2021 Volume 41 Pages 234-240
目的:手指衛生教育用にバーチャルリアリティ(VR)を開発し,教育への使用可能性について2次元映像と比較した.
方法:看護師を対象に非無作為化比較試験を行った.VR群と2次元映像群に分け映像視聴と講義を行った.映像の評価は視聴直後に,手指衛生のタイミングは視聴前後,1か月後に調査した.
結果:VR群と2次元映像群の比較では,映像の5件法の評価(中央値)は手指衛生の重要性が理解できた(5.0, 4.0 p = .024),実践を想起した(5.0, 4.0 p = .008),学習方法は効果的だった(5.0, 4.0 p = .046)であった.タイミングの「患者周囲の環境に触れた後」と記述できた割合はVR群で視聴前30%に比べ視聴後90%(p = .040),1か月後60%(p = .233)であった.2次元映像群では視聴前20%に比べ視聴後80%(p = .040),1か月後80%(p = .004)であった.
結論:VR群では重要性の理解,実践の想起,学習の効果の評価が高かった.VRは手指衛生教育に使用可能と考える.
Purpose: The aim of this study was to develop a virtual reality (VR) image aid for hand hygiene and to compare its educational potential with a two-dimensional video image.
Method: A non-randomized controlled trial was conducted among nurses, who were assigned to either a VR group that watched a VR video or a two-dimensional video group and attended a video viewing session and hand hygiene lecture. The participants, using written questions, evaluated the images immediately after viewing the video, and the timing of hand hygiene was measured before, after, and one month after viewing the video.
Results: Comparing the two groups, the median ratings for evaluation of the images on a 5-point scale were as follows: “I understood the importance of hand hygiene (VR 5.0, 2D 4.0 p = .024),” “I recalled my practice (5.0, 4.0 p = .008),” and “The teaching method using the image was helpful and effective (5.0, 4.0 p = .046).” In the VR group, the percentage of participants who were able to describe “after touching patient surroundings” was 90% (p = .040) after viewing and 60% (p = .233) one month later, compared to 30% before viewing. In the two-dimensional video group, the percentage of participants was 80% (p = .040) after viewing and 80% (p = .040) one month later, compared to 20% before viewing.
Conclusion: These findings suggest that the VR group showed higher evaluations of understanding the importance of hand hygiene, recall of own practice, and effectiveness of learning. Therefore, VR can be used for hand hygiene education.
医療関連感染は,先進国では7%,途上国では10%が少なくとも1つの医療関連感染に罹患しており,感染した患者の10%が死亡する(World Health Organization,以下WHO, 2016).医療関連感染予防における最も重要な手段は手指衛生である.手指衛生遵守率が上がると,医療関連感染の発生が減少する(Luangasanatip et al., 2015).手指衛生は正しいタイミングと方法での実施により,効果を発揮する.WHOは「患者に触れる前」「清潔/無菌操作をする前」「体液に曝露した可能性がある時」「患者に触れた後」「患者周囲の環境に触れた後」で手指衛生を実施することを推奨している.しかし,医療従事者の手指衛生遵守率は低いことが課題となっている.システマティックレビューによると,医療従事者の手指衛生遵守率は40%(Erasmus et al., 2010),診療科別に調査したものでは20%だったという報告もある(Novoa et al., 2007).
手指衛生の改善のためには①組織変革②トレーニングと教育③評価とフィードバック④現場でのリマインダー⑤組織安全風土が必要である(WHO, 2009).教育に関しては,これまで講義,映像視聴,実技演習などが行われてきた(Cherry et al., 2012).教育に視聴覚メディアを用いることは,ケアの実際をイメージできるため効果的であり,学習満足度も高い(Martos-Cabrera et al., 2019).近年ゴーグルやヘッドセットを装着し,仮想空間をリアルに体験できるバーチャルリアリティ(Virtual Reality,以下VR)を活用した教育が普及し始めた.解剖学,手術手技(Slater & Sanchez-Vives, 2016)や看護手技(Bracq et al., 2019)などで活用されている.しかし,手指衛生教育用に開発されたVRの活用報告は見当たらない.
