Journal of Japan Academy of Nursing Science
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The Changes in Nursing Practice in the Central Hospital in Lao People’s Democratic Republic—Action Research Study—
Junko MatsuoChiharu Akazawa
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2017 Volume 37 Pages 344-352

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Abstract

目的:ラオス中核病院で働く看護師の臨床判断の特徴から,看護実践の課題を抽出し,課題への取り組みを実践するアクションリサーチ(以後ARと表記)を通して,看護実践がどのように変化したのかについて,終了時の臨床判断の特徴から明らかにし,AR過程で看護実践に変化をもたらした要因について検討する.

方法:研究協力看護師17名とARグループを作り,3段階のAR過程をとった.AR開始前・終了時に研究協力者に対し,実践したケアについて半構造化面接を行い,データをタナーの臨床判断モデルを利用して質的分析を行い,会議記録を内容分析した.

結果:臨床判断の特徴から,4つの看護実践課題を抽出した.AR過程によって,パターン化した看護師の臨床判断の特徴は,個の患者へ焦点化され,看護実践の変化をもたらした.

結論:AR過程を通して,看護実践に変化が認められ,2つの変化要因が認められた.

Ⅰ. はじめに

ラオス人民民主共和国(以後ラオスと表記)は,国連の指定する後発開発途上国で,フランス統治から1975年の革命を経て社会主義国家となり,1980年代の市場原理導入以後,海外からの支援が拡大した.看護に対する外国の支援は,これまで,保健医療データや,看護に関わる枠組み,看護人材の量と質を指標として,制度整備,教育整備,人材育成の支援といった,看護を取り巻く環境への支援が主に行われてきた.日本とラオスの関係は,1955年の外交関係樹立に始まり,看護助産分野に対する日本の支援は,1968年の青年海外協力隊派遣から始まった(橋本,2010).2005年から5年間にわたる国際協力機構(以後JICAと表記)母子保健人材育成プロジェクトによって,「看護助産規則」や「看護業務範囲ガイドライン」等,人材育成強化に係る法的枠組みの整備支援が行われた(JICA, 2008).

このような支援を受けているラオスの看護の現状について,高田ら(2010)は,日本とラオスの看護技術の差異として,ラオス人看護師の不正確な技術,勤務中の飲食,患者への説明不足等の看護の基本姿勢と態度,家族が中心に位置する看護ケア実施者について述べている.またHarimanana et al.(2013)は,てんかん患者のケアについて調査し,医師も看護師も疾患や治療についての知識が不十分で,間違った認識をしているものも多いと報告し,Duysburgh et al.(2014)は,新生児ケアについて調査し,この20年で母子保健に関する政策やガイドラインはできたものの実践に生かされず,貧弱であると述べている.さらに2012年から開始された,JICA母子保健人材育成強化プロジェクトによる調査では,看護業務範囲ガイドラインと臨床現場とのギャップや,看護過程の実施不足が課題として指摘された(Otomo, 2013).これを受けて,同プロジェクトは,2013年から首都の中核病院で,看護過程研修を開催し,看護記録用紙を導入した.当時,A病院看護部に所属していた筆者はこれに協力したが,現場の管理者からは,どの患者の看護計画も同様であり,実際のケアや日々の経過記録内容に看護計画が反映されていないとの指摘があった.いずれも医療や看護に関わる制度等の環境の変化に比較して,臨床現場が変化することの難しさを表している.

こうした現場の問題要因を検討する目的で筆者は,現在病院で働く看護師の看護教育背景を調査した.その結果,現看護師は,ラオスの政情や教育制度が急速に変化した時代に看護教育を受けているために,教育の背景が多様であることが明らかになった.そして,現在の看護実践を担う人材の主流は,2.5年~3年間の看護教育を受けた看護師であり,そのカリキュラムの特徴として,看護系科目が少なく,看護の専門性を認識するための教育や,看護的視点で考察するための拠り所となる基礎的看護の知識に対する教育が不足していた(松尾ら,2017).

