Journal of Japan Academy of Nursing Science
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Experiences of Japanese Older Adult Mothers Caring for Children with Disabilities Who Live in Institutions
Akemi MatsuzawaMai Yamaguchi
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2021 Volume 41 Pages 423-430

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Abstract

目的:施設で生活する障がいのある人をわが子にもつ高齢の母親の体験を明らかにすることである.

方法:母親2人へ半構造化面接を行い,質的記述的に分析した.

結果:これらの母親の【わが子の権利や生活の豊かさを守るよう努める】【わが子のケアの質に伴う心理的負担を感じる】【わが子への地域で質の高い包括的なサービスを望む】【わが子の将来の不安に直面する】【自身と夫の老いに伴う家族全体の変化を案じる】【わが子を託せる人や社会を求める】という6つの体験が明らかになった.

結論:迫るわが子の将来への不安,自身や夫の老い,家族全体の変化など,多重の不安を抱えるこれらの母親に対して,ライフコースを見据えた発達段階に応じた心理的な支援,母親が親としてわが子へしたいと願うことを可能な限り維持しながら,安心してその役割を託せる障がいのある人の権利と生活が守られる質の高いサービス,それを実現しうる人と社会が課題と考えられた.

Translated Abstract

Objectives: This study aimed to clarify the experiences of older adult mothers with children with disabilities who live in institutions.

Methods: This study used a qualitative-descriptive study design. Semi-structured interviews were administered to two mothers caring for children with disabilities living in a facility.

Results: Based on our results, the experiences among Japanese older adult mothers caring for such children were grouped into six categories as follows: “Strive to protect my child's rights and quality of life,” “Feeling the psychological burden associated with the quality of care for my child,” “Hoping that my child will receive comprehensive healthcare services in the community,” “Face the future anxiety of my child,” “Worried about changes in the whole family due to the aging of myself and my husband,” and “Seeking people and society who can entrust their children”. These mothers experience multiple anxieties, such as the future of their children, the aging of themselves and their husbands, and changes in the entire family.

Conclusions: It is necessary to provide psychological support to parents according to their developmental stage based on the life course of these children and their families. In addition, the results of this study require comprehensive high-quality services that protect the rights and lives of people with disabilities who can entrust their roles with peace of mind while maintaining as much as possible what the mother wants to give to her child as a parent, and people in the community and society that can realize it.

Ⅰ. はじめに

近年,わが国では障がいのある人の高齢化が進行し,それに伴って,親も高齢期を迎えている.この障がいのある人と親,双方の高齢化は,これらの親にとってわが子に携わる期間の長期化につながっており,なかでも主なケア役割を担う母親は,介護負担感が高い場合,精神的健康度が低い(山口ら,2005).これらのことから,障がいのある人の高齢の母親への支援は急務の課題である.

障がいのある人を子どもにもつ親は,健康な子どもをもつ親と異なるライフコースを辿り,とりわけこれらの親がライフコース上で直面する問題のひとつに,わが子の生活場所をいつどのように移行するかという問題がある.この問題は,親役割と密接に関連するため複雑であり,子どもに知的障害や重症心身障害がある場合により顕在化しやすい.

長期的に障がいのあるわが子を育て,ケア役割を担う母親がわが子と別々の生活を決断することは難しく,わが子の生活場所の移行を決断する渦中の母親は複雑な思いを抱えている(佐々木ら,2016).そしてわが子の施設入所をめぐって,これらの母親は施設の利用の躊躇や戸惑い,覚悟,入所直後もその利用を迷うなどの心理的プロセスを辿ることが明らかにされている(山田,2012).このように,これらの親はわが子の将来を懸念しながら子離れに逡巡し,その将来を悩んでおり(中山ら,2016),親亡き後のわが子に関する不安(三原・松本,2005三原ら,2007)や,先の見通せない不安(西村,2007)を抱えていることが多数の研究で報告されている.

