Journal of Japan Academy of Nursing Science
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Concept Analysis of Advance Care Planning for Patients with Chronic Diseases
Kayo Kawahara
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2021 Volume 41 Pages 279-285

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Abstract

目的:近年,アドバンス・ケア・プランニング(ACP)の取組みが注目されているが,慢性疾患患者に対するACPの統一した見解はない.そこで,慢性疾患患者に対するACPの定義を明確にすることを目的に概念分析を行った.

方法:14文献を対象に,Walker & Avantの概念分析方法を用いた.

結果:ACPの属性は【自己決定を行うための理解】【情緒的ゆらぎ】【ACPにたずさわる人々の関係性】【自己決定】【多職種支援へつなげる記録・書面化】【ACPのプロセスの継続と見直し】が抽出された.

結論:慢性疾患患者のACPを「患者の適切な時期に,自己決定を行うための理解を通して情緒的ゆらぎを経験しながら,治療やケアのゴールが導き出され自己決定が行われる過程であり,それは患者・家族とヘルスケア提供者のコミュニケーションにより繰り返し行われる」と定義した.

Translated Abstract

Aims: Recent initiatives in advance care planning (ACP) are drawing attention in Japan as well. Patients with chronic diseases are not exceptions to this and demand clinical practice of ACP; however, there is no consensus on this topic. Thus, we performed a concept analysis to obtain a clear definition of ACP for patients with chronic diseases.

Methods: The Walker & Avant’s method of concept analysis was performed on 14 articles.

Results: The following were extracted as attributes of ACP: understanding required for self-decision-making, relationship between people, emotional vacillation, self-decision-making, ease of access to decisions, and continuity and revision. The antecedents to ACP were appropriate timing to think about ACP while living with illness, being noticed by people involved, and inexperience and preparation of healthcare providers. The consequences of ACP were care that meets the patients’ wishes and having an insight for the future.

Conclusions: The ACP for patients with chronic diseases was defined as the timely and cyclical process of drawing out treatment or care goals by adequate communication between healthcare providers and the patients and their families as they experience vacillating emotions.

Ⅰ. はじめに

慢性疾患患者数は,生活習慣の変化や医療技術の発展,高齢化の進行に伴い世界的に増加している.代表的な慢性疾患は,心疾患,脳血管疾患,がん,COPD,糖尿病が挙げられる.Lynn(2001)の病の軌跡モデルのなかで,非がん疾患である臓器不全モデルの慢性疾患は,病状の悪化と寛解を繰り返しながら死に至り,予後予測は困難である.このような慢性疾患患者は,高齢者も多く,深刻な病状に陥った際には苦痛症状や認識力が低下しており,意思決定ができないとみなされることも多い.そのため,将来を見据えた自らの治療のゴールや希望を事前に明らかにしておくアドバンス・ケア・プランニング(Advance care planning,以下ACP)が注目され始めている.

ACPは,1990年代のアメリカにおいて患者の自律と自己決定法に基づき発展してきた.ACPの定義に統一されたものはないが,概ね次のような内容である.欧州緩和ケア協会(Rietjens et al., 2017)は,近年におけるACPを「個人が,将来の医療およびケアの目標と意向を定義し,家族や医療関係者とこれらについて話し合い,必要に応じて記録および確認できるようにすること」と定義し,国際的な合意を得ている.また,重篤な疾患や慢性疾患に罹患した際に,価値観や目標,意向に沿った医療やケアを確実に行うことがACPの目的であるとし,ACPの過程には,代理意思決定者の選定を含むことが多いとされる.先行研究では,ACPの介入により再入院が減少する,緩和ケアの利用が増える(Kernick et al., 2018),遺族の不安が減る(Detering et al., 2010)といった効果がみられている.

