2021 Volume 41 Pages 414-422
目的:ICUに入室した患者のICU退室3ヵ月後の精神的問題の実態および集中治療体験と精神的問題の関連を明らかにすること
方法:ICUに48時間以上在室し,人工呼吸療法を行った成人患者201名に縦断調査を行った.ICU退室早期に集中治療体験,ICU退室3ヵ月後にpost-traumatic stress disorder(PTSD),不安,抑うつ症状を測定した.
結果:141名が調査を完了した.ICU退室3ヵ月後の臨床上問題となるPTSD,不安,抑うつ症状の有病割合は17.0,19.9,36.9%で,43.3%がいずれかに該当した.集中治療体験は精神的問題との関連を示さず,ICU入室中の不穏,ICU退室早期の不安,抑うつが関連した.
結論:ICU退室3ヵ月後に40%を超える患者が精神的問題を有する現状が明らかになった.今後は,不穏および鎮静管理と精神的問題の関連の検討が必要である.
Objective: To investigate and clarify the association between the intensive care experience and the psychological outcomes of ICU survivors 3 months after being discharged from the ICU.
Methods: The participants were 201 adult patients who were intubated, mechanically ventilated and stayed in an ICU for more than 48 hours. The intensive care experience was measured by the Intensive Care Experience Questionnaire 1–2 weeks after ICU discharge. The psychological outcomes were the prevalence of PTSD-related symptoms, anxiety and depression 3 months after ICU discharge, defined as an Impact of Event Scale-Revised score ≥ 25 and a Hospital Anxiety and Depression Score ≥ 8. Logistic regression analysis was used to identify any association between the intensive care experience and psychological outcomes.
Results: Of the 201 patients, 141 completed a 3-month follow-up. Substantial PTSD symptoms were prevalent in 17.0% of patients (95% CI 11.2–24.3), anxiety in 19.9% (95% CI 13.6–27.4) and depression in 36.9% (95% CI 28.9–45.4). Overall, 43.3% (95% CI 35.0–51.9) of patients had one or more substantial symptom. The intensive care experience was not found to be associated with psychological outcomes (adjusted OR = 1.30, 95% CI 0.61–2.76), but was associated with agitation, anxiety and depression early ICU discharge.
Conclusion: In this study, as many as 40% of patients had PTSD-related symptoms, anxiety or depression, singly or in combination, 3 months after being discharged from the ICU. Future studies are needed to clarify the relationship between sedation practice and psychological outcomes after ICU discharge.
集中治療医学の発展は,救命率の向上に寄与してきた.一方で,集中治療後の患者は,ICU退室3ヵ月後時点で心的外傷後ストレス障害(post-traumatic stress disorder:以下,PTSD),不安,抑うつの有病割合がそれぞれ25%(Parker et al., 2015),32%(Nikayin et al., 2016),29%(Rabiee et al., 2016)と高く,健康関連QOLの低下を引き起こしている(Parker et al., 2015;Nikayin et al., 2016;Rabiee et al., 2016).近年は,PTSD,不安,抑うつが併存している実態も明らかになり,ICU退室患者のおよそ半数がいずれかを有病しているとされる(Hatch et al., 2018).この集中治療後の精神的問題は,集中治療後に生じ退院後も持続する身体,認知,精神機能障害を示したPost Intensive Care Syndrome(PICS)の構成要素の1つである(Needham et al., 2012).この問題の広報,ハイリスク対象の早期特定,介入モデルの開発は重点課題となっている(Elliott et al., 2014).しかしながら,本邦においては,集中治療後の患者の精神的問題の疫学的実態が未だ十分明らかになっていないのが現状である.ハイリスク対象の早期特定,ICUにおける予防的介入およびICU退室後の介入を考える上で実態を捉えておくことが必要である.
集中治療後の精神的問題のリスク因子は,ICU入室前の精神的問題(Needham et al., 2012;Parker et al., 2015;Rabiee et al., 2016),ICU入室中の妄想的記憶やトラウマティックな集中治療体験(Needham et al., 2012;Parker et al., 2015;Nikayin et al., 2016;Rabiee et al., 2016),ICU入室中または退室早期の不安や抑うつ(Needham et al., 2012;Parker et al., 2015;Rabiee et al., 2016)などが指摘されている.
