2019 Volume 39 Pages 38-44
目的:妻子が自主避難した経験を持つ男性労働者(以下,避難実施群とする)の経験を明らかにする.
方法:福島県内の32企業に勤務する2,209人の男性労働者に無記名自記式質問紙調査を行った.
結果:分析対象者352人(有効回答率16.0%)のうち避難実施群は80人(22.7%)で,8割以上が放射線の子どもへの健康影響を心配し自主避難させていた.またその61.3%が妻子を自主避難させたことを「良かった」と評価していた.「良くなかった」と評価したことには「放射線に関して公開される情報が信頼できないから」,「家事を自力でやらなければならなかった」,「妻子が自主避難していることを誰にも相談できなかった」と回答したことが有意に関連していた.
結論:妻子の自主避難に対する評価が低かった者は,災害時のリスクコミュニケーションに課題を感じており,家事負担の増加や社会的孤立を経験していた可能性が示唆された.
Objectives: The purpose of this study was to explore the experiences of male workers whose wife and children voluntarily evacuated after the Fukushima nuclear power plant disaster (implementation group).
Methods: The sample was 2,209 male workers working for 32 companies of the Fukushima Prefecture. We sent an anonymous self-administered questionnaire to them.
Results: Among the 352 men (response rate: 16.0%), 80 (22.7%) were in the implementation group. Among the implementation group, more than 80% were concerned about the effect of radiation on their children. Additionally, 61.3% of the implementation group evaluated the evacuation of the wife and child as “good”. On the contrary, the evaluation of it as “not good” was significantly associated with “I could not trust the information released about radiation”, “I had to do housework by myself”, and “I could talk to nobody that my wife and children evacuating voluntarily”.
Conclusion: The results suggested that the person with low evaluation of voluntarily evacuation of their wife and children would feel that there was a problem in risk communication during disasters, and might have experienced increased household burden and social isolation.
東日本大震災に起因する福島第一原子力発電所事故(以下,原発事故とする)から8年経つが,福島県外への避難者は約3万人に上る(福島県,2019).子どもは放射線感受性が高い(日本学術会議,2017)ため,多くの母子が被ばくを回避するために自主避難した(東邦銀行研究所,2012).しかし自主避難は,当時の国の防災指針(原子力安全委員会,2010)には規定されていなかった.国は復興加速化のため2017年3月末で帰宅困難区域以外の避難指示解除方針を打ち出し(原子力災害対策本部,2015),福島県も自主避難者への応急仮設住宅の無償提供を打ち切る方針を示した(福島県,2016a).これにより自主避難者は,福島県への帰還を迫られることになった(福島県,2016b).
自主避難した母子が育児ストレスや経済的負担を抱えて生活しているとの報告がある(岩垣ら,2017)一方,福島県で就労を継続している父親,すなわち男性労働者に関する研究は乏しい(吉岡・黒田,2015).彼らは経済的負担に苦しみ,妻子の自主避難について誰にも相談できず孤立していることが示唆されている(Yoshioka-Maeda et al., 2018).男性は女性よりも不安を表出しづらい(Morioka, 2014)ため,量的研究により実態を解明することが必要である.
本研究は,妻子が自主避難した経験を持つ男性労働者(以下,避難実施群とする)の経験を明らかにし,彼らへの支援について示唆を得ることを目的とした.
先行研究(福田,2015;東邦銀行研究所,2012)を参考に自主避難の定義をした.
自主避難=原発事故発生当時,強制避難指示区域外の住民が自らの判断に基づき自宅外の地域へ自主的に避難したこと.
2. 対象者と調査方法対象者は,福島県北・県中地域の従業員数50人以上の企業に勤務する男性労働者である.福島商工会議所のホームページで該当する500企業の長に研究説明書と協力依頼書,質問紙を2016年1月に郵送した.協力意思を示した32企業に2,209人分の研究説明書と無記名自記式質問紙,返信用封筒を同年2月に送付し,対象者への配布を依頼した.調査票は対象者が返信用封筒で返送した.
3. 調査項目調査票は,避難実施群への支援経験を持つ研究者の意見と先行研究(福田,2015;福島県,2015;高橋,2015;吉岡・黒田,2015;東邦銀行研究所,2012)に基づき作成した.妻子が自主避難した経験を持つ男性労働者4人とその支援に携わる福島県内の産業看護職9人とNPO法人職員1人にプレテストを依頼した.12人から調査項目の妥当性と回答しやすさの回答を得て,改善に役立てた.
