Journal of Japan Academy of Nursing Science
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The Series of Processes Undergone by Nurses before A Child’s Condition Deteriorates
Mizuki Ebina
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2020 Volume 40 Pages 340-348

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Abstract

目的:子どもが急変を起こす以前に看護師がどのような経験をしているのか,一連の過程を把握すること.

方法:子どもの急変経験がある看護師9名に非構造化面接調査を行い,グラウンデッド・セオリーを用いて分析した.

結果:看護師は何が起こるかわからない《不確かな状況》において,危機を回避するために《子どもの声を届ける》という過程がある一方,回避するための思うような対応が得られず《引っかかりを残す》という,異なる帰結に至る過程が把握された.これら帰結を導くプロセスは,《アンテナを張る》《何かが起こる予感》《医師との共有化のハードル》《声にならない声を届ける使命感》《周囲を巻き込む》で構成され,子どもの状態を医師と共有できるかが道筋を分ける分岐点となった.

結論:子どもの急変においてはこの共有化のハードルをいかに下げ,一人の看護師の感覚を医療チーム全体の問題意識にしていくことの重要性が示唆された.

Translated Abstract

Objective: To ascertain the series of processes that nurses have undergone before a child’s condition deteriorates.

Methods: Unstructured interviews were conducted with nine nurses who experienced the deterioration of a child’s condition, and their responses were analyzed using a grounded theory approach.

Results: In an “Uncertain situation” in which a nurse is unsure what happens, nurses undergo a process of “Conveying the child’s thoughts and feelings” to avoid a crisis, but the process of “Having doubts,” i.e. the doctor has not responded to the nurse’s concerns as expected, leads to different consequences. The process that leads to those consequences consists of the following steps: “Put out an antenna,” “A sense that something will happen,” “Overcoming the hurdle of sharing the child’s plight with the doctor,” “Commitment to giving a voice to patients without one [children],” and “Involving others.” The outcome diverges depending on whether or not a nurse was able to share a child’s condition with the doctor.

Conclusion: Results suggested the importance of lowering the hurdle of sharing a child’s condition with the doctor and the importance of making the entire medical team aware of the nurse’s expert perceptions.

Ⅰ. はじめに

患者の急変体験は,看護師にとって悔いや自責の念,恐怖心をもたらすこと(丹下ら,2006),抑うつや心的外傷後ストレス障害(PTSD: Post Traumatic Stress Disorder)を引き起こす可能性があること(Laposa et al., 2003)など否定的な影響を及ぼすと言われている.患者にとって,状態が重症化する前に何かしらの対応がなされることが理想的であるのはいうまでもないが,急変を未然に防ぐことの重要性は看護師への影響を考えた際にも同様である.

ところで,急変は文字通り急な変化として突如に現れるものであろうか.急変の予兆に関し,心停止前の患者は,数時間前より訴えや症状,バイタルサインに変化が現れていたこと(Franklin & Mathew, 1994)や,急変に至った子どものうち約85%が24時間以内に何らかの兆候が見られた(Akre et al., 2010)との指摘がある.つまり,急変を防ぐには異変の早期認識が第一条件となる.これに関し,「何か変」という看護師の感覚的な気づき(渡辺,2002)や,先を見越して準備する看護実践能力(森島・當目,2016)など多くの報告がある.つまり,急変には何かしらの予兆があり,それには看護師の気づきが先行することがあると言える.

子どもの急変における早期認識,介入の意義は何か.子どもは,解剖学的・生理学的にも機能が未熟で予備力が乏しいため,大人に比べ状態の変化が急速で,より重篤化しやすい.その上,認知能力が未発達であるため自らの異変を言葉で伝えることは難しい.対象が子どもの場合,大人に比べ症状の現れ方が非特異的であり,一見元気そうに見えるが何かしらの症状を示していることや,母親にしかわからない症状など,異変に気付きにくいという特徴もある(井出,2014).つまり,急変前の予兆をつかむことや異変の察知がより困難であるという特性がある一方で,異変の早期認識,介入は大人の患者にも増してより一層重要であると言える.しかし,実際に看護師が子どもの急変にどのように気づき,子どもの危機がどのように回避されるのか,急変に先立つ過程において看護師が何を経験しているのかその実態は明らかにされていない現状がある.