本邦においては,トラウマティックな集中治療体験が定量化され,その実態を捉えつつある(福田ら,2013;岩谷ら,2016;高島ら,2017).ICUメモリーツールを用いた測定では,60%以上が記憶の欠落または非現実的な体験をしていた(福田ら,2013).集中治療体験を記憶の程度と恐怖感情の組み合わせで捉えた報告によると,約半数は記憶が明瞭で恐怖感情を伴わないが,18%は記憶があいまいで恐怖感情を伴う体験をしており,ICU退室早期の不安,抑うつが高い傾向にあると報告されている(岩谷ら,2016).しかし,このような記憶の程度と恐怖感情の有無による患者の集中治療体験の違いがICU退室3ヵ月後の精神的問題に及ぼす影響については実証されていない.また,人工呼吸中の浅鎮静管理が標準的になった近年,鎮静深度によって生じる患者の主観的体験の差異がICU退室後の精神的問題に及ぼす影響については十分明らかになっていない(Samuelson et al., 2008).よって,記憶が明瞭で恐怖感情を伴わない体験と,記憶が不明瞭または恐怖感情を伴う体験がICU退室後の精神的問題に与える影響の差異を明らかにすることは,ICU退室後の精神的問題のハイリスク対象を特定する上で有用である.また,鎮静管理の影響を検討していく上で必要である.
本研究は,ICUに入室した患者のICU退室3ヵ月後の精神的問題の実態,および集中治療体験と精神的問題の関連を明らかにすることを目的とした.
本研究においては,「集中治療体験」を「集中治療を受けた状況や環境,他者との相互作用を通し意識化された感覚や記憶,認識」と定義した.また,「精神的問題」は,臨床上問題となるPTSD,不安,抑うつ症状と定義した.
前向き観察研究
本研究は,ICUを生存退室した患者の集中治療体験を測定した研究(岩谷ら,2016)のコホートを3ヵ月間追跡した.
2. セッティング大学病院一施設の二つのgeneral ICUで実施した.二つのgeneral ICUは,集中治療医による全身管理が行われるクローズドシステムのICUである.記憶に影響を及ぼす鎮痛,鎮静管理方針は両ICUで同一で,研究期間中に変更はなかった.基本的にベンゾジアゼピン系鎮静薬であるミダゾラムの使用は控え,鎮痛優先の鎮静管理が行われていた.患者看護師比は,日中は1対1,夜間は2対1であった.登録期間は,2011年8月30日~2013年8月5日であり,追跡は,2013年11月20日に終了した.
3. 対象一施設の二つのgeneral ICUに48時間以上在室し,気管挿管,人工呼吸療法を行った,20歳以上85歳以下の患者を対象とした.なお,中枢神経障害または中枢神経疾患の既往がある,入室時に精神疾患と診断されている,大量服薬や自傷,臓器移植後,熱傷,心肺蘇生法を行った患者は除外した.また,人工呼吸器を装着したままICUを退室した,ICUから直接転院した患者も除外した.
4. 調査実施方法(図1)患者がICUを退室後,患者本人に研究の説明を行った.同意が得られた場合,2回の調査を行った.1回目は,ICUを退室1~2週間後に,構造化面接による集中治療体験の測定,および自己記入式質問紙調査による不安・抑うつを測定した.その後,面接に関わらなかった研究メンバーが人口統計学的変数,ICU関連変数を診療録から後方視的に収集した.2回目は,ICU退室3ヵ月後に郵送法でPTSD症状,不安・抑うつに関する自己記入式質問紙調査を行った.非回答および追跡不能によるバイアスを最小にするために,切手を貼付した返信用封筒を同封し速達で送付した.返信がない場合は,調査票を送付後2~3週間でリマインド葉書を送付した.なお,ICU退室3ヵ月後の調査は,患者が自宅退院している状況の調査とし,医療機関等に入院中の場合は,調査票を返却するよう依頼した.
調査実施の手順
ICEQ: Intensive Care Experience Questionnaire, HADS: Hospital Anxiety and Depression Scale, IES-R: Impact of Event Scale-Revised
aT1: ICU退室1~2週間後,bT2: ICU退室3ヵ月後
心的外傷によるストレス症状を評価するもので,再体験症状8項目,回避症状8項目,覚醒亢進症状6項目の計22項目で構成される.過去1週間の症状の強さを0~4点の5段階で評価し得点化した.カットオフポイントは,PTSDのスクリーニングとして有用とされる24/25(Asukai et al., 2002)を用いた.
