2022 Volume 42 Pages 204-211
目的:本研究は,クリティカルケア領域の看護場面における看護師-患者間の触れる現象に着目し,日々の看護実践の中で看護師がどのような状況で,どのように患者に触れるのかという観点から,Intensive Care Unitにおける看護師の触れることの特徴を明らかにすることを目的とした.
方法:看護師10名とその受け持ち患者13名に参加観察を行い,看護師に対しては半構造的面接を実施することで,看護師の行動と認識の側面からデータを収集し,テーマ的コード化(Flick, 2007/2011)を参考に分析を行った.
結果・結論:43場面の分析から7つの触れることの特徴が明らかとなった.7つの特徴は,看護師が状況をどのように知覚したのかに応じて現れる看護師の触れる行為であり,7つの特徴には,触れることが常に「手を通した患者の状況把握」として働いていることと,「状況に応じて不断に変化する」という2つの通底している特徴が示された.
This study investigated the physical touch between nurses and patients (hereafter referred to as “touching” of patients by nurses) in critical care situations, particularly characterizing this phenomenon in the intensive care unit (ICU). A qualitative, descriptive design, coupled with data collected from fieldwork and semi-structured interviews, were used in this endeavor. Data were analyzed using with Uwe Flick’s thematic coding; data were organized and analyzed in terms of the methods by (and circumstances under) which nurses touch patients while providing healthcare. Ten ICU nurses and 13 patients were recruited as participants, and seven types of touching were identified: 1. Non-invasive touching of the patient’s body; 2. touching to prepare for possible changes in the patient’s condition; 3. touching to sense the internal state of the patient’s body; 4. touching as a stimulus to check the patient’s state of arousal; 5. touching a patient to prevent any harm to them and provide peace of mind; 6. touching to assess a patient’s reaction and avoid discomfort; and 7. touching to augment verbal communication with non-verbal communication. These characteristics were shown to have certain commonalities. Among others, touching was always performed as a means of tactile, hand-based observation of patient’s situation, and was dynamic in nature, depending on the circumstances surrounding the patient-nurse interaction.
触れることは看護実践において重要かつ普遍的なものであり(Weiss, 1979;Bottorff, 1993),何世紀にもわたって異なる国々で用いられてきた強力な癒しのツール(Ching, 1993)である.生命維持のための侵襲的治療によって患者の苦痛が大きいクリティカルケア領域においては,身体に触れる,手を握ること等が安楽を提供する看護実践の1つの方法であり,看護師の手によって提供される身体的ケアが安楽の源であるとされ(Benner et al., 1999/2005),触れることの重要性が説かれてきた.
先行研究において触れることは様々な形で分類がなされ,癒しの効果,慰めや励まし,共感を伝達する力があり(見藤ら,2011),リラクゼーション・ストレス緩和,疼痛緩和,不安や恐れからの解放を身体にもたらすことが明らかにされている(堀内,2010).また生理学的・心理学的指標に基づいて,血圧減少効果,呼吸数減少効果,睡眠改善効果,疼痛減少効果などが実証されている(Papathanassoglou & Mpouzika, 2012).多くの先行研究は,触れることが良い効果をもたらすことが前提とされており,意図的に触れることが癒しの効果をもたらすかどうか,目的的に触れた場合の結果を検証するデザインのものが多い.また,触れるための条件や状況が予め設定されている中で行われているものが多い.
しかし実際の看護実践の現場では,触れることが良い効果をもたらすか否かは最初から決まってはいない.触れることには常に看護師と患者間の相互作用が働き,さまざまな要因に影響を受けるからである.触れることに影響を与える要因は多数存在し,複雑に絡みあっているだけでなく,その要因自体は状況によってポジティブにもネガティブにも作用する(Conner & Howett, 2009).特にクリティカルケア領域の重篤な患者の場合は,触れることが循環動態の変動を引き起こしたり,心理的侵襲となる場合があるため,細心の注意を払う必要がある.看護師らは忙しい臨床の中で,患者に触れる判断を瞬時に行いながらケアをしていると考えられるが,看護師がどのような状況でどのように触れているのかといった実態は明らかにされていない.
