2017 Volume 37 Pages 319-328
目的:精神科看護師の自尊感情の関連要因を患者に対する陰性感情経験も視野に入れて明らかにし,看護師支援策を検討する.
方法:9私立精神科病院に勤務する看護師737名を対象に質問紙調査を実施した.有効回答数は365名(49.5%)であった.調査内容は,基本的属性,職場環境要因,心理的健康,自尊感情尺度(Rosenberg, 1965;山本ら,1982)とし,自尊感情尺度合計得点を従属変数とした重回帰分析を行った.
結果:重回帰分析の結果,自由度調整済み決定係数は0.44であった.自尊感情尺度合計得点と有意な関連が認められた要因は,環境制御力,患者に対する陰性感情経験への嫌悪度,既婚,職位が主任,コーピング行動は当事者と話し合う手法をとる,最長勤務領域が外科系病棟,であった.
結論:患者に対する陰性感情への嫌悪感が過度にならない支援,患者を取り巻く精神科看護師も含めた人的・物的環境を制御する能力としての患者支援技術修得への支援,問題の当事者と話し合う対処方法修得への支援の重要性が示唆された.
Peplau H. E.(1952/1973)は,看護を「治療的な,対人プロセス」と位置づけ,患者の「パーソナリティの成熟を促す力である」と述べている.田中(2015)は,対人プロセスを通して対象の生活援助を行う点を,精神看護実践の特徴の一つとして重要視している.精神科看護師が対象とする患者は,その認知機能や判断能力に支障を来している場合があるため,精神科看護師は関わりのなかで患者の暴言や攻撃的・拒否的態度に遭遇することがある(奥田・浅野,2012;荒井ら,2009).その結果,時に患者に対して怒りや苛立ち,拒否感,嫌悪感,無力感,不安などの感情(以下,陰性感情)を抱く経験をする.加えて,そのことに対して抵抗感や罪悪感をもつ(松浦,2010).患者に対する陰性感情は,対人プロセスを重視する精神科看護師にとって切実な問題である.
ところで,自尊感情とは「自己に対する肯定的,あるいは否定的な態度」(Rosenberg, 1979)のことであり,自尊感情が高い状況とは,「自分自身への敬意をもっていることや,自分自身に価値があると思っている」ことを指す(Rosenberg, 1979).これは子どもや青年期の人々の発達にとって重要であるだけでなく,成人期の人々のWell-Beingにも影響すると言われている(松田・石川,2012).一般科看護師においては,自己効力感(澤田ら,2004),バーンアウトの回避(鈴木ら,2009),がん看護への前向きさ(渡邉・遠藤,2015)と自尊感情との関連が,一般科・精神科両看護師においては,ストレス対処能力(柴・吉川,2011)との関連が報告されている.種々の状況下で患者と真摯に向き合おうとする看護師にとって,自尊感情が維持されていることは重要なことである.
荻野ら(2004)は,対人援助職者が「感情ルールに従わない本当の感情を認識することが低い自尊心につながる」ことを指摘している.自尊感情の精神的健康(GHQ: General Health Questionnaire)への影響は,一般科看護師よりも精神科看護師の方に大きく(増田,2003),精神科看護師のGHQは一般勤労者よりも低いとの報告もある(布川・稲谷,2012).これらのことから,患者に対する陰性感情経験と精神科看護師の自尊感情との間には関連があることが予想される.しかし,これまでにそのような研究は報告されていない.
本研究の目的は,精神科看護師の自尊感情の関連要因を,患者に対する陰性感情経験も視野に入れて明らかにし,看護師支援策を検討することである.
本研究の概念枠組みを図1に示した.看護師の自尊感情に関連する先行研究,及び,精神科看護場面の特性を視野に入れ,精神科看護師の自尊感情の関連要因は,基本的属性,職場環境要因,心理的健康からなると考えた.
