Journal of Japan Academy of Nursing Science
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Influence of Perioperative Nursing Experiences on Clinical Nurses’ Career Development
Mai KobayashiMisuzu F. Gregg
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2020 Volume 40 Pages 187-195

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Abstract

目的:手術看護を経験することが看護師のキャリア発達に及ぼす影響を明らかにする.

方法:新卒で手術室に配属後3年以上の手術看護の経験があり,手術室以外の部署に勤務する臨床経験10年程度の看護師11名に半構造化面接を行い,質的記述的に分析した.

結果:手術看護の経験をもつ看護師は【手術看護を経験したことで歩みたい道を考える】.配置転換後は【手術室で習得した知識・技術を配置転換部署での看護に活かせる】こと等に強みを感じていた.一方で【配置転換時に手術看護では経験しない看護に戸惑う】等の困難に直面し,【配置転換部署での困難を乗り越えるために努力する】ことで【配置転換により看護師として成長する】ことが示された.

結論:手術看護の経験を有する看護師には,特有な看護実践経験を踏まえて自らのキャリアの方向性を思慮する時期が存在する.配置転換時は手術看護で経験しなかった実践により苦境に陥るが,手術看護の経験はどの領域の看護にも活かせる強みとなり,職務を遂行する上でポジティブな影響を及ぼす.

Translated Abstract

Purpose: The purpose of this study was to identify the influence of perioperative nursing experience on career development of clinical nurses.

Methods: Data were generated through semi-structured formal interviews with 11 clinical nurses. The nurses were assigned to an operating room as new graduates and had more than 3 years of perioperative nursing experience. Following this, they worked in a department outside an operating room. The contents of interviews were analyzed qualitatively.

Results: Eight categories emerged from the data analysis: considering a different career path by perioperative nursing experience, making use of nursing knowledge and techniques learned in the operating room in a new ward, anticipating situations in advance, acting imperturbably regardless of the situation, experiencing difficulty and lacking the skills needed at the time of job rotation, lacking confidence in other areas of nursing at the time of job rotation, striving to overcome the difficulties of working in a new ward, and experiencing growth as a nurse as a result of job rotation.

Conclusion: Nurses with perioperative nursing experience considered their career path based on their experiences in the operating room. They faced difficulties at the time of job rotation because their experience was limited to the operating room. However, their experience was also a strength that they could use in other areas of nursing and had a positive influence on their subsequent work.

Ⅰ. 緒言

医療や医療技術の進歩に伴い手術医療はますます高度化・多様化しており,手術医療チームの一員として手術看護に携わる看護師に求められる知識・技術も高度化している.手術看護は,術前準備・術後の片づけを含む器械出し看護と術前訪問・術後訪問を含む外回り看護に大別され(福田・中村,2019),手術看護に必要な知識としては,手術侵襲と生体反応,手術室医療安全管理や感染管理,手術医療における倫理,手術を受ける患者・家族の心理などが挙げられる(日本手術看護学会,2011).つまり,手術看護実践には病棟や外来での看護とは異なる知識・技術の習得および倫理観を養うことが不可欠である.看護の本質はどの部署においても同じではあるが,手術看護は特有の知識や技術,倫理観を必要とする専門性の高い看護領域であると言える.

一方,手術室は病院の中でも隔離された印象があり,一般看護職には親しみのない場所(土藏,2012)であるため,手術室での実践経験のない看護師には手術看護のイメージが描きにくい.また,手術看護は高度な技術や迅速な判断力を必要とするものの,手術室には看護がないという見解もあり手術看護に対する看護職の認識はまだ乏しい(吉川,2012).このことは,手術看護に携わる看護師の役割や意義が認識されにくい現状を表している.

