2021 Volume 41 Pages 334-343
目的:運転免許の自主返納者を対象に,返納理由や現在の外出状況と車の代替手段,健康状態,車のない生活の受け止めを明らかにする.
方法:公共交通の少ない地域に居住する75歳以上の返納者13名に半構造化面接を行い,質的記述的に分析した.
結果:免許返納理由は,《認知症・認知機能低下》,《身体機能低下》,《事故予防》の3タイプにわけられた.車の代替手段は,〈買い物〉〈通院〉は確保されていたが,〈農業〉〈娯楽〉〈交友〉では,確保できない者もいた.車のない生活を受け入れて満足している者もいれば,身体機能低下や閉じこもりという健康課題が生じた者もいた.
結論:解決策として,個人レジリエンスを高めるためには,〈農業〉への移動手段として限定条件付免許の導入等が必要だと考えられる.また地域レジリエンス強化の観点から,移動支援サービス等の在り方を検討する必要があろう.
Purpose: This study focuses on older adults who voluntarily surrendered their driver’s license, and clarifies why they surrendered their driver’s license, how their frequency and manner of leaving home changed, how their health condition changed, how they perceived those changes.
Methods: A semi-structured interview was conducted with 13 former drivers living in areas with limited public transportation options and the results were analyzed qualitatively and descriptively.
Results: The subjects surrendered their driver’s license due to the following three reasons: dementia/cognitive decline, physical decline, and accident prevention. While alternative means for grocery shopping and medical appointments were secured by subjects following the surrender, some of them were not able to find alternative transportation for farming, entertainment and friends. Some of them accepted and were satisfied with their life without a car, while others experienced a decline in their physical functions or became housebound because they could no longer go out as they used to before the license surrender.
Conclusion: As a solution, it is necessary to introduce a limited conditional license as a means of transportation for farming. It is also necessary to examine the nature of mobility support services from the perspective of strengthening community resilience.
近年,高齢運転者による交通事故が大きな問題となっている.運転者が過失の最も重い第一当事者となる交通死亡事故発生件数は,免許保有者10万人あたり全年齢層では3.4件に対し,65歳以上で4.4件,75歳以上で6.9件,85歳以上では11.6件であり,85歳以上は16~19歳(11.4件)よりも多い(警察庁,2019a).高齢運転者による事故を防ぐ方策として,これまで度々道路交通法が改正されている.2017年の改正以降,75歳以上の運転者は,3年毎の免許更新時に認知機能検査の受検が義務づけられた.またその結果,認知症の恐れがある第1分類と判断され,認知症と診断された場合は運転免許を取り消す等が法制化された(警察庁,2017).運転免許の申請取り消し(以下,自主返納とする)の件数は,交付後の経過年数にかかわらず運転経歴証明書を発行する措置が始まった2012年の11.8万人から年々増加し,2018年は42.1万人だった(警察庁,2019b).第1分類となった後に自主返納した者は1.8万人であることから(警察庁,2019b),自主返納者の4%が第1分類を理由に返納したことになる.しかし,残りの96%の返納者の返納理由に関する統計はない.
一方,自動車は高齢者の主な移動手段となっていることが多いことから,運転を止めた後driving cessation(以下,運転停止とする)は,抑うつ症状の増加や,健康状態や認知機能の低下,介護施設への入所や死亡のリスクが高まることが海外のシステマティックレビューで報告されている(Chihuri et al., 2016).国内のコホートデータを用いた研究でも運転停止後は,要介護認定を受けるリスクが高まることが報告された(Shimada et al., 2016).また運転停止後の心理社会面として,生活満足度の低下や,役割の減少,社会的孤立,不安の増加の可能性が示されている(Liddle et al., 2012,2014).
