2019 Volume 39 Pages 29-37
目的:臨床看護師が成長に向かう動機づけの構造を明らかにする.
方法:経験3年目以上の看護師13名に半構成的面接を行った.
結果:8つのカテゴリーが見出された.看護師は【看護職として仕事に向かうための基盤】を築くことで【看護という仕事への取り組み】を容易にし,仕事の中で【専門職としての未熟な自己への気付き】に至り【未熟さの克服への努力】を行っていた.他者との関わりが増すことで【他者との関わりを通した自己の在り方への関心】を強く抱きながら【他者への配慮を心にとめた自己の探究】を続け,経験を積み重ねる中で【看護職に対する誇りと他者貢献への欲求】が培われ,【仕事に対する自律性と協調性の融合】した行動へと繋がった.
結論:看護師が成長に向かう動機づけは,一人前の専門職を目指す中で他者へ向かう思考と自己の内面に向かう思考がバランスを取り,協調的で自律的な行動を見出す構造であることが示唆された.
Purpose: The purpose of this study was to clarify the structure of motivation for growth of clinical nurses.
Method: Thirteen nurses with more than three years of clinical experience were interviewed using a semi-structured interview.
Results: Eight categories were extracted. Laying a “foundation for working as a nurse” facilitated nurses to “tackle nursing work”, and developing “awareness of immaturity as a professional” while working helped nurses to make an “effort to overcome immaturity”. As nurses developed relationships with others, they gradually strengthened their “interest in what I should be through relationships with others”, and they “reflected on themselves with consideration for others”. “Pride in nursing and a desire to contribute” was cultivated with accumulation of experience, leading to “fusion of autonomy and cooperation at work”.
Conclusion: These results suggest that motivation for growth of clinical nurses requires establishment of both cooperative and autonomous behaviors by maintaining a balance of thoughts for others and the inner self, with the aim of becoming a fully-fledged professional.
臨床看護師(以下看護師)は,昼夜を問わず心身に苦痛のある患者と向き合い,他職種と共にチームの一員として医療に従事している.協働して取り組むことでの相乗効果を生み出していくことが求められるチーム医療において,看護師の働きがうまく機能できなければ,質の高いチーム医療は成り立たない.
しかしながら対人サービスに従事する看護師は,精神的なストレスを抱え込み,バーンアウトなどにも陥りやすい職業である(影山・森,1991;稲岡ら,1984).ゆえにこれまでも看護師の質向上や離職防止といったマネジメントの観点からキャリア発達に関する研究(グレッグら,2003;関,2015)やストレスマネジメント研究(足立ら,2005)など,効果的な対策を講じようと研究が行われてきた.近年では,仕事に対する意欲低下の問題から,看護師が働き続けられる意欲の源としてのモチベーションをマネジメントすることで,さらなる看護師の質の向上を目指す視点が重要になってきている(平川,2013).
この看護師の質を目指す上で重要とされているモチベーション(動機づけ)とは「行動を一定の方向に生起させ,持続させる過程や機能全般(赤井,1999)」を意味する言葉である.動機づけに関する研究レビューにおいて,Mayer et al.(2007)はこれまでの動機づけに関する発達は動機づけの理解によるところであり,動機づけの動的内包性や個人的,そして社会的相互作用へのさらなる発展が,微妙な違いや複雑さを持つ人間の動機づけを解明する上で必要であることに言及している.また,Toode et al.(2011)が行った1990年から2009年までの看護師の仕事の動機づけの文献レビューでは,看護師の仕事の動機づけやその概念については不明瞭な点があるという結果が見出され,看護師の仕事の動機づけやそれに影響を与える要因に対する洞察を得るために,さらなる研究の必要性について言及されている.
