2020 Volume 40 Pages 5-13
目的:熟練産業看護職が産業看護活動において重視する目的と活動の構造を明らかにする.
方法:熟練産業看護職10名に半構造化面接を行い,質的統合法を用いて分析した.
結果:労働者への〈健康と労働からの制約の中でその人らしく働くことや生きることの実現〉〈退職後を見据えながらの心身共に健康に過ごせるための関わりの積み重ね〉〈会社組織の状況やキーパーソンを見極め,タイミングを見計らっての提案と活動の提供〉〈人財育成と段階的な活動の積み上げによる会社組織の産業保健の自立の実現〉〈労働者・管理者間等の意見調整と労働者への支援活動と職場への支援活動の連結〉〈中立の立場から専門職として関わり続けることによる信頼関係づくり〉〈専門性を高めるための体験学習と専門知識の習得の継続〉の7つが抽出された.
結論:対象者との関係性を基盤として会社組織の産業保健の推進と自立および労働者の健康と生き方を支援していた.
Purpose: The purpose of the study is to uncover expert occupational health nurse actions taken to understand purposes important to them in occupational health nursing practice.
Methods: Semi-structured interviews were conducted with 10 expert occupational health nurses. The results were analyzed using the qualitative synthesis method.
Results: The following seven elements were extracted: “Realize living and working as oneself while restricting within work and health”, “Stay engaged so that one is physically and mentally healthy and approaches retirement positively”, “Offer suggestions for activities at an appropriate time by assessing the state of affairs within the corporate organization and identifying key personnel”, “Develop human resources and accumulate phased activities toward self-sustaining occupational health activities by the corporate organization”, “Coordinate opinions among employees/managers and integrate support activities for employees with those for the employer”, “Build relationships of trust by staying engaged as a professional from an impartial standpoint”, and “Continue learning from experience and gain expert knowledge”.
Conclusion: Activities of occupational health nurses were conducted by building relationships of trust and making preformed study so that workers can live and work for themselves and the corporate organization can be self-sustaining and promoting occupational health activities.
近年,我が国では一億総活躍時代が謳われ労働人口が増加し(総務省統計局,2018),定年延長により労働期間は長期化している.国民の多くが労働者として人生の大半を占める労働生活を送るその期間にどのような生活習慣を獲得し,どのような健康レベルに属するのかは,退職後の健康状態や人生の質にも影響する.そのため,労働者の健康の保持増進の推進は今後ますます重要となり,労働者の健康を支援する産業保健活動の必要性もさらに増大すると考えられる.
産業保健活動は労働安全衛生法に則り,事業者の責任の下,事業場内に安全衛生管理体制が整備され,産業医,保健師・看護師(以下,産業看護職),衛生管理者等が産業保健チームとなり展開している.そのチーム内においては,それぞれの専門性に基づく役割を遂行しながら連携することになる.しかしながら,産業医や衛生管理者の職務は労働安全衛生法により定められているものの,産業看護職に関しては労働安全衛生法が制定された翌年に労働衛生課長名内翰󠄀「衛生管理者としての保健婦の活用について」(中央労働災害防止協会,1973)が各労働基準監督署宛てに通達されたことに止まり,現在も配置基準はなく,保健師の職務として健康診断後の保健指導等が示されているのみである.それにより,産業保健活動における産業看護職の職務は事業場の期待により異なり一律ではなく(磯野,2003),産業保健チーム内での役割も同一ではない.しかし,河野(2019)が「産業看護職の役割は産業保健チームの一員として看護専門職の立場で,事業者が労働者の協力を得て自主的に行う産業保健活動を支援することである」というように,全ての産業保健活動において,産業看護職が専門性を発揮して産業医や衛生管理者等と産業保健チームとして支援するという役割を果たすことが,事業場の組織・職場集団・労働者個人への多面的な支援の提供を可能にし,産業保健の活動を推進する力となり得る.