2) Hospital Anxiety and Depression Scale(以下,HADS)(北村,1993)不安に関する7項目と抑うつに関する7項目の2つのスケールで構成される.各項目4段階で評価し,0~3点で配点した.カットオフポイントは,感度,特異度ともにバランスがとれてよいとされる7/8(Bjelland et al., 2002)を採用した.
3) 集中治療体験患者の集中治療体験に対する認知を測定するIntensive Care Experience Questionnaire(以下,ICEQ)(Rattray et al., 2004)を用いて,集中治療体験が4類型であることを示した報告(岩谷ら,2016)を参考にした.集中治療体験は,【現状が把握できており怖い体験ではなかった】【怖くはないが記憶があいまい】【記憶がない】【怖い体験かつ記憶があいまい】の4つに類型されている(岩谷ら,2016).これを,本研究においては,記憶が明瞭で恐怖感情がない群(【現状が把握できており怖い体験ではなかった】)と,記憶が不明瞭または恐怖感情を伴う群(【怖くはないが記憶があいまい】【記憶がない】【怖い体験かつ記憶があいまい】)に2群し用いた.
4) 人口統計学的変数年齢,性別
5) ICU関連変数診断名,ICU入室日の重症度(Acute physiology and chronic health evaluation II: APACHE II score),ICU在室期間,人工呼吸期間,持続鎮静期間,鎮静薬の種類,鎮静レベル(Richmond Agitation-Sedation Scale: RASS),不穏の有無(RASS +1~+4の有無),気管切開の有無,緊急入室の有無,せん妄の有無(Confusion Assessment Method for ICU: CAM-ICU陽性の有無),周術期管理センター介入の有無
6. 主要評価項目ICU退室3ヵ月後の精神的問題で,臨床上問題となるPTSD,不安,抑うつ症状の有病割合とした.
7. 分析方法サンプルサイズは,ICEQを用いた先行研究(Rattray et al., 2005)を参考に効果量r = 0.3,脱落率はpilot studyの結果をもとに40%,α = 0.05,β = 0.2と設定し概算した.実現可能性を加味し,リクルート期間を2年,n = 200を目標とした.
ICU退室3ヵ月後の精神的問題は,IES-R≧25,HADS-不安≧8,HADS-抑うつ≧8のいずれかを有する割合を算出し,95%信頼区間(confidence interval: CI,以下95% CI)を推定した.
集中治療体験と精神的問題の関連は,従属変数をICU退室3ヵ月後のIES-R≧25,HADS-不安≧8,HADS-抑うつ≧8のいずれかへの該当とし,独立変数を集中治療体験,交絡因子は先行研究(Needham et al., 2012;Parker et al., 2015;Nikayin et al., 2016;Rabiee et al., 2016)を参考に,性別,ICU入室中の不穏,ICU退室1~2週間後のHADS-不安≧8,HADS-抑うつ≧8と設定し,ロジスティック回帰分析を行った.
名義尺度の比較はχ2検定またはFisherの正確確率検定を行った.順序尺度の比較はMann-Whitney U検定を用いた.すべてのデータ解析にはSPSS ver. 20.0 for Windowsを使用し,統計学的有意水準は両側検定で5%とした.
本研究は,筆者が所属する施設の看護倫理委員会看護研究部会の承認を得て実施した.対象者には,目的,方法,研究参加に伴う負担・予測されるリスクと利益,研究協力は任意であること,参加の辞退・撤回の自由,同意を撤回しても不利益を受けないこと,個人情報の厳守等に関して文書で説明し,文書で同意を得た.
1回目の調査は,ICUを退室後主治医が研究に参加できる心身状態にあると判断した場合に行い,ICU退室後最大1ヶ月の猶予をもって行った.また,2回目の調査票を送付後2~3週間で,心身状態の変化をたずね,困ったことがあれば相談するように連絡先を明記した調査協力礼状またはリマインド葉書を送付した.