一方,我が国におけるACPの先行文献は,2003年から徐々に論文数が増え始め,2014年から急激に増加している(増島,2017角田,2015).その内容は,総説や事例報告,事前指示書に対する認識や取得状況についての質問紙調査が多く,具体的な介入モデルや概念について述べられている文献は少ない.我が国では,個人と家族のつながりが強く,法的整備や宗教背景が欧米と異なるなか,欧米で発展したACPのモデルをそのまま適応するには困難が生じることが予測された.また,臓器不全モデルの慢性疾患は,治療を行うことが症状コントロールとなり,最期まで治療の可能性が残されており予後予測が困難な疾患である.加えて,重篤な患者や高齢者は,実際よりも予後を長く捉える傾向にあり(Allen et al., 2008),疾患特異性を考慮する必要が考えられた.そこで今回,臓器不全モデルの慢性疾患患者のうち,代表的な心不全,呼吸器疾患,腎疾患に対するACPの概念に含まれる要素や構造を明らかにすることを目的に概念分析を行った.これにより,ACPの介入のタイミングや必要な要素が抽出され,我が国の実情に即した具体的な支援を検討するための一助が得られると考える.

Ⅱ. 方法

1. 概念構築の方法

概念分析の方法は,Walker & Avantの方法を参考にした.Walker & Avant(2008)は,概念分析を概念の基礎となる要素を調べる過程と位置付けている.ある概念において,重要とされるものがわかれば,他の概念との類似性や相違性を区別することができ,さらに概念に含まれる内部構造を明確にすることができる.分析は,既存の文献から臓器不全モデルの慢性疾患患者に対するACPの概念や定義について言及している文献を抽出し,概念の用法を定義づける属性を明らかにした.そして,概念の発生に先立って生じる先行要件と,概念が発生した結果として生じる出来事や成果である帰結を明らかにし,統合したのち定義づけを行った.

2. 文献検索の方法

慢性疾患におけるACPの概念が,看護学および医療分野においてどのように使用されているかを検討するため,文献検索を行った.本研究における慢性疾患は,がん以外の臓器不全に至る過程を経て終末に至る疾患とした(平原,2011).病の軌跡を参考に,代表的な心不全,呼吸器疾患,腎疾患のなかからキーワードを選択した.将来自らに対して行われる医療行為に関する意思表示である事前指示書もキーワードに含めた.なお,脳血管疾患は,急性期を脱した後に機能障害が残る場合があるが,それが原因で死に至ることはなく再発や他の疾患で亡くなるため経過が異なると考え除外した.同様に神経疾患は,難治性で本質的治療法のない疾患が多く,多数の遺伝性疾患が含まれているため除外した.医療系の論文であり,ひろく収載論文数が多いデーターベースを選択し,海外文献はPubMed,CINAHLを用いて(「Advance care planning」or「Advanced directives」)and(「chronic illness」or「chronic disease」or「chronic heart failure」or「chronic obstructive pulmonary disease」or「chronic kidney disease」or「chronic renal failure」)のキーワードを使用し検索を行った.PubMedは,該当論文数が多く,上記検索式に「nurse」を加え検索した.CINHALは,英米の看護系論文のデーターベースであるため,検索式に「nurse」は加えなかった.和文献は,医学中央雑誌を用いて(「アドバンス・ケア・プランニング」or「事前計画」)and(「慢性疾患」or「心不全」or「COPD」or「肺疾患」or「腎機能障害」or「腎不全」)のキーワードを使用し検索を行った.和文献は,より普遍的な概念の要素を抽出するために一定数の対象者について述べられた原著論文に限定し,会議録や事例は除外した.また,入手不可能な文献は,閲覧や取り寄せが有料であり,検索および分析作業の停滞が見込まれたため,ウェブ上に本文が載せられている文献に限定した.出版年は,いずれも2019年12月までとした.

Ⅲ. 結果

1. データ収集の結果

文献検索の結果,英語文献はCINAHL(1995~2019年)142件,PubMed(1986~2019年)135件がヒットした.タイトルに「Advanced Care Planning」「Advanced Directives」を含む文献に絞り込みを行ない,それぞれのデータベースより49件,30件が分析対象となった.慢性疾患に対するACPの定義や要素について記述しているか要約より内容を確認し,最終的にCINAHL 6件,PubMed 4件を分析対象とした.和文献は,658件がヒットし,原著論文に絞り込みを行ったところ395件が該当した.入手可能な文献は,201件であり,ACPについて記載されているか内容を確認し,1件を分析対象とした.さらに,ハンドサーチングにて3件を追加した.最終的に国内外文献合わせて14件を分析対象とし,概念分析を行った.