本研究の概念枠組み
基本的属性は,性別,年齢,経験年数,婚姻状況,勤務領域など(澤田ら,2004;撫養ら,2015)に加え,患者に対して陰性感情をもちながらケアした経験の有無,とした.職場環境要因は,給料などの勤務条件(澤田ら,2004),職場での対人関係,コーピング行動,職務満足感,周囲の支援,など(澤田ら,2004;柴・吉川,2011;布川・稲谷,2012;撫養ら,2015)に加え,「看護倫理と実践場面との違いへの戸惑い」(以下,看護倫理とのギャップ),「患者に対する陰性感情経験頻度測定尺度Negative Feeling toward Patient Frequency scale:以下,NFPF」(松浦・鈴木,2014)を用いた患者に対する陰性感情経験頻度とした.心理的健康は,Ryff(1989)のpsychological well-being概念に基づく西田(2000)による心理的well-being尺度の下位項目のうち,発達と可能性の連続上にいて,新しい経験に向けて開かれている感覚を示す「人格的成長」,複雑な周囲の環境を統制できる有能さの感覚を示す「環境制御力」,暖かく信頼できる他者関係を築いているという感覚を示す「積極的な他者関係」に加え,NFPFの各項目に対する嫌悪度を示す,患者に対する陰性感情経験嫌悪度,とした(図1).
東北地方にある,当該地域の精神科医療の中核的な役割を担う病院のうち,研究への承諾が得られた9私立精神科単科病院に勤務する看護師合計737名を対象とし,2014年5月~7月に調査を実施した.回収数は494名(67.0%).性,年齢,自尊感情尺度,NFPFの回答に欠損や重複がないものを有効回答とし,365名(49.5%)を分析の対象とした.
2. 調査内容質問内容は,Rosenberg(1965)によるSelf Esteem Scaleの邦訳版「自尊感情尺度」(山本ら,1982)を含め,表1に示した質問項目で構成した.
変数 | 質問項目および値 | |
---|---|---|
基本的属性 | 1)性別 | 男/女 |
2)年齢 | 年数 | |
3)婚姻状況 | 未婚/既婚 | |
4)所有資格 | 看護師・助産師・保健師・養護教諭 | |
5)経験年数 | 年数 | |
6)勤務領域 | ||
7)職位 | スタッフ・主任または師長補佐・師長 | |
8)陰性感情経験の有無 | 有/無 | |
職場環境要因 | 1)対人関係 | 「職場の対人関係に満足していますか」で回答を求め,「大変満足」,「やや満足」,「やや不満」,「大変不満」から1つ選択するように求めた.満足度が低いほど点数が高くなるように設定した. |
2)給料 | 給与について,「大変満足」,「やや満足」,「やや不満」,「大変不満」から1つ選択するように求めた.満足度が低いほど点数が高くなるように設定した. | |
3)看護倫理とのギャップ | 「あなたの認識のなかの看護倫理と実践場面との違いに戸惑ったことがどの程度ありましたか」で回答を求め,「よくある」,「時々ある」,「ほとんどない」,「全くない」から1つ選択するように求めた.戸惑う頻度が低いほど点数が高くなるように設定した. | |
4)超過勤務 | 「1週間あたりの超過勤務時間はどのくらいですか」で回答を求め,「超過勤務なし」,「1~3時間」,「4~6時間」,「7~9時間」,「10時間以上」から1つ選択するように求めた.超過勤務時間が多いほど点数が高くなるように設定した. | |
5)仕事量 | 「大変多い」,「やや多い」,「やや少ない」,「大変少ない」から1つ選択するように求めた.仕事量が少ないほど点数が高くなるように設定した. | |
6)やりがい | 「仕事の内容にやりがいを感じていますか」で回答を求め,「かなりそう思う」,「ややそう思う」,「あまりそう思わない」,「全くそう思わない」から1つ選択するように求めた.やりがいを感じない方が点数が高くなるように設定した. | |