そこで本研究では,クリティカルケア領域の看護場面における看護師-患者間の触れる現象に着目し,看護師がどのような状況で,どのように患者に触れるのかという観点から,Intensive Care Unit(以下ICU)における看護師の触れることの特徴を明らかにすることを目的とした.
質的記述的研究デザイン
2. 研究対象者研究対象者は,ICUの看護師(以下,看護師)とその看護師が受け持つ患者(以下,患者)とした.看護師はICU経験年数3~10年目の者(他病棟の臨床経験が3年以上ある者については,ICUの臨床経験2年目以上の者)とし,患者は循環動態や呼吸状態が特に不安定な者と18歳以下の未成年を除外した.
3. 調査期間2018年5月~2019年3月
4. 調査方法及び調査内容 1) 参加観察看護師と患者が関わる場面を観察し,「どのような状況で」「どのように触れ」「どのような結果をもたらしたか(帰結)」を一連の触れるプロセスとして観察した.研究者は「参加者としての観察者(Grove et al., 2013/2015)」の立場を基本とした.参加観察中は,触れたときに看護師が感じたこと・思い・考えなどを,看護師の余裕があるときに業務の妨げや負担にならないよう注意し,できる限りタイムリーに聞くようにした.
2) インタビュー看護師に対してのみ,参加観察の後,半構造化面接法で実施した.面接では,触れた場面を詳細に振り返りながら,「状況(患者の状態を含む)をどう捉えていたのか」「触れたとき/触れたことで感じたこと,考えたこと」を中心にして聞き,看護師の触れる行動と認識の過程が確認できるようにした.患者に関する情報は,看護師からのインタビューによって得た.
5. 分析方法文脈を維持したまま各場面の比較が可能となるテーマ的コード化(Flick, 2007/2011)を参考にして分析を行った.参加観察記録を1日分ずつ読み込み,患者毎に1事例として要約し,全体の文脈を理解した.次に各事例から「触れた場面」を取り出し,各場面を「触れた状況(それが起こった背景や流れ)」「触れ方(状況に対応するために取られた手段)」「帰結(変化したもの,結果は何か)」がわかるよう詳細に整理した.
次に全事例の各場面を比較し,類似した状況をまとめ,その状況ごとの帰結で分類し,そこにどのような触れ方が生じているのかを整理し,小テーマをつけた.状況と触れ方(小テーマ)の関係性から,どのような状況のときに,どのように触れるのかというICUおける看護師の触れることの特徴を整理し,大テーマをつけた.
確実性と確証性の確保のため,研究参加者(看護師)に各場面整理の内容,看護実践の状況の整合性,了解可能かの意見を聞き,検討を行なった.またすべての分析過程において,触れることやタッチングの看護実践,クリティカルケア看護に精通した質的研究の専門家にスーパーバイズを受けた.
本研究は,日本赤十字看護大学研究倫理審査委員会の承認(承認番号2018-006)を得て実施した.加えて対象者の所属施設の倫理委員会の許可と指示に従い実施した.看護師および患者とその家族に対し,研究の趣旨,個人情報保護,研究協力に伴う負担や不利益に対する配慮,研究協力及び途中辞退は自由意思により決定できること,不利益が生じないことを文書および口頭にて説明し,同意を得た.
本研究参加者は2施設から協力を得て,看護師10名とその看護師が受け持った患者13名だった.看護師の経験年数および患者13名の概要について表1にまとめた.参加観察については患者の状況に応じて1~2日間実施した.インタビューは看護師に対してのみ実施し,インタビューの平均時間は1人54分であった.
