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Qualitative Research of the Subjective Experience and Coping with Multiple Symptoms of Outpatients with Metastatic and Recurrent Breast Cancer Receiving Chemotherapy
Kurumi AsaumiYoshie Murakami
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2017 Volume 37 Pages 417-425

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Abstract

目的:外来化学療法中の転移・再発乳がん患者に生じる複数の症状の主観的体験と対処の実態を明らかにする.

方法:転移・再発乳がん患者20名に半構造化面接を実施し,質的帰納的に分析した.

結果:対象者は【幾重にも重なった症状で日常生活が滞る感覚に苛まれる】【自分で症状をコントロールできずにもどかしい】【この先も化学療法を継続できるのか危ぶまれる】という体験のなか,【複数の症状とうまく付き合う術を探る】【各症状の出現パターンから今後の見通しを立てる】【傷んだ身体への更なるダメージを避ける】という対処の実態が導かれた.

結論:外来看護は,複数の症状による患者の生活への支障を網羅的に捉え,テーラーメイドなケアの提案が必要である.それには転移再発という不確実な状況下で培われた患者の経験値に着目した介入が有効と考える.今後は,患者の生活に支障を与えるトリガーとなるコア症状の特定とアセスメントツールの開発が必要である.

Ⅰ. 緒言

転移・再発乳がんは,局所再発を除いて治癒が困難であり,延命や症状緩和を目的とした薬物療法が主体となる.なかでも,化学療法を受ける転移・再発乳がん患者は,ホルモン非感受性,生命を脅かす転移巣を有するなど,既に病状が進行している状況であり,化学療法施行後の10年生存率は5%程度と報告されている(Gennari et al., 2005).つまり,化学療法しか治療選択肢のない転移・再発乳がん患者は,緩和ケア主体の医療へ転換する時期を間近に控え,乳がん患者の中で最も過酷な療養を強いられていると言える.

化学療法を受ける乳がん患者は,複数の症状を同時に抱え,身体的機能およびQuality of life(以下,QOL)の低下を招くことが報告されている(So et al., 2009Kim et al., 2014).なかでも,術後補助化学療法中の患者を対象とした研究において,痛み・倦怠感・不眠・抑うつ症状は治療期間が長引くほど,重症化の傾向にあり(Sanford et al., 2014Langford et al., 2016),特に倦怠感や抑うつ症状は集中力低下や短期記憶の障害を含む認知機能の低下と関連があることも報告されている(Myers et al., 2015Piacentine et al., 2016).

一方,転移再発による化学療法を受ける乳がん患者は,がんの進行に関連した症状,手術や放射線治療による後遺症などの多様な身体症状を抱えた状態で,抗がん剤の副作用が加わるため,術後補助化学療法を受ける患者よりも症状への負担感の増大が予測される.このように,患者は症状の負担感が強いと,治療スケジュールが遅れ,治療効果に負の影響を与える(Wu et al., 2015)ことから,治療選択肢の少ない転移・再発乳がん患者にとって,適切な症状マネジメントは予後に関わる重要課題と言える.先行研究では,乳がん患者に生じる複数の症状は,病期や治療状況に関連する(Dodd et al., 2010)とされ,経過の異なる初発と再発がんを分け,複数の症状のマネジメントを検討すべきであると考えるが,転移・再発乳がん患者の複数の症状に着目した報告は数少ない(Kenne et al., 2014).

臨床では,外来化学療法を受ける患者に対して,薬剤ごとに副作用を一つ一つ区別し,それぞれの予防や対処方法の獲得に向けた支援が中心であり,UCSFの症状マネジメントモデル(Dodd et al., 2001)が活用されている.しかし,これは,単一症状に焦点をあてたマネジメントモデルであり,複数の症状に対応したモデルは現存しない.さらに複数の症状に関する研究においても,症状ごとの出現頻度や重症度を明らかにする量的調査が大多数であり,実際に,複数の症状が同時に発生することで,患者はどのような体験を経て,どのように対処しているのかという実態は明らかにされていない.そこで,本研究は,外来化学療法を受ける転移・再発乳がん患者に生じる複数の症状の主観的体験および対処の実態を明らかにし,外来での看護支援を検討するための示唆を得たいと考える.