錦戸・京谷(2004)は,産業看護活動上の困難として事業場や産業医からの理解不足を挙げており,他職種からの産業看護活動への理解は十分には得られておらず,産業看護職は産業保健チームの一員としての役割を発揮できない状況がある.産業看護職の役割は,メンタルヘルス対策(厚生労働省,2006a)や過重労働対策(久保,2017)等の個別の活動に関しては示されているが,それらは産業医や衛生管理者の役割(厚生労働省,2006b:浜口,2019:椎野,2019)と重複しており,産業看護職独自の役割であると他職種は認知しえない.加えて,教育背景の文化の異なる専門職がお互いの専門性を理解することは難しいとされ(Asakawa et al., 2017),産業保健チームの他職種から理解を得ることは容易ではない.滝下ら(2011)が看護の専門性は見えにくく,看護の知識と技術を意図的に語らない限り他者には理解してもらえないというように,産業看護の専門性も積極的に伝えなければ他職種からの理解は得られない.それを容易にするには,産業看護活動の外見上の行動からは見えにくい産業看護職が活動する上で重視する目的やそれを達成するための活動を示して,他職種との意思疎通を図って産業看護活動への理解を促進したり,それらがチーム活動の中でどのような役割を果たしているのかを示すなどの工夫が必要である.それにより,チームの一員としての産業看護職の必要性が認識され,専門性に基づく役割分担が可能となれば,専門職者がそれぞれの役割を遂行でき,産業保健活動が推進されることを期待できる.
本研究の目的は,産業保健チームの一員としての産業看護職が果たしている役割に関する示唆を得るために,熟練産業看護職が産業看護活動において重視する目的と活動の構造を明らかにすることとした.
熟練産業看護職:日本産業衛生学会産業看護部会による産業保健看護専門職上級専門家への受験申請要件である実践経験10年以上かつ産業看護関連雑誌等に実践報告をしている者とした.
産業保健:事業者が労働による健康障害を防止して労働者の健康を確保することとした.
産業保健活動:産業保健の目的の達成のために多職種から成る産業保健チームで行う活動とした.
産業看護活動:産業保健チームの一員として産業看護職が行う活動とした.
半構造化面接法による質的帰納的研究とした.
2. 研究対象者看護師は経験と個人的知識との具体的な相互作用により看護の理論を改良していき,理論が実践に変化をもたらす(Benner, 2001/2005)とされているため,産業看護職としての経験を積んで産業看護の理論を改良していると考えられる産業看護経験年数10年以上の者を対象とした.加えて,産業看護活動において重視する目的が定まりその達成に向けた活動を行っていると推測される者を選定するために産業看護に関連する雑誌等で活動報告を行っていた産業看護職10名を対象者とした.
3. データ収集方法熟練産業看護職を選定するために,過去3年間に産業看護に関する雑誌で活動報告をしている産業看護職を選出し,さらに学会発表等を行っていた産業看護職の中から所属する企業の業種が異なる産業看護職に研究協力への依頼文書を所属する事業場に送付し,産業看護経験年数10年以上の条件を満たす5名の産業看護職から研究協力への承諾を得た.また,研究目的について語ることができると協力者が判断し,上記2つの選定条件に合致する産業看護職を5名の協力者それぞれから推薦してもらった.推薦された5名の産業看護職に研究協力依頼書を送付して承諾を得た.
研究協力者の指定した場所と時間に出向き,面接前に再度,文書と口頭で研究計画概要を説明し,書面にて同意を得た.
面接は産業看護活動において重視する目的とその具体的な活動を自由に語ってもらえるように半構造化面接とした.インタビューガイドに従い,産業看護活動を行う上で重視している目的を実践できた個人および集団/組織への具体的な支援事例,その時の思考と行動等についてインタビューした.面接はプライバシー保持可能な個室で行い,面接内容は研究協力者の同意を得てICレコーダーに録音した.
調査実施期間は平成29年9月~11月であった.
4. データ分析方法分析に用いるデータは半構造化面接によって得られた逐語録とし,データ分析には山浦(2012)の質的統合法(KJ法)を用いた.質的統合法は異質のデータを統合する方法であり,統合したラベルの関係を構造化することで,複数の個別群に共通する論理や全体を包括する論理を抽出し理論化をはかることができるとされている.そのため,産業看護職の多様な目的の達成に向けて実践される多彩な活動の法則性や普遍性を明らかにするには,質的統合法が適していると判断した.