研究参加者(看護師) | 研究参加者(患者) | 場面 | ||||||
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看護師 | 性別 | 経験年数ICU/臨床 | 患者 | 性別 | 年齢 | 疾患名/治療 | 参加観察実施時の患者のICU在院日数 | 番号 |
A看護師 | 女性 | 7年/7年 | Kさん | 男性 | 70代 | 腹部大動脈瘤/ステントグラフト内挿入術 | 2日目(POD1) | 1~4 |
B看護師 | 男性 | 9年/9年 | Lさん | 男性 | 70代 | 腸閉塞に伴う小腸穿孔/緊急開腹手術 | 3日目(POD2) | 5~6 |
Mさん | 男性 | 40代 | 右下葉肺癌/胸腔鏡下肺部分切除術 | 2日目(POD1) | 7~9 | |||
C看護師 | 女性 | 4年/11年 | Nさん | 女性 | 80代 | 大腸癌/開腹切除術・ストーマ増設術 | 8,9日目(POD7, 8) | 10~14 |
D看護師 | 女性 | 2年/20年 | Nさん | 女性 | 80代 | 大腸癌/開腹切除術・ストーマ増設術 | 16,17日目(POD15, 16) | 15~18 |
E看護師 | 女性 | 7年/7年 | Nさん | 女性 | 80代 | 縫合不全による消化管穿孔/開腹手術 | 4,5日目(POD3, 4) | 19~22 |
F看護師 | 女性 | 6年/6年 | Oさん | 女性 | 80代 | 右腎臓癌/右腎摘出術 | 2日目(POD1) | 23~24 |
Pさん | 女性 | 70代 | 大脳腫瘍/開頭摘出術 | 2日目(POD1) | 25~28 | |||
G看護師 | 男性 | 9年/9年 | Qさん | 男性 | 50代 | 心筋梗塞による心肺停止/蘇生,PCI | 3,4日目(POD3, 4) | 29~33 |
H看護師 | 女性 | 2年/8年 | Rさん | 女性 | 90代 | 心原性脳梗塞/保存治療 | 1日目 | 34~35 |
Sさん | 女性 | 80代 | 脳出血/経過観察,2日後手術予定 | 3日目 | 36 | |||
I看護師 | 男性 | 9年/9年 | Tさん | 男性 | 90代 | 外傷,誤嚥性肺炎,延髄梗塞/保存治療 | 2日目 | 37~40 |
J看護師 | 女性 | 2年/6年 | Uさん | 女性 | 70代 | 突発性間質性肺炎急性増悪/保存治療 | 4日目 | 41~43 |
* 患者Nは同一人物であり,E看護師は再入室となった際に受け持った * POD:Post-Operative Day 術後
13事例から43の触れる場面が抽出され,分析結果からICUにおける看護師の触れることの特徴として7つの特徴(大テーマ)と,触れることによって生じる5つの帰結が明らかとなった(表2).7つの特徴について,場面を示しながら状況及び触れ方を用いて内容を詳述する.〈 〉は状況,《 》は触れ方(小テーマ)を示し,【 】は特徴である大テーマを示す.『 』は参加観察記録,「 」はインタビュー内容を示している.
大テーマ(特徴) | 帰結 | 患者の状態の把握 | 安楽の提供(身体的/精神的) | 危険動作の防止 | 身体や動作の支持 | 心理的距離感の把握 |
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状況 | ( )内は場面番号 | 小テーマ(触れ方) | ||||
1.【患者の身体に侵襲を与えないように触れる】 | 〈医療機器や薬剤による補助が必要な循環・呼吸が不安定な状態〉 | 1-1.身体に負担をかけずに状態を把握する (10, 12, 13, 16, 17, 20,21, 29, 30, 31) |
1-2.身体に負担をかけずに動かす (12, 13, 17, 20, 21, 29, 30) |
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2.【起こりうる急激な状態変化に備えつつ触れる】 | 〈状態が急激に変化する可能性が高い状態〉 | 2-1.身体に触れて今後の推移を予測する (1, 3, 4, 37, 38) |
2-2.身体への負担や危険を見極めながら支える (1, 2, 4, 37, 38) |
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3.【身体内部の状態を感じとるように触れる】 | 〈呼吸管理が必要で痰貯留による呼吸変動を生じやすい状態〉 | 2-3.触れて身体の振動や動きを感知する (5, 14, 33, 40, 43) |