そこで,我々は手指衛生教育用のVRを開発した.そのVRは,臨床で手指衛生が必要な場面を含んだ映像とした.医療従事者の手指を介した病原微生物の伝播を可視化した.VRは一人称体験ができることが強みであり,患者体験は医療従事者へ与えるインパクトが大きいことから(山川ら,2018;Donnelly et al., 2020),患者視点で視聴することとした.本研究では我々が作成したVRが,手指衛生教育に使用可能か検討するため,2次元映像との比較を行った.今後,開発したVRを活用して,手指衛生遵守率の改善を目的とした研究を実施するための最初のステップとして本研究を実施した.
本研究の目的は,VR映像と2次元映像を見た人で,映像の忠実度,学習満足度などに違いがあるのか,また,手指衛生のタイミングを想起させる内容であるのかを測定し,VRの手指衛生教材としての使用可能性を明らかにすることである.
VR映像は「手指衛生の5つのタイミング」(WHO, 2009)を想起させる内容とした.患者が病室のベッドに臥床しているところに,医師と看護師が訪室し,診察やケアを行う展開とした.映像中の医師と看護師が適切なタイミングで手指衛生を実施しないために,患者周囲が汚染されていく様子を色で示した.医師による汚染は黄色,看護師による汚染は水色で示した.映像の長さは3分30秒とした.VR映像では,感染管理・看護教育を専門とする研究者,感染管理認定看護師,感染症専門医と協議し,臨床でよくある場面を切り取った.
2) 撮影方法VR動画の撮影や編集・加工は,株式会社シルバーウッドの協力のもとに行った.
3) 映像視聴方法VR映像は,頭部装着ディスプレイ「Oculus Go」(Facebook Technologies, LLC, Menlo Park, California)にヘッドホンを使用し視聴した.本研究では,VR映像の対照として2次元映像を用いた.2次元映像はVR映像を2次元に加工したもので,スクリーンを通して視聴した.
2. VR映像の手指衛生教材としての使用可能性の評価 1) 研究デザイン本研究は,VR群と2次元映像群の割付け比1:1の非無作為化比較試験である.
2) 対象施設と対象者 (1) 対象施設募集は,面識のある4施設の感染管理認定看護師を通してスノーボール形式で行った.そのうち,看護部長の研究参加への同意が得られた1施設を対象とした.募集期間は,2019年8月22日~9月30日であった.対象施設は関西地区にある一般病院で,手指衛生遵守率向上への取り組みが継続的に行われていた.
(2) 対象者適格基準は,病院に勤務する看護師とした.除外基準は,VRは頭部装着ディスプレイとヘッドホンを使用するため,外傷,頭痛,耳痛,両眼視機能の異常がある者とした(Facebook Technologies, LLC, 2018).対象施設の協力者(以下,協力者)が各部署に参加者の募集を行った.
3) データ収集データ収集は,両群とも2019年11月1日に対象施設で実施した.対象者をVR群と2次元映像群に分け,映像視聴後に講義を行う同じタイムテーブルとした.合同で講義を実施する時間の確保が困難であった.講義は同じ研究者が行い,平等性の担保として伝える内容と資料を統一した.講義時間は10分とし,内容は「医療従事者の手指を介した病原微生物の伝播」「手指衛生5つのタイミング」「手指衛生の特徴と使い分け」とした.資料は,感染管理・看護教育を専門とする研究者,感染管理認定看護師にアドバイスを受け作成した.質問紙調査は映像視聴前,視聴直後,視聴後に行った講義の後(以下,視聴後),視聴1か月後の4回実施した.1か月後の調査は,2019年11月25日に協力者へ質問紙の配布を依頼した.その後協力者が質問紙を直接回収し,2019年12月4日に研究者が受け取った.