2. 慢性疾患患者に対するACPの概念分析

慢性疾患患者に対するACPの概念分析により,概念を構成する属性,先行要件,帰結が抽出された(図1).以下,本文中の【 】はカテゴリー,[ ]はサブカテゴリーを示す.

図1 

慢性疾患患者に対するアドバンス・ケア・プランニングの概念モデル図

1) ACPに含まれる要素(属性)

慢性疾患患者のACPの属性として6つのカテゴリーが抽出された.患者側の要素として【自己決定を行うための理解】,【情緒的ゆらぎ】,【自己決定】の3つのカテゴリーが抽出された.【ACPにたずさわる人々の関係性】,【ACPのプロセスの継続と見直し】,【多職種支援につながる記録・書面化】は,患者とヘルスケア提供者の両者に該当するカテゴリーとして抽出された.

(1) 【自己決定を行うための理解】

慢性疾患は,長期に渡り療養生活を送る疾患であり,予後の見通しは複雑化している.治療の転機には,植込み型除細動器(implantable cardioverter-defibrillator: ICD),人工透析,在宅酸素療法等の導入や移植医療が存在する.患者は,[疾患と予後の理解]として,これらの治療のメリットとデメリットを理解し,治療選択をする(Davison, 2012)ことが必要となる(Hjorth et al., 2018表1 A-1参照).また,生活習慣の見直しや,体の機能の衰えと共に今までできていたことが徐々に困難となる過程を受け入れ,調整することも必要となる(Davison, 2012).患者自身は,がん患者と比較し,自らをターミナルな疾患として捉えておらず,エンド・オブ・ライフの問題はがん患者の問題であると考えている(Gott et al., 2009表1 A-1参照).がん患者は,療養生活のなかで死を意識し,エンド・オブ・ライフの問題を認識する.一方,慢性疾患患者は,死や終末期の問題を他人事と捉える傾向にあり(Gott et al., 2009),終末期の位置づけが曖昧となっている.そのほか,患者自身が,[ACPの本質](Anderson et al., 2018表1 A-2参照)や,治療および療養等に対する[希望や価値観の理解]をし,要望に統合すること(Davison, 2012表1 A-3参照)が含まれる.