一方,施設入所後の障がいのある人の親の語りが少ないと指摘されているように(麦倉,2019),このようなプロセスを経て,わが子が施設に生活場所を移行した以降の母親に焦点をあてた研究は少ない.障がいのあるわが子の施設入所や自立のプロセスの研究のなかで,知的障害者の親はわが子が施設入所した後も親役割が継続し(山田,2012),わが子の施設入所後,親役割を変容させる親と変容させない親がいることが明らかになっている(田中,2013).同様に,福田(2017)は知的障害者のわが子をグループホームに送りだした母親では,肩の荷が下りホッとするという母親がいる一方で,母親の役割を委ねられず,結果的に二重生活で大変さは変わらない母親の二類型があることを報告しているが,これらの研究は障がいのあるわが子の施設入所をめぐる母親の親役割のみに焦点をあてている.また施設入所後の高齢の母親を対象とした数少ない研究は,重症心身障害者の親の抱える子どもの将来の不安にのみ焦点をあてたもの(藤本ら,2013)や,長期に施設入所する重症心身障害者の母親を対象としているが,出生後からの子育てを振り返って体験を明らかにしたもの(伊藤ら,2016)のみであり,限定された内容と考えられた.このように,施設で生活する障がいのある人をわが子にもつ高齢の母親自身の体験を明らかにする研究は,筆者の知る限り少なく,したがってこれらの母親の体験は充分明らかにされていない.

障がいのある人の親のケア期間が長期化するなか,わが子が施設へ入所した時点が支援のゴールではない.また今後,さらに高齢化が進むわが国において,この問題は一層,重要性を増すと予想される.そこで本研究は,この問題を障がいのある人の施設入所をいつどうするかという生活の場の移行や自立という視点ではなく,施設入所後の障がいのある人をわが子にもつ高齢の母親自身をどのように支援するかという視点から,これらの母親の体験を明らかにし,その支援のあり方を検討する.

Ⅱ. 研究方法

1. 研究対象者

本研究の対象は先天性の障がいがあり,入所施設で生活している障がいのある人の60代以上の母親とした.また本研究の内容は,現実的で切実な内容を含むことが予想されるが,これらの内容は思い出してもらってインタビューするデータ収集の方法は難しく,その渦中にある人を研究対象とせざるを得ない.また本研究の目的を踏まえると,施設入所前後や直後ではなく,施設入所した後,その親子関係や生活が落ち着いていることが前提となるゆえ,一定の期間,わが子と離れ,子どもが施設での生活を継続している母親が適切と考えた.さらに本研究の目的に関する体験を振り返って言語化し,他者に語ることができる母親へ依頼する必要があると考えた.これらのことから,少なくとも5年以上,入所施設で生活する障がいのある人の母親,かつ当事者としての体験を社会や同じ境遇にある障がいのある子どもと家族へ訴えた経験のある母親がふさわしいと考え,これらの基準に該当する人へインタビューを依頼した.

2. 調査方法・内容

研究対象者に対して半構造化面接を実施した.事前に研究者間で検討し作成したインタビューガイドを用いて,施設で生活する障がいのあるお子さんのこれまでで印象に残る体験,お子さんの現在の状況,現在の障がいのあるお子さんや自身の生活のなかで気になっていることや感じていること,今後のわが子の将来への希望,自身の希望する生活について質問した.面接場所は研究対象者と相談のうえ,研究対象者が希望する自宅からアクセスのよい公共の施設を選び,個人のプライバシーが守られるよう配慮した場所で行った.またこれらのインタビューは複数の研究者で実施し,研究対象者の許可を得てICレコーダーに録音した.なお調査期間は2017年2月であった.さらにこのインタビュー結果を分析し,研究対象者へメンバーチェッキングを実施した.その際,本研究の分析結果の暫定版を作成のうえ提示して,内容の妥当性と厳密性を確認し,再度インタビューし,本研究で明らかにしたい内容として不足しているデータを追加した.