Ⅱ. 研究目的

本研究の目的は,子どもの急変に先立ち,看護師がどのような経験をしているのか一連の過程を把握することである.

Ⅲ. 研究方法

1. 研究協力者

小児専門病院や小児科病棟に勤務し,子どもの急変を経験したことがあり,その経験を話すことができる看護師とした.急変は,それを経験した看護師,その場の状況により異なると考えるが,何を急変と捉えるのか,そして,その経験は看護師が働く部署や看護師の経験年数によって異なるのかが明らかではないため,急変の定義づけはせず,さまざまな部署で働いた協力者を募った.

2. データ収集方法

データ収集は,非構造化面接法を用いた.看護師歴や働く場の環境,印象に残る急変やその時感じたこと,思ったことについてインタビューを実施した.本研究では,理論的サンプリング(Corbin & Strauss, 2008/2012, pp. 191–213)を用いデータ分析とデータ収集を並行して行った.そのため,インタビューの件数が増えるにつれ,子どもの急変経験という漠然とした問いから,急変に先立つ過程において何を経験しているのかという問いへ,インタビュー内容は徐々に焦点が絞られていった.

3. データ分析方法

分析方法はグラウンデッド・セオリー(Corbin & Strauss, 2008/2012)を用い,次の手順で行った.

(1)1例ごとに逐語録を作成し,そこに登場する人々の相互作用,その人々の行為の意味,これまでの出来事や経験がどのように捉え直しされているのかを意識しながらテクストの読み込みを行った.

(2)文脈に注意しながら便宜的に小部分に分け,その小部分にある特性(プロパティ)とその範囲(ディメンション)を意識しながらラベル名をつけた.

(3)さらにそのラベルを類似性と差異性に注意しながら,いくつかのまとまり(カテゴリー)にし,徐々に概念の抽象度を上げた.

(4)そのカテゴリーを,状況・行為/相互行為・帰結からなるパラダイムモデルを用い,1例の中にある現象を把握した.次いで1つの現象に注目し,現象を構成するカテゴリー間の関係性を,文脈に戻りながら確認しプロセスを把握した.

(5)データ1例ごとにこれを繰り返し行いつつ,比較・統合しながら次のデータ収集・分析へと向かうことで現象の詳細を把握し,プロセスのパターンを見出した.

(6)最終的に,明らかにした現象を個々の語りの文脈に戻した際に齟齬がないか確認した.

データの分析はどの段階においても絶えざる比較(Corbin & Strauss, 2008/2012, pp. 91–122)を行い,概念の類似性と差異性に注意しながら分析を行った.またその分析過程において,指導教員からスーパーバイズを受け,無理な解釈がなされていないか妥当性の確保に努めた.

4. 倫理的配慮

本研究は首都大学東京荒川キャンパス研究安全倫理委員会(承認番号17105)の承認を得た.研究協力者に,研究目的と方法,個人情報の保護,研究協力の自由意思の尊重,研究成果の公表,研究協力に伴うリスクとその対応について説明し同意を得た.本研究のテーマである急変の体験は,協力者にとって辛い感情を引き起こす可能性があったため依頼書に内容を記載し,協力の可否を判断できるよう配慮した.

Ⅳ. 結果

本研究の協力者は9名であり,インタビュー時間は平均1時間15分(59分~1時間40分)であった.研究協力者の属性を表に示す(表1).A~Iさんの掲載順番は,インタビューを行った順番で示している.属性にバリエーションを持たせてインタビューを重ね,新しいカテゴリーが把握されないところで現象の主要な概念は把握できたと考えた.