表1  慢性疾患患者に対するアドバンス・ケア・プランニングに含まれる構成要素
カテゴリー サブカテゴリー コード 著者
〈属性〉
自己決定を行なうための理解(A) 1)疾患と予後の理解 疾患や症状,治療内容の理解 Hjorth et al., 2018Kataoka-Yahiro et al., 2011
併存疾患,合併症,新たな病気,健康状態の理解 Davison, 2012
がん患者と比較し,自らをターミナルな病気と思っていないことを理解する Gott et al., 2009Wasylynuk & Davison, 2016
2)ACPの本質の理解 終末期の治療やエンド・オブ・ライフの理解 Wasylynuk & Davison, 2016
ACPの価値やQOLの保障についての理解 Anderson et al., 2018Kataoka-Yahiro et al., 2011
3)希望や価値観の理解 治療や療養に対する希望や価値観について考え,要望に統合する Davison, 2012Nguyen et al., 2013Wasylynuk & Davison, 2016
Good Deathの基準を考える Wasylynuk & Davison, 2016Hjorth et al., 2018Sellars et al., 2017
宗教的価値観の理解 Kataoka-Yahiro et al., 2011
情緒的ゆらぎ(B) 4)病状や予後への不安と受け入れ 予後や病みの軌跡を知ることを避けたい思い Gott et al., 2009
目の前の問題や今後起こることを知る不安 Davison, 2012Kataoka-Yahiro et al., 2011
ACPに必要な情報を手に入れることは,患者にとってストレス Hjorth et al., 2018
不安やストレスを抱えながら将来の治療や療養の選択を行う Nguyen et al., 2013
5)死や終末期を知ることへの不安 死について語るよりも生きることを考えたい Kataoka-Yahiro et al., 2011
終末期ケアや死を考えることは,不安でありつらい Wasylynuk & Davison, 2016Hjorth et al., 2018Nguyen et al., 2013
6)決定事項に対する不安や葛藤 治療の中止や延命治療の選択にストレスを抱く Nguyen et al., 2013
事前指示書の完成は,治療をあきらめたことと同義ではない Liao et al., 2019
7)家族への思い 病気が悪くなることで家族へ迷惑をかけたくない Greutmann et al., 2013Liao et al., 2019
家族に自らの死にや病気ついて話したくない Hjorth et al., 2018
治療や療養の選択を家族の意見に委ねる Wasylynuk & Davison, 2016
自らの希望と家族希望を合致させた意思決定をしたい Kataoka-Yahiro et al., 2011
ACPにたずさわる人々の関係性(C) 8)人物間の関係性 信頼できる医療者と患者関係の構築 Dixon et al., 2018Greutmann et al., 2013
患者と家族や大切な人との関係性 Kataoka-Yahiro et al., 2011
ヘルスケアチーム者間の関係性を構築する Davison, 2012Sellars et al., 2017
患者と似たような経験をした人や友人の意見を参考にする Kataoka-Yahiro et al., 2011
9)コミュニケーションスタイル Shared-decision makingの方法をとる Anderson et al., 2018Sellars et al., 2017Wasylynuk & Davison, 2016
患者の行動変容をもたらす関りを目指しゆとりを持って対応する Anderson et al., 2018
患者や家族は,ヘルスケア提供者に誠意を持って関わって欲しい Hjorth et al., 2018Kataoka-Yahiro et al., 2011
透明性のあるコミュニケ―ションを行う Hjorth et al., 2018Sellars et al., 2017
オープンエンドな質問形式で情報提供を行う Anderson et al., 2018
10)話しあう内容 死生観 Nguyen et al., 2013
疾患,症状,予後について Davison, 2012Gott et al., 2009Hjorth et al., 2018Nguyen et al., 2013
治療選択 Crosby & Gutierrez, 2019Davison, 2012
代理意思決定者の選定 Anderson et al., 2018Crosby & Gutierrez, 2019Davison, 2012Kataoka-Yahiro et al., 2011有田ら,2015
終末期に過ごす場所,Pallliative sedationの使用 有田ら,2015
自己決定(D) 11)決定を受け入れる 将来に備えた治療や療養の希望を意思表明する Nguyen et al., 2013
心肺停止時の蘇生処置,胃瘻造設や輸血等への意向を取決める Anderson et al., 2018Davison, 2012Nguyen et al., 2013
事前指示書に記載された内容を確認する Anderson et al., 2018Nguyen et al., 2013
多職種支援へつなぐ記録・書面化(E) 12)事前指示として記録する 事前指示書の一定の形式に書面化する Anderson et al., 2018Davison, 2012Wasylynuk & Davison, 2016
電子カルテに決定事項を保存する Anderson et al., 2018Crosby & Gutierrez, 2019Wasylynuk & Davison, 2016
13)決定事項へのアクセスのしやすさ 多職種支援・チームで患者の希望を共有する Crosby & Gutierrez, 2019
事前指示書は,多職種支援のなかで広く患者の意思を共有できる手段となる Crosby & Gutierrez, 2019
ACPのプロセスの継続と見直し(F) 14)ライフサイクルの過程における継続と見直し ターニングポイントだけではなく,人生のあらゆる場面で見直しが必要 Anderson et al., 2018
15)関与する人やものなどシステムにおける継続 施設間や病院および地域間の連携よるACPの完遂 Dixon et al., 2018

(2) 【情緒的ゆらぎ】

患者は,ACPの過程で[病状や予後への不安](Gott et al., 2009表1 B-4参照)や,[死や終末期を知ることへの不安](Hjorth et al., 2018表1 B-5参照),[家族への思い](Greutmann et al., 2013表1 B-7参照))を経験し,それらを受け入れながら将来の治療やケアの選択を行なっている.慢性疾患は,最期まで治療の可能性が残される特徴がある.患者は,治療の中止や延命治療の選択にストレスを抱く(Sellars et al., 2017)といった[決定事項に対する不安や葛藤]を抱えている(Liao et al., 2019表1 B-6参照).

