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Development of Preoperative and Postoperative Self-evaluation of Gait Model for Female Patients who have Undergone Total Hip Arthroplasty: A Structural Equation Modeling Analysis
Chisato MatsumotoMayumi KatoAyumi KaneujiToru IchisekiKiyokazu FukuiEiji TakahashiTomoko HiramatsuYoshimi Taniguchi
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2020 Volume 40 Pages 177-186

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Abstract

目的:女性人工股関節全置換術(Total Hip Arthroplasty: THA)患者の歩容の自己評価が何に影響され,何に影響を与えるのかを明らかにするために,術前と術後の歩容の自己評価モデルを開発した.

方法:変形性股関節症が原因でTHA予定の女性患者80名を対象に,無記名自記式質問紙調査を術前と術後6ヶ月の2回行い,構造方程式モデリングで検証した.

結果:術前の歩容の自己評価が影響を受けたのは年齢,歩行能力と跛行への思いで,影響を与えたのは社会生活への思い,股関節の満足度と術後の公的自己意識であった.術後の歩容の自己評価が影響を受けたのは歩行能力,跛行への思いで,影響を与えたのは全体的健康感,自尊感情,社会生活への思い,股関節の満足度であった.

結論:女性THA患者の歩容の自己評価は,影響を受ける変数と影響を与える変数のつながりが術前と術後で異なっていると示唆されたため,術前後の各々でアセスメントされるべきであると考えられた.

Translated Abstract

Objective: Models for preoperative and postoperative self-evaluation of gait were developed to clarify the effects of the self-evaluation of gait and the factors affecting self-evaluation of gait in women who have undergone total hip arthroplasty (THA).

Methods: An anonymous self-administered questionnaire survey was conducted twice before and 6 months after the operation in 80 female patients scheduled for THA for the treatment of osteoarthritis of the hip. The pre- and postoperative models were examined through structural equation modeling analysis.

Results: Age, the ability to walk, and thoughts regarding claudication were found to affect preoperative self-evaluation of gait. Preoperative self-evaluation of gait affected thoughts regarding social life, the level of satisfaction with the hip joint, and postoperative public self-consciousness. The ability to walk and thoughts regarding claudication were shown to affect postoperative self-evaluation of gait. Postoperative self-evaluation of gait affected general health perception, self-esteem, thoughts regarding social life, and the level of satisfaction with the hip joint.

Conclusion: As influenced and influencing factors were linked differently in preoperative and postoperative self-evaluation of gait in female patients with THA, preoperative and postoperative self-evaluation of gait should be assessed separately.

Ⅰ. はじめに

高齢化に伴い,関節疾患の有病者が増加している.世界的な推定では,症候性変形性関節症は60歳以上の男性の9.6%と女性の18.0%が有していると報告がある(World Health Organization, 2019).その主たる疾患の1つに,変形性股関節症がある.変形性股関節症は進行とともに,股関節痛,関節可動域制限,筋力低下が起こり,歩行困難となる.さらに,末期変形性股関節症では跛行が出現し,歩行姿勢,すなわち歩容の悪化を招く.このような時期の患者は,人工股関節全置換術(Total Hip Arthroplasty: THA)の適応となる.

変形性股関節症は中高年の女性に多く発症しており(Jingushi et al., 2010),成人期の女性は男性に比べて外見に対して意識が強いと報告されている(Ando & Osada, 2009).そのため,女性THA患者は歩容への意識が高く,歩容を自己評価していると考えられる.先行研究では,女性THA患者の歩容の自己評価は,股関節の痛み,脚長差,歩行能力などの身体的側面や,跛行への思いや公的自己意識などの患者の社会生活への参加を支えるような心理面から影響を受けると考えられている(松本ら,2014松本ら,2018).

歩容の自己評価はボディイメージの一側面と考えられる.ボディイメージとは自分の身体を自分で認識するという概念であり(Gorman, 1969),自分自身をどのように捉えているかという自己概念である(Wood, 1975).歩容の自己評価などのボディイメージが障害されることと抑うつや自尊感情の低下とは関係することが明らかになっており(Salter, 1997Sertoz et al., 2009),THA患者は歩容が悪化することで,家族や仕事に対し劣等感を抱いていたことが報告されている(赤木ら,2010).よって,THA患者の歩容の自己評価は,患者の社会生活への参加を支える心理面に影響を与えるものであると考えられる.