これまでの動機づけの理論においてMaslow(1954/1987)の欲求階層説では,最も高位にある階層の「自己実現の欲求」を「成長動機づけ」としてみなし,人間が自己実現へ向けて絶えず成長していくことを仮定している.これは看護師の質の向上を目指したマネジメントを行う上でも重要な視点である.自己実現へ向けた成長とはより幸福に,そして自分らしく生きていくためのwell-beingな変化であり,それは自身ができ得る最善に向かっていくことでもあると考えられる.この成長へ向けられた動機づけを研究するということは,意欲的な看護師の育成にも繋がりうる.Bauer et al.(2015)は自他の幸福主義的な成長の育成に焦点をあてる中で,well-beingを高めようとする動機づけを成長動機づけと位置付けている.そして認知的発達と感情的発達の2因子を有した尺度(Growth Motivation Index: Bauer et al., 2008)を開発しているが,このGMIの日本語版尺度開発を行った上出・大坊(2012)の因子分析結果では,我が国では2因子ではなく,「社会」「自己」「対人関係」の3因子の枠組みで動機づけが分類されている.この結果は,自己と他者,社会との相互の関わりの中で成長へ向かって努力していくことが,自己の成長に他者や社会が大きな影響を及ぼすとともに,自己が成長することによって他者や社会へ影響を与える存在にもなりうることを示唆する.看護師は,その国の教育・文化的背景の中で蓄積された組織風土や他者との関わりの中で仕事を行い,その専門性を高めている.医療組織にとって,そこで働く看護師の成長に注目し,働きやすい環境や支援を整えていくことは,看護師個々の内面性やwell-beingに大きな影響を与え,看護師個々のやる気だけでなく,他のスタッフや組織との協調や患者ケアの質の向上にも繋がることが予測され,ひいては組織へ還元される.
そこで,看護師の成長に注目したキャリア開発支援の一助となるよう,本研究では自己と他者,組織などとの関係構築を含めて成長を感じるに至った経験の語りの中から,臨床看護師が成長へ向かう動機づけの構造を明らかにする.
A県下の3つの総合病院の看護管理者に研究計画を説明し,研究参加に同意を得た.看護部より研究の目的に適合すると考えられる看護師を研究参加者として推薦してもらった.説明を受けた研究参加者からは個別郵送で研究協力の可否を連絡してもらい,研究協力の意思表示のあった13名を研究参加者とした.看護部へ依頼した研究参加者の条件は一般病床にスタッフとして意欲的に勤務する看護師とした.看護師の成長の実感は個々が経験した内容によっても異なる.中野・早川(2016)は,患者の死という経験を通した看護師の成長では経験年数による年数差間での有意な差は認められなかったと報告している.
したがって,成長の動機づけを見出していく主旨から,本研究では意欲的に仕事をしているという視点を重視し,経験年数による区分を設けなかった.
2. データ収集および分析方法データ収集は半構成的面接法を用いて2015年12月~2016年2月にかけて行い,参加者の許可を得てテープに録音した.面接の主な質問は,看護師として成長したと思えるような経験談,その経験が自分の他の行動にも影響したこと,経験の中で他者や組織などから影響を受けたことや他者や組織などに対する自身の考え方の変化等に関するものであった.面接場所は,プライバシーを保てる静かな個室を用意した.インタビューで得られたデータは,グレッグ(2007)の質的記述的研究デザインの分析方法に沿って行った.インタビュー内容を逐語録に起こし,記述内容において意味内容が変化しないように要約し,コード化した.その後,類似と差異の視点で比較検討を行い,カテゴリー化(抽象化)を行った.
分析結果の厳密性の検討に関しては,分析をしていく過程を通して逐語録を熟読し,意味内容に沿って分析できているかを常に確認しながらカテゴリー化を進めた.また各分析段階で質的研究に精通した研究者を交えて合意が得られるまで意見交換を行い,分析の妥当性の確保に努めた.
3. 倫理的配慮本研究は九州大学医系地区部局臨床研究倫理審査委員会の承認(承認番号:27-246)を得て実施した.研究参加者には研究の主旨と方法,利益と不利益,研究への参加は自由意思であること,インタビューの途中での中断や辞退が可能であること,個人情報の保護および得られたデータは参加者が特定できない方法を用いて分析し,研究以外の目的で使用しないこと,研究成果の公表等を口頭および説明書で説明し,文書で同意を得た.
研究参加者13名は全員女性で,平均年齢は34.6歳,臨床経験年数は3年~31年であった(表1).面接時間は1人1回,平均約58分間であった.