7)イライラ感 | 「あなたは仕事中にイライラすることがどの程度ありますか」で回答を求め,「よくある」,「時々ある」,「ほとんどない」,「全くない」から1つ選択するように求めた.得点は,イライラ感をもつ機会が多いほど点数は小さくなるように設定した.データ処理をする際は,イライラ感をもつ機会が多いほど得点が高くなるように整理した後に統計分析を行った. | |
8)コーピング行動 | 「職場でつらい,嫌な,困ったできごとを体験した時,あなたがとりがちだと思われる行動を以下のうちから一つお答えください」1.その問題には関わらないようにする.2.問題の原因となった自分の行動ややり方を変える.3.その問題の関係者・当事者と話し合う.4.酒や薬に頼る. | |
9)職場での相談相手(複数回答) | 相談相手の有無をたずね,「有」と回答した者について,「後輩」,「同僚」,「先輩」,「上司」,「職場以外のひと」の中で該当するものすべてを選択するように求めた. | |
10)異動の希望 | 「希望はない」,「病棟を変わりたい」,「病院を変わりたい」,「全く別の仕事に就きたい」から1つ選択するように求めた.異動の希望先が外部に向いているほど点数が高くなるように設定した. | |
11)患者に対する陰性感情経験頻度(NFPF*) | 松浦・鈴木(2014)によるNFPF尺度.「患者に,あげ足をとられたり,言いがかりをつけられてつらくなった」など患者に対する陰性感情経験をたずねる20項目からなる質問に対して,「ほぼ毎日」(6点)から「全くない」(0点)までの7件法のスタイルで回答する. | |
心理的健康 | 1)患者に対する陰性感情経験嫌悪度 | NFPFの20項目の質問に対して,「そう感じる自分をとても嫌だと思う」(4点)から「そう感じる自分のことを全く嫌だとは思わない」(1点)までの4件法のスタイルで回答する. |
2)人格的成長 | 西田(2000)による心理的well-being尺度の下位項目.「これからも,私はいろいろな面で成長し続けたいと思う」,「新しいことに挑戦して,新たな自分を発見するのは楽しい」など,発達と可能性の連続上にいて,新しい経験に向けて開かれている感覚についてたずねる8項目からなる質問に対して,「非常にあてはまる」(5点)から「全くあてはまらない」(1点)までの5件法のスタイルで回答する. | |
3)環境制御力 | 西田(2000)による心理的well-being尺度の下位項目.「私は,うまく周囲の環境に適応して,自分を生かすことができる」,「状況をよりよくするために,周りに柔軟に対応することができる」など,複雑な周囲の環境を統制できる有能さの感覚をたずねる6項目の質問に対して,「非常にあてはまる」(5点)から「全くあてはまらない」(1点)までの5件法のスタイルで回答する. | |
4)積極的な他者関係 | 西田(2000)による心理的well-being尺度の下位項目.「私は,あたたかく信頼できる友人関係を築いている」,「私は他者といると,愛情や親密さを感じる」などの,暖かく,信頼できる他者関係を築いているという感覚をたずねる6項目の質問に対して,「非常にあてはまる」(5点)から「全くあてはまらない」(1点)までの5件法のスタイルで回答する. | |
自尊感情 | Rosenberg(1965)によるSelf Esteem Scaleの邦訳版「自尊感情尺度」(山本ら,1982).「少なくとも人並みには,価値のある人間である」など,自分はこれでよいと感じる程度たずねる10項目からなる質問に対して,「あてはまる」(5点)から「あてはまらない」(1点)までの5件法のスタイルで回答する. |
* NFPF(Negative Feeling toward Patient Frequency scale)
「自尊感情尺度」は10項目からなり,「あてはまる」から「あてはまらない」の5件法で,得点可能範囲10~50,高得点ほど自尊感情が高いことを表す.信頼性,妥当性共に高いと報告されている(山本ら,1982).なお本質問紙は,原著作者及び翻訳者死去のため,著作権は設定されていない.