1) 妻子の自主避難の実施状況と属性妻子の自主避難の実施状況として全員に原発事故後に妻子が自主避難したか否かをたずねた.避難実施群に対し,自主避難した時期,自主避難先,自主避難先の妻子に会いに行く頻度,回答時点での自主避難の実施状況を聞いた.
属性として全員に年齢,学歴,震災前の雇用形態,震災前の住まい,震災当時の子どもの人数,末子の年齢と介護や看病が必要な家族の有無を聞いた.また原発事故による子どもの将来への影響について,「福島県内で被災したことを知られるといじめや差別を受ける」,「福島県内で被災したことにより結婚などに支障がある」,「福島県出身であることで進学・就職が不利になる」について回答時点でそう思うか否かを聞いた.
また,原発事故発生後1年間の食品と環境関連の放射線被ばく回避経験について全員にたずねた.食品関連の放射線被ばく回避経験について「子どもの食材には福島県産のものは用いない」,「家庭内で子どもの食事と大人の食事は分けている」,「飲料水はミネラルウォーターを用いている」,「福島産の食品は購入しない」,「関西以西の食品を取り寄せる」の5項目をたずねた.また環境関連の放射線被ばく回避経験について「子どもの外出時は長袖を着用させる」,「子どもには外遊びはさせない」,「家の窓は開けない」,「洗濯物は外には干さない」,「外を移動する際には車に乗る」,「子どもの外遊びのために放射線量の低い地域へ出向く」の6項目をたずねた.選択肢は「なかった」,「少しあった」,「あった」,「とてもよくあった」の4カテゴリ(0~3点)で,分析に際し各項目の平均点と合計点を算出した.Cronbachのα係数を算出した結果,食品関連の5項目は0.828,環境関連の6項目は0.913であった.
2) 妻子の自主避難に対する意識と経験自主避難に関する意識について避難実施群に対し,最初に避難した方がよいと考えた人,妻子の自主避難を決めた理由,妻子が自主避難を継続する上で重要だった支援,妻子が自主避難していた間の経験を多重回答で聞いた.妻子を自主避難させたことの評価として,「妻子を自主避難させて良かったか」をたずねた.
4. 分析方法回答者の中で子どもがおり,妻子の自主避難に関する項目に回答した者を分析対象者とした.避難非実施群と妻子の自主避難を経験しなかった者(以下,避難非実施群とする)の属性をMann-WhitneyのU検定,χ2検定またはFisherの直接確率検定にて2群比較した.また妻子を自主避難させたことの評価と,自主避難に対する意識と経験の関連についてFisherの直接確率検定にて検討した.
統計解析にはIBM SPSS Statistics 25(日本アイ・ビー・エム株式会社)を使用し,統計的有意水準は5%未満(両側検定)とした.
5. 倫理的配慮本調査は第2著者の所属である放送大学研究倫理委員会の承認を得て行った(承認番号:2015-21,承認日:2016年1月6日).対象者への倫理的配慮として,調査協力は自由意思に基づき協力しない場合でも不利益を被らないこと,個人情報の保護,同意撤回の方法,データの管理方法と結果の公表等について研究説明書に示した.対象者からの調査票の返送をもって同意を得たとみなした.
587人から回答を得た(回収率26.6%).欠損の多い14人,子どもがいない221人を除く352人を分析対象者とした(有効回答率16.0%).避難非実施群は272人(77.3%),避難実施群は80人(22.7%)であった.妻子が自主避難した時期は2011年3月が約半数で,避難先は福島県外が大半であった.回答時点で妻子が自主避難を中止し帰還した者は64人だった.