参加者 | 性別 | 年齢 | 経験年数 | 専門的な資格 | 専門学歴 | 婚姻状況 |
---|---|---|---|---|---|---|
A | 女性 | 20代前半 | 3 | 無 | 大学 | 未婚 |
B | 女性 | 20代後半 | 7 | 無 | 専門学校 | 未婚 |
C | 女性 | 30代前半 | 8 | 有 | 大学 | 未婚 |
D | 女性 | 40代前半 | 8 | 無 | 大学 | 未婚 |
E | 女性 | 30代前半 | 8 | 無 | 大学 | 未婚 |
F | 女性 | 20代後半 | 9 | 無 | 専門学校 | 既婚 |
G | 女性 | 30代前半 | 11 | 有 | 大学 | 未婚 |
H | 女性 | 30代前半 | 11 | 有 | 専門学校 | 未婚 |
I | 女性 | 30代後半 | 12 | 無 | 短期大学 | 未婚 |
J | 女性 | 30代後半 | 12 | 有 | 専門学校 | 未婚 |
K | 女性 | 30代後半 | 18 | 有 | 専門学校 | 未婚 |
L | 女性 | 30代後半 | 19 | 無 | 短期大学 | 未婚 |
M | 女性 | 50代前半 | 31 | 無 | 専門学校 | 既婚 |
動機づけにおいて8つのカテゴリーが抽出された.各カテゴリーは動機づけを構成する要素である.これらカテゴリーの機能的関連である動機づけの構造を以下にストーリーラインとして述べる.
なお本稿では,カテゴリーを【 】,サブカテゴリーを《 》で表した.
1) 臨床看護師が成長へ向かう動機づけの構造:ストーリーライン看護師が仕事を行う上での土台となる【看護職として仕事に向かうための基盤】を掴むことは【看護という仕事への取り組み】という看護職として歩みだす行動の源となっていた.そして看護職として仕事に向かう日々の中で【専門職としての未熟な自己への気付き】を深めていくことは,【未熟さの克服への努力】という現状を打破するための行動を導く糧となっていった.看護師として仕事へ取り組み,努力していく中で他者との交流が増していくことにより,次第に【他者との関わりを通した自己の在り方への関心】が強められ,【他者への配慮を心にとめた自己の探究】という相手の思いを尊重した中での自己の望ましい在り方を探究していく行動が導かれていった.そしてこれらの経験を重ねることで【看護職に対する誇りと他者貢献への欲求】が深まり,【仕事に対する自律性と協調性の融合】という自己の看護実践が他者や組織といった周囲への貢献と重なり合っていった.
この成長へ向かう動機づけの構造は,看護師自身の感情を含めた認知から,行動へと向かう方向性を持ち,行動した経験を通して,再び認知の変化が起こり,それがより自他を意識した行動へと繋がっていく.この相互の結びつきを深めることで自律性と協調性を育み,螺旋状に成長を続ける構造となっている.(図1).
臨床看護師が成長に向かう動機づけ
8つのカテゴリーと29のサブカテゴリーが生成された.以下に各カテゴリーについて示していく.また,下記(1)と(2),(3)と(4),(5)と(6),(7)と(8)は,各出来事の中で関連し合うカテゴリーの関係にあり,各出来事の生データの一例を斜体で引用している.