分析は研究協力者ごとの個別分析後,総合分析を質的統合法(KJ法)のデータ統合の進め方に則り以下の手順で行った.
1) 個別分析 (1) ラベルづくり逐語録をよく読み,訴える内容が1つとなるように単位化して,具体的な意味がわかりやすいように一文にしたものを元ラベルとした.
(2) グループ編成作成したラベルを広げ,すべてのラベルを3~4回繰り返し読み,類似したラベルを集めグループ化し,グループごとのラベルの内容が訴える全体感をまとめ,表札として一文に表現した.グループ編成は,ラベル間の関係性を簡潔に表現するためにグループ総数5~7個になるまで繰り返し,それらを最終ラベルとした.
(3) 見取図の作成最終ラベル同士の内容の相互関係を探り,関係性に基づき配置し,関係記号と添え言葉を記入して視覚的に構造化した.さらに,最終ラベルに構造全体の位置づけとなる事柄と最終ラベルの内容を端的に表現するエッセンスから成るシンボルマーク(事柄:エッセンス,として示す)を作成し,見取図とした.
2) 総合分析総合分析には,すべての個別分析の終了後,それぞれの最終ラベルを2段階前まで戻した状態のラベルを用い,個別分析と同様の手順で分析した.見取図の中のシンボルマークによる関係構造を模式図的に表現してシンボルモデル図を作成した.
5. 信用性と確実性の確保分析の信用性と確実性を確保するために,研究者自身が質的統合法(KJ法)の基礎訓練を3回受けた後に分析を行った.また,分析は産業看護職経験が16年以上の研究者3名が行った.
6. 倫理的配慮本研究は,四日市看護医療大学研究倫理委員会の承認(承認番号124)を得た後に実施した.研究協力者には研究の趣旨,目的,方法,自由意思による研究協力,研究協力撤回の権利,個人情報の保護,厳重なデータ管理,結果の公表,面接内容の録音について書面と口頭にて説明し,同意を得た.なお,面接はプライバシーの保持に配慮し,話したくないことは話さなくてもよいことを約束した.
研究協力者は40歳代~60歳代の女性で全員保健師,産業看護経験年数は平均26.8年であった.所属する業種が医療・福祉の2名は事業場外部から産業保健活動を提供しており,8名は事業場内において産業保健活動を展開していた(表1).
対象 | 性別 | 年代 | 産業看護経験年数 | 職種 | 業種 | 事業場規模(従業員数) |
---|---|---|---|---|---|---|
A | 女性 | 40歳代 | 24年 | 保健師 | 情報通信 | 5000人以上 |
B | 女性 | 50歳代 | 32年 | 保健師 | 情報通信 | 5000人以上 |
C | 女性 | 50歳代 | 28年 | 保健師 | 製造業 | 5000人以上 |
D | 女性 | 40歳代 | 25年 | 保健師 | 情報通信 | 5000人以上 |
E | 女性 | 40歳代 | 25年 | 保健師 | 製造業 | 1000~5000人未満 |
F | 女性 | 60歳代 | 31年 | 保健師 | 医療・福祉 | 50人未満 |
G | 女性 | 40歳代 | 25年 | 保健師 | 製造業 | 1000~5000人未満 |
H | 女性 | 40歳代 | 26年 | 保健師 | 医療・福祉 | 50~300人未満 |
I | 女性 | 50歳代 | 26年 | 保健師 | 公務 | 50~300人未満 |
J | 女性 | 50歳代 | 26年 | 保健師 | 製造業 | 300~1000人未満 |
各個人分析の最終ラベルを2段階前の状態に戻したラベル113枚を総合分析の元ラベルとして用い,7つの最終ラベルが導き出された.それらのシンボルマークによる関係構造図を図1に示し,シンボルマークの事柄(《 》で示す)とエッセンス(〈 〉で示す)を用いて説明する.