(3) 【ACPにたずさわる人々の関係性】

ACPは,患者とヘルスケア提供者,患者にとって大切な人との話し合いの過程を基本とする.[人物間の関係性](Dixon et al., 2018表1 C-8参照)や[コミュニケーションスタイル](Anderson et al., 2018表1 C-9参照)は,ACPに影響を与える要因となる.ヘルスケア提供者は,真実を伝えるために,伝える情報の透明性と患者および家族にどこまで伝えるかの透明性を考慮したコミュニケーションを行う必要がある(Hjorth et al., 2018Nguyen et al., 2013).[話し合う内容]としては,疾患,症状,予後や死生観,終末期に受けたい治療や過ごす場所,緩和的鎮静の使用(Nguyen et al., 2013表1 C-10参照)等が含まれる.

(4) 【自己決定】

治療やケアに対する意思表示や(Anderson et al., 2018表1 D-11参照)事前指示書の記載内容等の[決定を受け入れる]ことを示す.

(5) 【多職種支援につながる記録・書面化】

慢性疾患は,合併症や内科的疾患が複数存在し,患者に関わる人も多い.そのため,患者の意向は,多職種チーム内で共有する必要があり,[事前指示として記録する]ことや(Anderson et al., 2018表1 E-12参照),記録媒体の使用による組織横断的な[決定事項へのアクセスのしやすさ](Crosby & Gutierrez, 2019)により継続した支援が必要となる.

(6) 【ACPのプロセスの継続と見直し】

ACPにより自己表示した内容は,病状の経過や状況により変化することが知られている.[ライフサイクルの過程での継続と見直し](Anderson et al., 2018を行い,施設間や病院および地域間での連携である[関与する人やものなどシステムにおける継続](Dixon et al., 2018)を担保し,実施することが含まれる.

3. モデル例

概念分析より抽出された属性の構成要素を検討するために,心不全患者のモデル例を示す.

Aさんは,80歳代男性で,拡張型心筋症,心室頻拍に対しICD挿入中であり,慢性腎不全にて人工透析が導入されている.1年程前より,透析中の不整脈コントロールが不良となり,ICD頻回作動および透析困難な状態となっていた.Aさんは,心不全の終末期の状態であり,外来で緩和医療の説明がされ,透析が不能の場合には積極的治療は行わず在宅療養の方針となっていた.今回は,透析中に意識消失を伴う心室頻拍を認め緊急入院となった.

Aさんの治療は難渋し,入院後も透析中の心室頻拍とそれに伴う除水困難が持続したため,再度今後についての説明が行われた.Aさんは,「去年終末期であることを告げられた時はショックであったが,すっきりした気持ちになり身辺整理を始められた.」と,当初は[死や終末期を知ることへの不安]がみられたが,次第に[病状や予後への不安と受け入れ]を行っていった.しかし「こんなにも急な事なのか,認知症の妻のことを考えると心残りであり本当にこれで良いのか.」と,[家族への思い]や[決定事項に対する不安や葛藤]といった【情緒的ゆらぎ】を感じていた.Aさんは,病状について説明を受けたり,医療者との会話のなかで思いを吐露し【自己決定を行うための理解】を進めていった.医療者は,同時に【人々の関係性】として,前例のないAさんの様な事例に対するカンファレンスにて認知機能の評価や倫理的側面での検討を行い,家族の意見も確認し,必要時には精神科医や緩和ケア科のサポートを得てAさんを支援した.

Aさんは,最終的に透析は続けるがICD停止については決めかねる,心臓マッサージや人工呼吸器の使用は不要であると【自己決定】を表明した.これらの経過は,電子カルテに記録され,【多職種支援につながる記録・書面化】として保存された.この過程は,1度きりではなく,【ACPのプロセスの継続と見直し】として入院中に何度か実施された.

Ⅳ. 考察

1. アドバンス・ケア・プランニングの慢性疾患における概念の定義

概念分析の結果を基に,慢性疾患患者に対するACPの概念を「患者の適切な時期に,【自己決定を行うための理解】を通して【情緒的ゆらぎ】を経験しながら,治療やケアのゴールが導き出され【自己決定】が行われる過程であり,それは患者・家族とヘルスケア提供者のコミュニケーションにより繰り返し行われる」と定義した.また,ACPは,事前指示書を作成することを目的としてはいないが,【多職種支援につながる記録・書面化】として,治療について患者の意向やゴールを明記し記録することは,その後の臨床実践を支援するための基盤となり,医療職種間および患者家族間で意向を共有するための必要な要素である.