手術看護に関する先行研究を概観すると,手術看護の専門性(中村ら,2004Gillespie et al., 2011)や手術室の看護師の定着プロセス(大西ら,2009),新卒で手術室に配属された看護師の経験(福田・中村,2019),病棟から手術室に配置転換した看護師のストレスや困難感(蔵本ら,2019Eriksson et al., 2020)は明らかにされている.それに対し,手術室から他部署に配置転換した看護師の研究に着目すると,その経験は殆ど明らかにされていない.しかし,手術室に配属された看護師が,手術看護の専門性の高さからストレスや困難を感じる現状(蔵本ら,2019Eriksson et al., 2020)を鑑みると,手術室から他部署に配置転換する看護師においてもストレスや困難に直面することが容易に推察される.

一方で配置転換は,新しい人間関係の構築や新たな知識・技術の習得などによりキャリア発達の機会にもなり得る(蔵本ら,2019).キャリア発達とは「職業生活プロセスにおける自己の成長発達」(中本ら,2018,p. 2)であることを加味すると,手術室という特殊な環境で専門的な看護を展開する手術看護の経験は看護師のキャリア発達に一種特有な影響を及ぼすことが窺い知れる.しかしながら,手術看護の経験が看護師のキャリア発達にどのような影響を及ぼすのかについては先行研究で明らかにされていない.

そこで本研究は,手術看護を経験した看護師の語りから,手術看護の経験が看護師のキャリア発達に及ぼす影響について明らかにすることを目的とする.本研究で得られる結果は,手術看護の経験を有する看護師がキャリアビジョンを描き,歩みたい看護の道の選択や意思決定の一助となり得る.また,看護師のキャリア発達を支援する管理者や組織にとっても,人材育成を行う上で有用な資料になると考える.

Ⅱ. 用語の定義

本研究において,「手術看護」とは,手術室において,器械出し看護や術前訪問・術後訪問を含む外回り看護を実践し,手術療法を受ける患者が安全・安楽に最良の手術を受けることができるようにケアすることとする.手術看護の英語表記について日本看護協会は,「Perioperative Nursing」を用いている.その背景には,手術看護が周手術期(術前・術中・術後)における継続看護の実践であることの意味合いが含まれており,本研究においても手術看護を「Perioperative Nursing」と表記する.また「経験」とは,個人が直接的または間接的に事象や対象と関与し,個々を取り巻く外部環境との相互作用を通して認識することとする.さらに「キャリア発達」とは,個人が生涯にわたり職業上の経験や活動を通して成熟していく過程とする.

Ⅲ. 研究方法

1. 研究デザイン

質的帰納的研究デザインを用いた,質的記述的研究

2. 研究参加者

研究参加者の要件は,新卒で手術室に配属され,その後3年以上の手術看護の経験があり,現在は手術室以外の部署で勤務している臨床経験10年程度の看護師(管理職は除く)とした.上述の要件を定めた理由は次の通りである.

手術室に配属される以前に他部署の経験がある看護師は,その経験が結果に影響する可能性が考えられる.そのため,研究参加者には,新卒で手術室に配属された看護師であることを要件の1つとした.

手術看護に携わる看護師が器械出し看護を一通り行えるようになるには3年程度の経験が必要であり(土藏,2012),手術看護を主体的に実践するには概ね3年の手術看護の経験を要すると認識できる.手術看護を経験した看護師がその実践経験を語るには,主体的に手術看護を行える必要があると捉え,3年以上の手術看護の経験を有することを研究参加者の要件とした.さらに,看護師は臨床経験10年前後で自身の将来像を模索し明確にしていく(中本ら,2018)ことから,キャリアを模索する時期を考慮して10年程度の看護師経験があることを要件に含めた.

3. データ産出期間

2014年6月~2014年9月

4. データ産出方法

半構造化面接を用い,①手術看護に携わったきっかけ,②手術看護で印象に残っている実践経験,③手術室から他部署に配置転換した後に活かすことができた手術看護の経験と苦労や大変さを感じた経験,④手術看護を経験したことが看護師として働く上で及ぼした影響などを質問した.なお,面接後に意味内容の確認を要するデータはなかったため,追加面接は実施しなかった.

