって患者に重大な影響を与えた事故だけでなく,あらゆるレベルの事故において,チーム全体を視野に入れた支援体制を整えることが必要である.本結果から,事故発生後,《チーム全体の安心感の保証》のための方策として〈組織の支援の調整〉が示された.事故直後から現場に対する看護部門および組織の支援がスタッフの見えるような形で提供されることは必須である.

さらに集団としての看護チームに生じているダイナミクスをアセスメントし,チーム全体の心理的安全感を保証できるような支援を組み込んでいくことが重要である.例えば,精神看護専門看護師といった支援リソースの活用が挙げられる.事故以前からの相談活動を通して看護スタッフや看護師長との信頼関係が築けている場合には,予期せぬ事態の発生後に速やかに支援を導入できる可能性を高めるものとなろう.そして事故当事者や看護師長への個別の支援と同時に,看護チーム内に生じている葛藤を調整し,支援する役割を担うこともできる(福田,2004).またチーム全体に心理的影響が拡がる前に,事故後に生じやすい心理反応やストレス対処の方策について心理教育の機会を提供することでチーム全体の混乱を最小限にとどめることにも貢献できると考える.

謝辞:本研究にご協力いただいた看護師長の皆様,そして研究を纏めるにあたりご指導くださった野末聖香教授,戈木クレイグヒル滋子教授に心より感謝申し上げます.本研究は慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科に提出した博士論文の一部であり,公益信託山路ふみ子専門看護教育研究助成基金の助成を受けて行った.また本研究の一部を,第36回日本看護科学学会学術集会において発表した.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

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