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4.【覚醒状態を確かめる刺激となるように触れる】 | 〈覚醒状態や意識レベルを確認する必要がある状態〉 | 4-1.覚醒の兆しをみながら刺激して反応をみる (6, 11, 32, 35, 36) |
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5.【危険を回避し安寧を与えるように触れる】 | 〈せん妄の状態興奮や失見当識のある状態精神的に不安定な状態〉 | 5-1.身体症状の訴えの整合性や原因を探る (18) |
5-2.精神的安定と安寧を促す (15, 18, 19, 22, 25, 26) |
5-3.危険な動きを回避する (15, 19, 22, 25, 26, 27, 39) |
5-4.危険な動きにならないよう支える (28) |
5-5.脅威を与えないことを示し伝える (15, 19, 25, 26) |
6.【不快感を与えないよう反応を見定めつつ触れる】 | 〈意識レベルが清明であり,集中治療を必要とする状態〉 | 6-1.不快にならないよう触れつつ状態をみる (7, 8, 24) |
6-2.患者の動きを妨げず尊重しつつ手を添える (9, 23) |
6-3.反応を見定めつつ段階的に触れる (7, 8, 42) | ||
7.【言葉の伝わりにくさを補う合図となるように触れる】 | 〈疾患や治療などにより言語的指示が伝わりにくい状態〉 | 7-1.触れられた合図に対する反応をみる (34, 41) |
7-2.動きを促すために合図を送る (34, 41) |
〈医療機器や薬剤による補助が必要な循環・呼吸が不安定な状態〉の患者と関わる状況において,看護師の触れ方は,患者の《身体に負担をかけずに状態を把握する》,《身体に負担をかけずに動かす》であった.これらから【患者の身体に侵襲を与えないように触れる】という特徴が浮かび上がった.
『Nさんは人工呼吸器管理下で数種類の昇圧剤を使用し,循環を保っていた.C看護師はNさんに対し不用意に触れることはせず,体位変換や清拭等の必要不可欠なケアを機に触れるようにしていた.触れる際にはモニターを確認しながらゆっくりと慎重に患者の身体に手を指し入れ,振動が生じた際には数秒間,そのまま自身の動きを止めて,モニターの変化をじっと見つめていた.C看護師は患者の体重がどの程度,どんなふうに自分の手にかかってくるのかを感じ取っており,それに応じて差し入れる手の位置や早さを調整し,支え方を微妙に変えていた.また患者の些細な筋肉の収縮を感じ取りながら,患者に余計な力が入っていないか,血圧値が変動しないかを考えて,支え方を決めていた.四肢を動かす際には,触れながら瞬時に皮膚の感触や四肢の重さを感じ取り,浮腫の程度に合わせて皮膚を傷つけないよう指を揃えて接地面を広くとって支えていた.さらに触れた際の末梢の皮膚温から末梢循環不全が起こりはじめていないかを考え,血圧を変動させないよう少しずつ四肢の位置(高さ)を変えながら,患者の身体を支えたり動かしたりしていた.(場面12)』
C看護師は触れたことに関して「無意識ですね」,「こう自然に」と無自覚であったが,「触わっちゃった方が早いです.その方がわかる」と,触れることで様々な患者の状態を捉えていた.また患者の状態を「超急性期」と語り,予断を許さない状態であると考え,侵襲を与えないよう注意しつつ触れていた.
2) 【起こりうる急激な状態変化に備えつつ触れる】〈状態が急激に変化する可能性が高い状態〉の患者と関わる状況において,看護師の触れ方は《身体に触れて今後の推移を予測する》,《身体への負担や危険を見極めながら支える》であった.これらから【起こりうる急激な状態変化に備えつつ触れる】という特徴が浮かび上がった.
『血管手術後のKさんは,臥床時の循環動態が安定していたため初回離床を行うことになった.大丈夫と言いつつ自力でゆっくりとベッドから起き上がりだしたKさんの背中に,A看護師はスッと掌を軽く添え,起き上がるスピードに合わせて手を添え続けた.途中Kさんの動きが少し緩慢になると,A看護師は添えた掌の指を開いて密着度を上げ,モニターとKさんの様子を注意深く見守ったが,動きが元に戻ると軽く添えるような触れ方に戻した.この時A看護師は掌にかかるKさんの体重のかかり具合から,Kさんは支えなくても自力で起き上がれると予測し,かつモニター変動(心拍数や血圧の上昇等)を合わせて確認しながら,心臓にかかる負荷を考えていた.そしていざとなればいつでも支えになれるようにと,掌の密着度を変えていた.Kさんが端坐位となり体幹がふらつかないこと,血圧低下がないことを確認して,A看護師は手を離した.(場面1)』
A看護師は「意識していなかったですね.言われてみればそういう風に触れていたのかもしれないという程度で」と語った.しかし「ステントグラフトの人」(血管系の術後)であることを意識しており,「転ばぬ先の杖」として循環動態変化が生じる可能性に備えて,患者に触れていた.