Ⅱ. 研究目的

本研究の目的は,外来化学療法を受ける転移・再発乳がん患者に生じる複数の症状の主観的体験および対処の実態を明らかにすることである.

Ⅲ. 研究方法

1. 研究デザイン

質的記述的デザイン

2. 用語の定義

・外来化学療法:外来において実施される,殺細胞性抗悪性腫瘍薬および分子標的治療薬を用いるがん薬物療法

・複数の症状:外来化学療法中の転移・再発乳がん患者が,治療および/あるいはがんの進行によって生じた身体症状,心理社会的症状が2つ以上同時多発的に生じる現象

・主観的体験:複数の症状によって影響を受けた療養上の困難に対する個々人の感情や捉えを含む反応

・対処:複数の症状によって影響を受けた療養上の困難に対する個々人の対応

3. 調査期間および対象者の選定基準

調査期間は,2015年4月~2016年2月であった.選定基準は,A病院の乳腺外科外来と外来化学療法室に通院する患者のうち1)手術不適応の転移・再発乳がんと診断された成人女性で,病状や治療目的についての説明がなされている,2)既に外来で化学療法を受けている,あるいは新たに化学療法を始める者とした.

4. 対象者のリクルートおよび同意取得の方法

研究の概要,研究への参加を依頼する内容,研究者の連絡先を記載したポスターを乳腺外科外来の診察室に掲示し,対象者をリクルートした.研究者は,研究の参加希望者から連絡を受けた後,双方の都合の良い日時に,研究の概要について口頭及び文書で説明し,文書で研究参加の同意を得た.

5. 調査方法および調査内容

1) 半構造化面接および参加観察

対象者に「現在,どのような複数の症状が生じ,生活に影響を与えているか」「複数の症状により影響を受けた生活をどのように感じ,捉えているか」「生活の中で,複数の症状にどのように対応しているか」について自由な語りを促した.面接は,外来受診後に個室で行い,対象者の許可を得て録音した.また,待合室や診察場面における対象者の言動,反応,表情を観察した.

2) 診療録調査

対象者の属性,治療経過等に関する情報を診療録と看護記録より得た.

6. 分析方法

以下の手順で質的帰納的に分析した.まず面接内容を逐語録とし,複数の症状の主観的体験と対処の実態が表れている部分を意味内容ごとに区切り,意味単位を定めた.なお待合室や診察場面の参加観察により得たデータは,意味単位を定める段階で補完的に用いた.そして意味単位を簡潔な表現に変換,内容の類似性によって複数の症状の“主観的体験”“対処”へ分類整理し,各まとまりを簡潔な一文で表現し〈コード〉を定めた.最後に〈コード〉の共通性を検討し,《サブカテゴリ》から【カテゴリ】へ統合した.また研究の真実性・妥当性を高めるため,がん看護及び質的研究の専門家から分析へのスーパーバイズを受けた.

7. 倫理的配慮

対象者のリクルートはポスターを活用し,研究参加への強制力を可能な限りで排除した上で,研究者は,研究の参加希望者に,研究の主旨,参加は自由意思であること,同意撤回の自由,匿名性の確保等を説明した.また面接の前後で対象者の心身の状態を確認するなど,負担がかからないよう配慮した.なお本研究は,東邦大学看護学部倫理審査委員会(No. 26019)及び調査実施施設(No. 26-295)で承認を得て実施した.