患者に対する陰性感情経験頻度の測定に使用したNFPFは,「患者のわがままや過度な訴えに対して看護師側がもつ陰性感情Negative Feeling toward Patient Frequency-Active scale」(以下,NFPF-A)12項目,「患者からのおびやかしや拒否的な態度から看護師に受け身的に生じる陰性感情Negative Feeling toward Patient Frequency-Passive scale」(以下,NFPF-P)8項目,合計Negative Feeling toward Patient Frequency-Total scale」(以下,NFPF-T)20項目からなり,ここ1年程度の経験について問うものである.「全くない」から「ほぼ毎日」の7件法で,得点可能範囲0~120,高得点ほど経験頻度が高いことを表す.信頼性,妥当性は検証されている(松浦・鈴木,2014).
陰性感情への嫌悪度は,NFPFの20項目について,「そう感じる自分を嫌だと思う程度」をたずねた(以下,NFPF-Aについては嫌悪度A,NFPF-Pについては嫌悪度P,NFPF-Tについては嫌悪度T).「そう感じる自分をとても嫌だと思う」から「そう感じる自分を全く嫌だとは思わない」からなる4件法で,得点可能範囲20~80,高得点ほど嫌悪度が高いことを表す.
NFPF作成段階での対象は一般科看護師であったため,今回の分析にあたり尺度構成検討のために因子分析を行った(最尤法・プロマックス回転).制作時に準じて因子負荷量0.4以下を除外対象としたが,該当項目はなく,制作時同様に2因子が抽出されたため,尺度構成を変更せずに分析検討に使用した.クロンバックα係数はNFPT-T = 0.96,NFPT-A = 0.94,NFPF-P = 0.91であった.なお本質問紙使用にあたって,原著者の承諾を得た(2014年4月).
3. 分析方法すべての変数について記述統計量を算出した.基本的属性,職場環境による自尊感情尺度平均得点の差の有無を検討するために,Mann-WhitneyのU検定,またはKruskal-Wallis検定による多群比較を行った.間隔尺度変数であるNFPFおよび心理的健康に関しては,自尊感情尺度合計得点との相関係数を算出した.自尊感情との関連要因を明らかにするために,自尊感情尺度合計得点を従属変数,基本的属性,職場環境要因,心理的健康を独立変数とし,重回帰分析を行った.その際,基本的属性は強制投入,それ以外は変数増減法により変数の選択を行った.
自尊感情尺度平均得点の分析に当たり,基本的属性のうち経験年数は,看護師の成長段階などを考慮し,1年,2年以上5年未満,5年以上10年未満,10年以上15年未満,15年以上20年未満,20年以上の6つに区分した.最長勤務領域については,精神科病棟,外科系病棟,外来,内科系病棟,その他の5値変数に,現在の勤務領域については,精神科病棟,精神科外来,その他の3値変数に変換し,現在の職位は,スタッフ,主任,師長の3値変数に変換した.
重回帰分析に当たり,職場環境要因のうち,超過勤務時間は間隔尺度であるためそのまま取り扱った.順序変数は2値変数に変換した.具体的には,職場対人関係および給料は,「大変満足・やや満足」「やや不満・大変不満」,看護倫理とのギャップは,「よくある・時々ある」「ほとんどない・全くない」,仕事量は,「大変多い・やや多い」「やや少ない・大変少ない」,やりがいは,「かなりあると思う・ややそう思う」「あまりそう思わない・全くそう思わない」,イライラは「よくある・時々ある」「ほとんどない・全くない」とした.名義変数(性別,婚姻状況,勤務領域,職位)はそれぞれ2値型のダミー変数に変換した.多重共線性を回避するため,年齢,NFPF-T,嫌悪度Tを独立変数から除外した.多重共線性の診断の結果,すべての変数でVIF(Variance Inflation Factor)は10以下であった.統計解析ソフトPASW Statistic23を使用し,有意水準は5%とした.
4. 倫理的配慮各施設の看護部長に研究の趣旨と方法について口頭と文書で説明して調査への協力を依頼した.調査対象者には,文書で研究の趣旨と方法,協力の任意性,回収袋への投函をもって同意とみなすこと,データは本研究の目的以外には使用しないことなどを説明した.回答後は質問紙を封入のうえ,回収袋への投函を求め,提出・未提出の別が特定されないように配慮した.国際医療福祉大学倫理審査委員会の審査を受け承認を得たうえで,実施した(承認番号13-Io-196).