これらのことから運転停止後の生活の質の保証は,喫緊の課題となっている(日本認知症学会,2017).しかし,運転停止後の生活の質を改善するための研究はまだ蓄積されていない.海外の研究では,運転停止後または運転を停止しようとしている高齢者を対象に,外出や社会参加を促進する介入研究が行われ,一定の効果が示されている(Liddle et al., 2013).国内では,矢野・橋本(2020)は,運転免許自主返納の意思決定のプロセスを,「自分という存在概念が揺らぐ危機的状況の経験と,そこから自分との新たなかかわり方を模索する過程」であり,「障害の受容過程と近似している」と報告した.橋本・山本(2011)は,自主的な返納をするためには公共交通機関の充実が重要であることを報告した.運転停止後の心理社会的変化に関しては,高齢者の主介護者を対象とした研究では,行動範囲が狭まることや外出機会の減少,生活の不便さや趣味の減少等が報告された(森・児玉,2005).認知症の家族介護者を対象とした研究では,仕事や買い物等への移動手段についての困難が報告された(新井,2006).以上のように,免許返納理由や,介護者を対象とした運転停止後の心理社会的変化,困りごとに関する報告はあるが,返納者本人を対象とした返納後の受け止めに焦点を当てた研究は見当たらない.生活の質を保証するためには,現在の生活の状況を知り,その質を評価する必要があろう.その際,運転停止後の生活だけではなく運転停止に至った背景を知り,運転停止が必要だった理由や運転停止がもたらした生活上の変化,本人の受け止めを評価する必要がある.
そこで,本研究では特に車の代替手段の確保が難しい公共交通機関の少ない地域に居住する免許返納者を対象とし,目的1.免許返納理由 2.免許返納理由のタイプごとに,1)現在の外出状況と車の代替手段,健康状態 2)車のない生活の受け止めを明らかにする.
閉じこもり予防・支援マニュアル(厚生労働省)をもとに,1週間の外出頻度が1回未満を「閉じこもり」とし,1回30分以上の外出を「外出」とした.
本研究は,返納者の語りを通して免許返納まで至った背景や,車のない生活の受け止め,現在の外出状況を解明するために内容分析を行った.「内容分析は,調査で得られたデータ(記述的データ)をもとに記録単位で分析し,分類・命名することによってある事象を客観的に明らかにすることである.」(上野,2008)本研究では,記録単位を文脈レベルで分析した.
2. 研究対象本研究は,大分県運転免許センターを管轄する大分県警交通部運転免許課(以下,県警担当課)の協力を得て行った.2015年に熊本県警は「認知症などの病気に詳しい医療専門職を免許センター内に配置すべき」と,看護師を配置した(鷹木,2018).それが全国に広がり,2019年4月時点で40の都道府県の免許センターに医療職が配置されている(うち保健師は14都府県).大分県では,熊本県に看護師が配置された翌年という早い段階から県警担当課に保健師が配置され,本人や家族からの相談への対応や,免許返納後の生活支援として必要時に本人の同意を得た上で,各市町村の地域包括支援センターや認知症初期サポートチームと連携している.そのため,本研究は大分県を対象地に選定した.2018年の大分県の75歳以上の免許返納者数は,3,745名である(警察庁,2019b).
対象者は,自主返納後3ヶ月から2年経過した75歳以上の高齢者で,生活圏に路線バス(コミュニティバスを除く)や電車がない者とした.この期間に設定した理由は,返納後3ヶ月程度経過しないと車のない生活に適応が出来ていない可能性があり,2年以上経過すると返納前の生活を忘れている可能性を考慮したためである.年齢を75歳以上としたのは,免許更新時に認知機能検査の受検対象となるためである.なお,認知症と診断されている場合,意思疎通ができる者,または面接時に家族等に同席してもらえる者を対象とし,意思疎通が難しい者は除外した.行政により免許取り消し処分を受けた者は,自主返納には含まない.対象候補者のリクルートは,県警担当課に依頼した.県警担当課の警察官が,候補者の住所から路線バスや電車が生活圏にない場所を抽出し,県警担当課の保健師がその候補者に電話で研究参加の依頼をし,15名から同意を得た.担当の保健師によると,この過程で健康状態が悪いことを理由に断られることがあったということである.対象候補者には,研究責任者より,研究目的,方法,倫理的配慮等の説明を口頭および書面で行い,本人から研究参加の同意が得られた13名を対象とした.2名は体調不良のため同意に至らなかった.対象の13名のうち認知症と診断されていた者は9名で,そのうち6名は面接時に家族が同席した(ID 2, 3, 5, 6, 7, 9).家族が同席しなかった3名のうちID8は,県警担当課の保健師が電話で家族の同意を得ており,ID1は家族とは疎遠でケアマネージャーから承諾を得ており,ID4の家族は県外在住で面接時にはヘルパーが同席した.