以上から,ラオスの看護を取り巻く環境が,徐々に向上していく段階に相応して,現場の看護実践もまた,変化していくことが,今後の重要課題であると考えられる.そのためにまずは,現状の看護実践の課題を明らかにする必要があり,特に,現看護師の教育背景の特徴から,看護師の思考に焦点を当てる必要があると考えた.さらに2013年から開始された現場での看護過程の導入は,看護師の看護的視点に一定の方向性や思考パターンを提供することはできたとしても,日々ベッドサイドで遭遇する複雑な状況に対し,看護師が,どのように判断し行動するかについては,看護過程では捉えきれない.これは,看護師の臨床判断を指しており,看護実践の現状を,臨床判断に焦点をあて,Tannerの臨床判断モデル(Tanner, 2006)を利用して明らかにすることができるのではないかと考えた.そしてそこから看護実践の課題を抽出し,課題への取り組みによる看護実践の変化を,この臨床判断の特徴を指標にすることで,捉えることができるのではないかと考えた.

Ⅱ. 用語の定義

看護実践:現場における,その時,その時の看護師の臨床判断によって展開された,患者や家族に対する一連のケアの過程

臨床判断:看護師が,そのときの患者の状況に対し,何らかの予期をし(気づき),データの意味を解釈し(解釈),行為を決定・実践し(反応),患者の反応によって行為の調整を行う(内省)ものである.それは学問的知識とともに臨床経験で得られた実践の知識に支えられており,行為の結果を内省(内省)することで,実践の知識に蓄えられる.

Ⅲ. 研究目的

ラオス中核病院で働く看護師の臨床判断の特徴から,看護実践の課題を抽出し,課題への取り組みを実践するアクションリサーチ(以後ARと表記)を通して,看護実践がどのように変化したのかについて,終了時の臨床判断の特徴から明らかにし,AR過程で看護実践に変化をもたらした要因について検討する.

Ⅳ. 研究方法

1. 研究デザイン

本研究は,ARのエンハンスメントアプローチを選択した.エンハンスメントアプローチは弁証と研究者との間の対話であり,弁証法を使って,実践者が全く知らないでいることや誤って理解していることを彼らに意識させる.この手法には自己内省が必要で,研究者はどのような改善を必要とするか前もって理解することによって,実践者の自己内省を促進する(稲吉,2001)とされ,研究者が看護実践の課題を理解した上で,現場看護師の自己内省を促す働きかけを行い,看護師自らが変化することを目指したいと考え,この手法を選択した.

2. 研究協力者

ラオスの中核病院であるA病院管理者を通じて参加病棟を募集した.参加協力の得られたB病棟へ赴き,文書と口頭で研究内容を説明し,同意を得た17名の看護師を研究協力者とした.

3. ARの進め方

草柳(2010)のアクションリサーチの進め方を参考に第一段階で,研究協力者と研究者で,看護実践の課題を出し合い,どうなりたいかについて「願い」の表出をした.第二段階で,「願い」対する計画立案を行い,その後,実践と実践後の評価,行動計画の修正を行い,第三段階で,修正した計画を実践,評価し,自分達の看護実践の変化について話し合った.看護師との日々のコミュニケーションは英語とラオス語で行われたが,会議とインタビューは,全てラオス語で行い,日本語通訳者が同席した.

4. データ収集方法

1) AR開始前・終了時の面接

臨床判断の特徴を知り,課題を抽出することと,AR後の変化を知ることを目的に研究開始前・終了時に研究協力者に対し,最近の看護実践について,インタビューガイド(表1参照)を用いて個室に準ずる環境で30分程度の半構造化面接を行った.インタビュー者数は,ベッドサイドで看護実践を行わない管理者を除き,AR開始前14名(17名中管理者3名),AR開始後11名(17名中管理者4名(1名管理業務に変更)1名進学のため休職,1名出産休暇)であった.面接内容は,研究協力者の同意を得た後,録音し,その後,日本語で逐語録を作成した.