Ⅳ. 結果

1. 対象者の概要(表1)および面接の概要

対象者は,20代から80代の女性20名であり,平均年齢58.3(±14.2)歳であった.初発のがんの診断から調査までの平均期間89.9(±96.4)ヶ月,がんの転移や再発の診断から調査までの平均期間37.2(±35.0)ヶ月であった.全対象者は,肺,骨,肝臓などに遠隔転移を有し,8名は,乳がんの診断時に他臓器への遠隔転移が見つかった.化学療法は,1次治療を受けている者が7名,パクリタキセルを投与している者が9名と最多で,多剤併用療法を受けている者が大半であった.

表1 対象者の概要(n = 20)
年代 転移あるいは再発の部位 手術 放射線 初発からの期間 転移再発からの期間 抗がん剤 同居家族 職業
A 20 鎖骨下リンパ節,縦隔リンパ節 3年 6ヶ月 2nd カルボプラチン
パクリタキセル
有(休職中)
B 30 腋窩リンパ節,骨(多発) 6ヶ月 6ヶ月 1st ゲムシタビン塩酸塩
パクリタキセル
C 40 肺,骨 6ヶ月 6ヶ月 1st ゲムシタビン塩酸塩
パクリタキセル
D 40 肝臓,肺,骨 4年 4年 4th トラスツズマブ
エムタンシン
E 40 骨,乳房再発 8年 5年 2nd トラスツマブ
パクリタキセル
ペルツズマブ
F 50 肺,骨 12年 2年 2nd トラスツマブ
ビノレルビン酒石酸塩
G 50 肺,肝臓 6ヶ月 6ヶ月 2nd パクリタキセル
ペルツズマブ
H 50 1年 6ヶ月 1st ペルツズマブ
パクリタキセル
I 50 肺,肝臓,骨 2年 6ヶ月 2nd エリブリンメシル酸塩 有(休職中)
J 50 骨(多発),脳,腋窩リンパ節 5年 2年 2nd トラスツマブエムタンシン
K 50 10年9ヶ月 5ヶ月 1st エべロリムス
L 60 肝臓 33年 8年 1st ゲムシタビン塩酸塩
パクリタキセル
M 60 両側腋窩リンパ節,両側肺,骨 3年 3年 2nd エリブリンメシル酸塩
N 60 鎖骨上リンパ節,肺,骨 19年 5年 2nd エべロリムス
アロマシン
O 60 17年 5年 2nd パクリタキセル
P 60 骨(多発) 3年 3年 4th エリブリンメシル酸塩
Q 60 10年 5年 1st エべロリムス
R 60 腋窩リンパ節,皮膚 1年8ヶ月 1年8ヶ月 1st ゲムシタビン塩酸塩
パクリタキセル
S 80 肝臓 3年 3年 3rd エリブリンメシル酸塩
T 80 13年 12年 2nd エべロリムス

各対象者に1~2回の面接を実施し,総面接時間591分であった.

2. 分析結果

全対象者の逐語録より190の意味単位が得られた.全ての意味単位から,37の〈コード〉,16の《サブカテゴリ》,6の【カテゴリ】へ統合された.以下,〈コード〉と《サブカテゴリ》を用いて,【カテゴリ】を説明する.

1) 外来化学療法を受ける転移・再発乳がん患者に生じる複数の症状の主観的体験(表2

(1) 【幾重にも重なった症状で日常生活が滞る感覚に苛まれる】

対象者は〈手足症候群による足底部の痛みに足の痺れが加わり,踏ん張りが効かずにもつれ,戸惑う〉〈肺転移で息苦しく,骨転移で骨が脆いと分かってから,階段や段差のつまずきが怖い〉ことを自覚し,《歩行時の困難感を覚える》ようになっていた.また乳房切除術の経験者は,タキサン系抗がん剤による末梢神経障害が重なり〈術側の腕のリンパ浮腫に上肢の痺れが加わり,包丁を掴む,ボタンを留める等の細かな動作を不便に感じる〉〈浮腫んだ手足が痺れるので,ハンドルを握ったり,アクセルを踏むなどの運転動作に支障を感じるようになり怖い〉と《巧緻動作に支障を来し,生活動作の狭まりを感じる》ようになっていた.さらに対象者は〈口内炎の痛みに加え,嘔気と食欲不振で,十分に食べられず,栄養不足が気になる〉〈味覚の変化と口内炎の悪化で,食事を楽しめない〉と《思うように食事に摂れないことに不安を覚える》様子が語られた.