4) 評価 (1) 主要アウトカム主要アウトカムは,映像の評価と手指衛生のタイミングの想起とし,質問紙を用いて測定した.映像の評価の質問紙は,シミュレーション教育の評価指標とVRの効果に関する先行研究を参考に研究者らが作成し(National League for Nursing, 2003;Ulrich et al., 2014),プレテスト後完成させた(Cronbachのα係数=.956).「映像の目的」「問題解決」「忠実度」「学習満足度」「映像視聴中の患者体験」について,5件法(1:全くあてはまらない~5:非常にあてはまる)で映像視聴直後に測定した.手指衛生のタイミングの想起は,手指衛生の5つのタイミング(WHO, 2009)の記述とし,映像視聴前,視聴後,視聴1か月後に測定した.タイミングの内容が合っていれば正解とし,対象者へは正解のフィードバックを行わなかった.
(2) 副次アウトカム副次アウトカムは,VR群の映像視聴完遂率と,VRの感想についての自由記載内容とした.
(3) その他対象者の基本情報として,属性に加えて,所属病棟,所属部署での役割,感染対策への関心と知識習得への意欲,1年以内の手指衛生教育の有無,これまで受けた手指衛生教育方法と内容,VR視聴経験の有無について尋ねた.
5) 統計学的手法映像評価の両群間比較はMann-WhitneyのU検定により検証した.手指衛生のタイミングの想起では,両群間の比較はFisherの正確検定,群内比較はMcNemar検定を用い,Bonferroni補正を行った.有意水準は両側5%とした.統計解析はJMP® Pro 15.1.0を用いた.基本情報の両群間の比較は,年齢,経験年数はWilcoxonの順位和検定,それ以外の項目はFisherの正確検定により検証した.
6) 倫理的配慮本研究は,大阪大学医学部附属病院研究倫理審査委員会(承認番号:19030)と対象施設の倫理審査委員会の承認を得て実施した.参加者には研究の詳細に加え,参加は任意であり同意後も随時撤回できること,質問紙は施設関係者が見ることはなく評価に影響しないことを口頭と書面にて説明し同意を得た.VR群へは酔いの発生の可能性と,不快症状出現時には報告して欲しいこと,すぐに視聴中止すること,途中辞退できることを説明した.2次元映像群には,データ収集の完了後VR映像を視聴する機会を保証した.
協力者が参加募集と振り分けを実施し,研究者はこれらに関与しなかった.参加の意思を示した25名のうち,5名が勤務の都合により参加を辞退し20名を対象とした.事前に研究者と設定した調査時間に参加可能か,協力者が部署と調整し,対象者をVR群(n = 10)と2次元映像群(n = 10)に振り分けた.調査開始後,脱落者はおらず全員が解析に含まれた.情報の混入を防ぐため,対象者には当日まで調査内容の詳細やグループの割り当てを明らかにしなかった.
2. 対象者の基本情報対象者の平均年齢(SD)は,VR群30.8 ± 8.3歳,2次元映像群29.3 ± 10.1歳であった(p = .446).性別は女性がVR群10名(100%),2次元映像群8名(80%)であった(p = .474).1年以内に手指衛生教育を受けた対象者は,VR群6名(60%),2次元映像群7名(70%)であった(p = 1.000).VR視聴経験がある対象者は両群とも2名(20%)であった(p = 1.000).対象者の基本属性では,両群間に有意差はなかった(表1).