このように,女性THA患者の歩容の自己評価は,身体的側面や患者の社会生活への参加を支える心理面に影響を受けながらも,その心理面に影響を与えるものでもあると推察できる.したがって,歩容の自己評価が影響を受ける変数と影響を与える変数がどのようなつながりをもって捉えられるのかを明らかにし,歩容の自己評価を理解することは,THA患者の看護にとって重要であると考えられる.そのためには,歩容の自己評価に対する影響をモデル化する必要があると考えられる.さらに,Gorman(1969)は,ボディイメージは「現在および過去の知覚に基づいた自分自身の体についての概念である」と述べている.すなわち,術後の歩容の自己評価には,術後のボディイメージや患者の社会生活を支える心理面に加え,術前のそれらも影響するのではないかと予想されるため,術前と術後の歩容の自己評価は異なるもので構成されると考えられる.以上から,女性THA患者の歩容の自己評価モデルは,術前と術後で異なるものを開発する必要があると考えられる.しかし,これまでに,歩容の自己評価に対する影響をモデル化した研究や,同一の対象者から術前と術後の歩容の自己評価の相違を検討した研究は見当たらない.

女性THA患者の歩容の自己評価モデルが開発されることで,歩容の自己評価が何に影響され,何に影響を与えているのかが明らかとなれば,患者のボディイメージの向上を図ることを期待できる.また,歩容の自己評価をアセスメントすることが,女性THA患者の社会参加を支える心理面を理解することに繋がり,社会復帰等に必要な援助の一助が得られると考えられる.さらに,THA患者の歩容の自己評価が影響を受けるものと影響を与えるもののつながりが明らかとなれば,それらを意識することで,患者の全体像を捉えたアセスメントを行えると考えられる.

以上より,本研究の目的は,女性THA患者の歩容の自己評価が何に影響され,何に影響を与えるのかを明らかにするために,術前と術後の歩容の自己評価モデルを開発することとした.

Ⅱ. 用語の操作的定義

1.歩容の自己評価:歩容に対する患者本人の感情や価値観とした.

2.心理社会的側面:患者の社会生活への参加を支える心理面とした.

Ⅲ. 研究の概念枠組み

歩容の自己評価モデルには,影響を受ける変数として身体的側面と心理社会的側面があり,影響を与える変数として心理社会的側面があると考えた.これらの変数のつながりは術前と術後で異なると考え,仮説モデルを作成した.

1. 術前の歩容の自己評価の仮説モデル(図1

術前の歩容の自己評価が影響を受ける変数は,歩行状態に関係する身体的側面であると考え,股関節の痛みや動き,歩行能力や脚長差を変数とした.さらに,THA適応となる変形性股関節症患者は痛みや脚長差などから跛行を伴う者が多いため,心理社会的側面である,跛行への思いと公的自己意識も変数とした.公的自己意識とは,容姿・容貌や外見・行動などのように,他者にも観察可能な社会的対象としての自己を意識することである(辻,1993).また,基本属性が歩容の自己評価に影響すると考えたため,年齢,職業の有無も加えた.

図1 

術前の歩容の自己評価の仮説モデル

術前の歩容の自己評価が影響を与える変数は,心理社会的側面に関する変数と考えた.心理社会的側面には患者本人の健康感が根底にあると考えたため,全体的健康感を変数の1つとした.自尊感情と抑うつはボディイメージである歩容の自己評価に関係すると考えた.さらに,歩容の自己評価は,股関節疾患によって生じる日常生活への困難や,股関節の状態そのものへの主観的な評価に影響を与えると考えたため,社会生活への思いと股関節の満足度を変数とした.さらに,術前の歩容の自己評価が術後の跛行への思いと公的自己意識といった,自分の見た目や容姿の考え方にも影響するというパス図を描いた.

また,共変関係を示すパスを,歩容の自己評価が影響を受ける変数の間と,歩容の自己評価に影響を与える変数の誤差変数の間に描いた.