3) 【身体内部の状態を感じとるように触れる】〈呼吸管理が必要で痰貯留による呼吸変動を生じやすい状態〉の患者と関わる状況において,看護師の触れ方は《触れて身体の振動や動きを感知する》であった.ここから【身体内部の状態を感じとるように触れる】という特徴が浮かび上がった.
『鎮静下で人工呼吸器管理中のLさんの呼吸状態は安定しており,SpO2の低下や痰貯留音などは聴取されていなかった.しかしB看護師はLさんの前胸部に密着させるようにして手を当て,それを少しずつ移動させながら,時折目を閉じて,掌に意識を集中させていた.この時B看護師は,以前受け持った患者の状況を思い出し,痰がないのではなく貯留していても取れない場合が多いと考えていた.そして痰の貯留の有無は聴診だけでは分からないと考え,痰貯留の根拠となる振動が感じ取れないかと手を当てていた.気管チューブに繋がる蛇管を調整して触れた際,B看護師は蛇管の僅かな振動を感じ取った.この時B看護師は,人工呼吸器は患者の肺の一部であり,身体の延長である機械の振動は痰が貯留していることを示していると考え,吸引を施行した.B看護師は吸引が終了すると再びLさんの前胸部に手を当て,掌を押し上げる胸郭の動きが吸引前より大きくなった(換気がより良くなった)ことを感じ取り,人工呼吸器の分時換気量値が上昇したことを確認していた.(場面5)』
B看護師は「痰のことは気にしていました」と述べたが,触れていたことには無自覚であった.しかし「VAP(人工呼吸器関連肺炎)を併発する危険が高い」と考え,聴診やモニタリング数値に表れる前の目には見えない痰の貯留を気かけ,様々なケア場面で患者の前胸部に触れていた.
4) 【覚醒状態を確かめる刺激となるように触れる】〈覚醒状態や意識レベルを確認する必要がある状態〉の患者と関わる状況において,看護師の触れ方は《覚醒の兆しをみながら刺激して反応をみる》であった.ここから【覚醒状態を確かめる刺激となるように触れる】という特徴が浮かび上がった.
『抜管に向けて持続鎮静薬の投与が中止されたNさんを担当したC看護師は,時間経過と共にモニター上の血圧値が時折上昇し,顔や口をピクッと動かす仕草が出現しはじめても,すぐに声をかけたり触れたりせず,Nさんの様子を注視していた.この時C看護師は鎮静薬の影響で1時間ほどは目覚めない,無理に起こさない(触れない)ことが負担の回避になると考えていた.Nさんの開眼回数が増え,モゾモゾと手足が動き出すと,モニター上の血圧値のベースラインや人工呼吸器の分時換気量値が上昇してきた.Nさんが覚醒してきたと判断したC看護師は,声かけしながら手を握り,握り返す反応があるかどうかを確認した.そして握る力加減や握り方を変えて,Nさんの反応の違いを確認したり,触れる場所を腕や足に変えて動きが生じるかどうかを確認した.またNさんの肩にトントンと触れながら呼びかけ,刺激の方向に顔を向けるかどうかを確認した.この時C看護師は,触れることによって生じる患者の動きが単なる反射ではなく,意思をもった動きであるかどうかを確認するために呼びかけながら肩に触れていた.(場面11)』
C看護師は「無意識ですね」,「単なるレベル確認」と語り,ICU看護師には普通の事だと述べた.しかし「無理やり起こしても,負担になるだけ」と考え,覚醒の兆しに合わせて触れ方を変化させ,その刺激に対する患者の反応から覚醒状態を判断していた.
