2020 Volume 40 Pages 106-112
目的:本研究では都市近郊と中山間地域における認知症高齢者の徘徊に関する地域課題を明確にする.
方法:都市近郊と中山間地域を対象とし,既存資料の分析,地区踏査,認知症高齢者家族など16名と保健医療福祉職15名に対しグループ・インタビューを行った.これらのデータからキー情報を抽出し,各項目を3側面と8カテゴリにまとめた.
結果:都市近郊の地域課題は「保健医療福祉職・住民・異業種連携の促進」,「認知症高齢者を見守る住民間の助け合いの不足」を,中山間地域では「認知症高齢者を見守る住民間の助け合いの維持」,「住民の認知症への認識の不足」を導いた.
考察:本研究では都市部は中山間地域に比べ近隣関係の親密度は低く住民間の助け合いが不足していると考える.一方,中山間地域では既存の互助活動に限界が訪れている.認知症高齢者を見守る住民間の助け合いや認知症への啓発活動が求められている.
Purpose: The present study aimed clarifying the regional issues of wandering of elderly people with dementia in suburban and mountainous areas.
Method: We targeted one metropolitan suburb and one mountainous district by analyzing already existing data (e.g., demographics), performing a community windshield survey and conducting interviews with 16 families caring for elderly with dementia, local volunteers and 15 healthcare/welfare professionals. The key information was extracted and organized from these data. The identified items were structured into 3 groups and 8 categories, characteristics of each community were described in terms of “strength” or “weakness”, and a logic-tree analysis was performed to assess common and specific characteristics for the two communities.
Results: “Lack of organization for supporting elderly with dementia” and “Fostering motivation among residents for dementia support” were found as common characteristics. “Promotion of collaboration between welfare providers, residents and various industries” and “Insufficient help among residents for watching over elderly with dementia” characterized the suburb, while “Maintaining mutual support among residents watching over elderly with dementia” and “Lack of public awareness of dementia” characterized the mountainous district.
Discussion: Neighborhood relations were found less intimate in suburban areas compared to mountainous areas; there is also a lack of help among residents living in suburban areas. On the other hand, in the mountainous areas, there is some limitation of mutual aid activities due to population decline and aging. Help among residents who watch over elderly people with dementia is needed, as well as activities to raise awareness of dementia.
全国の認知症高齢者数は2025年に約700万人に達する事が見込まれる(内閣府,2017).徘徊とは,無目的に室内,屋外,生活圏外などを歩き回り外にでようとする行動である(今井,2015).徘徊の原因は,記憶障害,見当識障害,幻視などが挙げられ,全国の警察に届出があった徘徊からの行方不明者数は年間約1万7千人と報告されている(警察庁,2018).徘徊は,認知症高齢者が無目的に(周囲からはそうみえる)歩き回るため,介護困難をきたす症状であり(菊地ら,2016a,2016b),家族や近隣周囲の人々の協力を得ながら対応する必要がある.つまり,認知症高齢者とその家族への支援を身近な地域課題として取り組み,認知症高齢者が自分らしく暮らせる地域社会の実現が進められている(厚生労働省,2018).
また,軽度認知症高齢者は,社会参加の低下によりさらなる認知機能の悪化を招き(Evans et al., 2019;根本ら,2017),施設入所などの急激な環境の変化は行動・心理症状の要因となる(小松ら,2013).したがって,認知症高齢者にとっては可能な限り住み慣れた地域で生活を継続することが望ましく,認知症高齢者の安全な暮らしを保証するため,徘徊による事故を避ける対策が必要である(久保田・堀口,2017).
地域の特徴によって認知症高齢者の徘徊に関する課題や対応策は異なると考えられる.例えば,都市部は人口が多く,徘徊を早期に発見する機会が多いと推測するが,公共交通機関が整備されているため,徘徊の範囲が広がるおそれがある.一方,中山間地域では,都市部と比べ親密な近所関係があり(吉村・北山,2018),住民間での見守り意識は高いが,山間部では捜索が困難になるおそれがある.このように,地域の特徴を踏まえた上で,認知高齢者の徘徊への対策に工夫を講じる必要がある.本報告では,都市近郊部と中山間地域という異なる地域性の観点から,対比整理することにより,地域の特徴について強みや弱みを捉え,認知症高齢者の徘徊に関する地域課題を明確にすることができると考えた.なお,従来,地域課題を把握するために,既存資料の分析,地区踏査,面接などの手法が提示されてきているため,本報告では,これらの手法により(金川,2011)情報を収集し,フレームワークを活用した上で,地域課題を明確にする.