3. データ収集研究責任者がインタビューガイドを用いた半構造化面接を行い,県警担当課の警察官1名と保健師1名が同行した.対象者の緊張感に配慮し,面接の場所の環境に応じて警察官や保健師は面接に同席しないケースもあった.期間は2019年4月から6月で,場所は研究参加者の自宅または施設で行った.面接は1回のみ行い,時間は1時間程度とした.インタビューガイドの内容は,基本属性として,性別,年齢,免許返納時期,返納前の車の使用頻度,世帯構成,同居家族の運転免許保有状況を収集した.目的1に対しては,認知機能検査の結果,返納直前の運転能力,免許返納理由,IADL(Lawton & Brody, 1969)を収集した.目的2.1)に対しては,返納前と現在の外出状況,車の代替手段,返納前と現在の主観的健康観と通院状況,介護保険利用状況,閉じこもり予防基本チェックリストの閉じこもりと抑うつに関する項目(厚生労働省),同席した家族への質問として返納後の認知機能の急激な低下の有無を収集した.目的2.2)に対しては,返納直後と現在の免許返納に対する受け止め,免許を返納してよかったこと,返納前後の家族関係,現在困っていることについて収集した.
4. 分析方法録音した面接内容から逐語録を作成しデータとした.目的1については,道路交通法で規定されている「認知機能検査を受検」し結果が「第1分類」だったかどうかで分類し,「第1分類」以外の場合は類似するデータを1つのカテゴリとして整理した.目的2.1)は,返納前と現在の外出状況を対象者・外出目的別に数量的に整理し,「増加」「維持」「減少」「行かなくなる」に分類した.次に「行かなくなる」のうち,外出目的が達成している場合と達成していない場合を区別し,そのカテゴリ名を命名した.車の代替手段は,外出目的ごとに返納前と現在の手段を整理した.目的2.2)は,現在の外出状況ごとに返納直後と現在の受け止め,適応を内容ごとに整理した.
現在施設に入所しているID7については,目的1に関するデータのみを分析に用い,目的2の対象からは除いた.同席した家族やヘルパーの発言内容は,本文中に括弧で発言者を記載し(例:IDx 息子),本人の発言はIDのみを示す.
5. 倫理的配慮本研究は,大分県立看護科学大学研究倫理審査委員会の承認を得て,その内容を遵守し,実施した(承認番号18-96).研究責任者から研究参加候補者へ,文書と口頭にて研究目的と面接方法および自由意志による参加,中途辞退の権利,個人情報の保護,得られた情報を本研究以外の目的で使用しないこと,研究結果を学会や学会誌で公表すること等を説明し,同意書に署名を得た.面接内容は,研究参加者の許可を得た上で録音した.面接時は研究参加者の体調を確認し,無理のないように配慮した.
対象者は,男性9名(ID1, 3, 6, 8, 9, 10, 11, 12, 13),女性4名(ID2, 4, 5, 7),平均年齢は84.1 ± 3.3歳(80~93歳),免許返納から平均13.3 ± 6.2ヶ月(3~22ヶ月)が経過していた.返納前の車の使用頻度は,毎日が9名(ID1, 2, 3, 4, 5, 6, 9, 11, 13),週2回以上が3名(ID7, 8, 10),月4回未満が1名(ID12)だった.世帯構成は,独居が5名(ID1, 2, 4, 5, 8),高齢夫婦のみの世帯が6名(ID3, 6, 9, 10, 11, 12),二世帯が1名(ID13)だった.ID7は,返納直後は一人暮らしを続けていたが,その後病気を患い現在は施設に入所していた.運転免許所有者が同居している者は,3名だった(ID9, 11, 13).IADLは,男性の平均が2.3点(5点満点),女性の平均が2.5点(8点満点)だった.