表1 インタビューガイド
今日,あるいは最近,患者へ行ったケアで,うまくいったと感じたケアと,困った,あるいはうまくいかなかったケアついて説明してもらう
1 状況の説明(どこで誰がどうだったのか,周囲の状況はどうだったのか)
2 まず初めにその状況で何を感じたか
3 それはどのような意味をもつと推測されたか.これからどのようになると予測されたか
4 それでどうしようと思ったのか,なぜそうしようと思ったのか
5 何をどのように行ったか
6 ケア中に患者あるいは家族はどのようであったか.それに対してどのように感じ,どうしたか
7 ケア終了後,患者の反応を確認したか?それはどのようであったか
8 患者の反応に対してどのように感じたか
9 自分が行ったケアに対して現在どのような感想をもっているのか

2) AR過程で行われた会議記録

研究協力者と研究者によって行われた,看護振り返り会議の8会議の記録とAR最終会議の記録を使用した.研究者の記録は日本語で記載,看護師のラオス語の記録は,英語可能な看護師の協力によって英語へ翻訳後,日本語に訳した.

5. データ分析方法

1) AR開始前・終了時の面接

全看護師の逐語録をラベルにし,Tannerの臨床判断モデルの4要因に沿って分類後,臨床判断の特徴を知ることをテーマに,それぞれ質的統合分析法(KJ法)による分析を行った.質的統合分析法(KJ法)は,実践知の構築という観点から非常に有効(山浦,2012)であり,各看護師が語る事例の混沌としたデータから秩序を生み出し,実践知につなげる分析方法として有効であると考えた.分析の全段階で,日本にいる質的統合分析法(KJ法)認定指導者から電子メールとSkype,及び帰国時面接によりスーパーバイズを受けた.

2) AR過程で行われた会議記録

開始前インタビューの質的分析結果を踏まえ,事例の振り返りを進行していく中で,看護師の発言内容の変化を量的に,より客観的に知る方法として,WordMiner ver 1.1を使用した内容分析を採用した.

6. 倫理的配慮

研究者の所属施設で倫理審査を経た後,対象病院から研究許可を得た.さらにラオス国立公衆衛生研究所の倫理審査を経て,ラオス保健省から研究許可を得た.研究協力者に対して,ラオス語文書と口頭によって,研究の目的と意義,研究方法,研究参加の任意性,中断の自由の保証,個人情報の保護,データ管理方法,研究成果の学会誌での発表について説明をし,同意を得た.

Ⅴ. 研究結果

最初に,AR開始前の看護師の臨床判断の特徴と看護実践の課題を述べ,次にAR過程と会議の分析結果を述べ,最後に研究終了時の臨床判断の特徴と看護実践の変化について述べる.

1. ラオス人看護師の臨床判断の特徴と看護実践の課題

1) AR開始前面接の質的統合分析(KJ法)結果(「 」はシンボルマーク)

面接をした看護師は14人で,一人当たりのラベル数は,13~42枚,一人平均約23枚で,計324枚であった.4要因毎のラベル総数は,「気づき」99枚,「解釈」50枚,「反応」95枚,「内省」80枚であった.以下に4要因それぞれの分析結果を述べる.

気づき:看護師は,「情報収集の重要性」を認識して,ゴードンの11の機能的健康パターン(Gordon, 2006/2010)(以後11パターンと表記)のアセスメント用紙で情報収集をしながら,「標準的治癒過程との相違」や,さらに「術後合併症予防の視点」で患者のセルフケアの問題に気づいていた.また,このような経験を通して,「対処可能な技術」を獲得していきながら,さらにこれらの視点を強化していた.同時に「治療の困難さ」や,さらに文化的差異のある家族への「家族ケアの困難さ」に苦慮していることは,11パターンでの情報収集を試みているものの,日常業務において,標準的経過の範囲内で捉えられたアセスメントに終始しており,そのため,焦点を絞った情報収集へと深めることができていないといえた.この結果,標準外の状況にある患者に対しても同様に,現状を十分にアセスメントできないまま手順を重視した気づきに終わっている可能性があった.