| 変数 | 避難非実施群(n = 272) | 避難実施群(n = 80) | P | |||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 人数 | (%) | 人数 | (%) | |||
| 自主避難の実施状況 | ||||||
| 妻子が自主避難した時期 | 2011年3月 | ― | ― | 39 | (48.8) | ― |
| 2011年4月以降 | ― | ― | 40 | (50.0) | ||
| 自主避難先(複数回答) | 福島県内 | ― | ― | 15 | (18.8) | ― |
| 福島県外 | ― | ― | 68 | (85.0) | ||
| 自主避難先の妻子に会いに行く頻度 | 1か月に1回以上 | ― | ― | 49 | (61.3) | ― |
| それ以下 | ― | ― | 22 | (27.5) | ||
| 回答時点での自主避難の実施状況 | 自主避難を中止し帰還 | ― | ― | 64 | (80.0) | ― |
| 自主避難を継続中 | ― | ― | 16 | (20.0) | ||
| 属性 | ||||||
| 年齢* | 平均(SD) | 49.9 | (10.9) | 45.4 | (9.2) | <.001 |
| 学歴 | 高卒・短大卒以下 | 205 | (75.4) | 50 | (62.5) | .030 |
| 大卒・大学院修了 | 66 | (24.3) | 29 | (36.3) | ||
| 震災前の雇用形態 | 正社員 | 234 | (86.0) | 65 | (81.3) | .375 |
| 臨時・派遣・アルバイト | 21 | (7.7) | 7 | (8.8) | ||
| 管理者・経営者 | 13 | (4.8) | 7 | (8.8) | ||
| 震災前の住まい | 持ち家 | 208 | (76.5) | 47 | (58.8) | .005 |
| 持ち家以外 | 59 | (21.7) | 29 | (36.3) | ||
| 震災当時の子どもの人数 | 1人 | 75 | (27.6) | 13 | (16.3) | .059 |
| (内訳) | 2人 | 144 | (52.9) | 44 | (55.0) | |
| 3人以上 | 53 | (19.5) | 23 | (28.8) | ||
| 末子の年齢* | 平均(SD) | 16.0 | (9.6) | 11.2 | (8.5) | <.001 |
| 介護や看病の必要な家族 | いない | 201 | (73.9) | 55 | (68.8) | .458 |
| いる | 33 | (12.1) | 14 | (17.5) | ||
| 原発事故による子どもの将来への影響 | ||||||
| 福島県内で被災したことを知られるといじめや差別を受ける | そう思う | 153 | (56.3) | 51 | (63.8) | .269 |
| そう思わない | 109 | (40.1) | 27 | (33.8) | ||
| 福島県内で被災したことにより結婚などに支障がある | そう思う | 142 | (52.2) | 52 | (65.0) | .051 |
| そう思わない | 120 | (44.1) | 26 | (32.5) | ||
| 福島県出身であることで進学・就職が不利になる | そう思う | 90 | (33.1) | 32 | (40.0) | .281 |
| そう思わない | 172 | (63.2) | 46 | (57.5) | ||
| 食品関連の放射線被ばく回避経験* | ||||||
| 子どもの食材には福島県産のものは用いない | 平均(SD) | 1.4 | (1.1) | 2.1 | (1.0) | <.001 |
| 家族内で子どもの食事と大人の食事は分けている | 平均(SD) | 0.5 | (0.9) | 0.7 | (0.9) | .051 |
| 飲料水はミネラルウォーターを用いている | 平均(SD) | 1.1 | (1.2) | 2.0 | (1.2) | <.001 |
| 福島産の食品は購入しない | 平均(SD) | 1.1 | (1.0) | 2.0 | (1.0) | <.001 |
| 関西以西の食品を取り寄せる | 平均(SD) | 0.3 | (0.7) | 0.7 | (1.0) | <.001 |
| 食品関連の放射線被ばく回避経験の合計点 | 平均(SD) | 4.5 | (3.8) | 7.5 | (3.8) | <.001 |
| 環境関連の放射線被ばく回避経験* | ||||||
| 子どもの外出時は長袖を着用させる | 平均(SD) | 0.7 | (0.9) | 1.3 | (1.1) | <.001 |
| 子どもには外遊びはさせない | 平均(SD) | 0.9 | (1.0) | 1.7 | (1.0) | <.001 |
| 家の窓は開けない | 平均(SD) | 1.1 | (1.0) | 1.8 | (1.0) | <.001 |
| 洗濯物は外には干さない | 平均(SD) | 1.3 | (1.1) | 2.1 | (1.0) | <.001 |
| 外を移動する際には車に乗る | 平均(SD) | 1.3 | (1.1) | 2.0 | (1.1) | <.001 |
| 子どもの外遊びのために放射線量の低い地域へ出向く | 平均(SD) | 0.8 | (1.0) | 1.7 | (1.2) | <.001 |
| 環境関連の放射線被ばく回避経験の合計点 | 平均(SD) | 6.1 | (5.0) | 10.6 | (5.2) | <.001 |
*:Mann-WhitneyのU検定,他はχ2検定またはFisherの直接確率検定.
注:欠損値は除いて表示した.100%にならない項目がある.