VR群(n = 10) | 2次元映像群(n = 10) | p値 | |
---|---|---|---|
平均年齢±SD | 30.8 ± 8.3 | 29.3 ± 10.1 | .446 |
女性 | 10 | 8 | .474 |
平均臨床経験年数±SD | 8.9 ± 7.4 | 8.5 ± 9.3 | .568 |
最終学歴 | .474 | ||
専門学校 | 8 | 8 | |
短期大学 | 1 | 0 | |
大学 | 0 | 2 | |
不明 | 1 | 0 | |
所属部署 | .360 | ||
内科系 | 2 | 4 | |
外科系 | 3 | 4 | |
混合病棟* | 4 | 1 | |
外来 | 1 | 0 | |
看護管理室 | 0 | 1 | |
所属部署での役割 | 1.000 | ||
感染対策リンクナース | 4 | 4 | |
感染対策リンクナース以外 | 5 | 4 | |
その他** | 1 | 2 | |
感染対策への関心 | .755 | ||
とてもある | 0 | 2 | |
ある | 6 | 4 | |
どちらともいえない | 3 | 3 | |
あまりない | 1 | 1 | |
全くない | 0 | 0 | |
感染対策に関する知識を得たい | .809 | ||
強く思う | 3 | 5 | |
まあまあ思う | 5 | 4 | |
どちらともいえない | 1 | 1 | |
あまり思わない | 1 | 0 | |
思わない | 0 | 0 | |
1年以内の手指衛生教育の有無 | 1.000 | ||
受けた | 6 | 7 | |
受けていない | 3 | 3 | |
行われていない | 1 | 0 | |
これまで受けたことがある手指衛生教育方法 | |||
講義形式 | 7 | 6 | 1.000 |
映像視聴 | 4 | 7 | .370 |
これまで受けたことがある手指衛生教育内容 | |||
蛍光塗料とブラックライトを用いた方法 | 10 | 9 | 1.000 |
石けんと流水の手洗い方法の指導 | 8 | 8 | 1.000 |
擦式アルコール手指消毒方法 | 6 | 7 | 1.000 |
VRを視聴したことがある | 2 | 2 | 1.000 |
* 混合病棟:内科と外科の混合病棟
** その他:看護師長,副看護師長,新人教育担当専任看護師を含む
連続変数:Wilcoxonの順位和検定
離散変数:Fisherの正確検定
視聴した映像について5件法の中央値で評価した両群間の比較を表2に示す.映像の目的では,両群間に有意差はなかった.問題解決の「手指衛生の重要性が理解できた」では,VR群5.0,2次元映像群4.0であった(p = .024).忠実度の「自分の実践を想起した」では,VR群5.0,2次元映像群4.0であった(p = .008).学習満足度の「映像を用いた学習方法は効果的だった」では,VR群5.0,2次元映像群4.0であった(p = .046).「患者体験」では,VR群4.0,2次元映像群2.5であった(p = .052).VR群の2名(10%)が酔いを少し感じたと回答したが,全員が視聴を完遂した.質問紙の自由記載欄に「頭を動かしたときに酔いを少し感じた」との記載があった.
VR群(n = 10) | 2次元映像群(n = 10) | p値 | ||
---|---|---|---|---|
中央値(四分位範囲) | 中央値(四分位範囲) | |||
目的 | ||||
映像の目的は明確であった | 4.5(3.8~5.0) | 3.5(3.0~4.0) | .057 | |
映像には問題点が明確に提示されていた | 4.5(3.8~5.0) | 4.0(3.0~5.0) | .444 | |
問題解決 | ||||
手指衛生の知識を得ることができた | 4.5(2.8~5.0) | 3.0(3.0~4.0) | .236 | |
手指衛生の重要性が理解できた | 5.0(4.8~5.0) | 4.0(3.8~5.0) | .024 | |
自分の知識とレベルに合っていた | 3.0(3.0~4.3) | 3.5(3.0~4.0) | .936 | |
自分の手指衛生を見直すきっかけとなった | 5.0(4.8~5.0) | 5.0(3.8~5.0) | .281 | |