性別は,男性111名,女性254名であった.年齢は平均43.3歳(SD = 11.4),経験年数は平均20.3年(SD = 11.5),自尊感情尺度平均値は30.69であった.既婚が未婚よりも有意に高かった.陰性感情を伴うケア経験の有無は,91%が有だったが,自尊感情尺度の平均得点間に有意差はみられなかった(表2).
基本的属性別自尊感情尺度平均得点
N = 365
職場対人関係に満足感をもっている,給料に満足感をもっている,看護倫理とのギャップを感じることがほとんどない,やりがいがある,イライラ感がない,コーピング行動は話し合う手法をとる,異動希望がない精神科看護師の自尊感情尺度の得点が,有意に高かった(表3).
職場環境要因別自尊感情尺度平均得点
N = 365
平均得点とのPearsonの積率相関係数を求めたところ,患者に対する陰性感情経験頻度については,NFPF-A r = –0.26(P < 0.01),NFPF-P r = –0.23(P < 0.01),NFPF-T r = –0.26(P < 0.01)であった.患者に対する陰性感情経験嫌悪度については,嫌悪度A r = –0.26(P < 0.01),嫌悪度P r = –0.23(P < 0.01),嫌悪度T r = –0.25(P < 0.01)と,頻度,嫌悪度ともに,自尊感情尺度得点との間に有意な負の相関がみられた.環境制御力r = 0.52(P < 0.01),積極的他者関係r = 0.28(P < 0.01)とは有意な正の相関がみられた(表4).
平均値±S.D. | 自尊感情尺度平均得点との相関係数 | ||
---|---|---|---|
陰性感情経験頻度 | NFPF-A1) | 25.02 ± 16.70 | –.26** |
NFPF-P2) | 25.02 ± 16.70 | –.23** | |
NFPF-T3) | 36.31 ± 24.90 | –.26** | |
心理的健康 | 嫌悪度A4) | 28.53 ± 8.10 | –.26** |
嫌悪度P5) | 18.13 ± 5.53 | –.23** | |
嫌悪度T6) | 46.67 ± 13.39 | –.25** | |
人格的成長 | 29.62 ± 5.41 | .18** | |
環境制御力 | 19.51 ± 3.97 | .52** | |
積極的他者関係 | 20.09 ± 3.51 | .28** |
*:P < .05 **:P < .01:有意な相関(ピアソンの積率相関)
1)NFPF-A:Negative Feeling toward Patient Frequency-Active scale
2)NFPF-P:Negative Feeling toward Patient Frequency-Passive scale
3)NFPF-T:Negative Feeling toward Patient Frequency-Total scale
4)嫌悪度A:NFPF-Aに対する嫌悪度
5)嫌悪度P:NFPF-Pに対する嫌悪度
6)嫌悪度T:NFPF-Tに対する嫌悪度
自尊感情尺度合計得点を従属変数とし,基本的属性,職場環境要因,心理的健康を独立変数として重回帰分析を行った.自由度調整済み決定係数は0.44であった.環境制御力(β = 0.36, P < 0.01),嫌悪度A(β = –0.33, P < 0.05),既婚(β = 0.16, P < 0.01),職位が主任(β = 0.16, P < 0.05),コーピング行動は「話し合う」(β = 0.12, P < 0.05),最長勤務領域が外科系病棟(β = 0.11, P < 0.05)であることが,看護師の自尊感情尺度合計得点に関連していた(表5).