表1  研究協力者の属性
性別 臨床経験年数 勤務病院 急変場面として語られた部署
Aさん 男性 5年目 循環器専門病院 小児循環器病棟
Bさん 女性 5年目 小児専門病院 循環器病棟
Cさん 女性 13年目 総合病院 NICU,GCU
Dさん 女性 12年目 小児専門病院 循環器病棟
Eさん 女性 22年目 総合病院 小児科病棟,小児外来
Fさん 女性 29年目 小児専門病院 腎臓内科
Gさん 女性 19年目 総合病院 小児科病棟,小児外来
Hさん 女性 12年目 小児専門病院 PICU,手術室,循環器病棟
Iさん 女性 3年目 大学病院 PICU

本研究では,【子どもの急変に先立つ看護師の経験】という現象が把握された.現象を構成するカテゴリーは全部で8つ抽出された.まず,ストーリーラインを説明し,次に現象を構成するカテゴリーがどのようなものか,その概要を説明する.以下,現象を【 】,カテゴリーを《 》,ラベルを〈 〉,協力者の語りをゴシック体もしくは「 」,補足説明を( )で示した.引用部分には研究協力者のアルファベットを示した.

1. ストーリーライン

本研究で把握された一連の過程は,一直線の道筋で成り立つものではなく,いくつかの分岐点があり,それは4つのパターンで説明された(図1).

図1 

【子どもの急変に先立つ看護師の経験】で把握された過程のパターン

看護師は何が起こるかわからない《不確かな状況》において,異変を早期に察知するための《アンテナを張(る)》り,そのアンテナへの引っかかりとして《何かが起こる予感》を覚えることがあった(パターンa.b.c).しかし,アンテナの感度を高められない場合には,明らかな危機的症状を有して初めてアンテナに引っかかるため,予兆を感じず突然に子どもの急変に直面することとなった(パターンd).一方,アンテナへの引っかかりとして《何かが起こる予感》を覚えた看護師は,それを感じるにとどめず,何かが起こる前に《子どもの声を届け(る)》ようとした.それには,医師に子どもの状況を匂わす,訴える,動かすという〈医師への働きかけ〉がキーとなっていた.このようにして《子どもの声を届ける》ことで,危機を回避するための対応がなされると,取り立てて問題となることはなかった(パターンa).しかし,往々にして《医師との共有化のハードル》に直面することがあった(パターンb.c).これは,看護師の察知した異変が必ずしも客観的に示せないことや医師と看護師の子どもの捉え方の違いなどから生じていた.このハードルを乗り越えるために,看護師は《声にならない声を届ける使命感》を原動力に,《周囲を巻き込む》という手段を用いながら子どもの状態を共有しようと,何度も〈医師への働きかけ〉を行っていた.その結果,子どもの危機が顕在化する前に《子どもの声を届け(る)》られることもあった(パターンb)が,ハードルを乗り越えられないパターンもあり,この場合には《引っかかりを残(す)》し,責任が果たせなかったことの後悔や自責の念を抱いていた(パターンc).

2. 現象を構成するカテゴリーの説明

1) 不確かな状況

このカテゴリーは,現象を説明する際に,どういう状況下でその現象が生じているかを示したカテゴリーである.急変場面として語られた看護師が働く場は,状態回復を目指すという一方で常に状態の悪化等,良からぬ何かが起こりうる場としての側面をもっていた.その中で,看護師は,病気の見通しや治療経過も考慮し子どもの状態を捉えるのだが,突然にしてその状態が一変することがあった.それは,自身の不調を言語化して訴えることが難しい認知レベルや,疾患や障害そのものの特徴,特異的な症状を示すことが多い子どもの状態が影響していた.

2) アンテナを張る

看護師は,何が起こるかわからない《不確かな状況》において,まず《アンテナを張る》という行為をしていた.これは,〈目星をつける〉〈違和感の感度を高める〉という方法があり,異変の早期認識を可能にしていた.〈目星をつける〉は,その疾患や治療の一般的な経過から状態変化やリスクが予測しやすい場合,またすでに何らかの症状を有している場合に多くとられており,ある特定の子どもへの注意関心を高く保っていた.しかし,一見落ち着いているように見えた子どもや,悪化のリスクが低いと思われる子どもの急変が起こることもあった.そこで看護師は,〈違和感への感度を高める〉という方法にて,日頃からアンテナの感度を高く保とうとしていた.

