2020 Volume 40 Pages 290-297
目的:避難行動要支援者の属性と身体状態を把握し,医療機器ユーザーに必要な発電機・燃料の備蓄想定,GISにより津波や河川氾濫時の浸水・土砂災害からの被災リスクを明らかにする.
方法:内灘町の要支援者25人を対象に,K-DiPSアプリを用いた実証実験を実施した.要支援者と担当ケアマネがアプリに心身状態を入力して把握し,発災後72時間のバックアップ電源を算出した.GISで,土砂災害・浸水リスクを検討した.
結果:2人が医療機器を必要とし,個々に1台の発電機と燃料が必要だった.ID28の避難所は土砂災害警戒区域に立地していた.A地区の居住者は5分以内に避難所まで到達できないと想定された.
結論:2人に電源備蓄が必要である.ID28は浸水想定内への立地のため,避難所としての使用には,慎重な検討が必要である.A地区の要支援者は,降雨時にはより早期の避難が必要である.
Purpose: We aimed to identify those populations vulnerable to disasters (PVD) in Uchinada town in K-DiPS app demonstration experiments and to clarify the risk of disasters using geographic information systems (GIS).
Methods: Care managers conducted interviews with PVD using the K-DiPS app. We determined the disease status of PVD and calculated the number of generators and fuel needed to run necessary medical devices for 72 hours. We used GIS to identify PVD and risks of tsunami, flood, and landslide damage.
Result: Two people needed medical equipment, each requiring one generator, 88 cassette cylinders, and one liter of oil. The ID28 shelter is in an area at risk of landslide damage. PVD in Area A were assumed to be unable to reach the shelter within 5 minutes.
Conclusion: Careful consideration should be given to using ID28 shelters during heavy rains and earthquakes. PVD living in Area A must be evacuated early during heavy rainfall events.
近年,停滞前線による長期間の豪雨や台風の頻発により広範囲な大雨をもたらしている.2018年6月から7月にかけて西日本を中心に大雨が続き,甚大な被害をもたらした「平成30年7月豪雨」では,200人以上が犠牲になった(気象庁,2018).特に被害が大きかった岡山県真備地区では,犠牲者の約8割が70歳以上だった.屋内での被災者が多く,1階から2階への退避等,垂直避難が困難で犠牲になった可能性が指摘された(中央防災会議,2018).2019年の台風15号では,千葉県の停電が長期間に及ぶなか,人工呼吸器等を必要とする医療的ケア児や難病の療養者が電源喪失の危機に陥ったことが報道された(東京新聞,2019a,2019b).
国は災害が発生,又は発生のおそれがある場合に,居住する要配慮者のうち自ら避難することが困難な者を避難行動要支援者と定め,自治体に対して,自助と共助を基本として地域の実情に合わせた対策を求めている(内閣府,2013).具体的には,要支援者名簿を作成し,避難するための個別支援計画を立案して備えるという方法であるが,名簿が紙媒体であり,要配慮者情報を最新に保てないことや,地域住民による医療情報収集の難しさ,情報の活用方法が定まっていない等の課題が指摘されている(竹葉ら,2013).そのため,避難行動要支援者(以後,要支援者と略す)の最新の居場所や,身体状態に基づいた対策になっていないのが現状である.楊らは,地域防災力の向上には,要支援者の居住場所と地域特性を考慮した対策が必要と指摘している(楊ら,2015).発災時の確実な安否確認や,迅速な救助に寄与するためには,地域の要支援者の居場所と身体状態を把握し,自然災害によって想定される浸水や土砂災害リスクを考慮した備えや避難行動対策が重要である.要支援者が,日頃から支援を担当している専門職と一緒に,自身の情報を整理し申告することで,要支援者の状態,被災リスクの大きさ,必要な備蓄の内容と量の推測が可能となる.我々は,当事者と担当の専門職が一緒に情報を入力し,要支援者情報に基づいた備えや避難に貢献できるアプリケーションソフト(K-DiPSアプリ)を開発中である.今回,石川県内灘町を対象地域とし,実証実験を実施した.なお,K-DiPSの詳細に関しては後述する.
本研究では,K-DiPSアプリの実証実験で得たデータより,要支援者の居住地区と属性,身体状態を把握し,地理情報システム(Geographic Information System,以下,GISと略す)を用いて津波や河川氾濫時の浸水・土砂災害の被災リスクを明らかにする.さらに,医療機器ユーザーに必要な発電機・燃料の備蓄想定量を算出することを目的とした.本研究の結果は,要支援者と担当の専門職が,アプリを用いて共に情報入力することで,実行性の高い備えを実現することが期待できる.さらに,自治体による要支援者への備蓄や,台風や豪雨時の早期避難の促し,重点的に対策を講じる地域の把握など,地域の災害時要支援者対策への示唆が得られる.