表2 外来化学療法を受ける転移・再発乳がん患者に生じる複数の症状の主観的体験
【カテゴリ】 《サブカテゴリ》 〈コード〉
幾重にも重なった症状で日常生活が滞る感覚に苛まれる 歩行時の困難感を覚える 手足症候群による足底部の痛みに足の痺れが加わり,踏ん張りが効かずにもつれ,戸惑う
肺転移で息苦しく,骨転移で骨が脆いと分かってから,階段や段差のつまずきが怖い
巧緻動作に支障を来し,生活動作の狭まりを感じる 術側の腕のリンパ浮腫に上肢の痺れが加わり,包丁を掴む,ボタンを留める等の細かな動作を不便に感じる
浮腫んだ手足が痺れるので,ハンドルを握ったり,アクセルを踏むなどの運転動作に支障を感じるようになり怖い
思うように食事が摂れないことに不安を覚える 口内炎の痛みに加え,嘔気と食欲不振で,十分に食べられず,栄養不足が気になる
味覚の変化と口内炎の悪化で,食事を楽しめない
自分で症状をコントロールできずにもどかしい これまで続けていたセルフケアを十分できずに焦る 元々のがんの痛みとぼろぼろになった手足の皮膚では,リンパマッサージを続け辛いので,浮腫が悪化しないか気になる
なかなか良くならない皮膚の痒みと湿疹に不眠が重なり,イライラする
多様な痛みや体の違和感に翻弄される 抗がん剤投与後,手足の痺れに関節や筋肉の痛みが加わり不快に思う
手術部位の引きつれる痛みを感じながら,転移部位の痛みも突発的に起こるので,不安になる
この先も化学療法を継続できるのか危ぶまれる 先の見えない化学療法継続へのストレスが増大する 繰り返しの点滴・採血の痛み・抗がん剤投与時の血管痛をストレスに感じる
風邪をひきやすいうえに気持ちの浮き沈みも激しいため,抗がん剤を一度中止したいが,癌の悪化が怖い
新たな転移部位が見つかったことに衝撃を覚えるなか,ようやく慣れた抗がん剤を変更することに気持ちが追い付かない
社会生活の安寧が脅かされるように感じる 急に頭髪の脱毛量が増え,鼻毛やまつ毛まで抜け落ち,戸惑う
腕のリンパ浮腫だけでなく,顔や足まで浮腫むようになり,周囲の目が気になって仕方ない
昼夜を問わず,のぼせや発汗がある上に怠いため,外出することをためらう
全身の痛みと怠さで,思うように外出や家事をこなせず,不甲斐ない

(2) 【自分で症状をコントロールできずにもどかしい】

対象者は〈元々のがんの痛みとぼろぼろになった手足の皮膚では,リンパマッサージを続け辛いので,浮腫が悪化しないか気になる〉〈なかなか良くならない皮膚の痒みと湿疹に不眠が重なり,イライラする〉と《これまで続けていたセルフケアを十分できずに焦る》と感じていた.なかには〈抗がん剤投与後,手足の痺れに関節や筋肉の痛みが加わり不快に思う〉〈手術部位の引きつれる痛みを感じながら,転移部位の痛みも突発的に起こるので,不安になる〉と《多様な痛みや体の違和感に翻弄される》様子が語られた.