Eさん:特に重症心身障害児の方ってしゃべれないし,もともと呼吸状態も悪いしっていうので,少しこう余裕で構えちゃうじゃないけど,サット(酸素飽和度)がちょっと下がってもこの子いつもそうだからねって判断しがちなところが私も含めあるんですよね.でもそれがもしかしたら普段の下がりじゃなくて,痰がほんとはすごいところに詰まる前兆なんだよとか,体調がほんとに悪いからなんだよっていうのを考えないと,毎回みんな調子悪くなっちゃうなーと思って.…(中略)…調子が悪くないときの状況っていうか,調子が少しでもいい時の状況を知らないと,異常か正常かは判断できないなっていうのはある

このように,看護師は先入観にとらわれず一見いつも通りに見える反応にもしかしたらを想定し,小さな変化に意味を与えることで違和感への感度を高めていた.この感度を高めるためには,一般的に異常とされるサインや症状を拠り所にするのではなく,その子どもの平時との比較が必要であった.

以上説明したように,日頃からアンテナの感度を高めることで異変の早期認識が可能になる(パターンa.b.c)がある一方で,アンテナの感度を高められない場合(パターンd)もあり,この場合には明らかな危機的状態の症状を有して初めて状態悪化に気づき,それゆえ突如にして子どもの急変に直面することになった(パターンd).これは,新人時代の経験として語られる傾向にあった.

3) 何かが起こる予感

《アンテナを張(る)》り,子どもへ向けられたアンテナの感度が高く保たれていた場合には,《何かが起こる予感》を自覚することがあった(パターンa.b.c).それは,察知した異変の明確さと予感の確信の度合いの違いによって,〈子どもへ感じる違和感〉と〈危機的状態の察知〉があった.

Fさん:ずっと血圧を測りながら,なんかおかしいなって.この子なんかおかしいなって.嫌な感じはあったんだけど,なに…なに…何かがわからない.ただ何となくなんか違うし,なんか気持ち悪いなっていうクリアにならないものがあって…(中略)…ここ(のどのところを指して)にある気持ち悪さで明確なものじゃなかったんで.

看護師は自身が感じた「おかしさ」や「気持ち悪さ」をもとに,バイタルサインの測定や,他の看護師の見解を得たりと意識的に子どもを観察したが,その裏付けを得られない場合があった.この場合,察知した異変は不明確で予感の確信度も低く〈子どもへ感じる違和感〉として自覚されていた.一方,自身のとらえた子どもの状態と,医師の治療への疑問や治療が子どもへもたらす影響,また似たような状態の経験などを手掛かりに子どもが置かれている状況を推論することで,〈危機的状態の察知〉ができることもあった.この場合,察知した異変から何が起こるかは比較的明確であり,確信度も高かった.

4) 子どもの声を届ける

《何かが起こる予感》を覚えた看護師の帰結の一つに《子どもの声を届ける》があった(パターンa.b).これは,〈観察の強化〉と〈医師への働きかけ〉によって成り立った.看護師は,実際に何かが起こった時のことを想定した準備や,周囲の看護師,責任者にその状況を知らせておくなどその子どもの〈観察を強化〉した.しかし,子どもの危機が回避されるには,適切なタイミングで〈医師への働きかけ〉をすることが重要なキーとなっていた.

Bさん:ずっと呼吸が悪そうだったんだけど,やっぱ徐々に悪くなってて.「もう無理だよ先生」って.先輩たちも言ってくれて.「もう苦しそうだし,一回寝かせないと(鎮静下で寝かせないと)悪循環だからここ(病棟)では無理だと思うよ」って.で(PICUに)降ろして30分後くらいにVT(心室頻拍)起こしてた.下(PICU)で.ほんとぎりぎりだったんだと思う.

このように看護師は,どのような対応をしてほしいかという意図をもって〈医師への働きかけ〉をしていた.その働きかけは,子どもの状態の報告にとどまらず,その医師の性格や特徴を捉えながら,状況を匂わすというレベルから,訴える,動かすというレベルまで,期待する意図によって幅広い方法を使い分けていた.このような,医師への働きかけをもって《子どもの声を届ける》ことができ,意図した対応が得られた場合や,想定していた事態が起きなかった場合には取り立てて問題にはならなかった(パターンa).