5. データ分析方法

データ分析は,研究参加者の許可を得てICレコーダーに録音したものを逐語録に起こし,意味のあるまとまりごとにコード化した.そして,コードを相違点や共通点を比較することにより分類し,共通性を見出して命名し,カテゴリ化した.カテゴリ間の関連性については,Glaser(1978)が提唱しているコーディング・ファミリーを用いて検討した.また分析の過程では,研究参加者によるメンバーチェッキングを行い,分析結果の厳密性を確保した.

Ⅳ. 倫理的配慮

本研究は,神戸市看護大学倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号:2014-2-02).研究対象施設の看護管理者・研究参加者には,研究の概要,研究協力による利益と不利益,研究協力への自由,個人情報やプライバシーの保護について書面を用いて説明し,同意を得た.半構造化面接については,所要時間を説明して業務に支障をきたさないよう配慮し,個室またはそれに準じる環境を準備した.研究参加者の選定は,看護部長もしくは研究参加要件に該当する看護師を紹介可能な看護管理者からの推薦によるものであったが,研究参加者には研究者が直接連絡し,研究参加への諾否を個人の自由で意思決定できるよう配慮した.

Ⅴ. 結果

1. 研究参加者の属性

研究参加者は,病院8施設に勤務する看護師11名で,年齢は平均33.8 ± 2.7歳,看護師経験年数は平均9.7 ± 2.0年,手術看護の経験年数は平均5.9 ± 1.8年であった.また,育児休業を取得後に組織的な配慮や理由で手術室とは異なる部署に配属された3名を除く全員が自らの希望で配置転換をしていた(表1).面接時間は総計711分,平均64.6分で,全員が勤務時間外での実施であった.

表1  研究参加者の属性
年齢 看護師経験年数 手術看護経験年数 手術室から異動後他部署での経験年数 手術室からの配置転換希望 手術看護経験後の所属部署
A 30代前半 8年 5年 3年 ICU
B 30代後半 9年 5年 4年 外科系病棟,外来
C 30代前半 11年 8年 3年 外科系病棟
D 30代前半 8年 5年 3年 内科系病棟
E 30代前半 9年 8年 1年 外科系病棟
F 30代前半 9年 6年 3年 新生児室,外科系病棟
G 30代後半 15年 4年 11年 外科系病棟
H 30代前半 9年 8年 1年 新生児室
I 30代後半 10年 8年 2年 ICU
J 30代前半 10年 5年 5年 外来,混合病棟
K 30代前半 9年 5年 4年 外科系病棟,内科系病棟

2. 分析結果

手術看護の経験が看護師のキャリア発達に及ぼす影響について分析した結果,21サブカテゴリ,8カテゴリが抽出された(表2).以下に,カテゴリおよびサブカテゴリを順に取り上げて記述する.なお,カテゴリは【 】,サブカテゴリは〈 〉,インタビューで研究参加者から語られた内容を「 」で示す.

表2  手術看護の経験が看護師のキャリア発達に及ぼす影響
カテゴリ サブカテゴリ
手術看護を経験したことで歩みたい道を考える 看護師として成長するために手術室以外の部署で働くことを考える 
手術看護の経験により術後患者の看護がしたいと思う 
手術看護の経験を踏まえて将来の展望を考える
手術室で習得した知識・技術を配置転換部署での看護に活かせる 解剖生理の知識に強みを感じる 
外科的処置・侵襲的処置時に強みを感じる 
感染管理の知識・技術が活かせる 
手術や麻酔の知識を患者・家族への看護に活かせる 
手術や外科的処置の知識を配置転換部署のスタッフに提供できる 
患者の思いを汲む力が養われる
治療に関する状況を先読みした実践ができる 医師の見解を先読みした実践ができる 
外科的処置・侵襲的処置時に状況を先読みした実践ができる
どのような状況でも落ち着いて対処できる 緊迫した状況下での看護実践により動ずることのない姿勢で行動できる 
どのような状況でも医師と円滑にコミュニケーションが図れる
配置転換時は看護師経験年数に実践力が相応せず困難を感じる 看護師経験を積んでからの配置転換であるがゆえの辛さがある 
配置転換時は看護師経験年数で実践力を判断される苦境に直面する
配置転換時に手術看護では経験しない看護に戸惑う 手術室と配置転換部署の看護実践の違いに気付く 
手術室では病棟で必要な実践力を学ぶ機会がなかったことを知る 
病院内の実践に関する共通ルールに戸惑う
配置転換部署での困難を乗り越えるために努力する 配置転換部署での困難を乗り越えるために努力する
配置転換により看護師として成長する 配置転換により看護師としての経験が豊かになる 
配置転換により看護の新たな気付きを得る