5) 【危険を回避し安寧を与えるように触れる】〈せん妄の状態,興奮や失見当識のある状態,精神的に不安定な状態〉の患者と関わる状況において,看護師の触れ方は《身体症状の訴えの整合性や原因を探る》,《精神的安定と安寧を促す》,《危険な動きを回避する》,《危険な動きにならないよう支える》,《脅威を与えないことを示し伝える》であった.これらが各々に組み合わされて行われており,これらから【危険を回避し安寧を与えるように触れる】という特徴が浮かび上がった.
『せん妄があり精神的に不安定なNさんにCV(中心静脈カテーテル)抜去の処置が施行された.処置に際し,顔つきが険しくなったNさんに対し,E看護師は処置の準備をしつつ声をかけ,興奮させないようゆっくりとした動作でNさんの腕を優しく擦っていた.処置の介助をしながら,E看護師は常にNさんの身体の一部に手を当てており,Nさんの腕が動きそうになると自分の掌を密着させてやんわりと動きを制し,Nさんの腕から力が抜けるのを感じ取ると,そのまま労いを伝えるようにトントンとNさんの腕を軽く叩いた.途中,Nさんが拳を握り,身体に力を入れて起き上がろうとした際には,E看護師は身体を寄せて軽く体重をかけるようにして動きを制し,大丈夫と繰り返して腕を擦りながら力が抜けるよう促した.Nさんが力を抜くと,E看護師はNさんの手を握り,握り返された手を繋いだまま処置の介助を継続した.結果,Nさんは興奮することなく処置を終えた.(場面19)』
E看護師は触れたことに無自覚であったが,「辛いかなと思ったら自然と手はでるものなんですかね」と語った.処置の際,「危険予知みたいな感じ」を常に持ちつつも,「労ってあげたい」「1つ1つ対応してあげたい」という気持ちで接していたと語り,それが危険回避のために触れた手であってもそれを感じさせず,脅威を与えないことを示し伝える触れ方として現れていた.
6) 【不快感を与えないよう反応を見定めつつ触れる】〈意識レベルが清明であり,集中治療を必要とする状態〉の患者と関わる状況において,看護師の触れ方は《不快にならないよう触れつつ状態をみる》,《患者の動きを妨げず,尊重しつつ手を添える》,《反応を見定めつつ段階的に触れる》であった.これらから【不快感を与えないよう反応を見定めつつ触れる】という特徴が浮かび上がった.
『肺部分切除術後に経過観察目的でICUに入室したMさんは,受け持ち開始時にB看護師が挨拶をしても無言であり,身を固くして目も合わさなかった.B看護師はMさんが40歳代の男性であり,入院も手術も初めての経験であると考え,まずは点滴確認等で近づいた際に拒否的な反応がないことを確認し,バイタルサイン測定を契機に,脈拍測定,血圧測定と徐々にMさんの身体の中心に近いところに向かって反応を見ながら触れていった.この時B看護師は,手首に触れてもビクッとした反応がない,脈拍増加もないからここは大丈夫,服の上から触れてこれも大丈夫,では次は直接触れてみようと,触れて感じる反応や触れたことでの身体の動きをみながら,少しずつ触れていった.最後は触れる面積と時間を増やして肘と前腕を下から丁寧に支え,手に伝わる動きのスムーズさや筋肉の緊張具合から,可動範囲,疼痛の有無など確認した.B看護師が触れていくに従い,Mさんの固まっていた身体からは少し力が抜け,Mさんはホッと息を吐いて,目線をB看護師に向けた.(場面7)』
B看護師は触れ方を意識していたわけではなかったが,「初めての人に触られたりするのはとても嫌なことだと思うので」と語り,「段階をおいてみました」,「どんな反応をするか試しにやってみた感じです」と述べ,不快感を与えないように反応を見定めながら触れていた.
7) 【言葉の伝わりにくさを補う合図となるように触れる】〈疾患や治療などにより言語的指示が伝わりにくい状態〉の患者と関わる状況において,看護師の触れ方は《触れられた合図に対する反応をみる》,《動きを促すために合図を送る》であった.これらから【言葉の伝わりにくさを補う合図となるように触れる】という特徴が浮かび上がった.