3,341名をスクリーニングし,311名が研究対象者として該当した.201名を登録し,141名が2回の調査を完了した(脱落率29.9%)(図2).
対象者の選定プロセス
141名の年齢の中央値は64.0歳(四分位範囲(interquartile range: IQR)57.5,71.0),ICU在室日数は4.6日(IQR 3.6, 5.6),人工呼吸期間は14.0時間(IQR 12.0, 25.2)であった.食道手術後等の大手術後患者が多かった.調査完了群と脱落群を比較した結果,脱落群に緊急入室患者が有意に多かった(9.9% vs 23.3%,p = 0.02)(表1).
変数 | 登録 | 調査完了群 | 脱落群 | P value |
---|---|---|---|---|
n = 201 | n = 141 | n = 60 | ||
年齢 | 64.0[57.5, 71.0] | 64.0[57.5, 71.0] | 65.0[57.3, 70.5] | .78 |
性別:女性 | 53(26.4) | 40(28.4) | 13(21.7) | .38 |
APACHE II score | 14.0[11.0, 17.0] | 14.0[11.0, 17.0] | 15.0[12.0, 18.0] | .30 |
ICU在室期間(日) | 4.6[3.6, 6.3] | 4.6[3.6, 5.6] | 5.5[3.6, 7.5] | .08 |
人工呼吸期間(時間) | 14.0[12.0, 32.0] | 14.0[12.0, 25.2] | 15.3[12.5, 50.3] | .15 |
緊急入室 | 28(13.9) | 14(9.9) | 14(23.3) | .02 |
入室理由 | ||||
呼吸不全 | 10(5.0) | 3(2.1) | 7(11.7) | .13 |
敗血症 | 9(4.5) | 6(4.3) | 3(5.0) | |
心臓手術後 | 38(18.9) | 28(19.9) | 10(16.7) | |
食道手術後 | 76(37.8) | 53(37.6) | 23(38.3) | |
頭頸部腫瘍切除再建術後 | 38(18.9) | 29(20.6) | 9(15.0) | |
その他 | 30(15.0) | 22(15.6) | 8(13.3) | |
鎮静剤 | ||||
プロポフォール | 196(97.5) | 139(98.6) | 57(95.0) | .16 |
ミダゾラム | 8(4.0) | 4(2.8) | 4(6.7) | .24 |
デクスメデトミジン | 188(93.5) | 133(94.3) | 55(91.7) | .54 |
オピオイド持続静注 | ||||
フェンタニル | 76(37.8) | 59(41.8) | 17(28.3) | .08 |
モルヒネ | 21(10.4) | 13(9.2) | 8(13.3) | .45 |
気管切開 | 45(22.4) | 30(21.3) | 15(25.0) | .58 |
せん妄発症 | 36(18.5) | 23a(16.9) | 13b(22.0) | .43 |
周術期管理センターにおける術前介入 | 86(42.8) | 58(41.1) | 28(46.7) | .53 |
集中治療体験 | ||||
記憶が明瞭で恐怖感情がない集中治療体験 | 95(47.3) | 69(48.9) | 26(43.3) | .54 |
記憶が不明瞭または恐怖感情を伴う集中治療体験 | 106(52.7) | 72(51.1) | 34(56.7) | |
内訳:【怖くはないが記憶があいまい】 | 45(22.4) | 34(24.1) | 11(18.3) | |
【記憶がない】 | 25(12.4) | 15(10.6) | 10(16.7) | |
【怖い体験かつ記憶があいまい】 | 36(17.9) | 23(16.3) | 13(21.7) | |
T1 HADS-不安c | 3.0[1.0, 6.0] | 3.0[1.0, 6.0] | 4.5[1.3, 6.8] | .11 |
T1 HADS-抑うつc | 4.0[2.0, 7.0] | 4.0[2.0, 7.0] | 5.5[2.0, 8.8] | .36 |
数字は中央値[四分位範囲(interquartile range: IQR)]またはn(%)
APACHE II: Acute physiology and chronic health evaluation II,HADS: Hospital Anxiety and Depression Scale
a 欠測5,b 欠測1,c T1: ICU退室1~2週間後
IES-R≧25,HADS-不安≧8,HADS-抑うつ≧8に該当した患者は,それぞれ24/141名(17.0%, 95% CI 11.2~24.3),28/141名(19.9%, 95% CI 13.6~27.4),52/141名(36.9%, 95% CI 28.9~45.4)であった.IES-R≧25,HADS-不安≧8,HADS-抑うつ≧8のいずれかに該当した患者は,61/141名(43.3%, 95% CI 35.0~51.9)であった.