カテゴリー | サブカテゴリー | コード |
---|---|---|
看護職として仕事に向かうための基盤 | 支援を受けられる環境の中にあるという安心感 | 勉強していくための組織の支援が整えられていると感じる |
上司や先輩看護師から見守られ,支えられていることを感じる | ||
看護師として与えらえた仕事に対する心構え | 看護師として与えられた仕事は全うしなければならないと思う | |
人や専門分野への興味 | 人や専門分野に対する興味を持っている | |
看護という仕事への取り組み | 取り組むべき課題に前向きに取り掛かる | 支援を受けて勉強を始めていく |
見守られつつ課題に対して前向きに取り組んでいく | ||
看護師として与えられた仕事を懸命に遂行する | 看護師として与えられた仕事を懸命に遂行する | |
患者や学習の機会に自ら接触していく | 患者や学習の機会に自ら接触していく | |
専門職としての未熟な自己への気付き | 不足している点のある自分への後悔・悔しさ | 先輩からの指導中に応えられない自分の知識不足が悔しい |
もっとできたはずだと常に自分が行った看護に満足できない | ||
患者に対して上手く看護を提供できなかったことが悔しい | ||
失敗すると患者や先輩から怒られて落ち込む | ||
不足している点への省察 | 自分に知識がないと仕事が行えないことを自覚する | |
先輩からの指導の中でできなかったところを自分の問題として認める | ||
未熟さの克服への努力 | 未熟さの克服へ向けた努力を行う | 看護師として必要な知識を得るために勉強していく |
自分ができなかったことを内省し次に活かせるようにする | ||
患者や先輩看護師から指摘されないような行動をとろうとする | ||
他者との関わりを通した自己の在り方への関心 | 上司やスタッフから認められることへの喜び | 上司が努力している自分を評価してくれることで報われる思いを感じる |
自分に仕事を任せてもらえるようになると嬉しくなる | ||
上司から直接研修会を薦めてもらえると嬉しくなる | ||
看護管理者からの声掛けで目をかけてもらえていると感じる | ||
自分が勉強していることでスタッフから頼られると嬉しくなる | ||
患者の満足に繋がる関わりができることへの喜び | 患者から信頼してもらっている言葉に嬉しくなる | |
自分の看護で患者から良い反応が返ってくると嬉しくなる | ||
患者への看護に対する責任感の高まり | 患者へ看護を提供する中で相手の求める看護を行う必要性を強くする | |
患者に看護を提供していく中で患者を支えていく責任感を強くする | ||
教える立場になることでの責任感の芽生え | 後輩看護師に教える立場になることで相手への責任を感じる | |
上司やスタッフから受けてきた支援への感謝 | 上司や先輩から支えられてきたという思いに対する感謝の気持ちがある | |
スタッフが働きやすいように配慮する上司に対する恩義を感じている | ||
病院で働いている人の存在価値への気付き | 職場の人間関係によって仕事の楽しさは影響していくと感じる | |
他職種と関わる中で相手の存在の重要性に気付く | ||
他の看護師の意見を聞くことで自分と異なる考えがあることに気付く | ||
周囲の看護師の働きを見る中でその人の大変さを慮る | ||
上司やスタッフとの比較を通しての内省 | 他の看護師の言動を見て自分の性格の悪い部分を意識する | |
後輩看護師の言動を見て初心を思い出す | ||
同世代の看護師の姿をみて互いの頑張りを意識する | ||
上司や他の看護師の言動を見て自分もあのようになりたい(自分はなりたくない)と思う | ||
患者の死を通した当たり前への感謝 | 患者の死を通して当たり前と思っていた生活は決して当たり前ではないことに気付く | |
仕事によって揺らぐ心への気付き | 仕事を続けていくためには自分の生活も大切にしていくことが必要だと気付く |
カテゴリー | サブカテゴリー | コード |
---|---|---|
他者への配慮を心にとめた自己の探究 | 自己研鑽に努める | 後輩を育てるために自分の学習を深めていく |
自分の強みを持つために看護の専門性を追求していく | ||
同世代の看護師と互いに自分のやるべきことに向かって取り組む | ||
謙虚な姿勢で常に自分を律する | 自分の悪い面を意識して改善させていく | |
初心を大切にして今の自分の行動を正す | ||
上司や他の看護師の言動を参考にして自分の振る舞い方を改善していく | ||
謙虚な言動を心掛ける | ||