(3) 【この先も化学療法を継続できるのか危ぶまれる】

対象者は,抗がん剤投与の度に〈繰り返しの点滴・採血の痛み・抗がん剤投与時の血管痛をストレスに感じる〉〈風邪をひきやすいうえに気持ちの浮き沈みも激しいため,抗がん剤を一度中止したいが,癌の悪化が怖い〉思いや〈新たな転移部位が見つかったことに衝撃を覚えるなか,ようやく慣れた抗がん剤を変更することに気持ちが追い付かない〉と《先の見えない化学療法継続へのストレスが増大する》様子が語られた.また対象者は〈急に頭髪の脱毛量が増え,鼻毛やまつ毛まで抜け落ち,戸惑う〉〈腕のリンパ浮腫だけでなく,顔や足まで浮腫むようになり,周囲の目が気になって仕方ない〉という思いや,〈昼夜を問わず,のぼせや発汗がある上に怠いため,外出することをためらう〉〈全身の痛みと怠さで,思うように外出や家事をこなせず,不甲斐ない〉と《社会生活の安寧が脅かされるように感じる》様子が語られた.

2) 外来化学療法を受ける転移・再発乳がん患者に生じる複数の症状への対処の実態(表3

(1) 【複数の症状とうまく付き合う術を探る】

対象者は〈骨転移で骨が脆いうえに足が痺れるので,転ばないよう慎重に歩く〉や,タキサン系抗がん剤投与中の者は〈足の冷感・痺れに皮膚障害が加わり,物にぶつからないよう足を保護する〉と《予期せぬ二次障害が起きないよう注意する》ようにしていた.さらに〈杖歩行や台所道具の活用など,体に負担をかけない生活動作を取り入れる〉〈抗がん剤投与前は,サポーターや温罨法で,穿刺の痛みと血管痛を和らげる〉ようにする者や,乳房切除術を受けた者は〈上肢の浮腫と痺れが辛いので,弾性包帯の着用,セルフマッサージ,手浴を繰り返す〉〈創部のひきつれる痛みに,突発的な転移部の痛みが加わると動けないので,レスキュー薬を携帯する〉と《複数の症状をこれ以上悪化させないよう工夫する》様子が語られた.

また,対象者は〈不眠・だるさ・気持ちの落ち込みが辛い時は,こまめに休憩してやり過ごす〉〈痛みが増すと不安が強くなるので,楽しいことを考えて気を紛らわせる〉と《対処の仕様のない症状にとらわれすぎない》ようにしていた.一方で対象者は〈マスクで顔面の浮腫と皮膚症状を隠さないと,外出できない〉〈ウィッグ,化粧,補正下着で,どうにか見栄えを良くする〉と《治療で変わった外見を必死に整える》様子が語られた.

表3 外来化学療法を受ける転移・再発乳がん患者に生じる複数の症状への対処の実態
【カテゴリ】 《サブカテゴリ》 〈コード〉
複数の症状とうまく付き合う術を探る 予期せぬ二次障害が起きないよう注意する 骨転移で骨が脆いうえに足が痺れるので,転ばないよう慎重に歩く
足の冷感・痺れに皮膚障害が加わり,物にぶつからないよう足を保護する
複数の症状をこれ以上悪化させないよう工夫する 杖歩行や台所道具の活用など,体に負担をかけない生活動作を取り入れる
抗がん剤投与前は,サポーターや温罨法で,穿刺の痛みと血管痛を和らげる
上肢の浮腫と痺れが辛いので,弾性包帯の着用,セルフマッサージ,手浴を繰り返す
創部のひきつれる痛みに,突発的な転移部の痛みが加わると動けないので,レスキュー薬を携帯する
対処の仕様のない症状にとらわれすぎない 不眠・だるさ・気持ちの落ち込みが辛い時は,こまめに休憩してやり過ごす
痛みが増すと不安が強くなるので,楽しいことを考えて気を紛らわせる
治療で変わった外見を必死に整える マスクで顔面の浮腫と皮膚症状を隠さないと,外出できない
ウィッグ,化粧,補正下着で,どうにか見栄えを良くする
各症状の出現パターンから今後の見通しを立てる 抗がん剤投与後の体調の変化を予測し,休息と活動のバランスを自分で決める 抗がん剤投与で必ず現れるだるさや筋肉痛の変化を記録し,パターンを掴む
抗がん剤投与後のだるさや気分の変化を見越して,外出の予定を調整する
目に見える症状の変化を記録しておく 自分で手足の皮膚・爪・脱毛の変化を知りたいので,手帳にメモする
皮膚や爪の症状を携帯の写真に残し,診察の際に医師に伝える
がん罹患からの経験を総動員して,これから起こる症状に備える 前回の抗がん剤治療で経験した様々な症状への対策を思い起こす
これまで様々な治療による苦痛を乗り越えてきたから「大丈夫」と言い聞かせる
傷んだ身体への更なるダメージを避ける 体に優しい食事を心がける 味覚障害と口内炎が悪化しないよう,刺激の少ない食べ物と食べ方を工夫する
便秘や下痢,肝機能を改善するために食生活を整える
脆く,抵抗力の落ちた身体を労わる 皮膚が剥がれた上に爪が脆いので,こまめな保湿と保護を欠かさない
感染予防のため,人混みを避け,外では常にマスクをつける