3. 分析方法

本研究は施設で生活する障がいのわが子をもつ高齢の母親が,どのような体験をしているかという複雑な現象をありのままに明らかにすることを目的とした.そのため,質的記述的研究デザイン(Sandelowski, 2000)を選択し,また事例に共通するテーマを見出すことをめざして分析した.分析過程では録音した音声データの内容を逐語録にし,小児看護学が専門の研究者が逐語録の全文を繰り返し精読した.そして事例ごとに,これらの高齢の母親が現在,わが子に関するどのような体験をしているかに着眼し,そのような母親の体験の記述のデータに漏れがないよう注意深く該当するデータを抽出した.これらのデータは各コードに番号をつけたうえで,一つの内容を含む文章を,文脈を損ねたり歪めたりしないようにコード化した.そして研究者1人がこれらのデータを繰り返し精読し,コードの意味内容の類似性と相違性を踏まえて,それを損ねたり歪めたりしないよう充分配慮して類似するコードを集めた.そして抽象度を上げてコードを類型化し,サブカテゴリー,コアカテゴリーを作成した.この結果は,社会老年学・社会福祉学を専門とするもう1人の研究者と討議し,サブカテゴリー,コアカテゴリーの整合性について複数回の意見交換を行った.加えて研究対象者に対して実施したメンバーチェッキングでの意見や追加データを踏まえて,結果の修正を再度実施し,本研究の最終の結果とした.

4. 倫理的配慮

研究対象者に対して,事前に説明文書を用いて口頭で,本研究の目的や趣旨,内容,参加は本人の自由意志に基づいて行われ,個人のプライバシーは必ず守られることを説明し,インタビュー参加への内諾を得た.そして再度,インタビュー当日に研究対象者に説明文書を用いて口頭で,本研究の目的や趣旨や内容,回答は自由意思であり,プライバシーの保護の厳守,結果の公表は個人が特定されない配慮をすること,インタビューの際に話したくないことは話さなくてもよいことを説明し,研究同意書への同意のサインを得てインタビューを行った.分析の際は,個人が識別される可能性のある情報は除外した.なお本研究は著者が所属するルーテル学院大学研究倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号:16-01).

Ⅲ. 結果

1. 研究対象者の基本属性

本研究対象者の基本属性を表1に示す.事例Aは46歳ダウン症候群および知的障がいのある息子の70代前半の母親,事例Bは29歳の脳性麻痺および低酸素脳症により,重度心身障がいのある娘の60代前半の母親である.研究参加者の母親はともに,自身の日常生活は自立している状況である.

表1  本研究対象者の概要
事例A 事例B
母親の年代 70代前半 60代前半
父親の年代 70代前半 60代前半
障がいのある人
年齢 46歳 29歳
性別 男性 女性
障がい種別 ダウン症候群・知的障がい 脳性麻痺・低酸素脳症
生活場所(年数) グループホーム(9年) 重症心身障害児者施設(23年)
家族構成 父親・母親 父親・母親

2. 施設で生活する障がいのある人をわが子にもつ高齢の母親の体験

施設で生活する障がいのある人をわが子にもつ高齢の母親の体験として,【わが子の権利や生活の豊かさを守るよう努める】【わが子のケアの質に伴う心理的負担を感じる】【わが子への地域で質の高い包括的なサービスを望む】【わが子の将来の不安に直面する】【自身と夫の老いに伴う家族全体の変化を案じる】【わが子を託せる人や社会を求める】の6つのカテゴリーが明らかになった(表2).以下,コアカテゴリーを【 】,サブカテゴリーを〈 〉,語りを「 」として示す.