自分の時間を大切にして心の調整を図る | プライベートの自分も大切にすることで仕事に集中して取り組む | |
病院でともに働いている人たちに気を配る | 信頼する上司の思いに沿った行動をとっていく | |
良い人間関係であるために職場のスタッフに気を配る | ||
多職種に対して敬意を払って接していく | ||
自分と異なる他の看護師の考え方も受け入れていく | ||
他の看護師の仕事のフォローをしていく | ||
患者のための最善の看護を追求する | 患者から頼ってもらえるような看護師であり続ける | |
患者の良い反応を励みにして次の患者への看護にも積極的に取り組む | ||
患者の気持ちを汲んだ看護を行えるようにする | ||
患者にとっての最善の看護を提供できるように努力していく | ||
後輩を支援することで先輩たちからの恩義に報いていく | 後輩を支援することで先輩たちからの恩義に報いていく | |
認められる自分であるために意欲的に取り組む | 上司から認めてもらえるように努力し続ける | |
任された仕事は自分で判断しながらしっかりと行う | ||
上司から誘われた研修会には行ってみる | ||
看護管理者からの声掛けを励みとして努力し続ける | ||
スタッフから頼ってもらえるように努力していく | ||
看護職に対する誇りと他者貢献への欲求 | 経験を積み重ねて得てきたものの価値の実感 | 看護を続けてきた中で次第に面白くなってきてやりがいを感じる |
自分にとって多くを経験していくことの大切さを自覚する | ||
努力して達成してきた経験を持つことで自分の看護に自信を持つ | ||
周囲の人や組織に対する自己の役割と信念の深化 | 自分の行う看護を通して後輩が学んでいくことを意識する | |
勉強した知識をもって自ら病棟をより良く変えていきたいと思う | ||
患者への看護は常に看護観に則って自分の納得できるものを提供したいと思う | ||
自分が培ってきた強みを無駄にしたくないと思う | ||
患者と医療者の関係を保つための看護師としての役割の重要性を自覚する | ||
仕事に対する自律性と協調性の融合 | 自己の成長を見据えて継続的に挑み続ける | 自分のやりがいのために看護師の仕事を続けていく |
多くの経験を積み上げていくために積極的に挑戦し続けていく | ||
次も達成できるように何事にもひるまずに努力する姿勢を常に持つ | ||
患者やスタッフに対して自らの知識やスキルを効果的に活用する | 後輩の将来のために役立つ指導を心がけていく | |
医師や上司に相談しながら自ら新しいことを病棟に取り入れていく | ||
自らの看護観に則った最善の看護の提供に向けて努力する | ||
自分の強みを活かす場を求めていく | ||
患者と医療者の間で双方が納得できる解決案を探していく |
《支援を受けられる環境の中にあるという安心感》,《看護師として与えられた仕事に対する心構え》,《人や専門分野への興味》の3つのサブカテゴリーから構成されている.これは,看護師として仕事をしていくにあたっての心構えや興味の度合いといった自己の準備の状態とその自己を取り巻く環境の受け入れ状況が整っていることが,看護師として仕事へ取り組んでいく姿勢に影響を与えていく動機となることを指す.
(2) 【看護という仕事への取り組み】《取り組むべき課題に前向きに取り掛かる》,《看護師として与えられた仕事を懸命に遂行する》,《患者や学習の機会に自ら接触していく》の3つのサブカテゴリーで構成されている.これは,【看護職として仕事に向かうための基盤】によって生み出される前向きさと一生懸命さ,そして積極性を含んだ看護師としてスムーズに歩み出していくための望ましい行動の方向を指す.
「(新人で配属された病棟で)看護師として患者さんのために自信のないことを自分一人でするよりも,みんなの意見を聞いて一番いい方法を考えれたらなと思って,他の人の意見を聞こうと思った.」(参加者H)
(3) 【専門職としての未熟な自己への気付き】《不足している点のある自分への後悔・悔しさ》と《不足している点への省察》の2つのサブカテゴリーから構成されている.これは,日々の先輩看護師からの指導の中で,または患者へ看護を提供していく中で,自己のできなかったことや足りなかった点に気づかされていくことで生じる,できなかった後悔や悔しさといった感情と,足りなかった内容に焦点を絞った思考を指す.
(4) 【未熟さの克服への努力】《未熟さの克服へ向けた努力を行う》という1つのサブカテゴリーで構成されている.これは,【専門職としての未熟な自己への気付き】によって自らの不足している点に気づかされ,どうにかしないといけないという思いに触発された現状を乗り越えるための努力の方向性を指す.