2. 術後の歩容の自己評価の仮説モデル(図2

術後の歩容の自己評価が影響を受ける変数と,影響を与える変数は,基本的に術前の仮説のモデルと同様に選択した.しかし,術後のTHA患者は,術前の自分の心理社会的側面にも基づいて,歩容を自己評価すると考えたため,術前の心理社会的側面の変数が術後の歩容の自己評価に影響するというパス図を描いた.共変関係のパスは図1と同様に描いた.

図2 

術後の歩容の自己評価の仮説モデル

Ⅳ. 研究方法

1. 研究対象者

研究対象者は,原疾患が変形性股関節症の20歳以上の女性で,中部地方で800床以上を有するA大学病院に,2016年12月5日から2017年12月4日の間に,初回THAを目的として入院した者とした.

2. 調査方法

1) データ収集方法

データ収集は質問紙調査と診療録から,術前と術後6ヶ月の2回行った.質問紙は無記名自記式とした.術前は入院日から手術前日までの間に直接配布し,直接回収もしくは回収箱による留め置き回収とした.術後は配布・回収ともに郵送で行った.診療録は同意書による研究協力を確認した後,閲覧した.

2) データ収集内容

調査内容は,基本属性を除き,術前と術後で同一である.

(1) 質問紙によるデータ収集

①基本属性:年齢,仕事の有無を収集した.

②歩容の自己評価:100 mmのビジュアルアナログスケール(Visual Analog Scale:VAS)で測定した.左端を「全く満足していない:0」とし,右端を「とても満足している:100」として示した.

③跛行への思い:100 mmのVASで測定した.左端を「これ以上ないほど気になる:0」とし,右端を「全く気にならない:100」として示した.値が低いほど跛行を気にしていることを意味する.

④公的自己意識:Fenigstein et al.(1975)が作成したものを基に辻(1993)が作成した自己意識尺度を用いて評価した.回答は5段階であり,合計点は0~32点である.点数が高いほど公的自己意識が高いことを示す.

⑤全体的健康感:SF-36v2日本語版:スタンダード版(Fukuhara et al., 1998a, 1998b)を用いて評価した.回答は5段階であり,合計点は0~100点である.点数が高いほど全体的健康感が高いことを示す.

⑥自尊感情:Rosenberg(1965)が作成し,山本ら(1982)が邦訳した自尊感情尺度を用いて評価した.この尺度は自尊感情を,他者との比較からではなく,自身で自己への尊重や価値を評価するとしているため採用した.回答は5段階であり,合計点は5~50点である.点数が高いほど自尊感情が高いことを示す.

⑦抑うつ:米国国立精神保健研究所が開発し(Radloff, 1977),島ら(1985)が邦訳した抑うつ状態自己評価尺度(the Center for Epidemiologic Studies Depression Scale: CES-D Scale)を用いて評価した.この尺度は国内外で広く普及しており,他の研究結果と比較しやすいため採用した.回答は4段階であり,合計点は0~60点である.点数が高いほど抑うつ傾向であることを示す.

⑧痛み・動き・社会生活への思い・股関節の満足度:日本整形外科学会股関節疾患評価質問票(Japanese Orthopaedic Association Hip Disease Evaluation Questionnaire: JHEQ)の下位尺度である,痛み,動作,メンタル,股関節の状態を用いて評価した.JHEQは股関節疾患の特異的尺度として,日本整形外科学会診断・評価等基準委員会 股関節疾患小委員会によって作成された(Matsumoto et al., 2012).痛みは股関節の疼痛を,動作は股関節に関係する日常生活動作の容易さを,メンタルは股関節に起因する日常生活への不安や社会生活の困難感などを評価している.これらの回答は5段階であり,各々の合計点は0~28点である.得点が高いほど状態が良いことを示す.股関節の状態の測定は100 mmのVASが用いられており,左端を『完全に満足している:0』とし,右端を『全く不満である:100』として示されている.値が低いほど股関節に満足していることを示す.