解釈:「11パターンの情報のアセスメント」を行いながらも医師の指示と一般的手順に従った「ルーチン業務内で捉えた考察」や「術後観察結果の判断」と,患者の不適応行動を全て治癒状況や術後過程などの情報不足による不安との関連性で捉える「経験に基づく心理的側面の考察」を行っていた.その結果,ルーチン業務で対処困難な「緊急性の判断」や「高齢者のケアに対する適応困難」に苦慮しているが,これは,前もったリスクの推測や,高齢患者の個別的アセスメントが不足していることを示唆していた.

反応:「標準的術前術後看護」として観察や処置と食事・離床の指導を行い,さらに「患者・家族の精神的不安への看護」と「11パターンのアセスメント看護」によって患者の文化,宗教などの背景や疾患と食事の関係性を踏まえた術前術後経過の説明を行っていた.同時に「緊急時の対応」や「身体的苦痛への看護」など,「標準外の看護」も行うが,時に手順を優先した「標準外術前患者への不十分な対応」という,患者のニードを適切に捉えないままケアを行うこともあるといえた.

内省:ケアに対する反応について「患者の客観的状況から異常の有無で評価」,「患者・家族の表情・感謝から満足度として評価」,「指導に対する反応を患者家族の態度・行動から協力度として評価」を行い,またそれらを「看護師間でケアの共有」をしているが,時に,患者の反応からでなく「看護師自身のケア実践内容と量によってケアの有効性を評価」していた.また同時に,緊急事例や治療困難事例のような「標準外の医療処置経験によって得た看護師の知見」によって,「患者や家族が喜ぶサービス」を理解するが,これら新たな医療技術や視点が,日常業務に反映されないためにリスク予防の考察が不足しているといえた.

2) 看護実践の課題

以上の分析結果を考察し,看護実践について,1)11パターンの情報収集を試みてはいるが,依然として,ルーチン業務に制限された情報収集とアセスメント,ケアを実践している,2)アセスメントに患者の個別的視点が不足している,3)標準外の状況にある患者にも標準的手順をあてはめようとする,4)標準外の事例経験により,医療処置技術・観察点・患者や家族の精神的ケアの知見を得るが,ここで得たことが普段のルーチン化したケアへの振り返りになっていない,という4つの課題を抽出した.

2. AR過程(表2参照)

1) 第一段階

ARの全過程を通して,研究協力者の一人であるB病棟担当スーパーバイザー(以後SVと表記)と研究者は日々コミュニケーションをもち,SVが,研究者の意図を理解した上で会議を進行し,また病棟看護師の思いを汲み上げて研究者に伝える等,研究者と看護師間の調整役となった.

初回AR会議では,看護過程研修後,患者情報の幅は広がったものの,個別的視点へ結びつかない看護実践の課題を念頭に,これまでの看護過程導入経過を振り返った.どの看護師も,標準的なケアを提供できるようになったという肯定的な意見を持っていた.次に標準的ケアと個別的ケアの相違について学習会をもち,現在の看護実践の課題を議論した.その結果,ケアのマニュアルはあっても,自分達が実際に行ったケアの根拠が曖昧で,患者に十分な説明ができていない等の意見から,「自分達の看護を説明できるようになる」,「自分達自身で積極的に学習する病棟になる」という二つの「願い」が抽出された.