自分の手指衛生は改善される | 4.5(3.8~5.0) | 4.0(3.8~5.0) | .839 | |
忠実度 | ||||
シナリオは臨床的によくある場面だった | 5.0(4.0~5.0) | 5.0(4.0~5.0) | 1.000 | |
現実的だった | 5.0(4.0~5.0) | 5.0(4.0~5.0) | .681 | |
自分の実践を想起した | 5.0(4.8~5.0) | 4.0(3.8~4.0) | .008 | |
学習満足度 | ||||
映像を用いた学習方法は効果的だった | 5.0(4.0~5.0) | 4.0(3.0~4.5) | .046 | |
映像を用いた学習方法はやる気を起こさせた | 4.0(3.8~5.0) | 4.0(3.0~4.5) | .567 | |
映像を用いた学習は学びに役立った | 4.5(4.0~5.0) | 4.0(3.5~5.0) | .401 | |
映像を用いた学習方法は自分が学びたい方法に適していた | 4.0(3.0~4.3) | 4.0(2.5~4.5) | .547 | |
映像は学習時間をより生産的なものにした | 4.0(3.0~4.3) | 4.0(3.0~4.0) | .895 | |
映像の長さはちょうどよかった | 4.0(3.8~5.0) | 4.0(3.0~5.0) | .896 | |
映像視聴中の体験 | ||||
私は患者体験をした | 4.0(3.8~5.0) | 2.5(1.8~4.3) | .052 |
Mann-WhitneyのU検定
対象者に映像視聴前,視聴後,視聴1か月後に手指衛生の5つのタイミング(WHO, 2009)を記述してもらった(表3).5つのタイミングの記述できた割合について群内比較を行った.「患者周囲の環境に触れた後」では,VR群は視聴前30%と比べて,視聴後90%(p = .040),視聴1か月後60%(p = .233)であった.2次元映像群では視聴前20%と比べて,視聴後80%(p = .040),視聴1か月後80%(p = .040)であった.その他の4つのタイミングについては,VR群,2次元映像群ともに有意差を認めなかった.
VR群(n = 10) | |||
---|---|---|---|
映像視聴前 | 映像視聴後 | 映像視聴1か月後 | |
患者に触れる前 | 90% | 100% | 100% |
清潔/無菌操作をする前 | 80% | 100% | 80% |
体液に曝露した可能性がある時 | 50% | 100% | 100% |
患者に触れた後 | 40% | 100% | 90% |
患者周囲の環境に触れた後 | 30% | 90%* | 60% |
2次元映像群(n = 10) | |||
映像視聴前 | 映像視聴後 | 映像視聴1か月後 | |
患者に触れる前 | 70% | 100% | 90% |
清潔/無菌操作をする前 | 60% | 100% | 70% |
体液に曝露した可能性がある時 | 70% | 80% | 100% |
患者に触れた後 | 40% | 80% | 90% |
患者周囲の環境に触れた後 | 20% | 80%† | 80%‡ |
McNemar検定後,Bonferroni補正にて全体の有意水準を両側5%とした
* 映像視聴前vs映像視聴後 p = .040
† 映像視聴前vs映像視聴後 p = .040
‡ 映像視聴前vs映像視聴1か月後 p = .040
本研究では,臨床での手指衛生の場面を切り取った映像をVRまたは2次元映像で視聴した結果,VR群では2次元映像群と比べて,手指衛生の重要性の理解,自身の実践の想起,学習の効果について高い評価を得た.
1. VRと2次元映像の比較について映像についてVR群と2次元映像群の比較では,「手指衛生の重要性が理解できた」「自分の実践を想起した」「映像を用いた学習方法は効果的だった」においてVR群で有意に高い評価を得た.このことから,我々が作成したシナリオは,視聴者が自分の実践を想起できるようなリアリティさがあったと考える.Dang et al.(2018)の急変時のシミュレーション教育で実施した研究においても,VRは2次元映像よりも没入感と臨場感が高かった.一方,「映像の目的」や「患者体験」では違いを認めなかった.その理由として,2次元映像でも患者視点で視覚的に訴える映像であったことが影響したと考えられる.