説明変数 | β | |
---|---|---|
基本的属性 | ||
性別a | –.09 | |
婚姻状況b | .16** | |
経験年数 | .11 | |
最長勤務領域 | ||
精神科病棟 | .02 | |
外科系病棟 | .11* | |
外来 | .04 | |
内科系病棟 | .01 | |
現在の勤務領域 | ||
精神病棟 | .11 | |
精神外来 | .04 | |
その他 | .09 | |
現在の職位 | ||
スタッフ | .13 | |
主任 | .16* | |
陰性感情の有無c | .00 | |
職場環境要因 | ||
対人関係d | .00 | |
給料e | .01 | |
看護倫理とのギャップf | –.03 | |
超過勤務 | .08 | |
仕事量g | –.09 | |
やりがいh | .10 | |
イライラ感i | –.06 | |
コーピング行動 | ||
関わらない | .02 | |
話し合う | .12* | |
酒薬 | –.06 | |
職場での相談相手 | ||
後輩 | .08 | |
同僚 | .01 | |
先輩 | –.12 | |
上司 | –.01 | |
職場以外 | –.04 | |
異動の希望 | ||
別の病棟 | –.04 | |
別の病院 | –.10 | |
別の仕事 | .00 | |
陰性感情経験頻度 | ||
NFPF-A j | .03 | |
NFPF-P k | –.06 | |
心理的健康 | ||
陰性感情経験嫌悪度 | ||
嫌悪度A l | –.33* | |
嫌悪度P m | .15 | |
人格的成長 | .12 | |
環境制御力 | .36** | |
積極的他者関係 | .09 | |
R2乗 | .52** | |
調整済みR2乗 | .44** |
*:P < .05,**:P < .01
a:男性=1 女性=2.b:未婚=1 既婚=2.c:経験あり=1 経験なし=2.d:職場対人関係 大変満足・やや満足=1 やや不満・大変不満=0.e:給料 大変満足・やや満足=1 やや不満・大変不満=0.f:看護倫理と実践場面との違いの戸惑い よくある・時々ある=1 ほとんどない・全くない=0.g:仕事量 大変多い・やや多い=1 やや少ない・大変少ない=0.h:やりがい かなりあると思う・ややそう思う=1 あまりそう思わない・全くそう思わない=0.i:イライラ よくある・時々ある=1 ほとんどない・全くない=0.j:NFPF-A:Negative Feeling toward Patient Frequency Active scale. k:NFPF-P:Negative Feeling toward Patient Frequency Passive scale. l:嫌悪度A:NFPF-Aに対する嫌悪度. m:嫌悪度P:NFPF-Pに対する嫌悪度.
既婚者であること,最長勤務領域が外科系病棟であること,現在の職位が主任であることと自尊感情尺度得点との間に有意な正の関連がみとめられた.
中尾ら(2006)は,女性看護師の精神的健康について,既婚者よりも未婚者に抑うつ感が高い傾向を指摘している.田中ら(2012)は,看護実践能力はスタッフ看護師よりも主任・師長が有意に高いと報告している.キャリアを積んだ看護師は,遭遇した問題に対して積極的対処行動をとる傾向がある(梶谷ら,2012).また外科領域は,看護援助のなかで技術的実践能力を求められる場面が多い.効果的な問題対処行動や高い看護実践能力を活用すれば,ストレスが高まることを予防でき,自尊感情の維持にもつながると考える.
以上より,精神科での臨床経験を重ねた看護師による,患者支援技術などの看護実践スキル修得のためのサポートが,支援策として効果的であることが示唆された.
2. 職場環境要因と自尊感情問題の当事者と「話し合う」コーピング方法をとることと自尊感情尺度得点との間に,有意な正の関連がみとめられた.問題への積極的対処行動の方が,回避的対処行動よりもストレス緩和に有効である.鈴木ら(2009)は,スタッフ間で自分の意見や考えを適切に述べるスキルの獲得が,精神保健上重要であると指摘している.自尊感情が高いとストレス対処能力も高いと言われている(柴・吉川,2011).本研究結果は先行研究を支持するものであった.
以上より,看護師支援策としては,当事者と話し合う問題対処方法を身につけるための支援が効果的であることが示唆された.