表2 アクションリサーチ過程
アクション項目 2015年 2016年 2017年
3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 3
第1段階 ①フィールドを知る(2013年8月~2014年2月)
②研究協力者募集 病院・看護部 研究許可
研究協力病棟決定
研究協力者決定
③願いの表出 AR会議
第2段階 ①実践方法計画立案 AR会議(計画立案)
②実践・実践の振り返り・計画修正 勉強会
NR
第3段階 第2段階②継続 看護振り返り会議 ●● ●●
NR
AR会議(評価)

●は実施を示す

2) 第二段階

AR会議で,立案された初回計画は,週1回,朝の引継ぎ後,問題のある患者のナーシングラウンド(患者のベッドサイドで当直の担当看護師が日勤帯の担当看護師,リーダー看護師へ患者の現状とケアについて説明後,意見交換)と,月1回の勉強会開催であった.ナーシングラウンド(以後NRと表記)は,学士看護師がリーダーとなって実施されたが,時間・準備の負担から2か月後中断された.勉強会は,研究者の企画で,看護師の希望を取り入れて開催し,看護師の関心も高かった.この評価および,面接の分析結果から,事例の患者について,すでに持っている情報を出し合った後に,疾患や治療の勉強会を経て,再度情報収集を行い,集めた情報を組み立てながらアセスメントし,自分達の実施したケアについて考える「看護振り返り会議」へと修正した.またNRは,担当者表を作成し,責任を明らかにして再開することとなった.

3) 第三段階

「看護振り返り会議」は,計9回,毎回7~13人の看護師が参加し,1時間半~2時間開催された(表3参照).事例は,事例1「術後腹膜炎合併により死亡した僧侶」と事例2「腎結石術後耐性菌感染を合併した患者」の2事例で,1事例に対し4回会議をもった.NRは,朝の引継ぎ後,週1回から,毎日行われるようになった.研究終了時に行われた最終AR会議は,看護師13人が参加し,「願いに対する看護実践の変化」について話し合い,診療科長である医師からの意見も聞くことができた.

表3 看護振り返り会議の内容と内容分析によるクラスター
事例1 膀胱腫瘍・回腸導管術後腹膜炎で死亡した僧侶
看護振り返り会議1 看護振り返り会議2 看護振り返り会議3 看護振り返り会議4
テーマ 患者の情報(創部) 医療問題 医療問題・看護情報 情報の整理・分析・問題
方法 1.事例の創部写真から 創部の異常について討議
2.看護師間で患者情報の抽出(グループワーク)
術後4日目の創部写真と前回抽出された患者情報から問題のアセスメント(グループワーク) 1.腹膜炎の要因を宿主・病原菌・ルートの3グループで討議
2.患者背景に関する情報抽出(グループワーク)
1.医療・看護情報の分類
2.グループ間の関連性の検討 問題抽出
3.看護実践の振り返り(グループワーク)
講義 創傷治癒過程 腹膜炎 感染の成立
クラスター 問題のアセスメント:感染のリスク・ラオス特有の気候 問題のアセスメント:感染・イレウス 問題の根拠となるデータ:身体的側面 問題の根拠となるデータ:身体的側面
ケアの検討 根拠となる身体的データ:一般情報 問題の根拠となるデータ:心理・社会的側面 問題の根拠となるデータ:心理的側面
問題のアセスメント:人工肛門 根拠となる身体的データ:局所情報 問題のアセスメント:身体的側面 問題の根拠となるデータ:社会的側面
問題のアセスメント:創部と創部処置 問題のアセスメント:退院 問題のアセスメント:心理・社会的側面 問題のアセスメント:身体的側面
ラオスの気候に関連した感染リスク 振り返り:患者の入院前の情報について看護師間で共有の必要性・病棟の環境問題 問題のアセスメント:感染(一般) 問題のアセスメント:心理的側面
振り返り:一般的今後の感染対策 問題のアセスメント:社会的側面
振り返り:個別的 振り返り:僧侶へのケア
振り返り:コミュニケーション・情報収集
振り返り:家族の支援不足
振り返り:予測
振り返り:知識不足
事例2 腎結石術後耐性菌感染
看護振り返り会議5 看護振り返り会議6 看護振り返り会議7 看護振り返り会議8
テーマ 患者の情報 情報の整理から問題抽出 関連図から問題抽出 看護ケア
方法 1.担当看護師による事例患者情報発表
2.看護師間で患者情報抽出
1.担当看護師による11パターンに分類された情報の報告
2.情報整理,問題抽出とケアの討議(グループワーク)
1.前回抽出された情報ラベル配布
2.関連図作成(グループワーク)
1.情報のまとめと解釈
2.看護ケアの討議(グループワーク)
講義 腎結石術式 尿路感染
クラスター 患者のデータ:一般情報 問題の根拠となるデータ:身体的側面 問題の根拠となるデータ:医療的側面 問題の根拠となるデータ:身体的側面
患者のデータ:血液データ 問題の根拠となるデータ:病歴 問題の根拠となるデータ:食生活 問題の根拠となるデータ:患者の背景
患者のデータ:症状 問題の根拠となるデータ:11パターン 問題のアセスメント:医療的側面 問題のアセスメント:医療問題と看護問題の統合
患者のデータ:ドレナージ治療 問題の根拠となるデータ:数値データ 問題のアセスメント:心理的側面 ケア:観察
患者のデータ:薬剤治療 問題のアセスメント:身体的側面 ケアとその根拠 ケア:食事・飲水指導
問題のアセスメント:安楽 問題のアセスメント:心理的側面 振り返り:情報の関連 ケア:内服・日常生活指導
ケア:感染管理 ケア:患者指導
振り返り:耐性菌感染 振り返り:情報と問題の関連