表2  施設で生活している障がいのある人をわが子にもつ高齢の母親の体験
コアカテゴリー サブカテゴリー
わが子の権利や生活の豊かさを守るよう努める わが子の生活の豊さを大切にする
わが子と適切な距離で最期まで会えることを守る
わが子が築いた人のつながりを大切にする
わが子の人間関係・金銭的なトラブルに対応する
わが子のケアの質に伴う心理的負担を感じる わが子が24時間ケアを保障されない心配がある
わが子が無期限でケアが保障されない不安がある
わが子の施設での生活に葛藤を感じる
わが子への地域で質の高い包括的なサービスを望む わが子が必要な包括的なサービスを受けることを望む
地域に施設とそのネットワークがあることを望む
わが子に住み慣れた地域で生活してほしい
わが子の将来の不安に直面する わが子の加齢を感じる
わが子の成年後見人制度の利用を迷う
親亡き後の問題と向き合う
わが子の看取りを考える
自身と夫の老いに伴う家族全体の変化を案じる 自身の老いを感じる
夫に何かあったときを危惧する
家族全体のバランスの変化を案じる
わが子を託せる人や社会を求める 代わりがたい親の代替を望む
信じられる人や社会を求める

1) 【わが子の権利や生活の豊かさを守るよう努める】

これらの母親が施設で生活するわが子の権利を擁護し,生活の豊かさを守るように努める体験であり,〈わが子の生活の豊かさを大切にする〉〈わが子と適切な距離で最期まで会えることを守る〉〈わが子が築いた人のつながりを大切にする〉〈わが子の金銭・人間関係のトラブルに対応する〉の4つのサブカテゴリーから構成された.事例Aの母親は「今はいいがこの先,車の運転が出来なくなったら…」,事例Bの母親は「何もできなくても会える.やっぱりまず考えるのは会えなくなるっていうこと」と,両者とも最期までわが子に会うことを維持したいと考えていた.また事例Aの母親は「土日もヘルパーさんと出かけたり.映画に連れていってもらったりとか,カラオケに一緒に行ってもらったり…レストランで食事して帰ってくる」とわが子が余暇を楽しむのを見守り,事例Bの母親は「今だって施設で暮らしていても,やっぱり親がいるから何とかこういう生活が送れている」「あの子自身が施設の中に自分の居場所はつくってきている」と語り,わが子の生活の豊かさを大切に考えていた.

2) 【わが子のケアの質に伴う心理的負担を感じる】

これらの母親がわが子の受けているケアの質によって心理的な負担を感じる体験であり,〈わが子が24時間ケアを保障されない心配がある〉〈わが子が無期限でケアを保障されない不安がある〉〈わが子の施設での生活に葛藤を感じる〉の3つのサブカテゴリーから構成された.事例Aの母親は「夜は誰もいないんですよ.それが…入れるにはちょっと夜が心配」,事例Bの母親は「どう考えても重症児者施設にいる方がケアという意味では,本当にすべてがそろっていて受けられると思う一方,確かに生活の場ということを巡っては,ずっと葛藤がやっぱり…ある」と,わが子のケアの質による不安や葛藤について語っていた.

3) 【わが子への地域で質の高い包括的なサービスを望む】

これらの母親のわが子が地域で質の高い包括的なサービスを受けられることを望む体験であり,〈わが子が必要な包括的なサービスを受けることを望む〉〈地域に施設とそのネットワークがあることを望む〉〈わが子に住み慣れた地域で生活してほしい〉の3つのサブカテゴリーから構成された.事例Aの母親は「青年学級のグループのなかで今も楽しく活動させてもらっている」,事例Bの母親は「今,人手が減らされているのであんまりたくさんではないんですけど,でも結構頑張って個別活動…,グループ活動の時間をつくってくださったり」と,わが子が受けているケアについて肯定的に語っていた.そして事例Aの母親は「近場でそういう施設というか,ケア付きのグループホームが幾つも地域にできるのが一番いいかな」,事例Bの母親は「やっぱり住み慣れた地域で.だから施設か地域じゃなくって,地域のなかにある施設」と,わが子が地域において,より包括的なサービスを受けられることを望んでいた.