(2) 【各症状の出現パターンから今後の見通しを立てる】

対象者は〈抗がん剤投与で必ず現れるだるさや筋肉痛の変化を記録し,パターンを掴む〉〈抗がん剤投与後のだるさや気分の変化を見越して,外出の予定を調整する〉と《抗がん剤投与後の体調の変化を予測し,休息と活動のバランスを自分で決める》ようになっていた.また,皮膚症状を有する者は,〈自分で手足の皮膚・爪・脱毛の変化を知りたいので,手帳にメモする〉〈皮膚や爪の症状を携帯の写真に残し,診察の際に医師に伝える〉と《目に見える症状の変化を記録しておく》行動をとっていた.さらに,対象者は〈前回の抗がん剤治療で経験した様々な症状への対策を思い起こす〉〈これまで様々な治療による苦痛を乗り越えてきたから「大丈夫」と言い聞かせる〉と《がん罹患からの経験を総動員して,これから起こる症状に備える》という対処をとっていた.

(3) 【傷んだ身体への更なるダメージを避ける】

対象者は〈味覚障害と口内炎が悪化しないよう,刺激の少ない食べ物と食べ方を工夫する〉〈便秘や下痢,肝機能を改善するために食生活を整える〉と《体に優しい食事を心がける》ようになり,〈皮膚が剥がれた上に爪が脆いので,こまめな保湿と保護を欠かさない〉〈感染予防のため,人混みを避け,外では常にマスクをつける〉と《脆く,抵抗力の落ちた身体を労わる》ようにしていた.

Ⅴ. 考察

1. 外来化学療法を受ける転移・再発乳がん患者に生じる複数の症状の主観的体験と対処の特徴

対象者の主観的体験から,複数の症状によって生じた日常生活への支障の増大,症状を十分に制御できないことによる自己コントロール感の低下,さらには化学療法継続への自信が揺らぐ様相が見出された.一方で,対処の実態から,対象者は複数の症状と付き合うためのスキルの模索,癌の診断から現在までの自身の経験の客観視,また現在の自分の状態に適した行動の選択といった,複数の症状により影響を受けた生活を立て直そうという積極的な姿勢も明らかとなった.