熟練産業看護職が産業看護活動において重視する目的と活動の構造
熟練産業看護職(以下,看護職)は,労働者には〈退職後を見据えながらの心身共に健康に過ごせるための関わりの積み重ね〉という《健康保持支援》と共に〈健康と労働からの制約の中でその人らしく働くことや生きることの実現〉という《生き方支援》を行うという目的をもった活動をしていた.それらは《健康保持支援》と《生き方支援》が相俟った,その人らしく生きるための健康への支援であった.会社組織には〈産業保健への自立に向けた人財育成と段階的な活動の積み上げ〉による《産業保健への自立支援》と共に〈会社組織の状況やキーパーソンを見極め,タイミングを見計らっての提案と活動の提供〉による《産業保健の推進支援》を行うという目的をもった活動をしていた.それらは《産業保健への自立支援》と《産業保健の推進支援》を行うことで会社組織の産業保健の自立を促進するための支援であった.そして,両者への支援からの情報を〈労働者・管理者間などの意見調整と労働者への支援活動と職場への支援活動の連結〉という《産業保健活動全体のコーディネート》に活かしていた.それは労働者が職場でその人らしく健康に生きることや会社組織が労働者の健康を確保することに還元されるという善い循環をつくり出していた.これらの活動により〈専門性を高めるための体験学習と専門知識の習得の継続〉による《主体的な自己研鑽》と〈中立の立場から専門職として関わり続けることによる信頼関係づくり〉による《対象者との関係構築》がさらに促進され,その両面から労働者と会社組織への支援活動が支えられていた.
すなわち,看護職が産業看護活動において重視する目的と活動は,対象者との関係構築と看護専門職としての研鑽を基盤として,労働者が健康にその人らしく生きることや会社組織が自立して産業保健を推進できるようになることを目的とした活動であるという論理構造をもつといえよう.
以下,各シンボルマークを最終ラベル(『 』で示す)と総合分析の元ラベル(「 」で示す)を用いて説明する.なお,( )内の記号は対象者を表す.
1) 生き方支援:健康と労働からの制約の中でその人らしく働くことや生きることの実現これは『病気や仕事,家族や人生,その人の思い,どうしたいのかを話してもらい,健康レベルと職場の状況を合わせ考えて,その中で実現できる働き方や生き方をその人自身が決められるようにサポートする』という最終ラベルから抽出された(A,B,D,F,G,I).
看護職は「その人らしく働くことを支援するには,その人がどうしたいのかを実現できるようにその人の現状や職場の状況に関する情報収集をして整理して,保健師にできることを常に考える(D)」と労働者の状況と職場の状況を判断しながら,健康問題をもちながらもその人らしく働ける支援を考えていた.そして「最終的な生き方を支援するには,仕事の悩み,家族の問題,本人の思いも聴いて,その人自身が決められるようにサポートする(F)」「その人の望む生きていくことや働いていくことが叶えられるように本人と一緒に迷いながらも伴にいく(B)」と労働者の自己決定を助け,生き方までも支援していた.
2) 健康保持支援:退職後を見据えながらの心身共に健康に過ごせるための関わりの積み重ねこれは『労働者が困らずに気持ちよく労働生活を送れ,退職後も元気に地域に戻れるように,職場とのギャップを受け止めていく過程や生活習慣を変えられるような関わりを寄り添い長い時間をかけながら積み重ねる』という最終ラベルから抽出された(C,D,G,H,I).
看護職は「保健師活動の根っことなる目標は社員が元気に退職して地域に戻ることで,常にアプローチしても受け入れの悪い社員にも生活習慣を改められるようにありとあらゆる方向から話をして関わる(G)」と退職後も健康でいられることを目指して支援を継続したり,「本人が目指す働き方と職場が許す働き方とのギャップや,本人が受け入れられないことを受け止めていけるように長い時間をかけて遣り取りし,今後どうしていくのかということに関わっていく(D)」と労働者が労働生活を精神的に安定して送れるようになる過程を長期間かけて支援していた.
3) 産業保健の推進支援:会社組織の状況やキーパーソンを見極め,タイミングを見計らっての提案と活動の提供これは『産業保健を進めるには,会社組織の状況をみて戦略を練って働きかけたり,受け入れられる活動から開始したり,キーパーソンを見極めて粘り強く関わったり,仕掛けるタイミングを見計らったりといろいろなアプローチをかける』という最終ラベルから抽出された(C,E,F,G,H,I,J).