⑨歩行能力:日本整形外科学会股関節機能判定基準(Japanese Orthopaedic Association hip score: JOA hip score)の下位尺度である歩行能力を用いて評価した.JOA hip scoreは股関節機能の判定基準として日本整形外科学会股関節機能判定基準委員会に作成された(日本整形外科学会,1995).回答は6段階であり,合計点は0~20点である.点数が高いほど歩行能力が高いことを示す.

なお,自己意識尺度,SF-36v2,自尊感情尺度,CES-D Scale,JHEQは,それぞれの開発者と翻訳者により信頼性・妥当性が検証されている.JOA hip scoreはKuribayashi et al.(2010)によって,信頼性・妥当性が検証されている.また,すべての尺度の使用権を確認した.

(2) 診療録によるデータ収集

脚長差:理学療法士によって測定された棘果長(cm)を調査した.棘果長とは上前腸骨棘から内果までの距離のことである.本研究では術測を基準とし,反対側との差の絶対値を結果として示した.

3. 分析方法

歩容の自己評価と各変数は1項目ごとにKolmogorov-Smirnov検定で,正規性の確認を行った.術前後の歩容の自己評価と各変数の相関は,Spearmanの順位相関係数を用いた.仮説モデルは構造方程式モデリングによって検証した.統計ソフトはIBM SPSS Statistics version 23.0とSPSS Amos version 23.0を用いた.有意水準は5%未満とした.

4. 倫理的配慮

本研究は,金沢大学医学倫理審査委員会(承認番号701-1),および研究協力機関であるA大学医学研究倫理審査委員会(承認番号I111)の承認を得て実施した.対象者には,本研究の参加は自由意思に基づくものであり,参加協力の有無や途中での辞退によって不利益は生じないことや,個人が特定されないことを説明した.また,得られた情報は本研究の目的以外には使用せず,個人情報を厳重に管理し保護することなどを文書と口頭で説明した.同意書の提出をもって,研究の同意とした.

Ⅴ. 結果

1. 対象者の概要

術前に98名の女性THA患者に質問紙を配布し,98部の回答が得られた.術後は98名に質問紙を配布し,84部の回答が得られた(回収率85.7%).有効回答は80部(有効回答率81.6%)であった.平均年齢は64.3 ± 9.3歳であり,有職者は41名(51.2%)であった.

2. 術前と術後の歩容の自己評価と各変数の相関(表1

1) 術前の歩容の自己評価と各変数との相関

術前の歩容の自己評価と相関があった変数は,術前は,動き,歩行能力,脚長差,跛行への思いと股関節の満足度であり,術後は,痛みのみであった.

表1  術前と術後の歩容の自己評価と各変数の相関
n 歩容の自己評価
術前 術後6ヶ月
ρ p ρ p
基本属性 年齢 80 .11 .313 –.15 .172
歩容の自己評価 80 –.04 .717
術前 身体的側面 痛みa 80 –.17 .137 .10 .359
動き 80 .36 .001 .34 .002
歩行能力 80 .39 .000 .22 .055
脚長差(cm) 71 –.33 .005 .10 .423
心理社会的側面 跛行への思い 80 .57 .000 –.03 .812
公的自己意識 80 .09 .416 .09 .430
全体的健康感 80 .20 .075 .28 .011
自尊感情 78 .15 .178 .15 .191
抑うつ 80 .00 .993 –.14 .217
社会生活への思い 80 .14 .201 .18 .106
股関節の満足度b 80 –.27 .016 .04 .708
術後6ヶ月 身体的側面 痛みa 78 –.29 .011 .49 .000
動き 77 –.02 .868 .58 .000
歩行能力 76 .01 .966 .72 .000
脚長差(cm) 71 –.19 .113 –.03 .797
心理社会的側面 跛行への思い 79 –.07 .535 .73 .000
公的自己意識 77 .14 .214 .23 .043
全体的健康感 79 –.03 .808 .52 .000
自尊感情 76 .11 .324 .34 .003
抑うつ 78 –.02 .843 –.34 .002
社会生活への思い 79 –.10 .388 .54 .000
股関節の満足度b 77 .21 .071 –.57 .000

歩容の自己評価は術前後とも非正規分布であったため,Spearmanの順位相関係数を用いた.

a:痛みは値が高いほど,状態が良いことを表す

b:股関節の満足度は値が低いほど,股関節に満足していることを表す

2) 術後の歩容の自己評価と各変数との相関

術後の歩容の自己評価と相関があった変数は,術前は,動きと全体的健康感であった.術後は,脚長差以外の全ての変数に相関があった.