IES-R≧25の24名中19名(79.2%)はHADS-抑うつ≧8を,15名(62.5%)はHADS-不安≧8を合併していた(図3).
ICU退室3ヵ月後の精神的問題の併存実態
IES-R: Impact of Event Scale-Revised, HADS: Hospital Anxiety and Depression Scale
多変量解析結果を表2に示した.記憶が不明瞭または恐怖感情を伴う集中治療体験は,性別,ICU入室中の不穏,ICU退室1~2週間後のHADS-不安≧8,HADS-抑うつ≧8を調整したうえでもICU退室3ヵ月後の精神的問題と関連を認めなかった(Adjusted OR 1.30, 95% CI 0.61~2.76).
変数 | cases n = 61 |
non-cases n = 80 |
粗OR(95% CI) | 調整済みOR(95% CI) | P value |
---|---|---|---|---|---|
記憶が不明瞭または恐怖感情を伴う集中治療体験 | 36 | 36 | 1.76(0.90~3.45) | 1.30(0.61~2.76) | .50 |
記憶が明瞭で恐怖感情がない集中治療体験 | 25 | 44 | 1.00 | ||
女性 | 17 | 23 | 0.96(0.46~2.01) | 0.92(0.40~2.12) | .84 |
男性 | 44 | 57 | 1.00 | ||
不穏あり | 25 | 18 | 2.39(1.15~4.97) | 2.23(1.00~4.96) | .05 |
不穏なし | 36 | 62 | 1.00 | ||
T1 HADS-不安≧8a | 14 | 2 | 11.62(2.53~53.39) | 6.25(1.24~31.49) | .03 |
T1 HADS-不安<8a | 47 | 78 | 1.00 | ||
T1 HADS-抑うつ≧8a | 21 | 7 | 5.48(2.14~13.99) | 3.46(1.23~9.77) | .02 |
T1 HADS-抑うつ<8a | 40 | 73 | 1.00 |
HADS: Hospital Anxiety and Depression Scale
a T1: ICU退室1~2週間後
本研究は,ICU退室3ヵ月後の臨床上問題となるPTSD,不安,抑うつ症状の有病割合ならびに併存の実態を示した.
PTSD,抑うつ症状を有する患者の割合はそれぞれ17.0%,36.9%であった.これは,general ICUサバイバーのメタアナリシスの結果(Parker et al., 2015;Rabiee et al., 2016)と類似した.一方不安においては19.9%で,HADSを用いた先行研究の32%(Nikayin et al., 2016),46%(Hatch et al., 2018)と比較すると低い結果であった.
また,PTSD症状を有する患者の約80%に抑うつ,約60%に不安が併存する実態を示した.この結果は,近年の大規模な研究で示されたICU退室患者の精神障害の併存実態(Hatch et al., 2018)を支持するものであった.
本研究においては,既知のリスク因子であるICU入室前に精神的問題を抱えている可能性のある患者は除外した上で,ICU退室3ヵ月後に40%を超える高率に精神的問題が生じていることが確認された.このような本邦の実態はこれまで示されておらず,追跡調査によるデータの蓄積と実態のより一層の把握が必要であろう.
2. 集中治療体験とICU退室3ヵ月後の精神的問題の関連ICU入室中の記憶が不明瞭または恐怖感情を伴う集中治療体験は,ICU退室3ヵ月後のPTSD,不安,抑うつ症状との関連を示さなかった.これは,先行研究(Samuelson et al., 2006;Wade et al., 2012)と比較してリスク因子であるベンゾジアゼピン系の薬剤の使用割合が少ない集団であったこと,それに伴い恐怖体験や記憶喪失を語る患者の割合が少なかったことによる影響が考えられる.また,脱落群に緊急入室患者,呼吸不全患者が多く,ICU在室期間が長い傾向にあり,選択バイアスの影響も否めない.このような対象は,ICUの環境や状況についての事前情報がほとんどない状況で,侵襲的な治療を受けざるを得ないため,主観的な集中治療体験に影響する可能性がある.そのほか,集中治療体験の測定範囲の影響が考えられる.近年,浅鎮静管理下の人工呼吸器装着患者が経験する不快がICU退室後の精神的問題と関連することが報告された(Kalfon et al., 2019).本研究においては,記憶が明瞭で恐怖感情を伴わない群が半数を占めたが,不快や不満の測定はできていない.以上より,ベンゾジアゼピン系の薬剤の使用が最小限の対象集団においては,記憶が不明瞭または恐怖感情を伴う集中治療体験は,ICU退室後の精神的問題のリスク因子として確認できず,比較可能性を高め,不快などを含む集中治療体験の測定を検討する必要があるだろう.