3. 心理的健康と自尊感情 1) 陰性感情経験嫌悪度と自尊感情看護師は一般に,患者の「尊厳を保つ権利,敬意のこもった看護を受ける権利」の尊重という価値観や(日本看護協会,2007),「共感的理解」への志向性を持ち合わせている(荻野ら,2004).しかし,患者からネガティブな反応を受けて,看護師としての価値観とは正反対の心境に陥る.松岡(2006)は,理想自己と現実自己とのズレと自尊感情との間の負の相関関係を,生涯発達の視点から指摘している.本研究結果は,患者との相互作用に直接的に起因する「ズレ」が自尊感情と関連することを示しており,また,関連がみとめられた要因のなかで2番目に強い影響を示していた.これは,患者との良好な関係性を重視する価値観が精神科看護師の中に根強いことを裏づけるものと考える.しかしその一方で,陰性感情経験の頻度と自尊感情との間には有意な関連はみとめられなかった.水溪ら(2011)は,精神科における感情労働が一般診療科のそれよりも負の影響が少ないことを報告し,長期入院患者が多いことによる患者・看護師関係の特性が背景にあることを指摘している.また,本研究対象者の臨床平均経験年数は,20.3年であった.キャリアを積んだ精神科看護師は,患者に対する陰性感情を,自尊感情への負の影響が少ない形で対処することができていると考えられる.
以上より,看護師支援策としては患者に対する陰性感情経験の回数減よりも,嫌悪感の程度に着目した支援が効果的であることが示唆された.また,キャリアを積んだ看護師の対処方法を,嫌悪感をもちやすい精神科看護師や経験年数の浅い精神科看護師に伝える機会を確保することも,効果的な支援策と考える.
2) 環境制御力と自尊感情自尊感情尺度合計得点に関連する要因全体の中で,最も強い影響力を示していたものが,「環境制御力」であった.松田・石川(2012)は,職業性ストレスへのレジリエンスに結びつくものとして,困難な状況下において自己を取り巻く環境を上手くコントロールして環境に影響を与える能力が重要であると指摘している.本研究結果は,これを支持するものであった.
ところで,精神科においても患者の自己決定は重視される.しかし決定主体の患者は,その認知機能や判断能力に支障を来している場合もあるため,その実践は容易ではない(小山,2013).精神科看護師は患者の「揺らぎ」に寄り添い,思考や感情の意識化,明瞭化,言語化を支援し,患者が最善の選択ができるように関わる(小山,2013).この時,患者を取り巻く,精神科看護師自身も含む環境を制御する支援技術が重要になる.「環境制御力」には,「自分の周囲にある機会を効果的に使うことができる」(Ryff, 1989)感覚も含まれている.
以上より,精神科看護師支援策としては専門技術・知識修得への支援に加え,看護師が自分の周囲の人的・物的資源やあらゆる機会を有効に活用することの重要性を改めて認識し,その実践を推奨する支援が効果的であると考える.
1 精神科看護師の自尊感情尺度合計得点と有意な関連がみられた要因は,環境制御力,患者に対する陰性感情経験嫌悪度,既婚,職位が主任,コーピング行動は当事者と話し合う手法をとる,最長勤務領域が外科系病棟,であった.
2 自尊感情低下防止には,a)患者に対する陰性感情への嫌悪感が過度に募ることのないようするための支援,b)患者を取り巻く,精神科看護師も含む人的・物的環境の制御能力としての患者支援技術修得への支援,周囲の人的・物的資源や機会の活用への支援,c)職場で困った出来事に遭遇した時に,問題の当事者と話し合う対処方法修得への支援の有効性が示唆された.
対象が特定地域に限定されているため結果を一般化することが難しく,一部の欠損データを分析対象から除去していることによる影響が想定される.また,横断研究であるため因果関係には言及できない.今後,関連因子との因果関係,陰性感情経験嫌悪度の差の要因についてのさらなる検証が課題である.
謝辞:研究にご協力くださった看護師の皆様に,心より感謝申し上げます.なお,本研究は公益財団法人上廣倫理財団平成25年度研究助成を受けて実施した.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:ESは研究の着想およびデザイン,統計解析への助言,原稿への示唆および研究プロセス全体への助言に貢献;RMは研究の着想およびデータ収集,統計解析の実施,原稿作成.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.