B大学と包括連携協定を締結し,アプリ開発の協力を得ている石川県内灘町を対象地域とした.内灘町より,当該町に居住する高齢者の居宅介護支援を担当している事業所に,実証実験への参加協力を呼びかけてもらった.支援を担当しているケアマネジャー(以後,ケアマネと略す)へは研究者が実験への協力を文書と口頭で説明し,文書で同意を得た.ケアマネにK-DiPSアプリを用いた情報収集を依頼した.対象は,要介護や障がいで,避難行動に支援が必要な者とした.実験への協力は,ケアマネが文書と口頭で説明し,文書で同意を得てもらった.実験にあたりケアマネには,事前に実証実験の説明会を行い,iPadとK-DiPSアプリを用いた聞き取りのトレーニングを受けてもらった.内服薬や医療機器の情報は,対象者の同意を得てK-DiPSアプリの写真撮影機能で撮影してもらった.聞き取り調査にあたって,不明な点は地域包括支援センターや研究者に電話やメールで問い合わせができる体制を整備した.
実証実験で使用するiPadの貸与とデータの送受信のための通信環境は,NTTドコモ北陸支社の協力を得た.内灘町地域包括支援センターにサーバーを設置し,閉域網によるLTE回線を使用して,iPadよりデータの送受信ができる環境を構築した.なお,NTTドコモの閉域網によるLTE回線は,行政機関や銀行等が採用しているセキュリティ対策が施された回線である.実験期間は,2019年7月8日から9月27日だった.
2) K-DiPSアプリで把握し分析に用いた内容とケアマネの属性K-DiPSアプリで把握した内容は,要支援者の年齢,性別,住所,介護認定区分,日常生活動作(Activities of Daily Living,以下,ADLと略す),使用している医療機器・処置,薬剤だった.ケアマネには質問紙を用いて性別と年齢,経験年数を尋ねた.
3) K-DiPSアプリの概要K-DiPSとは,Kanazawa and Kochi Disaster Preparedness Systemの頭文字を取ったものでケーディップスと呼称している.K-DiPSアプリは,要支援者と家族が,支援を担当している専門職と一緒にiPadの専用アプリに入力することで,災害時に必要となる医療処置や医療衛生材料,生活上の留意点等を把握し,情報通信技術を用いてサーバーで集約,把握できるアプリケーションソフトである(中井ら,2019)(図1).
K-DiPSアプリの概要
要支援者の年齢は平均と標準偏差,性は数と割合,介護認定区分,ADL,使用している医療機器・処置,薬剤は内服と外用,点眼,点鼻,貼用薬等の内服以外に分類しカウントした.投与されている薬剤は,先発医薬品と後発医薬品が混在しており,有効成分が同じであっても呼称や用量が異なる場合は,それぞれを1として集計した.担当のケアマネの年齢と経験年数は平均と標準偏差,性は数と割合を算出した.
2) 備蓄に必要な電源の算出停電を想定して,医療機器・処置が必要な者が,発災後72時間(内閣府,2016)をしのぐためのバックアップ電源の必要量と費用を算出した.発電機は,本田技研工業のインバーターガス発電機(HONDA, 2019)を用いた.
3) 被災リスクの分析被災リスクは,GISを用いた空間解析を行った.K-DiPSアプリから得た要支援者の住所と,インターネットより指定避難所の住所を取得し座標値へ変換(ジオコーディング)し,基盤地図上に要支援者の居住地区をプロットした.次に,国土数値情報ダウンロードサービス(国土交通省,2018)より,内灘町の津波浸水想定区域(紫)と河川氾濫時の浸水想定区域(青),土砂災害警戒区域(黄)情報を取得しオーバーレイ解析を実施した.津波浸水・河川氾濫時の浸水,土砂災害警戒区域に居住する要支援者の分布を視覚的に確認した.地図は,上が北で日本海,東南側(右下)が河北潟である.なお,倫理的配慮から,論文中に示す図の要支援者の詳細な位置は非表示とし,カーネル密度分布(ヒートマップ)を描写した.要支援者が,近接の指定避難所に徒歩で避難が完了する区域は,到達圏解析を行い地図上に描写した.歩行速度は,東日本大震災時に歩行が困難な同行者がいた場合の歩行速度1.66 km/h(国土交通省,2013),避難に要する時間は,国土交通省が示している短時間で避難できるまちづくりの報告を参考に5分で設定した(国土交通省,2012).分析にはesri社のArcGIS Pro 2. 3. 4を用いた.