看護職は「保健指導ができていない事業所にはきっかけを作って訪問し,経営者が気分を害さずに受け入れてもらえる方法を探すなど,戦略を練ったり駆け引きしながら受け入れてもらう(H)」と事業場の産業保健の活動状況を見ながら無理のない方法を選択して支援していた.また,会社組織の「キーパーソンに根回ししたり,課長に相談しながら仕掛けるタイミングを見計らったり,機会が来た時に変えられるように準備しておく(J)」と産業保健を推進できる機会を逃さないように事前準備を整えていた.
4) 産業保健への自立支援:産業保健への自立に向けた人財育成と段階的な活動の積み上げこれは『会社組織の産業保健の責任者が役割を認識して自立して実施できるように,経営層の考えを理解した上で,産業保健の活動状況や安全衛生担当者の力量と経験に合わせて支援方法を変えて,一緒に考えながらできることを段階的に積み上げる』という最終ラベルから抽出された(A,B,D,E,F,H,I,J).
看護職は「職場の担当者の仕事量や経験に合わせて支援方法を変えて少しずつ自立できるようにする(A)」ことや「職場の担当者が自ら動ける人か見極めて支援方法を変える(B)」ことをして会社組織の担当者が自立して産業保健に関する活動を行えるように積極的に育成していた.そして「保健師がサポートする範囲を見極め,段階的に積み上げて少しずつ活動を定着させ,時間をかけて産業保健を行うための文化を創り,事業所が主体となって自立して産業保健を行えるように教育していく(F)」と会社組織が自立して活動できるまでの過程を支援していた.
5) 産業保健活動全体のコーディネート:労働者・管理者間などの意見調整と労働者への支援活動と職場への支援活動の連結これは『病気をもつ労働者とその管理者の思いを調整したり,その労働者の関係者を集めて支援の方向性を決めたり,保健指導からの情報を職場の問題把握に,職場からの情報を保健指導に生かしたり,それぞれの活動や関係者間を結ぶ』という最終ラベルから抽出された(A,C,D,E,F,G,H,I,J).
看護職は病気により職場からの健康配慮の必要な労働者が健康を維持して働き続けられるように「社員と会社の思いの違いの間に入り,両方がうまくいくように定期的に支援する(B)」ことや「本人や職場の思いが合わないときは,3者面談したり,職場と意識合わせしながら職場も納得できるように調整する(A)」ことで両者の異なる意見を調整していた.また,「保健指導では健診結果だけではなく職場の状況や人間関係をトータルにみて,その中から気づいた職場の問題点を現場に行ったり作業環境測定結果から確認して職場に働きかけたり,職場からの情報を保健指導につないだり,1つの活動を全体の活動に生かしていく(H)」ことで産業保健活動を統合していた.
6) 対象者との関係構築:中立の立場から看護専門職として関わり続けることによる信頼関係づくりこれは『労働者にも会社組織にも偏らない中立の立場から,会社組織の一員としての立場と役割を踏まえて会社組織の産業保健を実行する関係者とはパートナーとして,労働者とは産業保健活動や日頃からの声掛けを通して信頼関係をつくる』という最終ラベルから抽出された(A,B,C,D,E,F,G,I,J).
看護職は「会社に傾くと本人が本当のことを言ってくれなかったり,本人に傾くと会社の不利益になり,どちらでも信頼関係は築けないので中立の立場でいることを心がけている(E)」「産業保健の現場は連続性があるので,対象者とは面接がうまくいかなくても無理はせず,関係性を重視する(F)」「本人が困ったときに声をかけてもらえるように普段から声掛けをして産業看護職としての関係性をつくる(I)」と信頼関係づくりを重視し,それにより「関係性を築くと,そこから会社の実態や状況等の情報が入ったり,こちらが伝えたことに対するその後の動きも違う(D)」と認識していた.