3. AR過程で行われた会議記録の内容分析結果

1) 看護振り返り会議(表3参照)

会議記録をWordMiner ver 1.1を用いて内容分析した.表3に示されるように,各8回の会議は,5~11のクラスター数に分類された.事例1の初回と2回目は,情報量が少なく,身体的データが中心で,アセスメントは異常の有無と,治癒経過に伴う一般的なものであった.事例1の振り返りが進むと,患者固有の身体・心理・社会的側面でのデータが増加し,それと共に問題も一般的問題から患者固有のものへと変化した.そして最終回では,振り返りのクラスターが増加し,内容が深まった.この会議の中で,看護師達はまず,患者について誰も確かな情報を持っていなかったことに気づいた.その理由について,女性看護師が僧侶に触れること,袈裟に触れることさえも,僧侶の許可を得る必要があり,コミュニケーションをとりにくい,患者は何を聞いても「大丈夫」と答えたため,それ以上質問しなかった,僧侶が食事をしているのを観察するのも抵抗があったとし,また付き添いが寺の子供で頼りなかった,僧侶は死を受け入れていたと思う等の意見を出し合った.そして最終的にケアの問題は,付き添いの頼りなさでなく,患者の態度でもなく,僧侶への遠慮に伴う看護師としての情報収集不足であったことに皆が辿りついた.さらに,今後僧侶に対し,必要な情報収集をどのように行うかについて話し合われた.これを経て2事例目では,担当看護師が積極的に情報収集をしており,多角的側面の情報を整理し,組み立てるようになったことから,ケア内容も具体的になった.また,これまでの自分達の感染管理方法の問題についても話し合われた.

2) 最終AR会議の内容分析結果(『 』はクラスター名)

会議記録をWordMiner ver 1.1を利用して内容分析を行った結果,『ルーチン業務の順守』,『患者に焦点』,『問題の構造化』の3つのクラスターに分類された.AR開始前の状況を看護師は,“患者の何を見てどうしたらいいのかわからなかったから最低限のことしかしなかった”と話した.これは『ルーチン業務の順守』のクラスターとして示された.NRが再開され始めると“患者が近くなり,よく見るようになった”と表現し,『患者に焦点』のクラスターへと変化した.さらに現在の状況について医師は,“以前は脈絡がなかったが,現在は問題に焦点をあてて報告できるようになった”と話し『問題の構造化』のクラスターへと変化した.