4) 倫理的配慮金沢医科大学医学研究倫理審査委員会の承認を得て実施した(I335).研究者より要支援者の支援を担当しているケアマネに,自由意思の尊重,協力撤回の自由,匿名性とプライバシー保護等について口頭と文書で説明し,文書で同意を得た.要支援者にはケアマネより自由意思の尊重,協力撤回の自由,匿名性とプライバシー保護等について口頭と文書で説明し,文書で同意を得てもらった.
要支援者25人より協力が得られ,年齢は,73.4 ± 13.6(平均±標準偏差)歳だった.性別は女性が17(68.0%),男性8(32.0%)人だった.介護認定区分は要介護2が9人(36.0%),1が5人(20.0%),5が4人(16.0%),3と未認定が各3人(12.0%),要支援2が1人(4.0%)人だった.ADLは17人より回答が得られ,分布を図2に示す.必要な医療機器・処置は,気管切開したために意思伝達装置と移乗のための天井走行式リフトを要する者が1人,意思伝達装置と屋内外アクセスのための昇降機を要し,胃瘻造設している者が1人,膀胱留置カテーテルが1人だった.投薬内容は14人より回答が得られた.14人の内服薬は97種類,外用薬やインスリン等の内服以外の薬剤が25種類だった.
要支援者のADL(n = 17)
27事業所に協力依頼し,9事業所より協力が得られた.担当のケアマネ12人の年齢は,52.7 ± 8.0(平均±標準偏差)歳だった.性別は女性が11(91.7%),男性が1(8.3%)だった.経験年数に回答が得られた10人の経験年数は11.2 ± 6.5(平均±標準偏差)年だった.
3. 要支援者の医療機器を72時間継続するためのバックアップ電源と備蓄物資の算出意思伝達装置とリフト等を利用している2人に必要なバックアップ電源の備蓄想定は,1人あたりガスカセットボンベ発電機1台を要し,72時間稼働させるために必要なカセットボンベが88本,潤滑用オイル1リットルと推計された.
4. 要支援者の津波・河川氾濫時の浸水,土砂災害の被災リスク要支援者の居住地と国が公表している津波・河川氾濫時の浸水,土砂災害の発生想定を地図上に描写したオーバーレイ解析によると,対象地域内で津波浸水想定区域に居住している者はいなかった.河川氾濫時の浸水想定区域に1人が居住しており,想定される浸水深は0.5~1.0 m未満だった.土砂災害警戒区域に1人が居住しており,想定される現象種別は急傾斜地の崩落のリスクだった(図3).
河川氾濫時の浸水想定区域及び土砂災害警戒区域に居住する要配慮者の浸水深と現象種別
要支援者が,内灘町が公表している指定避難所に向かって徒歩(時速1.66 km)で移動した場合,5分以内に到達可能な範囲の解析によると,ID28の指定避難所は,土砂災害警戒区域に立地し,国土数値情報によると,現象種別は急傾斜地の崩落のリスクだった(図4).それ以外の避難所は,津波浸水想定,土砂災害警戒,河川氾濫時の浸水想定区域外に立地していた(図4).到達圏解析によると,図5のA地区に要支援者が複数人居住していたが,5分以内に指定避難所のID58まで到達できないと推測された.ID24は浸水想定区域に近接した位置に立地しており,浸水想定区域の境界から直線距離で26.5 mだった.もっとも想定区域の境界に近接していたのが,図4のID29で,直線距離は25.7 mだった.
指定避難所別にみた徒歩(1.66/h)で5分以内に到達可能な範囲と土砂災害,河川氾濫時の浸水リスク
指定避難所別にみた徒歩(1.66/h)で5分以内に到達可能な範囲と河川氾濫時の浸水リスク
要支援者の平均年齢は73.4歳で,要介護2がもっとも多く,ADLは,コミュニケーションを除く全ての項目で半数以上に介助を要した.厚生労働省によると,在宅療養における主介護者は,配偶者,子,子の配偶者の順に多く,66%が女性であることが示されている(厚生労働省,2016).本研究の要支援者の年齢,ADLを考慮すると,介護者も高齢であることが想定され,要支援者と介護者だけで迅速な避難行動を取るのは難しい可能性が考えられる.