7) 主体的な自己研鑽:専門性を高めるための体験学習と専門知識の習得の継続これは『自分の看護を振り返り次につなげる経験,本・勉強会・大学院による知識と会社の内外の人たちとの関わりからの学びを通して,産業看護の専門職としての期待に応えられるように成長し続ける』という最終ラベルから抽出された(A,B,C,D,E,F,G,H,I,J).
看護職は「自分のできていないところや弱いところを認め,困った事例では本を読んだり,勉強会にでたりして,対応を振り返って新たな関わりをする(A)」と自身を振り返って経験から学んだり,「保健師や産業医や作業環境測定士など産業保健チームの人たちに聞いたり,外部の方も力になってくれ,いろんな人の力を借りられた(H)」と多職種からも学んでいた.そして「会社の成長と共に会社のニーズを満たせるように保健師も成長して,会社が目指しているものを達成して会社にとって有益な存在になる(J)」と考えていた.
熟練産業看護職が産業看護活動を行う上で重視する目的として抽出された理由を労働者個人,会社組織,労働者と管理者の対象ごとに考察し,それらが産業保健の目的達成に向けてどのように機能しているのかを検討することで,産業保健チームの一員としての産業看護職が果たしている役割に関する示唆を得ることとした.
1. 労働者個人への関わり看護職は,その人らしく働くことや生きることの実現を目的として,健康と労働の制約がある中で支援していた.労働者は会社組織の共有する価値体系を自分の中に受け入れて自己のアイデンティティを再構成していく(鑪,1984)とされ,看護職が「本人が目指す働き方と職場が許す働き方とのギャップや,本人が受け入れられないことを受け止めていけるように関わっていく」というような,労働者の働き方と会社組織の働かせ方とが一致しない事象は,労働者の会社組織の中での存在価値を脅かし,アイデンティティまでも揺らがせる.看護職が「その人の望む,生きていくことや働いていくことが叶えられるように本人と一緒に迷いながらも伴にいく」というように,生きることまで支援するのは労働者のアイデンティティに労働が関与していることを理解しているためと考えられた.
また,看護職は退職後を見据えて健康保持することを目的として,労働者への支援を積み重ねていた.労働期間中の健康保持は産業保健の目標であるが,看護職が「保健師活動の根っことなる目標は社員が元気に退職して地域に戻ること」というように,その期間を超えて労働者の健康保持を目指すのは,労働者という捉え方のみならず一人の人として捉え,健康はその人らしく生きるための資源であることを認識しているためと考えられた.
2. 会社組織への働きかけ看護職は,産業保健の推進と自立を目的として,〈会社組織の状況やキーパーソンを見極め,タイミングを見計らっての提案と活動の提供〉と〈産業保健への自立に向けた人財育成と段階的な活動の積み上げ〉という支援を行っていた.産業保健は会社組織が主体的に行うものであり,労働安全衛生体制が整備され効果的に機能することで,労働者の健康と安全が確保される.しかし,営利団体である会社組織の直接利益に結びつかない産業保健の優先順位は下がり,担当者に十分な教育がなされない現状がある(福田ら,2017).そのため,看護職が「職場の担当者に合わせて支援方法を変える」「事業所が主体となって自立して産業保健を行えるように教育していく」というように,担当者が役割を果たせるように教育的に関わったり不足している部分を補ったりして,自立して産業保健を行えるように支援していると考えられた.
しかし,本来は会社組織の担当者は産業看護職が連携する相手である.その相手を育成するのは,看護職が「経営者が気分を害さずに受け入れてもらえる方法を探す」というように,会社組織が受け入れなければ産業保健活動自体を行なえないこと,推進できないことを理解しているからであろう.