2. 免許返納理由免許返納理由を整理したものを図1に示す.対象者は次のA~Cの3タイプに分けられた.認知機能検査で第1分類となり,医師に認知症や認知機能低下と診断された者を,A《認知症・認知機能低下による返納》に分類した.この検査で初めて医師から認知症または認知機能低下と診断されたのは6名(ID2, 3, 5, 6, 8, 9),既に認知症と診断され,主治医や家族,ケアマネージャーから県警担当課に相談や情報提供があったのは3名だった(ID1, 4, 7).認知症と診断されている場合に運転をすると,免許取り消し等の対象となるため,県警担当課の警察官や保健師が自主返納を説得していた.Aのうち7名(ID1, 2, 3, 4, 5, 6, 8)は当初は返納に消極的であったが,この説得により納得し返納していた.
免許返納理由の3タイプ
B《身体機能低下による返納》は,認知機能検査は第1分類ではないが,運転に支障をきたす程度の〈身体機能低下〉により運転継続が困難となった者が分類された.ID10は持病が原因で右足の痺れが悪化したために,また,ID11は骨折後に運転が困難となり返納した.A,Bに該当しない者がC《事故予防のための返納》に分類された.ID12,13は,高齢運転者による交通事故の報道や家族の勧めで返納を考えるようになり,自身の運転に不安を覚えたことはなかったが,〈事故を起こしたくない〉と考えたことが返納理由だった.また家族や友人の協力により,〈車の代替手段あり〉が返納の決め手となった.
3. 現在の外出状況と車の代替手段返納前の外出状況は,〈買い物〉が毎日~週3回(ID1, 2, 4, 5, 6, 8, 10, 13),〈通院〉が月1~3回(ID1, 3, 4, 6, 8, 10, 11, 12, 13),〈仕事〉が毎日(ID9),〈農業〉が毎日~週3回(ID2, 3, 5, 8, 12, 13),〈娯楽〉が毎日~週1回(ID5, 6, 11),〈交友〉が週3回~月1回(ID5, 6, 13)だった.返納前の移動手段は,ID8,12の〈農業〉のみが徒歩であり,その他は全て車を利用していた.
現在の外出状況と外出目的別の車の代替手段を表1に示す.現在の外出状況は,【外出継続】【支援を依頼】【頻度の減少】【行かなくなる】にわけられた.外出目的別に見ると〈買い物〉〈通院〉は,【外出継続】か【支援を依頼】であり,車の代替手段を確保していた.その他の外出目的への外出状況は,免許返納理由の3タイプで違いがみられた.《事故予防のための返納》では,2名とも【外出継続】か【支援を依頼】で〈農業〉〈交友〉への車の代替手段を確保していた.一方,《認知症・認知機能低下による返納》と《身体機能低下による返納》では,車の代替手段がなく〈農業〉〈娯楽〉〈交友〉に【行かなくなる】が4名いた.ID11は,〈娯楽〉に【行かなくなる】ことが原因で外出機会がなくなり,閉じこもりの定義に該当した.またID3は,〈農業〉への車の代替手段が徒歩しかないために【頻度の減少】となり,身体を動かす頻度が減少し身体機能の低下を自覚していた.