以上より,本報告では,都市近郊と中山間地域という異なる地域性の違いについて比較検討しながら,認知症高齢者の徘徊に関する地域課題を明確にすることを目的とする.
本報告は,質的分析により,地域診断を導いた報告であり,大阪府下の都市近郊であるA地区と中山間地域であるB地区を便宜的対象地区とした.A地区は総人口75,271人,高齢化率24.8%,B地区は総人口16,132人,高齢化率37.0%である(2018年1月1日現在).農林水産省の農業地域類型別の人口構成割合からみて,A地区は都市的地域ならびに都市近郊,B地区は山間農業地域ならびに中山間地域として特徴づけることができる(農林水産省,2013).
2. 対象とデータ収集 1) 既存資料からみた地域の特徴両地区の地図,人口統計,地域福祉計画,高齢者保健福祉計画・介護保険事業計画等の既存資料(以下ED:Existing data)を入手し,各地区の交通,公共スペース,地理,人口,高齢者支援に関する社会資源について調査し,定性的に記述した.
2) 地区踏査からみた地域の特徴両地区について地区踏査(以下WS:Windshield survey)を行った.地区踏査とは,生活環境や暮らしぶりを実際に地域に出向いて観察することであり(金川,2011),各地区の交通,公共スペース,地理について調査し,定性的に記述した.
3) プライマリーインフォーマントからみた地域の特徴A地区では地域包括支援センター,B地区では町役場福祉課より各地区の認知症高齢者家族,民生委員等の地域ボランティア等を紹介してもらい,プライマリーインフォーマント(以下PI:Primary informant)とした.PIとはその研究テーマについて専門的知識はないが,一般的な考え方や経験を持つ人々である.
これらのPIにインタビューガイドを用いたグループ・インタビューを,地区ごとに60分程度実施した.A地区のPIは9名,B地区のPIは6名であり,PIに対しては見守り活動の状況や認知症への認識,高齢者のサービスの利用状況,近所付き合いについて把握することを目的に,「普段ご近所の方と会うことはありますか」,「現在利用されている介護サービスはどのようなものですか」,「周りの方の認知症への理解はどのようなものですか」,「徘徊が起きたときどのように対応されますか」等を質問した.面接内容は対象者の同意を得て録音し,逐語録を作成した.
4) キーインフォーマントからみた地域の特徴同様に,各地区の認知症高齢者ケアに携わる社会福祉協議会や地域包括支援センター,介護保険事業所,病院等の職員を紹介してもらい,キーインフォーマント(以下KI:Key informant)とした.KIとは,その地域や研究テーマについての専門知識があり,研究領域の代表者といえる人々である(金川,2011).
これらのKIにインタビューガイドを用いたグループ・インタビューを,地区ごとに60分程度実施した.A地区のKIは8名,B地区のKIは7名であり,KIに対しては見守り活動の状況や認知症への認識,多職種連携,高齢者のサービスの利用状況,近所付き合いについて把握することを目的に「住民の方の認知症の理解はどのようなものですか」,「徘徊に関してこの地域特有の問題はなんですか」,「徘徊が起きた時に連絡がとりあえるよう,普段から行われていることはありますか」等を質問した.面接内容は,対象者の同意を得て録音し,逐語録を作成した.
5) 調査内容図1に示す通り,調査・分析の枠組みは3側面,8カテゴリ,12項目から構成し,12項目に沿ってデータを収集した.調査内容は,徘徊に関する先行研究と,WHOが世界的な高齢化,都市化・都市の高齢化に対応するための高齢者にやさしいまちを2007年に提唱したプロジェクトであるエイジフレンドリーシティ(厚生労働省,2015;WHO,2013)の自己診断ツールである8つのトピックス,屋外スペースと建物,交通機関,住居,社会参加,尊厳と社会的包摂,市民参加と雇用,コミュニケーションと情報,地域社会の支援と保健サービスを参考に検討した.8つのトピックスについては【物理的環境】,【人的環境】,【社会的環境】の3側面に分類した.