「すごく先輩たちは知識が深いし,それに対して意見が言えないのが悔しかったんですよ.だからたぶん…(勉強を)頑張ったんだと思います.」(参加者K)
(5) 【他者との関わりを通した自己の在り方への関心】《上司やスタッフから認められることへの喜び》,《患者の満足に繋がる関わりができることへの喜び》,《患者への看護に対する責任感の高まり》,《教える立場になることでの責任感の芽生え》,《上司やスタッフから受けてきた支援への感謝》,《病院で働いている人の存在価値への気付き》,《上司やスタッフとの比較を通しての内省》,《患者の死を通した当たり前への感謝》,《仕事によって揺らぐ心への気付き》の9つのサブカテゴリーで構成されている.これは,自己と患者や上司,病院のスタッフなどとの相互的な関わりを通した中での他者への感謝や他者から認められる嬉しさ,相手に対する自己の立場を意識することでの責任感の強まり,他者を深く観察することで見えてくる自他の理解と内省的思考などといった,自己と他者との望ましい在り方を多角的視点で捉えた自他への関心のことを指す.
(6) 【他者への配慮を心にとめた自己の探究】《自己研鑽に努める》,《謙虚な姿勢で常に自分を律する》,《自分の時間を大切にして心の調整を図る》,《病院でともに働いている人たちに気を配る》,《患者のための最善の看護を追求する》,《後輩を支援することで先輩たちからの恩義に報いていく》,《認められる自分であるために意欲的に取り組む》という7つのサブカテゴリーで構成されている.これは【他者との関わりを通した自己の在り方への関心】によって,今の自分の立ち位置の中で,何を求められているのか,どのように行動すればより善い状態に向かうのかを相対的に考え,自分または他者のためにできることを見出していく方向性を指す.
「少し先を見て行動できるようになって,周りの人に興味を持つようになったことで,自分が発する言葉に言葉の責任というか,簡単に頑張ってねと言わなくなったかもしれないです.その場に適しているのかなとか,単純にその言葉で終わらせようとしているんじゃないかとか…考えますね.」(参加者B)
(7) 【看護職に対する誇りと他者貢献への欲求】《経験を積み重ねて得てきたものの価値の実感》と《周囲の人や組織に対する自己の役割と信念の深化》の2つのサブカテゴリーで構成されている.
これは,看護師として困難なことも諦めずに挑戦し,努力してきたキャリアを通して培われた看護に対する特別な思い入れの念と自己の発揮しうる能力と役割を正確に自覚した上で,自己の信じる道に沿った形での他者や社会に対する能動的な貢献の意欲のことを指す.
(8) 【仕事に対する自律性と協調性の融合】《自己の成長を見据えて継続的に挑み続ける》,《患者やスタッフに対して自らの知識やスキルを効果的に活用する》という2つのサブカテゴリーで構成されている.これは,【看護職に対する誇りと他者貢献への欲求】によって,看護に対するやりがいや,これまで培ってきた能力を自らの意志のもとに発揮することで,周囲から求められる看護師としての貢献の方向を指す.
「(褥瘡ケアについて)学んだことが活かせていると達成感があるので,またもっと勉強して還元しようとか.そういう設備を整えようとかのやる気につながって…マニュアル作ったりとかしています.」(参加者C)
本研究の結果,臨床看護師の成長へと向かう動機づけでは,8つのカテゴリーが生成されたが,それらを他者や立場の変化などの外的な刺激を受けることで生起する看護師自身の思考や感情からなる「認知」と,生起された認知から看護師自身がどのように自らをふるまっていこうとするのかという「行動」に分類することによって,認知から行動へ向かう流れを掴むことができる.生成された8つのカテゴリーを認知と行動の視点から検討し,カテゴリーが生成された意味とカテゴリー間の関連性について考察していく.