1) 【手術看護を経験したことで歩みたい道を考える】

このカテゴリは,手術看護の経験を有する看護師が,手術看護の経験を踏まえて自らのキャリアについて思慮をめぐらせることである.看護師は〈手術看護の経験により術後患者の看護がしたいと思う〉ようになったり,〈看護師として成長するために手術室以外の部署で働くことを考える〉.

「手術看護好きだったんですけど.(中略)ただでもね,手術室看護師っていう免許じゃないんで,看護師の免許なんで.今後どうするかって考えた時に,このままずっと居たら看護師としてしなあかんケアとか,アセスメント能力っていうんですかね,そのことを全く知らずに出来なくなるなと思って.取り合えず1回何処かに出たいなと思ったんですよ.」(A看護師)

また,手術看護の経験をもつ看護師は,〈手術看護の経験を踏まえて将来の展望を考える〉ことをしていた.

「手術室と病棟の経験が活かせることは何やろうと考えるけど,選ぶにしても病棟経験が浅すぎるので,もうちょっと病棟での経験がないと駄目と思う.」(H看護師)

2) 【手術室で習得した知識・技術を配置転換部署での看護に活かせる】

このカテゴリは,手術看護の経験を積んだことで習得することが出来た特有の知識や技術を配置転換部署の看護に活かせるということである.手術看護を経験した看護師は,配置転換部署での看護実践において〈解剖生理の知識に強みを感じる〉〈外科的処置・侵襲的処置時に強みを感じる〉〈感染管理の知識・技術が活かせる〉ことを実感していた.また,〈手術や外科的処置の知識を配置転換部署のスタッフに提供できる〉ことや〈手術や麻酔の知識を患者・家族への看護に活かせる〉ことを認知していた.さらに,全身麻酔により意識のない患者や限られた時間での手術室におけるコミュニケーションを通して〈患者の思いを汲む力が養われる〉こと実感し,強みに感じていた.

D看護師は,手術看護の経験が配置転換部署の実践に活かせたことについて次のように語った.

「CV(中心静脈カテーテル)とか胸腔ドレーンを入れる処置は,全然抵抗なかったです.(中略)内科なのでDNR(蘇生処置拒否)の患者さんばっかりで,あまり挿管まですることはないですけど,オペ室で挿管介助を毎日やっていたから,挿管ってなったら皆『えっー』となるけど,要る物とかこうしたらというのは分かるので,その辺はやっぱり,ありましたかね.」(D看護師)

3) 【治療に関する状況を先読みした実践ができる】

このカテゴリは,手術看護の経験を通して患者の治療に関する状況を予測して実践することを指し,〈医師の見解を先読みした実践ができる〉〈外科的処置・侵襲的処置時に状況を先読みした実践ができる〉で構成されていた.

「直介(器械出し看護)であれば主治医に息を合わせるというので『何を必要としている』『どういうふうに考えている』ということを先読みしていくっていうのも,病棟での治療の1つであったりとか,治療方針決定の1つであったりとか,先生の考え方を読むってことは,ただ言われることをやるだけじゃなくて繋がってるかなと思います.」(K看護師)

4) 【どのような状況でも落ち着いて対処できる】

このカテゴリは,手術看護の経験を通して,どのような状況においても落ち着いて対処ができるということである.手術看護を経験した看護師は,人の臓器や出血などを目の当たりにしたり,病棟では経験し得ない〈緊迫した状況下での看護実践により動ずることのない姿勢で行動できる〉ことや,時には医師に怒られながら密にコミュニケーションを取り実践する看護を通して〈どのような状況でも医師と円滑にコミュニケーションが図れる〉ことを実感していた.