2群比較の結果,自身の平均年齢と末子の平均年齢が有意に低く,学歴が大卒・大学院修了の者の割合は,避難実施群の方が避難非実施群よりも有意に高かった.震災前の住まいが持ち家の者の割合は,避難非実施群の方が避難実施群よりも有意に高かった.食品と環境関連の放射線被ばく回避経験の合計点は,避難実施群の方が避難非実施群よりも有意に高かった.
2. 避難実施群の妻子を自主避難させたことの評価と妻子の自主避難に対する意識と経験の関連(表2)避難実施群における妻子を自主避難させたことの評価は,「良くなかった」が6人,「どちらともいえないが」22人,「良かった」が49人であり,避難実施群の61.3%が肯定的に評価していた.
| 変数 | 妻子を自主避難させたことの評価 | P | ||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 全体 | 良くなかった | どちらともいえない | 良かった | |||||||
| 人数 | (%) | n = 6 | n = 22 | n = 49 | ||||||
| 最初に避難した方がよいと考えた人 | 自分自身 | 39 | (48.8) | 1 | (16.7) | 10 | (45.5) | 28 | (57.1) | .048 |
| 妻 | 28 | (35.0) | 5 | (83.3) | 6 | (27.3) | 17 | (34.7) | ||
| その他 | 9 | (11.3) | 0 | (0) | 5 | (22.7) | 4 | (8.2) | ||
| 妻子の自主避難を決めた理由(多重回答) | 放射線の子どもへの健康影響が心配だから | 65 | (81.3) | 5 | (83.3) | 18 | (81.8) | 42 | (85.7) | .913 |
| 「あのとき避難していればよかったのに」と後悔したくない | 28 | (35.0) | 2 | (33.3) | 8 | (36.4) | 18 | (36.7) | .987 | |
| 放射線に関して公開される情報が信頼できないから | 23 | (28.8) | 3 | (50.0) | 2 | (9.1) | 18 | (36.7) | .033 | |
| 居住地の放射線量が高かったから | 19 | (23.8) | 2 | (33.3) | 2 | (9.1) | 15 | (30.6) | .132 | |
| 妻子が自主避難を継続する上で重要だった支援(多重回答) | 住宅の無償供給・家賃補助 | 39 | (48.8) | 2 | (33.3) | 10 | (45.5) | 27 | (55.1) | .488 |
| 高速道路通行料の無料化 | 37 | (46.3) | 3 | (50.0) | 9 | (40.9) | 25 | (51.0) | .872 | |
| 親族の協力 | 31 | (38.8) | 3 | (50.0) | 10 | (45.5) | 18 | (36.7) | .576 | |
| 支援物資(家電を含む)の提供 | 26 | (32.5) | 1 | (16.7) | 6 | (27.3) | 19 | (38.8) | .433 | |
| 子どもの医療費の減免 | 23 | (28.8) | 2 | (33.3) | 7 | (31.8) | 14 | (28.6) | .880 | |
| 子どもの保育料・学費・給食費の減免 | 21 | (26.3) | 2 | (33.3) | 4 | (18.2) | 15 | (30.6) | .636 | |
| 健診の継続的な実施 | 17 | (21.3) | 3 | (50.0) | 5 | (22.7) | 9 | (18.4) | .249 | |
| 周囲の住民からのサポート | 16 | (20.0) | 1 | (16.7) | 5 | (22.7) | 10 | (20.4) | .865 | |
| 避難者同士の助け合い | 13 | (16.3) | 2 | (33.3) | 4 | (18.2) | 7 | (14.3) | .523 | |
| 妻子が自主避難していた間の経験(多重回答) | 交通費がかさんだ | 50 | (62.5) | 4 | (66.7) | 11 | (50.0) | 35 | (71.4) | .474 |
| 生活費が二重になり,費用がかさんだ | 37 | (46.3) | 5 | (83.3) | 8 | (36.4) | 24 | (49.0) | .252 | |
| 家族と離れる時,言いようのない淋しさに襲われた | 30 | (37.5) | 4 | (66.7) | 9 | (40.9) | 17 | (34.7) | .299 | |