5) 医師との共有化のハードル

看護師は《子どもの声を届け(る)》ようと〈医師への働きかけ〉をするが,往々にして《医師との共有化のハードル》に直面することがあった.それには何がハードルとなるのかを示した〈違和感を伝えることの難しさ〉〈気持ち悪さを反映しない値〉〈子どもの状態の捉え方の相違〉があった.

Fさん:おかしいなって思ってたけどもおかしさが分からずに,先生に言えばよかったのに,先生にも言わなかったんだよね.…(中略)…なんか変な感じっていうのをうまく,自分の中で実感として明確じゃなかったから言えなかった.“何が”っていうのが明確じゃなかったから言えなかった.

このように,〈違和感を伝えることの難しさ〉があった.難しさの理由には,違和感が不明確であること,何かが起こる予感の確信が持てないこと,また報告した際の医師の反応を先取りしてしまうために,躊躇する気持ちが生じることがあった.看護師は,違和感をもとにそれを裏付けできるよう定期的な血圧測定や心拍数のモニタリングなど,子どもを気にかけ観察した.しかし,それが見つからず〈気持ち悪さを反映しない値〉がハードルとなることがあった.また,〈子どもの状態の捉え方の相違〉がハードルとなる場合もあった.

Hさん:下(PICU)に降ろしてくれって言ったんだけど,ICUの先生にもT先生にも,あと総診(総合診療)の先生.なにぶんお母さんの捉え方が,この子良くなってますって感じだったの.「入院時より良くなってるんだ」って.「おしゃぶりできてるから」って.確かにおしゃぶりしてるけど,この呼吸ふつうじゃないから.でも先生はさ,それ信じるじゃん,親御さんが言ったら.「お母さんそう言ってましたーっ」て.

これは,どちらがより子どもの状態を正確に捉えているかという問題ではなく,その子どもの状態をどのように捉えるかという解釈の違いにより生じていた.また,このような解釈による捉え方の相違は,子どもの危機を明確に,そして確信をもって察知している看護師にとってもそれを共有化する際のハードルとなることがあった.

6) 声にならない声を届ける使命感

《医師との共有化のハードル》に直面した看護師が,このハードルを乗り越える原動力に,《声にならない声を届ける使命感》があった.これには,〈子どもと家族の代弁者〉という姿勢と,またそのような姿勢を導いたものとして〈過去の経験から得た教訓〉があった.

Bさん:急変するからとかじゃなくて,少しでも楽にしてあげたいって,単純にそっちの気持ちもあるから.…(中略)…ただ観察として,ハカハカして呼吸がいくつで,レイト(心拍数)がいくつでっていうだけじゃなくて.その子の苦しそうとか,辛そうとか,そういうのにも少し敏感に気付くようになったとは思う.

このように,バイタルサインに現れる値ではなく,苦しそうと子どもへ向く自身の感情を根拠に〈子どもと家族の代弁者〉という姿勢を成り立たせていた.これは,「このままこの子亡くなったら絶対家族なんでって思うし,面会とかない時間だから(家族は)知らないし」のように,家族へ向けられたものもあった.また,この姿勢はこれまでに自身が経験した急変での後悔や自責の念,子ども・家族とのかかわりの経験などと密接にかかわっており,〈過去の経験から得た教訓〉から導かれたものであった.

7) 周囲を巻き込む

《医師との共有化のハードル》を乗り越えるため,《周囲を巻き込む》というハードルを下げるための手段を駆使していた.この方法には,〈周りからの後押し〉〈報告者を替える〉という手段があった.

Eさん:なんかちょっとっていうのは自分の感覚なんだけども,なんかちょっとおかしいから一緒に来てって…(中略)…一緒にみてーとか.あとは後輩の受け持ちとかでもふら~っと行った時も,なんかいつもと違くない?何かがわかんないんだけど,なんかいつもの呼吸じゃないよね?とか.…(中略)…普段と違わない?って言って.

このように,自身が感じた違和感を周囲の賛同や同意によって確かなものにし,自分だけの感覚にとどめず他の看護師と共通認識を持たせ,〈周りからの後押し〉を得ながら医師への働きかけをしていた.さらに,誰が報告をするかによって医師の受け取り方や対応が異なるということもあり,その場合には〈報告者を替える〉という手段をとっていた.