3. 歩容の自己評価モデル

1) 術前の歩容の自己評価モデル(図3

術前の仮説モデル(図1)の全ての変数間には,多重共線性を予想するような,ρ > .7を超える強い相関は認められなかったため,全変数を投入して検証した.有意なパスを持たない変数を削除し,修正を繰り返したところ,最終モデルは適合度がχ2 = 14.642(自由度=11;p = .199),Comparative Fit Index (CFI) = .936,Root Mean Square Error of Approximation (RMSEA) = .065であった.術前の歩容の自己評価が影響を受けていたのは,年齢(標準化係数:β = .19,p < .05),歩行能力(β = .33, p < .001)と跛行への思い(β = .49, p < .001)であり,決定係数:R2 = .42であった.影響を与えていたのは社会生活への思い(β = .23, p < .05, R2 = .05),股関節の満足度(β = –.24, p < .05, R2 = .06)と術後の公的自己意識(β = .22, p < .05, R2 = .05)であった.

図3 

術前の歩容の自己評価モデル

2) 術後の歩容の自己評価モデル(図4

術前の仮説モデル(図2)の全ての変数間には,多重共線性を予想するような,ρ > .7を超える強い相関は認められなかったため,全変数を投入して検証した.有意なパスを持たない変数を削除し,修正を繰り返したところ,最終モデルは適合度がχ2 = 12.251(自由度 = 10;p = .269),CFI = .99,RMSEA = .053であった.術後の歩容の自己評価が影響を受けていたのは,歩行能力(β = .49, p < .001)と跛行への思い(β = .45, p < .001)であり,R2 = .69であった.影響を与えていたのは全体的健康感(β = .51, p < .001, R2 = .26),自尊感情(β = .33, p < .01, R2 = .11),社会生活への思い(β = .53, p < .001, R2 = .28),股関節の満足度(β = –.60, p < .001, R2 = .36)であった.

図4 

術後の歩容の自己評価モデル

Ⅵ. 考察

本研究の対象者は平均年齢60代の女性の集団であり,THA適応となる変形性股関節症の母集団を表している(Jingushi et al., 2010).そのため,術前後ともTHA患者のモデルとして活用可能性を持つものと考えられる.以下,それぞれのモデルについて考察する.

1. 術前の歩容の自己評価モデルについて

術前の歩容の自己評価が影響を受けた変数には身体的側面である歩行能力と心理社会的側面である跛行への思いがあり,影響を与えた変数には社会生活への思いと股関節への満足度があった.安藤(2010)は,変形性股関節症の患者は痛みと悪戦苦闘しながら一日また一日と受診を先延ばしにした結果,進行期や末期になってから診断されることが多く,診断されたその日から悪化していく股関節を守りながらの生活を始める,と述べている.よって,術前のTHA患者は,悪化していく自分の股関節を悪化していく歩容として認識し,それが社会生活への困難感や股関節の状態に対する不満へと繋げていたと推察する.

術前のTHA患者は,疼痛や可動域制限のために自分が思うような距離や速度で歩行できなくなったことを実感し,股関節が悪化したという評価をしたと考えられる.跛行は,悪化した股関節を,正常ではない歩容という形で自他ともに外観できるものである.松本ら(2011)は,術前の股関節疾患患者は,ショーウィンドウや鏡に映る自分の傾いて歩く姿に,普通に歩いているつもりだったのにと,ショックを受けていた,と報告している.何気ない日常の瞬間に,自分の跛行を外観することで,自分では意識していなかった股関節の悪化を認識せざるえなかったという思いが,跛行への思いの中に含まれたのではないかと考える.そして,THA患者は長い期間痛みや可動域制限に耐え,我慢しきれなくなったときに,手術を決心すると報告がある(大滝ら,2012).手術を決心するほどの股関節の悪化を感じた人が社会生活を困難に思い,股関節の状態に不満を抱いたのは当然の結果であるといえる.