ICU退室3ヵ月後の精神的問題には,ICU退室早期の不安,抑うつが関連しており,先行研究(Parker et al., 2015;Rabiee et al., 2016)と一致した.本研究結果は,ICU退室後の精神的問題のハイリスク対象の早期特定の観点から,スクリーニング項目の一つになり得るものと考える.
また,ICU入室中の不穏がICU退室3ヵ月後の精神的問題と関連した.不穏とICU退室後の精神的問題の関連については,一定の結論に達していないが,Samuelson et al.(2007)は不穏がPTSD症状の予測因子であることを指摘している.不穏は,不快や強い不安,せん妄などによって発生し(日本集中治療医学会J-PADガイドライン作成委員会,2014),浅鎮静あるいは無鎮静管理を維持する上で障壁となる事象である(Olsen et al., 2020).これらのことは,浅鎮静管理下の人工呼吸器装着患者において,不快や強い不安が不穏を引き起こし,ICU退室3ヵ月後の精神的問題に関与し得ることを示している.よって,不穏時に,不快や強い不安に着目して鎮静に先行して苦痛緩和などの介入を行うことは,ICU退室3ヵ月後の精神的問題に影響を与えることが示唆される.すなわち,不穏は,ICUにおける看護介入で修正可能なリスク因子になり得り,予防につながる着目すべき因子といえよう.
対象者の選定条件は,先行研究と類似するコホートになるよう,また結果に影響を及ぼす背景要因を可能な限りコントロールするよう設定し,脱落への配慮も行った.しかし,分析対象は結果的に予定手術後患者に偏った.
集中治療体験の測定は,標準的かつ本邦において信頼性,妥当性が確認された尺度がなく,諸外国で用いられている尺度を使用した.しかし,近年の鎮静管理の変化に伴い,浅鎮静管理下の患者の集中治療体験は変化しており,測定した構成概念は限定的である.
研究実施施設は,日本で有数の入室者数が多いICUで2年間の登録期間を設けて実施した.しかし,IES-R≧25,HADS-不安≧8,HADS-抑うつ≧8の症例数から,交絡になり得る因子をすべて調整できていない可能性が考えられる.
今後は,多施設共同研究により,不穏および鎮静管理と集中治療後の精神的問題の関連を検討し,ICUで修正可能なリスク因子を同定することが課題である.これは,ICUにおける予防的介入に発展させることにつながる.
ICU退室3ヵ月後の患者は,約20%に臨床上問題となるPTSD,不安症状,約35%が抑うつ症状を有し,40%を超える割合でいずれかの精神的問題を有する現状が明らかになった.記憶が不明瞭または恐怖感情を伴う集中治療体験は,ICU退室3ヵ月後の精神的問題のリスク因子として同定されず,ICU入室中の不穏が関与した.今後は,不穏に着目し,鎮静管理とICU退室後の精神的問題の関連を検討する研究へと発展させることが必要である.
謝辞:本研究にご協力くださいました高橋理恵氏,寄高一磨氏,妹尾育美氏に厚く御礼申し上げます.また,本研究の結果をまとめるにあたりご助言をいただきました岡山大学大学院保健学研究科森本美智子教授ならびに森本研究会のメンバーの皆様に深謝申し上げます.なお,本研究は,日本クリティカルケア看護学会より研究助成を受けて実施した研究の一部である.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.
著者資格:MIは研究の着想およびデザイン,統計解析の実施,解釈,原稿の作成を行った.MIおよびTAはデータの入手,解釈,原稿の作成に貢献した.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.