近年,停電に備え,福祉施設や在宅療養者の間では,正弦波インバーターを搭載し,カセットボンベ2本で約2時間の発電が可能な発電機が普及している.(森ら,2011;内閣府,2017).本実験で医療機器を使用中の2人が,停電時に機器を継続するための発電機・燃料の備蓄量を推計したところ,約30本のボンベと約330 mlのオイルで24時間運転が可能と推測できた.この2人は意思伝達装置やリフトの使用者であったことから,常時運転の必要はなく,実際には24時間以上の使用が可能と考えられた.カセットボンベ発電機は,燃料や機器の保管が簡便というメリットがある一方で,使用できる温度が+5~+40°Cの範囲という制限があり(HONDA, 2019),寒冷地での使用には注意が必要である.備蓄を検討する際は,冬季の気温に配慮し,氷点下でも運転が可能なガソリンタイプとの並列運転等,体制整備が必要と考えられる.
GISを用いて,要支援者の居住地区と津波・河川氾濫時の浸水・土砂災害の被災想定を可視化した.内灘町は,日本海沿岸からなだらかな斜面を形成し,海抜の最高が58.5 mの砂丘である(内灘町,2015).この地理的な特徴によって,津波による浸水域が海岸に限局したと考えられる.河川氾濫時・土砂災害の被災リスクについて,河北潟側の0.5~1.0 mの浸水が想定される区域,急斜面の崩落が想定される区域に居住する者は,浸水や土砂災害による被災リスクが高い区域へ居住していることを意味しており,豪雨時には早期の退避が必要と考えられる(図3).指定避難所の土砂災害リスクについて,到達圏解析によると,内灘町北側のID28の避難所は土砂災害警戒区域内に立地し,ID29(図4)とID24(図5)の避難所は浸水想定区域の境界までが直線距離で約26 mと近接していた.したがって,豪雨や地震の際,避難所としての使用には慎重な検討が必要と考えられる(図4,5).図5のA地区に居住する要支援者は,徒歩で高台に向かって移動した場合,浸水想定区域からの退避は可能であるが,5分以内に近接のどの避難所にも到達できないことが考えられる.そのため,豪雨の場合はより早期の退避行動,避難支援が必要と考えられる(図5).
GISを用いて,要支援者の居住場所,想定されるハザード,避難所等のインフラを可視化することで,要支援者と支援者が避難場所や方向,想定時間を共通認識したうえで対策の検討が可能となる.その結果,要支援者の主体的な意思決定に貢献できると考えられる.
本実験において,要支援者とケアマネがK-DiPSアプリを用いて情報入力することで,要支援者の身体状態や使用している詳細な医療機器の情報を得ることができた.自治体は,人口比から推計した値を根拠に,公助としての備蓄体制を整備している(鳥取県,2013;千葉県,2012).K-DiPSアプリから得た情報は,情報通信技術を介してリアルタイムにサーバーに反映することが実証できたことから,この情報を備蓄に活用することで,現行の推計によるみなし備蓄から,当事者情報に基づいた正確で無駄のない備蓄への転換が可能と考えられる.近年の急速な人口減少に伴い,限られた資金や資源のなかで,より効率的で透明性の高い政策決定が求められている(内閣府,2018).山田は,これまでの前例や慣習に基づいた政策から根拠に基づいた政策への転換の重要と述べている(山田,2019)すなわち,要支援者と担当の専門職がK-DiPSアプリを用いて備えることで,エビデンスに基づく災害に関する政策(Evidence-based Policy Making: EBPM)(総務省,2018)に貢献する可能性がある.
1.要支援者の年齢から介護者も高齢であることが想定され,災害時,両者のみでは迅速な避難は難しい可能性がある.
2.電源が必要な2人に必要なバックアップ電源は,1台/人の備蓄で72時間の対応は可能である.常時電源が必要な者の場合は,給油や故障に備えて2台/人が必要である.
3.K-DiPSアプリと通信回線を用いて,要支援者情報を得ることで,自治体の根拠に基づいた備蓄や避難計画に立案に貢献する可能性がある.
4.GIS解析により,内灘町の津波による被災リスクは少ない.一方で,ID28の避難所は土砂災害警戒区域に立地し,豪雨や地震の際の避難所としての使用は慎重な検討が必要である.A地区の要支援者は,降雨時はより早期の避難が必要であると考える.
謝辞:内灘町の皆様に感謝いたします.iPadと閉域網によるLTE回線をご提供いただきました株式会社NTTドコモ北陸支社様に感謝いたします.本研究は,公益財団法人 在宅医療助成 勇美記念財団 2018年度(後期)「在宅医療研究への助成」の助成により実施しました.
著者資格:HNは,研究をデザインし,データ分析・解釈,論文の執筆,重要な修正を実施:MK,KTはデータ収集・分析と解釈に貢献し,論文の執筆の支援を実施:TIはデータの分析の支援と解釈に貢献:その他のすべての著者はデータ収集と解釈に貢献し,論文を批判的にレビュー.すべての著者が最終稿を確認し承認した.
利益相反:本研究における利益相反は存在しません.