1) 看護師の仕事に対する姿勢カテゴリーとしてまず,【看護職として仕事に向かうための基盤】と【看護という仕事への取り組み】が見出されたが,これは看護師として就業して間もない頃から生じており,早期からの職業に対する姿勢が看護師の成長へ向かう動機づけには重要であることが示唆された.看護師は,学生時代から講義や演習で看護学を学び,実習では実践の現場を知る機会に多く恵まれ,また就職した時点で看護師という専門職として成長するためのキャリアのレールが敷かれている.したがって,そのレールに乗り,看護師として一人前となるように,自らの職業への役割意識が高いことが推察される.石田ら(1999)は,看護学生のキャリアコミットメントの尺度開発の中で看護職は就業前の学校教育の段階からコミットメントへ向けた教育は始まっていると指摘しており,このカテゴリーが看護師という専門職としての特徴を有するものである可能性がある.
しかしながら【看護職として仕事に向かうための基盤】の結果では,参加者の仕事に対する心構えが必ずしも最初から高い状態であったとは言えない.自らの意思とは関係なく仕事を与えられるという状況に直面した場合,経験が浅い時期は,職責を果たすために,与えられた仕事をとりあえず終わらせることを第一の目標としていることが語られた.そこから次第に,単に仕事を終わらせることだけではなく,仕事の内容・質を向上させていくという意識が加わってくるようになっていた.大岡ら(2017)は看護師の社会人基礎力を高めるためには職業キャリア成熟が最も重要な因子である可能性を指摘しており,専門職としての役割意識も看護師としての職業キャリアという経験を重ねる中で徐々に高められていく可能性がある.
一方で,このカテゴリーでは《人や専門分野への興味》という看護の対象となる人や看護に関連する知識を得るために必要な能力も早期から看護師の中で備わっている状態として抽出されていた.人間への関心・知的好奇心と職務として与えられた仕事,両者は別々に存在しつつも,患者との関わりという共通の対象を通して,与えられた仕事の中に相手への関心も次第に見出されていったことが推察される.
また,対象者の所属する病院ではクリニカルラダー制や看護単位ごとでの教育プログラムの充実などの組織的取り組みが行われており,上司やスタッフからも見守られている感覚を受けることが出来ていた.これらの支援は看護師にとって一時の安心感を抱かせるだけではなく,長く記憶に留められ,【他者との関わりを通した自己の在り方への関心】のサブカテゴリー《上司やスタッフから受けてきた支援への感謝》やその感謝の念から後輩を育てていく行動などへと繋がっていく.つまり,組織や上司,スタッフから適切な支援を受けているという感覚を早期から抱くことの出来る環境が整えられることが,上司やスタッフも含めた組織へのコミットメントの向上にも影響しうると考えられる.
2) 失敗からの学び【専門職としての未熟な自己への気付き】と【未熟さの克服への努力】は,失敗等を自分の問題として認知し,それを克服していく動機づけであった.杉山・朝倉(2017)の研究では,看護師の自律的な判断が磨かれるプロセスの中で,失敗によるネガティブな経験への遭遇が,知識や技術を獲得する動機として重要であることが述べられており,本研究結果からも成長に向かう動機づけには失敗経験に対する認識が重要であることが確認できた.また,池田・三沢(2012)の研究では,ネガティブ感情が失敗に高く付随している場合,失敗の原因を自分の能力不足に帰属させ,可能な限り失敗を克服しようとする積極的対処行動に繋がる可能性に言及している.この先行研究に対し,今回の結果では,失敗からの落胆などのネガティブ感情が次第に自らの未熟さに目を向けていく過程が認められた.そして【未熟さの克服への努力】という積極的な行動へ向かう動機づけの方向性をも示している.参加者の失敗に対する認知の変化を鑑みるに,失敗して指摘を受ける際,経験の浅い段階では怒られることで悲しみや落胆等のネガティブな感情を抱き,怒られないために勉強するなどの行動をとっていたものが,先輩看護師等から根気強く指導を受け続けることで,なぜ駄目だったのか,どうしたらよいのかという失敗を自分の問題として認知する思考過程が強化され,それが自ら失敗から学ぼうとする様な,より積極的な動機づけへと変化していったのではないかと推察される.そして怒られないようにという対処の為の動機づけが,経験を振り返る学習の機会として捉えることができるようになる為には,失敗を自分の問題として認知する思考過程の強化が図られることが重要である可能性が示唆された.その一助となるのは先輩看護師等からの根気強い振り返りの指導であり,この指導の中で個人は,失敗に対する自己の考えを改め,より積極的な根拠を持つ対処行動へと自身の思考を変化させていくと考えられる.先行研究からもネガティブな結果は,ポジティブな結果よりも経験から学ぶような振り返りを行う傾向が強いことが示されており(Zakay et al., 2004),ネガティブな経験は看護師にとって現状を乗り越える力を育むための重要な動機づけとなることが推察された.