また,術前の歩容の自己評価モデルには,年齢が影響を及ぼす変数として認められ,術後の公的自己意識が影響を与えられる変数として認められた.この2つの変数は歩容の自己評価との相関はなかったが,年齢が若い者ほど,同年代の健常者に比べ,脱臼肢位などによる日常生活の制限から,自分の思い通りには股関節を動かせないと感じ,周囲と自分を比較する思いへと繋げているため,モデル内では有意な変数として認められたと考えられる.

歩容の自己評価が年齢に影響を受けた背景として,本研究の対象者の平均年齢は65歳未満であったことが考えられる.成人では年齢が若いほど自分の身体的な外見を低く評価すると報告されている(Ando & Osada, 2009).年齢が若い人ほど同年代と比較して,悪化している自分の股関節を敏感に感じていたのではないかと考えられる.しかし,術後は年齢に関係なく身体機能が著明に改善するため,術後のモデルには年齢による影響が採用されなかったと考える.

本研究での新たな知見は,過去のボディイメージである術前の歩容の自己評価から,術後の公的自己意識が影響を受けている点である.ボディイメージと自己意識は関係していたという点では,Theron et al.(1991)の報告と一致しているが,術前に歩容の自己評価が高かった者は,術後に他者からの視線に敏感になっているという,過去の歩容の自己評価が未来の公的自己意識に影響を与えるという意外な結果が得られた.THAは股関節を人工物に置換する手術である.Gambling & Long(2012)は,股関節温存術を受けた女性が術後の生活で大切にしていたことは,自分の骨だけで形成された股関節をできるだけ長い期間維持することであったと報告している.術前に歩容に満足していた者は,術後に自分の体の中に人工物が入った違和感や,自分の骨だけではない股関節を意識して,他者の視線を気にしていたのではないかと推察する.

術前の歩容の自己評価モデルは,歩容の自己評価が影響を受けた変数で約5割の決定係数を得ている.しかし,影響を与える変数は,各々の標準化係数や決定係数が弱い.社会生活への思いや股関節の満足度は,歩容の自己評価からだけでなく,歩行能力や跛行への思いからも直接影響を与えられている可能性も予測できるため,さらなるモデルの検討が必要と考える.

2. 術後の歩容の自己評価モデルについて

術後の歩容の自己評価が影響を受けたのは,身体的側面である歩行能力と心理社会的側面である跛行への思いであり,影響を与えていたのは,心理社会的側面である全体的健康観,自尊感情,社会生活への思い,股関節の満足度であった.土屋・金(2012)は,変形性股関節症の患者は疼痛,筋力不足,可動域制限,脚長差などから,特徴的な歩容になるため,術後は術前と異なる身体の使い方を再獲得する必要があると述べている.身体の使い方とは,人工股関節を入れた身体での歩行や生活動作の仕方を意味する.よって,術後のTHA患者は,歩容の自己評価をリハビリテーションを通して再獲得した歩行の出来栄えの指標とし,それから社会生活への容易さや股関節の状態への満足感だけではなく,自尊感情や健康感を感じていたと推察する.

術後のTHA患者は,歩行能力が改善し,跛行が出現しないことを歩容の改善として評価することで,正常な歩行が再獲得できたと実感したと考えられる.術後のTHA患者は除痛や歩容の改善によって,屋外活動への意欲が向上するようになると報告がある(赤木ら,2011).社会生活の場が広がり,他者との交流が多くなる中で,過去の自分の歩容との比較だけでなく,他者の歩容とも比較して,歩容の自己評価をしていたとも推察される.社会生活の思いと股関節の満足度が術後の歩容の自己評価から影響を与えられていたのは,このように歩容を自己評価することで,社会生活が容易になったと感じ,股関節の状態に満足するようになったためと考えられる.さらに,術後のモデルに特異的であったのは,全体的健康感と自尊感情が歩容の自己評価から影響を与えられていた点である.歩行の再獲得に対する自己評価を,歩容の自己評価とし,それが高いほど自身の健康を感じ,自尊感情を持ったと考えられる.Lerner(1987)は青年後期の男女は身体的な魅力が高いほど自分を肯定的に評価すると述べている.術前に比べ,顕著に改善した自分の歩容を実感することが,健康感や自尊感情となり,社会生活への復帰の後押しに繋がったとも考えられる.