4. AR終了時面接の質的統合分析(KJ法)結果

面接を行った看護師数は11人で,一人当たりのラベル数は,21~57枚,一人平均約32枚であり,看護師数は,開始前に比較して減少しているが,総ラベル数は350枚と増加していた.各4要因のラベル数は,「気づき」180枚,「解釈」47枚,「反応」64枚,「内省」59枚で,「気づき」のラベル数が著明に増加した.以下に4要因の分析結果を述べる.

気づき:看護師は,「患者の多角的側面での情報収集の必要性を認識」し,さらに「医師によるインフォームドコンセントの把握」と,付き添いをする「家族の役割の重要性の認識」から,特に地方患者の付き添いの困難さを捉えていた.これらの情報はまた,「疾患と治療に関連した身体的異変の察知」過程と影響を与え合い,これによって看護師は,身体的状況に関連した「心理的側面の察知」や,「生活行動の変化の把握」を行い,看護師に合併症予防の必要性に基づいた退院指導の重要性の認識をもたらしていた.

解釈:医師の説明,治療選択,自己管理状況,言動等で「患者と家族の病状や治療に対する理解と病気に向き合う姿勢の把握」をした上で,「観察結果から治療効果をアセスメント」し,効果が得られない場合,その原因を推測していた.この過程で,退院を希望する患者や,ターミナル期にある患者に対して,看護師はケアの困難さを感じ,それでも何とかしたいという「患者のおかれた状況に対する看護師の思い」をもっていた.この看護師の患者への思いは,「患者の心理状況の考察」や「家族の心理状況と要因の考察」と「治療効果のアセスメント」へと波及し,さらに思いは強化されていた.また,その思いは,「身体的状況を看護的側面と関連づけてアセスメント」を導き,このアセスメントによって,看護師は,「合併症や,再発リスクなど病状・退院後の問題を予測」していた.

反応:患者の身体的状況を踏まえた観察とケア,医師へ報告と提案といった「積極的看護ケア」の一方で,聴診など,技術不足と医師業務の認識から必要性を理解しながらも実施できないという「消極的看護ケア」も行っていた.この二つは,「協働的医療ケア」とさらに医師の協力を得た「協働的看護ケア」へとつながり,そこから,患者や家族の心情を考慮した「患者とのコミュニケーションへの配慮」や「家族のコミュニケーションへの配慮と支援依頼」を工夫し,さらに「患者・家族への個別性を考慮した説明と指導」を行っていた.

内省:「看護ケアの成功例の振り返り」や,「看護ケアの困難例の振り返り」を重ねながら,「看護ケア後の情報収集と評価」の能力を強めていた.それはさらに「看護師間での振り返り」によって共有され広がり,また「治療とそれに関連した看護ケアの評価に基づいた次行為の選択」へとつながっていた.この過程を経て看護師は,疾患や治療と,患者の個別的対応方法についての「経験を通した看護師の学びと知識欲」を得るが,これは,またさらに看護師間で共有されることによって,B病棟看護師の経験知となっていた.

以上の臨床判断の特徴に対する分析結果から,看護実践の課題は,以下のように変化したといえる.1)多角的視点での情報収集の必要性を看護師が十分に認識したことにより,医師からの情報量も増加し,「気づき」の背景となる情報量が増加した.2)患者の状況をなんとかしたいという看護師の「思い」を中心にして,患者の個別性を捉え,医療データと看護データを関連させて,アセスメントをし,今後の予測をするようになった.3)医師との協働が強化され,患者・家族の心情に配慮したケアを重視し,患者の個別性を考慮したケアを実施するようになった.4)看護師間の議論が増え,疾患や治療方法,患者の特有な反応とその対応方法について学び,次のケアへとつなげていた.

Ⅵ. 考察

1. AR過程が看護師の看護実践に変化をもたらした要因

1) カウンターパートの重要性

「いかに適切なカウンターパートを選定していくかは国際協力を遂行するための支援的な環境づくりの第一歩」(坂本ら,2004)とされるように,カウンターパートであるSVとの密な連携なくして,今回のARは成立し得なかった.またラオスの社会主義体制では,職位が重要な意味を持つが,SVが指示役でなく,調整役・相談役を果たしたことで現場の力を育むことができた.