| 生活費を切り詰めざるを得なかった | 29 | (36.3) | 4 | (66.7) | 8 | (36.4) | 17 | (34.7) | .364 | |
| 仕事の疲れが取れなかった | 28 | (35.0) | 3 | (50.0) | 8 | (36.4) | 17 | (34.7) | .750 | |
| 家事を自力でやらなければならなかった | 28 | (35.0) | 5 | (83.3) | 4 | (18.2) | 19 | (38.8) | .029 | |
| 育児に参加できなかった | 25 | (31.3) | 3 | (50.0) | 5 | (22.7) | 17 | (34.7) | .589 | |
| 妻子の自主避難先で親切にしてもらった | 17 | (21.3) | 1 | (16.7) | 3 | (13.6) | 13 | (26.5) | .562 | |
| 自分の仕事を辞めたいと思った | 12 | (15.0) | 0 | (0) | 4 | (18.2) | 8 | (16.3) | .456 | |
| 世帯の収入が減った | 11 | (13.8) | 1 | (16.7) | 5 | (22.7) | 5 | (10.2) | .247 | |
| 妻子を自主避難させていないふりをしなければならなかった | 9 | (11.3) | 2 | (33.3) | 1 | (4.5) | 6 | (12.2) | .782 | |
| 妻子の自主避難先で友達が出来た | 8 | (10.0) | 1 | (16.7) | 2 | (9.1) | 5 | (10.2) | .915 | |
| 自主避難させるのは普通でないと言われた | 7 | (8.8) | 1 | (16.7) | 1 | (4.5) | 5 | (10.2) | .972 | |
| 親族に妻子の自主避難を受け入れてもらえなかった | 7 | (8.8) | 2 | (33.3) | 1 | (4.5) | 4 | (8.2) | .595 | |
| 妻子が自主避難していることを誰にも相談できなかった | 7 | (8.8) | 3 | (50.0) | 2 | (9.1) | 2 | (4.1) | .002 | |
注:欠損値は除いて表示した.Fisherの直接確率検定.
避難実施群で最初に避難した方がよいと考えたのは自分自身が約半数で,妻子の自主避難を決めた理由は「放射線の子どもへの健康影響が心配だから」が8割以上を占めていた.妻子を自主避難させたことを「良くなかった」と評価したことには,「放射線に関して公開される情報が信頼できないから」と回答したことが有意に関連していた.
妻子が自主避難を継続する上で重要だった支援は,住宅の無償供給・家賃補助と高速道路通行料の無料化が約半数であり,いずれの項目も避難実施群の妻子を自主避難させたことの評価とは有意な関連は認められなかった.
妻子が自主避難していた間の経験は経済的負担の増大に関する内容が多かった.少数ながら「親族に妻子の自主避難を受け入れてもらえなかった」,「妻子が自主避難していることを誰にも相談できなかった」という者や,「妻子の自主避難先で親切にしてもらった」,「妻子の自主避難先で友達が出来た」という前向きな経験を挙げた者もいた.なお,妻子を自主避難させたことを「良くなかった」と評価したことには,「家事を自力でやらなければならなかった」,「妻子が自主避難していることを誰にも相談できなかった」と回答したことが有意に関連していた.
本調査では分析対象者のうち避難実施群が約23%を占めていた.これは福島県の調査結果(福島県,2016b)とほぼ同様の割合であり,ある程度現状を反映した結果と考えられる.本結果は,現在稼働中の原発の周辺地域が原発事故発生時の支援策を検討する際の基礎資料として活用可能と考えられる.また本結果では避難実施群の方が平均年齢や末子の年齢が避難非実施群よりも有意に低く,高学歴の者の割合が有意に高かった.これは先行研究の知見(佐藤,2018)とほぼ同様の結果であった.一方,震災前の住まいが持ち家の者は,避難非実施群の方が避難実施群よりも有意に高かった.持ち家を有する者の半数が住宅ローン返済中のため(総務省統計局,2018),避難非実施群は妻子の自主避難による生活費増大を懸念していた可能性が考えられる.
食品および環境関連の放射線被ばく回避経験の合計点は,避難実施群の方が避難非実施群よりも有意に高かった.今回は発災直後から食品の出荷制限が行われ,低線量被ばくの発がん性リスクは低いとされていた(日本学術会議,2017)にもかかわらず,男性労働者は子どもへの放射線の影響を懸念し,その回避を意図していた可能性が考えられる.公衆衛生従事者は放射線の汚染状況を正確に把握し,子どもへの影響と被ばく回避方法について科学的根拠に基づく情報提供を行う必要があると考えられる.