術後の歩容の自己評価モデルは,歩容の自己評価と全ての変数に相関があり,術前に比べ歩容の自己評価が影響を受けた変数からの説明力も高く,影響を与えた変数への標準化係数もほとんどが高い係数を示している.モデルの適合度からも,活用可能性があると考えられる.

3. 看護への示唆

歩容の自己評価が低い人は社会生活を思うように送れないと考えていることが示唆された.医療者が患者の歩容の悪化を認識しなくとも,患者は自分の歩容を低く評価している場合があり,社会生活への不満が医療者の予測よりも大きい可能性がある.そのため,社会生活の意欲の低下を予想し,日常生活の困難さや悩み事を傾聴することが重要である.さらに,術前の歩容の自己評価は術後の公的自己意識に影響を与えていることが明らかとなった.日本では畳の上で正座を求められることがある.立位から正座をとる姿勢は股関節の過屈曲や内旋などの脱臼肢位を招きやすい.自分の振舞いが他者にどう映るかを気にする人は,正座をとれないことを苦痛に感じる可能性があると考えられる.脱臼肢位を避けるような動作であっても,できるだけその人の考える生活スタイルに近い動作ができるような環境や生活の仕方を整える援助をする必要がある.

本研究から,女性THA患者の歩容の自己評価は影響を受ける変数と影響を与える変数に術前と術後で異なるつながりがあると示唆された.そのため,術前と術後の各々で歩容の自己評価をアセスメントする必要があると考えられた.

4. 本研究の限界と今後の課題

本研究の対象者数は十分とは言えず,非正規分布の変数もモデルの中に投入されていることから,今後は対象者数の増加と多施設での検証が必要と考えられる.また,本研究は歩容の自己評価についての研究がほとんど明らかとなっていない中で,仮説を検証したものである.今後はモデル内に潜在する変数も考慮しながら,さらにモデルを洗練させていくことが求められる.

Ⅶ. 結論

女性THA患者の歩容の自己評価が何に影響され,何に影響を与えるのかを明らかにするために,術前と術後の歩容の自己評価モデルを開発した.

1.術前と術後の歩容の自己評価モデルは,各々が異なる有意なモデルとして認められた.

2.術前の歩容の自己評価が影響を受けていたのは,年齢,歩行能力と跛行への思いであり,影響を与えていたのは社会生活への思い,股関節の満足度と術後の公的自己意識であった.

3.術後の歩容の自己評価が影響を受けていたのは,歩行能力と跛行への思いであり,影響を与えていたのは,全体的健康観,自尊感情,社会生活への思いと股関節の満足度であった.

以上のことから,女性THA患者の歩容の自己評価は,影響を受ける変数と影響を与える変数に,術前と術後で異なるつながりがあることが示唆された.そのため,術前後の各々で歩容の自己評価をアセスメントすべきと考えられた.

付記:本研究の一部は第38回日本看護科学学会学術集会にて発表した.

謝辞:本研究に快くご承諾いただき,質問紙にご協力いただきました皆様に心より御礼申し上げます.研究フィールドとしてご協力いただきました,施設のスタッフの皆様にも厚く御礼申し上げます.また,統計解析のプロセスについてご助言いただいた,金沢大学医薬保健研究域医学系 環境生態医学・公衆衛生学の辻口博聖先生に深く感謝申し上げます.本研究は科学研究費助成事業(若手研究(B))15K20710の助成を受けて実施した.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:C.MおよびM.Kは研究の着想,デザイン,データ収集,統計解析の実施,論文執筆の全研究プロセスに貢献した.A.Kは研究の着想,デザインおよび原稿への示唆,研究プロセス全体への助言を行った.T.I,K.F,E.T,T.HおよびY.Tは研究のデザイン,原稿への示唆および研究プロセス全体への助言を行った.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.

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