8) 引っかかりを残す

ここまで,《医師との共有化のハードル》を乗り越えるための原動力や,ハードルを下げるために用いられた手段を説明した.しかし,《医師との共有化のハードル》を乗り越えられないという結果もあり,その場合に《引っかかりを残す》という帰結に至った(パターンc).このカテゴリーには,意図した対応が得られないことで生じる〈対応が得られないやるせなさ〉,そして看護師としての役割を果たすことができなかった〈自責の念〉があった.

Ⅴ. 考察

本研究では,急変に先立ち看護師が経験している段階的な過程が把握された.しかし,それは一直線の道筋で成り立つわけではなく,危機を回避する最終的な局面において往々にして医師との共有化のハードルに直面することがあった.子どもの命だけでなく,看護師である医療者を含めた子どもの医療を考えたときには,このハードルが生じず個々の専門性を最大限に発揮して対応できることが理想である.そこで,ハードルの根本的な問題として考えられるもの,それを乗り越えるための方策に焦点を当てて考察していく.

1. 子どもの状態を共有することのハードル

子どもの状態を共有する際のハードルとして,〈違和感を伝えることの難しさ〉〈気持ち悪さを反映しない値〉〈子どもの状態の捉え方の相違〉が把握された.ここでは,ハードルとなる理由を,看護師が捉えた子どもの状態の特徴,そして医師と看護師の専門性や関係性の二つの視点から考察する.

まず一つ目の,看護師の捉えた子どもの状態の特徴であるが,看護師は《何かが起こる予感》を覚えたとき,「なんか変」「なんかおかしい」と言葉では取り出すことの難しい次元の感覚として,子どもへの違和感を覚えることがあった.渡辺(2002)は,看護師はバイタルサインなど客観的なデータでは説明のつかない「何か変」という感覚を覚え,それを証明するように患者の状態が急変することがあるとし,またそう察知したのは今までの患者と目の前の現実の患者とを比較しその説明がつかない時であったと報告している.つまり,看護師は子どもの状態を捉える際,今まさにその時点に限らず,これまでと今と,そしてこれからのつながりの中で捉えていると言える.また,多くの看護師は予め定められた基準や指標に当てはめることで異常や正常の判断をするのではなく,子どもを見た時の「苦しそう」と感じた自身の感情から,子どもの危機的状態を把握していた.これは,他者の主観を「私」の主観において把握するという間主観的(鯨岡,2006)に捉えられた子どもの状態であると言える.このような,これまでのかかわりがあるからこそ捉えられる子どもの異変や,看護師自身の主観を通して捉えられた子どもの状態は,“これ”として他者の目に見える形で示すことは困難である.むしろ,症状として明らかに現れる前に捉えることができるからこそ,急変に先立つ看護においては重要な意味を持つ.しかし,本研究の看護師たちのハードルになった理由を考えると,医療現場においては,主観よりも客観,人の感覚よりも確立された基準や指標といった情報が重要視されていると言え,このことが根本的な要因ではないだろうか.

そして二つ目に,医師と看護師の専門性や関係性についてである.医師と看護師は,専門にしているところに違いがあるために,同じ子どもを対象としても目標へのアプローチは異なると言える.では,子どもの危機を回避する看護はどのような位置づけにあるのか.本研究で把握された看護は,診療上の補助を担うため医師の指示が要件となる(石井,19992001).つまり,看護師は異変や危機を判断することはできるが,子どもの危機が回避されるにはそれを受けとる医師の判断や指示に左右されると言える.Stein(1967)は,看護師は医師へ重要な提案や助言をしているが,表面上は受け身な態度を保ちあたかもそれが医師によって導かれたようにやり取りを行い,医師を立てるという看護師と医師の独特のコミュニケーションパターンを「The doctor-nurse game」と名付けた.このようなコミュニケーションは,時代背景や看護師の専門性が進むにつれ変化していることを後の研究で指摘している(Stein et al., 1990).しかし,本研究において把握されたハードルは,単に看護師の捉えた子どもの状態が共有されにくい特徴を持つだけでなく,いまだにこのような文化的な側面が影響していると考えられる.つまり,看護師が感じる子どもの状態を共有化するハードルは,急変が起こる場面で突如に生じるものではなく,このような医師と看護師のやり取りの文化的な側面や日頃の関係性から生じるものでもあると考える.