調査・分析の枠組み
8カテゴリは,物理的環境には交通,公共スペース,人的環境には人口動態・人口静態,住民の慣習・意識,社会的環境にはサービスの整備状況,サービスの利用,人付き合いを含めた.また,見通しの悪い場所での徘徊の死亡事例が多いため物理的環境に地理を加え,徘徊に関する先行研究を参考に,カテゴリごとに具体的な項目を作成した(菊地ら,2016a,2016b;山崎ら,2010).交通は公共交通機関と道路状況,公共スペースは買物施設・公共施設,地理は自然環境・宅地の状況,人口動態・人口静態は人口・昼間人口と高齢化率・高齢者世帯とした.また,新オレンジプランの7つの柱を参考に住民の慣習・意識は見守り活動の状況と認知症への認識,サービスの整備状況は高齢者支援に関する社会資源と高齢者支援の多職種連携,サービスの利用は高齢者のサービス利用状況,人付き合いは高齢者の近所付き合いとした.
3. 分析方法分析についてはまず両地区の既存資料,地区踏査,面接の逐語録から図1に示す12項目から構成されるフレームワークを作成した.ED及びWSから得たデータとPI・KIに対する面接の逐語録からキー情報について要約したコードを抽出した.それらをA地区,B地区にて整理した.さらには各項目を3側面と8カテゴリにまとめ,強みまたは弱みとしての地域の特徴を記述し,これらを根拠に各地区の地域課題を明らかにした.なお,本報告では,地域課題という用語には,現実に起こっている問題に着目したものとより健康に生きたいという願いや強みに着目したものを含めている(佐伯ら,2018).また,問題に着目した課題を表示する際は,看護診断ハンドブックを参考に「〇〇の不足」,強みに着目した課題を表示する際は「△△の維持」または「××の促進」という表現を用いることとした(黒瀬,2018).
これらの分析については,妥当性を確保するために共同研究者内で繰り返し検討した.また,A地区のKI6名,B地区のKI3名に地域の特徴と地域課題を提示し,分析内容についてメンバーチェッキングにより合意を得た.
4. 倫理的配慮グループ・インタビューに際してはPIとKIに対して,調査の趣旨等を口頭で説明し,文書にて研究協力の同意を得た.なお,本調査は,大阪市立大学大学大学院看護研究科倫理審査会で承認を受けた(承認番号30-4-1).
表1に調査対象者の特徴を示す.PIの対象者は認知症高齢者家族,地域ボランティアであり,その年代はA地区では40歳代から80歳代,B地区では40歳代から70歳代であった.なお,B地区では認知症サポーター養成講座受講者が含まれていた.KIの対象者は,30歳代から60歳代の地域の認知症高齢者に関わる保健医療福祉職であり,A地区では地域包括センター職員,病院職員,B地区では行政職員が含まれていた.
所属 | A地区(都市近郊) | B地区(中山間地域) | |||
---|---|---|---|---|---|
プライマリーインフォーマント(PI) | 認知症高齢者家族 | 2人 | 男性50歳代1人 | 2人 | 男性50歳代1人 |
女性80歳代1人 | 女性40歳代1人 | ||||
地域ボランティア | 7人 | 男性40歳代1人 | 2人 | 男性70歳代1人 | |
男性70歳代1人 | 女性60歳代1人 | ||||
女性50歳代1人 | |||||
女性60歳代1人 | |||||
女性70歳代3人 | |||||
認知症サポーター養成講座受講者 | 2人 | 男性40歳代1人 | |||
女性40歳代1人 | |||||
キーインフォーマント(KI) | 行政職員 | 3人 | 男性40歳代1人 | ||
男性50歳代1人 | |||||
女性40歳代1人 | |||||
社会福祉協議会職員 | 1人 | 男性40歳代1人 | 2人 | 女性40歳代2人 | |
地域包括支援センター職員 | 1人 | 女性40歳代1人 | |||
介護保険事業所専門職 | 4人 | 男性30歳代1人 | 2人 | 男性30歳代2人 | |
男性40歳代2人 | |||||
女性50歳代1人 | |||||
病院職員 | 2人 | 男性30歳代1人 | |||
男性60歳代1人 |
A地区(都市近郊)の地域の特徴と地域課題を図2に示す.