【現在の外出状況】 〈外出目的〉;車の代替手段*1 |
免許返納理由の3タイプ | ||
---|---|---|---|
認知症・認知機能低下による返納 ID 1,2,3,4,5,6,8,9 |
身体機能低下による返納 ID 10,11 |
事故予防のための返納 ID 12,13 |
|
【外出継続】 | |||
〈買い物〉;徒歩,移動販売車を利用 | ID 5,6 | ID10 | ― |
〈通 院〉;タクシー,家族の送迎,病院送迎車 | ID 1,2,3,4,5,6,8,9 | ID10,11 | ID 12,13 |
〈仕 事〉;徒歩,自転車,同乗 | ID 9 | ― | ― |
〈農 業〉;徒歩,同乗 | ― | ― | ID 12,13 |
〈娯 楽〉;タクシー | ID 5 | ― | ― |
〈交 友〉;同乗,タクシー | ― | (ID10*2) | ID 13 |
【支援を依頼】 | |||
〈買い物〉;家族・ヘルパーに依頼,配食サービス | ID 1,2,3,4,8 | ― | ID 13 |
〈農 業〉;業務委託 | ― | ― | ID 12*3 |
【頻度の減少】 | |||
〈農 業〉;徒歩 | ID 3*4 | ― | ― |
【行かなくなる】 | |||
〈農 業〉;車の代替手段なし | ID 2,5 | ― | ― |
〈娯 楽〉;車の代替手段なし | ― | ID 11*5 | ― |
〈交 友〉;車の代替手段なし | ― | ID 10 | ― |
*1 現在の外出状況,外出目的,車の代替手段ごとにカテゴリを示す.
*2 返納直後はタクシーを利用していたが,お金がかかるので現在は行かなくなった(ID10).
*3 返納前から農作業を業者に業務委託をしていたが,定期的に畑の見回りはしていた(ID12).
*4 「歩くのが普通ではない」ため,農業に行く頻度が減少し,身体を動かす機会が減少したため,身体機能の低下を自覚していた(ID3,ID3息子).
*5 娯楽に行かなくなったことで外出機会がなくなり(ID11),閉じこもりの定義に該当した.
主観的健康観は,全員「とても健康である」,「まあまあ健康である」と回答し,返納前と現在で変化はなかった.基本チェックリストの抑うつを示す5項目は全員0点で,抑うつの可能性に該当しなかった.通院状況は,《認知症・認知機能低下による返納》では,今回初めて医師から認知症または認知機能低下と診断された6名(ID2, 3, 5, 6, 8, 9)のうち,4名は現在認知症の治療を受けていた(ID5 ,6, 8, 9).ID5の娘は「認知機能検査をキッカケに認知症を発見することができ,薬を飲み始めてから症状が良くなっているので,よかった」と話した.面接時家族が同席した5名(ID 2, 3, 5, 6, 9)のうち,返納後に認知機能が急激に低下したと感じた者はいなかった.《身体機能低下による返納》《事故予防のための返納》の4名は,通院状況に変化はなかった.
5. 車のない生活への適応と受け止め免許返納理由の3タイプ,現在の外出状況の4カテゴリごとに,返納直後の受け止めと現在の適応,受け止めを図2に示す.現在の外出状況が【行かなくなる】や【頻度の減少】の場合は,返納直後はその外出先に行くことが出来なくなったことや,好きだった運転が出来なくなったことへの〈喪失感〉があった.その後3~22ヶ月が経過し,現在の適応としてID5は,農業に行く手段がなくなったため,代わりに自宅の庭で家庭菜園を始めた.このように車の代替手段がなくても,代わりとなる場所や行動を新たに見つけた場合や,外出するのを諦めた場合に〈車の運転代替がなくても適応できていること〉に該当した.一方,代わりとなる場所や行動がなく,外出を諦められない場合に〈適応できていないこと〉となり,ID3は「歩くのが普通でない」ため農作業の道具を持って自宅から100 m先の畑に行くことが大変と感じていた.
車のない生活への適応と受け止め
次に,現在の外出状況が【支援を依頼】や【外出継続】で車の代替手段を確保している場合は,免許返納直後は次の受け止めがあった.〈家族に配慮する〉では,家族の負担を減らすため用事をまとめて1回の依頼で済むようにしていた(ID13).〈ちょっとした外出が不便〉は,子どもにはタクシーを使うように言われるが,そこまでの用事でない時は外出を躊躇していた(ID12).〈もどかしい〉は,返納前は毎晩妻と翌日の外出計画を立てていたが,返納後はそれが出来なくなり,生活にハリがなくなったと感じていた(ID13).返納後3~22ヶ月が経過した現在は,〈車の代替手段を確保することで適応できていること〉として独居のID1は,返納したら施設に入らざるを得ないと思っていたが,ヘルパーやデイサービスへの通所で一人暮らしを続けることが出来ているので現在は満足と受け止めていた.ID1のように,返納直後は喪失感を感じていても,時間が経過し〈車のない生活を受け入れる〉者や,不便さは感じつつも自分の出来る範囲で生活をしているため〈現在の生活は満足〉と受け止める者がいた.また,返納により事故を起す心配はないと〈免許返納の安堵〉があった.