4) 【わが子の将来の不安に直面する】

これらの母親がわが子の将来の不安に直面する体験であり,〈わが子の加齢を感じる〉〈わが子の成年後見人制度の利用を迷う〉〈親亡き後の問題と向き合う〉〈わが子の看取りを考える〉の4つのサブカテゴリーから構成された.事例Aの母親では「これから先のことを考えるとどちらかが介護になるでしょうし,ひとり暮らしになっていくわけですよね.息子のことをいつまでみられるか…成年後見制度…を早くと言いながらもなかなか…思い切れない」「深刻ですよね.親亡き後の問題が一番深刻」と,直面するわが子の将来について語っていた.また事例Bの母親では「多分,体力的にも帰れなくなるときが来る…今も全然まあ帰れてはきてるんですけど,やっぱりちょっとしんどいのかなっていう時がある」「実存のケアって…普通に考えたら死って直面することをみんな避けて生きているわけじゃないですか.でも重症児の親はそれができない…直視せざるを得ない…しかもすごく早い時期からね.だからそれってすごい恐怖とずっと付き合いながら生きているってことなんですよね.しかもそれがちょっとずつ現実として迫ってきていて」と,近づくわが子の将来の不安について語っていた.

5) 【自身と夫の老いに伴う家族全体の変化を案じる】

これらの母親が自身や夫の老いや,それに伴って家族全体としてのバランスの変化を心配に思う体験であり,〈自身の老いを感じる〉〈夫に何かあったときを危惧する〉〈家族全体のバランスの変化を案じる〉の3つのサブカテゴリーから構成された.事例Aの母親は「両親が元気なうちはいい.でも昨年,夫ががんになり,どこまで(息子のことを)できるか」,事例Bの母親は「自分が老いとか…要は親子3人がどういう形でどういう順番で死んでいくんだろうって今,すごい考えるんですよ.誰が先だろうって.そうすると,誰が先であれ想像しただけで耐え難い」と家族全体の変化に伴う将来の不安を語っていた.

6) 【わが子を託せる人や社会を求める】

これらの母親がわが子のことを託すことができると思える人や社会を求めると感じる体験であり,〈代わりがたい親の代替を望む〉〈信じられる人や社会を求める〉の2つのサブカテゴリーから構成された.このカテゴリーは事例Bの母親のみが語った内容であり,「目の前のスタッフ…制度…状況も変わる…中…この子をこの社会に託して私は死んでいけるかって考えた時に,総体として人間がそれほど悪くはないよねって思えるかどうかなんだなっていう感じがしている」と,親亡き後,わが子を託せると思える人や社会を求めていることについて語っていた.

Ⅳ. 考察

1. 施設で生活する障がいのある人をわが子にもつ母親が抱える多重の不安

本研究の結果,これらの母親はわが子が施設に生活の場を移して,生活が落ち着いた後もわが子の将来の不安を抱えており,またその不安をより身近に迫る体験としてとらえていた.これまでわが国では複数の研究において,知的障がいのある人の親(三原ら,2007)や,重症心身障がい児・者の親(中山ら,2016田中ら,2014)が,わが子の将来の不安を抱えていることが明らかにされてきた.しかし,これらの研究のほとんどは在宅で生活する障がいのある人の親に焦点が充てられていた.数少ない研究のうち,伊藤ら(2016)は,施設に長期に入所する重症心身障がい者の高齢の母親が,わが子の将来の心配を抱えていることを明らかにしており,本研究と同様の結果を報告している.とりわけ,本研究対象は知的障がいや重症心身障がいのある人の母親であり,このような母親の思いは,本人の意思を汲み取ることが難しく,コミュニケーションに支援の必要な重症心身障がいや知的障がいのある人の母親の場合,一層強い可能性が考えられる.これらのことから,施設で生活する障がいのある人の母親は,わが子と生活を分離して長期間経過した後も,わが子の将来を不安に思っており,これらの母親が抱える不安はわが子の生活拠点にかかわらないことが明らかになった.