「結構,(手術室では)急変とかに当たっていたんで.その時の経験というか,その回数重ねる毎にあまり動じなくなって,いろんなことに冷静に,何か問題があったりしても,できるようになったかな.すごい度胸がついたというか.(中略)結構,出血もありますし,お腹も開けるし,顔も剥ぐし.」(A看護師)

「手術室は麻酔医や外科医との距離が近いので,意見もするし,向こうもしてくる.(手術室から異動して)外に出てからも喋りやすいです.」(I看護師)

5) 【配置転換時は看護師経験年数に実践力が相応せず困難を感じる】

このカテゴリは,手術看護が特有な実践であるがゆえに,手術室から他部署に配置転換した際に,看護師経験年数で求められる実践力に見合わないと実感して苦悩することを指す.〈配置転換時は看護師経験年数で実践力を判断される苦境に直面する〉〈看護師経験を積んでからの配置転換であるがゆえの辛さがある〉で構成された.

「年齢は積んできてるけど,実質は病棟の看護なんて実習の時以来だから,『1年目さんよりも感覚は古いし,動きも鈍いんだよ.でも,年だけいったの』みたいな感じなんだけど,周りは『何年目なんでしょ?』って見るのもあるので.その辺のギャップを埋めるところは凄く苦労しました.」(F看護師)

6) 【配置転換時に手術看護では経験しない看護に戸惑う】

このカテゴリは,手術室で特有な実践経験を積んだがゆえに,配置転換をした際に手術室と配置転換部署での様々な看護実践の相違に戸惑うことを指す.手術看護を経験した看護師は,同時に複数の患者を看護すること,実務,記録システムや看護記録,勤務中のタイムスケジュール,清潔・不潔観念,処置時の手法など〈手術室と配置転換部署の看護実践の違いに気付く〉ことや〈病院内の実践に関する共通ルールに戸惑う〉経験をしていた.

「手術室だったら1件集中じゃないですか.その時はその人だけ.それが(病棟では)一気に7・8人とか,5・6人になって,全員を看ないといけない.(中略)慣れてないから,1個1個に時間がかかる.」(C看護師)

「院内の共通ルールとか(頭では)知っててもなかなか水分のIN・OUTを8時間おきにやってますとか,基本的な事ですよね,そういう事ってそんな事も『何か聞いた事あるけど,そうやわ』みたいな(H看護師)

また,病棟で必要な看護技術・療養生活の援助を初めて経験すること,患者状態をアセスメントする能力の低さを感じることなどに直面し,〈手術室では病棟で必要な実践力を学ぶ機会がなかったことを知る〉ことが示された.

「病棟の全てのことが初めてだったので.手術室は基本的に点滴も先生が入れるので.それから注射1つも出来ないし.(中略)生活の援助,それこそ陰部洗浄とかも『どうしよう』みたいな感じで.」(D看護師)

7) 【配置転換部署での困難を乗り越えるために努力する】

このカテゴリは,配置転換部署で感じた困難さを克服するために,自分で努力することや書籍・マニュアル等で自ら勉強をすること,自ら同僚の力を借りる手段を講ずることを指し,1サブカテゴリで構成された.

「基本看護技術というのが本当に全く分からない(中略).その時はやっぱり勉強しましたね.1年目みたいにね『こうして,こうして』って.」(A看護師)

「分からない事ばかりですからね.何をするのも1年生と一緒に扱って欲しいけど,自分は10年目で.でも合っているか分からないから,常に自分で,後輩にでも『合っているか見て』と言って.(中略)最初は記録から分からなかったし.記録も全部読み返してもらい合っているか見てもらった.」(J看護師)

8) 【配置転換により看護師として成長する】

このカテゴリは,配置転換がきっかけで看護経験の幅が広がったり,新たな気付きが得られ,看護師として成長するということである.手術看護を経験した看護師は,〈配置転換により看護師としての経験が豊かになる〉こと,〈配置転換により看護の新たな気付きを得る〉ことを実感していた.