運転停止の理由として先行研究では健康問題や経済問題,事故を起すリスク,運転能力の低下等が報告されている(Liddle et al., 2008;Adler & Rottunda, 2006).本研究では返納理由によってA《認知症・認知機能低下による返納》,B《身体機能低下による返納》,C《事故予防のための返納》の3タイプに分けられた.A,Bは健康問題であり,必要に迫られ返納していた.C《事故予防のための返納》は,〈事故を起したくない〉が理由で〈車の代替手段あり〉が決め手だった.先行研究で公共交通機関や家族・友人の協力があることは,運転免許を返納する大きな決定要因と報告されており(橋本・山本,2011),本研究でもそれが確認できた.
現在の外出状況は,外出目的の〈買い物〉〈通院〉は,【外出継続】【支援を依頼】することによって車の代替手段は確保されていた.〈農業〉〈娯楽〉〈交友〉については,《認知症・認知機能低下による返納》や《身体機能低下による返納》では車の代替手段がないために【頻度の減少】や【行かなくなる】ことがあった.運転停止後に娯楽や社会参加の外出頻度が減少することは,先行研究でも報告されている(Liddle et al., 2014).
健康状態について本研究では,《認知症・認知機能低下による返納》後に身体機能低下を自覚した者,《身体機能低下による返納》後に閉じこもりに該当した者はいたが,運転停止後の健康リスクとして報告されている抑うつや認知機能低下等に該当する者はいなかった.また,認知機能検査を契機に認知機能低下・認知症と初めて診断された6名のうち,現在4名が治療を受けており,治療により認知機能が改善したと感じている者がいることも明らかになった.
2. 車のない生活への適応状況と受け止め運転停止後に直面する課題として,Adler & Rottunda(2006)は自主性の喪失を,Liddle et al.(2008)は「新しい方法を見つけること」や自立や自由の喪失に対して「折り合いをつけること」を報告した.本研究では,車の代替手段がある場合には,返納後3~22ヶ月が経過してその代替手段に慣れたことをもって,適応できていると考えた.車の代替手段がない場合には,代わりとなる場所・行動がある場合や,本人がその外出を諦めた場合には適応できていると考えた.外出を諦めることについては,加齢や認知症等の疾患により高齢者自身の社会参加や娯楽への必要性や欲求が減少すると報告されており(Taylor & Tripodes, 2001),これも適応と考えられた.一方で,本研究では返納前と変わらずに外出を希望する場合,それに対する対処方法がないことも明らかとなった.これは,新たに示された返納後の課題とだと言えよう.
3. 車のない生活への適応と受け止めから見いだされたこの地域の課題免許返納は心身の衰えを自覚し,それまでの便利な生活を手放し,不便な生活に直面して再適応をしていく過程と考えられる.レジリエンスは,個人が困難に適応することを可能にする「人と環境」の相互作用のプロセス(Sapountzaki, 2007)を表しているため,この概念を用いて,免許返納に伴う移動の不便さに対応する移動レジリエンスとして検討した(図3).
免許返納後の移動レジリエンスに影響を与える能力,資源
下線は,Wild et al.(2011)の高齢期のレジリエンスの尺度を著者が翻訳した.
( )は,今回の対象者には利用者がいなかったが,制度としては存在するものや他の地域での取組を示す.
*1 本研究の対象者は,移動手段としてヘルパーの買い物代行やデイサービスを利用していた.
*2 移動販売も含む.地方自治体による買物弱者支援策は,経済産業省(2020)を参照.
*3 市町村が中心となって実施する総合事業(介護保険制度)に基づくものや,NPO法人等が実施する福祉有償運送,乗合タクシー,ボランティア送迎等.