さらに本研究対象者の母親は,わが子の加齢,将来の不安に加えて,自身の老いを感じ,さらに配偶者の老いや夫の亡き後への不安をも抱えていた.障がいがある場合,障がい種別にもよるが,二次障害に加えて早期に高齢化が起こりやすく,骨格の変形やそれに伴う呼吸障害,体力や筋力の減退によって重症化したり,健康状態が不安定になることがある.このように,これらの母親はわが子の高齢化が早期に起こることによって,わが子と自身,夫の高齢化をほぼ同時に体験し,特に事例Aの母親は自身の身体的な不調も抱えていた.さらに,本研究対象の母親は夫婦で子育てをしてきており,配偶者の存在は大きく,配偶者の支えが難しくなることは,母親にとって深刻な状況と考えられる.さらに,これらに伴い,家族全体のバランスが変化することも予測される.これらのことから,母親はわが子が施設で生活している場合においても,わが子の将来の不安をより身近に迫るものとしてとらえており,またわが子の将来の不安だけではない,高齢の身で担うには厳しい多重の不安を感じる体験をしていたことが明らかになった.

2. 施設で生活する障がいのある人をわが子にもつ高齢の母親が担う親役割

施設で生活する障がいのある人への日常的なケアは,基本的には公的サービスにより代替されている.しかし,本研究の結果,これらの親は高齢となってもわが子の権利を擁護し,単に生活の補完ではない生活の質を豊かにする重要な役割を果たしていた.具体的には,本研究対象の母親はわが子に会いに行き,週末にわが子が帰省する機会をつくり,またわが子がサービスを受けるなかで築いた人とのつながりを維持するよう努めていた.家族がともに余暇を過ごすことは生活のなかで大切なあたりまえの時間であり,また障がいのある人は自ら人間関係を構築することは難しい側面もあるゆえ,築いた人とのつながりはかけがえがないものである.これらの権利擁護やQOLにかかわるケアは,長期的にケアを要する障がいのある人の生活では考慮すべき重要な点であるにもかかわらず,現行の制度や実際に提供されているサービスでは難しい場合も多いと考えられる.障がいのある人の権利擁護について,藤原は子どもの生活をトータルに見通し,個別的かつ複合的な視点から権利や主張を擁護する機能を母親が果たせなくなることを問題視し(藤原,2003),田中はこれらの親が担ってきた子どもの生活をトータルに見通せる役割を担う社会資源は現実には存在しないと指摘する(田中,2017).

これらの母親は,出生後から長きに渡って,わが子を育てており,今なお,生活の豊かさを含めたわが子の権利を守る親として存在している.それゆえに,自分の亡き後など,わが子に必要と思うことができなくなったとき,わが子の将来の不安を感じることは当然と考えられる.本研究の結果,事例Aの母親はグループホームで24時間のサービス提供が無期限で保障されていない心配を抱えていた.障がいのある人の安全な生活には見守りを含めたサービスが必要不可欠であり,それが保障されないことは母親のわが子の心配に直結する.またグループホームは障がいのある人の健康状態によっては,継続的に生活することが難しく,次の生活場所への心配がつきまとうことがある.また事例Bの母親は,重症心身障害者施設での集団生活に葛藤を感じるなど,わが子へのケアの質に伴う心理的負担を感じていた.障がいのある人にとって施設に入ることで医療や訓練などのサービス提供が保障される一方,生活の場としての個人の尊厳は守られにくい側面をもつ.それゆえに,本研究の結果でも示されたように,これらの母親はわが子が地域で質の高い包括的なサービスを受けられることを望んでいたと考えられる.古谷ら(2016)は,重症心身障がい者の母親は単なる居場所の快適さではなく,信頼できる人への期待が高いことを報告している.これらのことを踏まえて,これらの母親が安心してその役割を託すことができる障がいのある人の権利と生活が守られる質の高いサービス,それを実現しうる人と社会が課題と考えられる.