B看護師は,配置転換部署での看護を通して手術を受ける患者の術前・術中・術後看護が繋がり,看護経験の幅が広がったと次のように語った.

「何か手術室に居た時って,その人の病気人生のほんの一部じゃないですか,1日だけ.(中略)この人はどういうことをして病気になって,どうやって病気が分かって,手術を受けて,病棟で過ごして,帰ってどんなふうに生活してというのとかあんまり浮かばなったことが,病棟に行ったら今度は術後の姿を見させてもらって,こういうふうに人は元気になって,ご飯を食べれるようになって,お家に帰るんだって.(中略)病気をもったまま生きていくというのは,こんな感じというのを凄く看させてもらって,個人情報を守れる範囲で(患者に)『こういうふうにされている方がいらっしゃいますよ』とか『こういう工夫をされていますよ』と言えるようになった.」(B看護師)

3. カテゴリ間の関連

データ分析で抽出された8カテゴリの関連性を検討し,手術看護の経験が看護師のキャリア発達に及ぼす影響の構造モデルを作成した(図1).

図1 

構造モデル:手術看護の経験が看護師のキャリア発達に及ぼす影響

手術看護の経験をもつ看護師は,その経験を踏まえて自らのキャリアに思慮をめぐらせ【手術看護を経験したことで歩みたい道を考える】.手術看護を経験した看護師は,特有な手術看護実践の経験を積んだがゆえに【配置転換時は看護師経験年数に実践力が相応せず困難を感じる】ことがあったり,【配置転換時に手術看護では経験しない看護に戸惑う】という苦境に陥る.その一方で,【手術室で習得した知識・技術を配置転換部署での看護に活かせる】ことや【治療に関する状況を先読みした実践ができる】こと,【どのような状況でも落ち着いて対処できる】ことは,どの部署の看護実践にも活かせる強みになり,自ら【配置転換部署での困難を乗り越えるために努力する】ことを後押しする.このことにより,試練を乗り越えて【配置転換により看護師として成長する】.

Ⅵ. 考察

本研究の参加者は,〈手術看護の経験を踏まえて将来の展望を考える〉ことをしており,手術室での実践経験を契機として将来像を模索していた.看護師は臨床経験10年前後で将来像を模索し明確にしていく(中本ら,2018)と言われているが,本研究の結果として,将来像を明確にしていくというキャリア発達段階の特徴が示されているとは言い難い.それは本研究が,手術看護を経験した看護師の「キャリア発達段階」ではなく,手術看護を経験した看護師の「キャリア発達への影響」に焦点をあてたことによるものと考えられる.

考察では,まず,手術看護の経験が看護師のキャリア発達に及ぼす影響について述べ,次に,手術看護を経験した看護師のキャリア発達上の課題とキャリア発達支援について言及する.

1. 手術看護の経験が看護師のキャリア発達に及ぼす影響

1) 手術看護を経験したことからキャリアを志向すること

自分の能力や価値観を自覚したうえで,どのような働き方をしようとするのか,キャリアの方向性や目的意識を示すことをキャリア志向という(三輪,2011).

本研究の参加者は,〈手術看護の経験により術後患者の看護がしたいと思う〉〈看護師として成長するために手術室以外の部署で働くことを考える〉というように,手術看護の経験を踏まえてキャリアを志向していた.手術看護は,特に看護過程の展開方法や日常生活の援助技術において病棟での看護実践とは異なる特徴があり(土藏,2012),本研究の参加者も手術室では病棟での看護に必要な知識・技術を習得する機会が極めて少ないと感じていた.臨床看護師は,職業生活プロセスにおいて,看護に対する職能の拡大とともに看護への価値ややりがい,自己課題などを見出して自己を成長発達させていく(中本ら,2018).つまり,手術看護を経験した看護師は,手術室では経験できない看護や習得できない実践能力があることを認識し,自己の課題を見出して,看護師として成長するためにその後のキャリアを志向するという特徴があると言える.