この結果から,複数の症状の特徴は,改変版の不快症状理論によって説明できるのではないかと考える.この理論は,同時に生じる複数の症状は,単一症状の集合体ではなく,症状同士が互いに影響し合うことで,苦痛が付加されるのではなく倍加的に強まること,さらには身体機能だけでなく認知機能を脅かし,患者の心理状態や生活様式に影響を与えると説明されている(Lenz et al., 1997).まさしく対象者が体験していた複数の症状の特徴と一致しており,同時に生じた複数の症状を制御し切れないことで生活への支障が複雑化し,自信や自己コントロール感の低下という認知・心理面への影響があったと推察された.つまり対象者は,複数の症状を抱えることで,症状への対処に関する技術的な限界と対処への意欲を削がれる認知的影響を受けていたと考える.これらを示す一例としては,対象者は口内炎の痛み,味覚障害,嘔気を同時に生じ,食欲不振が強まること,食事を楽しめないなど,症状が重複し,対処方法を編み出しにくい状況にあり,食摂取行動に影響を来していた.従来であれば,患者の主訴を一つ一つ切り分け,各症状を緩和するための食事や生活指導が基本であり,これらは既に確立されている看護ケアである.口内炎に対しては,刺激物を避け,薄味で室温程度に冷ました食事や口腔内の保清が推奨されている(小林ら,2013).しかし,味覚障害に対しては,濃い味を試すことも一方策として挙げられ(小林ら,2013),嘔気時の看護ケアとして推奨されている口腔内保清は,嘔吐を誘発することも少なくない.このように,患者の抱える複数の症状を切り分け,対応方法を別々に検討すると,各症状へのケア方法を既に知っている患者であっても,どれを優先すべきか,他の症状に合わせてケアをどのようにアレンジすべきかの見極めが困難と予測される.このことから,患者は症状の対処への意欲が低下し,やがて食欲不振,食を楽しめないなどの心理的影響を来すと考える.

以上のことから,複数の症状を呈した患者への看護は,各症状の対処方法の獲得を支援するだけでなく,生活への支障や苦痛の程度に合わせた各技術のアレンジや優先的に取り組むべき対処の選択について患者と話し合い,試行錯誤する過程が重要と考えた.そのために看護師は,患者の抱える複数の症状を単なる単一症状の集合体と捉えるのではなく,増幅した苦痛を網羅的に把握した上で,患者ごとにテーラーメイドなケアを検討することが必要である.

他方で,転移・再発乳がん患者の複数の症状への対処は,前述のように,複数の症状に翻弄されるだけでなく,複数の症状と折り合う術を探るなどの積極的に取り組む実態が明らかとなっている.これは,乳がんの診断から転移再発を経て,今日までの闘病を潜り抜けて培われた経験値が大きく関連すると思われた.対象者は,初発の診断から現在まで,年単位でがんと向き合っており,転移再発後の化学療法に明確な治療期間が定められていないという状況下で,幾度のバッドニュースを潜り抜け,その都度,心理的適応を余儀なくされていたと推察される.このように予測不可能な逆境を潜り抜けた経験が,転移再発後の化学療法と向き合う患者の力を育み,複数の症状に翻弄されるだけでなく,これまでの生活に近づけようと奮闘する,転移・再発乳がん患者特有の対処力の向上に繋がったのではないかと考えられた.このことは「心的外傷を負うような危機的な出来事や困難な経験との精神的なもがきの結果に生ずる,肯定的な心理的変容」と定義されるPosttraumatic Growth(Tedeschi & Calhoun, 1996)に通じると考える.つまり対象者が,転移再発という不安定で予測不可能な状況のなか,数々のトラウマティックな体験を耐えてきたことと複数の症状によって生じた療養上の困難を解決しようとする肯定的な行動は関連があるのではないかと思われた.先行研究では,再発がん患者は生きる意味やがん罹患の意味を探るなかで,再適応と達観を得ること(Lin, 2008),また長期に渡る治療の影響が患者の症状体験に影響を与える可能性が示唆され(Skerman et al., 2012),初発乳がん患者とは異なる,転移・再発乳がん患者の経験値の存在を裏付けると考えた.