3. 施設で生活する障がいのある人をわが子にもつ高齢の母親への支援

本研究の結果,これらの母親はわが子の将来の不安を含めた多重の不安を抱えながら,高齢になってもわが子の権利擁護に努めていた.これらの結果から,障がいのある人をわが子にもつ母親も支援が必要な対象であり,親自身の発達段階を考慮した支援が必要と考えられる.多重の不安を抱える高齢の母親が,わが子のサービスの選択を含めた生活や,自分や夫の亡き後を見据えた生活をどのように整えればよいかを考えることは極めて難しいことと考えられる.それゆえに,これらの親が在宅か施設かの二者択一ではなく,希望する生活や親子の関係を踏まえて,わが子と家族に関する生活の意思決定ができるよう,障がいのある人とその親のライフコースを見据えて,発達段階に応じて支援することが必要と考えられる.また本研究の結果で着目されるのは,これらの母親が最期までわが子に会えることを望んでいたことである.山田(2015)は,施設利用後に親役割が継続することは必ずしも子どもと未分化な状態ではなく,親の気持ちの安定を促すことにつながることを指摘する.これらのことを踏まえると,高齢の母親がわが子にしてあげたいと願うことが可能な限り,希望に応じて継続できるための支援が必要であり,なかでも親子が会えることを叶える支援は重要な意味をもつと考えられる.

4. 本研究の限界と今後の課題

本研究の限界として,本研究対象者は2事例であり,きょうだいがいない家族構成であったことが挙げられる.本研究は2事例ながらも,施設で生活する知的障害や重症心身障害のあるわが子を抱える母親に共通する体験を,当事者の視点から明らかにすることができたが,今後の課題として,より多様かつ障がいに固有の母親の体験や,きょうだいなど他の家族員のいる場合の母親の体験など,さらなる分析が必要と考えられる.また本研究の結果を踏まえて,施設で生活する障がいのある人の母親自身も支援の必要な対象であることが明らかになった.これらのことから,障がいのある人と親のライフコースにおける発達段階を踏まえた,より母親自身に焦点をあてた研究の蓄積が必要と考えられる.

Ⅴ. 結論

本研究の結果,施設で生活する障がいのある人の母親は,わが子と生活の場を分離した後も,迫るわが子の将来,自身や夫の老い,家族全体の変化など多重の不安を抱えていた.またこれらの親は自身が高齢になっても,わが子の権利擁護や生活の質を保証する重要な親役割を担っていた.これらの結果から,多重の不安を抱える高齢の母親に対して,ライフコースを見据えた発達段階に応じた支援,母親が親としてわが子にしたいと願うことを可能な限り維持しながら,安心してその役割を託せる障がいのある人の権利と生活が守られる質の高いサービス,それを実現しうる人と社会が課題と考えられる.

付記:本論文の内容は,第67回日本小児保健協会学術集会において発表した.

謝辞:本研究にご協力いただきました研究対象者のお母さまに深謝いたします.また本研究の遂行にあたり,ご助言をいただきました日本女子大学名誉教授・堀越栄子先生,明治大学教授・山口生史先生,日本社会事業大学教授・小原眞知子先生,埼玉県立大学教授・中村裕美先生,ルーテル学院大学講師・廣瀬圭子先生に心より御礼申し上げます.

本研究は,JSPS科研費 JP16H03715の助成を受けた研究の一部である.

利益相反:本研究における利益相反は存在しない.

著者資格:AMは研究の着想およびデザイン,データ収集と分析,論文作成までの研究全体のプロセスに貢献した.MYは研究のデザイン,データ収集と分析,論文作成への助言を行った.すべての著者は最終原稿を読み,承認した.

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