3) 関係の中の自己の在り方の探究【他者との関わりを通した自己の在り方への関心】と【他者への配慮を心にとめた自己の探究】における要素は一人の看護師として組織の中で働き続けるために不可欠なものである.
Schein(1978/1991)はキャリアサイクルの中で,人が学習者の役から離れるにつれて綿密な監督がなくても効果的に働ける準備を行わなければならなくなることを指摘している.そしてその時期にキャリアの初期で組織や先輩たちの援助や指導,支持から利益を得てきたことに気づき,キャリア中期に入るにつれて身に付けた自身の経験と知恵が今度は若いメンバーから注目されていることにも気づきながら他者の役に立ち,育てたいという情緒的欲求がもたらされるとしている.看護師は,上司やスタッフから認められたり支えられてきたりしたことへ感謝の念を抱きながら,後輩看護師からは頼られる自分を見出し,新たに指導者としての役割に向かって責任感を強く持っており,Scheinのキャリア中期に該当する項目との親和性が認められた.
それと同時に看護師はキャリアを形成する中で,患者の死を通して生き方への関心を深めるという,生命を扱う職業としての特徴的かつ重要な経験からくる動機づけも見出された.根立・中村(2014)は,臨床看護師の死生観に関する研究において,臨床看護師は経験年数に関係なく,死に向き合おうとしている特徴を有することを指摘している.患者の死を通して自己の死生観を問うていくことは,死に向き合い,患者を支えていくために通る看護師の成長の過程であると考えられる.
山岸(1991)は「我々は一個の個人として存在すると同時に,他者との関係の中で生きている」と述べている.他者から認められることや他者の人生や振る舞いを目にすること以外にも,他者の死などのその人の人生における大きなイベントを共有することで,看護師は他者に対する感謝や自己への内省,責任感を深めることに繋がり,これら関係性の中で育まれる道徳的発達が他者への配慮や自己の探究といった行動を強化していくものとなりうると推測された.
4) 自己実現としての他者貢献【看護職に対する誇りと他者貢献への欲求】と【仕事に対する自律性と協調性の融合】において看護師は,これまで培ってきた経験を自らの誇りとして見出し,得てきた知識や能力を他者へ還元していくことを単なる他者貢献という位置づけではなく,経験を通して自らの存在意義がどこにあるのかを適切に把握し,その役割を自らが担い,果たしていく意欲が含まれることで,他者貢献が自己実現との協調の形として現れていることが示唆された.自己の欲求を留保し全体の調和を図る「協調」は高次の自律性の所産であり(西山,1990),また自分の力と能力に応じて試行錯誤し,自分で考え,責任を持って行動するための高い道徳性は自主性・自律性を支える要因となる(小谷野,2000).看護師が成長に向かう動機づけは,他者へ向かう思考と自己の内面に向かう思考がバランスを取り合い,協調的で自律的な行動へ向かうことが示唆された.
本研究の対象病院が3施設と限られており,研究参加者が少人数であること,経験年数の差異等からデータの偏りがある可能性は否めない.今後は結果を踏まえ,量的研究で検証を行う等,さらなる研究の積み重ねが必要である.
謝辞:本研究にご協力いただいた施設の看護部及び看護師の皆様に心より感謝申し上げます.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:YAは研究の着想から原稿作成までの研究プロセス全般を遂行し,HNは研究プロセス全体への助言及び分析・解釈・原稿作成に貢献した.YHは分析・解釈および原稿への示唆に貢献した.そしてすべての著者は最終原稿を読み,承認した.