VR群では全員が視聴を完遂できた.しかし,2名に酔いが生じた.どの場面かは明らかにできていないが,頭の動きに伴い生じていた.VR酔いは頭の動きと映像の不一致により生じるとされている(日本バーチャルリアリティ学会,2011).VR映像の酔い対策として,映像視聴前には急な頭の動きを避けるよう説明が必要と考える.
2. 手指衛生のタイミングの想起について映像視聴前に「患者周囲の環境に触れた後」の記述ができた割合は,VR群30%,2次元映像群20%と低く,これは先行研究と一致していた(Woodard et al., 2019).視聴後に記述できた割合がVR群90%,2次元映像群80%と両群とも視聴前に比べて記述できた割合が有意に高くなっていた.1か月後の調査においても記述できた割合が視聴前より高かったが,2次元映像群のみ有意差を認めたのは,人数が影響していた可能性がある.シナリオを患者のベッド周囲で展開し,病原微生物の伝播ステップを可視化したこと,患者視点で医療従事者の動きを客観的に視聴したことが効果的だったと考える.
「患者に触れる前」「清潔/無菌操作の前」「体液に曝露した可能性がある時」のタイミングに関しては,映像視聴前から半数以上記述できていた.これは,対象施設では継続的に手指衛生遵守率向上への取り組みが行われており,手指衛生に関する意識や知識が高い対象者であったことが影響したと思われる.また,映像視聴後の調査では映像視聴と講義後に行い,内容は手指衛生のタイミングについても含まれていた.このことから,講義内容が手指衛生のタイミングの想起に影響した可能性がある.
3. VRの手指衛生教材としての使用可能性VR群全員が映像視聴を完遂でき,実践の想起や手指衛生の重要性の理解については,2次元映像より効果が得られた.医療従事者には,正しい方法とタイミングでの手指衛生の実施が求められる.正しい方法については,従来ブラックライトを用いた手洗いチェックの演習が行われることが多い.また,タイミングについては,シナリオを用いた学習方法が用いられてきた.しかし,それでは実際の臨床現場をイメージできず,自身の実践と結びつけることが困難であると思われる.VRは臨場感のある映像体験が強みであり,新たな手指衛生教材の選択肢のひとつになると考える.
4. 研究の限界本研究の限界は,まず,無作為化試験ではないことである.対象者は勤務中に調査へ参加するため調整が必要であり,協力者に参加募集と振り分けを依頼したため,選択バイアスが考えられる.次に,質問紙は信頼性と妥当性が確認されたものではないこと,調査実施者と分析者が同一であり情報バイアスが考えられる.そして,手指衛生遵守率の評価を行っていないこと,単施設でサンプル数が少ない点から,一般化できる可能性は低いと考える.開発したVR教材の有効性の検証に向け,手指衛生遵守率を評価すること,多施設でサンプル数を増やした調査が必要である.
VR群では2次元映像群と比べて,手指衛生の重要性の理解,自身の実践の想起,学習の効果について高い評価を得た.また,VR映像は全員が視聴を完遂できたことから,手指衛生教育に使用可能と考える.
付記:本研究は,大阪大学大学院医学系研究科に提出した修士論文に加筆,修正を加えたものである.
謝辞:本研究にご理解を戴きご協力くださいました,対象施設の看護部長様,感染管理認定看護師様,スタッフの皆様に厚く御礼申し上げます.大阪大学医学部附属病院感染制御部の皆様,株式会社シルバーウッドの皆様には,本研究開始から映像作成に至るまで,貴重なご助言と多大なるご協力を戴き,厚く御礼申し上げます.
利益相反:株式会社シルバーウッドとは,共同研究契約を締結した(管理番号:30共2255).本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:YT,MUは研究の着想からデザイン,データ収集,解析,原稿作成に貢献;MYは,データの解釈,研究プロセス全体への助言と原稿作成に貢献.すべての著者は最終原稿を読み,承諾した.