2. 避難実施群の妻子を自主避難させたことの評価と妻子の自主避難に対する意識と経験の関連について本結果では避難実施群の8割以上が子どもの健康への放射線の影響を心配し,妻子を避難させていた.先行研究は母親を対象としていた(松永,2018;吉岡・黒田,2015;東邦銀行研究所,2012)が,父親である男性労働者も同様の懸念を抱き,妻子の自主避難を決断していた可能性が考えられる.
また住宅関連と高速道路通行料の無料化が重要な支援策とされており,先行研究でも同様の指摘があった(日本学術会議,2014)ことから,行政機関は自主避難者への対応について予め検討しておく必要があると考えられる.さらに多くの者が生活費の増大を経験する一方,自主避難先で親切にしてもらったり,友人が出来た者もいた.先行研究では自主避難先でのポジティブな経験は示されておらず(吉岡・黒田,2015;東邦銀行研究所,2012),新たな知見と言える.
妻子を自主避難させたことを「良くなかった」と評価したことには,「放射線に関して公開される情報が信頼できないから」,「家事を自力でやらなければならなかった」,「妻子が自主避難していることを誰にも相談できなかった」と回答したことが有意に関連していた.原発事故発生当時,放射線に関する情報が錯綜したことや,低線量放射線の影響が過小評価されたことに疑問を持つ住民がいたとの報告がある(吉岡・黒田,2015).また日本の夫の家事・育児関連時間は1日当たり83分で,妻の7時間34分に比して大幅に少ないことが知られている(内閣府男女共同参画局,2017).さらに福島県内では自主避難に対する否定的意見が根強くある(東邦銀行研究所,2012).つまり自主避難群で妻子の自主避難に対する評価が低かった者は,災害時のリスクコミュニケーションに課題を感じており,家事負担の増加や社会的孤立を経験していた可能性があると考えられる.従来の産業保健の枠組みからは外れる恐れがあるが,アクセスの良さを考慮すると産業看護職が既存の相談体制を活用し,妻子の自主避難に関する男性労働者の相談にのり,社会的孤立解消に向けて支援することが望ましいと考えられる.
3. 本調査の限界と実践への示唆本調査の回答は想起バイアスの影響を受けており,自主避難に対する関心が高い者が多く回答した可能性がある.回収率も低く,分析は妻子を有する者に限定したため,避難実施群が80人と限られており,結果の一般化には限界がある.また子どもが複数の場合,どの子と避難したのかは問うておらず,子どもの学校関連の問題の影響も解明できなかった.このような限界はあるものの原発事故が発生すれば,誰もが健康を享受する権利を侵害される恐れがあるため,予防原則(Sunstein, 2007/2012)に基づき,行政機関は公衆衛生従事者のリスクコミュニケーション能力の向上に努め,自主避難者への対応について予め検討しておく必要があると考えられる.
本研究は妻子が自主避難した経験を持つ男性労働者の経験を明らかにすることを目的とし,福島県内の32企業に勤務する2,209人に無記名自記式質問紙調査を行った.その結果,8割以上が放射線の子どもへの健康影響を心配し妻子を自主避難させており,避難実施群の6割が妻子を自主避難させたことを「良かった」と評価していた.「良くなかった」と評価したことには,「放射線に関して公開される情報が信頼できないから」,「家事を自力でやらなければならなかった」,「妻子が自主避難していることを誰にも相談できなかった」と回答したことが有意に関連していた.本結果から避難実施群のうち妻子の自主避難に対する評価が低かった者は,災害時のリスクコミュニケーションに課題を感じており,家事負担の増加や社会的孤立を経験していた可能性が示唆された.
付記:本論文の内容の一部は,第5回日本公衆衛生看護学会学術集会と第27回産業衛生学会全国協議会において発表した.
謝辞:本研究の遂行に当たりご協力を賜りました皆様に心よりお礼を申し上げます.本研究はJSPS科研費(26463539)の助成を受けて実施した.また,本研究はいわき明星大学看護学部の黒田眞理子教授の福島県における産業保健師活動に端を発したものであり,黒田教授を中心に2014年から研究を続けて参りました.論文掲載直前に黒田教授が急逝され,最終原稿をご確認頂けなかったため,共著者としてお名前を連ねることが叶いませんでした.ここに黒田教授の生前のご功績を称えますと共に,深い哀悼の意を表します.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:KYMは研究のデザインと実施,分析,論文執筆の全てを行った.TTは統計解析および研究プロセス全体への助言を行った.全ての著者は最終原稿を確認し,承認した.