『呼吸管理のため非侵襲的陽圧換気療法(NIPPV)の大きなマスクを装着した70歳代のUさんは,マスクを流れる酸素流量音によって看護師の声が聞きとりづらく,重く大きなマスクによって頭を動かすのが大変そうだった.ベッド上での清拭時,Uさんは自分で身体を拭く意思を示して動きはじめたが,自分の視覚が届きにくい部分(下半身)では,明らかに動きが緩慢となった.J看護師は仰臥位になっているUさんに腰を上げるよう声をかけたが,うまく伝わらなかった.J看護師はUさんの腰のあたりにトントンと触れ,臀部に手を差し入れた.Uさんは触れた合図を察したように腰を上げた.また足を上げてもらう際にも,J看護師はUさんの膝にトントンと触れて合図し,下から支えるように手を添えたが,勢いよく上がる足に対して,今度はやんわりと上から膝を抑えるように触れた.Uさんは動いてほしい範囲を察したように足を下ろし,J看護師はUさんの顔を覗き込み,頷く仕草を見せた.これらを何回か繰り返し,Uさんは看護師を見なくても,声が聞きとりにくくても,J看護師の触れる合図に合わせて身体を動かすことができていた.(場面41)』
J看護師は触れたことに対して「ほぼほぼ無意識」と語ったが,「見えないところや意識が行かないところは触って,こっちですよみたいな」と,触れることで動きを促す合図を送っていた.また「陽圧換気で絶対にしんどい」ことを考慮し,的確な合図を送って動きを最小限にすると共に,合図に対して負担なく動けるかどうかに関しても,考えながら合図を送っていた.
本研究の結果より,ICUにおける看護師の触れることには7つの特徴が見出された.この7つの特徴は,看護師が状況をどのように知覚したのかに応じて現れる看護師の触れる行為の特徴を示している.例えば,看護師が患者の状況を〈医療機器や薬剤による補助が必要な循環・呼吸が不安定な状態〉と知覚すれば,【患者の身体に侵襲を与えないように触れる】という特徴が現れる.同様に〈状態が急激に変化する可能性が高い状態〉と知覚すれば,【起こりうる急激な状態変化に備えつつ触れる】という特徴が現れる.ここで示す「状況」は,患者に固有の身体的・精神的状態ではなく,相互作用の中で看護師が知覚する患者のそのときどきのあり様であり,場面によって変化し,固定されたものではない.看護師が状況を知覚しながら触れ,触れることで状況を知覚し,これが繰り返されて触れる行為の特徴が浮かび上がっていた.各特徴において定式化された触れ方やパターンがあるわけではなかったが,7つの特徴をみると通底する2つの特徴があると考えられた.以下,この2つについて述べる.
1. 触れることは,常に「手を通した患者の状況把握」として働いている1つ目の通底する特徴は,触れることが常に「手を通した患者の状況把握」として働いているということである.前段で看護師は状況を知覚しながら触れ,触れることで状況を知覚していると述べたが,これは 7つの特徴に含まれる各触れ方(小テーマ)の1つが必ず[患者の状態の把握]という帰結に繋がっていることからも言えると考える(表2参照).
ICUにおいて患者に触れることは,刺激や侵襲となる可能性があることから,看護師はむやみに患者に触れることはしない.身体的援助を多く必要とするICUの患者に触れる機会は多いように思われるが,実際には必要不可欠な看護ケアや診療の補助を触れる機会と捉え,タイミングを見計らい,短時間で集中的に患者に触れる.だからこそ患者に触れる機会は患者の状況把握の絶好の機会であり,触れる際は常に「手を通した患者の状況把握」が行われる.
看護師は患者に触れることで,視覚的には捉えられないもの(例えば,体内に貯留する痰の状態,手にかかる体重,体温等)から,見ただけでは判断しきれないもの(例えば,浮腫の感触,筋肉の緊張,些細な胸郭運動の変化等)までを感じ取り,それらを視覚から捉えた患者の反応や過去の経験等と組み合わせて,その状況に応じた触れ方を瞬時に選択している.また触れる際には,手触りのような皮膚の表面で感じる物体表面の部分的な感触だけでなく,物体全体の大きさや向きや重さに関する情報を受け取る深部感覚(三嶋,2000)を使い,自らの筋肉や関節や腱などの働き,つまり身体の動きそのものの感覚であるダイナミック・タッチ(Gibson, 1966/2011)を駆使することで,自らの身体を通して患者の状況を知覚している.