2) エンハンスメントアプローチを機能させた事例選択

ラオス社会特有のトップダウン体制によって,AR以前の看護記録を含めた看護過程導入は,看護部から病棟への通達後に障害なく進められてきた.しかし,初回AR会議で抽出された「願い」は,看護師が,これまで,提供された記録やマニュアル等のツールを追っていただけであり,個々の内部で消化しきれていないことを表していると考えられた.同様に初期のNRも「ねばならない」状況が看護師を追い詰め,挫折したと考える.その中で「看護振り返り会議」の事例を術後死亡した僧侶の事例にしたことが,ブレークスルーになった.ラオスは,仏教文化が日常に深く根付いた国で,僧侶への早朝の托鉢は,主婦の重要な日課であり,事ある毎に一家を挙げて寺院参詣する.世俗の住民とは一線を画した存在である僧侶は,袈裟のまま入院生活を送り,入院後は同じ寺の僧侶や,下働きの者によって身の回りの世話を受ける.敬虔な仏教徒であるラオス人看護師にとって,特別な患者である僧侶の死亡事例を振り返るなかで看護師達は,自分達の習慣や文化に覆われた行動を表面化させ,看護師としての役割と責任に立ち戻ることができた.この過程が,「実践者自らが,無意識にとらわれていることへの自己の洞察を深め,意識を高め,変化を生じさせるように働きかける」(稲吉,2001)として機能し,AR過程での看護師のボトムアップのきっかけとなり,その後の看護師の積極的な取り組みを産んだと考える.

2. 開発途上国における看護師の新たな能力開発方法

Koto-Shimada et al.(2016)の開発途上国における看護能力開発モデルは,教育や臨床実践におけるリーダー開発のEdge-Pulling Strategiesと現場の教員や看護専門職の質向上のBottom-Up Strategiesの両方を必要とし,現場の教員養成や看護専門職養成によるボトムの能力開発が,リーダー開発の方向に牽引される形を示している.一方,ARによって現場で生まれるエネルギーの方向は,あくまでも現場の人々の「願い」に委ねられる.そのエネルギーは現場の看護師を中心に波及という形で,医師を含めた周囲に影響を与えていき,継続的な発展を産むことにつながった.開発途上国におけるボトムの内的な能力開発の方法として,支援者と現場の人々が,草の根的に協働するARの効果について提言できたのではないかと考える.

3. 本研究の限界と今後の課題

今回のAR過程では,3言語が使用され,ラオス語の単語に対応する日本語・英語を採用したが,使用場面によって微妙に解釈が異なることもあった.看護師に再確認しながら修正したが,彼らの話した言葉を全て正確に解釈し,日本語で表すことには限界があった.またB病棟の看護師達の取り組みの継続・発展と看護実践の変化を追うことで,ARのもつ持続的発展性と波及効果を確認し,ARの次段階に進むことが,今後の課題といえる.

Ⅶ. 結論

ラオスの中核病院における看護師のパターン化された臨床判断の特徴を背景にした看護実践の課題は,ARによって,看護師が不足した知識や情報を積極的に獲得し,個別性を考慮したケアの実施,医師との協働,看護師間の議論へと変化した.この変化の要因には,カウンターパートの重要性と,エンハンスメントアプローチを機能させた事例選択が考えられた.また,ARが,開発途上国における現場看護師の新たな能力開発方法として示された.

謝辞:本研究に御協力下さいました看護部及び病棟看護師の皆様に心より感謝を申し上げます.またAphone VISATHEP氏には,研究全般に渡り助言を頂きました.深く御礼を申し上げます.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

倫理員会名称:大阪医科大学倫理委員会(看-10)

著者資格:JMは,研究の着想・デザイン・フィールド調査実施に重要な貢献をした.CAは,研究プロセス全体への助言,データ分析と解釈に重要な貢献をした.

文献
 
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