慢性疾患は,予後予測が困難であり最期は比較的急な経過をたどり,がん患者の終末期のトレードオフのような切り替えがない.また,慢性疾患患者は,実際よりも予後を長く見据えており,エンド・オブ・ライフや終末期の問題を自らの問題としてとらえにくい現状にある.終末期医療においては,法学,倫理学,社会学あるいは宗教学の観点から治療の継続や中止について述べられている(押田・勝又,2003).慢性疾患患者は,ICDの挿入や透析等の生命と直結する治療を行っている患者も少なくなく,その決定においては慎重に検討されるべきである.加えて,高齢者が多く内科的疾患の併合があり,病状の進行や認知機能の低下した状態では,深刻な病状の理解や正しい判断ができないと見なされ,治療方針について家族や医療者に決定を委ねる結果を招く.ときに医療現場では,患者の治療方針やケアのゴール,療養場所の選択などの案件が,家族の意向を重要視し決定する場合がある.下川ら(2017)は,がん終末期患者ではあるが,ICDの除細動機能停止への対応について述べ,すべての症例が代理意思決定であったと報告している.代理意思決定者となった人物の宗教的信念や,家族が患者の自己決定をおろそかにしたり,ケアや介護を拒否した場合等はACPは執り行われない可能性もあり(Kataoka-Yahiro et al., 2011),患者家族間の関係性を考慮し,早期の関わりが必要となる.ヘルスケア提供者は,患者および家族の予後に対するギャップや病状の認識等に関するヘルスリテラシーをアセスメントし,情報の理解と判断ができるような説明を行うことが必要である.

2. 我が国の慢性疾患患者に対するアドバンス・ケア・プランニングの活用と課題

今回,概念分析で使用した文献の多くは英文文献であり,個人主義の観点や事前指示書の法的位置付け,医療保険制度が我が国と異なる.そのため,我が国に適応する際には,文化社会的背景を踏まえたACPの提供体制を考慮する必要がある.慢性疾患患者は,長期におよぶ療養生活のときどきで生命に関わる治療の選択に迫られる場面に遭遇する.そのため,ACPの早期からの介入が求められるが,実際には末期に至らないと今後のことを意識できず,回復の見込みに期待する.ヘルスケア提供者によるACPの適切な介入時期の検討と主導により,患者の意向に沿った医療やケアの提供が期待される.今後は,各慢性疾患の疾患特異性を踏まえたアプローチを考慮するため,各疾患における患者の意思決定プロセスや現状調査をする必要がある.そして,得られた結果と概念分析により導き出された内容を統合することにより,深い理解を基盤とした介入モデルの検討が可能となり,実践への応用に活用できると考える.我が国の慢性疾患患者へACPを適用する際には,それぞれの疾患における患者のACPの理解や意思決定プロセス,ヘルスケア提供体制の現状等を検討することがさらなる課題である.

3. 研究の限界

本研究の限界として,限られたデーターベースにおける先行文献内の用語の使用について概念分析を行ったことが挙げられる.今後は,抽出された概念モデルの検証につながるよう精錬を行っていく必要がある.

Ⅴ. 結論

慢性疾患患者に対するACPの概念分析より,ACPの属性は【自己決定を行うための理解】【情緒的ゆらぎ】【ACPにたずさわる人々の関係性】【自己決定】【多職種支援につなげる記録・書面化】【ACPのプロセスの継続と見直し】,先行要件は【病気と共に生きるなかでACPを考えるきっかけ】【予期せぬ将来へ備えることへのたずさわる人々の気づき】【ヘルスケア提供者の経験不足と準備】,帰結は【患者の希望とケアの一致】【先々の見通しを持つ】が抽出された.慢性疾患患者のACPを「患者の適切な時期に,自己決定を行うための理解を通して情緒的ゆらぎを経験しながら,治療やケアのゴールが導き出され自己決定が行われる過程であり,それは患者・家族とヘルスケア提供者のコミュニケーションにより繰り返し行われる」と定義した.我が国の慢性疾患患者へACPを適用する際には,それぞれの疾患におけるACPの理解やヘルスケア提供体制の現状等を検討することがさらなる課題である.

利益相反:本研究における開示すべき利益相反は存在しない.

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