3. 労働者と管理者をつなぐこと看護職は労働者・管理者間などの意見調整をして《産業保健活動全体のコーディネート》をしていた.病気をもつ労働者が健康と労働の均衡を図りつつ働くには業務マネジメントを行う管理者の配慮が不可欠である(荒井,2005).しかし,労働者と管理者は立場が異なり,労働者の望む働き方や業務内容と管理者が指示するそれらとは合致しないことがある.そのため,看護職が「社員と会社の思いの違いの間に入り,両方がうまくいくように定期的に支援する」というように,両者の立場の間に入り,それぞれの思いを理解した上で意見調整を行い,両者の関係性をつないでいると考えられた.健康上の配慮が必要な部下への通常とは異なる業務マネジメントでは,部下の健康状態を理解して,それに相応しい業務を指示する必要があり,管理者と部下とのコミュニケーションは欠かせない.また,部下は管理者との人間関係が形成されていないとサポートを求めず孤立してしまう傾向がある(津久井,2005).看護職は管理者が適切に健康配慮でき,労働者が健康に働けることを目的に労働者と管理者の関係性をつないでいると考えられた.
4. 産業保健チームの一員としての産業看護職の役割に関する示唆産業保健の目的は労働者の健康と労働能力の維持と増進,安全と健康のための作業と作業環境の改善ならびに作業中の安全と健康を守り生産性を高められるような組織と文化を発展させることである.産業医は健康管理の活動から労働者の健康状態に関して判断し,健康障害を予防するための勧告を事業者に行うことで労働者の健康の維持に寄与する.衛生管理者は職場巡視等をとおして健康を維持するための作業と作業環境の改善に注力する.
本研究の結果では,看護職は労働者に対して「長い時間をかけて遣り取りする」「本人と一緒に迷いながらも伴にいく」と,長期に渡り労働者の身近で,健康にその人らしく働くことや生きることを支援していた.労働者自らが職業人生を作り出していくことは労働者のQOLの向上につながる(厚生労働省,2006a)といわれるように,その実現は労働者に精神的な安定をもたらして労働生活を充実させ,ひいては労働能力の維持と増進につながるであろう.また,看護職は会社組織が自立して産業保健を推進できるようにも支援していた.産業保健の責任者は事業者であるため,産業医が勧告しても事業者側である会社組織が適切な対処をしなければ労働者の健康は守られない.会社組織の自立は,産業保健自体を推進させ,自発的な作業と作業環境の改善および労働者の健康の保持増進を促進させる組織や文化を醸成させることになる.さらに看護職は,病気をもつ労働者が健康を維持して働き続けられるように労働者と管理者との関係性や関係者間の意見調整をしていた.産業医が勧告する就業措置は,「配置転換することになかなか諦めがつかない(E)」というような労働者の不満や,「職場からはみ出た人を職場に戻す(C)」ことによる職場の困惑を招き,それらへの対応が必要となる.看護職が,就業措置が適切に行われるように労働者と管理者および関係者を調整することは,会社組織による労働者の健康状態に合わせた働き方の指示や職場環境の整備を可能とし,労働者が健康を回復ならびに保持しながら労働生活を送れることに寄与する.これらは,労働者自身が心身の健康を増進でき,会社組織自らが産業保健の目的を達成できるようになるための関わりであり,労働者や会社組織の関係者という対象者に働きかけることで産業保健活動を効果的に遂行する活動であると考えられた.
以上のことから産業保健チームのメンバーである専門職者の主な役割は,産業医は健康管理に関する勧告を行い事業者が対応できる形を整え,衛生管理者は健康の側面から職場の作業方法や環境を改善し,産業看護職は労働者や会社組織の関係者への支援により産業保健活動が円滑に遂行されるための実質を整えることであり,このような役割分担がなされそれぞれが機能することで産業保健活動が推進できると示唆された.
質的統合法(KJ法)では,バラエティが確保されたことでデータが飽和化するとされているため,本研究の対象者はさまざまな業種の事業場に所属する産業看護職とし,さらなる内容の異なるラベルが生じなくなったことを確認し,インタビュー調査を終了した.しかし,産業看護職は支援している事業場からの期待により職務が異なることもあるため,多様性を網羅していない可能性もある.今後は対象者の範囲を拡大し,さらに積み重ねていく必要がある.
謝辞:本研究に快くご協力くださいました産業看護職の皆様に心より感謝申し上げます.
本研究は四日市看護医療大学産業看護研究センターから助成を受けた.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:JHは研究の着想およびデザインから分析,草稿の作成;MHおよびMTは研究の着想およびデザインから分析を実施.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.