ここでは移動レジリエンスを高めることで,返納後の健康課題や〈適応できていないこと〉を解消する方策を検討する.まず,〈適応できていないこと〉の「自分で買い物に行けない」は,地域レジリエンスの買い物支援を活用することで解決できるだろう.県警担当課から返納者について情報提供を受ける地域包括支援センターの担当者は,対象者が使用可能な買い物支援を普及させていく必要がある.今回の対象者のように,配食サービスや家族の支援で車の代替手段が確保されていても,それに適応できていない場合もあることから,本人が気兼ねなく使用できるサービスとして導入を検討する必要があろう.また返納直後の支援だけではなく,車のない生活が落ち着いた段階で本人が適応できているかアセスメントをする必要があると考える.
次に「道具を持って畑に行くのが大変」なために,畑に行く頻度が減少し,身体機能の低下を自覚していたケースについては,農業は移動する頻度が多く,田畑が自宅から近い場合は,地域や社会の資源は活用しにくいことが想定された.そのため個人レジリエンスが重要となるが,認知症患者の車の代替手段として,シニアカーや自転車は推奨されておらず(荒井,2016),本人の歩行能力が低い場合には,車の代替手段を確保することは困難と考えられる.現在警察庁で検討されている,使用条件・目的・場所等を限定した限定条件付免許(警察庁,2019c)の導入等が解決策になり得るのではないかと考えられる.また本研究では,田畑が自宅から遠いため代わりに自宅で家庭菜園を始めた者は,車の代替手段がなくても適応しており,代わりとなる場所があることで外出目的が達成する場合もある.地域レジリエンス強化の観点から,例えば市町村が家庭菜園用の土地を優先的に提供することが解決策となる場合もあるだろう.
地域の移動支援サービスは全国の約6割の自治体で実施されている(Arai et al., 2011).その内容は地域によって様々であり,通院や買い物だけではなく,地域のニーズに合わせて高齢者が行きたいところに行けるように支援をしている地域もある(清水,2016).しかし本研究の対象者の居住地域では,〈娯楽〉に対して利用可能な移動支援がなく,結果的に閉じこもりが生じていた.高齢者が住み慣れた地域で暮らし続けるためには,地域の課題として移動支援サービスの在り方を検討する必要があろう.
4. 研究の限界本研究では地域の買い物支援や移動支援サービスを利用している者はいなかった.これらの支援が免許返納後の高齢者の日常的な移動手段になり得るかの評価は,今後の課題である.返納理由については,免許返納者を3タイプに分けたが,研究参加者は13名と限られているため,返納理由を網羅できていない可能性がある.運転停止後の健康状態については,対象候補者のリクルートの過程で,健康状態が悪いことを理由に断られることがあり,免許返納後の健康状態を反映出来ていない可能性がある.しかしながら,限られた対象者ではあるが,本研究は,返納後の外出状況や受け止めを調べた結果,地域レジリエンス強化の観点から取り組む必要があることを明らかにすることが出来た.今後の研究として,公共交通の多い地域における返納者の受け止めを検討し,今回の結果と比較する必要がある.
本研究は,運転免許の自主返納者を対象に,返納理由や現在の外出状況,車のない生活の受け止めを把握することを目的に半構造化面接を行った.その結果,返納理由は《認知症・認知機能低下による返納》,《身体機能低下による返納》,《事故予防のための返納》の3タイプにわけられた.車の代替手段は,〈買い物〉や〈通院〉は確保されていたが,〈農業〉〈娯楽〉〈交友〉では,車の代替手段がない場合,行かなくなり,身体機能低下や閉じこもりといった健康課題が生じていた.解決策として,個人レジリエンスを高めるために限定条件付免許の導入等が必要だと考えられる.また地域レジリエンス強化の観点から,移動支援サービスの在り方等を検討する必要があろう.
謝辞:本研究を行うにあたり,参加者の紹介やインタビューへの同行等のご協力をいただきました県警担当課の皆様,また研究にご参加してくださった皆様に心より感謝申し上げます.
著者資格:EMは研究の着想,研究プロセス全体の実施,原稿の作成.KAおよびSMは原稿への示唆および研究プロセス全体への助言.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.