2. ハードルを下げるための方策

ここからは,看護師がこのハードルをどのように乗り越えていったのか,ハードルを下げるための方策として考えられるものについて考察していく.

近年,急変前の前兆を認めた時点で適切な対応がなされるための,院内迅速対応システムRRS(Rapid Response System)の導入が進んでいる(藤原,2017).これは,患者の急変の早期認識・早期介入を目指したシステムであり,基準に従って迷いや躊躇なしに対応チームを起動するものである.国内でも,このシステムの導入によって予期せぬ心停止の減少を認めた論文(Nishijima et al., 2016)や,小児領域においても一般病棟からのICU(集中治療室)予定外入室患者の死亡の有意な低下も報告されている(川崎ら,2013).しかし,急変の予兆として看護師が感じた違和感や,子どもを見た時の「苦しそう」という思いは,このような客観的に示される指標や基準を以ってして捉えられるものではなかった.また,子どもの認知レベルや疾患・障害の特徴から,一見いつも通りに見える子どもであっても何が起こるかわからないという目で子どもを見て,客観的データに依存しない態度でアンテナを張っていたからこそ捉えることができたといえる.つまり,誰がどう見ても同じ結果が得られるよう判断基準を統一することは,子どもの状態を共有することのハードルを下げることができるかもしれない.しかし,それは子どもの異変を早期に察知することを難しくさせる可能性も含んでいる.そのため,何かしらの指標を設け判断基準とするのではなく,判断材料の一つとして扱うことが重要であると考える.

では,《医師との共有化のハードル》を乗り越えようと,本研究で看護師が用いた《周囲を巻き込む》という手段にはどのような意味があったか.これは,自身の捉えた子どもの異変や危機を客観的な基準によって明確にするのではなく,ほかの看護師の反応や同意をもって確かなものにし,またそれを自身の感覚にとどめず周囲と共通認識を持っていく手段であった.さらに,報告する看護師を変えたり,訴える医師を変えたりと,周囲の環境をも変えながら子どもの危機を回避しようとしていた.この「巻き込む」という手段は,他機関や多職種との連携において看護師が用いていること(松崎ら,2016)や,子どものケアに影響を与える看護師の技(草柳ら,2005)と言われており,本研究と同様に周囲の状況や環境,認識を変えていく看護師の手段であると言える.また,草柳ら(2005)の研究では,看護師は非公式にスタッフの意思を確認し後押しを得ることで,子どもや家族へのケアが発展していくことが示唆されている.本研究でも同様,これらは子どもの異変を確信する際や,医師に子どもの危機的状態を理解してもらうための根拠を示す公式な判断基準として用いられているわけではなかった.むしろ,それらほとんどが会話や口頭でのやり取りにて非公式に行われていた.つまり,これは看護師にとっては取り立てて意識されず,自然と用いている手段なのだが,一人の看護師の「なんか変」「何かが起こりそう」という予感を医療チーム全体としての問題意識にしていく重要な実践の一つであるといえる.このことからも,急変に先立つ看護においてこのハードルをいかに下げていくかを考えた際,急変時に限らず日頃から子どもの状態を共有できる環境作りや関係性の構築が重要であると考えられる.

Ⅵ. 研究の限界と課題

本研究では,不確かな状況において,何かが起こるかもしれないという目で子どもを見て,そして子どもに起こり得る危機を何としても回避しようとする看護師の経験が見出された.しかし,このような状況にいながらも,そのような目で子どもを見ない,または見る必要がないとする看護師や,医師と共有できないことを仕方ないこととする看護師もいる可能性がある.今後は,異なる認識や環境にいる看護師へのインタビューも重ねていく必要がある.

付記:本研究は首都大学東京大学院 博士前期課程に提出した修士論文の一部である.また本研究の一部を,第39回日本看護科学学会学術集会において発表した.

謝辞:本研究に,快くご協力くださいました研究協力者の皆様に心より感謝申し上げます.また,論文作成に当たりご指導くださいました,東京都立大学大学院 山本美智代教授に深く感謝申し上げます.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

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