2) 手術室から他部署に配置転換する際に感じる困難

本研究の参加者は,手術室から配置転換した際に,手術看護では経験しない看護に戸惑い,看護師経験年数に実践力が相応しないことに困難を感じていた.手術看護を経験した看護師が配置転換時に困難を感じる背景には,以下に示す手術看護と病棟や外来で実践する看護との違いが大きく影響していると考える.

「新人看護職員研修ガイドライン(改訂版)」(厚生労働省,2014)において看護師に求められる実践能力の技術的側面に着目すると,器械出し看護と外回り看護を実践する手術室では「創傷管理技術」「救命救急処置技術」「感染予防技術」を除く11の基礎看護技術において,経験し得ない項目が存在する.例を挙げると,「食事援助技術」では食生活支援,食事介助,経管栄養法の3項目,「清潔・衣生活援助技術」では洗髪,口腔ケア,入浴介助などの項目は手術室で実践しない看護技術である.つまり,新卒で手術室に配属され,専門性の高い実践経験を積んだ看護師は,配置転換後に病棟や外来で必要な看護技術や療養生活の援助を看護師となって初めて経験することになる.加えて,患者にとって非日常的で手術という侵襲的な治療を受ける場である手術室と療養生活の場である一般の病棟とでは,患者の置かれている状況や実践環境が異なる.そのことにより,手術看護を経験した看護師は配置転換時に記録システムや看護記録,複数の患者を同時に看ること,タイムスケジュールの組み立てなどの看護実践上の違いに気付いたり,病院内の共通ルールが分からないなど,【配置転換時に手術看護では経験しない看護に戸惑う】という困難に遭遇する.さらに,看護師経験を積んでからの配置転換であるがゆえのプレッシャーを感じ,その困難感が助長するものと考えられる.

一方,手術室での看護経験のない看護師の視点から考えると,手術室は閉鎖的な環境下で看護が提供されており(福田・中村,2019),一般看護職には親しみのない場所である(土藏,2012)ため,看護師であっても手術看護の特殊性や専門性は認識されにくい現状がある.そして,病院で勤務する看護師の大半が病棟の経験を有するために,手術看護の経験を積んだ看護師の配置転換時の境遇が認知されにくい傾向があると推察される.

以上のことより,手術看護を経験した看護師が他部署に配置転換した際には,病棟や外来部門とは異なる実践経験を積んだがゆえの困難に遭遇すると言える.

3) 手術看護経験を活かし困難を乗り越えて看護師として成長すること

本研究の参加者は,手術室を離れ,配置転換部署で未知の実践経験を積む中で看護の経験が豊かになり,また看護の新たな気付きを得るというように,配置転換が契機となって看護師として成長していた.しかしながら,手術看護を経験した看護師が配置転換し,看護師として成長する過程には,自ら【配置転換部署での困難を乗り越えるために努力する】ことが欠かせないことも示された.そしてその背景には,手術看護を経験した看護師が〈配置転換時は看護師経験年数で実践力を判断される苦境に直面する〉ことが影響しており,配置転換部署のスタッフ,時には管理者にも,手術看護を経験した看護師が直面する配置転換時の困難さを理解してもらえないという逆境があったと推察される.経験を積んだエキスパートレベルの看護師であっても,経験したことのない部門に異動すると,そこでの実践は初心者レベルに戻る(Benner, 2001/2005).手術看護を経験した看護師は,配置転換後に初めて経験する病棟での看護実践において初心者レベルに戻る時期があるものの,その境遇を理解してもらえないという逆境により,配置転換時の困難を乗り越えて成長に繋げるために並々ならぬ自助努力を要すると考える.