2. 外来化学療法を受ける転移・再発乳がん患者に生じる複数の症状の緩和に向けた外来看護への示唆

第一に,複数の症状による生活への支障の軽減および苦痛の緩和を目指す看護ケアを検討する際,生活に支障を与えるトリガーとなる「コア症状」を特定することが一案と考える.例えば,対象者は“手足症候群による足底部の痛み・足の痺れ”“肺転移による呼吸困難・骨転移による骨の脆さ”による歩行時の困難感を表出していたが,歩行の困難感に与える影響の大きいコア症状を特定することができれば,優先して対処すべき症状を絞ることが可能となり,対処方略の検討に役立つことが推察された.先行研究では,栄養障害のコア症状は体重減少,情緒症状のコア症状は悲しい気持ちであること(Molassiotis et al., 2010),再発乳がん患者を対象とした研究では,情緒症状のコア症状は不安や悲しみ,消化器症状のコア症状は味覚障害,不快症状のコア症状は皮膚・粘膜障害であることを報告されている(Kenne et al., 2014).今後,長期の治療による患者の症状体験への影響(Skerman et al., 2012)を考慮し,治療時期や治療状況に応じた,複数の症状におけるコア症状を丁寧に特定していくこと,それらコア症状を測定するためのアセスメントツールを開発することが重要になると思われる.

第二に,転移・再発乳がんという不確実で困難な状況を潜り抜け,培われた,患者の経験値に着目することである.具体的には,外来看護師は,患者自身が複数の症状をどのように把握し,対処しているか,または耐え,避けているかを意図的に引き出す問いかけが必要である.特に,これまで実施していた治療に対し,患者個々が工夫して取り組んでいた対処方法に着目して,問いかけることが有効と思われる.さらに看護師は,問いかけに対する患者の小さな変化を見逃さず,丁寧なフィードバックを重ねていくことも求められると考える.そうすることで,患者は現在の状況を俯瞰でき,自信や冷静さを取り戻すことに繋がると思われた.しかし,転移・再発乳がん患者は,いずれ緩和ケア主体の医療へ転換の時期を迎えるため,心理的にも身体的にも非常に脆弱な状態である可能性が高い.先行研究では,転移再発後の化学療法の実施について,performance statusの良好な患者であっても,化学療法を実施した群は,実施しなかった群よりも終末期のQOLを悪化させていることが報告され,転移再発後の化学療法の実施におけるガイドラインの検討が必要と示唆されている(Prigerson et al., 2015).それゆえ,治療の選択肢が化学療法に限定された転移・再発乳がん患者の支援では,彼らの経験値や適応力に着目し,治療経過を支援するとともに,シビアな状況に置かれていることによる脆弱さ(Kenne et al., 2007)への理解を念頭に置きながら,個々の身体・精神状況に応じた介入を検討することもまた必要である.

Ⅵ. 結論

外来化学療法中の転移・再発乳がん患者は【幾重にも重なった症状で日常生活が滞る感覚に苛まれる】【自分で症状をコントロールできずにもどかしい】【この先も化学療法を継続できるのか危ぶまれる】という体験のなか,【複数の症状とうまく付き合う術を探る】【各症状の出現パターンから今後の見通しを立てる】【傷んだ身体への更なるダメージを避ける】という対処の実態が導かれた.

Ⅶ. 研究の限界と今後の課題

本研究の限界は,対象者の転移部位や闘病期間に偏りがあり,結果の一般化に至らないことである.今後の課題は,本研究で得た知見を基に,対象者の生活に支障を与えるトリガーとなる「コア症状」の特定とそれを測定するためのアセスメントツールの開発,患者の経験値に着目した問いかけを明示した,複数の症状による苦痛の緩和に向けた介入方法を検討することである.

謝辞:本研究にご協力いただきました対象者の皆様,調査施設スタッフの皆様に心より御礼申し上げます.なお本研究は,平成26~27年度JSPS科研費(課題番号26893285)の助成を受けて実施した研究の一部である.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:KAは研究の着想およびデザイン,データ収集・分析,原稿の作成までの研究プロセス全体に貢献し,YMは分析や解釈,研究プロセス全体への助言に貢献した.全ての著者は最終原稿を読み,承認した.

文献
 
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