このような手を通した患者の状況把握は,目的的な看護ケアの遂行と同時的かつ裏側で働きながら,ICUの患者をケアする上で重要な役割を担っており,日々の実践で活用されている,触れることによる看護師の卓越した能力であると考える.しかし看護師が触れる際に第一義として認識しているのは,清拭や体位変換といった目的的なケアの遂行であり,触れることが何をしているのか(身体を支えたり,動かしたりしていること等),どのような触れ方をしているのかはあまり意識されず,なぜそのような触れ方を選択したのかについても無自覚的である.これらは患者などの他者から見えづらく,看護師自身も自覚化が困難な「見えない看護」であると考える.阿保(2015)は,看護は患者に触れることなしにはあり得ないにも関わらず,これまでその意味は低く見積もられてきたと指摘している.看護師は,このようなICUにおける実践での触れることの特徴をしっかりと自覚化し,触れることが成している看護としての重要性を再認識し,それを説明していく姿勢を持つことが必要であると考える.
2. 触れることは,「状況に応じて不断に変化する」ものである通底する2つ目の特徴は,触れることが看護師によって最初から意図されて実践されていることばかりでなく,その都度,「状況に応じて不断に変化する」ということである.
看護実践の中で,患者の身体の支えとして触れた手は,手にかかる患者の体重や起き上がる動きのスムーズさに応じて,転ばぬ先の杖として働いていた.また精神的に不安定な患者の動きを制するように触れた手は,患者の力の入り具合や動き方に応じて,危険を回避する手としても,患者を労う手としても働いていた.触れることは時間的経過を伴う行為であるため,川西(2005)が示したように,触れることの目的が時間と共に移り変わったと捉えることもできる.しかし看護師が最初から目的を持って触れ,その目的を変化させたというよりも,患者との相互作用によって生じた状況の中で,触れて感じ取られたものに応じて,次の触れ方が引き出されていると考えることもできる.このような意図と目的に規定された形でない出来事(状況)によって呼び出されて生じる特性をアフォーダンス(Gibson, 1966/2011)という.アフォーダンスは,知覚者(看護師)の主観ではなく,状況の中に存在する誰もが知覚しうる可能性のある情報であり,その情報知覚の有無が行為の可能性を引き出すものである(Gibson, 1966/2011).看護師が出会う患者の状況は決して固定されたものではなく,特にICUではその変化速度が速く,変化の幅も微細なものから急激なものまで多様である.患者の状況が看護師にどのように知覚されるかが触れることを生み出す素地になり,触れ方を決める素地となる.つまり患者の状況は,触れることを生み出す文脈として大きな役割を果たしており,触れることは文脈変化に応じて絶え間なく変化するのだと考えられる.このことから,看護実践における触れることは,文脈と切り離さずに捉えていく視点を持つことが重要であり,初めから固定された目的や結果に基づく効果の測定や定式化といった側面だけでは評価しづらいことを認識する必要があると考える.またこういった視点から触れることの価値や意味を探究し,社会に説明していく姿勢が求められると考える.
ICUにおける看護師の触れる現象から,触れることの7つの特徴が明らかとなった.7つの特徴は,看護師が状況をどのように知覚したのかに応じて現れる看護師の触れる行為であり,7つの特徴には,触れることが常に「手を通した患者の状況把握」として働いていることと,「状況に応じて不断に変化する」という2つの通底している特徴が示された.
本研究は2施設で得られたデータ内での分析であり,施設の特異性が影響していると考える.今後は他施設での調査等を行う必要がある.また状況等を限定し,より詳細な分析を行うなど更なる検討が必要であると考える.
付記:本研究は日本赤十字看護大学大学院での博士論文に加筆・修正を加えたものである.本論文の一部は,第40回日本看護科学学会学術集会において発表した.
謝辞:本研究の遂行にあたりご協力いただきました調査実施施設の皆様,研究参加者の皆様に心より御礼申し上げます.またご指導いただきました守田美奈子先生,吉田みつ子先生に深く感謝申し上げます.
利益相反:本研究における利益相反は存在しない.