また本研究の結果から,【配置転換部署での困難を乗り越えるために努力する】過程において,配置転換部署で活かせる手術看護実践能力が職務遂行の強みになり,ポジティブな影響を及ぼすことが窺い知れた.人のストレス反応についてMcGonigal(2015/2015)は,自分の個人的な強みを認識することで「脅威反応」が「チャレンジ反応」に変化し,プレッシャーのかかる状況で実力を発揮できると述べている.つまり,手術看護を経験した看護師は,その経験を積んだからこそ習得した特有の実践能力が自身の強みであると認識することで,配置転換時に感じる困難やストレスがチャレンジ反応に変化し,その状況を克服する意欲やエネルギーに繋げられたと考える.

以上のことから,手術看護経験により習得した実践能力は,どの領域の看護実践においても活かせる強みとなり,配置転換時の困難を乗り越える上で,さらには看護師として成長する上でポジティブな影響を及ぼすことが示唆された.

2. 手術看護を経験した看護師のキャリア発達上の課題とキャリア発達支援

手術看護を経験した看護師が配置転換時に陥る苦境を乗り越え【配置転換により看護師として成長する】ことに繋げられるか否かは,キャリア発達上の大きな課題である.手術看護を経験した看護師が配置転換しキャリア発達するには,看護師自身が特有な手術看護の経験を積んだがゆえの困難に遭遇することを認識し,対処行動を明らかにして計画的に問題解決に取り組むことが大切である.さらには,手術室での看護経験で習得した強みを配置転換部署での実践に活かす力,そして特有な経験がゆえに感じる困難を乗り越える力を発揮して,配置転換部署でのワークモチベーションに繋げていくことが重要である.

一方,組織からのキャリア発達支援としては,公式のメンター制度の導入が提案できる.公式なメンタリングとは,メンタリングの利点を活かすために組織が制度として位置づけたものである(久村,2002).公式のメンター制度により手術看護を経験した看護師は,配置転換部署の看護に必要な知識・技術を確実かつスムーズに会得できると共に,精神的ストレスの軽減も期待でき,配置転換時に直面する困難感の緩和に繋げられると考える.また,手術室での看護実践で獲得した経験知を活かす場や役割を看護師に付与することは,手術看護の経験が部署で活かせることを認識する機会になり,仕事に対するモチベーションが高められるため,キャリア発達支援として有用であると考えられる.

Ⅶ. 本研究の限界と今後の課題

本研究の参加者は,手術看護の経験を経て現在は手術室以外の部署で勤務している看護師であった.そのため本研究では,配置転換時に直面する困難を乗り越えることができた看護師の経験が結果に反映されている.今後は,その困難を乗り越えることができなかった看護師を対象に手術看護の経験がキャリア発達に及ぼす影響を明らかにし,双方の研究結果を統合することが課題である.

Ⅷ. 結論

手術看護の経験を有する看護師には,特有な看護実践経験を踏まえて自身のキャリアの方向性を思慮する時期が存在していた.手術看護を経験した看護師は,手術看護が特有な経験であるがゆえに,配置転換時に苦境に陥る.その一方で,手術看護の経験はどの領域の看護にも活かせる強みになり,配置転換時の困難を乗り越える努力を後押ししていた.このことにより,手術看護を経験した看護師は,試練を乗り越えて成長していた.

付記:本研究は,神戸市看護大学大学院博士前期課程に提出した修士論文に加筆・修正を加えたものである.また,本論文の一部は,19th East Asian of Nursing Scholarsにおいて発表した.

謝辞:本研究にご協力いただきました施設の看護管理者の皆様ならびに研究に参加いただきました看護師の皆様に深くお礼申し上げます.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:MKは,研究の着想およびデザイン,データ収集,データ分析,論文執筆の全てを実施した.MGは,研究の全プロセスにおいて,助言を行った.すべての著者は,最終原稿を読み,承認した.

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