認知症高齢者の徘徊に関するA地区(都市近郊)の地域の特徴と地域課題
A地区には「近所に認知症高齢者支援を頼める可能性のある人や団体がいる」,「認知症高齢者支援のための連携ができている」等の強みがあることから地域課題として「認知症高齢者支援のための保健医療福祉職・住民・異業種連携の促進」を導いた.また,「人目が届かない場所がなく,徘徊が起きても探しやすい」強みがあるが,「住民が認知症でも在宅生活を継続できる意識が希薄である」,「住民間の関係が希薄で,近所での見守りが不十分になる」等の弱みがみられ,これらを根拠に地域課題として「認知症高齢者を見守る住民間の助け合いの不足」を導いた.なお,項目における旧村とは古くからの地縁や血縁が残る共同体のことであり,だんじりとは曳物を用いた地域の祭りのことである.
3. 認知症高齢者の徘徊に関するB地区(中山間地域)の特徴と地域課題B地区(中山間地域)の地域の特徴と地域課題を図3に示す.
認知症高齢者の徘徊に関するB地区(中山間地域)の地域の特徴と地域課題
B地区には「住民間で助け合う関係があり,見守りを行っている」強みがあるが,「徘徊が起きた時,探しにくく危険な場所が多い」,「徘徊が起きた時,人目が少ないため発見に時間がかかる」等の弱みがみられ,これらの特徴を根拠に地域課題として「認知症高齢者を見守る住民間の助け合いの維持」を導いた.また,「認知症高齢者を支える世代が少なく,住民の認知症への認識が弱い」ことや「認知症の偏見から認知症高齢者とその家族が支援を求めにくい」ことから,地域課題として「住民の認知症への認識の不足」を導いた.
本報告の特徴は,住民と専門職との協働や既存データの有効活用に基づく地域診断の手法を用い,都市近郊と中山間地域という地域性の違いの点に着目し比較検討しながら,地域の特徴について,強みや弱みをとらえ,認知症高齢者の徘徊に関する地域課題を導いたことである.
面接逐語録のカテゴリ化(河野ら,2009)や関連図(大木,2017;伊山ら,2018)を用いて地域課題を導いた報告は散見されるが,収集した情報から課題に至る過程や情報分析の手法は定型化されているとはいえない.本報告では,予め調査・分析の枠組みとして図1の3側面,8カテゴリ,12項目から構成されるフレームワークを設定することで,効率よく情報の収集と分析を行うことができた.このようなツールを用い,収集し情報を系統立てて,総覧することで,項目ごとに関連付けしやすかったため,認知症高齢者の徘徊に限らず様々な地域課題を導く際に応用できる可能性がある.
地域間比較することにより,都市近郊の地域課題として「認知症高齢者支援のための保健医療福祉職・住民・異業種連携の促進」,「認知症高齢者を見守る住民間の助け合いの不足」,中山間地域の地域課題として「認知症高齢者を見守る住民間の助け合いの維持」,「住民の認知症への認識の不足」を導き,以下の通りその内容について,解釈する.
都市・都市近郊では民間事業者や地域組織が認知症高齢者の見守りに参加しており(厚生労働省,2018;山井,2016),保健医療福祉職に限らず異業種や地域組織との連携がしやすい環境であると考える.また,都市部は近隣関係の親密度は低いが(吉村・北山,2018),都市近郊においても住民間の助け合いが不足していることが本報告でも示された.
一方,中山間地域では,人口減少と高齢化の進展により既存の互助活動に限界があり,認知症高齢者を見守る住民間の助け合いの維持が課題として挙がったと考える.また,中山間地域では,地縁・血縁関係が強いことから周囲の目を気にし,認知症を隠す傾向あり(能勢,2015),本結果でも同様の結果が示された.中山間地域では,今後認知症の啓発活動により,認知症への差別偏見の解消が求められると考える.
最後に本知見を解釈する際の限界と課題を述べる.本研究は大阪府下の特定の二地区を選択して調査を実施したものであり,本報告で得られた地域の特徴の一般化には限界がある.また,グループ・インタビューの対象者が一部の住民,専門職によって明らかにされたものであり,その選定方法や属性を変更することで内容が異なるか検証を重ねる必要がある.今後の課題は,得られた地域課題に基づき具体的な取り組みや対応策につなげることである.
謝辞:インタビューにご協力いただいたすべての方に感謝申し上げます.
利益相反:本研究に関する利益相反は存在しない.
著者資格:SKは研究の着想およびデザイン,データ収集と分析,論文作成までの研究全体のプロセスに貢献した.TYはデータ収集と分析,論文作成への助言を行った.KYは論文作成までの研究全般に貢献した.すべての著者は最終原稿を読み承認した.